妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第218話 雪線の下

 

 ダカール港湾は、朝になっても燃えていなかった。

 

 それが勝利だった。

 

 岸壁には、砲撃で欠けたコンクリートが散っていた。焼けた金属片が、朝日に鈍く光っている。潮の匂いに、火薬と油の匂いが混じっていた。

 

 だが、クレーンは動いていた。

 

 低い機械音を響かせ、BLL二番艦から降ろされた医療品のコンテナを、ゆっくりと岸壁へ下ろしていく。港湾労働者たちは、最初は兵士の顔色を見ていた。やがて、一人が手袋をはめ直した。別の一人が荷札を読み上げた。三人目が誘導棒を持ち、コンテナの下へ入った。

 

 人は、仕事が残っていると分かると立ち上がる。

 

 港は、そういう場所だった。

 

 ブレックス・フォーラは、管制塔の窓から港を見ていた。

 

 隣にレビルが立っている。

 

「ここは私が引き受ける」

 

 ブレックスは言った。

 

「港湾行政、降伏兵の身分保護、声明発信、救難物資の配布。ここから先は政治の仕事だ」

 

 レビルは窓の外を見たまま頷いた。

 

「任せる。港は燃えずに開いた。その意味を地球中へ知らせろ」

 

「従わなくても殺されない。その事実を見せることが、次の降伏を生む」

 

 ブレックスの声は穏やかだった。だが、芯があった。

 

 砲声より遅く届く言葉がある。届けば、人の手を止める言葉がある。ダカールでは、それが起きた。

 

 港の下では、セイラが積載表を手に歩いていた。

 

「医療品は第一倉庫へ。食糧は第二倉庫です。港湾復旧資材と簡易発電機は、クレーンの動作確認が終わってから入れます」

 

 港湾労働者が聞いた。

 

「弾薬は」

 

「後です」

 

 セイラは即答した。

 

「今は薬と食糧が先です」

 

 その声は、戦場の中でもまっすぐだった。

 

 エドワウは、少し離れた場所でその声を聞いた。振り返らなかった。ただ、妹がそう言い切ったことを胸の奥で受け止めた。

 

 レビルの通信機に、ワッケイン大佐の声が入った。

 

「レビル大将、港湾外縁の警戒は本艦隊で継続します」

 

「ご苦労。だが主力はここへ留めない」

 

 レビルは短く言った。

 

「次はキリマンジャロだ」

 

 その名が出た瞬間、港の空気が変わった。

 

 ダカールは港だった。

 

 キリマンジャロは山だった。

 

 ティターンズの主力基地だった。

 

―――――

 

 港湾外縁では、ガンダムとルシファーがベースジャバーの横で点検を受けていた。

 

 ベースジャバーの下面には、砂と潮がこびりついている。整備兵が布で拭き取り、脚部固定具のロックを確認していた。空中で固定具が外れれば、MSごと海へ落ちる。地上戦が始まっても、空へ上げる足は休めない。

 

 アムロはガンダムの足元を見ていた。

 

「やはり守りはたやすかったな」

 

 エドワウは、ルシファーの肩部装甲を見上げていた。黒猫の印が、朝の光の中で沈んだ色をしている。

 

「今回は、相手に空戦用MSもSFSもまだない。港を守るには、空を押さえる手段が足りなかった」

 

「ベースジャバーが効きすぎた」

 

「港は平地で、守る場所も見えていた。砲台、管制塔、燃料施設、倉庫。どこを壊してはいけないかも分かる」

 

 アムロは顔を上げた。

 

「キリマンジャロは違う?」

 

「違う」

 

 エドワウはすぐに答えた。

 

「山だ。隠す場所も、撃ち下ろす場所も、逃がす通路もある。あそこは港じゃない。基地だ」

 

 港の方で、クレーンが低く鳴った。

 

 その音が、二人の間に落ちた。

 

 アムロは整備架の影を見た。

 

「前の記憶では、基地は爆発した」

 

「ああ」

 

 エドワウの声が低くなった。

 

「核は警戒する」

 

「やると思う?」

 

「ジャミトフなら、部下を捨てる。だが、今回は別の手を選ぶ可能性が高い」

 

「なぜ?」

 

「核は最後の札だ。使えば、隠せない。ダカールを取られた今は、なおさらだ」

 

 アムロは黙った。

 

 それでもやる人間はいる。

 

 二人とも、それを知っていた。

 

 地下深くから立ち上がる熱と光。MSの装甲も、人間の肉も、敵味方も、そこで区別を失う。基地を守るためではなく、基地を捨てるための爆発。

 

 それを、二人は覚えていた。

 

「基地を棺桶にするより、部隊を足止めに使い、自分だけ抜ける」

 

 エドワウは言った。

 

「奴なら、そちらを選ぶ」

 

 アムロは遠くの空を見た。

 

 海の向こうに山は見えない。

 

 だが、そこにある。

 

 雪線の下に、固い基地がある。

 

―――――

 

 BLL一番艦の奥に、秘匿管制室があった。

 

 扉の外には、通常管制員も入れない。記録は一般の作戦系統に残らない。照明は低く、空気は少し冷たい。小さな部屋に、キリマンジャロ基地の立体図が浮かんでいた。

 

 そこにいるのは、ララァと、アムロと、エドワウだけだった。

 

 ララァは椅子に座り、山の表示を見ていた。

 

 滑走路。砲台。地下格納庫。補給区画。通信施設。退避路の候補。

 

 けれど、彼女が見ているのは地図ではなかった。

 

「山の中に、固いものがある」

 

 ララァが言った。

 

 アムロが静かに聞く。

 

「固いもの?」

 

「人の気持ちも、機械の気配も、奥へ隠れている。港みたいに外へ出ていない」

 

 エドワウは腕を組んだ。

 

「ティターンズの主力基地だ。守る側も本気になる」

 

 ララァは、立体図の一角を指した。

 

「ここは弱い」

 

 そこは第七補給区画だった。

 

「怖がっているのか」

 

 アムロが聞いた。

 

「違う。疲れている。命令を聞いている。でも、信じていない」

 

 アムロは端末に入力した。

 

 ララァの言葉は、そのままでは渡せない。

 

 第七補給区画。命令復唱遅延。負傷者搬送要求増加。補給通信量過多。投降回線への反応可能性あり。

 

 文字にすると、軍が扱える情報になる。

 

 ララァの名は出せない。ニタ研に繋がる未来があるためだ。

 

 ララァの感覚も出せない。

 

 ただの通信解析になる。

 

 エドワウが表示を見た。

 

「これでレビルに渡す」

 

 アムロは頷いた。

 

「ララァの名前は出さない」

 

 ララァは何も言わなかった。

 

 守るために隠す。

 

 エドワウは、それを甘いことだとは思わなかった。隠さなければ、いつか誰かが彼女を測り始める。測り、分け、使い、削る。そういう場所を、人は作る。

 

 それをさせない。

 

 そのために、情報は一度、人間の言葉へ変えなければならなかった。

 

―――――

 

 ホワイトベースの作戦室には、キリマンジャロ基地の立体図が浮かんでいた。

 

 レビルは、その山を見下ろしていた。

 

 ブライトは通信解析の結果を横に出している。アムロとエドワウは、作戦卓の反対側に立っていた。ワッケインは通信参加。ブレックスはダカールから、政務状況だけを短く送ってきている。

 

「正面から潰せば時間がかかる」

 

 レビルは言った。

 

「山を削る戦いは避けたい」

 

 アムロが第七補給区画を拡大する。

 

「通信解析上、第七補給区画が弱いです。命令復唱が遅れています。負傷者搬送要求も多い」

 

 ブライトが補足した。

 

「補給通信量が増えています。守備隊の反応も揃っていません」

 

 レビルは表示を見た。

 

「臆病な兵がいるという意味ではないな」

 

 エドワウが答える。

 

「違います。命令を信じていない場所です」

 

「そこを割るか」

 

「はい。投降回線を集中させます。負傷者搬送路も提示する。攻撃ではなく、道を開ける」

 

 アムロは基地深部の表示を指した。

 

「核警戒は継続してください。反応炉、弾薬庫、遮蔽区画、異常熱源。すべて見ます」

 

 レビルは頷いた。

 

「当然だ」

 

 エドワウが言った。

 

「今回は使いにくい状況ですが、罠がない理由にはなりません」

 

 ブライトが顔を上げる。

 

「ジャミトフは核ではなく脱出を選ぶ、と?」

 

「おそらく」

 

 エドワウは山腹を指した。

 

「基地を守り切る必要はない。時間を稼げばいい。逃げ道はあるはずです」

 

 レビルは短く息を吐いた。

 

「では二つを同時にやる。守備隊を割り、核を警戒し、退避路を探す」

 

 山を焼くのではない。

 

 山の内側にある亀裂を広げる。

 

 そういう戦いになった。

 

―――――

 

 キリマンジャロの地下司令部では、発電機の振動が床を伝っていた。

 

 壁面モニターに、ダカール港湾の映像が流れている。

 

 燃えていない港。

 

 動くクレーン。

 

 武器を置いた兵士。

 

 医療品と食糧のコンテナ。

 

 それは砲弾ではない。

 

 だが、守備隊の胸の中へ入る。

 

 政治将校が苛立った声を出した。

 

「ダカールの放送を遮断できません。投降兵の映像が守備隊にも入っています」

 

 基地司令が管制士官を見た。

 

「部隊の反応は」

 

「正規連邦軍出身者の多い区画で、命令復唱に遅れがあります。補給部隊からも負傷者搬送要求が増えています」

 

 ジャミトフ・ハイマンは、表情を変えなかった。

 

「予定通りだ」

 

 基地司令が眉を動かす。

 

「予定通り、ですか」

 

「ダカールが落ちれば、兵は迷う。レビルは身分保護を出す。ブレックスは政治声明を出す。そうなる」

 

 政治将校が低く言った。

 

「自爆処理を準備しますか」

 

 基地司令が政治将校を見た。

 

 ジャミトフは、声を荒げなかった。

 

「不要だ」

 

「基地を奪われます」

 

「基地は失ってよい。ダカールが燃えていない以上、ここで核を使えば、こちらが地球を焼く側になる。レビルとブレックスに旗を渡す必要はない」

 

 政治将校は黙った。

 

 ジャミトフの言葉は冷たい。

 

 冷たいから、反論できない。

 

「守り切るには」

 

 基地司令が聞いた。

 

「守り切る必要はない。人間だけで守ろうとするな。人間は迷う。迷う部分を、機械で支えればよい」

 

 モビルドール隊の管制士官が姿勢を正した。

 

「モビルドール隊、起動準備は完了しています。有人バーザムリーダーを中心に、無人バーザム改を展開可能です」

 

「出す時機はこちらで決める。それまでは守備隊の迷いを相手に利用させておけ」

 

 ジャミトフは別のモニターを見た。

 

 火山観測施設。

 

 そう表示された区画がある。

 

 実際には、小型発着場だった。

 

 山は、守るためだけにあるのではない。

 

 逃げるためにもある。

 

―――――

 

 キリマンジャロ外縁には、霧が出ていた。

 

 白い雪線の下に岩があり、岩の間に砲台が埋め込まれている。斜面は静かだった。だが、その静けさは眠りではない。待っている静けさだ。

 

 第七補給区画へ、投降回線が集中された。

 

 ダカールの映像が送られる。

 

 白い信号灯が点滅する。

 

 負傷者搬送路が示される。

 

 ネモ隊は撃たずに前へ出た。

 

「武器を置け。負傷者から先に出す。身分確認は後だ」

 

 外部スピーカーが告げる。

 

 補給区画の兵士たちは、互いに顔を見た。

 

「本当に撃たれないのか」

 

 若い兵が言った。

 

 政治将校が怒鳴る。

 

「騙されるな。降伏した者は全員処分される」

 

「ダカールでは処分されていない」

 

「映像などいくらでも作れる」

 

「なら、なぜ港は燃えていない」

 

 その一言で、政治将校の声が止まった。

 

 最初の銃が床に置かれた。

 

 次の銃が置かれた。

 

 それは勇気がなくなった音ではない。

 

 従う理由が落ちた音だった。

 

 政治将校が拳銃を抜いた。

 

 ネモの手が伸びる。

 

 銃が弾かれ、政治将校は床へ押さえ込まれた。

 

 亀裂が入った。

 

 小さいが、深い亀裂だった。

 

―――――

 

 地下格納庫の扉が開いた。

 

 モビルドール隊が出た。

 

 先頭は有人のバーザムリーダーだった。通常のバーザム改より頭部センサーが大きい。肩部には光学送受信器が増設され、背部には中継用の機器が付いている。

 

 その周囲に、無人バーザム改が並ぶ。

 

 コックピットは空だった。

 

 だが、勝手に考えて戦う機械ではない。

 

 リーダー機が目を持つ。

 

 リーダー機が照準を渡す。

 

 管制班が隊列を補う。

 

 無人機は、その情報を受けて動く。

 

「第一バーザムリーダー、接続確認。追従機四機、光学リンク確立」

 

「第二リーダー、追従機六機。照準補助、同期しています」

 

 

 有人バーザムリーダーのパイロットは、背後に並ぶ無人機をモニターで見ていた。

 

 部下ではない。

 

 だが、従う。

 

 人間より正確に。

 

 人間より冷たく。

 

 それが、重かった。

 

―――――

 

 斜面上部から、モビルドール隊が降りてきた。

 

 バーザムリーダーが目標を固定する。

 

 無人バーザム改が左右へ散る。

 

 リーダー機の照準がネモを捕らえると、無人機が射線を補った。一機を狙えば、横から二機が撃つ。人間なら身を引く砲火の中でも、無人バーザム改は前進を止めなかった。

 

「下がりません。撃っても隊列が崩れません」

 

 ネモ隊の声が入る。

 

 リック・ディアス隊も続けた。

 

「横から二機、射線を重ねられた。有人機が目標を取ると、無人機が合わせてきます」

 

 アムロは戦術表示を見ていた。

 

「完全自律じゃない。リーダー機がいる」

 

 エドワウが答える。

 

「有人機が目と頭か」

 

「無人機はそれに合わせて動いている。リーダー機と中継を探してください」

 

 そのころ、秘匿管制室でララァは同じ前線を見ていた。

 

「人が乗っていない機体が多い。でも、奥に操っている人がいる」

 

 アムロは、その言葉を通常回線へ変えた。

 

「敵は管制付きです。無人機はバーザムリーダーから照準と機動情報を受けています」

 

 ネモ隊が押された。

 

 リック・ディアス隊の火力も、射線を重ねられて動きにくい。

 

 山の斜面で、前進が止まった。

 

 アムロの声は変わらなかった。

 

「予定通りです。攪乱膜を入れてください」

 

 エドワウが応じる。

 

「ここで切るか」

 

「広がられる前に。リーダー機と追従機の距離がまだある。斜面ごと覆えます」

 

 ブライトが管制へ命じた。

 

「ビーム攪乱膜拡散ミサイル、発射準備完了」

 

 レビルの声が入る。

 

「使え」

 

 ミサイルが山岳斜面へ飛んだ。

 

 爆発は小さい。

 

 岩を砕く弾ではない。

 

 白く薄い粒子が、斜面と谷間に広がった。岩場が霞む。砲台が白く滲む。バーザムリーダーと無人バーザム改の間に、薄い膜が入る。

 

 ビームの直進性が乱れた。

 

 光学送受信器の受信品質が落ちた。

 

 リーダー機から無人機へ渡る照準と機動情報に遅れが出る。

 

 敵管制区画で、士官が叫ぶ。

 

「光学リンク、減衰。第一リーダー、追従機二機の同期が遅れています」

 

「中継機を上げろ」

 

「中継機も攪乱を受けています。安定接続距離、四十メートル前後まで低下」

 

 基地司令が声を荒げた。

 

「四十メートル?」

 

「それ以上離れると、リーダー機からの照準補助が届きません。広域同期、維持できません」

 

 無人バーザム改の動きが変わった。

 

 止まったわけではない。

 

 だが、遠くから合わせられない。

 

 リーダー機へ寄る。

 

 中継機へ寄る。

 

 距離を詰める。

 

 密集した結果、射線が重なる。味方機の肩が邪魔になる。さっきまで左右から重ねていた射撃が、薄くなる。

 

 アムロはそれを見た。

 

「射撃戦をやめる。近接に入ってください」

 

「サーベル戦ですか」

 

 ネモ隊が聞き返す。

 

「無人機はリーダー機から離れると同期が落ちる。近づけば、横からの集中射撃は減ります」

 

 ガンダムがビームサーベルを抜いた。

 

 ルシファーも続く。

 

 エドワウの声が入る。

 

「ルシファー、前へ出る」

 

 秘匿管制室で、ララァが言った。

 

「糸が短くなっている」

 

 アムロは通常回線へ言い換えた。

 

「リーダー機と追従機の距離を見てください。四十メートルを超えると動きが遅れる」

 

 ガンダムは胴を狙わなかった。

 

 膝関節を斬る。

 

 肩の武器基部を斬る。

 

 腰の回転部を斬る。

 

 爆発させる必要はない。

 

 倒せばいい。

 

 撃てなくすればいい。

 

「完全撃破はいらない。脚と武器を落としてください」

 

 アムロが言った。

 

 エドワウが続ける。

 

「動けなくすればいい」

 

 ルシファーは金色の機体を前へ出した。バーザムリーダーの照準が流れる。エドワウは正面に入らない。側面へ回り、肩と腰を斬る。黒猫の印が白い粒子の中で一瞬見え、消えた。

 

 ネモ隊は二機一組で入った。

 

 一機がサーベルを受け、もう一機が脚を斬る。

 

 倒れた機体へ追撃しない。

 

 武装を落として次へ行く。

 

 リック・ディアス隊は中継アンテナと固定砲台を潰した。通信車両が爆発し、無人バーザム改の数機が一拍遅れて動く。

 

 その一拍で十分だった。

 

 モビルドール隊は強かった。

 

 だが、仕組みを切られると脆い。

 

 恐怖しない機械は、危険を感じて後ろへ跳ばない。

 

 管制が遅れた時、反応が単調になる。

 

 そこへガンダムとルシファーが入った。

 

 崩れるのは、早かった。

 

―――――

 

 基地内部へ入ると、銃声は減っていった。

 

 守備兵が次々と武器を置く。政治将校だけが抵抗し、ネモ隊に拘束される。負傷者が担架で運ばれ、通路の壁には白い発光信号が点滅していた。

 

 だが、エドワウは安心しなかった。

 

 前世の記憶がある。

 

 勝ったと思った場所で、熱が来ることを知っている。

 

 ブライトの声が入る。

 

「反応炉区画、出力安定。異常な熱上昇なし」

 

 アムロが答えた。

 

「核の兆候はない。でも、油断しないでください」

 

 エドワウは通路の奥を見た。

 

「奴が核を使わない理由はある。だが、罠がない理由にはならない」

 

 秘匿回線で、アムロにだけララァの声が届いた。

 

「強いものが、さっきまであった」

 

 アムロは短く返した。

 

「今は?」

 

「遠い。ここにはいない」

 

 アムロは通常回線へ切り替えた。

 

「司令部中心の反応が薄い。退避済みの可能性があります」

 

 エドワウの顔が変わった。

 

「ジャミトフか」

 

 レビルの声が重くなる。

 

「司令部へ急げ」

 

 ブライトが言った。

 

「退避路を探します」

 

「この基地を作った人間なら、必ず用意する」

 

 エドワウは歩き出した。

 

 勝っている。

 

 基地は崩れている。

 

 だが、中心が空になっている。

 

 それが、いちばん嫌だった。

 

―――――

 

 司令部には、ジャミトフはいなかった。

 

 残っていたのは、通信記録、偽装された命令端末、影武者に近い幕僚数名。彼らは抵抗しなかった。抵抗する役目すら、与えられていなかったのかもしれない。

 

 地下通路の奥に、発進痕跡があった。

 

 火山観測施設に偽装された区画。

 

 そこから高高度輸送機が離脱している。

 

 発進時刻は、モビルドール隊が投入された直後だった。

 

 そのころ、ジャミトフはすでに山の外へ向かっていた。

 

 輸送機の中で、側近が言った。

 

「モビルドール隊まで失います」

 

「補充できる」

 

 ジャミトフは窓のない機内で答えた。

 

「だが、相手の手は一度見ておく必要がある」

 

「自爆処理は」

 

「不要だ」

 

 ジャミトフは目を閉じた。

 

 基地は失ってよい。

 

 相手が何で勝つかを見ればよい。

 

 通信解析に偽装された何か。

 

 ビーム攪乱膜。

 

 ガンダムとルシファーの近接戦。

 

 それを持ち帰れれば、次は違う。

 

 司令部で、アムロが言った。

 

「ここにいない」

 

 エドワウは発進記録を見た。

 

「やはり逃げたか」

 

 レビルはしばらく黙っていた。

 

 やがて言った。

 

「キリマンジャロは取った。だが、ジャミトフは残った」

 

 エドワウは頷いた。

 

「基地を捨てる前提だったな」

 

 勝利の報告が入ってくる。

 

 だが、誰も笑わなかった。

 

―――――

 

 夕方、キリマンジャロの斜面には白い粒子が薄く残っていた。

 

 ビーム攪乱膜の名残が、谷間を霞ませている。雪線の下には、動けなくなった無人バーザム改が並んでいた。膝を斬られ、肩の武器を落とされ、腰の回転部を失った機体が、岩場に倒れている。

 

 有人バーザムリーダーの一部は投降した。

 

 一部は撃破された。

 

 ネモ隊が降伏兵を誘導していた。

 

 リック・ディアス隊は、まだ砲台の残骸を確認している。

 

 ブライトの声が入った。

 

「モビルドール隊、沈黙。基地主要区画、制圧完了。核反応、異常なし」

 

 アムロはガンダムのコクピットで、白く霞む斜面を見ていた。

 

「接続距離を落とせば、あそこまで脆くなる。次は対策されます」

 

 エドワウがルシファーから答える。

 

「一度見せた手は、二度目には効きにくい」

 

 レビルの声が入った。

 

「それでも、今回は効いた」

 

 ララァの声は、連邦の回線には入らなかった。

 

 秘匿管制室の中で、彼女は小さく言った。

 

「人が乗っていない機体は、静かで嫌」

 

 アムロだけが聞いた。

 

 彼は短く答えた。

 

「うん」

 

 ダカールから、セイラの通信が入る。

 

「BLL補給隊、出発準備に入ります。医療品と食糧、港湾復旧資材の第二便です」

 

 戦争は続いている。

 

 だが、荷も動いている。

 

 それだけは確かだった。

 

 レビルは命じた。

 

「キリマンジャロ基地は制圧した。だが、ジャミトフは逃げた。全軍、追撃準備に入れ」

 

 キリマンジャロは落ちた。

 

 核の光はなかった。

 

 だが、山の冷たい空気の向こうで、ジャミトフの影だけがまだ消えていなかった。

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