妹に撃たれない方法   作:Brooks

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ロシュフォール脱退の裏話


第211話 SS ララァ、債券を知る

 

 ニュース端末の下で、今日も数字が動いていた。

 

 連邦通貨が下がる。

 

 宇宙通貨が上がる。

 

 食料価格が上がる。

 

 燃料費が上がる。

 

 輸送費が上がる。

 

 つまり、上がってほしくないものばかりが上がっている。こういう時に限って、アムロの気分だけは素直に下がるのだから、世の中というものは、なかなか都合よくできていない。

 

「またお金の話か……」

 

 アムロは、整備用の小さな工具を持ったまま、かなり疲れた声で言った。

 

 その声は、最近よく聞く声だった。FXの時も聞いた。暗号通貨の時も聞いた。部材株のTOBの時にも、ほぼ同じ声だった。アムロは機械の不具合には強い。原因を見つけ、分解し、直せるものなら直す。だが、お金の不具合は、どこを分解すればいいのか分からない。そこがいちばん嫌なのだ。

 

 ミライは湯呑みを両手で包み、画面を見ていた。

 

「でも、生活費の話でもあるのよ」

 

「生活費って言われると、逃げ場がないな」

 

「逃げられないわよ。食べるんだから」

 

 ミライの声は穏やかだったが、内容は容赦がなかった。生活感というものは、たまにビーム兵器より強い。

 

 セイラは端末の金融欄を指で送った。

 

「連邦債の利回りが上昇。宇宙開発関連債にも売り。コロニー連合債、一部銘柄に売り」

 

 アムロは首をかしげた。

 

「債券って、株と違うのか?」

 

 その一言を聞いた瞬間、ララァが端末から顔を上げた。

 

「オジキが話しています」

 

 アムロの表情が、目に見えて曇った。

 

「またか」

 

「はい」

 

 ララァは、まったく悪びれずにうなずく。

 

「今日は紙のお話です」

 

「紙?」

 

 アムロは、すでに嫌だった。

 

 ララァが紙と言う場合、たいてい本当に紙ではない。株の時も、石の時も、通貨の時も、彼女は妙に簡単な言葉で核心に近いところを刺してくる。だから今回の紙も、たぶんただの紙ではない。たぶん債券だ。債券を紙と言い切る子に金融商品を触らせていいのか。よくない。結論は出ている。しかし、結論が出ていることと、現実が止まることは、残念ながら別だった。

 

 ニュース画面が切り替わった。

 

 アナウンサーが、少し硬い笑顔で横を向く。

 

「それでは、このインフレと債券市場の動きについて、エコノミストのアサクラさんに解説していただきます」

 

 ララァが、ほんの少し嬉しそうに言った。

 

「オジキです」

 

 アムロは天井を見た。

 

「エコノミストのアサクラさん、だろ」

 

 ミライが笑った。

 

「もう訂正しても勝てないわね」

 

――――――――――

 

「いいですか皆さん!」

 

 アサクラさんは、最初から机を叩きそうな勢いだった。

 

 実際には叩いていない。だが叩いていないのに、何かを叩いたような音がする気がする。そういう人である。

 

「債券というのは難しいものではありません!」

 

「要するに、お金を貸した証文です!」

 

「誰かにお金を貸す! すると相手は、毎年利息を払い、期限が来たら元本を返す!」

 

「これが債券です!」

 

 アムロは少し驚いた。

 

「珍しく分かりやすい」

 

「珍しく、は余計じゃない?」

 

 ミライが笑う。

 

 ララァは真顔で言った。

 

「紙にお金を貸します」

 

「紙には貸さない!」

 

 アムロは反射的に突っ込んだ。

 

 セイラが、落ち着いた声で補う。

 

「国や企業やコロニーに貸すのよ。その貸した証拠が債券」

 

「つまり、借金の紙を売り買いしてるのね」

 

 ミライが言う。

 

「そう考えればいいわ」

 

 セイラはそう言ってから、少しだけ端末を指で叩いた。

 

 画面の中のアサクラさんは、二枚の紙を取り出していた。片方には二%。もう片方には八%と大きく書いてある。たいへん分かりやすい。分かりやすいのだが、なぜだろう。分かりやすい紙ほど、人を追い詰めることがある。

 

「いいですか皆さん! インフレになると、現金の価値は減っていく!」

 

「株は、会社や物の値段についていくことがある!」

 

「しかし債券は違う!」

 

「昔、低い利率で発行された債券は、インフレと金利上昇の時代には嫌われる!」

 

 アムロが眉を寄せた。

 

「何で?」

 

「ここです!」

 

 アサクラさんは、二枚の紙を画面に近づけた。

 

「古い債券は年二%の利息!」

 

「新しい債券は年八%の利息!」

 

「どちらが欲しいですか!」

 

 ミライが、あっさり言った。

 

「それは八%の方よね」

 

「そう!」

 

 画面の中のアサクラさんは、まるでミライから直接正解をもらったかのように、力強くうなずいた。

 

「だから二%の古い債券は、安くしないと買ってもらえない!」

 

「債券価格が下がる!」

 

「すると、その安い値段で買った人にとっては利回りが上がる!」

 

 ララァがぽつりと言った。

 

「利息が太ります」

 

「太らせるな!」

 

 アムロが叫ぶ。

 

 セイラは少しだけ笑った。

 

「でも、意味は近いわ。安く買えば、受け取る利息の割合が大きく見える」

 

「だから債券は、金利が上がると価格が下がる!」

 

 アサクラさんは止まらない。

 

「株が上がる横で、債券が叩き売られることもある!」

 

「インフレ、株高、債券安!」

 

「これを知らずに投資してはいけません!」

 

 アムロは小さく息を吐いた。

 

「今日のオジキ、またまともだな」

 

 ララァがうなずく。

 

「まっすぐです」

 

「うるさいけどな」

 

 アムロが返した。

 

 その時、ニュース速報の音が鳴った。

 

 ぴん、と高い音がして、画面の下に赤い帯が走る。

 

 部屋の空気が少し変わった。

 

――――――――――

 

「速報です。コロニー・ロシュフォール評議会は、コロニー連合からの脱退を検討していると発表しました」

 

 画面が切り替わる。

 

 中規模コロニーの外壁が映る。

 

 港湾ドック。

 

 水再生プラント。

 

 食料区画。

 

 精密部材の工場。

 

 そこには派手なものはなかった。大きな軍港でもない。豪華な議事堂でもない。働く人がいて、貨物が入り、水が再生され、食料が育てられ、部品が削られている。そういう場所だった。明日もきちんと動いていないと、誰かが本当に困る場所。

 

「ロシュフォール公共債は急落。市場では連合保証対象から外れる可能性が意識され、利回りが急上昇しています」

 

 アムロが聞く。

 

「脱退って、そんなに大ごとなのか?」

 

「連合の保証から外れるなら大ごとよ」

 

 セイラが答える。

 

「今まで“連合が支える”と思われていた債券が、ロシュフォール単独の借金になる」

 

「つまり、急に信用が落ちるのか」

 

「そう」

 

 ララァは画面をじっと見ていた。

 

「このコロニーは、壊れていません」

 

 アムロがそちらを見る。

 

「え?」

 

「港も動いています。水も回っています。食べ物も作っています」

 

 セイラが端末で資料を開く。

 

「確かに、収入はある。港湾使用料、水再生、整備ドック、部材工場……」

 

 ララァは続けた。

 

「でも、息を止められています」

 

「また変な言い方を」

 

 アムロが言った。

 

 セイラはすぐに表情を変える。

 

「借り換えを止められている、ということかしら」

 

 端末に、ロシュフォール公共債の一覧が出る。

 

 港湾整備債。

 

 水再生設備債。

 

 食料プラント更新債。

 

 利率は低い。発行された時には、まだ金利も低く、コロニー連合に加盟していたから信用もあった。だが今は違う。近く満期が来る分がある。借り換えが必要だ。そこへ脱退話が出た。

 

 連合の支えが消えるかもしれない。

 

 市場は怖がって売る。

 

 価格は下がる。

 

 利回りは跳ねる。

 

 新しく借りようとすると、とんでもなく高い利息を求められる。

 

 アムロは画面を見ながら言った。

 

「動いてるコロニーでも、お金の借り換えができないと詰むのか」

 

「詰むわ」

 

 セイラの答えは短かった。

 

 ミライが眉を寄せる。

 

「家計で言うと、収入はあるのに、急に借金の返済日だけ来るみたいなもの?」

 

「そう。しかも、次の借り換え先が“高い利息じゃないと貸さない”と言っている状態ね」

 

 ララァが言った。

 

「払えないのではなく、払う場所を閉じられています」

 

 アムロは少し黙ってから言った。

 

「分かるけど怖い言い方するな」

 

――――――――――

 

「話は聞いたよ」

 

 エドワウが入ってきた。

 

 アムロは、もはや驚かなかった。こういう時、エドワウはだいたい聞いている。問題は、どこから聞いていたかである。

 

「いつからいた」

 

「“利息が太ります”のあたりからだ」

 

「一番変なところじゃない」

 

 ミライが言う。

 

 エドワウはロシュフォール公共債の価格表を見た。

 

 短期の借り換え債だけが、特に売られている。

 

「これは破綻ではないな」

 

 セイラがうなずく。

 

「資金繰り攻撃ね」

 

「誰かが脱退騒ぎを使って、借り換え窓口を閉じさせている」

 

「何のために」

 

 アムロが聞く。

 

「安く買うためか、支配するためか、あるいは“助けるふり”で入るためだ」

 

 ララァが画面を見た。

 

「助ける人の顔をして、首に縄をかける人がいます」

 

 アムロが思わず顔をしかめた。

 

「急に怖い」

 

 セイラは資料をめくった。

 

 ロシュフォールの脱退を煽っているのは、表向きには親連邦派の評議員たちだった。

 

 自治を守る。

 

 連合に縛られない。

 

 連邦との直接取引で発展する。

 

 きれいな言葉は、ここでもまたよく働いていた。きれいな言葉は、いつも働き者である。働き者すぎて、時々とても迷惑だ。

 

 その背後には、ティターンズ寄りの外郭金融機関がいた。

 

 やり方は、軍艦より静かだった。

 

 ロシュフォールをコロニー連合から脱退させる。

 

 連合保証を外す。

 

 公共債を暴落させる。

 

 借り換え不能にする。

 

 そこへ「金融安定化支援」として連邦側資金を入れる。

 

 その代わりに、港湾ドック、通信施設、精密部材倉庫、治安維持協定を押さえる。

 

 ミライが静かに言った。

 

「軍艦で来ないだけで、やってることは襲撃と変わらないわね」

 

 セイラがうなずく。

 

「今回は砲撃ではなく、利払い日を使っているのよ」

 

 アムロは嫌そうな顔をした。

 

「嫌な戦い方だな」

 

「効くからな」

 

 エドワウが言う。

 

「肯定するな」

 

 アムロが返した。

 

 ララァは、ロシュフォール公共債の画面を見ていた。

 

「この紙は、まだ死にません」

 

「債券を生き物にするな」

 

 アムロが言う。

 

「利息を払う人たちは、まだ働いています」

 

 セイラが資料を確認する。

 

「港湾収入も、水再生収入も残っている。短期の資金繰りさえつけば、破綻する理由は薄いわ」

 

「怖がって売っている人が多いです」

 

「じゃあ、安くなりすぎているの?」

 

 ミライが聞く。

 

「はい」

 

 アムロが小さく言う。

 

「また始まった」

 

 ララァは真顔で続けた。

 

「安くなった紙を買います」

 

「紙って言うな!」

 

 アムロが叫ぶ。

 

 セイラが補う。

 

「今回は株ではなく債券よ。買えば利息を受け取れる」

 

「利息が太っています」

 

「だから太らせるな!」

 

 アムロの声は、かなり疲れていた。

 

――――――――――

 

 エドワウの指示は速かった。

 

 ひとつ目。

 

 ロシュフォール公共債を安値で拾う。ただしララァの口座だけではない。財団側の複数名義で、目立たないように拾う。

 

 ふたつ目。

 

 宇宙通貨建ての借り換え枠を提示する。ロシュフォールの水再生設備と港湾収入を担保に、宇宙通貨建てで再発行を引き受ける。

 

 みっつ目。

 

 個人保有者向けに、旧債から新債への交換条件を出す。利払い日を守る。満期を延ばす。利息の一部を宇宙通貨で受け取れるようにする。

 

 アムロが聞いた。

 

「それ、助けてるのか、買ってるのか、どっちだ」

 

「両方だ」

 

 エドワウは正直だった。

 

「正直ね」

 

 ミライが言う。

 

 ララァは画面を見ながら言った。

 

「困っている紙を助けます」

 

「紙から離れろ!」

 

 アムロが言う。

 

 だが、市場は反応した。

 

 ティターンズ寄りの外郭金融機関は、さらにロシュフォール公共債を売っていた。脱退騒ぎで価格を下げ、安く支配するつもりだったのだ。

 

 しかし、宇宙通貨建ての借り換え枠が発表される。

 

 個人保有者が売るのをやめる。

 

 財団側が買い集めていたことも伝わる。

 

 港湾収入がまだ生きていることも報じられる。

 

 債券価格が戻る。

 

 利回りが下がる。

 

 ララァが言った。

 

「利息が細くなりました」

 

「太ったり細くなったりさせるな!」

 

 アムロが叫ぶ。

 

 セイラが説明する。

 

「債券価格が戻ったから、利回りが下がったのよ」

 

 ミライが言う。

 

「つまり、怖がって売った人が損をしたのね」

 

 エドワウが淡々と答える。

 

「そして、売り崩していた側もな」

 

 外郭金融機関は損失を抱えた。

 

 ティターンズの「金融安定化支援」は、入口で詰まった。

 

 ロシュフォールは、まだ息ができる。

 

――――――――――

 

 ロシュフォール内部では、脱退を進めていた親連邦派評議員たちが苦しくなった。

 

 住民から質問が出る。

 

 なぜ今、連合脱退なのか。

 

 なぜ借り換え直前なのか。

 

 なぜティターンズ寄りの金融機関が、同じ時期に債券を売っていたのか。

 

 なぜ連邦側の支援条件に、港湾ドックと通信施設の管理条項が入っていたのか。

 

 ギリアムの記事が効いた。

 

「ロシュフォール公共債急落、背後に外郭金融機関の売り」

 

「脱退直後に連邦安定化支援案、港湾管理条項付き」

 

「住民資産を担保にした支配計画か」

 

 親連邦派評議員は答えに詰まった。

 

 住民投票は延期。

 

 脱退議決は凍結。

 

 コロニー連合との再交渉。

 

 そして数日後、ニュース端末に速報が入った。

 

「ロシュフォール評議会、コロニー連合への復帰を正式決定」

 

「連合側、ロシュフォール公共債の一部保証継続を発表」

 

「宇宙通貨建て借り換え枠も設定へ」

 

「港湾ドック、水再生設備、通信施設はロシュフォール自治政府の管理を維持」

 

 画面には、ロシュフォールの港が映る。

 

 白い作業艇がドックへ入っていく。

 

 水再生プラントの外壁に、作業員が並んでいる。

 

 食料区画の照明が、少しだけ明るく見える。

 

 派手な勝利ではなかった。旗が振られるわけでも、艦隊が凱旋するわけでもない。ただ、働いている人たちが、明日の朝も同じ場所へ出勤できるという種類の勝ちだった。

 

 ララァが画面を見て言った。

 

「戻りました」

 

 アムロが聞く。

 

「連合に?」

 

「はい」

 

「首の縄がほどけたんだな」

 

 ララァは少し考えてから、うなずいた。

 

「はい。息ができます」

 

 ミライが小さく息を吐く。

 

「よかったわね」

 

 セイラは端末の債券価格を見て言った。

 

「公共債も戻しているわ。完全ではないけれど、投げ売りは止まった」

 

 アムロが顔をしかめる。

 

「債券って、ニュースだけでこんなに動くのか」

 

 エドワウが答える。

 

「債券は、返してもらえると思えば戻る。返してもらえないと思えば落ちる」

 

 ララァが言う。

 

「信用の紙です」

 

「だから紙って言うな!」

 

 アムロが突っ込む。

 

――――――――――

 

 ティターンズ側では、短い報告が上がっていた。

 

「ロシュフォールへの安定化支援案は失効しました」

 

「連合復帰により、港湾管理条項は撤回」

 

「公共債価格は回復」

 

「外郭金融機関に損失が発生」

 

「通信補修拠点の確保計画は白紙」

 

 担当官は書類を握りつぶした。

 

 その紙は債券ではなかったが、たぶん同じくらい嫌な紙だった。

 

 

 

 サイド7の居間では、ララァが端末を見ていた。

 

「増えました」

 

「やっぱり増えるのか!」

 

 アムロが叫ぶ。

 

「利息も来ます」

 

「定期的に増えるな!」

 

 ミライが笑いながらも疲れた顔をする。

 

「株より静かだけど、これはこれで怖いわね」

 

「債券は静かに怖いのよ」

 

 セイラが言った。

 

 エドワウは満足しているようだった。

 

「いい場所を残せた」

 

「また嫌な勝ち方だったな」

 

 アムロが言う。

 

「砲撃より安い」

 

「その基準やめろ」

 

 ララァが言った。

 

「オジキは、利息を見なさいと言っていました」

 

「そこだけ素直に聞くな!」

 

 端末の中で、アサクラさんがまた叫ぶ。

 

「いいですか皆さん!」

 

「債券は値段だけを見るな!」

 

「利率を見ろ! 満期を見ろ! 誰が返すのかを見ろ!」

 

「そして、インフレの時代に固定された古い利息だけを信じるな!」

 

 アムロが小さく息を吐く。

 

「今日は最後まで授業だったな……」

 

 ララァが静かに言う。

 

「オジキは、まっすぐです」

 

「うるさいけどな」

 

 外では、搬送車両が短い警告音を鳴らして通り過ぎた。

 

 その夜、ロシュフォール公共債は少し値を戻した。

 

 ララァは端末を閉じた。

 

 アムロは、利息というものが静かに増えることを知った。

 

 そして、静かに増えるものほど、だいたい後で騒ぎを連れてくるのだと、少しだけ思った。




いつの間にかSSで解決されていることを知らぬギレン(主人公)
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