妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第4話 青い書類、赤い警報

 

人は火薬で戦争を始めると思っている。

それは半分だけ正しい。

残り半分は、だいたい書類で始まる。

 

工廠の事故から二日後、私の机の上には、焼け焦げた隔壁の写真と、気密シール材の納入伝票が並んでいた。並べると、どちらも同じくらい嫌な顔をしていた。前者は露骨に嫌で、後者は礼儀正しく嫌だった。私は後者の方が苦手だ。露骨な敵意は処理しやすい。礼儀正しい敵意は、予算科を経由してやってくる。

 

コーヒーはひどくまずかった。

まずいコーヒーには二種類ある。淹れ方に失敗したものと、考えごとをしながら飲んでしまったものだ。この朝のそれは後者だった。

 

気密シール材の品番が、一か所だけ違っていた。

工廠の試験区画で使われるべき高耐圧型ではなく、民生搬送路向けの安価な代替品が一部で混ざっている。ふつうなら事故にならない。だが、加圧試験の瞬間には話が別だ。宇宙では、たいていの「大丈夫」は圧力差の前で敗北する。

 

つまり、あれは事故ではなかった。

少なくとも、ただの事故ではない。

 

ノックもそこそこにキシリアが入ってきた。

彼女はいつもと同じ白い手袋をしていた。あの手袋は清潔のためというより、「私は必要なら汚れるが、汚れを皮膚に残す趣味はない」という宣言みたいなものだ。

 

「兄上、まだその顔してるのね」

 

「どんな顔だ」

 

「“世界は結局、経理に滅ぼされる”と悟った顔」

 

「だいたい合っている」

 

彼女は机の前に立ち、伝票を一枚手に取った。

 

「見つけたの?」

 

「一つだけな。品番違いだ」

 

「たったそれだけ」

 

「宇宙は、たいてい“たったそれだけ”で穴が開く」

 

キシリアは伝票を光にかざした。

「納入承認の印が二重ね」

 

「見たか」

 

「ええ。しかも片方は、押した本人が何も考えていないときの印影」

 

「そんなものがあるのか」

 

「あるわ。人は嘘をつくとき、声色より先に手首が変わる」

 

私はそれを聞いて少し疲れた。

妹が優秀すぎると、世界は広がるより先に気が滅入る。

 

「そっちは」と私は訊いた。

 

彼女は自分の封筒を机に置いた。

中には三枚の顔写真が入っていた。工廠の搬送管理主任、保全部の補佐官、そして父の周辺で最近よく見かける中佐だった。

 

「どういう選び方だ」

 

「顔よ」

 

「雑だな」

 

「兄上は紙を見すぎる。私は人を見る。前回も、その前も、そのまた前も――少なくとも私の覚えている限り、だいたいそうだった」

 

私はその言葉の中の棘を無視した。

私たちはたまに、ループの残り香をまるで天気の話のように使う。慣れというのは恐ろしい。

 

「この三人が怪しい理由は」

 

「搬送管理主任は、事故の夜に一度だけ靴を磨いている。保全部補佐官は、部下が怪我をした報告で先に“責任所在”を訊いた。父の中佐は――」

 

「父の中佐は?」

 

「兄上より戦争を急いでいる顔をしている」

 

それは十分な理由に思えた。

人はだいたい、戦争を急ぎたがる者より、戦争を遅らせたがる者を信用しない。しかし私はもう、信用より寿命の方を優先する年齢に達していた。少なくとも精神年齢だけは。

 

「証拠は」

 

「まだない」

 

「そうだろうな」

 

「兄上は?」

 

「証拠になりそうなものはある」

 

「珍しいわね。少しは成長したのかしら」

 

「お前に撃たれてから、多少は」

 

「私も兄上に殺されてから少しは」

 

私たちはそこで会話を止めた。

この手の冗談は、家族以外の前では使えない。たぶん人事評価にも悪い。

 

---

 

午前中、私は事故現場の保存区画を見に行った。

工廠の焦げた匂いは二日経ってもまだ残っていた。焼けた樹脂と冷えた金属と、消火剤の粉っぽさ。あれは何かが壊れたあとにしか出ない種類の匂いで、いったん鼻が覚えるとなかなか抜けない。

 

現場にはランバ・ラルがいた。

彼は簡易封鎖線の前で、作業員と短く言葉を交わしていた。怒鳴らず、必要なことだけ言う。ああいうやり方は地味だが、兵はよく動く。

 

「閣下」と彼は言った。

 

「どうだ」

 

「現場の空気は悪くありません」

 

「事故の現場で、よくそんな言い方ができるな」

 

「人が死んでいないからです」

 

私は少しうなずいた。

その感覚は正しい。正しいが、軍人にしては少し上等すぎる。そういう男は長く生きるか、ひどく綺麗に死ぬかのどちらかだ。

 

彼は焼けた端材の一つを見せた。

「ここです。交換材だけ妙に脆い。しかも、前日の点検記録では“問題なし”になっている」

 

「点検者は」

 

「保全部の補佐官です。妹君の写真の中にもいた男ですよ」

 

私は眉を上げた。

「お前、キシリアと話したのか」

 

「先ほど廊下で。私に『あなたは筋肉だけでなく目も使う男ね』と」

 

「ほめられたな」

 

「少しも嬉しくありません」

 

それはもっともだった。

 

焼けた区画の奥で、事故のとき端末を抱えて出てきた技師が座っていた。包帯を巻いたまま、端末のデータ復旧に付き合わされている。技術者は怪我をしても、しばしば自分の機械の方を心配する。

 

「体は」と私が訊くと、

 

「大丈夫です」と彼は言った。「設備の方が大丈夫ではありません」

 

「正しい順番ではないが、気持ちはわかる」

 

私は彼から事情を聞いた。

事故直前、試験系統に一つだけメンテナンス許可が差し込まれている。通常なら試験中にそんなものは通らない。だが許可コードは正規のものだった。誰かが内部の承認系統を使って、わざと脆い部材を残したまま、試験を通した。

 

「つまり」と技師は言った。「現場にいた誰かより、現場にいない誰かの方が怪しいんです」

 

「技術者にしてはいい比喩だな」

 

「比喩じゃありません」

 

私はそれで少し笑った。

笑うべきではない場面ほど、人はときどき正確になる。

 

---

 

昼前に執務室へ戻ると、キシリアが人の椅子に座っていた。

もはや注意する気も起きなかった。人の椅子に平気で座る妹を矯正するのは、宇宙世紀全体を矯正するより難しい。

 

「顔の方はどうだ」と私は訊いた。

 

「紙より早かったわ」

 

「だろうな」

 

彼女は三枚の写真のうち一枚を机に滑らせた。

父の周辺で最近出入りの多い中佐――名をヘルベルト・ノイエンという。軍政局から工廠予算の調整名目で来ている男だった。

 

「この男、事故の翌朝に香水を変えてる」

 

「どうでもいい情報に聞こえる」

 

「いいえ。前のは重い香りで、今日は軽い。人は自分の匂いに、昨夜の記憶を混ぜたくないとき、香りを変える」

 

「お前は本当に嫌な才能を持っているな」

 

「ありがとう」

 

「誉めていない」

 

「知ってる」

 

私は伝票の束を彼女に見せた。

「この品番違い、承認経路を追うと二人で止まる。保全部補佐官と、このノイエン中佐だ」

 

「きれいすぎるわね」

 

「私もそう思う」

 

「ジンバ・ラルに罪を着せる写真まで出てきたでしょう?」

 

私は彼女を見た。

「知っていたのか」

 

「兄上、最近、私が知らないと思うことを本気で秘密にしなくなった」

 

それはたぶん、家族としては前進で、政治家としては後退だった。

 

キシリアは指先で机を軽く叩いた。

「ラル家は火を使うかもしれない。でも、あんなふうに帳簿を整えない。ジンバ・ラルは理想家すぎる。理想家は証拠の隠し方が雑よ。証拠がきれいに並ぶときは、だいたい理想じゃなく実務が動いてる」

 

「同感だ」

 

「兄上と意見が合うと気分が悪い」

 

「こちらもだ」

 

それでも私たちは同じ結論に着いた。

犯人はラル家に見せかけたい誰か。

そして戦争準備そのものを加速させたい内部の人間。

父の意向かはまだわからない。しかし父の周辺にいる、彼より少しだけ浅い男が勝手に忠義をこじらせた可能性は高かった。

 

宇宙にはそういう人間が多い。

大きな権力のそばで、自分がその延長だと思い込み、余計な火をつける連中だ。

 

「どうする」とキシリアが言った。

 

「釣る」

 

「いいわね」

 

「お前の顔写真と、私の書類の合作だ」

 

「最低の共同作業」

 

「家族向きだろう」

 

---

 

私たちは罠を仕掛けた。

 

試験区画Dで、三日後の夜に新しい圧力試験を再開する――そういう情報を流す。

だが、伝える時刻と経路を三種類に分けた。

 

保全部補佐官には、二十二時、北搬送路。

ノイエン中佐には、二十三時、東保守通路。

そしてラル家周辺にだけは、まったく別の時刻と、実際には使わない西回廊を、わざと遠回しに漏らした。

 

「小学生の意地悪みたいね」とキシリアは言った。

 

「歴史上の名だたる作戦の半分は、もっと程度が低い」

 

「兄上、そういう正直さは嫌いじゃないわ」

 

私はその発言を気づかなかったことにした。

妹に好意的な評価をされると、たいていあとでろくなことが起きない。

 

当日の夜、工廠は表向き平常運転だった。

だが実際には、試験区画の周囲にだけ、見えない緊張が張っていた。照明は抑えめで、警備は目立たず、だが必要な場所だけ人がいた。私は観測室の暗がりに立ち、キシリアは別系統の監視室にいた。顔を見ると不必要に口論しそうだったので、通信だけつないだ。

 

「兄上、聞こえる?」

 

「ああ」

 

「今ならまだ帰って寝られるわよ」

 

「お前こそ」

 

「残念だけど、今夜は誰かの人生を終わらせる匂いがしてる」

 

「香水は変えたか」

 

「もちろん」

 

私は少し笑った。

現場で笑うのはあまり上品ではないが、家族経営の罠にはそのくらいの品のなさが合う。

 

二十二時を過ぎても北搬送路には何も起きなかった。

二十二時半、保全部補佐官が自分の部署で部下を怒鳴っている記録が上がった。演技だとしても上手い。少なくとも今夜の主役ではない。

 

二十三時五分、東保守通路の補助灯が一つだけ消えた。

 

「来たわ」とキシリアの声が言った。

 

監視映像に、整備員姿の男が映った。顔は帽子とマスクで半分隠れている。だが歩き方に迷いがない。迷いのない人間は、だいたい最初から地図を持っている。即席の侵入者ではない。

 

男は東保守通路から試験系統の制御端末へ向かい、迷わずカバーを開けた。

そこで私は待機させていたランバ・ラルに短く指示を出した。

 

「今だ。生かして取れ」

 

「了解」

 

そのあと数秒だけ、通信が乱れた。

靴音。短い怒号。金属のぶつかる音。

そしてすぐに静かになった。

 

私は現場へ下りた。

東保守通路の端で、ランバ・ラルが男の腕を極めていた。男の帽子が外れ、顔が見えた。ノイエン中佐ではない。保全部補佐官でもない。搬送管理主任でもない。

 

父の書記官だった。

 

名はロイ・バルト。

目立たない顔で、目立たない声で、目立たないまま人事と予算の端を握っている男だ。ああいう人間がいちばん厄介だ。歴史書には載らないくせに、歴史を横から押す。

 

「これは驚いた」と私は言った。

 

男は床に押さえつけられたまま、整った息でこちらを見た。

「閣下」

 

「書記官が、ずいぶん器用な真似をする」

 

「私だけではありません」

 

その一言で、通路の空気が少し冷えた。

キシリアもすぐにやってきた。彼女は倒れた男を見下ろし、ほんの一瞬だけ、がっかりしたような顔をした。

 

「この人、思ったより小物ね」

 

「小物はよく燃える」と私は言った。

 

「ええ。そして火をつけたがる」

 

バルトは笑った。

ひどく静かな笑いだった。

 

「火は必要です」と彼は言った。「危機がなければ、統一は進まない。ジオンはまだ、悲願を共有するには平和すぎる」

 

「だから工廠を爆破したか」

 

「小規模です。人的被害は最小限に抑えました」

 

「そういう言い方をする人間は、だいたい次に規模を上げる」

 

彼は返事をしなかった。

それが肯定だった。

 

キシリアがしゃがみ込み、男の顔の高さに視線を合わせた。

 

「誰の指示?」

 

「自主判断です」

 

「忠義の病気ね」

 

「国家のためです」

 

「自分の昇進のためでしょう」

 

彼は初めて、ほんの少しだけ目を逸らした。

それで十分だった。

 

私は彼の持っていた端末を受け取った。

そこには、次段階の計画案まで入っていた。第二の事故。ジンバ・ラル派への証拠流し。臨時警備権限の拡大申請。工廠予算の緊急上積み。実に美しい。美しすぎて吐き気がした。宇宙を穴だらけにするのは、だいたいこういう几帳面さだ。

 

「父は知っているのか」と私は訊いた。

 

バルトは数秒、黙った。

その沈黙は、肯定にも否定にも使える長さだった。書記官らしい。

 

「直接の命令はありません」

 

「だが止められる立場の誰かは見逃した」

 

彼はまた笑った。

「閣下ほどの方なら、おわかりでしょう。大きな家では、命令されない方がやりやすいこともある」

 

私はその言葉を記憶した。

父がどこまで知っているかはまだわからない。だが少なくとも、父の家の床下で、こういう火遊びが黙認されうる空気はある。

 

ランバ・ラルが言った。

「どうします」

 

単純な質問だった。

だが答えは単純ではない。

 

公表すれば、父の周辺に泥がつく。

隠せば、こちらも共犯になる。

殺せば静かだが、静かすぎる。

生かせば使えるが、使いすぎると噛む。

 

キシリアが立ち上がって手袋の皺を伸ばした。

「兄上、私はどちらでもいいわ。ただ、この男を表に出すなら、ザビ家の内側が先に腐る」

 

「わかっている」

 

「でも消すなら、もっと腐る」

 

「それもな」

 

私たちは少しのあいだ、黙っていた。

工廠の夜は機械音が遠くて、人の沈黙をよく響かせる。

 

「生かす」と私は言った。

 

キシリアがこちらを見た。

「珍しい」

 

「いや、普通だ。死体は一回しか使えない」

 

バルトの顔が、そのとき初めてわずかに崩れた。

自分が生き残ることに安心したのではない。生きたまま使われることを理解した顔だった。

 

「監禁は内密に」と私は続けた。「公には、事故調査継続。ラル家への嫌疑は一度切る。代わりに、こいつの端末から父の周辺へ逆流させる」

 

「何を」

 

「“外部勢力が工廠に関心を持っている”という程度の、都合のいい真実だ」

 

キシリアは少し考えて、それから言った。

「兄上」

 

「何だ」

 

「やっぱり、あなたはいやな人間ね」

 

「今さらだ」

 

「でも、今回は賛成」

 

それは褒め言葉ではなかったが、承認ではあった。

兄妹というのは時々、ひどくねじれた形で握手する。

 

---

 

その夜遅く、私はランバ・ラルだけを少し残した。

バルトは別室へ移され、キシリアは先に去っていた。通路には金属の冷たさだけが残っている。

 

「一つだけ伝えておく」と私は言った。

 

「何でしょう」

 

「今夜の件、ラル家に罪はない。少なくとも主犯ではない」

 

ランバ・ラルは私を見た。

「“少なくとも”ですか」

 

「ジンバ・ラルが火を好まないとは言わない」

 

「それは私も否定しません」

 

「だが今夜の火種は別だ」

 

彼は短くうなずいた。

「ありがたい」

 

「礼はいい。君に敵でいてほしくないだけだ」

 

「それは命令ですか」

 

「希望だ」

 

ランバ・ラルはそこで、珍しく少し笑った。

 

「希望の方が重いことがあります」

 

「知っている」

 

彼が去ったあと、私はしばらく東保守通路に立っていた。

赤い補助灯は消え、ふつうの白い照明だけが残っていた。ついさっきまで罠が張られ、男が押さえつけられ、国家の歯車の一つが取り外された場所には見えない。現場というものは、だいたい数時間で何事もなかった顔をする。

 

執務室へ戻ると、キシリアから短いメモが届いていた。

 

**夕食会のメニュー、肉より魚の方がよさそう。今週は皆、少し神経質。**

**追伸:ガルマには事故の話を“設備の小さな不具合”程度に。あの子は善意で全体を台無しにする。**

 

私はそのメモを読んで、少しだけ笑った。

キシリアが家族の食卓を気にしている。宇宙世紀の異常事態の中でも、かなり上位に入る異常だった。

 

机の上には、まだ焼けた隔壁の写真と、納入伝票が並んでいた。

私は伝票の方を裏返した。写真は裏返さなかった。

焼け跡は見ておくべきだが、伝票はときどき休ませないといけない。

 

窓の外では、サイド3の人工夜景が静かに点いていた。

動乱へ向かう都市は、たいてい見た目だけは綺麗だ。ガラスも光も、内側のひびまでは映さない。

 

私は椅子にもたれ、目を閉じた。

ひとつの火種は消した。

だが、それは戦争を遠ざけたわけではない。

火をつけたがる人間が一人減っただけで、火が好かれる時代そのものは残っている。

 

そしてそういう時代では、

理想家も、実務家も、家族も、遺児も、

それぞれ別の理由で同じ方向へ歩き出す。

 

扉の外で、誰かの足音が止まった。

ノックの間が妙に丁寧だったので、たぶんガルマだろうと思った。

ろくでもない話のあとに来る、善意に満ちた弟のノックほど、心を疲れさせるものは少ない。

 

私は目を開け、返事をした。

 

次はきっと、もっと静かな形で面倒が来る。

たいていそういうものだ。

 

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