妹に撃たれない方法   作:Brooks

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やっぱりサブタイトルのネーミングセンスがセイラさんなみ。・゚・(ノД`)・゚・。


第215話 落ちる前の戦場

 

 BLL一番艦の格納庫では、金色の機体が固定架の中に立っていた。

 

 大気圏突入前の最終確認に入っていたため、整備兵たちは声を落として動いていた。床には固定用のケーブルが這い、工具箱が壁際へ寄せられている。機体の足元では、冷却材の白い霧が薄く流れていた。

 

 金色の装甲は、艦内照明を受けて静かに光っていた。

 

 派手だった。

 

 だが、騒がしくはなかった。

 

 そこだけ別の温度を持っているように見えた。

 

 アムロは端末に表示された登録番号を見ていた。

 

「型番が一〇〇」

 

 エドワウが金色の肩装甲を見上げる。

 

「そうだな、型番一〇〇なら……」

 

「ルシファーがいいと思うの」

 

 セイラが横から言った。

 

 アムロが顔を上げる。

 

「ルシファー?」

 

「ええ。両肩に黒猫のマークを入れたら、きっと綺麗に目立つわ。宣伝にもなるし」

 

 アムロは少し困ったように笑った。

 

「兵器に宣伝を入れるのか」

 

「兵器じゃないわ」

 

 セイラはすぐに言った。

 

「うちの機械よ。人と物を届けるための機械。見た人が、ああ、黒猫ルシファーだって分かる方がいいでしょう?」

 

 エドワウは黙って金色の肩を見た。

 

 そこに黒猫の印が入るところを思い浮かべる。

 

 金色の装甲に、黒い猫。

 

 派手ではある。だが不思議と下品ではなかった。むしろ、よく似合うような気がした。戦場でそんなものが目立てば、敵にも味方にもすぐ分かる。隠密には向かない。だが、この機体はそもそも隠れて使う機体ではない。

 

 前へ出る。

 

 見られる。

 

 そして、帰る道を開ける。

 

「ルシファー、か」

 

 エドワウは口の中でその名を転がした。

 

「悪くない」

 

 セイラは満足そうに頷いた。

 

「でしょう?」

 

 それから彼女は整備兵の方へ歩いていった。

 

「両肩に黒猫のマークを入れて。遠くからでも分かる大きさで。けれど下品にはしないでね。金色が負けるようなのは駄目よ」

 

 整備兵は少し困った顔をしながら、塗装図案を端末に呼び出した。セイラはその横に立ち、金色の肩装甲と黒猫の図案を見比べ始める。

 

 その背中を見送ってから、ララァが小さく言った。

 

「ホワイトベースに、時間を持っている人がいます」

 

 アムロが顔を上げた。

 

「時間を持っている?」

 

 ララァは艦隊配置図のモニターを見た。

 

 ホワイトベース。

 

 グレイファントム。

 

 サラブレッド。

 

 貸与されたザンジバル七隻。

 

 BLLのザンジバル三隻。

 

 その中で、ララァの視線は白い艦影の表示に止まっていた。

 

「全部、覚えている人」

 

 エドワウの表情が変わった。

 

「誰だ」

 

「名前は分からないわ。でも、女性です」

 

 アムロは少し考えた。

 

「ブライトのことか?」

 

 ララァは首を横に振った。

 

「いいえ。ブライトさんではないわ。あの人の近くにいる女性。強い願いを持って、ここまで来た人」

 

 アムロは黙った。

 

 ホワイトベース。

 

 ブライトの近くにいる女性。

 

 全部、覚えている人。

 

 誰も、それ以上は言わなかった。

 

 言葉にすれば、今すぐ確かめに行きたくなる。だが、降下前に余計な確認を増やす余裕はない。艦隊はすでに地球の重力へ向けて針路を定めている。

 

 エドワウはホワイトベースの表示を見つめた。

 

 地球へ降りる前に、また一つ、見えない荷が増えた。

 

―――――

 

 ホワイトベースの格納庫では、エマリー・オンスが降下用の固定具を確認していた。

 

 格納庫はいつもより狭く感じられた。バリュート関連の予備部材、ネモ用の交換部品、リック・ディアス用の冷却材、姿勢制御用の予備ケーブル。必要なものほど前へ出てくる。必要なものほど通路を塞ぎたがる。

 

「その箱、そこでは駄目です」

 

 若い整備兵が振り向いた。

 

「降下後すぐ使います」

 

「だから壁際です。ここに置くと、帰投した機体の左脚が止まります」

 

 エマリーは端末を見ずに言った。

 

「三番レーンまで詰まったら、ブライトさんが困ります」

 

 整備兵は一瞬だけ目を丸くしたが、何も言わずに箱を押した。

 

 エマリーは手伝わなかった。

 

 手伝うより、次に詰まる場所を見る方が先だった。

 

 そこへブライト・ノアが来た。

 

 まだ若い。だが、もう候補生という肩書だけで見られる顔ではなかった。指揮を渡され、艦を動かし、人を戻した男の顔になりつつある。眉間には年齢に合わない皺が寄っていた。

 

「エマリー」

 

 ブライトは人目のある場所では、それ以上の呼び方をしなかった。

 

「準備は」

 

「出せます。迎撃されても、降下後でも」

 

「両方になるかもしれない」

 

「なるつもりで組んでます」

 

 短い会話だった。

 

 だが、それで十分だった。

 

 ブライトは格納庫を見回した。壁際へ寄せられた箱。空けられた帰投レーン。降下用に分けられた固定具。無駄が削られ、危険なものが端へ寄せられている。

 

「助かる」

 

「戻ってくる場所を空けるのが仕事ですから」

 

 エマリーはそう言った。

 

 ブライトは一瞬だけ彼女を見た。

 

 その一瞬を、エマリーは見逃さなかった。

 

 彼女は全部覚えている。

 

 アナハイム・エレクトロニクス。

 

 ネオ・ジオンとの戦い。

 

 死んだ時のこと。

 

 そして、ブライト・ノアという男。

 

 前世のブライトには妻がいた。子供もいた。自分が入り込める場所など、どこにもなかった。それでも好きだった。馬鹿みたいに好きだった。死ぬ間際まで、その気持ちは残っていた。

 

 もし次があるなら。

 

 そう願ったことまで、彼女は覚えている。

 

 そして今、自分はこの艦にいる。

 

 彼のそばにいる。

 

 けれど、願いが叶ったからといって、戦場が優しくなるわけではない。だから彼女は、恋を語るより先に箱をどける。会えたと泣くより先に、帰投レーンを空ける。

 

「ブライトさん」

 

「何だ」

 

「降下後、無理に格納庫へ降りてこないでください」

 

「確認くらいはする」

 

「確認は上げます。必要なら私が行きます」

 

 ブライトは少しだけ困った顔をした。

 

「命令か」

 

「お願いです」

 

 その言い方に、ブライトは反論しなかった。

 

 周囲には整備兵がいる。だから二人は近づきすぎない。手も取らない。だが、短い沈黙だけで、互いに言いたいことは伝わっていた。

 

「分かった」

 

 ブライトは言った。

 

「何かあれば、すぐ上げてくれ」

 

「上げます」

 

 エマリーは頷いた。

 

 ブライトが去る。

 

 エマリーはその背中を少しだけ見送った。

 

 すぐに端末へ目を戻す。

 

 見送りすぎれば手が止まる。手が止まれば、彼が戻る場所が狭くなる。

 

 恋人になったからといって、戦場が優しくなるわけではない。

 

 だから彼女は、次の箱を壁際へ押し戻した。

 

―――――

 

 地球は近かった。

 

 ホワイトベースの艦橋から見えるそれは、青い球ではなく、巨大な壁のようだった。ゆっくりと近づいてくるのではない。こちらがそこへ落ちていく。表示には突入角、速度、艦間距離、バリュート展開予定高度が並んでいる。

 

 ホワイトベース。

 

 グレイファントム。

 

 サラブレッド。

 

 ペガサス級三隻を中心に、貸与されたザンジバル七隻が続く。さらにその後方に、黒猫ルシファー・ロジスティックス、BLLのザンジバル三隻が隊列を保っていた。

 

 ジオン旗は掲げていない。

 

 作戦資料上では、供与降下輸送艦。

 

 だが、艦影を見れば分かる者には分かる。

 

 だからこそ、ダカール直上へは降りない。南大西洋側から降下し、ダカール沖と北方外周へ向かう。市街地に艦影を見せれば、それだけで政治的に負ける。

 

 レビル大将はホワイトベースの艦橋中央に立っていた。

 

「降下針路を外すな。ここで角度を失えば、ダカールを見る前に艦を失う」

 

 ブライトが計器を見た。

 

「ホワイトベース、突入角維持。艦間距離、規定内」

 

 グレイファントムからブレックスの声が入る。

 

「声明文は準備済みです。地上回線を確保し次第、流します」

 

 BLL一番艦では、セイラが管制卓の前に立っていた。

 

「BLL一番艦、管制準備完了。二番艦、三番艦も積載確認済みです」

 

 アムロは別卓で特殊送受信機の状態を確認している。

 

「特殊送受信機搭載ベースジャバーは、降下後に展開します。突入前には出せません」

 

 その奥で、ララァは座っていた。

 

 彼女は何も言わずに地球を見ている。青は綺麗だった。けれど、近づくほど重く見えた。宇宙の青とは違う。身体の奥に沈んでくる青だった。

 

 エドワウは、ルシファーの出撃表示を見ていた。

 

 金色の機体。

 

 両肩に黒猫のマーク。

 

 セイラの言った宣伝という言葉は、少し軽かった。だが今、その黒猫はただの印ではなかった。敵に見つけられやすい。味方にも見つけられやすい。そして、自分が帰るべき場所を思い出させる。

 

 そういう印だった。

 

―――――

 

 ダカール港湾基地では、夜明け前の空気がまだ湿っていた。

 

 警報灯が赤く回っている。海洋空母の甲板には誘導灯が伸び、航空機のエンジンが温められ始めていた。MS格納庫では、マラサイが整備架から降ろされ、兵装確認が進んでいる。

 

 だが、発進には時間がかかる。

 

 艦載機を上げ、MSを搬出し、港湾基地の管制と海洋空母の発艦手順を合わせる必要がある。地上から高高度へ届かせるには、さらに時間が必要だった。

 

「高高度に複数の熱源。軌道降下です」

 

 管制官が言った。

 

 ティターンズ地上司令官は、モニターを睨むように見た。

 

「ジオンか」

 

「識別はエゥーゴ系。ただし艦型にザンジバル級を含みます」

 

「同じことだ」

 

 司令官は短く吐き捨てた。

 

「ダカールへの降下を許すな。海洋空母群を出せ。港湾基地のMS隊も発進準備」

 

 航空隊指揮官が顔を上げる。

 

「発艦まで時間がかかります。高高度へ上げても、接敵は降下後になります」

 

 司令官の顔が歪んだ。

 

 宇宙を失い、地球だけが残った。その地球へ、宇宙から艦隊が降ってくる。彼はそれを侵攻と呼びたかった。そう呼べば、自分たちが守る側に見える。

 

 だが、降ってくる艦隊を止められなければ、その言葉にも意味はない。

 

「なら、軌道上の迎撃艦に命じろ」

 

 司令官は言った。

 

「大気圏突入直前を突け。敵は針路を変えられん」

 

 通信士が振り向いた。

 

「残存警戒艦隊を使いますか」

 

「使う。見張りを置いておいた意味が、ようやく出た」

 

 ダカールの海はまだ暗かった。

 

 その暗い海の上で、航空機のエンジン音が一つ、また一つと増えていく。

 

―――――

 

 ホワイトベースの警戒表示が変わった。

 

「地上側、海洋空母群に動きあり。港湾基地より航空機、MS部隊発進準備」

 

 オペレーターが報告する。

 

 レビルはすぐに答えた。

 

「間に合う距離ではないな」

 

「はい。接敵は降下後と推定」

 

 別のオペレーターが声を上げた。

 

「軌道上、右舷後方に艦影。三……いえ四。ティターンズ識別」

 

 グレイファントムの通信から、ブレックスの声が入る。

 

「まだ軌道に残していたのか」

 

 レビルは地球の縁を見た。

 

「地球にしがみつくための見張りだろう。来るぞ」

 

 BLL一番艦で、アムロが表示を切り替えた。

 

「大気圏突入まで時間がありません。長く戦うと、敵味方どちらも戻れなくなります」

 

 ララァが小さく言った。

 

「急いでいる。向こうも怖がっている」

 

 エドワウは、その声を聞いた。

 

「恐怖で撃つ相手ほど危険だ」

 

 敵の判断は間違っていない。

 

 大気圏突入直前を狙う。こちらは艦首を大きく振れない。針路を崩せば艦が死ぬ。MSを出しても回収時間はない。

 

 だが、敵も同じ境界に近づいてくる。

 

 どちらが先に時間を読み違えるか。

 

 その戦いだった。

 

―――――

 

 各艦に戦闘配置が下りた。

 

「針路を崩すな。撃ち返すために艦を殺すな」

 

 レビルの声が、艦隊全体へ流れた。

 

 ブライトは即座に命令を重ねる。

 

「ホワイトベース、対空火器準備。ネモ隊、バリュート装備を再確認」

 

 サラブレッドから報告が入る。

 

「ネモ隊、出せます。ただし回収時間はありません」

 

 グレイファントムからも続く。

 

「リック・ディアス隊、出撃準備完了」

 

 レビルは迷わなかった。

 

「回収を前提にするな。出るならバリュート降下だ。ネモ隊は艦隊外周。リック・ディアス隊はザンジバル列を守れ」

 

 BLL一番艦で、セイラが管制盤を見た。

 

「BLL一番艦、針路維持。二番艦、三番艦も続いています」

 

 アムロがルシファーの機体表示を開く。

 

「ルシファーのバリュート接続確認。問題ありません」

 

 エドワウはコクピットに収まっていた。

 

 金色の視界の中で、地球の青が広がっている。

 

「ルシファー、出ます」

 

 セイラの声が入った。

 

「兄さん、戻る場所を決めてから出て」

 

 エドワウは少しだけ笑った。

 

「戻るために出る」

 

 ホワイトベースの格納庫では、エマリーがバリュート固定具を再確認していた。

 

「戻る機体だけじゃない」

 

 彼女は若い整備兵へ言った。

 

「降りる機体も、ここから出すんです。固定具の予備を二つ、三番レーン脇へ」

 

 ブライトの艦内通信が響く。

 

 エマリーはその声を聞きながら、手を止めなかった。

 

 彼が指揮を背負うなら、自分は戻る場所を空ける。

 

 それが、今の自分の恋だった。

 

―――――

 

 ティターンズの残存軌道迎撃艦が砲撃を開始した。

 

 青い地球の縁を背景に、細い光が横切る。ミサイルが散り、艦砲の光が艦隊の間をかすめた。大気の薄い層が近づいている。戦闘空域そのものが、燃える境界へ向けて落ちていた。

 

「敵MS、マラサイ。迎撃艦より発進。数十二」

 

 ホワイトベースのオペレーターが叫んだ。

 

 ブライトがすぐに命じる。

 

「ネモ隊、艦隊外周へ。リック・ディアス隊はザンジバル列の前へ出せ」

 

 レビルの声が低く響いた。

 

「針路を崩すな。敵を追うな。艦を守れ」

 

 ネモ隊が薄く広がり、艦隊の外側に防衛陣を作った。白と緑の機体が、突入角を保つ艦隊の周囲で姿勢を整える。

 

 リック・ディアス隊はその内側へ出た。重い機体が、ザンジバル列とBLL艦の前に厚い壁を作る。黒く見える装甲が、地球の青い光を受けて鈍く光った。

 

 ティターンズのマラサイ隊は、迎撃艦の影から飛び出してきた。

 

 赤茶色の装甲が、薄い大気の縁に近づく光を受けて暗く見える。彼らに大気圏突入装備はない。だが、この高度ならまだ戻れる。戻るつもりがあるならば。

 

 ルシファーが前へ出た。

 

 金色の装甲。

 

 両肩の黒猫の印。

 

 戦場の中で、いやでも目立った。

 

「敵マラサイ、こちらで引きます」

 

 エドワウが言った。

 

 アムロが返す。

 

「長く引くな。突入限界まで八分」

 

 ララァの声が、そのあとに入った。

 

「右の二機、帰るつもりがない」

 

 アムロはすぐに情報へ変えた。

 

「エドワウ、右の二機は深追いしてきます。推進器を狙ってください」

 

「了解」

 

 ルシファーが動いた。

 

 速い。

 

 だが、敵を切り裂くための速さではない。艦隊へ向かうマラサイの前に出て、相手の視線を奪う。マラサイの照準が金色へ吸い寄せられる。セイラが宣伝と言った黒猫の印が、今は罠の印になっていた。

 

 ネモ隊が外側でマラサイを受け止める。

 

 リック・ディアス隊が重い火力で敵の進路を潰す。

 

 ホワイトベースとグレイファントム、サラブレッドが対空火器を短く撃つ。

 

 だが艦は大きく動かない。

 

 動けない。

 

 地球はすぐそこにあった。

 

―――――

 

 ティターンズ迎撃艦隊の旗艦では、管制官の声が高くなっていた。

 

「突入境界まで残りわずか。マラサイ隊、帰還限界に近づいています」

 

 迎撃艦隊司令はモニターを睨んだ。

 

「あと一撃だ。ザンジバルの一隻でも落とせ」

 

 艦長が声を抑えて言った。

 

「本艦は離脱可能ですが、MS隊は戻れなくなります」

 

「構わん。敵を降ろすな」

 

 通信の向こうで、マラサイ隊指揮官が叫ぶ。

 

「こちらはまだ追える。敵の金色を落とす」

 

 艦長が思わず声を荒げた。

 

「馬鹿な、そこはもう戻れんぞ」

 

 だが、声は届かない。

 

 届いても、もう遅いのかもしれなかった。

 

 ダカールへ降りられる。

 

 その恐怖が、判断を歪めていた。金色の機体を落とせば戦果になる。ザンジバルを一隻でも沈めれば、司令部へ報告できる。そうした欲が、帰還限界の表示より強くなっていた。

 

 勇敢さと無謀さの境目が、そこで消えていた。

 

―――――

 

 限界が来た。

 

 アムロの声が、静かに全艦へ入る。

 

「限界です。これ以上は戻れません」

 

 レビルが命じた。

 

「全艦、突入姿勢維持。MS隊、バリュート展開」

 

 ブライトが続ける。

 

「ホワイトベース、突入角維持。対空火器、停止準備。ネモ隊、バリュート展開」

 

 ネモの背部から白い膜が開いた。

 

 リック・ディアス隊のバリュートが遅れて膨らむ。大気を受けて震え、機体をゆっくりと捕まえていく。

 

 エドワウは表示を確認した。

 

「ルシファー、バリュート展開」

 

 黒猫のマークの縁が、熱で赤く照らされた。金色の肩装甲が、しばらく夕焼けのように見えた。

 

 ティターンズ管制の声が割れた。

 

「マラサイ隊、帰還限界だ。戻れ」

 

「金色がまだいる。あと一撃で――」

 

 通信が乱れる。

 

 一機のマラサイが姿勢を崩した。

 

 右脚の姿勢制御噴射が乱れ、機体が横へ流れる。すぐに戻そうとしたが、もう遅かった。薄い大気が装甲を掴み、機体の腹を下へ引いた。

 

 肩の縁が赤くなった。

 

 次に、腕の関節部から細い光が走った。装甲の継ぎ目に沿って熱が入り、機体の輪郭がぼやける。

 

「管制、戻れない! 高度が、熱が――」

 

 声は熱雑音に飲まれた。

 

 マラサイは、赤い筋になって落ちていった。

 

 別の機体も、遅れて同じように姿勢を崩した。

 

 それは勝利だった。

 

 だが、爽快ではなかった。

 

 燃え尽きる光は花火ではない。あの中には人がいる。命令を受け、恐怖に押され、帰る時間を読み違えた人間がいる。

 

 ララァが目を閉じた。

 

「……落ちる」

 

 アムロが言った。

 

「見なくていい」

 

「うん」

 

 ララァは小さく頷いた。

 

 エドワウは前方を見た。

 

 助けられなかったものを、また一つ数える。

 

 だが艦隊を守るには、戦うしかなかった。

 

―――――

 

 宇宙の黒が、濃い青へ変わった。

 

 艦体が震える。大気が艦を掴み、外殻を叩く。表示が細かく揺れ、通信にノイズが混じった。ザンジバルも、ペガサス級も、予定針路を外さなかった。

 

 下には大西洋。

 

 その先に、西アフリカの陸が見えた。

 

 セイラは管制卓を見つめた。

 

「BLL一番艦、降下姿勢安定。二番艦、三番艦も追随」

 

 アムロはまだ特殊送受信機の表示を開かなかった。

 

「特殊送受信機はまだ使いません。大気が落ち着くまで待ちます」

 

 エドワウはルシファーの降下姿勢を確認した。

 

「ルシファー、降下継続。海岸を確認」

 

 レビルの声が入る。

 

「全艦、予定通り沖合へ出る。ダカール市街へ近づくな」

 

 ブライトも応じた。

 

「ホワイトベース、降下姿勢安定」

 

 格納庫では、エマリーが端末を見ていた。

 

「固定具、異常なし。帰投レーン、維持しています」

 

 その声は落ち着いていた。

 

 ホワイトベースは降下姿勢を保った。

 

 艦橋は持ちこたえ、ブライトの声はまだ艦内に届いている。

 

 けれど、出た機体はまだ戻っていない。

 

 ネモ隊も、リック・ディアス隊も、そして金色のルシファーも、バリュートを開いたまま大気の中を降りている。

 

 エマリーは、帰投レーンの表示を見た。

 

 今は空いている。

 

 空いていなければならない。

 

 戻ってくる機体があるからだ。

 

 安堵を顔に出すには早すぎる。ブライトの声がまだ届いていることに胸の奥で小さく息をしても、手は止めなかった。

 

 彼が艦を落とさないなら、自分は戻る場所を塞がない。

 

 ララァは地球の重さを感じていた。

 

 宇宙とは違う。

 

 近づくだけで、体の奥に沈んでくるような重さがある。

 

 セイラは、BLL三隻が燃え尽きず地球の空に入ったことを確認し、初めて深く息を吸った。黒猫ルシファーは降りた。もう宇宙だけの会社ではない。

 

 エドワウは、ルシファーの両肩にある黒猫の印を思った。

 

 あれは飾りではなかった。

 

 戻る場所の印になった。

 

―――――

 

 夜明けの海は、灰色に近い青をしていた。

 

 雲は低く、海面には長い影が落ちている。その向こうに艦影が見えた。さらに近づくと、潜水艦の黒い背がいくつも浮かんでいるのが分かった。

 

「前方、友軍識別。ワッケイン艦隊です」

 

 通信士が報告する。

 

 やがて通信がつながった。

 

「こちらワッケイン大佐。レビル大将、降下艦隊の到着を確認しました。海上誘導に入ります」

 

 ワッケインの声は硬く、軍務上の礼を崩さなかった。

 

 レビルは短く応じた。

 

「ご苦労、ワッケイン大佐。港湾部の状況は」

 

「港湾基地はなおティターンズの支配下です。海洋空母群も動き始めています。ただし沖合航路は本艦隊で確保できます」

 

「よろしい。降下艦隊は沖合で再編する」

 

「了解しました。以後、海上受け入れを担当します」

 

 セイラが通信に入る。

 

「BLL救難便は、港湾安全確認後に入れます」

 

 ワッケインは少し間を置いてから答えた。

 

「その判断が妥当です。港を壊さず取る必要があります」

 

 エドワウは海の向こうを見た。

 

「そのために降りてきました」

 

 ホワイトベースで、ブライトが通信図を確認する。

 

「地上側の海洋空母と港湾基地MS部隊は、次に来ますね」

 

 ワッケインが答える。

 

「はい。次は海と港で来ます」

 

 降下は成功した。

 

 だが作戦は始まったばかりだった。

 

 宇宙から降りたエゥーゴとBLLは、ようやく地上側の受け皿へ接続した。背後には、大気圏で燃え尽きたマラサイの薄い光が、まだ空に残っている。前方には、ワッケイン大佐の海洋艦隊。そのさらに先に、まだティターンズの手にあるダカールがあった。

 

 艦隊はダカール沖で隊列を整えた。

 

 地球の海は静かだった。

 

 だが、その静けさの向こうで、次の戦闘がもう支度を始めていた。

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