妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第214話 空に置く目

 

 作戦室の明かりは落とされていた。

 

 広い部屋だった。だが、照明を絞ると、そこは宇宙船の奥に作られた小さな井戸のようにも見えた。中央の大型卓だけが青白く光り、その上に地球の地図が浮かんでいる。

 

 ダカール。

 

 キリマンジャロ。

 

 沿岸港湾。

 

 空港。

 

 通信施設。

 

 燃料集積所。

 

 赤い印が、それぞれの場所に打たれていた。

 

 レビルは立っていた。軍服の上着を脱がず、背筋を伸ばし、卓の縁に片手を置いている。長く戦場を見てきた人間の手だった。厚く、節が目立ち、不要な動きをしない。

 

 ブレックス・フォーラは椅子に座っていたが、背もたれには体を預けていなかった。膝の上には声明文の草案が置かれている。地図ではなく、言葉を見ているようだった。

 

 レビルの目は赤い印を追っていた。

 

 ブレックスの指は、声明文の余白を押さえていた。

 

「これは反連邦戦争ではありません」

 

 ブレックスが言った。

 

 レビルは地図から目を離さなかった。

 

「分かっている。地球連邦を倒す作戦ではない。ティターンズを、連邦政府の上から降ろす作戦だ」

 

「そこを誤れば、勝っても負けます」

 

「ジオンの艦と装備を借りる以上、なおさらだな」

 

 レビルの声には苦味があった。

 

 ジオンの力を借りる。

 

 その言葉は、彼にとって軽いものではない。だが、エゥーゴが動けなければジオンが直接地球へ降りる。ギレンはそう告げた。脅しではなく、選択肢の提示として。

 

 その方が、さらに悪い。

 

 レビルはそこを理解していた。

 

「作戦名義は、エゥーゴ単独では弱い」

 

 レビルは言った。

 

「連邦軍秩序回復部隊、議会派、民間救難組織の共同行動。その形にする」

 

 ブレックスは静かに頷いた。

 

「政治責任と声明は私が取ります」

 

「軍事指揮は私が取る。ジオン供与の艦と装備は使うが、指揮権は渡さない」

 

「エドワウ・マスは?」

 

 レビルはそこでようやく、少しだけブレックスを見た。

 

「作戦指揮官ではない。だが呼ぶべきだ」

 

「黒猫ルシファー・ロジスティックスとして」

 

「軍人は敵の配置を見る。彼は荷と人の流れを見る」

 

 ブレックスはその言い方に、わずかに目を細めた。

 

 運送屋を作戦室に呼ぶ。

 

 昔なら、誰かが笑ったかもしれない。だが、今は笑えなかった。戦争は弾薬だけで動かない。水が止まれば街が壊れる。港が焼ければ医療品は届かない。滑走路を割れば敵は止まるが、味方の救難便も止まる。

 

 地図の赤い印だけを見ていては、勝てない。

 

 そのことを、二人とも分かっていた。

 

―――――

 

 地図が拡大された。

 

 ダカール周辺の海岸線、議会地区、市街地、港、空港、通信施設が卓上に浮かぶ。赤い印の横に、白い印が置かれていった。

 

 病院。

 

 水処理施設。

 

 発電設備。

 

 学校。

 

 食料倉庫。

 

 滑走路。

 

 橋。

 

 港湾クレーン。

 

 赤い印は敵を示していた。

 

 白い印は、壊してはいけないものを示していた。

 

「第一目標はダカール周辺」

 

 レビルが赤い鉛筆で通信施設を指した。

 

「ただし市街地と議会施設は攻撃しない。押さえるのは通信施設、空港、港湾管制、ティターンズ憲兵隊拠点、燃料搬入路」

 

「ダカールを壊せば、我々は地球の敵になります」

 

 ブレックスは白い印を議会地区に置いた。

 

「第二目標はキリマンジャロ。直接叩けば損害が大きい。山麓補給路、燃料庫、通信中継所、航空基地、整備補給所を押さえ、孤立させる」

 

「第三は沿岸港湾。救難物資、医療品、補給部品、避難者輸送の受け口です」

 

「港は焼かない。奪って使う」

 

「滑走路も割らない」

 

「輸送機、医療搬送、ベースジャバーの展開に使う」

 

 ブレックスは、橋梁の上に白い印を置いた。

 

 レビルの手が一度止まった。

 

「橋もか」

 

「橋を落とせば敵は止まります。避難民も止まります」

 

 作戦室が静かになった。

 

 橋を落とす。

 

 軍事的には、分かりやすい手だ。敵の車列を止め、補給を断ち、追撃を防ぐ。だが橋を落とせば、救急車も止まる。避難民も止まる。水を運ぶ車も、発電機を運ぶトラックも止まる。

 

 レビルは、青白い地図の上の橋を見た。

 

 小さな線にすぎない。

 

 だが、その線の上を何人が渡るのかを想像した。

 

「橋は、原則破壊ではなく封鎖だ」

 

 レビルは言った。

 

「落とす前に代替路を確認する」

 

 ブレックスは何も言わなかった。

 

 勝ち取った、という顔はしない。ただ、次の白い印を置いた。

 

―――――

 

 協力部隊のリストは、地図よりも重かった。

 

 潜水艦隊。

 

 砂漠駐屯戦車隊。

 

 地方航空部隊。

 

 地方基地。

 

 港湾警備隊。

 

 レビル派将校。

 

 いくつかの名は暗号化され、部隊番号の一部は伏せられていた。彼らはまだ表に出ていない。出るには早すぎる。だが、出なければ作戦は動かない。

 

 ブレックスは仮分類に書かれていた「エゥーゴ所属」という文字を消した。

 

 代わりに、こう入れた。

 

 連邦軍秩序回復部隊。

 

「彼らにいきなりエゥーゴの旗を掲げさせてはいけません」

 

「連邦軍として動かす」

 

 レビルは即座に答えた。

 

「はい。ティターンズに従わない連邦軍として。そうでなければ協力者が逃げます」

 

「潜水艦隊は沿岸港湾の裏受け。砂漠駐屯戦車隊はキリマンジャロ補給路遮断。地方航空部隊は空港確保。地方基地は、ティターンズ命令を拒否した時点で合流」

 

「投降者は?」

 

「正規連邦軍は敵扱いしない。ティターンズ一般兵も即時処断はしない。武装解除後、レビル名義で拘束。尋問は記録付き。虐待は禁止」

 

 レビルは淡々と言った。

 

 淡々と言うしかなかった。

 

 連邦軍同士が撃ち合う。そういう作戦だった。だからこそ、どこまでを敵と呼び、どこからを戻れる者として扱うか、先に決めなければならない。

 

「幹部は別です」

 

 ブレックスが言った。

 

「逃亡路を塞ぐ。港と空港を押さえる理由がそこで効く」

 

「声明では、市民生活、病院、水、食料、港湾を守ることを最初に言います。攻撃対象はティターンズ指揮系統のみ。連邦政府そのものを敵にしない」

 

「作戦前に出すのか」

 

「遅れれば、ティターンズの言葉が先に届きます」

 

 レビルは頷いた。

 

 弾より早く届くものがある。

 

 命令。

 

 噂。

 

 恐怖。

 

 そして声明。

 

 先に届いた言葉が、兵士の銃口を変えることがある。レビルはそれを何度も見てきた。

 

―――――

 

 作戦室の外にある控室は狭かった。

 

 壁には小さな呼び出し表示があり、扉の向こうからレビルとブレックスの低い声がかすかに聞こえてくる。空調の音がやけに大きく、床には古い傷がいくつもついていた。

 

 エドワウは扉の方を見ていた。

 

 アムロはベースジャバーの仕様を端末で確認している。

 

 セイラは、黒猫ルシファー・ロジスティックスの便資料を抱えていた。作戦資料では、すでに略称のBLLが使われている。黒猫ルシファーと呼ぶ時の柔らかさは、そこにはない。三文字の略称は冷たく、事務的で、作戦室にはよく似合っていた。

 

 ララァは椅子に座っていなかった。

 

 壁際に立ち、手を前で軽く重ねている。表情は静かだが、何かを聞いているようでもあった。扉の向こうの声ではない。もっと遠く、もっと薄いものを聞いているような顔だった。

 

 ふと、ララァが言った。

 

「小さな機械を地球で飛ばすのは難しいのでしょう」

 

 アムロは端末から顔を上げた。

 

「重力と大気がある。小型端末を宇宙みたいには扱えない」

 

「なら、飛べるものに載せればいいの」

 

 アムロの目が端末へ戻った。

 

 数秒の沈黙。

 

「ベースジャバーか」

 

 ララァは小さく頷いた。

 

「うん。ベースジャバーに送受信機を積むの。私はそれを動かさない。撃たせもしない。ただ、返ってくるものを読む」

 

「ララァ」

 

 エドワウの声は低かった。

 

 怒っているわけではない。止めたい声だった。

 

 ララァはエドワウを見た。

 

「戦場には出ない。でも、空に目を置くことはできるわ」

 

 エドワウはすぐに答えられなかった。

 

 ララァの言葉は、こちらの逃げ道をふさぐような鋭さを持っていた。彼女は戦場に立ちたいと言っているのではない。兵器を動かしたいと言っているのでもない。自分に届くものを、危険の少ない場所で読むと言っている。

 

 それでも、エドワウには怖かった。

 

 彼女が何かを読めるという事実そのものが、すでに危うい。誰かがそれを知れば、欲しがる。欲しがれば、名前を付ける。名前を付ければ、部門ができる。部門ができれば、人が集められる。

 

 そこから先を、彼は知っていた。

 

 セイラは少しだけ考え、静かに言った。

 

「中央で読むだけなら、BLLの管制室として扱えるわね」

 

 アムロは端末を操作し始めた。

 

「直接操作させない。信号は僕が機械側で薄める。負荷を集中させなければ、危険はかなり減る」

 

「それでも危険はある」

 

 エドワウが言った。

 

「ある」

 

 アムロは否定しなかった。

 

「でも、何もしないよりは制御できる。少なくとも、ララァを前線に置く必要はない」

 

 ララァは黙っていた。

 

 エドワウは彼女の顔を見た。

 

 守りたい相手が、守られるだけではいられないと言っている。そのことが、彼には痛かった。だが、ララァは戦場へ出たいと言っているのではない。兵器を動かしたいと言っているのでもない。

 

 見えるものを、危険の少ない場所から伝える。

 

 それだけだと言っている。

 

 それでもエドワウには、十分に怖かった。

 

「レビルには細部を出さない」

 

 エドワウは言った。

 

 セイラが即座に頷く。

 

「当然よ。記録上は特殊送受信機。担当者名も残さない」

 

 アムロも頷いた。

 

「その語も、できるだけ資料から外した方がいい」

 

 エドワウは短く息を吐いた。

 

「出しすぎれば、研究したがる者が出る」

 

 その言葉を聞いて、セイラは兄の横顔を見た。

 

 そこには、ただの機密保持ではないものがあった。

 

―――――

 

 作戦室の扉が開いた。

 

 エドワウ、アムロ、セイラの三人が入る。

 

 ララァは控室に残った。

 

 レビルは地図卓の向こうで立っていた。ブレックスは少し横に下がり、三人を迎えた。部屋の端にはブライトとパオロが控えているが、発言する位置ではない。

 

 地図には赤と白の印が打たれていた。

 

 エドワウはまず赤い印を見なかった。

 

 港を見た。

 

 道路を見た。

 

 病院を見た。

 

 空港と水処理施設を見た。

 

 レビルはその視線の動きに気づいた。

 

「来てもらったのは、作戦指揮を頼むためではない」

 

「承知しています」

 

 エドワウは短く礼をした。

 

「黒猫ルシファー・ロジスティックス、BLLとして、物と人の流れを見ます」

 

「我々は軍事目標を決めた。だが、地上を動かす荷の経路が足りない」

 

 ブレックスが続けた。

 

「どこに何を運ぶか。どこから人を逃がすか。何を壊してはいけないか。助言を求めます」

 

 エドワウは地図を見た。

 

「攻略する場所を決める前に、壊してはいけない場所を決めるべきです」

 

 レビルが少し眉を上げる。

 

「最初にそれを言うか」

 

「そこを壊せば、勝っても届ける場所がなくなります」

 

 レビルの赤い鉛筆の横に、セイラの積載表が置かれた。

 

 作戦卓の上で、敵拠点の印と医療品の便名が並んだ。

 

 レビルは不快そうにはしなかった。むしろ、その組み合わせを地図の上へ置いて、重さを測っているようだった。

 

「続けたまえ」

 

 レビルは言った。

 

―――――

 

 ダカール周辺が拡大された。

 

 海岸線、議会地区、市街地、港、空港、通信施設。ティターンズ憲兵隊拠点には赤い印がある。病院、水処理施設、報道施設、港湾倉庫には白い保護印が置かれていた。

 

「ダカールは撃たない」

 

 レビルが言った。

 

「外周を押さえる。通信施設、空港、港湾管制、ティターンズ憲兵隊拠点、燃料搬入路」

 

 エドワウは港湾管制の表示を指した。

 

「港湾管制は破壊しないでください。ここを失うと、医療品と水処理部品が入りません」

 

「占拠に留める」

 

 セイラは端末を開いた。

 

「この港に医療品を入れられるなら、BLLで臨時便を組めます。薬、水処理部品、簡易発電機を先に」

 

「弾薬より先にか」

 

 レビルの声は責めるものではない。ただ確認だった。

 

「街は弾薬より先に水で壊れます」

 

 エドワウは答えた。

 

 ブレックスが頷く。

 

「政治的にも、その順序が必要です」

 

 アムロは地図の高度表示を見ていた。

 

「ベースジャバーなら外周誘導に使えます。ただし市街地中心には入れない方がいいです。低空では建物が多すぎます」

 

「外周で足を止め、中心部は歩兵と交渉で詰める」

 

 レビルが言った。

 

「避難路を先に作るべきです」

 

 エドワウは地図の内側から海へ向かう道路を見た。

 

「逃げ道のない街で銃声を出せば、こちらが勝っても人が死にます」

 

 その言葉に、レビルはしばらく黙った。

 

 ダカールは地図の上では平面だった。道路は細い線で、建物は灰色の塊だった。だが、その線の上を人が走る。子供を抱えた者がいる。病院へ向かう車がある。水を求める群衆がいる。

 

 銃声だけで街は壊れる。

 

 レビルは、その光景を想像できる軍人だった。

 

「避難路を先に作る」

 

 レビルは言った。

 

「憲兵隊拠点は、その後だ」

 

―――――

 

 キリマンジャロの地図に切り替わった。

 

 等高線が密集している。山麓道路、ヘリ発着場、燃料庫、通信中継所、航空基地、整備補給所。平地の地図とは違い、そこには地形そのものの圧力があった。

 

「キリマンジャロは直接叩かない」

 

 レビルが山頂拠点を指した。

 

「山麓補給路、燃料庫、通信中継所、航空基地、整備補給所を押さえる」

 

「山の上を飢えさせるのではなく、動けなくする、ということですね」

 

 エドワウが言った。

 

「燃料と部品が切れれば、山頂の部隊は降りてこられん」

 

 アムロは端末の風向表示を確認してから答えた。

 

「山岳地帯でベースジャバーを長く飛ばすのは危険です。MSを載せたまま乱気流に入れば、姿勢を崩します」

 

「使えないのか」

 

「使えます。ただし長距離ではなく、山麓の補給地点から短距離で使うべきです。着地地点を複数作る必要があります」

 

 声は落ち着いていたが、示した条件は厳しかった。

 

 使える。

 

 ただし条件がある。

 

 機械を本当に知っている者の言い方だった。

 

「BLL側で山麓に中継補給所を作ります」

 

 エドワウが言った。

 

「医療品、水、推進剤、交換部品を分けて置く」

 

 セイラが地図の下側を示した。

 

「山の集落を巻き込まない場所を選びます。補給路と避難路は重ねない方がいいです」

 

「補給車列と避難民が同じ道に入れば、どちらも止まるか」

 

 レビルが言った。

 

「はい。敵より先に、道が詰まります」

 

 戦場では敵が道を塞ぐ。

 

 だが時には、味方の荷と逃げる人間が道を塞ぐ。

 

 レビルは地図を見た。

 

 山頂の敵を見ていた目が、山麓の細い道へ移った。

 

―――――

 

 やがて、アムロが新しい表示を出した。

 

 ベースジャバーの飛行経路。

 

 その一部に、通常通信とは違う点線が重なっている。そこには「特殊送受信機搭載」とだけ表示されていた。

 

 その技術を示す本来の名前はない。

 

 担当者名もない。

 

 原理説明もない。

 

 レビルはその表示を見て、すぐに気づいた。

 

「この特殊送受信機とは何だ」

 

 エドワウが先に口を開いた。

 

「詳細は伏せさせてください。ジオン系の特殊通信・管制技術です」

 

「軍に説明できぬ装置を使えというのか」

 

「作戦に必要な範囲だけ説明します」

 

「理由は」

 

 エドワウは、すぐには答えなかった。

 

 作戦室の空気が重くなった。

 

 その名を思い出した瞬間、エドワウの指先が冷えた。

 

 ムラサメ研究所。

 

 オーガスタ研究所。

 

 いわゆるニュータイプ研究所――ニタ研。

 

 まだここにはない名前だった。

 

 だが、未来にはあった。

 

 人間を装置に合わせる研究。感覚を引き伸ばされ、恐怖を調整され、名前より先に番号で扱われる子供たち。兵器の性能表に、人間の心が書き込まれていく未来。

 

 まだこの時代の書類には存在しない。

 

 だが、エドワウの記憶にはあった。

 

 レビルに悪意がなくても、軍の記録は残る。

 

 記録が残れば、読む者が出る。

 

 読む者が出れば、研究する者が出る。

 

 ここで道を開いてはいけない。

 

「説明しすぎれば、次にそれを人間へ向ける者が出ます」

 

 エドワウは言った。

 

 レビルは表情を変えなかった。

 

「人間へ?」

 

「人を部品として扱う研究に、道を開きたくありません」

 

 ブレックスは黙っていた。

 

 その沈黙は、理解の沈黙だった。

 

「記録には残さない方がよいですね」

 

「お願いします」

 

 アムロが続けた。

 

「作戦上は、ベースジャバー搭載型の特殊送受信機です。通信補助、位置補正、誘導補助。それ以上は書かないでください」

 

 レビルはアムロを見た。

 

「火器管制には使わんのだな」

 

 エドワウが答えた。

 

「使いません」

 

 レビルはしばらく二人を見ていた。

 

 踏み込むことはできた。

 

 命令すれば、説明を求めることもできた。

 

 だが、しなかった。

 

「ならば、私は戦に必要なことだけ聞く」

 

 その一言で、作戦室の緊張が少しだけ解けた。

 

 エドワウは、わずかに頭を下げた。

 

―――――

 

 アムロが表示を切り替えた。

 

 ダカール外周、港湾、空港、キリマンジャロ山麓、通信施設周辺に青い点線が浮かぶ。何機かのベースジャバーが、MSを運ぶためではなく、中継のためだけに飛ぶ計画だった。

 

「地上では、小型端末を自由に飛ばすのは難しいです」

 

 アムロが説明した。

 

「重力と大気があります。ですが、ベースジャバーなら飛べます」

 

「ベースジャバーに載せるのか」

 

 レビルが問う。

 

「はい。MSを運ぶものと、中継だけを行うものに分けます。中継機は高く上げすぎず、地形に沿って飛ばします」

 

「何ができる」

 

「ミノフスキー粒子下での短距離通信補助、味方位置補正、ベースジャバー隊の誘導、通信が乱れる場所の中継です。ダカールでは外周、キリマンジャロでは山麓、港湾では管制塔と倉庫の上空に置きます」

 

 ブレックスが確認する。

 

「火器管制ではない」

 

「違います。撃つためのものではありません。見えない場所を減らすためのものです」

 

 エドワウが地図を見た。

 

「戦術的には、敵を倒すためより、敵を孤立させるために使います」

 

「敵を孤立させる」

 

 レビルが繰り返す。

 

「通信、退路、補給、増援。そこを同時に見ます。撃たずに済む敵は、撃たないためです」

 

 レビルは青い点線を見つめた。

 

 ダカール外周を回る線。

 

 山麓道路の上に置かれた点。

 

 港湾上空の短い経路。

 

 それは敵を砲撃するための線ではなかった。

 

 敵が逃げ込む場所、補給を受ける場所、命令を待つ場所、増援を呼ぶ場所を、静かに見張るための線だった。

 

「なるほど」

 

 レビルが言った。

 

「地上に置く目ではなく、空に置く目か」

 

「はい」

 

 アムロは短く答えた。

 

 セイラはその言葉を聞き、端末に「空中中継」と入力した。

 

 空に置く目。

 

 軍の言葉としては少し柔らかい。

 

 だが、作戦の本質をよく表していた。

 

―――――

 

 物資一覧が地図の横に表示された。

 

 医療品。

 

 水処理部品。

 

 通信機材。

 

 特殊送受信機。

 

 簡易発電機。

 

 燃料。

 

 MS整備部品。

 

 食料。

 

 避難民用物資。

 

 弾薬。

 

 レビルの視線が、一度だけ弾薬の位置で止まった。

 

 エドワウはそれを見ていた。

 

「第一便は医療品、水処理部品、通信機材、簡易発電機。第二便で燃料とMS整備部品。食料は軽い保存食を先に。弾薬は必要数だけです」

 

「弾薬が低いな」

 

「弾薬を最初に入れれば、港が軍港になります。医療品を先に入れれば、港は救難港になります」

 

 ブレックスが頷いた。

 

「政治的にも、その順がよい」

 

 アムロが補足する。

 

「ただ、MS整備部品を遅らせすぎるとベースジャバーもMSも止まります。脚部関節、推進剤、冷却材、通信部品は先に分けておくべきです」

 

 セイラは端末を操作した。

 

「BLLで便を分けます。医療品と水処理部品はBLL救難便。整備部品はBLL整備便にします。弾薬とは同じ船にしません」

 

「徹底しているな」

 

 レビルが言った。

 

「混ぜると、全部軍事物資になりますから」

 

 セイラの声は静かだった。

 

 だが、その静けさの中には商売人の厳しさがあった。

 

 荷物は、混ぜれば同じ色になる。

 

 医療品と弾薬を同じ船に積めば、その船は救難船ではなく軍用船に見える。港に最初に降ろす荷が、その港の意味を決める。セイラはそれを知っている。

 

 地図の港湾区画に、小さな表示が並んだ。

 

 BLL救難便一号。

 

 BLL水処理部品便二号。

 

 BLL整備便三号。

 

 BLL通信機材便四号。

 

 三文字の略称が、港の横に静かに並んでいった。

 

―――――

 

 最後に、レビルは赤い鉛筆を置いた。

 

 卓の上で、小さな音がした。

 

 代わりに青い鉛筆を取る。

 

 地図上の赤い印はまだ残っている。敵拠点は消えない。ティターンズ憲兵隊拠点も、通信施設も、燃料搬入路も、山麓補給路もそこにある。

 

 だが、青い印が増えていた。

 

 港。

 

 病院。

 

 水処理施設。

 

 滑走路。

 

 倉庫。

 

 橋。

 

 通信施設。

 

 そして、空に置く目の位置。

 

 レビルは一つ一つ囲んでいった。

 

 その手つきは軍人のものだった。だが、囲んでいる場所は軍事目標だけではなかった。

 

「攻める場所より、残す場所が多い作戦か」

 

 レビルが言った。

 

 エドワウは地図を見たまま答えた。

 

「壊すより、残す方が難しいと思います」

 

「軍人の前で、ずいぶん商売人らしいことを言う」

 

「商売人ですから」

 

 ブレックスが少し笑った。

 

 その笑いは疲れていたが、悪いものではなかった。

 

「空に目を置き、港を燃やさず、橋を落とさず、敵を孤立させる。簡単ではないな」

 

 レビルが言った。

 

 アムロが地図を見て答える。

 

「簡単ではありません。ただ、見えないまま進むよりはましです」

 

 セイラは端末を閉じた。

 

「BLLは、届ける準備をします」

 

 レビルは青い鉛筆を手にしたまま、ブレックスを見た。

 

「作戦名は」

 

 ブレックスは少しだけ考えた。

 

 そして言った。

 

「帰還路確保作戦」

 

 レビルは頷いた。

 

「よかろう。勝つだけでは足りん。帰す道を作る」

 

 作戦室に、しばらく誰も声を出さなかった。

 

 青白い地図の上に、赤い敵拠点と青い経路が並んでいる。

 

 それは敵を潰す地図ではなかった。

 

 帰る道を残すための地図だった。

 

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