妹に撃たれない方法   作:Brooks

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主要キャラの大暴れ回


第223話 軌道は逃げない

 

 ジャブローの南側搬入口には、まだ人の声が残っていた。

 

 地下から運び出される負傷者。武装解除されたティターンズ兵。工具箱を抱えた工兵。酸素ボンベを数える補給班。水の箱に印を付けるマチルダ・アジャン中尉。

 

 地面は湿っていた。密林の葉から落ちた水滴と、地下から運び出された消火剤の白い粉が、靴底に薄くまとわりついた。

 

 核爆発は起きなかった。

 

 だが、終わったわけではなかった。

 

 通信士が臨時指揮所へ声を上げた。

 

「脱出艇、低軌道へ移行。推定会合軌道、サイド3より受信しています」

 

 ブライト・ノアがレビルを見た。

 

「レビル大将、追撃は」

 

 レビルは、担架で運ばれていく負傷兵を見ていた。

 

「出さん。地上部隊は救助と爆発物処理を続ける」

 

「宇宙はサイド3に任せる、ということですか」

 

「任せるのではない。今ここを空にしないために使う」

 

 その言い方には、割り切りきれない苦みがあった。

 

 エドワウが、南米上空の軌道表示を見た。

 

「ギレンは、逃げた先を見ているはずです」

 

 アムロは、少し離れたところにいるヒルダとカミーユを見た。

 

 カミーユは黙って立っていた。まだ少年の顔をしている。けれど、目の奥には父に置いていかれた朝の硬さがあった。

 

「逃げたんじゃなく、そこへ上がらされた」

 

 アムロが言うと、レビルは短く頷いた。

 

「そういうことだろうな」

 

 アムロは追いたかった。

 

 だが、ここにはまだ人が残っている。爆発物処理班が膝をついている。マチルダが水と毛布を配っている。ウッディが復旧班を怒鳴っている。ヒルダがカミーユの肩に手を置いている。

 

 また誰かを置いていくことはできなかった。

 

 今は、宇宙を見ている者に任せるしかなかった。

 

―――――

 

 脱出艇の中は狭かった。

 

 機体はまだ細かく震えている。大気圏上層を抜けた熱が装甲に残っていた。小さな窓の外には、地球の縁が白く光っている。

 

 ジャミトフ・ハイマンは席に座り、固定ベルトを締めたまま黙っていた。

 

 バスク・オムは立ち上がろうとして、揺れで手すりを掴んだ。

 

「まだ終わっていません。回収艦に合流すれば、残った部隊をまとめられます」

 

 ジャミトフは顔を向けない。

 

「まとめるのではない。使えるものだけを選ぶ」

 

 その言葉で、艇内の空気が少し冷えた。

 

 フランクリン・ビダンは、座席の足元に置いた金属ケースを両腕で抱えていた。ケースの角は擦れていたが、ロックは無事だった。

 

「研究データは無事です。バーザム系の設計記録も、制御試験の結果も」

 

 バスクが彼を見た。

 

「家族は」

 

 フランクリンは一瞬だけ口を閉じた。

 

「避難車両が……来るはずでした」

 

 バスクは、それ以上聞かなかった。

 

 ジャミトフも何も言わなかった。

 

 フランクリンはケースを抱え直した。その動作が、彼の答えだった。家族の名を口にしても、手は資料を離さなかった。

 

 通信兵が報告した。

 

「回収艦、接近。収容準備中」

 

 バスクの顔に、ほんの少しだけ血の色が戻った。

 

「よし」

 

 ジャミトフは、窓の外を見た。

 

 地球は遠ざかっていた。

 

―――――

 

 サイド3艦隊旗艦の艦橋では、地球の青い縁が正面モニターに映っていた。

 

 その手前に、脱出艇の軌道線がある。さらにその先に、回収艦の推定位置が重なっていた。

 

 ドズル・ザビは艦長席にいた。

 

 腕を組み、眉を寄せている。怒っているようにも見えるが、戦闘前の彼はだいたいこういう顔になる。

 

 ガルマはその横に立ち、投降勧告文を手にしていた。

 

 ランバ・ラルは接舷制圧部隊の配置を確認している。通信画面の片隅では、シーマ・ガラハウが海兵隊へ別命を出していた。

 

 黒い三連星は、黒いゲルググで待機している。

 

 レオンのサイコミュ高機動試験用ゲルググも、艦隊後方で発進準備を終えていた。

 

 副官が報告する。

 

「脱出艇、推定会合軌道へ入りました。回収艦は通信を絞っていますが、位置はほぼ確定」

 

 ドズルが低く笑った。

 

「兄貴の読み通りか」

 

 ガルマが尋ねる。

 

「撃沈はしないのですね」

 

「沈めるな、逃がすな、殺すな、だ。兄貴も面倒なことを言う」

 

 ラルが落ち着いた声で言った。

 

「人間と書類が要るのでしょう。艦を壊せば、証言も消えます」

 

 シーマが画面の中で笑った。

 

「逃げ道を塞ぐだけなら、こちらでやりますよ。そういう仕事は慣れておりますので」

 

 ドズルは大きく頷いた。

 

「よし。ガルマ、投降勧告だ。ラル、接舷準備。シーマ、非常艇と裏口を潰せ。三連星、敵MSが出たら止めろ。レオン、無人機が散ったら拾え」

 

「了解しました」

 

 レオンの声は若かった。

 

 だが、返事は揺れなかった。

 

 ガルマは通信卓の前へ進んだ。

 

 その横顔を、ラルが静かに見ていた。

 

―――――

 

 ティターンズ回収艦は、脱出艇を収容しようとしていた。

 

 その外側に、サイド3艦隊が姿を現した。

 

 いきなり撃ちはしない。距離を詰め、進路を塞ぎ、回収艦の逃走方向を一つずつ消していく。

 

 ガルマの声が、公開回線で流れた。

 

「ティターンズ残存部隊に告げます。あなた方は、既に連邦軍ではありません。武装を解除し、艦を停止してください。負傷者は保護します。抵抗すれば、反乱軍として扱います」

 

 ドズルが横で少し笑った。

 

「ガルマ、ずいぶん立派になったな」

 

 ガルマは前を向いたまま答える。

 

「ドズル兄さん、今は通信中です」

 

「おう、悪い」

 

 回収艦の司令区画では、艦長が迷っていた。

 

 バスクは怒鳴った。

 

「撃て! ザビ家の艦など撃ち落とせ!」

 

 艦長は端末を見る。

 

「射撃管制、まだ復旧していません。照準も不安定です」

 

「MSを出せ!」

 

 ジャミトフが短く言った。

 

「時間を稼げ」

 

 バスクは頷いた。

 

「有人機を先に出せ。バーザムリーダーも出せ。モビルドール隊を起こせ」

 

 艦内の非常灯が赤く回った。

 

 回収艦の片側カタパルトが、非常手順で動き出した。

 

―――――

 

 射出レールは途中で一度止まり、すぐに再起動した。

 

 警告灯が赤く点滅している。通常の発進手順ではなかった。整備員の怒号が通信に混じる。

 

 それでも、有人マラサイが数機、艦外へ出た。

 

 その後方から、バーザムリーダーが出る。

 

 モビルドール隊が、その周辺へ展開しようとした。

 

 黒いゲルググ三機が、回収艦の船腹側から前へ出た。

 

 ガイア機が正面。

 

 マッシュ機が下方。

 

 オルテガ機が上方。

 

 三機は散らばらず、敵部隊を囲む位置へ入った。

 

 ガイアが通信で言った。

 

「あのバーザムが頭だ」

 

 マッシュが答える。

 

「周りのマラサイは有人だな」

 

 オルテガが笑う。

 

「じゃあ潰しすぎるなってことか」

 

「腕と脚を落とせ。コックピットは残す」

 

「モビルドールは」

 

「リーダーを止めれば止まる」

 

「分かりやすいな」

 

 最初に動いたのはマッシュ機だった。

 

 下方から加速し、先頭のマラサイの右側面へ入る。マラサイはビームライフルを下へ向けようとしたが、腕の旋回が間に合わなかった。

 

 マッシュ機のビームナギナタが、マラサイの右前腕を肘の下で切断した。

 

 ビームライフルごと腕が離れる。

 

 コックピット周辺には触れていない。胴体にも切り込んでいない。

 

 武器だけを落とした。

 

 別のマラサイがビームを撃つ。

 

 ガイア機は機体を右へ振り、ビームを外した。すぐにライフルを二発撃つ。

 

 一発目は右膝関節。

 

 二発目は左脚外側の姿勢制御ノズル。

 

 マラサイの脚部が動かなくなる。加速姿勢を取れない。機体は前へ出ようとして、姿勢を崩した。

 

 オルテガ機は上方から降りた。

 

 護衛のマラサイが割って入ろうとする。オルテガ機は盾でその左肩を押し、向きをずらした。その隙に、ガイア機がバーザムリーダーの背部通信アンテナを撃った。

 

 アンテナが折れる。

 

 マッシュ機が下から入り、肩部管制ユニットをビームナギナタで切った。

 

 オルテガ機は脚部推進器の外側ノズルを潰した。

 

 バーザムリーダーはまだ生きていた。

 

 パイロットも残っている。

 

 だが、モビルドール隊への指令が途切れた。

 

 ガイアが言った。

 

「頭を止めた」

 

 マッシュが周囲を見る。

 

「配下が乱れるぞ」

 

 オルテガが低く言った。

 

「全部は止まらん」

 

 モビルドール隊の動きが崩れた。

 

 一機は安全停止姿勢に入った。

 

 一機は同じ旋回を繰り返した。

 

 別の一機は、直前に受けていた攻撃命令だけを抱えたまま、回収艦の外壁へ向かって進み続けた。

 

―――――

 

 艦隊後方から、一機のゲルググが出た。

 

 通常のゲルググより背部装備が大きい。肩と腰の追加推進器が同時に点火し、機体が横へ滑るように動いた。

 

 サイコミュ高機動試験用ゲルググ。

 

 レオンの機体だった。

 

「残った無人機、こちらで止めます」

 

 ドズルの声が通信に入った。

 

「レオン、派手にやるのはいい。だが、回収できる形で止めろ。総帥命令だ」

 

「分かっています。無人機は関節と推進器だけ」

 

「ガハハ、言うようになったじゃねえか。行け!」

 

 レオン機の背部から、小型のサイコミュ誘導端末が複数離れた。

 

 端末はそれぞれ別の角度へ出る。

 

 一基が、進み続けるモビルドールの右肩へ回り込んだ。短いビームが走る。肩の武器基部が焼け、腕が下がった。

 

 次の一基は脚部スラスター外側を撃った。装甲を抜かない。ノズルだけを歪ませる。モビルドールは推力を失い、回収艦へ向かう進路から外れた。

 

 レオン機本体は、別の一機へ接近した。

 

 ビームナギナタを抜く。

 

 刃を深く入れない。膝関節の外側だけを切る。脚が動かなくなり、機体は姿勢を崩して止まった。

 

「三番機、推進器停止。四番機、武器腕切断。五番機、まだ動いています」

 

 声は若い。

 

 しかし、機体の動きに迷いはなかった。

 

 五番機は発砲姿勢を取っていた。指令は切れている。だが、直前の攻撃命令が残っていた。

 

 レオンは正面から行かなかった。

 

 機体を下へ落とし、敵機の下側から上昇する。同時に、サイコミュ端末二基を左右へ回した。

 

 左の端末がライフルの銃口を撃つ。

 

 右の端末が肘関節を焼く。

 

 レオン機本体が近づき、ビームナギナタの柄で胸部を押した。

 

 機体は後ろへ流れる。

 

 発砲はなかった。

 

 ガイアの声が入る。

 

「いい動きだ。だが、近づきすぎるな」

 

「はい。三連星の邪魔はしません」

 

 オルテガが笑う。

 

「小僧に気を遣われたぞ、ガイア」

 

 マッシュが続けた。

 

「歳を取ったな」

 

「黙れ。残りを見る」

 

 レオンが報告した。

 

「残存モビルドール、全機戦闘不能」

 

 ドズルが艦橋で腹の底から笑った。

 

「ガハハハハ! 黒い三連星に続いて、レオンまで暴れやがった!」

 

 副官が端末を見る。

 

「敵無人機、撃墜なし。全機回収可能です」

 

「上出来だ。壊し方を覚えたな、レオン」

 

「壊していません。止めただけです」

 

「同じようなもんだ。ガハハハ!」

 

 回収艦外側の抵抗は消えた。

 

 有人マラサイは腕や脚を失い、バーザムリーダーは管制を失い、モビルドール隊は戦闘を続けられなかった。

 

 次は艦内だった。

 

―――――

 

 接舷用チューブが、回収艦の外壁に固定された。

 

 ラル隊が先頭に立つ。切断工具がハッチを焼き、金属の縁が赤くなった。内部から銃声が一発、二発と響く。

 

 ランバ・ラルは盾を構えた兵の後ろに立ち、低い声で言った。

 

「艦を壊すな。中の書類と人間が目当てだ」

 

 部下が尋ねる。

 

「抵抗する者は」

 

「銃を向けた者だけ倒せ。投降する者は撃つな」

 

 ハッチが開いた。

 

 通路の奥からティターンズ兵が撃つ。ラル隊は盾で受け、すぐに低い姿勢で入った。銃を落とした兵は壁際に伏せさせる。撃ってくる兵だけを狙う。

 

 同じ頃、シーマ海兵隊は別の通路から非常艇区画へ入っていた。

 

 シーマは銃を持っていなかった。

 

 持っているのは小型の通信端末と、溶接の完了報告だった。

 

「非常艇管制、取ったね?」

 

 部下が答える。

 

「完了です。第二通路も封鎖済み」

 

「よし。逃げる連中は、だいたい自分だけは別の扉を知ってると思うもんさ。そこを塞いでから顔を出すのが礼儀ってもんだよ」

 

 シーマは喉の奥で笑った。

 

 非常艇区画の奥から、怒鳴り声が響いた。

 

―――――

 

 バスクは非常艇区画へ駆け込んできた。

 

 後ろには数人の兵士がいる。だが、彼らの足取りには勢いがない。艦外のMS部隊が止められたことも、艦内へラル隊が入ったことも、既に伝わっていた。

 

「開けろ! 扉を開けろ!」

 

 非常艇の扉は動かなかった。

 

 通路の奥から、シーマが出てきた。

 

「お逃げになるんなら、こちらの通路がいいんじゃないかい? ……もっとも、さっきあたしたちの手で、しっかり溶接しておいてあげたけどねぇ」

 

 バスクが振り向く。

 

「貴様、何者だ!」

 

 シーマは片手を腰に当てた。

 

「名乗るほどの者でもないさ。逃げ道を塞ぐ仕事をしている、しがない海兵隊だよ」

 

「撃て! 撃てと言っている!」

 

 ティターンズ兵は動かなかった。

 

 銃口を上げる者もいたが、すぐに下ろした。バスクの声だけが通路に響く。

 

 シーマは目を細めた。

 

「大きな声で命令すりゃ、扉が開くと思ってるのかい? かわいいねぇ、ティターンズってのは」

 

 バスクが銃を抜こうとした。

 

 その瞬間、シーマの部下が横から入った。腕を押さえ、膝を打ち、壁に押しつける。銃は床に落ちた。

 

 バスクはなおも暴れた。

 

「離せ! 俺を誰だと思っている!」

 

 シーマは落ちた銃を足で遠ざけた。

 

「殺すな。まだ喋ってもらうことがある」

 

 バスクの怒鳴り声は続いた。

 

 だが、もう命令ではなかった。

 

 ただの声だった。

 

―――――

 

 回収艦司令区画には、まだ照明が残っていた。

 

 ジャミトフは立っていた。

 

 銃を持っていない。逃げようともしていない。制圧兵が銃を向けている中で、彼は艦橋の窓の外を見ていた。

 

 ガルマが入った。

 

 その一歩後ろにランバ・ラルがいる。

 

 ラルは何も言わなかった。ただ見守っていた。

 

 ジャミトフがガルマへ視線を移した。

 

「ザビの子が、私を裁くのか」

 

 ガルマは足を止めた。

 

 若い顔だった。

 

 だが、声は揺れなかった。

 

「撃てば終わる人間もいるのでしょう。けれど、あなたは違います。あなたには、あなたが歪めた命令、あなたが黙らせた議会、あなたが踏みにじった法の前に立っていただきます」

 

 ジャミトフは、かすかに目を細めた。

 

「若いな、ガルマ・ザビ」

 

 ガルマは一度だけ息を吸った。

 

「若いからこそ、覚えています。ラル中佐は、勝った後に殺すな、守れと教えてくれました。私はその教えに従います」

 

 ラルは何も言わなかった。

 

 ただ、ガルマを見る目が少しだけ柔らかくなった。

 

 ジャミトフは抵抗しなかった。

 

 制圧兵が近づき、拘束具をかける。

 

 彼は最後まで、取り乱さなかった。

 

 それが余計に、この男の恐ろしさを残していた。

 

―――――

 

 資料区画の隅で、フランクリン・ビダンは金属ケースを抱えていた。

 

 通路には足音が近づいている。ラル隊の兵士が二人、銃を構えて入ってきた。

 

「そのケースを置け」

 

 フランクリンは首を横に振った。

 

「これは重要な研究資料だ。乱暴に扱うな」

 

「黙って歩け」

 

「私は技術者だ。扱いを間違えるな。これは――」

 

 兵士の一人が冷たく言った。

 

「家族より大事なものか」

 

 フランクリンの言葉が止まった。

 

 ほんの一瞬だけ、ヒルダとカミーユの顔が彼の中をよぎった。

 

 だが、彼はケースを抱え直した。

 

 それが答えだった。

 

 兵士は彼の腕を取り、通路へ引き出した。

 

 フランクリンは最後までケースから手を離さなかった。

 

―――――

 

 サイド3艦隊旗艦に、制圧完了の報告が届いた。

 

「回収艦、制圧完了。ジャミトフ・ハイマン拘束。バスク・オム拘束。フランクリン・ビダン拘束。技術資料、回収中」

 

 ドズルは大きく息を吐いた。

 

「よし。殺しすぎるなと言われる戦は面倒だが、終わったならそれでいい」

 

 ガルマが言った。

 

「終わりではありません。ここから証言と裁きです」

 

 ドズルは弟を見た。

 

「お前、今日はよく言うな」

 

「ラル中佐のおかげです」

 

 ラルは静かに首を振った。

 

「私は何もしておりません。ガルマ様がご自分で見て、ご自分で決められたのです」

 

 通信の端で、シーマが笑った。

 

「さて、逃げ道を塞いだ分の手当は、ちゃんと頂きたいもんだねぇ」

 

 ドズルはまた笑った。

 

「ガハハ、請求書を兄貴に回しておけ!」

 

 艦橋の空気が少し緩んだ。

 

 だが、地上へ送る報告文には、余計な笑いは入らなかった。

 

―――――

 

 ジャブロー外縁の臨時指揮所に、サイド3からの報告が届いた。

 

 通信士が読み上げる。

 

「サイド3より報告。回収艦制圧。ジャミトフ・ハイマン拘束。バスク・オム拘束。フランクリン・ビダン拘束」

 

 カミーユが反応した。

 

 ヒルダの手が、息子の肩の上でわずかに震える。

 

「父さん……捕まったんですか」

 

 誰もすぐには答えなかった。

 

 アムロはカミーユを見る。

 

 父は生きている。

 

 でも、戻ってきたわけではない。

 

 置いていった事実も消えない。

 

「生きている」

 

 カミーユはアムロを見た。

 

「それだけですか」

 

「今は、それだけだ」

 

 カミーユは黙った。

 

 怒りは消えない。だが、死んで終わりではなくなった。向き合う時間が残った。

 

 アムロは少しだけ視線を落とした。

 

「俺の親父も、モビルスーツのエンジニアでな」

 

 カミーユが顔を上げる。

 

「……あなたの父さんも?」

 

「ああ。機械のことになると、周りが見えなくなる人だった。悪い人じゃない。けど、悪い人じゃないってことと、家族を傷つけないってことは、同じじゃない」

 

 カミーユは何か言おうとして、やめた。

 

 アムロは続けた。

 

「だから、無理に許さなくていいと思う」

 

「許す?」

 

「今すぐは、無理だろ。怒っていい。責めてもいい。会いたくないなら、会わなくてもいい。ただ、生きているなら、いつか言えるかもしれない。言いたいことを」

 

 カミーユはアムロをじっと見た。

 

 目の前にいるのは、年上ではあるが、まだ大人というほどの歳ではない少年だった。なのに、言うことが妙に古い。父親のことを話しているのに、まるで何年も前からその痛みを持って歩いているような声をしている。

 

「……あなた、何歳なんですか」

 

 アムロは少し眉を寄せた。

 

「え?」

 

「いや。言い方がおじさんみたいだから」

 

 アムロは言葉を失った。

 

 少し離れたところで、ブライトが咳払いをした。聞こえないふりをしているが、口元が少しだけ動いている。

 

 カミーユはそちらを向いた。

 

「ブライトさんも、そう思いますか」

 

 ブライトは一瞬だけ困った顔をした。

 

「……まあ、否定はしない」

 

「ブライト」

 

 アムロが低い声で言った。

 

 ブライトは肩をすくめた。

 

「悪い。だが、今の言い方は少し年長者っぽかった」

 

「君に言われたくない」

 

 アムロは思わず言い返した。

 

 その瞬間、前の記憶の中のブライトが頭をよぎった。

 

 怒鳴り、背負い込み、いつも疲れていて、若いのに妙に老けていた艦長。けれど今、目の前にいるブライトは違う。顔つきは硬いが、声の奥にまだ若さが残っている。誰かを待って苛立つ普通の青年らしさも、どこかにあった。

 

 こいつ、この頃こんなに柔らかかったっけ。

 

 アムロはそう思った。

 

 そして、少し嫌なことに気づいた。

 

 今この場でいちばんおじさん臭いのは、自分かもしれない。

 

「……納得いかないな」

 

 アムロが呟いた。

 

 カミーユが首を傾げる。

 

「何がですか」

 

「いや。こっちの話だ」

 

 ブライトが今度ははっきりと咳払いをした。

 

「アムロ、話を戻そう」

 

「そうだな。若者らしく簡潔に話すよ」

 

 カミーユが少しだけ目を細めた。

 

「それがもう、おじさんっぽいです」

 

 アムロは白い目でカミーユを見た。

 

「君、かなり遠慮がないな」

 

「思ったことを言っただけです」

 

 ヒルダが困ったように息子の肩へ手を置いた。

 

「カミーユ」

 

 けれど、カミーユの顔からは、さっきまでの硬さが少しだけ抜けていた。

 

 怒りは消えていない。

 

 父親への不信も残っている。

 

 それでも、目の前のガンダムのパイロットに噛みつく余裕が出た。

 

 アムロは、それで十分だと思った。

 

 逃げた者たちは、宇宙で捕まった。

 

 だが、残された者たちの中に生まれた傷は、まだどこにも収まっていなかった。

 

 

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