妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第224話 帰る場所を作る

 サイド7の外壁が、船窓の向こうに見えた。

 

 白い曲面に、港湾灯が点々と並んでいる。誘導灯は規則正しく瞬き、接舷アームの赤い表示がゆっくりと向きを変えていた。地球へ降りる前にも見た景色だったはずなのに、今は少し違って見えた。

 

 地球の空気を吸って戻ってくると、コロニーの空気は軽かった。

 

 湿気が少ない。匂いも少ない。けれど、帰還便の中だけはまだ別だった。ジャブローの地下で焼けた制御盤の匂い、消火剤の粉、濡れた布の湿り気、手動工具に付いた油。そういうものが、貨物ケースや服の袖にまだ残っていた。

 

 アムロは窓の外を見ながら言った。

 

「戻ってきたな」

 

 エドワウは端末から目を離さなかった。

 

「戻っただけだ。荷はまだ降ろしていない」

 

「本当に商会の人間だな」

 

「帰還報告より先に、積荷の確認が要る」

 

 アムロは軽く肩をすくめた。

 

 貨物区画には、使い終えた医療品の空箱、ジャブローで使った絶縁手袋、手動工具、装甲材試料の保冷ケース、避難者家族の名簿、地球支社へ残す引き継ぎ記録が積まれていた。兵器よりも、そういうものの方が場所を取っている。

 

 セイラが、少し離れた席から言った。

 

「兄さん、少しは休んだら?」

 

「休む前に、地球支社の引き継ぎを確認する」

 

「そう言うと思ったわ」

 

 ララァは窓際に立っていた。

 

 サイド7の外壁を見ているようで、少し違うものを見ている顔だった。地球から一緒に戻ってきた彼女の髪にも、まだ薄く湿気が残っている。

 

「ここは、地球より息が軽いわ」

 

 アムロが顔を向けた。

 

「コロニーだから?」

 

「それもあるけれど、戻ってきた人の声が多い」

 

 セイラが言った。

 

「疲れている人ばかりよ」

 

「でも、帰ってきた声でしょう?」

 

 ララァはそう言って、アムロを見た。

 

「アムロ、まだあの子のことを考えている」

 

 アムロは答えるまでに少し間を置いた。

 

「……今は言わなくていい」

 

 セイラがアムロを見る。

 

「あの子?」

 

「カミーユだよ」

 

 ララァは何も言わなかった。

 

 アムロはもう一度、窓の外を見た。サイド7は近づいている。地球で怒っていた少年も、もうすぐこの場所へ来る。

 

 ここが、あの子の怒りを閉じ込める場所にならなければいい。

 

 アムロはそう思った。

 

―――――

 

 帰還便が接舷すると、黒猫ルシファー・ロジスティックスの発着管理区画はすぐに騒がしくなった。

 

 台車が並び、貨物管理班が色の違うタグを箱に付けていく。赤は医療品。青は研究試料。黄色は避難者関連書類。黒い線が入ったタグは、取り扱い注意の機材だった。

 

 発着表示には、地球便、サイド7内輸送便、月方面連絡便が並んでいる。

 

 エドワウは降りてすぐ、管制卓の前に立った。

 

 ララァも、セイラも、アムロも一緒に降りた。サイド7は黒猫側の管理圏だ。黒猫の職員たちは、ララァの姿を見ても余計な視線を向けなかった。忙しいということもある。だが、それ以上に、ここでは彼女が黒猫側の人間として扱われていた。

 

 管制員が報告する。

 

「地球支社、ダカール港湾区の仮事務所で業務継続中です。ジャブロー復旧向け医療品、食糧、手動工具の搬入は本日二便」

 

「避難者家族は?」

 

「サイド7受け入れ分、第一便に同乗しています。ヒルダ・ビダン氏、カミーユ・ビダン氏も含まれています」

 

 セイラが顔を上げた。

 

「カミーユ君も来るのね」

 

 アムロは短く頷いた。

 

「あの子には、地球に残るよりいいかもしれない」

 

 エドワウは、表示された名簿を見た。

 

「残る場所ではなく、選べる場所を渡す。そこを間違えないようにする」

 

 ララァが静かに言った。

 

「怒っている子にも、選ぶ場所はいるのね」

 

「そうだな」

 

 アムロはそう答えた。

 

 自分で言って、少しおじさん臭いと思った。だが今さら直せるものでもない。

 

 黒猫の職員が、保冷ケースを別の台車へ移した。月方面便へ乗せる材料試料だ。地球での戦闘が終わっても、地球から上がってくる荷は減らなかった。むしろ増えている。

 

 エドワウはその流れを見ていた。

 

 戦争が通った後には、人と物が残る。

 

 それを誰が運ぶかで、その後の形が変わる。

 

―――――

 

 避難者受け入れ区画は、発着管理区画よりも人の声が柔らかかった。

 

 受付卓には、仮住居カード、学校案内、医療チェック票、居住ブロックの地図が並べられている。地球から来た家族と、サイド7側の案内係が向き合い、名前を確認していた。

 

 ヒルダ・ビダンは、簡素な鞄を一つだけ持っていた。

 

 カミーユはその少し後ろに立っている。母親から離れすぎず、しかし甘えているようには見えない位置だった。周囲を見る目には警戒が残っている。

 

 受け入れ担当が端末を確認した。

 

「ヒルダ・ビダン様、カミーユ・ビダン様。仮住居はサイド7第三居住ブロックです」

 

「ありがとうございます」

 

 ヒルダは丁寧に頭を下げた。

 

 カミーユはカードを見て、すぐに口を開いた。

 

「また、誰かの都合で住む場所が決まるんですか」

 

 アムロが近づいた。

 

「気持ちは分かる。でも、ここは君を閉じ込める場所じゃない」

 

 カミーユはアムロを見た。

 

「あなたは、またおじさんみたいなことを言う」

 

「……今はそれを言う場面じゃない」

 

 セイラが小さく笑いそうになって、すぐに表情を戻した。

 

 ララァがカミーユを少し見て言った。

 

「怒っているのに、ちゃんとお母さんの近くにいるのね」

 

 カミーユの目が動いた。

 

「何ですか、それ」

 

「離れたくない人がいるなら、それでいいと思っただけ」

 

 カミーユは言い返そうとした。だが、横にいるヒルダを見て、口を閉じた。

 

 ヒルダの手が、鞄の持ち手を握っている。強く握りすぎて、指先が白くなっていた。

 

 セイラが言った。

 

「まず、荷物を置きましょう。話はそれからでも遅くないわ」

 

 ヒルダは頷いた。

 

 カミーユはまだ不満そうだったが、母のそばを離れなかった。

 

―――――

 

 黒猫サイド7支社の会議卓は、応接用ではなかった。

 

 机の表面には細かい傷があり、端末のケーブルが何本も這っている。壁面には、サイド7研究区画の配置図、アナハイムの材料試験設備一覧、月面試験炉の使用枠、装甲材サンプルの輸送予定表が表示されていた。

 

 ヒルダは椅子に座っていた。

 

 カミーユはその横に立っている。座るように言われても、まだ座らない。

 

 エドワウは、資料を一枚だけ卓上へ置いた。

 

「ヒルダ・ビダンさん。あなたは、保護されるだけの方ではありません」

 

 ヒルダは目を上げる。

 

「今の私に、できる仕事があるのでしょうか」

 

「材料工学の専門家です。耐熱複合材、軽量構造材、衝撃吸収材、炉周辺素材。あなたの経歴を確認しました」

 

 カミーユがすぐに反応した。

 

「母さんまで、機械の方へ行くんですか」

 

 ヒルダは息子を見た。

 

 その声には、夫へ向けられた怒りが混じっていた。だが、今ここでそれを叱る気にはなれなかった。

 

「私は、あなたを置いていかないわ」

 

 カミーユは黙った。

 

 その一言で十分だったのかどうかは分からない。けれど、少なくとも彼はそれ以上言い返さなかった。

 

 エドワウが続ける。

 

「月へ行く方法もあります。ですが、今のカミーユ君を月の工場都市へ移すより、サイド7で生活を立て直した方がいい」

 

「サイド7で、研究を?」

 

「黒猫ルシファー・ロジスティックスが研究区画を用意します。アナハイム・エレクトロニクス社には、材料試験設備と研究員を出してもらう。あなたには、新しい装甲材の研究を続けていただきたい」

 

 ヒルダは資料を見た。

 

 そこには、単なる避難者受け入れではなく、研究者としての席が用意されていた。使う装置、試料の輸送予定、月面設備とのデータ交換、サイド7での居住区。全部が具体的に書かれている。

 

「私は、夫の研究から離れたいのかもしれません」

 

 エドワウは頷いた。

 

「なら、離れればいい。モビルドールでもバーザムでもなく、人を守る装甲を作ってください」

 

 ヒルダは、その言葉をすぐには返さなかった。

 

 夫は資料を抱えて逃げた。

 

 自分は息子を抱えて残った。

 

 それが答えだったのかもしれない。

 

 ララァが小さく言った。

 

「人を守るものなら、カミーユも嫌いにならないかもしれない」

 

 カミーユはララァを見る。

 

「勝手に決めないでください」

 

「決めていないわ。そうだったらいいと思っただけ」

 

 カミーユは顔をそむけた。

 

 アムロはその横顔を見ていた。

 

 怒りは消えていない。

 

 だが、母親が自分を置いていくわけではないことだけは、彼の中に届いたように見えた。

 

―――――

 

 サイド7の学校案内区画は、まだ新しい匂いがした。

 

 壁には居住ブロックごとの色分け表示があり、端末の上には学校登録、健康診断、居住者カードの案内が出ている。子どもたちの声が廊下の先から聞こえていた。

 

 学校案内担当は、別の家族に対応していた。

 

 そのため、近くにいた少女が、カミーユたちの方へ歩いてきた。

 

 髪を後ろでまとめ、手には案内用の小型端末を持っている。遠慮のない目をしていた。

 

「あなたがカミーユ?」

 

 カミーユは少し身構えた。

 

「そうだけど」

 

「変な名前ね」

 

 カミーユの眉が動く。

 

「女みたいな名前だって言いたいのか」

 

 少女は目を丸くした。

 

「そこまでは言ってないでしょ。先に怒らないでよ」

 

 アムロが横で顔をしかめた。

 

「君たち、初対面だよな」

 

 少女は頷いた。

 

「はい」

 

 カミーユが言う。

 

「向こうが先に変なことを言ったんです」

 

「変って言っただけよ」

 

 ララァが少し笑った。

 

「仲良くなりそうね」

 

 カミーユと少女が同時にララァを見た。

 

「どこがですか」

 

「私もそうは思わない」

 

 アムロは深く息を吐いた。

 

「……先が思いやられるな」

 

 ヒルダは困ったようにしていたが、目元だけが少し緩んでいた。

 

 カミーユは怒っている。

 

 けれど、今の怒りはさっきまでのものと少し違っていた。父に向けることもできず、胸の奥に固まっていた怒りではない。目の前の同年代に、すぐ返せる程度の怒りだった。

 

 少女は端末を指した。

 

「私はファ・ユイリィ。学校案内なら手伝えるわ。怒らないならね」

 

「怒らせることを言わなければね」

 

「じゃあ、半分くらい無理かも」

 

 カミーユはまた言い返そうとして、やめた。

 

 アムロはその様子を見て、少しだけ安心した。

 

―――――

 

 物流管制室の壁面モニターには、線がいくつも走っていた。

 

 地球、サイド7、月、サイド3、アナハイム関連拠点。医療品、食糧、復旧資材、避難者、技術者家族、材料試料、モビルワーカー部品。それぞれが別の色で表示されている。

 

 管制員が言った。

 

「月方面、アナハイム試験設備への材料サンプル輸送、週二便で仮設定しました」

 

 エドワウは頷く。

 

「人を月へ送るのではなく、試料とデータを往復させる。研究拠点はサイド7だ」

 

 アムロが言った。

 

「また荷物か」

 

「戦争よりはましだ」

 

 セイラはモニターを見ながら言った。

 

「でも、便が増えすぎると現場が壊れるわ」

 

「だから現地支社を置いた。地球、サイド7、月。それぞれに荷を受ける場所を作る」

 

 ララァが、表示される線を見上げた。

 

「荷物が増えると、人も増えるのね」

 

「そうだ。荷だけを運ぶわけではない」

 

 アムロは腕を組んだ。

 

「地球とコロニーと月か。忙しくなるな」

 

「忙しくしなければ、また軍が人を運ぶ」

 

「それは困る」

 

 エドワウはモニターの線を見ていた。

 

 軍が人を運ぶ時、人は命令で動く。

 

 黒猫が運ぶ時、人には行き先を選ばせたい。

 

 それは綺麗な理想ではなかった。現実には、名簿も制限も優先順位もある。それでも、軍の車両で置いていかれるよりはいい。

 

 エドワウはそう考えていた。

 

―――――

 

 発着管理区画の端末前に、ミライ・ヤシマが立っていた。

 

 地球便、避難者輸送、医療品、材料試料。画面には、まだ処理されていない項目がいくつも残っている。目元には疲れがあったが、声は落ち着いていた。係員へ短く指示を出し、次の便の積み替え時刻を確認している。

 

 エドワウが近づくと、ミライは顔を上げた。

 

「戻ったのね」

 

「ああ、遅くなってすまなかった」

 

「少し、ではないわ」

 

「分かっている」

 

 ミライは小さく息を吐いた。

 

 怒っているわけではない。心配していたことを、そのまま言わずに置いている顔だった。

 

「セイラもアムロさんも?」

 

「無事だ。疲れてはいるが」

 

 ミライはセイラとアムロを見て、それからララァへ視線を移した。

 

「ララァも、無事でよかったわ」

 

「ただいま、ミライ」

 

「おかえりなさい」

 

 ララァは少し首を傾けた。

 

「待っていた人の声ね」

 

 セイラが小さく言った。

 

「ララァ」

 

「言わない方がよかった?」

 

 アムロが横から答える。

 

「たぶんね」

 

 ミライは少し笑った。

 

「大丈夫。待っていたのは本当だから」

 

 エドワウはしばらく黙った。

 

 その沈黙を、ミライは責めなかった。

 

 端末の横に薄い封筒が置かれていた。

 

 エドワウは、それが何かすぐに分かった。

 

「今日、行けますか」

 

「ええ。次の便まで四十分あるわ」

 

「四十分で済みますか」

 

「済ませるの。先延ばしにすると、また誰かが別の荷物を持ってくるもの」

 

 エドワウは少しだけ笑った。

 

「黒猫の言い方になってきましたね」

 

「あなたのせいよ」

 

「光栄です」

 

「褒めていません」

 

 アムロが聞いた。

 

「どこへ?」

 

 セイラがアムロを見る。

 

「籍を入れに行くのよ」

 

「今?」

 

 ミライは封筒を手に取った。

 

「今でないと、また先になります」

 

 ララァが不思議そうに聞く。

 

「式はしないの?」

 

 ミライは首を振った。

 

「式はまだ無理ね。呼べない人も、整える場所も、片づける仕事も多すぎるもの」

 

 エドワウが言った。

 

「籍と式は別だ」

 

「そういうものなのね」

 

 セイラが静かに頷いた。

 

「そういうものよ」

 

―――――

 

 サイド7の行政窓口は、特別な場所ではなかった。

 

 居住登録、転居申請、配給口座の変更、婚姻登録。どれも同じ区画で処理されていた。端末の前には、子どもを連れた家族、作業服のまま来た技術者、荷物を抱えた住民が並んでいる。

 

 エドワウとミライは、その列に並んだ。

 

 式ではない。

 

 祝宴でもない。

 

 婚約していた二人が、戦争と救助と物流で後ろへずれていた手続きを、ようやく前へ進めるだけだった。

 

 それでも、ミライは封筒を持つ指に少しだけ力を入れた。

 

 署名する前に、亡き父なら何と言っただろうかと一瞬だけ考えた。

 

 よく考えたのか。

 

 きっと、そう聞いただろう。

 

 ミライは心の中で答えた。

 

 考えました。

 

 これは、私が選びます。

 

 窓口職員が端末を確認し、二人へ署名欄を示した。

 

 ミライが先に書いた。

 

 エドワウがその隣に署名した。

 

 手続きは、驚くほど静かに終わった。

 

 大きな言葉はなかった。二人は控えめに視線を合わせる。ミライが封筒をしまう。

 

 エドワウが言った。

 

「待たせた」

 

「ええ」

 

 少し間があった。

 

「だから、これからは簡単に置いていかないで」

 

 エドワウはミライを見た。

 

「約束する」

 

「それなら、受け取ります」

 

 ララァが小さく微笑んだ。

 

 アムロは照れくさそうに視線を外していた。セイラは二人を静かに見ている。兄に帰る場所ができたことを、すぐに言葉にはしなかった。

 

―――――

 

 発着区画へ戻る通路で、セイラが聞いた。

 

「出したの?」

 

 ミライが答える。

 

「ええ。さっき」

 

「兄さん、ちゃんと窓口まで行った?」

 

 エドワウが少し眉を上げる。

 

「私は子どもではない」

 

「大事なことほど後回しにするから」

 

 ミライが静かに言った。

 

「そこは、これから私が見ています」

 

 セイラは少し笑った。

 

「お願いします」

 

 ララァがミライを見る。

 

「ミライは、エドワウを見張る人になるの?」

 

「見張るだけではないわ。隣で同じものを見るの」

 

「それなら、いいわ」

 

 アムロが言った。

 

「おめでとう、でいいのかな」

 

 ミライは頷いた。

 

「ありがとう、でいいと思います」

 

 エドワウが言う。

 

「式はまだだ」

 

「籍と式は別か」

 

「ええ。今は式より便の方が多いもの」

 

 アムロはミライを見た。

 

「黒猫の言い方だな」

 

 エドワウが答える。

 

「彼女はもう黒猫側だ」

 

 ミライは少し目を細めた。

 

「便利な時だけそう言わないで」

 

 ララァはそれを聞いて、楽しそうに笑った。

 

―――――

 

 夜の発着区画では、地球便と月方面便の表示が交互に変わっていた。

 

 地球からは、復旧資材と技術者家族が来る。

 

 サイド7からは、医療品、食糧、モビルワーカー部品が降りる。

 

 月へは、材料試料と試験データが行く。

 

 アナハイムの設備も、人員も、資金も、これからサイド7へ流れ込んでくる。

 

 少し離れた場所で、ヒルダが研究区画担当と話していた。手には資料を持っている。避難者の顔ではなく、研究者の顔になり始めていた。

 

 その向こうで、カミーユがファに何か言い返している。ファは負けずに言い返し、カミーユはまたむきになった。ヒルダが振り返り、困ったように笑った。

 

 ララァはそれを見て、少し嬉しそうにした。

 

「怒っている子、少し元気になったわ」

 

 アムロが答える。

 

「元気すぎる気もする」

 

 セイラも同じ方向を見た。

 

「でも、あのくらいの方がいいのかもしれないわ」

 

 ミライは到着便の予定を確認しながら、エドワウの隣に立っていた。

 

 アムロが言う。

 

「サイド7も、ずいぶん賑やかになったな」

 

 エドワウは発着表示を見た。

 

「これからもっと増える。地球からの復旧物資、技術者家族、月への材料試料、アナハイムの設備、人員、資金」

 

「忙しくなるな」

 

「忙しくしなければ、また軍が人を運ぶ」

 

 ミライが言った。

 

「なら、黒猫が運ぶのね」

 

「そういうことです」

 

 セイラが横から言った。

 

「兄さん、少し休むことも運んでくれる?」

 

「それは積荷目録にない」

 

 ミライがすぐに言う。

 

「追加しておきます」

 

 アムロが頷いた。

 

「いい判断だ」

 

 ララァがエドワウに聞いた。

 

「休む場所も、荷物みたいに運べる?」

 

 エドワウは少し考えてから答えた。

 

「場所は運べない。だが、作ることはできる」

 

「なら、ここは作っている途中なのね」

 

 エドワウはサイド7の発着区画を見た。

 

 地球では、まだ煙が上がっている。

 

 月では、試験炉が次の材料を待っている。

 

 サイド7では、新しい住民の名札が一枚ずつ増えていく。

 

 黒猫の便は、そのあいだを行き来する。戦争が壊した流れを、別の流れに作り替えるために。

 

 サイド7は、もうただの避難先ではなかった。

 

 誰かが戻り、誰かが働き、誰かが怒りながら学校へ行く場所になり始めていた。

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