通信室は、艦内の奥まった場所にあった。
広くはない。壁には古い断熱材の継ぎ目が見え、天井の細い照明は半分だけ落とされている。端末の表示灯が青白く光り、空調の低い音が床の下を這っていた。
遠くから、格納庫の作業音が聞こえる。
金属を叩く音。台車の車輪が床を転がる音。誰かが短く指示を飛ばす声。艦の中では、どれも珍しい音ではない。けれどその夜は、音の一つ一つが妙に近く聞こえた。
エドワウ・マスは、椅子に座らなかった。
壁際に立ち、端末の前に片手を置いている。腕を組んでいないのに、体全体が閉じているように見えた。肩に力が入っている。表情は静かだが、静かすぎる時の彼は、たいてい何かを抑えている。
アムロ・レイはそれを見て、これが単なる補給品の話ではないと分かった。
アムロも椅子には座ったが、背もたれには寄りかからなかった。膝の上に置いた手が、無意識に親指の爪をこすっている。機械の前にいる時の癖だった。
エドワウが端末を操作した。
輸送データが浮かぶ。
封印区分。搬送注意。温度管理。振動制限。認証者名。通常の補給部品には付かない表示が、何重にも並んでいた。
アムロは、画面を数秒見ただけで言った。
「ギレンからか」
「ああ」
「サイコミュだな」
エドワウの目がわずかに細くなった。
「分かるのか」
「封印の仕方が違う。普通の部品なら、こんな扱いはしない」
アムロはそう言いながら、画面から目を離さなかった。
見たい、と思ってしまう自分がいる。
それが嫌だった。
知らない機械。厳重に封印された装置。ミノフスキー粒子下で使うための、まだ誰も十分に扱いきれていない技術。そういうものに、アムロの中の機械屋はどうしようもなく反応する。
けれど、サイコミュという言葉の奥には、人間がいる。
ララァがいる。
そこを忘れるわけにはいかなかった。
エドワウは、しばらく沈黙した。
「ギレンは、アムロ・レイとララァ・スンがこちらにいることを知っていた」
アムロは黙った。
予想はしていた。だが、言葉にされると胸の奥が少し冷えた。
「最新サイコミュ搭載システムを送る。地球で役に立たせろ、だそうだ」
端末の青白い光が、エドワウの頬を照らしていた。
その顔には怒りがあった。だが、それは表へ出る怒りではなかった。もっと深い場所に押し込められた、冷えた怒りだった。
アムロはゆっくり息を吸った。
「ララァを戦場に出すための装置なら、僕はいらない」
エドワウは、すぐに答えた。
「俺も同じだ」
言葉は短かった。
だが、その短さの中に、二人が同じものを見ていることが分かった。
ララァを中心に置いた装置。
ララァの感応を戦場へ引きずり出す仕組み。
ララァが誰かを見つけ、誰かを導き、その結果として誰かが撃たれる未来。
それだけは、避けたかった。
少なくとも、二人はそう思っていた。
仕様書は冷たかった。
端末に並ぶ文字には感情がない。広域索敵。友軍誘導。ミノフスキー粒子下情報補正。遠隔端末認識補助。救難ビーコン捕捉。低空戦闘管制支援。地上重力下補正。
どれも、よく考えられた項目だった。
だからこそ、嫌だった。
アムロは端末を操作しながら、眉間にしわを寄せた。
「巨大MAじゃない。地上用の管制補助だ」
「何ができる」
「ミノフスキー粒子下での広域索敵。味方位置の補正。無線が死んだ時の誘導補助。遠隔端末の認識補助。救難ビーコンの捕捉。地上での低空戦闘や市街地周辺の混戦を想定してる」
エドワウは画面を見下ろした。
「戦場の目か」
「目だけじゃない。耳でもある。手でもあるかもしれない」
アムロは、そう言ってから口を閉じた。
自分で言った言葉が、自分の胸に引っかかった。
目。
耳。
手。
そのどれもが、ララァのような人間の内側へつながっていく気がした。
機械は、ただの機械であればよかった。ケーブルがあり、回路があり、センサーがあり、出力がある。壊れれば直す。ずれれば調整する。それだけで済む。
けれどサイコミュは違う。
人間の中にある見えないものを、機械が利用しようとする。
その発想が、アムロには怖かった。
「ただし」
アムロは言った。
「強い感応力を中心に置けば、性能は跳ね上がる」
エドワウは、アムロが言う前から答えを知っている顔をした。
「ララァか」
「そういう設計に見える。ララァを座らせれば、たぶん一番よく動く」
「それは駄目だ」
「分かってる」
アムロは端末から手を離した。
指先が冷えている。
この機械はよくできている。たぶん本当に役に立つ。混戦で味方を見失った時、救難信号を拾う時、ミノフスキー粒子で通信が潰れた時、これがあれば命が助かるかもしれない。
だからこそ、危険だった。
役に立つ機械は、人に使わせる理由を持ってしまう。
エドワウは画面を消さなかった。
消せば、問題が消えるわけではない。
そこが、彼にはよく分かっていた。
二人は通信室を出た。
通路は薄暗く、壁の向こうから格納庫の作業音が響いていた。誰かが荷重確認をしているらしく、一定の間隔で金属音が鳴る。
アムロが先に歩いた。
エドワウは半歩後ろを歩く。
しばらく二人とも黙っていた。言葉にすれば、どちらかが相手を止めてしまう。そんな予感があった。
やがて、アムロが立ち止まった。
振り返らずに言う。
「僕が見る」
「駄目だ」
エドワウの返事は早かった。
アムロは、少しだけ笑った。
「そう言うと思った」
「お前も駄目だ。ララァの代わりに、お前を装置へ縛る話ではない」
エドワウの声は低かった。
そこには苛立ちだけではなく、恐れがあった。アムロはそれを感じた。エドワウは、ララァだけでなく自分もまた遠ざけようとしている。
それはありがたいことなのかもしれない。
だが、少し違う。
アムロは思った。
誰かに遠ざけられるだけでは、守ることはできない。
「縛られないように使うんだ」
アムロは言った。
「ララァを座らせるくらいなら、僕が調整する。機械を見るのは得意だ。感応を全部一人に寄せない方法もあるはずだ」
「負荷は」
「分からない。でも、分からないから誰にも触らせない、では済まない」
エドワウは目を細めた。
「お前は昔から、そういうところがある」
アムロは一瞬だけ迷ったあと、静かに返した。
「エドワウも、似たところがある」
通路の空気が少しだけ動いた。
エドワウは何も言わなかった。
アムロは、その沈黙に救われた気がした。怒られなかったからではない。エドワウが、自分を子ども扱いしていないことが分かったからだ。
サイコミュが怖くないわけではない。
人の中へ触れてくる装置だと分かっている。
それでも、ララァに押し付けるよりは自分が機械側から押さえたい。構造を見て、信号を見て、負荷を逃がし、危ないところを切る。できるかどうかは分からない。
でも、やらない理由にはならなかった。
格納庫へ向かう途中に、小さな見晴らし窓があった。
そこからは居住区の灯りが遠くに見えた。規則正しく並ぶ灯り。食堂の明るい白。居住区通路の柔らかい黄色。整備区画の硬い青。
戦争の話をしている時に、暮らしの灯りが見えるのは少し残酷だった。
エドワウは窓の前で立ち止まった。
アムロも止まる。
しばらく、どちらも何も言わなかった。
やがてエドワウが言った。
「気づいてるよな」
アムロは窓の外を見たまま答えた。
「ああ、気づいていると思う」
「まだ何も言っていない」
「言っていないから、分かるんだろう」
エドワウは小さく息を吐いた。
ララァは、言葉の前に空気を読む。こちらが隠そうとすればするほど、その隠している形を感じ取る。そういう人間だった。
「隠せると思うか」
「無理だと思う。ララァは、言葉より先に空気を読む」
「それでも、戦場には立たせない」
「ああ」
アムロの返事は短かった。
二人とも分かっていた。
ララァを守るという言葉は、時にララァを外へ置く言葉になる。彼女のためと言いながら、彼女のいない場所で彼女のことを決める。それがどれほど寂しいことか、分からないほど二人は鈍くない。
だが、それでも戦場には立たせたくなかった。
その矛盾が、二人を黙らせた。
その時、通路の曲がり角から足音がした。
エドワウが振り返る。
セイラ・マスとララァ・スンが立っていた。
セイラは怒ってはいなかった。けれど、その目は逃げ道をふさぐようにまっすぐだった。ララァは少し後ろに立ち、エドワウとアムロを見ている。彼女の顔には、悲しみとも納得ともつかない静けさがあった。
エドワウは、言葉を探した。
「セイラ」
セイラは静かに言った。
「兄さん、少し違うわ」
その声は小さかった。
だが、通路の空気を変えるには十分だった。
「私たちは、軍隊を作りたかったわけじゃない」
セイラは言った。
エドワウは何も言えなかった。
その言葉は、責めるためのものではなかった。むしろ、遠くへ行きかけた兄の袖を掴んで戻すような言葉だった。
「私たちは、お父さん――テアボロ・マスの意思を受け継いだ物流屋よ」
テアボロの名が出た瞬間、エドワウの表情がわずかに変わった。
それをアムロは見た。
エドワウにとって、その名はただの養父の名ではない。失った家の名であり、借りの名であり、戻る場所の名なのだろう。
セイラは続けた。
「黒猫ルシファーは、どんな物でも、お客様に対してきちんと届ける。それだけ」
アムロは、手に持っていた端末を見下ろした。
サイコミュ。
広域索敵。
誘導補助。
救難ビーコン。
それらの文字が、少しだけ違って見えた。
「この機械も同じよ」
セイラは言った。
「誰かを殺すためのものにするか、誰かを帰すためのものにするかは、使う人が決めるの」
ララァが、静かに口を開いた。
「誰がどこにいるか分からなくなるのが戦場なら、分かるようにしてあげればいい」
アムロは顔を上げた。
「サイコミュを火器管制じゃなくて、救難管制に使うのか」
ララァは小さく頷いた。
「迷っている人を、帰れる場所へ導けばいい」
セイラが言った。
「弾を届けるんじゃない。人を届けるの。薬を届けるの。水を届けるの。帰る道を届けるの」
エドワウは目を伏せた。
その瞬間、彼は少しだけ息がしやすくなった。
サイコミュ。
ガンダムタイプ。
ベースジャバー。
地球降下作戦。
どれも、戦争の言葉だった。
だがセイラは、それらを別の場所へ置いた。
荷を運ぶための道具。
人を帰すための足。
薬を届けるための経路。
その場所の名前は、黒猫ルシファーだった。
エドワウは、自分がいつの間にか軍の言葉で考えていたことに気づいた。ララァを守るため、アムロを守るため、と言いながら、装置を戦争の中心に置いて見ていた。
セイラは、それを戻した。
戻されたことが、少し悔しくもあり、ありがたくもあった。
ララァはエドワウを見ていた。
守られることを嫌がっているわけではない。だが、守るという言葉で自分を閉じ込められることは、たぶん嫌なのだろう。
エドワウは、ようやく頷いた。
「……そうだな」
その一言だけだった。
だが、セイラはそれで十分だという顔をした。
格納庫に着いた時、月からの輸送便がちょうどドッキングを終えたところだった。
誘導灯が赤から青へ変わる。大型ハッチの固定具が外され、冷えた外装材の匂いが空気に混じった。月面から来た輸送コンテナの表面には、細かな粉塵が白く残っている。整備兵たちが走り、台車が動き、認証確認の声がいくつも重なった。
アナハイムの輸送担当者が、受領データを表示した。
「月面工場より、指定装備を搬入します。MS本体一機、支援飛行ユニット複数、地上整備用部品、予備推進剤」
整備兵が首を傾げた。
「支援飛行ユニット?」
アムロが端末を覗き込んだ。
「ベースジャバーだ」
エドワウが聞き返す。
「ベースジャバー」
「MSを地上で運ぶ足だ。降りるだけじゃ足りない。降りた後、戦場まで動かすものがいる」
セイラが並んだコンテナを見た。
「MSを運べるなら、物流屋にとっては重宝するわ」
アムロは少しだけセイラを見た。
「そうだ。戦場へ運ぶだけじゃない。補給地点へ運ぶことも、負傷者の回収に使うこともできる。機体を歩かせずに移動できるなら、消耗も減らせる」
セイラは真面目な顔で頷いた。
「なら、それは武器というより、足ね」
ララァがベースジャバーのコンテナを見た。
「迷った人を迎えに行くことも?」
アムロは、少し考えてから答えた。
「できる。使い方次第だ。場所が分かれば、迎えに行ける」
セイラはそこで、少しだけ真面目な顔のまま言った。
「地球での営業拡大も考えなきゃ」
エドワウは思わずセイラを見た。
「営業拡大?」
「そうよ」
セイラは当然のように言った。
「宇宙だけで運ぶ時代は終わるのでしょう。地球へ降りるなら、地球でも荷を運ぶ。人を運ぶ。薬を運ぶ。帰る道も運ぶ。黒猫ルシファーがやることは変わらないわ」
アムロが、少し困ったように笑った。
「戦場で営業の話をするんだな」
「戦場だからよ」
セイラは静かに答えた。
「誰もが壊す話をしている時に、運ぶ話をしないと、本当に何も残らないもの」
その言葉で、場の空気が少しだけほどけた。
エドワウは胸の奥で、固く結ばれていたものがわずかに緩むのを感じた。
セイラは冗談を言ったわけではない。
本気で営業拡大と言っている。
それがよかった。
戦争という大きな言葉に呑まれそうになっていたものが、荷物、薬、水、帰る道という小さく具体的なものへ戻ってくる。そこなら手が届く。少なくとも、どこへ向かえばいいか分かる。
黒猫ルシファーは、届ける。
その言葉は、エドワウの心を少し楽にした。
新型MSの格納コンテナは、格納庫の中央へ移された。
固定具が外される。圧力調整の白い蒸気が床を這った。整備兵たちが一瞬、作業の手を止める。
コンテナの外装が左右へ開く。
照明が内部へ差し込んだ。
金色だった。
格納庫の青白い光を受けて、金色の装甲が冷たく光った。派手な金ではない。金属の奥から光が返ってくるような色だった。ガンダムタイプの顔。細い顎。鋭い目元。白いガンダムではない。赤いジオン機でもない。誰のものでもないような金色。
アムロが無意識に一歩前へ出た。
エドワウは動かなかった。
セイラは兄の横顔を見る。
ララァは、機体よりもエドワウの心の揺れを見ているようだった。
整備長が低く言った。
「これは……ガンダムタイプか」
アナハイムの輸送担当者が資料を読み上げる。
「アナハイム社内仮称、δ系試作機。正式登録名は未定です。ムーバブルフレーム採用。軽量高機動型。大気圏内運用はベースジャバー併用を前提」
アムロがつぶやく。
「ムーバブルフレーム……」
エドワウは、機体を見上げた。
「全身が金色か」
「耐ビーム・耐熱複合コーティングを兼ねた試験塗装です。視認性の問題はありますが、機体制御と軽量化を優先しています」
アムロは装甲と関節を見ていた。
「派手だけど、ただの飾りじゃない。関節の逃がし方が違う。反応が速いはずだ」
エドワウが聞いた。
「誰に乗せるつもりだ」
輸送担当者は答えにくそうに、視線を資料へ落とした。
「運用者は、受領側で指定と聞いています」
セイラが静かに言った。
「なら、誰が何を届けるために乗るのか、こちらで決めるのね」
エドワウは、その言葉を聞いて、もう一度金色の機体を見た。
これは、ララァを戦場に出すための機体ではない。
そう決めることはできる。
これは、届けるために前へ出る機体だ。
そう決めることもできる。
機械そのものに善悪はない。けれど、機械は使う者の言葉をよく覚える。殺すための機械と呼べば、その形になる。届けるための機械と呼べば、少しだけ別の形になる。
エドワウは、まだ機体名も持たない金色のガンダムタイプを見上げた。
その金色は、軽くはなかった。
選択の重さを持つ色だった。
ベースジャバーは、格納庫の別区画に並んでいた。
平たい機体だった。美しいとは言いにくい。機首の下には推進ノズルがあり、上面にはMS固定用のラッチが並んでいる。月から来たばかりの部品の匂いがした。新しい金属、塗料、潤滑油。整備兵が一つずつ固定具を確認している。
アムロは膝をついて、ラッチの位置を見た。
「最大積載と航続は」
整備兵が答える。
「標準MS一機搭載、低空高速移動を想定。長距離巡航より、前線投入と離脱を重視しています」
「地上でMSを歩かせずに運ぶ。降下後の補給地点から、前線までの足になる」
エドワウが言った。
「ザンジバルで降ろし、コムサイで散らし、バリュートで落とし、ベースジャバーで動かす」
「そうだ」
アムロは立ち上がった。
「降りるだけなら片道だ。動けなければ包囲される」
セイラがベースジャバーの平たい機体を見た。
「人を届けて、戻す」
「ああ。負傷者を戻すこともできる。補給を届けることもできる。通信が死んだ場所へ誘導機を入れることもできる」
ララァが言った。
「帰れる道を、空から作るのね」
アムロは、少しだけララァを見た。
「そういう使い方もできる」
彼はそう答えながら、自分の中で何かが変わるのを感じていた。
ベースジャバーは理解できる機械だ。推力、固定、重心、航続距離。数字で測れる。サイコミュのように、人の心へ触れてこない。
だが、セイラとララァの言葉で、それもただの輸送機ではなくなった。
帰る道を作る機械。
その言い方なら、受け入れられる気がした。
エドワウも同じだった。
地球へ降りるという言葉が、少しだけ変わっていた。降りて撃つのではない。降りて届ける。必要なら、撃つ者を退かせる。その順番を間違えなければ、まだ戻れる。
何に戻るのか。
黒猫ルシファーに。
テアボロ・マスの意思を受け継いだ、あの小さな物流屋に。
金色のガンダムタイプ、ベースジャバー、封印されたサイコミュコンテナ。
三つが同じ視界に入る場所に、四人は立った。
戦うための機体。
運ぶための支援機。
人の感応を使う装置。
どれも危ういものだった。使い方を間違えれば、人を戦場の中心へ引きずり込む。けれど、使い方を選べば、人を帰す道具にもなる。
アムロが言った。
「サイコミュは、僕が見る。火器管制じゃなくて、救難管制として使えるか試す」
エドワウが続けた。
「負荷をララァに寄せない」
「ああ。感応を全部一人に寄せない。機械側で補正する」
ララァが静かに聞いた。
「私は、何もしない方がいい?」
エドワウはすぐに答えられなかった。
その一瞬の遅れを、ララァは見逃さなかった。だが責めなかった。
セイラが言った。
「何もしないんじゃないわ。ララァは、分かることを教えてくれればいい。戦うためじゃなく、迷っている人を帰すために」
ララァは、サイコミュコンテナを見た。
「それなら、私にもできる」
エドワウは言った。
「無理はさせない」
ララァは、少しだけ悲しそうに笑った。
「隠される方が、つらいわ」
エドワウは黙った。
隠すことは、守ることと似ている。
だが同じではない。
その違いを、彼は今さらのように思い知らされていた。
「隠さない」
エドワウは言った。
「だが、戦場には立たせない」
アムロが続けた。
「そのために、僕たちが前に出る」
セイラは兄を見た。
「何をしに?」
エドワウは少し黙った。
戦いに行く。
それは簡単な答えだった。
だが、今はその言葉を選びたくなかった。
「届けに行く」
セイラは小さく頷いた。
エドワウは続けた。
「人を。薬を。水を。帰る道を。必要なら、撃つ者を退かせる」
ララァが言った。
「無理をしないで」
「それは、こちらの台詞だ」
アムロが金色の機体を見上げた。
「この機体、エドワウ向きだと思う」
エドワウは横目でアムロを見る。
「金色だからか」
「それだけじゃない。軽い。反応が速い。たぶん、逃げるより先に踏み込む機体だ」
「嫌な評価だな」
「合ってると思う」
エドワウは、少しだけ口元を緩めた。
それは笑みと呼ぶには小さすぎた。だが、さっきまでの張りつめた顔とは違っていた。
セイラの言葉で、心が少し楽になったのだ。
戦争の装置として見るから苦しい。
物流屋の機械として見るなら、まだ息ができる。
金色の機体は、格納庫の灯りを受けて静かに立っていた。
それはララァを戦場に立たせるための機械ではなかった。
少なくとも、エドワウはそう決めた。
黒猫ルシファーは、届ける。
必要なものを、必要な人へ。
そのために、彼は金色の機体へ近づいた。