妹に撃たれない方法   作:Brooks

28 / 226
第28話 弔いのあとに残る声

 

ドズルの病室は、本人の気分に対して少し静かすぎた。

 

静かすぎる部屋というものは、そこに寝かされている人間を必要以上に病人らしく見せる。白い壁、薬品の薄い匂い、一定の間隔で鳴る計測音。傷のある人間は傷のある人間として扱えばよく、空気まで病に寄せる必要はないと私は思うのだが、医療区画というものは昔からそのあたりが融通の利かない場所だった。

 

ドズルは上体を起こしていた。起こしているというより、起きていろと身体が命じているように見えた。左肩から上腕にかけて包帯。首筋には熱の痕が残り、顔の左側、頬からこめかみにかけて走る傷はまだ赤黒い。見慣れた傷だった。前世で見たのと同じ場所に、同じ印象で残るだろう傷だ。結局そうなるのか、と私は少しだけ思った。違う道を通っても、人間はときどき同じ顔へ戻る。

 

病室の前にはガルマがいた。

 

両手で小さな包みを抱えている。見舞いの菓子か果物か、そういうものだろう。持ち方が少しぎこちない。子どもは何か大事なものを持つ時、必要以上に両腕を使う。落とさないためというより、自分がちゃんと大事にしている側だと確認したいのだ。

 

「入らないのか」と私が言うと、ガルマははっとしたように振り向いた。

 

「ギレン兄上」

 

「そこに立っていても傷は治らん」

 

「はい……その、入ります」

 

声は素直だ。だが病室の中を一度見て、また少しだけ足が止まる。包帯と、顔の傷が見えているのだろう。子どもは、見た瞬間にどう驚けばよいか少し迷う。そこが大人と違う。驚かないふりがまだうまくない。

 

私は扉を開けた。

 

「見舞いだ」とだけ言って中へ入る。

 

ドズルは顔を上げ、私の後ろのガルマを見て、それから少しだけ口元を緩めた。

 

「おう。お前も来たのか」

 

ガルマは背筋を伸ばした。 「はい、ドズル兄上。お加減は、もう起きておられても大丈夫なのですか」

 

よい聞き方だった。痛いのかとは言わない。大丈夫ですかとも少し違う。見えているものをどう言えば失礼にならず、かつ心配も伝わるか、子どもなりに考えている。幼いが、兄に対しては礼を崩さない。そこがガルマだ。

 

ドズルは鼻を鳴らした。 「寝てろ寝てろとうるさいだけだ。別に動けんことはない」

 

「ですが、その、お顔も……」

 

そこでガルマは少しだけ言葉に詰まった。目が傷に行って、すぐに逸れる。見てはいけないと思っているわけではない。ただ、見たこと自体を相手にどう伝えるかで迷っている。

 

「医師の方が、ちゃんと休まないといけないと仰るのではありませんか」

 

ドズルが笑った。笑うと傷が引きつるらしく、すぐに少しだけ眉をひそめる。

 

「お前、心配してんだか説教してんだか、わからんな」

 

「心配しております」

 

まっすぐだった。子どもというのは、こういう時だけ無駄に正しい。

 

ガルマは包みを差し出した。 「お見舞いに持ってまいりました。召し上がれるようでしたら」

 

ドズルは左手を動かしかけ、包帯に引かれて舌打ちした。右手で受け直す。そういう不器用さが、今日は少しだけ病人らしかった。

 

「ありがとな」

 

「お役に立てばよいのですが」

 

「立つ。たぶん」

 

「たぶん、ですか」

 

ドズルがまた笑う。今度は小さい。 「あんまり病人扱いされると腹が立つだけだ」

 

「では、あまり病人扱いしないようにいたします」

 

「お前はたまに妙なところで賢いな」

 

ガルマは少しだけ胸を張った。褒められたのか、からかわれたのか、半分くらいしかわかっていない顔だ。だがそれでよかった。

 

私は足元に立ったまま、ドズルの顔を見た。 「傷は残る」

 

ドズルは少しだけ黙った。 「らしいな」

 

「困るか」

 

「別に」

 

別に、の中に少しだけ考えた気配はあった。顔の傷は人間の印象を変える。戦場なら箔になる。議会なら威圧になる。家庭では、ガルマのような子どもが一瞬だけ黙る程度の変化だ。いずれにせよ、以前と同じ顔ではなくなる。

 

ガルマが小さく言った。 「でも、ドズル兄上だと、すぐわかります」

 

ドズルは目を瞬いた。 「何だそりゃ」

 

「……ドズル兄上だからです」

 

説明になっていない。だが子どもの言葉というのは、時々説明より先に要点へ届く。傷があっても兄だとわかる。それで十分なのだろう。

 

私はそれ以上、病室に長くいる意味はないと思った。病人と見舞いと子どもには、それだけで完結する時間がある。政治はそこへ長居しない方がよい。

 

「夕刻に慰霊祭をやる」と私は言った。 「出るなら短時間だけにしろ」

 

ドズルはすぐに顔をしかめた。 「出るに決まってるだろ」

 

「医師は止める」

 

「医者はいつも止める」

 

「お前はいつも無視する」

 

「兄貴はいつも嫌な言い方をする」

 

「正しい言い方だ」

 

ガルマが二人の間を交互に見た。 「その……お二人は、喧嘩ではありませんよね」

 

「違う」と私は言った。 「違う」とドズルも言った。

 

それでガルマは安心したようだった。兄たちの声が少し強くなるだけで、子どもには十分喧嘩に見えるのだろう。

 

病室を出ると、セシリアが廊下の端で待っていた。手には慰霊祭の進行表と短い弔辞の草案。彼女は私の顔を一度見て、それから何も言わず歩き出した。仕事へ戻る時の歩調を知っている女は便利だ。

 

「ドズル閣下は出席を?」とセシリアが言った。

 

「する」

 

「止めますか」

 

「止めても出る」

 

「そうでしょうね」

 

その一言に少しだけ笑いそうになった。セシリアは感想を短く言う時ほど正しい。

 

慰霊祭は、食糧プラントに近い集会棟で行われた。

 

黒布で覆われた壇。二十の名札。名札の前に置かれた白い花。棺はすべて揃ってはいない。宇宙施設の事故で死んだ者は、身体の形すらきれいに残らないことがある。だからこの種の弔いでは、棺より名前の方が重い。名札だけが先にそこへ置かれ、その名を家族が見つめる。

 

泣き声は大きくない。むしろ小さい。大きく泣けるのは、まだ自分の中で現実になりきっていない時だけだ。本当に現実になると、人は少しだけ黙る。

 

父は前列に座っていた。顔は動かさない。だが目だけが、名札を一つずつ見ている。あの人は情を外へ出しすぎない。だが、重さを量る時はだいたい正確だ。ガルマはその隣で、今日は妙に静かだった。棺より名札を見ている。名前の方が、まだ子どもにも現実味があるのだろう。

 

ドズルは包帯姿のまま後ろ寄りに立っていた。医師は最後まで反対したらしいが、結局負けた。肩から上腕に白い包帯。顔の左に新しい傷。人前に出るには十分に痛々しい。だが立っている。そこが重要だった。

 

視線は自然に彼へ集まる。

 

現場で血を流しながら人を引きずり出した男。それを知っている者にとって、あの傷はただの怪我ではない。ザビ家への悪意を少しだけ鈍らせる傷だ。代わりに、ドズル個人への信頼を生む傷でもある。

 

私は壇の前に立ち、並ぶ名を見た。

 

前世なら、ここにもっと多くの名が並んでいた。今世では二十。十分だ。十分に重く、十分に使える。

 

口に出す必要はない。だが頭の中ではそう整理される。感傷で国家は動かない。むしろ感傷は、使える形に整えられて初めて意味を持つ。

 

私は短く話した。

 

「本日、ここに名を置かれた者たちは、連邦の怠慢によって死んだ」

 

最初にそう言った時、会場の空気が少しだけ硬くなった。泣いていた者が顔を上げる。怒りは、悲しみより少し遅れて形を持つ。

 

「警告を出す責任を持つ者が、警告を遅らせた。守る権限を持つ者が、守れなかった。その結果、この二十名が死んだ」

 

誰も声を上げない。だが沈黙の質が変わる。慰霊の場から、原因を問う場へ、ほんの少しだけ傾く。

 

「だが我々は、名を読むだけで終わるつもりはない。彼らの死を、次の怠慢の前払いにはさせない」

 

それだけ言って下がった。

 

十分だった。今日は慰霊祭だ。演説の場ではない。長く語るべきは議会であって、ここではない。だが責任の線だけは先に引く。そうしておけば、泣く者の沈黙の中に怒りの向きが生まれる。

 

式のあと、遺族の一部がドズルに頭を下げた。

 

あの男は露骨に困った顔をした。傷のせいで、その顔が余計に不器用に見える。

 

「やめてくれ」とドズルは言った。 「助けられなかった奴もいる」

 

それは正しい。正しいし、政治的にも悪くない。完全な英雄になろうとしない者の方が、人は信用する。

 

ガルマはそのやり取りを少し離れたところから見ていた。私が近づくと、小さな声で言った。

 

「ドズル兄上、皆に頭を下げられていました」

 

「そうだな」

 

「変です」

 

「何がだ」

 

ガルマは少し考えた。子どもが言葉を選ぶ時の顔をしている。 「兄上は、助けた方なのに。助けたのに、ありがとうと言われると、あまり……その、嬉しそうではありませんでした」

 

私は少しだけ答えに迷った。迷うのは珍しい。だが子どもに説明するには、少しだけ順番が要る。

 

「助けたから喜ぶ、というほど簡単ではないからだ」

 

「そういうものですか」

 

「そういうものだ」

 

ガルマは納得しきれない顔でうなずいた。わからなくていい。今は、兄の顔を覚えていれば十分だ。

 

その日の夕刻、街へ出た紙面にはこうあった。

 

自治当局広報

 

本日発生した食糧プラント第三農業ブロック損傷事故により、二十名が死亡、四十七名が重傷を負った。自治当局は直ちに区画封鎖、救助、搬送、系統保全を実施し、主備蓄および他ブロックの生産維持に成功した。

なお、連邦監視ステーションにおける接近物検知・警告送信の遅延が確認されており、自治当局は住民保護責任の観点から正式な説明を要求している。

また、現場においてドズル・ザビは負傷しつつも退避指揮を継続した。

 

もう一つの街頭紙は、もっと露骨だった。

 

連邦、またも住民保護に失敗

食糧プラント事故で二十名死亡

自治当局の即応と現場指揮で百人級被害を回避

ドズル・ザビ負傷

 

街角でその紙面を読む人間は、見出しだけでだいたい用を足す。本文まで読む者は半分もいない。だから見出しは重要だ。怒りは見出しで走る。理屈は本文で追いつく。

 

その夜までに、連邦側の反論も出た。

 

監視体制に重大な瑕疵は確認されていない。事故は不可抗力の範囲であり、自治当局による発表には政治的意図が含まれている可能性がある。

 

乾いていた。責任を負わない文章というものは、なぜああも水気がないのか。あれでは怒りの火を消すどころか、油を注ぐだけだ。

 

キシリアはその紙を机に放った。

 

「来たわよ」と彼女は言った。 「見苦しい言い逃れが」

 

私は紙を読み、笑いもしなかった。 「予想どおりだ」

 

「内部でこれを擁護しそうな議員も、だいたい見えてきた」

 

「切るか」

 

キシリアは少しだけ首を振った。 「今はまだ。泳がせる。議会の直前の方が効くもの」

 

そこがあの女らしい。すぐに切るように見えて、実際には切る順番をかなり気にする。

 

「ドズル人気を嫌っているのもいる」とキシリアは続けた。 「ザビ家の中で、現場の血を持つ男が立つのを面白く思わない連中」

 

「わかりやすい」

 

「そういう連中は使いやすいのよ」 キシリアは薄く笑った。 「自分で嫉妬して、自分で足を滑らせるから」

 

私は紙を畳んだ。ドズルは現場の信頼を取った。私は制度を取る。キシリアは足を引く者を見ている。役割としては悪くない。

 

「今度は言葉で仕留める番よ」とキシリアが言った。

 

「そうだな」

 

「あの事故で、もう器は夢じゃない」

 

それだけ言って、彼女は出ていった。

 

深夜、部屋には私と紙だけが残った。

 

事故報告。連邦の弁明。街頭紙。自治当局広報。ドズルの負傷報告。慰霊祭の記録。議会草案。

 

私は一番上の議会草案を取り、ペンを持った。

 

そこにはまだ、「統治責任の器」とだけ書かれている。弱い。弱くはないが、まだ名がない。名のない器は、議会でいつまでも仮のままだ。

 

私は一語を書き加えた。

 

公国。

 

紙の上にだけ、初めてその語が現れた。

 

まだ誰にも読ませない。まだ声にも出さない。だが、もう書いた。書いたものは、たいてい後戻りしない。

 

窓の外では、サイド3の人工夜が静かに回っていた。事故の煙はもう薄い。だが怒りの熱だけはまだ残っている。弔いは終わらない。だが弔いだけでも終われない。

 

名前の前に怒りがあり、怒りの前に死者がいた。国家というものは、たぶんそういう順番でしか立たない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。