妹に撃たれない方法   作:Brooks

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セイラさんが強くなって(T_T)


第213話 届けるための機械

 

 通信室は、艦内の奥まった場所にあった。

 

 広くはない。壁には古い断熱材の継ぎ目が見え、天井の細い照明は半分だけ落とされている。端末の表示灯が青白く光り、空調の低い音が床の下を這っていた。

 

 遠くから、格納庫の作業音が聞こえる。

 

 金属を叩く音。台車の車輪が床を転がる音。誰かが短く指示を飛ばす声。艦の中では、どれも珍しい音ではない。けれどその夜は、音の一つ一つが妙に近く聞こえた。

 

 エドワウ・マスは、椅子に座らなかった。

 

 壁際に立ち、端末の前に片手を置いている。腕を組んでいないのに、体全体が閉じているように見えた。肩に力が入っている。表情は静かだが、静かすぎる時の彼は、たいてい何かを抑えている。

 

 アムロ・レイはそれを見て、これが単なる補給品の話ではないと分かった。

 

 アムロも椅子には座ったが、背もたれには寄りかからなかった。膝の上に置いた手が、無意識に親指の爪をこすっている。機械の前にいる時の癖だった。

 

 エドワウが端末を操作した。

 

 輸送データが浮かぶ。

 

 封印区分。搬送注意。温度管理。振動制限。認証者名。通常の補給部品には付かない表示が、何重にも並んでいた。

 

 アムロは、画面を数秒見ただけで言った。

 

「ギレンからか」

 

「ああ」

 

「サイコミュだな」

 

 エドワウの目がわずかに細くなった。

 

「分かるのか」

 

「封印の仕方が違う。普通の部品なら、こんな扱いはしない」

 

 アムロはそう言いながら、画面から目を離さなかった。

 

 見たい、と思ってしまう自分がいる。

 

 それが嫌だった。

 

 知らない機械。厳重に封印された装置。ミノフスキー粒子下で使うための、まだ誰も十分に扱いきれていない技術。そういうものに、アムロの中の機械屋はどうしようもなく反応する。

 

 けれど、サイコミュという言葉の奥には、人間がいる。

 

 ララァがいる。

 

 そこを忘れるわけにはいかなかった。

 

 エドワウは、しばらく沈黙した。

 

「ギレンは、アムロ・レイとララァ・スンがこちらにいることを知っていた」

 

 アムロは黙った。

 

 予想はしていた。だが、言葉にされると胸の奥が少し冷えた。

 

「最新サイコミュ搭載システムを送る。地球で役に立たせろ、だそうだ」

 

 端末の青白い光が、エドワウの頬を照らしていた。

 

 その顔には怒りがあった。だが、それは表へ出る怒りではなかった。もっと深い場所に押し込められた、冷えた怒りだった。

 

 アムロはゆっくり息を吸った。

 

「ララァを戦場に出すための装置なら、僕はいらない」

 

 エドワウは、すぐに答えた。

 

「俺も同じだ」

 

 言葉は短かった。

 

 だが、その短さの中に、二人が同じものを見ていることが分かった。

 

 ララァを中心に置いた装置。

 

 ララァの感応を戦場へ引きずり出す仕組み。

 

 ララァが誰かを見つけ、誰かを導き、その結果として誰かが撃たれる未来。

 

 それだけは、避けたかった。

 

 少なくとも、二人はそう思っていた。

 

 仕様書は冷たかった。

 

 端末に並ぶ文字には感情がない。広域索敵。友軍誘導。ミノフスキー粒子下情報補正。遠隔端末認識補助。救難ビーコン捕捉。低空戦闘管制支援。地上重力下補正。

 

 どれも、よく考えられた項目だった。

 

 だからこそ、嫌だった。

 

 アムロは端末を操作しながら、眉間にしわを寄せた。

 

「巨大MAじゃない。地上用の管制補助だ」

 

「何ができる」

 

「ミノフスキー粒子下での広域索敵。味方位置の補正。無線が死んだ時の誘導補助。遠隔端末の認識補助。救難ビーコンの捕捉。地上での低空戦闘や市街地周辺の混戦を想定してる」

 

 エドワウは画面を見下ろした。

 

「戦場の目か」

 

「目だけじゃない。耳でもある。手でもあるかもしれない」

 

 アムロは、そう言ってから口を閉じた。

 

 自分で言った言葉が、自分の胸に引っかかった。

 

 目。

 

 耳。

 

 手。

 

 そのどれもが、ララァのような人間の内側へつながっていく気がした。

 

 機械は、ただの機械であればよかった。ケーブルがあり、回路があり、センサーがあり、出力がある。壊れれば直す。ずれれば調整する。それだけで済む。

 

 けれどサイコミュは違う。

 

 人間の中にある見えないものを、機械が利用しようとする。

 

 その発想が、アムロには怖かった。

 

「ただし」

 

 アムロは言った。

 

「強い感応力を中心に置けば、性能は跳ね上がる」

 

 エドワウは、アムロが言う前から答えを知っている顔をした。

 

「ララァか」

 

「そういう設計に見える。ララァを座らせれば、たぶん一番よく動く」

 

「それは駄目だ」

 

「分かってる」

 

 アムロは端末から手を離した。

 

 指先が冷えている。

 

 この機械はよくできている。たぶん本当に役に立つ。混戦で味方を見失った時、救難信号を拾う時、ミノフスキー粒子で通信が潰れた時、これがあれば命が助かるかもしれない。

 

 だからこそ、危険だった。

 

 役に立つ機械は、人に使わせる理由を持ってしまう。

 

 エドワウは画面を消さなかった。

 

 消せば、問題が消えるわけではない。

 

 そこが、彼にはよく分かっていた。

 

 二人は通信室を出た。

 

 通路は薄暗く、壁の向こうから格納庫の作業音が響いていた。誰かが荷重確認をしているらしく、一定の間隔で金属音が鳴る。

 

 アムロが先に歩いた。

 

 エドワウは半歩後ろを歩く。

 

 しばらく二人とも黙っていた。言葉にすれば、どちらかが相手を止めてしまう。そんな予感があった。

 

 やがて、アムロが立ち止まった。

 

 振り返らずに言う。

 

「僕が見る」

 

「駄目だ」

 

 エドワウの返事は早かった。

 

 アムロは、少しだけ笑った。

 

「そう言うと思った」

 

「お前も駄目だ。ララァの代わりに、お前を装置へ縛る話ではない」

 

 エドワウの声は低かった。

 

 そこには苛立ちだけではなく、恐れがあった。アムロはそれを感じた。エドワウは、ララァだけでなく自分もまた遠ざけようとしている。

 

 それはありがたいことなのかもしれない。

 

 だが、少し違う。

 

 アムロは思った。

 

 誰かに遠ざけられるだけでは、守ることはできない。

 

「縛られないように使うんだ」

 

 アムロは言った。

 

「ララァを座らせるくらいなら、僕が調整する。機械を見るのは得意だ。感応を全部一人に寄せない方法もあるはずだ」

 

「負荷は」

 

「分からない。でも、分からないから誰にも触らせない、では済まない」

 

 エドワウは目を細めた。

 

「お前は昔から、そういうところがある」

 

 アムロは一瞬だけ迷ったあと、静かに返した。

 

「エドワウも、似たところがある」

 

 通路の空気が少しだけ動いた。

 

 エドワウは何も言わなかった。

 

 アムロは、その沈黙に救われた気がした。怒られなかったからではない。エドワウが、自分を子ども扱いしていないことが分かったからだ。

 

 サイコミュが怖くないわけではない。

 

 人の中へ触れてくる装置だと分かっている。

 

 それでも、ララァに押し付けるよりは自分が機械側から押さえたい。構造を見て、信号を見て、負荷を逃がし、危ないところを切る。できるかどうかは分からない。

 

 でも、やらない理由にはならなかった。

 

 格納庫へ向かう途中に、小さな見晴らし窓があった。

 

 そこからは居住区の灯りが遠くに見えた。規則正しく並ぶ灯り。食堂の明るい白。居住区通路の柔らかい黄色。整備区画の硬い青。

 

 戦争の話をしている時に、暮らしの灯りが見えるのは少し残酷だった。

 

 エドワウは窓の前で立ち止まった。

 

 アムロも止まる。

 

 しばらく、どちらも何も言わなかった。

 

 やがてエドワウが言った。

 

「気づいてるよな」

 

 アムロは窓の外を見たまま答えた。

 

「ああ、気づいていると思う」

 

「まだ何も言っていない」

 

「言っていないから、分かるんだろう」

 

 エドワウは小さく息を吐いた。

 

 ララァは、言葉の前に空気を読む。こちらが隠そうとすればするほど、その隠している形を感じ取る。そういう人間だった。

 

「隠せると思うか」

 

「無理だと思う。ララァは、言葉より先に空気を読む」

 

「それでも、戦場には立たせない」

 

「ああ」

 

 アムロの返事は短かった。

 

 二人とも分かっていた。

 

 ララァを守るという言葉は、時にララァを外へ置く言葉になる。彼女のためと言いながら、彼女のいない場所で彼女のことを決める。それがどれほど寂しいことか、分からないほど二人は鈍くない。

 

 だが、それでも戦場には立たせたくなかった。

 

 その矛盾が、二人を黙らせた。

 

 その時、通路の曲がり角から足音がした。

 

 エドワウが振り返る。

 

 セイラ・マスとララァ・スンが立っていた。

 

 セイラは怒ってはいなかった。けれど、その目は逃げ道をふさぐようにまっすぐだった。ララァは少し後ろに立ち、エドワウとアムロを見ている。彼女の顔には、悲しみとも納得ともつかない静けさがあった。

 

 エドワウは、言葉を探した。

 

「セイラ」

 

 セイラは静かに言った。

 

「兄さん、少し違うわ」

 

 その声は小さかった。

 

 だが、通路の空気を変えるには十分だった。

 

「私たちは、軍隊を作りたかったわけじゃない」

 

 セイラは言った。

 

 エドワウは何も言えなかった。

 

 その言葉は、責めるためのものではなかった。むしろ、遠くへ行きかけた兄の袖を掴んで戻すような言葉だった。

 

「私たちは、お父さん――テアボロ・マスの意思を受け継いだ物流屋よ」

 

 テアボロの名が出た瞬間、エドワウの表情がわずかに変わった。

 

 それをアムロは見た。

 

 エドワウにとって、その名はただの養父の名ではない。失った家の名であり、借りの名であり、戻る場所の名なのだろう。

 

 セイラは続けた。

 

「黒猫ルシファーは、どんな物でも、お客様に対してきちんと届ける。それだけ」

 

 アムロは、手に持っていた端末を見下ろした。

 

 サイコミュ。

 

 広域索敵。

 

 誘導補助。

 

 救難ビーコン。

 

 それらの文字が、少しだけ違って見えた。

 

「この機械も同じよ」

 

 セイラは言った。

 

「誰かを殺すためのものにするか、誰かを帰すためのものにするかは、使う人が決めるの」

 

 ララァが、静かに口を開いた。

 

「誰がどこにいるか分からなくなるのが戦場なら、分かるようにしてあげればいい」

 

 アムロは顔を上げた。

 

「サイコミュを火器管制じゃなくて、救難管制に使うのか」

 

 ララァは小さく頷いた。

 

「迷っている人を、帰れる場所へ導けばいい」

 

 セイラが言った。

 

「弾を届けるんじゃない。人を届けるの。薬を届けるの。水を届けるの。帰る道を届けるの」

 

 エドワウは目を伏せた。

 

 その瞬間、彼は少しだけ息がしやすくなった。

 

 サイコミュ。

 

 ガンダムタイプ。

 

 ベースジャバー。

 

 地球降下作戦。

 

 どれも、戦争の言葉だった。

 

 だがセイラは、それらを別の場所へ置いた。

 

 荷を運ぶための道具。

 

 人を帰すための足。

 

 薬を届けるための経路。

 

 その場所の名前は、黒猫ルシファーだった。

 

 エドワウは、自分がいつの間にか軍の言葉で考えていたことに気づいた。ララァを守るため、アムロを守るため、と言いながら、装置を戦争の中心に置いて見ていた。

 

 セイラは、それを戻した。

 

 戻されたことが、少し悔しくもあり、ありがたくもあった。

 

 ララァはエドワウを見ていた。

 

 守られることを嫌がっているわけではない。だが、守るという言葉で自分を閉じ込められることは、たぶん嫌なのだろう。

 

 エドワウは、ようやく頷いた。

 

「……そうだな」

 

 その一言だけだった。

 

 だが、セイラはそれで十分だという顔をした。

 

 格納庫に着いた時、月からの輸送便がちょうどドッキングを終えたところだった。

 

 誘導灯が赤から青へ変わる。大型ハッチの固定具が外され、冷えた外装材の匂いが空気に混じった。月面から来た輸送コンテナの表面には、細かな粉塵が白く残っている。整備兵たちが走り、台車が動き、認証確認の声がいくつも重なった。

 

 アナハイムの輸送担当者が、受領データを表示した。

 

「月面工場より、指定装備を搬入します。MS本体一機、支援飛行ユニット複数、地上整備用部品、予備推進剤」

 

 整備兵が首を傾げた。

 

「支援飛行ユニット?」

 

 アムロが端末を覗き込んだ。

 

「ベースジャバーだ」

 

 エドワウが聞き返す。

 

「ベースジャバー」

 

「MSを地上で運ぶ足だ。降りるだけじゃ足りない。降りた後、戦場まで動かすものがいる」

 

 セイラが並んだコンテナを見た。

 

「MSを運べるなら、物流屋にとっては重宝するわ」

 

 アムロは少しだけセイラを見た。

 

「そうだ。戦場へ運ぶだけじゃない。補給地点へ運ぶことも、負傷者の回収に使うこともできる。機体を歩かせずに移動できるなら、消耗も減らせる」

 

 セイラは真面目な顔で頷いた。

 

「なら、それは武器というより、足ね」

 

 ララァがベースジャバーのコンテナを見た。

 

「迷った人を迎えに行くことも?」

 

 アムロは、少し考えてから答えた。

 

「できる。使い方次第だ。場所が分かれば、迎えに行ける」

 

 セイラはそこで、少しだけ真面目な顔のまま言った。

 

「地球での営業拡大も考えなきゃ」

 

 エドワウは思わずセイラを見た。

 

「営業拡大?」

 

「そうよ」

 

 セイラは当然のように言った。

 

「宇宙だけで運ぶ時代は終わるのでしょう。地球へ降りるなら、地球でも荷を運ぶ。人を運ぶ。薬を運ぶ。帰る道も運ぶ。黒猫ルシファーがやることは変わらないわ」

 

 アムロが、少し困ったように笑った。

 

「戦場で営業の話をするんだな」

 

「戦場だからよ」

 

 セイラは静かに答えた。

 

「誰もが壊す話をしている時に、運ぶ話をしないと、本当に何も残らないもの」

 

 その言葉で、場の空気が少しだけほどけた。

 

 エドワウは胸の奥で、固く結ばれていたものがわずかに緩むのを感じた。

 

 セイラは冗談を言ったわけではない。

 

 本気で営業拡大と言っている。

 

 それがよかった。

 

 戦争という大きな言葉に呑まれそうになっていたものが、荷物、薬、水、帰る道という小さく具体的なものへ戻ってくる。そこなら手が届く。少なくとも、どこへ向かえばいいか分かる。

 

 黒猫ルシファーは、届ける。

 

 その言葉は、エドワウの心を少し楽にした。

 

 新型MSの格納コンテナは、格納庫の中央へ移された。

 

 固定具が外される。圧力調整の白い蒸気が床を這った。整備兵たちが一瞬、作業の手を止める。

 

 コンテナの外装が左右へ開く。

 

 照明が内部へ差し込んだ。

 

 金色だった。

 

 格納庫の青白い光を受けて、金色の装甲が冷たく光った。派手な金ではない。金属の奥から光が返ってくるような色だった。ガンダムタイプの顔。細い顎。鋭い目元。白いガンダムではない。赤いジオン機でもない。誰のものでもないような金色。

 

 アムロが無意識に一歩前へ出た。

 

 エドワウは動かなかった。

 

 セイラは兄の横顔を見る。

 

 ララァは、機体よりもエドワウの心の揺れを見ているようだった。

 

 整備長が低く言った。

 

「これは……ガンダムタイプか」

 

 アナハイムの輸送担当者が資料を読み上げる。

 

「アナハイム社内仮称、δ系試作機。正式登録名は未定です。ムーバブルフレーム採用。軽量高機動型。大気圏内運用はベースジャバー併用を前提」

 

 アムロがつぶやく。

 

「ムーバブルフレーム……」

 

 エドワウは、機体を見上げた。

 

「全身が金色か」

 

「耐ビーム・耐熱複合コーティングを兼ねた試験塗装です。視認性の問題はありますが、機体制御と軽量化を優先しています」

 

 アムロは装甲と関節を見ていた。

 

「派手だけど、ただの飾りじゃない。関節の逃がし方が違う。反応が速いはずだ」

 

 エドワウが聞いた。

 

「誰に乗せるつもりだ」

 

 輸送担当者は答えにくそうに、視線を資料へ落とした。

 

「運用者は、受領側で指定と聞いています」

 

 セイラが静かに言った。

 

「なら、誰が何を届けるために乗るのか、こちらで決めるのね」

 

 エドワウは、その言葉を聞いて、もう一度金色の機体を見た。

 

 これは、ララァを戦場に出すための機体ではない。

 

 そう決めることはできる。

 

 これは、届けるために前へ出る機体だ。

 

 そう決めることもできる。

 

 機械そのものに善悪はない。けれど、機械は使う者の言葉をよく覚える。殺すための機械と呼べば、その形になる。届けるための機械と呼べば、少しだけ別の形になる。

 

 エドワウは、まだ機体名も持たない金色のガンダムタイプを見上げた。

 

 その金色は、軽くはなかった。

 

 選択の重さを持つ色だった。

 

 ベースジャバーは、格納庫の別区画に並んでいた。

 

 平たい機体だった。美しいとは言いにくい。機首の下には推進ノズルがあり、上面にはMS固定用のラッチが並んでいる。月から来たばかりの部品の匂いがした。新しい金属、塗料、潤滑油。整備兵が一つずつ固定具を確認している。

 

 アムロは膝をついて、ラッチの位置を見た。

 

「最大積載と航続は」

 

 整備兵が答える。

 

「標準MS一機搭載、低空高速移動を想定。長距離巡航より、前線投入と離脱を重視しています」

 

「地上でMSを歩かせずに運ぶ。降下後の補給地点から、前線までの足になる」

 

 エドワウが言った。

 

「ザンジバルで降ろし、コムサイで散らし、バリュートで落とし、ベースジャバーで動かす」

 

「そうだ」

 

 アムロは立ち上がった。

 

「降りるだけなら片道だ。動けなければ包囲される」

 

 セイラがベースジャバーの平たい機体を見た。

 

「人を届けて、戻す」

 

「ああ。負傷者を戻すこともできる。補給を届けることもできる。通信が死んだ場所へ誘導機を入れることもできる」

 

 ララァが言った。

 

「帰れる道を、空から作るのね」

 

 アムロは、少しだけララァを見た。

 

「そういう使い方もできる」

 

 彼はそう答えながら、自分の中で何かが変わるのを感じていた。

 

 ベースジャバーは理解できる機械だ。推力、固定、重心、航続距離。数字で測れる。サイコミュのように、人の心へ触れてこない。

 

 だが、セイラとララァの言葉で、それもただの輸送機ではなくなった。

 

 帰る道を作る機械。

 

 その言い方なら、受け入れられる気がした。

 

 エドワウも同じだった。

 

 地球へ降りるという言葉が、少しだけ変わっていた。降りて撃つのではない。降りて届ける。必要なら、撃つ者を退かせる。その順番を間違えなければ、まだ戻れる。

 

 何に戻るのか。

 

 黒猫ルシファーに。

 

 テアボロ・マスの意思を受け継いだ、あの小さな物流屋に。

 

 金色のガンダムタイプ、ベースジャバー、封印されたサイコミュコンテナ。

 

 三つが同じ視界に入る場所に、四人は立った。

 

 戦うための機体。

 

 運ぶための支援機。

 

 人の感応を使う装置。

 

 どれも危ういものだった。使い方を間違えれば、人を戦場の中心へ引きずり込む。けれど、使い方を選べば、人を帰す道具にもなる。

 

 アムロが言った。

 

「サイコミュは、僕が見る。火器管制じゃなくて、救難管制として使えるか試す」

 

 エドワウが続けた。

 

「負荷をララァに寄せない」

 

「ああ。感応を全部一人に寄せない。機械側で補正する」

 

 ララァが静かに聞いた。

 

「私は、何もしない方がいい?」

 

 エドワウはすぐに答えられなかった。

 

 その一瞬の遅れを、ララァは見逃さなかった。だが責めなかった。

 

 セイラが言った。

 

「何もしないんじゃないわ。ララァは、分かることを教えてくれればいい。戦うためじゃなく、迷っている人を帰すために」

 

 ララァは、サイコミュコンテナを見た。

 

「それなら、私にもできる」

 

 エドワウは言った。

 

「無理はさせない」

 

 ララァは、少しだけ悲しそうに笑った。

 

「隠される方が、つらいわ」

 

 エドワウは黙った。

 

 隠すことは、守ることと似ている。

 

 だが同じではない。

 

 その違いを、彼は今さらのように思い知らされていた。

 

「隠さない」

 

 エドワウは言った。

 

「だが、戦場には立たせない」

 

 アムロが続けた。

 

「そのために、僕たちが前に出る」

 

 セイラは兄を見た。

 

「何をしに?」

 

 エドワウは少し黙った。

 

 戦いに行く。

 

 それは簡単な答えだった。

 

 だが、今はその言葉を選びたくなかった。

 

「届けに行く」

 

 セイラは小さく頷いた。

 

 エドワウは続けた。

 

「人を。薬を。水を。帰る道を。必要なら、撃つ者を退かせる」

 

 ララァが言った。

 

「無理をしないで」

 

「それは、こちらの台詞だ」

 

 アムロが金色の機体を見上げた。

 

「この機体、エドワウ向きだと思う」

 

 エドワウは横目でアムロを見る。

 

「金色だからか」

 

「それだけじゃない。軽い。反応が速い。たぶん、逃げるより先に踏み込む機体だ」

 

「嫌な評価だな」

 

「合ってると思う」

 

 エドワウは、少しだけ口元を緩めた。

 

 それは笑みと呼ぶには小さすぎた。だが、さっきまでの張りつめた顔とは違っていた。

 

 セイラの言葉で、心が少し楽になったのだ。

 

 戦争の装置として見るから苦しい。

 

 物流屋の機械として見るなら、まだ息ができる。

 

 金色の機体は、格納庫の灯りを受けて静かに立っていた。

 

 それはララァを戦場に立たせるための機械ではなかった。

 

 少なくとも、エドワウはそう決めた。

 

 黒猫ルシファーは、届ける。

 

 必要なものを、必要な人へ。

 

 そのために、彼は金色の機体へ近づいた。

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