妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第42話 黒い三連星

 

エキストラ・バンチの建設区画は、遠目にはまだ都市ではなかった。

 

支持柱の森だ、とドズルは思った。

 

太い骨。外殻を受ける格子。仮設の環状通路。資材架台。外壁工事用の作業灯。人が住む前のコロニーは、たいていこういう顔をしている。出来上がった街のような美しさはない。だが、伸びる場所の勢いだけは隠せない。

 

モビルワーカーが入ってから、その勢いが露骨になった。

 

採掘区から上がる荷が増えた。外壁補修の足場は前よりずっと早く立つ。新しい住区の基礎工事も、人手だけでやっていた頃とは比べものにならない。工事が速くなれば、次の工事が早く始まる。次の工事が始まれば、必要な人も物も増える。人が来る。商会が来る。金が来る。

 

連邦の投資家どもまで、最近はサイド3を妙に嗅ぎ回るようになっていた。

 

表では「危うい地方政体」と眉をひそめ、裏では「今のうちに噛んでおけ」と金を寄せる。そういう手合いの匂いは、ドズルには好きになれなかったが、工区の現場監督たちは嫌っていない。嫌う理由がない。金は、来る時はだいたい正義の顔をして来ない。

 

ただし、金だけで全部が回るわけではない。

 

連邦は伸びるものを見れば、すぐに首輪を探す。

 

燃料同位体の割当を少し削る。炉の保守部材を「規格再認証」で寝かせる。工区向けの大口電力契約を後ろへ回す。新規建設区画の仮設送電設備だけ、妙に書類を増やす。病院と居住区を止めるほど馬鹿ではない。だから外から見ると、まだ穏やかだ。だが工区に立てば分かる。前へ進むために要るものだけが、いつも少し足りない。

 

この建設区画もそうだった。

 

本来なら今日の試験には、高出力の固定把持設備を二基使うはずだった。片方の制御部材がまだ来ない。審査中だの輸送再調整だの、紙の上では理由が並んでいる。現場では、足りないの一言で済む。仕方なく仮設の出力線と旧式の負荷平準器で回していた。

 

そういう継ぎ当てを、現場は嫌というほど知っている。 そして、そういう継ぎ当てが、たいてい何かを壊すことも。

 

試験架台の外縁で、ランバ・ラルが手すり越しに下を見た。

 

「下の退避路を、もう少し広げた方がいい」

 

整備主任が顔を向ける。

 

「数字の上では足りています」

 

「数字は走りません」ラルは低く言った。「人がいっせいに逃げる時、そこで詰まります」

 

主任は口を閉ざした。

 

ラルはそれ以上は言わない。言うべきことだけ言って黙る。ドズルは、そういうところを好ましく思っていた。余計な講釈を足さず、足元の悪さだけを拾う。戦場へ持って行っても腐りにくい男の顔だった。

 

レオンは、今日は記録板を持たされている。

 

軍務府の立会い名目だが、それだけではない。前に一度、試験場で妙な顔色をして、誰より早く危なさへ反応した。それ以来ドズルは、こういう現場へレオンを連れてくるようになっていた。本人にはまだよく分かっていないらしいが、分かっていない方がかえって役に立つこともある。

 

「どうだ」

 

ドズルが聞くと、レオンは視線を機体ではなく架台の向こうへやったまま答えた。

 

「……落ち着きません」

 

「そうか」

 

「良くないです」

 

「いい」

 

レオンが困った顔をした。

 

「それ、いいんですか」

 

「落ち着かねえ時に限って、何かある」

 

乱暴な理屈だったが、レオンはそれ以上言い返さなかった。ドズルは慰め方を知らない。だが、使い方は間違えないことがある。

 

試験架台の中央には、改修型の人型作業機が三機並んでいた。

 

以前よりずいぶん人間に近い形になっている。脚は細く締まり、腕の長さも揃えられ、背部ユニットも整理されていた。だが、兵器に見えるにはまだ早い。あくまで重作業機の延長だ。人型に寄せれば便利な作業が増える。だが人型に寄せたせいで増える故障もある。だから今日の試験が要る。

 

黒い三連星はもう機体の前に立っていた。

 

ガイアが肩の装甲を拳で軽く叩く。 オルテガは腕の可動を目で追う。 マッシュは脚部の接合部を下から見上げていた。

 

「前よりはましだな」とガイア。

 

「壊れ方もましだといいがな」とオルテガ。

 

マッシュは短く言う。

 

「脚が嫌がってる」

 

整備主任の顔が曇った。

 

ドズルはそれを見て、少しだけ気分が良くなる。 開発屋が嫌がる顔をしている時ほど、試験は役に立つ。

 

「今日は丁寧に乗るなよ」

 

そう言うと、ガイアが笑った。

 

「言われなくても」

 

「荷運びじゃねえ。壊す仕事だ」

 

オルテガが肩を鳴らす。

 

「それなら向いてる」

 

マッシュは何も言わずに、機体の胸部を軽く叩いた。

 

こいつらに搬送や雑務をやらせる気はない。あれは便利に使う駒ではない。暴れて、壊して、限界を吐かせる。そういう仕事にだけ価値がある。

 

試験内容は、外殻用の大型支持フレームの同時運搬と仮止めだった。

 

ただ持ち上げるだけではない。回し、姿勢を変え、外壁の骨組みに近づけ、仮固定位置へ合わせる。相手は数百トン級の支持フレームだ。宇宙空間なら軽いと考えるのは素人だけである。慣性がある。流れた時に止まらない。それが一番怖い。

 

最初の数分は、驚くほど悪くなかった。

 

ガイア機が端を取り、オルテガ機が逆側を支える。マッシュ機が中央寄りから荷重を受ける。三人とも乱暴だが、乱暴なりに呼吸が合っている。開発側が嫌がるような姿勢へ最初から持ち込み、そのせいで機体の癖がすぐ出る。

 

「そこで捻るな!」

 

整備主任の声が通信に飛ぶ。

 

「分かってる」とガイア。

 

「分かってるなら」

 

「分かってるからやるんだ」

 

オルテガが短く笑う。

 

マッシュは踏み込みを一段深くした。支持フレームの重みが仮設把持設備へ乗る。平準器の針が揺れた。背部ユニットの警告灯が一瞬だけ色を変える。

 

レオンの背中がそこで冷たくなった。

 

機体ではない。 もっと向こうだ。

 

支持フレームの流れる先。 仮設出力線。 待機している作業艇。 外壁補修用の架材。 逃げるはずの整備班の位置。

 

「違う」

 

小さく呟いた。

 

次の瞬間、喉が勝手に開いた。

 

「下がってください! 後ろです!」

 

ドズルが振り向く。 ラルも同時に動く。 整備班が何事かと顔を上げた時には、事故はもう始まっていた。

 

仮設把持設備の一基が、荷重を拾い切れず一拍遅れた。

 

ほんのわずかな遅れだ。 だが支持フレームには、それで十分だった。

 

片側が浮き、軸を外し、ゆっくりと回転を始める。回転そのものは鈍い。だからこそ余計に厄介だ。止まらないまま、確実に流れていく。向かう先には外壁作業艇の待機列と、圧力隔壁材の仮置き架台がある。そこへ突っ込めば、今日の試験だけの話では済まない。建設区画そのものが折れる。

 

「総員退避!」

 

ドズルの声が架台いっぱいに響いた。

 

ラルが一番近い整備兵の肩を掴み、逃げる線へ押し込む。もう一人の足場の向きを自分で変えた。レオンはまだ支持フレームの先を見ている。何が危ないかではなく、どこへ死ぬかが先に見えてしまった顔だった。

 

普通の試験パイロットなら、そこで距離を取る。

 

黒い三連星は距離を取らなかった。

 

「来るぞ!」

 

ガイア機が真っ先に踏み込んだ。真正面からだ。支持フレームそのものへ肩からぶつかり、回転軸をずらしに行く。綺麗な制止ではない。殴って向きを変える。

 

「外へ出す!」

 

オルテガ機が横へ回り込む。両腕で押し込み、外壁と作業艇の列から逸らす。肩部警告が赤へ変わり、背部ノズルが一つ不規則に吹いた。

 

マッシュ機が最後に入った。

 

「抱える!」

 

無茶だった。支持フレームの中央寄りへ機体ごと食いつき、自機の腕と胸部で絡め取る。止めるのではなく、建設区画の外へ押し流す。三機まとめて半壊しても構わないという入り方だ。

 

衝撃が三つ、ほとんど同時に走る。

 

ガイア機の右腕が肘から折れた。 オルテガ機の肩関節が外れ、姿勢制御ノズルが一基吹き飛ぶ。 マッシュ機の胸部外装が削られ、内部骨格が露出する。

 

それでも三機は離れない。

 

ガイアが回転を殺し、 オルテガが進路を押し込み、 マッシュが抱えたまま外へ流す。

 

まるで巨大な獲物へ噛みついた獣みたいだった。 綺麗ではない。 だが、綺麗にやって間に合う場面ではなかった。

 

支持フレームは作業艇の列をかすめて外れ、圧力隔壁材の架台を一列だけ弾き飛ばし、そのまま建設区画の外へ押し出される。最後に廃棄予定の外殻ブロックへぶつかって止まった。

 

静かになったのは、むしろその後だった。

 

整備主任が最初に我に返った。

 

「三機とも!」

 

悲鳴に近い声だった。

 

ドズルが前へ出る。

 

「生きてるか!」

 

ガイア機のハッチが中から蹴り開けられる。 続いてオルテガ機。 マッシュ機だけ少し遅れたが、内部から低い声が飛んだ。

 

「来るな。まだ熱い」

 

その一言で十分だった。 三人とも生きている。

 

整備班が駆け寄る。 技術者たちが口々に喚く。

 

「やりすぎだ!」 「三機とも終わりだ!」 「架台まで潰れた!」

 

ドズルは振り向きもしない。

 

「安いな」

 

主任が噛みつく。

 

「何がです!」

 

「三機で済んだ」

 

それだけだった。

 

ラルは流された支持フレームの止まった位置と、壊れた三機と、退避した整備班の線を順に見た。

 

「兵に渡すには、まだ早い」

 

低く言う。

 

「ですが、壊れ方は拾えた」

 

その言い方が、この場では一番正確だった。

 

レオンはようやく息を吐いた。顔色はまだ悪い。

 

ドズルが近づき、頭を軽く叩く。

 

「お前、やっぱり変な勘してやがるな」

 

レオンは困ったように言った。

 

「機械じゃなくて……その先が、嫌でした」

 

「それでいい」

 

ドズルはそれ以上聞かない。 理屈へ押し込んでも、こいつはまだ上手く喋れない。それで困るものでもない。

 

その日の報告が首相府へ届いたのは夕刻だった。

 

机へ上がったのは、壊れた三機の写真と、事故原因を並べた短い整理だけだ。仮設把持設備の出力遅延。正式交換予定の平準器未着。代替制御材による運用。高出力固定設備の整備遅延。

 

未着理由には、いつもの言葉が並んでいる。

 

規格再認証。 安全審査継続中。 輸送優先順見直し。

 

ギレンは報告書を読み終え、机へ置いた。

 

「そう来たか」

 

その一言だけだった。

 

連邦は全部を止めない。 全部を止めれば露骨になる。 だから伸びる部分だけを少しずつ縛る。工区、試験線、新しい建設区画。そこへ代用品を噛ませれば、今日のような事故が起きる。

 

セシリアが次の封を差し出した。

 

薄いが、妙に重い紙だった。

 

「技術局からです」

 

「開けろ」

 

中の文は短かった。

 

ミノフスキー型小型炉試作一号基、定格連続運転に成功。 出力安定。 燃料消費効率、従来型比で大幅改善。 実用試験段階への移行可能。

 

執務室が一瞬だけ静かになった。

 

ドズルが横から覗き込む。

 

「小型炉か」

 

「そうだ」

 

「使えるのか」

 

「使える」

 

答えは短い。

 

ヘリウム3を無駄に喰っていた古い運用が変わる。 大きな炉一つへぶら下がるだけではなくなる。 工区へ置ける。採掘区へ置ける。新しい建設区画へ回せる。病院と居住区を生かすために工区を止める、あの手間も少しずつ減る。

 

連邦が握っていた首輪の一本が、そこで切れる。

 

ドズルが口元を歪めた。

 

「だったら、向こうの締めつけも前みてえには効かねえな」

 

ギレンは紙を机の右へ置いた。 急ぎで進める束だ。

 

「そうなる」

 

それだけで十分だった。

 

セシリアはもう次の文面を考えている顔をしていた。 分散配置。工区優先。採掘区先行試験。建設区画への仮設導入。

 

ドズルは壊れた三機を思い出したように言う。

 

「じゃあ、もっと壊せる」

 

「記録は残せ」

 

ギレンはそれだけ言った。

 

ドズルは頷く。

 

「分かってる」

 

窓の外では、ズムシティの灯りが少しずつ夜へ沈んでいく。 その向こうで、エキストラ・バンチの骨は、たぶん今も伸びている。

 

壊れた三機。 守られた建設区画。 増える移民。 寄ってくる投資。 締めつける連邦。 そして、その首輪を少しずつ断つ小型炉。

 

ばらばらに見えていたものが、ようやく一つの流れになり始めていた。

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