BLL一番艦の格納庫では、金色の機体が固定架の中に立っていた。
大気圏突入前の最終確認に入っていたため、整備兵たちは声を落として動いていた。床には固定用のケーブルが這い、工具箱が壁際へ寄せられている。機体の足元では、冷却材の白い霧が薄く流れていた。
金色の装甲は、艦内照明を受けて静かに光っていた。
派手だった。
だが、騒がしくはなかった。
そこだけ別の温度を持っているように見えた。
アムロは端末に表示された登録番号を見ていた。
「型番が一〇〇」
エドワウが金色の肩装甲を見上げる。
「そうだな、型番一〇〇なら……」
「ルシファーがいいと思うの」
セイラが横から言った。
アムロが顔を上げる。
「ルシファー?」
「ええ。両肩に黒猫のマークを入れたら、きっと綺麗に目立つわ。宣伝にもなるし」
アムロは少し困ったように笑った。
「兵器に宣伝を入れるのか」
「兵器じゃないわ」
セイラはすぐに言った。
「うちの機械よ。人と物を届けるための機械。見た人が、ああ、黒猫ルシファーだって分かる方がいいでしょう?」
エドワウは黙って金色の肩を見た。
そこに黒猫の印が入るところを思い浮かべる。
金色の装甲に、黒い猫。
派手ではある。だが不思議と下品ではなかった。むしろ、よく似合うような気がした。戦場でそんなものが目立てば、敵にも味方にもすぐ分かる。隠密には向かない。だが、この機体はそもそも隠れて使う機体ではない。
前へ出る。
見られる。
そして、帰る道を開ける。
「ルシファー、か」
エドワウは口の中でその名を転がした。
「悪くない」
セイラは満足そうに頷いた。
「でしょう?」
それから彼女は整備兵の方へ歩いていった。
「両肩に黒猫のマークを入れて。遠くからでも分かる大きさで。けれど下品にはしないでね。金色が負けるようなのは駄目よ」
整備兵は少し困った顔をしながら、塗装図案を端末に呼び出した。セイラはその横に立ち、金色の肩装甲と黒猫の図案を見比べ始める。
その背中を見送ってから、ララァが小さく言った。
「ホワイトベースに、時間を持っている人がいます」
アムロが顔を上げた。
「時間を持っている?」
ララァは艦隊配置図のモニターを見た。
ホワイトベース。
グレイファントム。
サラブレッド。
貸与されたザンジバル七隻。
BLLのザンジバル三隻。
その中で、ララァの視線は白い艦影の表示に止まっていた。
「全部、覚えている人」
エドワウの表情が変わった。
「誰だ」
「名前は分からないわ。でも、女性です」
アムロは少し考えた。
「ブライトのことか?」
ララァは首を横に振った。
「いいえ。ブライトさんではないわ。あの人の近くにいる女性。強い願いを持って、ここまで来た人」
アムロは黙った。
ホワイトベース。
ブライトの近くにいる女性。
全部、覚えている人。
誰も、それ以上は言わなかった。
言葉にすれば、今すぐ確かめに行きたくなる。だが、降下前に余計な確認を増やす余裕はない。艦隊はすでに地球の重力へ向けて針路を定めている。
エドワウはホワイトベースの表示を見つめた。
地球へ降りる前に、また一つ、見えない荷が増えた。
―――――
ホワイトベースの格納庫では、エマリー・オンスが降下用の固定具を確認していた。
格納庫はいつもより狭く感じられた。バリュート関連の予備部材、ネモ用の交換部品、リック・ディアス用の冷却材、姿勢制御用の予備ケーブル。必要なものほど前へ出てくる。必要なものほど通路を塞ぎたがる。
「その箱、そこでは駄目です」
若い整備兵が振り向いた。
「降下後すぐ使います」
「だから壁際です。ここに置くと、帰投した機体の左脚が止まります」
エマリーは端末を見ずに言った。
「三番レーンまで詰まったら、ブライトさんが困ります」
整備兵は一瞬だけ目を丸くしたが、何も言わずに箱を押した。
エマリーは手伝わなかった。
手伝うより、次に詰まる場所を見る方が先だった。
そこへブライト・ノアが来た。
まだ若い。だが、もう候補生という肩書だけで見られる顔ではなかった。指揮を渡され、艦を動かし、人を戻した男の顔になりつつある。眉間には年齢に合わない皺が寄っていた。
「エマリー」
ブライトは人目のある場所では、それ以上の呼び方をしなかった。
「準備は」
「出せます。迎撃されても、降下後でも」
「両方になるかもしれない」
「なるつもりで組んでます」
短い会話だった。
だが、それで十分だった。
ブライトは格納庫を見回した。壁際へ寄せられた箱。空けられた帰投レーン。降下用に分けられた固定具。無駄が削られ、危険なものが端へ寄せられている。
「助かる」
「戻ってくる場所を空けるのが仕事ですから」
エマリーはそう言った。
ブライトは一瞬だけ彼女を見た。
その一瞬を、エマリーは見逃さなかった。
彼女は全部覚えている。
アナハイム・エレクトロニクス。
ネオ・ジオンとの戦い。
死んだ時のこと。
そして、ブライト・ノアという男。
前世のブライトには妻がいた。子供もいた。自分が入り込める場所など、どこにもなかった。それでも好きだった。馬鹿みたいに好きだった。死ぬ間際まで、その気持ちは残っていた。
もし次があるなら。
そう願ったことまで、彼女は覚えている。
そして今、自分はこの艦にいる。
彼のそばにいる。
けれど、願いが叶ったからといって、戦場が優しくなるわけではない。だから彼女は、恋を語るより先に箱をどける。会えたと泣くより先に、帰投レーンを空ける。
「ブライトさん」
「何だ」
「降下後、無理に格納庫へ降りてこないでください」
「確認くらいはする」
「確認は上げます。必要なら私が行きます」
ブライトは少しだけ困った顔をした。
「命令か」
「お願いです」
その言い方に、ブライトは反論しなかった。
周囲には整備兵がいる。だから二人は近づきすぎない。手も取らない。だが、短い沈黙だけで、互いに言いたいことは伝わっていた。
「分かった」
ブライトは言った。
「何かあれば、すぐ上げてくれ」
「上げます」
エマリーは頷いた。
ブライトが去る。
エマリーはその背中を少しだけ見送った。
すぐに端末へ目を戻す。
見送りすぎれば手が止まる。手が止まれば、彼が戻る場所が狭くなる。
恋人になったからといって、戦場が優しくなるわけではない。
だから彼女は、次の箱を壁際へ押し戻した。
―――――
地球は近かった。
ホワイトベースの艦橋から見えるそれは、青い球ではなく、巨大な壁のようだった。ゆっくりと近づいてくるのではない。こちらがそこへ落ちていく。表示には突入角、速度、艦間距離、バリュート展開予定高度が並んでいる。
ホワイトベース。
グレイファントム。
サラブレッド。
ペガサス級三隻を中心に、貸与されたザンジバル七隻が続く。さらにその後方に、黒猫ルシファー・ロジスティックス、BLLのザンジバル三隻が隊列を保っていた。
ジオン旗は掲げていない。
作戦資料上では、供与降下輸送艦。
だが、艦影を見れば分かる者には分かる。
だからこそ、ダカール直上へは降りない。南大西洋側から降下し、ダカール沖と北方外周へ向かう。市街地に艦影を見せれば、それだけで政治的に負ける。
レビル大将はホワイトベースの艦橋中央に立っていた。
「降下針路を外すな。ここで角度を失えば、ダカールを見る前に艦を失う」
ブライトが計器を見た。
「ホワイトベース、突入角維持。艦間距離、規定内」
グレイファントムからブレックスの声が入る。
「声明文は準備済みです。地上回線を確保し次第、流します」
BLL一番艦では、セイラが管制卓の前に立っていた。
「BLL一番艦、管制準備完了。二番艦、三番艦も積載確認済みです」
アムロは別卓で特殊送受信機の状態を確認している。
「特殊送受信機搭載ベースジャバーは、降下後に展開します。突入前には出せません」
その奥で、ララァは座っていた。
彼女は何も言わずに地球を見ている。青は綺麗だった。けれど、近づくほど重く見えた。宇宙の青とは違う。身体の奥に沈んでくる青だった。
エドワウは、ルシファーの出撃表示を見ていた。
金色の機体。
両肩に黒猫のマーク。
セイラの言った宣伝という言葉は、少し軽かった。だが今、その黒猫はただの印ではなかった。敵に見つけられやすい。味方にも見つけられやすい。そして、自分が帰るべき場所を思い出させる。
そういう印だった。
―――――
ダカール港湾基地では、夜明け前の空気がまだ湿っていた。
警報灯が赤く回っている。海洋空母の甲板には誘導灯が伸び、航空機のエンジンが温められ始めていた。MS格納庫では、マラサイが整備架から降ろされ、兵装確認が進んでいる。
だが、発進には時間がかかる。
艦載機を上げ、MSを搬出し、港湾基地の管制と海洋空母の発艦手順を合わせる必要がある。地上から高高度へ届かせるには、さらに時間が必要だった。
「高高度に複数の熱源。軌道降下です」
管制官が言った。
ティターンズ地上司令官は、モニターを睨むように見た。
「ジオンか」
「識別はエゥーゴ系。ただし艦型にザンジバル級を含みます」
「同じことだ」
司令官は短く吐き捨てた。
「ダカールへの降下を許すな。海洋空母群を出せ。港湾基地のMS隊も発進準備」
航空隊指揮官が顔を上げる。
「発艦まで時間がかかります。高高度へ上げても、接敵は降下後になります」
司令官の顔が歪んだ。
宇宙を失い、地球だけが残った。その地球へ、宇宙から艦隊が降ってくる。彼はそれを侵攻と呼びたかった。そう呼べば、自分たちが守る側に見える。
だが、降ってくる艦隊を止められなければ、その言葉にも意味はない。
「なら、軌道上の迎撃艦に命じろ」
司令官は言った。
「大気圏突入直前を突け。敵は針路を変えられん」
通信士が振り向いた。
「残存警戒艦隊を使いますか」
「使う。見張りを置いておいた意味が、ようやく出た」
ダカールの海はまだ暗かった。
その暗い海の上で、航空機のエンジン音が一つ、また一つと増えていく。
―――――
ホワイトベースの警戒表示が変わった。
「地上側、海洋空母群に動きあり。港湾基地より航空機、MS部隊発進準備」
オペレーターが報告する。
レビルはすぐに答えた。
「間に合う距離ではないな」
「はい。接敵は降下後と推定」
別のオペレーターが声を上げた。
「軌道上、右舷後方に艦影。三……いえ四。ティターンズ識別」
グレイファントムの通信から、ブレックスの声が入る。
「まだ軌道に残していたのか」
レビルは地球の縁を見た。
「地球にしがみつくための見張りだろう。来るぞ」
BLL一番艦で、アムロが表示を切り替えた。
「大気圏突入まで時間がありません。長く戦うと、敵味方どちらも戻れなくなります」
ララァが小さく言った。
「急いでいる。向こうも怖がっている」
エドワウは、その声を聞いた。
「恐怖で撃つ相手ほど危険だ」
敵の判断は間違っていない。
大気圏突入直前を狙う。こちらは艦首を大きく振れない。針路を崩せば艦が死ぬ。MSを出しても回収時間はない。
だが、敵も同じ境界に近づいてくる。
どちらが先に時間を読み違えるか。
その戦いだった。
―――――
各艦に戦闘配置が下りた。
「針路を崩すな。撃ち返すために艦を殺すな」
レビルの声が、艦隊全体へ流れた。
ブライトは即座に命令を重ねる。
「ホワイトベース、対空火器準備。ネモ隊、バリュート装備を再確認」
サラブレッドから報告が入る。
「ネモ隊、出せます。ただし回収時間はありません」
グレイファントムからも続く。
「リック・ディアス隊、出撃準備完了」
レビルは迷わなかった。
「回収を前提にするな。出るならバリュート降下だ。ネモ隊は艦隊外周。リック・ディアス隊はザンジバル列を守れ」
BLL一番艦で、セイラが管制盤を見た。
「BLL一番艦、針路維持。二番艦、三番艦も続いています」
アムロがルシファーの機体表示を開く。
「ルシファーのバリュート接続確認。問題ありません」
エドワウはコクピットに収まっていた。
金色の視界の中で、地球の青が広がっている。
「ルシファー、出ます」
セイラの声が入った。
「兄さん、戻る場所を決めてから出て」
エドワウは少しだけ笑った。
「戻るために出る」
ホワイトベースの格納庫では、エマリーがバリュート固定具を再確認していた。
「戻る機体だけじゃない」
彼女は若い整備兵へ言った。
「降りる機体も、ここから出すんです。固定具の予備を二つ、三番レーン脇へ」
ブライトの艦内通信が響く。
エマリーはその声を聞きながら、手を止めなかった。
彼が指揮を背負うなら、自分は戻る場所を空ける。
それが、今の自分の恋だった。
―――――
ティターンズの残存軌道迎撃艦が砲撃を開始した。
青い地球の縁を背景に、細い光が横切る。ミサイルが散り、艦砲の光が艦隊の間をかすめた。大気の薄い層が近づいている。戦闘空域そのものが、燃える境界へ向けて落ちていた。
「敵MS、マラサイ。迎撃艦より発進。数十二」
ホワイトベースのオペレーターが叫んだ。
ブライトがすぐに命じる。
「ネモ隊、艦隊外周へ。リック・ディアス隊はザンジバル列の前へ出せ」
レビルの声が低く響いた。
「針路を崩すな。敵を追うな。艦を守れ」
ネモ隊が薄く広がり、艦隊の外側に防衛陣を作った。白と緑の機体が、突入角を保つ艦隊の周囲で姿勢を整える。
リック・ディアス隊はその内側へ出た。重い機体が、ザンジバル列とBLL艦の前に厚い壁を作る。黒く見える装甲が、地球の青い光を受けて鈍く光った。
ティターンズのマラサイ隊は、迎撃艦の影から飛び出してきた。
赤茶色の装甲が、薄い大気の縁に近づく光を受けて暗く見える。彼らに大気圏突入装備はない。だが、この高度ならまだ戻れる。戻るつもりがあるならば。
ルシファーが前へ出た。
金色の装甲。
両肩の黒猫の印。
戦場の中で、いやでも目立った。
「敵マラサイ、こちらで引きます」
エドワウが言った。
アムロが返す。
「長く引くな。突入限界まで八分」
ララァの声が、そのあとに入った。
「右の二機、帰るつもりがない」
アムロはすぐに情報へ変えた。
「エドワウ、右の二機は深追いしてきます。推進器を狙ってください」
「了解」
ルシファーが動いた。
速い。
だが、敵を切り裂くための速さではない。艦隊へ向かうマラサイの前に出て、相手の視線を奪う。マラサイの照準が金色へ吸い寄せられる。セイラが宣伝と言った黒猫の印が、今は罠の印になっていた。
ネモ隊が外側でマラサイを受け止める。
リック・ディアス隊が重い火力で敵の進路を潰す。
ホワイトベースとグレイファントム、サラブレッドが対空火器を短く撃つ。
だが艦は大きく動かない。
動けない。
地球はすぐそこにあった。
―――――
ティターンズ迎撃艦隊の旗艦では、管制官の声が高くなっていた。
「突入境界まで残りわずか。マラサイ隊、帰還限界に近づいています」
迎撃艦隊司令はモニターを睨んだ。
「あと一撃だ。ザンジバルの一隻でも落とせ」
艦長が声を抑えて言った。
「本艦は離脱可能ですが、MS隊は戻れなくなります」
「構わん。敵を降ろすな」
通信の向こうで、マラサイ隊指揮官が叫ぶ。
「こちらはまだ追える。敵の金色を落とす」
艦長が思わず声を荒げた。
「馬鹿な、そこはもう戻れんぞ」
だが、声は届かない。
届いても、もう遅いのかもしれなかった。
ダカールへ降りられる。
その恐怖が、判断を歪めていた。金色の機体を落とせば戦果になる。ザンジバルを一隻でも沈めれば、司令部へ報告できる。そうした欲が、帰還限界の表示より強くなっていた。
勇敢さと無謀さの境目が、そこで消えていた。
―――――
限界が来た。
アムロの声が、静かに全艦へ入る。
「限界です。これ以上は戻れません」
レビルが命じた。
「全艦、突入姿勢維持。MS隊、バリュート展開」
ブライトが続ける。
「ホワイトベース、突入角維持。対空火器、停止準備。ネモ隊、バリュート展開」
ネモの背部から白い膜が開いた。
リック・ディアス隊のバリュートが遅れて膨らむ。大気を受けて震え、機体をゆっくりと捕まえていく。
エドワウは表示を確認した。
「ルシファー、バリュート展開」
黒猫のマークの縁が、熱で赤く照らされた。金色の肩装甲が、しばらく夕焼けのように見えた。
ティターンズ管制の声が割れた。
「マラサイ隊、帰還限界だ。戻れ」
「金色がまだいる。あと一撃で――」
通信が乱れる。
一機のマラサイが姿勢を崩した。
右脚の姿勢制御噴射が乱れ、機体が横へ流れる。すぐに戻そうとしたが、もう遅かった。薄い大気が装甲を掴み、機体の腹を下へ引いた。
肩の縁が赤くなった。
次に、腕の関節部から細い光が走った。装甲の継ぎ目に沿って熱が入り、機体の輪郭がぼやける。
「管制、戻れない! 高度が、熱が――」
声は熱雑音に飲まれた。
マラサイは、赤い筋になって落ちていった。
別の機体も、遅れて同じように姿勢を崩した。
それは勝利だった。
だが、爽快ではなかった。
燃え尽きる光は花火ではない。あの中には人がいる。命令を受け、恐怖に押され、帰る時間を読み違えた人間がいる。
ララァが目を閉じた。
「……落ちる」
アムロが言った。
「見なくていい」
「うん」
ララァは小さく頷いた。
エドワウは前方を見た。
助けられなかったものを、また一つ数える。
だが艦隊を守るには、戦うしかなかった。
―――――
宇宙の黒が、濃い青へ変わった。
艦体が震える。大気が艦を掴み、外殻を叩く。表示が細かく揺れ、通信にノイズが混じった。ザンジバルも、ペガサス級も、予定針路を外さなかった。
下には大西洋。
その先に、西アフリカの陸が見えた。
セイラは管制卓を見つめた。
「BLL一番艦、降下姿勢安定。二番艦、三番艦も追随」
アムロはまだ特殊送受信機の表示を開かなかった。
「特殊送受信機はまだ使いません。大気が落ち着くまで待ちます」
エドワウはルシファーの降下姿勢を確認した。
「ルシファー、降下継続。海岸を確認」
レビルの声が入る。
「全艦、予定通り沖合へ出る。ダカール市街へ近づくな」
ブライトも応じた。
「ホワイトベース、降下姿勢安定」
格納庫では、エマリーが端末を見ていた。
「固定具、異常なし。帰投レーン、維持しています」
その声は落ち着いていた。
ホワイトベースは降下姿勢を保った。
艦橋は持ちこたえ、ブライトの声はまだ艦内に届いている。
けれど、出た機体はまだ戻っていない。
ネモ隊も、リック・ディアス隊も、そして金色のルシファーも、バリュートを開いたまま大気の中を降りている。
エマリーは、帰投レーンの表示を見た。
今は空いている。
空いていなければならない。
戻ってくる機体があるからだ。
安堵を顔に出すには早すぎる。ブライトの声がまだ届いていることに胸の奥で小さく息をしても、手は止めなかった。
彼が艦を落とさないなら、自分は戻る場所を塞がない。
ララァは地球の重さを感じていた。
宇宙とは違う。
近づくだけで、体の奥に沈んでくるような重さがある。
セイラは、BLL三隻が燃え尽きず地球の空に入ったことを確認し、初めて深く息を吸った。黒猫ルシファーは降りた。もう宇宙だけの会社ではない。
エドワウは、ルシファーの両肩にある黒猫の印を思った。
あれは飾りではなかった。
戻る場所の印になった。
―――――
夜明けの海は、灰色に近い青をしていた。
雲は低く、海面には長い影が落ちている。その向こうに艦影が見えた。さらに近づくと、潜水艦の黒い背がいくつも浮かんでいるのが分かった。
「前方、友軍識別。ワッケイン艦隊です」
通信士が報告する。
やがて通信がつながった。
「こちらワッケイン大佐。レビル大将、降下艦隊の到着を確認しました。海上誘導に入ります」
ワッケインの声は硬く、軍務上の礼を崩さなかった。
レビルは短く応じた。
「ご苦労、ワッケイン大佐。港湾部の状況は」
「港湾基地はなおティターンズの支配下です。海洋空母群も動き始めています。ただし沖合航路は本艦隊で確保できます」
「よろしい。降下艦隊は沖合で再編する」
「了解しました。以後、海上受け入れを担当します」
セイラが通信に入る。
「BLL救難便は、港湾安全確認後に入れます」
ワッケインは少し間を置いてから答えた。
「その判断が妥当です。港を壊さず取る必要があります」
エドワウは海の向こうを見た。
「そのために降りてきました」
ホワイトベースで、ブライトが通信図を確認する。
「地上側の海洋空母と港湾基地MS部隊は、次に来ますね」
ワッケインが答える。
「はい。次は海と港で来ます」
降下は成功した。
だが作戦は始まったばかりだった。
宇宙から降りたエゥーゴとBLLは、ようやく地上側の受け皿へ接続した。背後には、大気圏で燃え尽きたマラサイの薄い光が、まだ空に残っている。前方には、ワッケイン大佐の海洋艦隊。そのさらに先に、まだティターンズの手にあるダカールがあった。
艦隊はダカール沖で隊列を整えた。
地球の海は静かだった。
だが、その静けさの向こうで、次の戦闘がもう支度を始めていた。