サイド3総帥府の一室に、軍議には似合わない機材が並んでいた。
艦隊配置図ではない。
戦術投影盤でもない。
照明。
集音マイク。
黒い背景布。
そして、通信画面の上には大きな文字が浮かんでいた。
『スペシャル対談 ギレン・ザビ総帥に聞く、戦争・国家・インフレ・株価』
ギレン・ザビは、その文字列を見ても表情を変えなかった。
変えなかったが、周囲の者には分かった。
総帥は、かなり不快だった。
セシリア・アイリーンが、端末を抱えて控えている。
「総帥。民間向け広報としては、かなり有効かと。戦後の経済政策、復興需要、物流政策を直接説明できます」
「なぜ相手がこの男なのだ」
通信画面の向こうで、Kアサクラが満面の笑みを浮かべていた。
机の上には紙の資料、株価チャート、金利推移表、そして湯呑みが置かれている。
『いやあ、総帥。今日はありがとうございます。視聴者さん、これは宇宙世紀最大級のトップインタビューですよ。絶対に最後まで見てください。途中で重要な話が出ます』
ギレンは椅子に座った。
「始めろ」
セシリアが小さく合図を出す。
録画灯が赤く点いた。
Kアサクラは、両手を机の上で組んだ。
『では、まず最初に聞きたいんですが、総帥。戦争と株価、これはどう見ていますか?』
「質問が大きすぎる」
『そこを大きく答えてくださいよ。視聴者はそこが聞きたいんです。戦争は買いなのか、売りなのか』
セシリアの眉がわずかに動いた。
ギレンは、しばらくKアサクラを見ていた。
「戦争そのものは、買いでも売りでもない。破壊だ」
『おお』
「だが、破壊の後に必要となるものは決まっている。食糧。医療品。輸送。修理部材。空調。水。住宅。教育。これらを供給できる者は、戦争の前よりも重くなる」
Kアサクラは、すぐに紙へ何かを書き込んだ。
『つまり、復興関連。インフラ。物流。素材。生活必需品』
「そう言ってもよい」
『総帥、すごくまともなことを言っていますね』
「失礼な男だな」
『いや、もっとこう、巨大艦隊とか主力戦略とか、選民思想の話から入るのかと思いまして』
「艦隊は空腹に勝てん」
Kアサクラの手が止まった。
セシリアも、一瞬だけギレンを見た。
ギレンは続けた。
「兵士は食う。民も食う。工場は電力を食う。港は部品を食う。都市は水を食う。思想は配給表の代わりにならん」
Kアサクラの顔がぱっと明るくなった。
『出ましたね。思想は配給表の代わりにならない。これは名言ですよ。切り抜き確定です』
「切るな」
『切ります』
「切るなと言っている」
『でも総帥、今のは強いです』
セシリアは、片手で額を押さえた。
ギレンは、深く息を吐く。
『では、インフレについて聞きます。戦争後、物価はどうなりますか?』
「上がる」
『即答ですね』
「供給が壊れ、需要が残る。上がらぬ理由がない」
『では、インフレで一番困るのは?』
「固定された収入で暮らす者だ。軍人、年金受給者、低所得層、補給を外部に依存するコロニー」
『逆に強いのは?』
「価格を転嫁できる者。資源を持つ者。輸送路を持つ者。決済を握る者。修理と交換部品を供給できる者」
Kアサクラは机を軽く叩いた。
『完全に相場の話です。総帥、投資家じゃないですか』
「国家運営の失敗は、投資の失敗より死者が多い」
『重いですね』
「軽く聞くな」
画面の端で、Kアサクラのスタッフらしき影が笑いをこらえていた。
その時だった。
セシリアの端末に来客通知が入った。
彼女は表示を確認し、ギレンへ視線を向けた。
「総帥。アサクラ大佐が到着されました」
「通せ」
扉が開いた。
ジオン軍の制服を着た男が入ってきた。
アサクラ大佐は、余計な飾りのない軍服を着ていた。痩せた体つきに、鋭い目をしている。前線の兵というより、前線へ送る人と物と金の流れを見続けてきた男の顔だった。
彼はギレンへ敬礼した。
「総帥。遅参いたしました」
「構わん。貴様の叔父が、先ほどから好き勝手に喋っている」
ギレンはそこで、わずかに目を細めた。
「……血縁か?」
アサクラ大佐は、通信画面のKアサクラを一度見た。
画面の向こうで、Kアサクラが湯呑みを持ったまま固まっている。
アサクラ大佐は、姿勢を正した。
「はい。父の弟です」
Kアサクラは、ゆっくり湯呑みを置いた。
『……お前なあ』
「はい」
『そこで父の弟とか言うな。配信中だぞ』
「総帥から問われましたので」
『そこは、親族です、くらいで濁すところだろう』
「総帥の御前で曖昧にする理由がありません」
ギレンは無表情のまま、二人を見比べた。
「なるほど。血は争えんな」
『総帥、そこは拾わなくていいところです』
「貴様が一番拾っている」
セシリアが、わずかに口元を押さえた。
アサクラ大佐は、画面の叔父へ向き直る。
「叔父上。ご無沙汰しております」
『だから叔父上はやめなさい。配信中だと言っているだろう』
「公の場であれば、Kアサクラ氏とお呼びすべきでしょう。しかし、総帥の御前で身内を知らぬ顔で済ませるのは、我が家の礼に反します」
『そういうところだよ。昔から真面目すぎるんだ、お前は』
「叔父上は、昔から軽すぎます」
『軽くない。視聴者に分かりやすくしているだけだ』
「それを軽いと言うのでは」
Kアサクラは、額を押さえた。
ギレンは、そのやり取りを見ていた。
面倒な血縁だ、と顔には出さなかった。
出さなかったが、セシリアにはたぶん分かった。
『ただし、ここは大事だから言っておきます。私の発言は投資助言ではありません。親族にジオン軍大佐がいるからといって、ジオン軍の公式見解でもありません』
アサクラ大佐は真顔で頷いた。
「それは確かに困ります」
『分かるじゃないか』
「しかし、叔父上の動画を兵站心理の教材として見ている者は、我が部にもおります」
『もっと困る話を増やすな』
ギレンが低く言った。
「兵站心理、だと」
アサクラ大佐は姿勢を正した。
「はい。相場で人が焦る局面と、補給線が乱れた部隊が誤判断する局面には、似たところがあります。叔父上の動画は、その意味では使えます」
Kアサクラは、一瞬だけ嬉しそうな顔をした。
『使える?』
「はい。話半分に聞けば」
『お前、本当に身内に厳しいな』
「叔父上の話を全部真に受ける兵は、前線に出せません」
Kアサクラは黙った。
ギレンは、その沈黙を見て、わずかに口元を動かした。
「正しい評価だ」
『総帥まで』
アサクラ大佐は、画面の叔父へ軽く頭を下げた。
「ですが、叔父上。戦後の市場を見る目は、参考にしております」
Kアサクラの表情が、少しだけ変わった。
配信者の笑顔ではなく、身内を見る叔父の顔になった。
『……そうか』
「はい」
『なら、ひとつだけ覚えておきなさい』
「何でしょうか」
『勝った後ほど、人は自分が賢くなったと勘違いする。軍も、相場も、そこから崩れる』
アサクラ大佐は、しばらく黙っていた。
それから、静かに頭を下げた。
「肝に銘じます」
ギレンは、画面のKアサクラを見た。
「今のは使える」
Kアサクラは、すぐにいつもの笑顔へ戻った。
『でしょう? 切り抜きます?』
「切るな」
『使えるって言ったじゃないですか』
「軍務に使えると言った。広報素材にしろとは言っていない」
アサクラ大佐が、叔父を見た。
「叔父上。総帥の御前です」
『分かったよ。黙るよ』
Kアサクラは両手を上げた。
セシリアは、録画データの該当箇所に静かに印を付けた。
ギレンはそれを見ていた。
「セシリア」
「はい」
「印を付けるな」
「確認用です」
「公開用ではないな」
「努力します」
ギレンは、深く息を吐いた。
Kアサクラが画面の向こうで小声で言った。
『その“努力します”は、公開されるやつですね』
アサクラ大佐が、静かに叔父を見た。
「叔父上」
『はい』
「黙るとおっしゃいました」
『……はい』
今度こそ、Kアサクラは黙った。
沈黙は、三秒ほど続いた。
Kアサクラにしては、長い方だった。
ギレンが話を戻す。
「戦後に伸びる企業の条件は三つだ」
Kアサクラは、黙ると言ったばかりなのに、反射的に前のめりになった。
だが、アサクラ大佐の視線を受けて、口を閉じた。
ギレンは続ける。
「一つ。必要な物を作っていること。二つ。値上げしても買われること。三つ。供給が途切れないこと」
Kアサクラは、黙ったまま大きく頷いた。
アサクラ大佐も、真剣に聞いている。
「逆に、見かけだけのテーマは最初に上がり、最初に崩れる。補給のない突撃が、最初だけ派手なのと同じだ」
Kアサクラが、どうしても我慢できなくなった顔をした。
『総帥』
アサクラ大佐がすぐに見る。
Kアサクラは両手を上げた。
『一言だけ。一言だけです』
「何だ」
『今の、株でも本当にそうです』
「ならば聞くまでもない」
『でも、総帥の口から聞くことに価値があるんですよ』
「私の口を何だと思っている」
『視聴率です』
セシリアが咳払いをした。
アサクラ大佐は目を閉じた。
ギレンは、ほんのわずかに目を細める。
「貴様は正直だな」
『よく言われます』
「褒めてはいない」
『分かっています』
アサクラ大佐は低く言った。
「叔父上」
『はい。黙ります』
Kアサクラは、また黙った。
今度は五秒もった。
セシリアは録画時間を確認した。
これは、予定より長い。
だが、民間向け広報としては、妙に強い素材になっている。
問題は、強すぎる素材は爆発することだった。
ギレンは、最後の質問を促した。
Kアサクラは姿勢を正す。
『では最後に、個人投資家へ一言お願いします』
「個人投資家とは、自分の金で株や債券を買う者たちだったな」
『はい』
「ならば、自分で損をする者たちか」
『言い方』
「違うのか」
『間違ってはいませんが、もう少し優しく』
ギレンは少し考えた。
その沈黙のあいだ、Kアサクラもアサクラ大佐も、セシリアも黙っていた。
「自分の金を動かす者は、まず自分が何に耐えられないかを知れ」
『耐えられないもの、ですか』
「値下がりか。時間か。退屈か。他人が儲けることか。焦りか。恐怖か。自分が耐えられぬものを知らずに金を動かす者は、戦場で地図を持たずに歩く兵と同じだ」
Kアサクラは、しばらく黙っていた。
アサクラ大佐も、何も言わなかった。
やがてKアサクラが、深く頷いた。
『総帥。それは本当に大事です』
「ならば覚えておけ」
『視聴者さん、今のところ二十回見てください』
「一回で足りる」
『足りません』
「なぜだ」
『人間はすぐ忘れるからです』
ギレンは、少しだけ目を細めた。
「それは、正しい」
セシリアが録画終了の合図を出した。
赤い灯が消える。
Kアサクラは画面の向こうで頭を下げた。
『総帥、本日はありがとうございました。いやあ、これは伸びますよ』
「伸びなくていい」
『伸びます』
「伸ばすな」
『無理です』
アサクラ大佐が、通信画面へ向かって静かに頭を下げた。
「叔父上。お元気そうで安心しました」
Kアサクラは、ほんの少しだけ表情を柔らかくした。
『お前もな。無茶はするなよ』
「軍人ですので」
『そういう返しが一番心配なんだよ』
アサクラ大佐は、答えなかった。
ただ、少しだけ頭を下げた。
通信が切れた。
部屋に静けさが戻った。
ギレンは椅子から立ち上がり、セシリアを見た。
「公開前に確認する」
「もちろんです」
「切り抜きは禁止だ」
セシリアは一瞬だけ黙った。
「努力します」
「努力では足りん」
「では、交渉します」
ギレンは、深く息を吐いた。
「なぜ私は、戦後処理より面倒なものに巻き込まれている」
セシリアは端末を閉じた。
「民衆向け広報です」
「戦争より厄介だな」
「はい」
そこだけは、セシリアも否定しなかった。
数時間後。
公開された動画の冒頭には、Kアサクラの満面の笑みと、ギレンの無表情が並んでいた。
タイトルはこうだった。
『ギレン・ザビ総帥に聞く! 戦争後に伸びる資産、沈む資産』
その下に、小さく注意書きがあった。
『この動画は投資助言ではありません』
さらにその下に、視聴者コメントが流れていた。
『思想は配給表の代わりにならない、強すぎる』
『総帥、テーマ株に厳しい』
『国家運営とポートフォリオ管理の話になってて草』
『Kアサクラ、総帥相手でも通常運転』
『アサクラ大佐、まさかの親族登場』
『父の弟です、で全部バラす大佐すき』
『叔父上黙ってくださいは草』
『勝った後ほど人は賢くなったと勘違いする、これ刺さる』
『ギレン、切り抜き禁止って言ってるのにもう切り抜かれてる』
サイド3総帥府の別室で、それを見ていたキシリアは、静かに笑った。
「兄上、ずいぶん人気者ね」
ギレンは画面を見ない。
「消せ」
「もう遅いわ」
「なぜだ」
「黒猫便より速く広まっているもの」
ギレンは、しばらく黙った。
それから、低く言った。
「広報とは、兵站より始末が悪い」
キシリアは楽しそうに答えた。
「今ごろ気づいたの、兄上」