妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第217話 正義の旗はない

 

 

 ダカールの港は、朝の光の中で白く霞んでいた。

 

 海から見ると、港湾基地は低い灰色の線に見えた。防波堤、倉庫、燃料タンク、管制塔、クレーン。どれもまだ立っている。砲撃で崩れた場所はない。黒煙も上がっていない。

 

 それが、かえって難しかった。

 

 壊すだけなら簡単だった。

 

 ペガサス級の砲を向け、リック・ディアスの火力を集中し、ガンダムとルシファーで砲台を潰せばよい。燃料タンクごと吹き飛ばし、港湾管制を沈黙させ、倉庫を燃やせば、敵はすぐに黙る。

 

 だが、その後に何も残らない。

 

 医療品を降ろす岸壁も、食糧を移すクレーンも、簡易発電機を運ぶ車両通路もなくなる。港を奪うのではなく、港を死なせることになる。

 

 レビルはホワイトベースの艦橋で、港湾区画の拡大図を見ていた。

 

「港を焼くな」

 

 彼は短く言った。

 

「港湾管制、クレーン、燃料設備、倉庫、通信塔を残す。壊せば勝っても補給は入らん」

 

 セイラの声がBLL一番艦から入る。

 

「BLL救難便は、港が使える状態でなければ入れません。医療品も食糧も、燃えた港には降ろせません」

 

 ワッケイン大佐が通信に入った。海面に展開した艦隊の中央からの声だった。

 

「レビル大将、正面から本艦隊が接近すれば、港湾基地の火力は海側へ向くはずです」

 

「無理に近づくな」

 

 レビルは答えた。

 

「敵の目を海へ向けさせるだけでよい。沈む必要はない」

 

「了解しました。本艦隊は敵射線を引き受けます」

 

 ワッケインの返答は硬い。だが、その硬さは迷いのなさでもあった。自分が囮になることを理解している声だった。

 

 アムロが戦術表示を切り替えた。

 

「北側へ回り込めます。海岸線と港湾区画の間に入れば、砲台の背後へ出られる。ベースジャバーなら間に合います」

 

 エドワウの声が続く。

 

「ガンダムとルシファーは北側別動隊。ネモ隊は降伏部隊の武装解除支援。リック・ディアスは砲台の旋回部と電源部を狙わせる。燃料タンクとクレーンは撃たせない」

 

 ブライトは艦橋の端末を見ていた。

 

「敵マラサイ隊が海側へ出れば、北側の防衛は薄くなる」

 

 レビルは頷いた。

 

「まず声をかける」

 

 艦橋にいる者たちが、少しだけ息を止めた。

 

「砲を撃つ前に、兵士の手を止める」

 

 レビルはそう言って、通信士を見た。

 

「広域回線を開け」

 

―――――

 

 ダカール港湾基地では、空気がざらついていた。

 

 管制塔の窓からは、沖合に並ぶワッケイン艦隊が見えた。さらに遠く、白い艦影が浮いている。ホワイトベース。グレイファントム。サラブレッド。ザンジバル級の艦影もある。

 

 兵士たちは、何を見ているのか分かっていた。

 

 宇宙から降りてきた艦隊だ。

 

 降りてきてしまった艦隊だ。

 

 港湾基地司令部では、ティターンズの政治将校が苛立った様子で歩き回っていた。机の上には封を切られた命令書が置かれている。

 

 燃料管制盤を爆破せよ。

 

 クレーン制御系を破壊せよ。

 

 敵に港湾機能を渡すな。

 

 命令書の文字は端正だった。だからこそ、そこに書かれていることの乱暴さが目立った。

 

 港湾管制官はそれを見ていた。年配の男だった。制服は古く、袖口が少し擦れている。彼は港の風と油の匂いを長く吸ってきた人間の顔をしていた。

 

 彼にとって港は地図の記号ではなかった。

 

 クレーンの癖、燃料管の詰まりやすい場所、古い倉庫の扉が湿気で重くなる朝、船が入る時の風向き。そういう具体的なものの集まりだった。

 

 政治将校が叫ぶ。

 

「全員に告ぐ。港湾施設を奪われるくらいなら破壊しろ。敵に使わせるな」

 

 若い下士官が顔を上げた。

 

「燃料タンクを爆破すれば、市街地側にも被害が出ます」

 

「敵に渡すよりましだ」

 

「港湾労働者がまだ残っています」

 

「退避命令は出した」

 

「全員は出ていません」

 

 政治将校が振り返った。

 

「君はどちらの軍人だ」

 

 下士官は口を閉じた。

 

 その時、通信室の回線に雑音が走った。

 

 港のあちこちで、同じ声が流れ始めた。

 

―――――

 

 広域回線が開いた。

 

 雑音が一度だけ走り、海と港と市街地へ、老いた軍人の声が流れた。

 

「ダカール港湾基地の将兵に告ぐ。私は地球連邦軍大将、ヨハン・イブラヒム・レビルである」

 

 港湾管制塔で、何人かが顔を上げた。

 

 防波堤のマラサイ隊でも、整備兵が手を止めた。

 

「我々は地球連邦政府を破壊するために来たのではない。君たちの家族が暮らす街を焼くために来たのでもない。ティターンズによって軍事支配された港を、連邦の港へ戻すために来た」

 

 レビルの声は大きくはなかった。

 

 だが、濁っていなかった。

 

「ティターンズは、秩序を名乗った。治安を名乗った。連邦を守るためだと言った。だが、その結果、何が残った」

 

 誰も答えなかった。

 

「宇宙の各サイドとの信頼は壊された。輸送は止まり、資源は滞り、工業部品は届かなくなった。金の流れも、人の流れも、荷の流れも細った。連邦政府は、自らの手で宇宙から切り離されつつある」

 

 通信室の兵が、隣の兵を見た。

 

 食料の遅配。燃料の制限。港の倉庫に積み上がったまま動かない荷。支払いの遅れ。修理部品の不足。出航延期の赤い札。

 

 それは彼らが毎日見ているものだった。

 

「その責任を、スペースノイドだけに押しつけることはできない。反政府勢力だけに押しつけることもできない。ティターンズと、その周囲で甘い汁を吸った議員たちが、連邦の名を使い、連邦そのものを痩せさせたのだ」

 

 司令部で政治将校が受話器を掴んだ。

 

「切れ。切れ!」

 

 だが、通信は切れなかった。

 

 別系統から同じ声が流れていた。艦隊通信、港湾回線、緊急警報系、いくつもの線からレビルの声が入っている。

 

「君たちは連邦軍人である。ならば、守るべきものを間違えるな」

 

 レビルの声が少しだけ強くなった。

 

「守るべきものは、ティターンズの看板ではない。港湾司令部の机でもない。議員の椅子でもない。君たちが守るべきものは、港だ。市民だ。病院へ運ばれる薬だ。子供たちへ届く食糧だ」

 

 管制塔の若い兵が、手元の破壊命令書を見た。

 

 燃料管制盤を爆破せよ。

 

 クレーン制御系を破壊せよ。

 

 敵に港湾機能を渡すな。

 

 命令書にはそう書かれていた。

 

「港を焼く命令は、連邦への忠誠ではない。市街地へ砲を向ける命令は、軍人の任務ではない。救難物資を積んだ船を沈める命令は、正義ではない」

 

 レビルはそこで一度、短く間を置いた。

 

「ティターンズの命令に従うことと、連邦に忠誠を尽くすことは、もはや同じではない」

 

 その一文が、港湾基地の中を通り抜けた。

 

 兵士たちの顔から、少しずつ力が抜けていく。

 

「武器を置け。港湾施設を破壊するな。投降した正規連邦軍人の身分は、私の名において保護する。命令拒否を理由に処罰させはしない」

 

 政治将校が叫んだ。

 

「聞くな! これは敵の宣伝だ!」

 

 だが、外ではワッケイン艦隊の砲声が響き始めていた。

 

 レビルの声は、なお続いた。

 

「ティターンズ幹部、政治将校、港湾破壊を命じた者は拘束対象とする。だが、武器を置いた兵は撃たない。管制塔に残る者は、そのまま管制を維持せよ。クレーン操作員は機械を止めるな。燃料係はバルブを守れ。通信員は回線を切るな」

 

 港湾労働者が、黙って顔を上げた。

 

 それは降伏の呼びかけであると同時に、仕事を続けろという命令でもあった。

 

「この港は、今日からまた荷を受け入れる。最初に入るのは弾薬ではない。医療品だ。食糧だ。港を動かすための復旧資材だ。君たちの街を生かすための荷だ」

 

 レビルの声が、低く、はっきりと響いた。

 

「よく聞け。正義の旗はティターンズにはない」

 

 港湾基地のあちこちで、兵士たちが息を止めた。

 

「正義の旗は、港を焼けと命じる者の手にはない。市民へ届く食糧を止める者の手にはない。薬を積んだ船を沈める者の手にはない」

 

 レビルは最後に、ゆっくりと言った。

 

「君たちがまだ連邦軍人であるなら、武器を置け。そして港を守れ。港を壊さず、明日の朝を迎えさせろ」

 

 通信は切れなかった。

 

 しばらく、誰も動かなかった。

 

 最初に武器を机へ置いたのは、若い兵ではなかった。

 

 白髪の混じった港湾管制官だった。

 

 彼は腰の拳銃を外し、管制卓の横へ置いた。それから破壊命令書を二つに折り、端末の横へ置いた。

 

「クレーンを止めるな」

 

 彼は言った。

 

「港を燃やすな。レビル大将の言う通りだ。ここは港だ」

 

 管制塔の一角で、白い信号灯が点いた。

 

―――――

 

 白い信号灯は港全体に広がったわけではなかった。

 

 降伏する者がいる。

 

 ためらう者がいる。

 

 命令書を見つめる者がいる。

 

 そして、政治将校のように、より強く叫ぶ者もいた。

 

「全砲台、海側へ照準。ワッケイン艦隊を近づけるな。マラサイ隊、港湾外縁へ出ろ」

 

 港湾基地の砲台が動き出した。

 

 遠距離ミサイルが連続して発射される。白い煙が防波堤の上を流れ、海へ向かって伸びた。沿岸ビーム砲の砲身がゆっくりと回り、ワッケイン艦隊へ向く。マラサイ隊が港湾外縁へ出て、海側へ射撃姿勢を取った。

 

 ワッケイン艦隊は、そこへ正面から入っていった。

 

 もちろん、本気で港へ突っ込むつもりはない。

 

 艦列を広げ、煙幕を張り、チャフを散布し、距離を保ったまま敵の目を海側へ固定する。ミサイルが海面近くで爆発し、水柱が上がる。艦橋の窓に白い飛沫が散った。

 

「レビル大将、敵火力がこちらへ集中しています。予定通りです」

 

 ワッケインの声は硬かった。

 

「無理に近づくな。砲台を海へ向けさせておけ」

 

「了解しました。本艦隊は敵射線を引き受けます」

 

 ホワイトベース艦橋で、ブライトが表示を確認する。

 

「敵マラサイ隊、海側へ出ています。北側が薄くなります」

 

 レビルは短く言った。

 

「別動隊を入れろ」

 

―――――

 

 ダカール北側の海岸線は、港湾正面よりも静かだった。

 

 低い建物と倉庫が並び、細い道路が港へ入っている。防波堤側に比べれば砲台の数は少ない。警戒も海側へ寄っている。

 

 その上空へ、ベースジャバー部隊が入った。

 

 先頭はガンダム。

 

 その右後方にルシファー。

 

 ネモ隊が低く散り、リック・ディアス隊が少し後ろから重い機体を運ばせている。

 

 特殊送受信機搭載ベースジャバーは、さらに後方で高度を保っていた。ララァの負荷を抑えるため、出力は絞られている。管制補助と位置確認だけに使う。火器管制には使わない。

 

 アムロは港湾の表示を見た。

 

「燃料タンクの近くは撃たない。砲台の旋回部だけを狙ってください」

 

 ネモ隊が応じる。

 

「了解」

 

 エドワウはルシファーを少し高く上げた。

 

「ルシファー、前へ出る。敵の目をこちらへ向ける」

 

 金色の機体は、隠れようがなかった。

 

 朝の光を受けて、港湾区画の上で目立った。肩の黒猫マークも見える。マラサイの一部が振り向く。照準が金色へ流れる。

 

 BLL一番艦から、セイラの声が入る。

 

「港湾クレーンを壊さないで。あれがないと救難便を降ろせないわ」

 

「分かっている」

 

 エドワウは答えた。

 

 ララァが静かに言った。

 

「右側の建物、撃たないで。中に降りる人がいる」

 

 アムロは即座に指示した。

 

「ネモ二番機、射線を下げる。建物の上は撃たないでください」

 

「了解」

 

 ネモのビームが一拍遅れて下がった。敵兵が屋上から逃げる。撃たない。建物の入口へ向かう通路だけを塞ぐ。

 

 ガンダムは砲台へ向かった。

 

 砲身ではなく、旋回部を狙う。ビームが砲台の基部を切り、砲身が海側を向いたまま動かなくなる。爆発は小さい。燃料設備にもクレーンにも飛び火しない。

 

 リック・ディアス隊は、別の砲台の電源部を撃った。装甲板が弾け、砲台の照準機が消える。砲は残る。だが撃てない。

 

 壊す場所を選ぶ戦いだった。

 

 それは、敵を倒すより難しかった。

 

―――――

 

 港湾管制塔の下では、混乱が起きていた。

 

 白い信号灯を出した区画には、ネモ隊が着地した。機体は膝を折り、ビームライフルを下げたまま、外部スピーカーで呼びかける。

 

「武器を床へ置け。手を上げて管制卓から離れるな。管制要員はその場に残れ」

 

 矛盾した命令に聞こえた。

 

 武器を置け。

 

 だが管制を続けろ。

 

 港を止めるな。

 

 若い兵士が小銃を床へ置いた。別の兵も続いた。港湾管制官は拳銃を机に置いたまま、端末の前に立っていた。

 

 ネモ隊長が聞く。

 

「破壊命令は出ているか」

 

 管制官は折った命令書を差し出した。

 

「燃料管制とクレーン操作系です」

 

「実行したか」

 

「していません。レビル大将の放送を聞きました」

 

 エドワウのルシファーが、管制塔の外に降りた。金色の機体は港湾のコンクリートの上で妙に目立っていた。敵兵も、味方も、思わず見上げる。

 

 エドワウは外部スピーカーを開いた。

 

「よく止めた。管制卓から離れるな。港を動かす人間が必要だ」

 

 その言葉に、管制官は少しだけ顔を歪めた。

 

 敵に褒められたのではない。

 

 自分の仕事を認められたのだ。

 

 それが分かったからだ。

 

 政治将校が拳銃を抜いた。

 

「貴様ら、裏切り者め!」

 

 だが、撃つ前にネモの手が伸びた。機体の指先が銃を弾き飛ばし、別の兵が政治将校を押さえ込む。

 

 アムロの声が通信に入る。

 

「武器を置いた兵は撃たない。強硬派だけを分けてください」

 

 ネモ隊長が応じる。

 

「了解。正規連邦軍兵は武装解除後、指定区画へ誘導。ティターンズ幹部と政治将校は拘束します」

 

 投降した兵士たちは、敵に降った顔ではなかった。

 

 ようやく命令から逃れた顔をしていた。

 

―――――

 

 燃料施設と倉庫区画では、別の戦いが起きていた。

 

 爆破班が走っていた。肩に爆薬ケースを下げ、燃料管制盤とクレーン制御室へ向かっている。彼らにとっては、港を渡さないことが任務だった。港を使わせないことが忠誠だった。

 

 セイラはBLL一番艦から港湾図を見ていた。

 

「第一倉庫は空けて。医療品を入れます。第二倉庫は食糧。冷却設備のある区画は薬品用に残してください」

 

 港湾労働者の声が返る。

 

「まだ戦闘中です」

 

「だから今決めます。後で決めたら荷が詰まります」

 

 セイラの声は落ち着いていた。

 

 戦闘の音は聞こえている。砲声も、ミサイルの爆発も、MSの足音も。だが彼女は、港を戦場としてだけ見ていなかった。荷を降ろす場所として見ていた。どの倉庫に何を入れるか。どのクレーンを先に動かすか。燃料車両をどの通路へ回すか。

 

 それがBLLの戦いだった。

 

 BLL先遣班が燃料管制室へ入る。

 

「爆破線、一本切断。燃料管制盤、無事です」

 

「クレーン制御室は」

 

「リック・ディアス隊が通路を塞いでいます。爆破班、接近できません」

 

 港湾区画の通路で、リック・ディアスが立っていた。

 

 撃たない。

 

 ただ、通路を塞ぐ。

 

 爆破班はその巨大な機体の前で止まった。撃てば死ぬ。突っ込んでも潰される。彼らは互いに顔を見た。

 

 その横の壁に、ネモ隊の外部スピーカーが響く。

 

「爆薬を置け。港湾施設破壊命令は違法命令として扱われる。武器と爆薬を置いた者は拘束後に身分確認を行う」

 

 最初の一人が、爆薬ケースを床に置いた。

 

 次の一人も置いた。

 

 最後の一人だけが迷ったが、リック・ディアスの影を見上げ、やがて肩からケースを外した。

 

 セイラは管制表示を見た。

 

「よし。港は生きているわ」

 

 その言葉は小さかった。

 

 だが、その場にいたBLL管制員たちは、全員それを聞いた。

 

―――――

 

 海側で戦っていたマラサイ隊は、最初に異変へ気づいた。

 

 砲台からの射撃が減った。

 

 通信が途切れる。

 

 港湾管制塔からの指示が返ってこない。

 

「管制塔はどうした」

 

 マラサイ隊長が叫ぶ。

 

「応答ありません。北側から敵MSが入っています」

 

「北側?」

 

 彼は海を見ていた。

 

 ワッケイン艦隊を撃っていた。そこが正面だと思っていた。だが、港の中へ敵はもう入っていた。

 

 通信に、レビルの声が再び流れた。

 

「武器を置け。港湾施設を破壊した者は、連邦軍人ではなく、破壊工作員として扱う。投降した兵の身分は保護する」

 

 マラサイ隊長は、口の中で何かを噛むような顔をした。

 

 補給路は切られている。

 

 燃料管制も取られた。

 

 砲台も一部沈黙。

 

 港湾管制塔は白い信号灯を出している。

 

 戦える。

 

 だが、何のために戦う。

 

 部下の一人が言った。

 

「隊長、自分は残ります。港を撃てという命令には従えません」

 

 別の兵が叫ぶ。

 

「裏切るのか」

 

「港を燃やす方が裏切りだ」

 

 しばらく、通信に沈黙が落ちた。

 

 やがてマラサイ隊長が言った。

 

「撤退する。キリマンジャロへ向かう」

 

「全機ですか」

 

「来る者だけだ。残る者は武器を置け。俺は港を撃たん」

 

 その言葉で、隊は割れた。

 

 数機のマラサイが港湾外縁から離れ、南東方向へ退いていく。別の機体は武器を下ろし、膝をついた。パイロットがハッチを開け、手を上げる。

 

 ガンダムは撃たなかった。

 

 ルシファーも撃たなかった。

 

 ネモ隊が近づき、武装解除を始めた。

 

 港の上で、白い信号灯がまた一つ点いた。

 

―――――

 

 ダカール港湾の管制塔に、連邦軍秩序回復部隊の管制班が入った。

 

 武器を置いた兵士は指定区画へ移動させられた。階級、所属、指揮系統を確認し、正規連邦軍兵とティターンズ幹部を分ける。政治将校、港湾破壊命令を出した者、爆破班の指揮官は拘束された。

 

 ワッケイン艦隊は沖合の安全確認を続けている。

 

 ホワイトベース艦橋では、港湾施設の損害報告が次々と上がっていた。

 

「管制塔、使用可能」

 

「第一、第二クレーン、稼働可能」

 

「燃料設備、主要バルブ無事」

 

「第一倉庫、第二倉庫、使用可能」

 

「通信塔、一部損傷。ただし港湾内回線は維持」

 

 ブライトがまとめて報告する。

 

「レビル大将、管制塔、クレーン、燃料設備、主要倉庫、すべて使用可能です」

 

 ワッケイン大佐が通信に入る。

 

「レビル大将、港湾外縁の抵抗は沈黙しました。沖合航路、確保しています」

 

「ご苦労。港湾施設の損害は軽微と判断する」

 

 レビルはそう言って、少しだけ息を吐いた。

 

 勝ったというより、壊さずに済んだという息だった。

 

 セイラはBLL一番艦で積載表を開いていた。

 

「BLL救難便、投入準備に入ります。最初は医療品と食糧です。港湾復旧資材と簡易発電機はその次。弾薬は後です」

 

 ブレックスの声がグレイファントムから入る。

 

「この港から声明を出します。ダカールは、燃えずに開いたと」

 

 エドワウは港湾区画を見ていた。

 

 燃えていないクレーン。

 

 壊れていない倉庫。

 

 白い信号灯。

 

 武器を置いた兵士たち。

 

 逃げていくマラサイ。

 

「まだ街は残っている」

 

 彼は言った。

 

 アムロが答える。

 

「でも、港は取れた」

 

 ララァは静かに言った。

 

「薬と食糧が入るわ」

 

 その言葉に、セイラがほんの少しだけ目を伏せた。

 

 戦争の途中で、勝利という言葉は使いにくい。

 

 だが、薬と食糧が入るなら、それは確かに何かを変える。

 

―――――

 

 港湾制圧の報は、ダカール周辺の各地へ散っていった。

 

「港が落ちた」

 

「いや、燃えていない。使えるまま取られた」

 

「レビル大将が身分保護を出している」

 

「ティターンズの命令と連邦への忠誠は同じではない、と」

 

 ある地方基地では、兵士たちが白い布を倉庫の扉に結んだ。

 

 別の基地では、指揮官が武装解除を命じた。

 

 さらに別の場所では、ティターンズ強硬派が車両へ弾薬を積み、キリマンジャロ方面へ撤退を始めた。

 

「キリマンジャロへ下がるぞ」

 

「港はどうする」

 

「港はもう使えん。いや、敵が使う」

 

「俺は残る。港を撃てという命令には従えない」

 

 そうした通信の断片が、朝の空の下を飛んだ。

 

 ダカール港湾では、最初のクレーンが動き始めていた。

 

 油の切れかけた軸が低い音を立てる。港湾労働者が手袋をはめ直し、BLL先遣班が荷下ろし順を確認する。管制塔では、先ほど拳銃を机に置いた老管制官が、入港予定線を引き直していた。

 

 海の向こうから、BLL二番艦がゆっくりと進んでくる。

 

 その船には、弾薬ではなく、医療品と食糧と港湾復旧資材が積まれている。

 

 港は燃えなかった。

 

 クレーンは残った。

 

 倉庫も残った。

 

 だから、その朝、ダカールで最初に降ろされる荷は、弾薬ではなく、薬と食糧だった。

 

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