妹に撃たれない方法   作:Brooks

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ほっこり回


第47話 見舞いの手紙

 

朝の食卓は、いつもどおり静かだった。

 

銀の蓋が一つずつ外され、湯気の薄い匂いが立つ。パン、温野菜、卵、果物。量は整っているが、賑やかな食卓ではない。誰かが大声で笑うこともなければ、同じ話題を何度も転がすこともない。必要なことだけが言葉になる場所だった。

 

その朝、最初に口を開いたのはデギンだった。

 

「昨夜、侍医から報せがあった」

 

ナイフを置く音が一つ止まる。

 

「アストライアの熱が、また上がったそうだ」

 

それだけの言い方だった。 重くしすぎず、軽くもしない。 だが、食卓の空気はたしかに変わった。

 

私は視線を上げなかった。 キシリアも同じだった。 二人とも、その報せ自体はもう別の線で知っている。昨夜のうちに医務局から短い報告が入っていた。熱のぶり返し、食欲低下、夜間睡眠の浅化。重篤とは書かれていない。だが、前の生を知る者にとっては、その「重篤ではない」が何の慰めにもならぬこともまた分かっていた。

 

ドズルが低く唸るように言う。

 

「またか」

 

「胸の方は悪くないらしい」

 

デギンは続けた。

 

「だが、寝起きがきついそうだ。食も細い」

 

そこで初めて、ガルマが顔を上げた。 まだ眠たさの少し残るような年頃の顔が、素直に曇る。

 

「アストライア様には、お見舞いに行かれないのですか」

 

言ったあとで、誰に向けた問いかが自分でも曖昧だったらしい。 ガルマは父と兄たちを順に見た。

 

デギンはすぐには答えず、水に口をつける。 その沈黙の間に、キシリアがガルマを見た。

 

「誰が」

 

「え……」

 

「誰がお見舞いに行くの」

 

「それは……どなたかが」

 

キシリアは小さく息を吐く。

 

「“どなたか”で済む相手ではないわ」

 

ガルマは少しだけ困った顔になった。 だが、困っても引っ込まないところがこの子のよいところでも悪いところでもある。

 

「でも、どなたも行かれないのは、さみしくないでしょうか」

 

ドズルが、そこで少しだけ口元を緩めた。

 

「お前はすぐそういうこと言うな」

 

「だって」

 

ガルマは本気で言う。

 

「お具合の悪い時に、どなたもいらっしゃらないのは、あまりよくないように思います」

 

デギンはその言葉を聞いたあと、私の方を一度だけ見た。 その目は、行かせるか、というより、どう使うと問うていた。

 

キシリアが先に言う。

 

「効きすぎるわよ」

 

それはガルマに向けた言葉ではなかった。 私に向けたものだ。

 

前の生を知る者にしか分からぬ重みがそこにはある。 アストライアに残された時間は長くない。熱が引く日があっても、戻る場所はない。今さら優しい顔を向けたところで帳尻は合わぬし、遅れたものは遅れたままだ。分かっている。分かっているからこそ、何を今さら、という感情も残る。 だが同時に、今ならまだ一つ二つは間に合うものがあることも知っていた。

 

「医師はどう言っている」

 

私はデギンにではなく、セシリアへ訊いた。 セシリアはすぐに答える。

 

「長い面会は避けるべきですが、短時間なら問題ないとのことです」

 

「本人は」

 

「クラウレに確認させています。今朝の時点では、強くお断りにはなっておりません」

 

クラウレ。 アストライアの傍らに入った、ラル家からの女だ。ただの侍女ではない。あれは古い縁を知る者の手つきで水を替え、灯りを直し、会わせてよい顔とそうでない顔を読む。だから病室の空気を見る役は、医師ではなくあれでよい。

 

ガルマが私を見た。

 

「兄上」

 

「何だ」

 

「僕が行っても、よろしいでしょうか」

 

キシリアがまた息を吐いた。

 

「そう来ると思ったわ」

 

ガルマはそちらを見る。

 

「いけませんか」

 

「いけないとは言っていない」

 

「でしたら」

 

「簡単に言うものではないのよ」

 

キシリアの声は冷たいが、叱っているわけではない。 その冷たさの中に、別の躊躇いがあることを、私は知っている。キシリアもまた、もう時間が多くないことを知っているからだ。だからこそ、ガルマのようなまっすぐな子を行かせることの効き目も分かっている。

 

ガルマは少し考えてから答えた。

 

「でも、僕が行くのがいちばんご迷惑が少ないように思います」

 

ドズルが堪えきれずに鼻を鳴らした。

 

「それはそうだ」

 

キシリアが睨む。

 

「兄上」

 

「いや、実際そうだろうが。俺やギレンが行きゃ話が重くなる。キシリアならもっとだ。親父殿が行けば公の顔になる。ガルマなら、ただの見舞いだ」

 

デギンは何も言わなかった。 それが否定ではないことは分かる。

 

私はガルマを見た。 十二か十三。まだ子供だ。だからこそ、通る。 大人の言葉では閉じる扉が、子供の足音では少しだけ開くことがある。

 

前の生では、そういう小さな機会を皆、上手く扱えなかった。大人は意味を考えすぎ、子供は使い方を知らず、残り少ない時間はそれでも容赦なく減った。 私はその失敗を知っている。 だが「前の生でそうだった」と言うわけにはいかない。

 

「行くなら、一人で喋るな」

 

ガルマの顔が少し明るくなる。

 

「はい」

 

「聞かれたことにだけ答えろ」

 

「はい」

 

「余計な約束はするな」

 

「はい」

 

キシリアが低く言った。

 

「泣かせて帰ってきたら承知しないわよ」

 

ガルマは本気で驚いた。

 

「泣かせるようなことは申しません」

 

「そういう意味ではないのだけれど」

 

それでもキシリアは止めなかった。 止めるには、もう少し時間が残っていればよかった。

 

デギンがそこでようやく頷いた。

 

「侍医に無理がないことを再度確かめさせろ。クラウレにも伝えろ。長居は無用だ」

 

「承知しました」

 

セシリアが静かに応じる。

 

ガルマは食事の終わりを待つあいだ、妙に背筋を伸ばしていた。 緊張しているのだろう。 だが、嫌がっている顔ではない。 行ける、と決まったことを、たぶん素直に嬉しく思っている。

 

朝食のあと、ガルマは自分の部屋へ戻り、着替えを二度やり直したらしかった。

 

侍従が三着持ってきて、結局一番地味な上着へ落ち着いたという話を、セシリアが淡々と報告してきた時、私はさすがに少しだけ口元を動かした。

 

「何か持っていくそうです」

 

「何を」

 

「果物を」

 

「自分で選ばせろ」

 

「既に選んでおられます」

 

「そうか」

 

それで十分だった。

 

見舞いは昼過ぎになった。

 

アストライアの療養室は、医務局の病室ほど白くもなく、公邸の私室ほど重くもない部屋だった。窓辺の光を柔らかくする薄い幕、音を少し遠ざける厚い扉、薬と湯の匂い。病に伏せる者が、自分の弱り方を人に見せすぎぬように整えられた空間だ。

 

クラウレが先に入って灯りを見、湯を替え、短く様子を確かめたあとで、扉の外へ出た。

 

「ガルマ様」

 

ガルマは両手で小さな果物籠を抱えたまま、ぴんと姿勢を正した。

 

「はい」

 

「お顔色はあまりよくございません。長くお引き留めになりませんよう」

 

「分かりました」

 

「お話が続かぬ時は、無理に繋がずともよろしゅうございます」

 

「はい」

 

クラウレはそこで少しだけ視線を和らげた。

 

「どうぞ」

 

ガルマが入ると、アストライアは上体を少し起こしていた。

 

顔色は白い。熱で赤らむというより、長く熱を持った者の青白さだ。目の下が落ちている。けれど意識ははっきりしていた。ガルマの姿を見ると、まず驚きが、そのあとで戸惑いが顔を走った。

 

「……ガルマ様」

 

ガルマはすぐに頭を下げた。

 

「突然に申し訳ございません。お加減がよろしくないと伺いましたので、お見舞いに参りました」

 

礼儀正しい。 そして、その礼儀のまま本当に子供だ。 作った優しさではなく、年相応の真面目さで立っている。

 

アストライアは一度だけクラウレを見た。 クラウレは何も言わず、ただ静かに目を伏せる。

 

「驚きました」

 

アストライアがようやく言う。

 

「でも……ありがとうございます」

 

ガルマは果物籠を見下ろした。

 

「クラウレさんに、香りの強くないものがよいと伺いました」

 

「まあ」

 

その言い方に、アストライアの口元がわずかに動く。

 

クラウレが籠を受け取り、脇の卓へ置く。

 

「あとでお切りいたします」

 

「お願い」

 

ガルマは椅子を勧められても、すぐには座らなかった。 病人の前で自分だけ深く腰を下ろすのに抵抗があるらしい。 そういう妙な律儀さが、この子にはある。

 

「どうぞ、お掛けになって」

 

「では、失礼いたします」

 

浅く座る。 背は伸びたままだ。

 

しばらく間があって、ガルマは考えた末に言った。

 

「お薬は苦いのでしょうか」

 

アストライアが少し目を丸くする。

 

「ええ。あまり美味しくはありません」

 

「やはりそうなのですね」

 

ガルマは本気で残念そうだった。

 

「僕も苦いものは少し苦手です」

 

クラウレの手が、果物を並べる途中で一度だけ止まった。 笑いを堪えたのだろう。

 

アストライアの方も、そこで初めて少しだけ表情が緩んだ。

 

「あなたは、そういうことをちゃんと仰るのですね」

 

「兄上たちは、あまり仰いません」

 

「そうでしょうね」

 

「ですから、代わりに僕が申し上げておきます。苦いものは苦手です」

 

今度はクラウレが完全に顔を伏せた。 アストライアも、それには小さく息を漏らして笑った。 病人の顔ではなく、人の顔だった。

 

ガルマはそれを見て、素直に嬉しそうになった。

 

「少し、お顔色がよくなられたように思います」

 

「そういうものではありませんよ」

 

「そうでしょうか」

 

「そうです」

 

「でも、笑われた方がよろしいです」

 

「あなたは、本当にそう思って言っているのでしょうね」

 

「はい」

 

その迷いのなさが、かえって部屋の空気を柔らかくした。

 

クラウレが果物を薄く切って皿へ並べる。 白い果肉が灯りの中で少し透けた。

 

アストライアが一口だけ取ったあと、ガルマはしばらくその様子を見ていた。 それから、ためらいがちに言う。

 

「地球のご家族には、お知らせしなくてよろしいのですか」

 

部屋の空気が、そこで静かに止まった。

 

アストライアの指先が皿の縁で止まる。 クラウレは果物刀を置いた。

 

ガルマは、そこで初めて自分が少し深いところへ触れたのかもしれないと気づいた顔になった。 だが、引っ込めることはしない。

 

「お手紙は、差し上げておられるのでしょうか」

 

アストライアは少し時間をおいて答えた。

 

「ええ。ときどき」

 

「では、お加減のことも」

 

「それは書いていません」

 

ガルマははっきり驚いた。

 

「書いておられないのですか」

 

「余計な心配をかけたくありませんので」

 

それは母として自然な答えだった。 だがガルマは子供だから、そこへまっすぐ入る。

 

「でも、知らない方がもっとおつらいのではありませんか」

 

アストライアは視線を落とした。

 

キャスバルとアルテイシア。 その名は誰も口にしなかったが、その沈黙の中に確かにあった。

 

「会いに来られぬ距離です」

 

「はい」

 

「来られぬのに、病のことだけ知らせても」

 

「でも」

 

ガルマは言葉を選ぶのに少し苦労していた。

 

「知らないままの方が、あとで悲しくなられませんか」

 

アストライアはすぐには答えなかった。

 

クラウレが静かに言う。

 

「アストライア様」

 

その呼びかけは、侍女のものでもあり、古い友人のものでもあった。

 

「ご負担になるようでしたら、無理には」

 

「いいえ」

 

アストライアは首を振った。

 

「……知らぬままでよいとは、言えません」

 

ガルマの顔が少しだけ明るくなる。 だが、すぐに引き締めた。

 

「では、お知らせした方が」

 

「ただし」

 

アストライアが続ける。

 

「返事を求めるようなことは、しないでください」

 

「はい」

 

「ご心配を煽るような文にも、しないでください」

 

「はい」

 

ガルマは真面目に頷く。

 

それから少し考えて、言った。

 

「では、ご家族へ、ではなく、まず保護者の方へお知らせした方がよろしいですね」

 

クラウレがそこで頷いた。

 

「それが穏当でございましょう」

 

「テアボロ様へ」

 

ガルマは自分で言って、筋が通ったと分かったらしい。 ほっとした顔になった。

 

アストライアはその顔を見て、ほんの少しだけ目を細めた。

 

「あなたは……よく丁寧に考えるのですね」

 

「兄上たちに失礼があってはなりませんので」

 

「そう」

 

その返しには、アストライアも少し困ったように笑うしかなかった。

 

帰り際、ガルマは椅子から立って深く一礼した。

 

「長くお邪魔して申し訳ございませんでした」

 

「いいえ」

 

アストライアは言う。

 

「来てくださって、ありがとうございました」

 

「少しでも、お楽になられましたらよいのですが」

 

「そうですね」

 

アストライアは小さく答えた。

 

「来る人によっては、少し」

 

それが、この人なりの礼だった。

 

ガルマは部屋を出てから、扉の外で一度だけ大きく息を吐いた。 緊張していたのだろう。

 

クラウレが横へ立つ。

 

「よくできました」

 

ガルマは少し照れた。

 

「僕、変なことは申していませんでしたか」

 

「変なことは、少し」

 

「少しですか」

 

「ですが、それでよろしかったのです」

 

ガルマはその答えに納得したようなしないような顔で頷いた。

 

「では……手紙を書きます」

 

「お手伝いは必要ですか」

 

「書き出しだけ、少し」

 

クラウレはそこで初めて、はっきり微笑んだ。

 

「では、テアボロ様へのお手紙の形だけ整えましょう」

 

夜、ガルマの机には、上等すぎない便箋が置かれていた。 上質ではあるが、格式で相手を圧するほどではない。セシリアが選ばせたものだろう。インク壺は右手に近く、紙押さえは左上。本人が書きやすいようにだけ整えられている。

 

私は部屋の戸を一度だけ開けた。

 

ガルマは便箋の前で何度もペン先を止めていた。 文が思いつかぬのではない。 失礼にならぬ書き出しを真剣に悩んでいるのだ。

 

「止まっているな」

 

ガルマが顔を上げる。

 

「兄上。突然のお手紙をお許しください、と書くのは、やはり失礼でしょうか」

 

「思うとおりに書け」

 

「ですが、失礼が」

 

「失礼のない文を書こうとして、何も伝わらぬよりはましだ」

 

ガルマは少し考えた。

 

「では……病のことだけ、きちんとお伝えいたします」

 

「それでいい」

 

それ以上は言わず、私は部屋を出た。 細かく整えれば、大人の手紙になる。あれはあの子の字で行くからこそ意味がある。

 

しばらくして、封をする前の紙がセシリアから私の机へ置かれた。

 

テアボロ・マス様

 

突然のお手紙をお許しください。 アストライア様がお加減を悪くしておられますので、お見舞いに参りました。 お話はできましたが、まだおつらそうでした。 ご家族へお知らせした方がよいと思い、失礼とは存じますがお便りいたしました。 もし差し出がましいことでございましたら、お許しください。

 

ガルマ・ザビ

 

余計なことは何ひとつ書いていない。 逆に言えば、必要なことだけが書いてある。

 

「これでよい」

 

セシリアは頷いた。

 

「公的な線は使いません。医療便に紛らせます」

 

「返書は求めるな」

 

「承知しております」

 

「差出記録は最小限でいい」

 

「はい」

 

前の生なら、こういう短い私信一通にも、もっと別の重さが乗っただろう。憎しみ、警戒、探り、返礼。今それが完全に消えたわけではない。だがガルマの字は、その上へ余計なものを乗せにくい。だから通す。

 

地球では、夕方の遅い光がテアボロ・マスの屋敷の窓を鈍く照らしていた。

 

テアボロは届いた封を見て、まず差出人の姓で止まった。

 

ザビ。

 

もっとも厄介な名だ。 だが下の名を見て、今度は別の意味で眉が動く。

 

ガルマ。

 

彼は封を裏返し、光にかざすようにしてから開いた。

 

文は短い。 そして妙にまっすぐだった。

 

読み終えたあと、テアボロはしばらくその紙を机へ置かなかった。政治の匂いを探せば探すほど、逆に探しにくくなる。ギレンでもキシリアでもない。末弟の、不器用な善意だけが前へ出ている。

 

「二人を呼んでくれ」

 

侍従が下がり、しばらくしてキャスバルとアルテイシアが入ってきた。

 

テアボロは説明せず、まず封筒を見せた。

 

キャスバルの顔がそこで固まる。

 

「ザビ……」

 

アルテイシアは不安そうに兄を見た。

 

「何かあったのですか」

 

「読んだ方が早い」

 

テアボロが紙を差し出すと、キャスバルは一瞬ためらい、それから受け取った。 視線は最初から最後まで速かったが、最後の署名で止まる。

 

「ガルマ」

 

声に戸惑いが混じる。

 

アルテイシアが隣から覗き込む。

 

「お母様が……?」

 

その瞬間、空気が変わった。 ザビの手紙ではなく、病床の母の報せになる。

 

アルテイシアの顔から色が引く。

 

「お加減を悪くしておられるって……でも、お母様、この前のお手紙には何も」

 

「書いていなかった」

 

キャスバルの声は硬い。

 

「どうして」

 

アルテイシアの問いに、誰もすぐには答えなかった。

 

テアボロが静かに言う。

 

「心配をかけたくなかったのだろう」

 

アルテイシアは唇を噛んだ。

 

「でも……知らないままの方が、もっと嫌です」

 

キャスバルは紙を持つ手に力を入れた。

 

そうだ。 母は手紙を寄越していた。 季節のこと、地球の空のこと、体に気をつけろという短い言葉。だが病のことだけは一度も書かなかった。 そして、それを知らせてきたのはザビの末子だ。

 

「何故、あいつが」

 

キャスバルが低く言う。

 

テアボロは答える。

 

「見舞いに行ったのだろう」

 

「ザビが」

 

「末子なら、そういう役回りもある」

 

キャスバルは不快そうに顔を歪めた。

 

「役回り、ですか」

 

「そうでないとも言いきれん」

 

テアボロは机の上の封へ指を置く。

 

「だが、これを書いたのがギレンでもキシリアでもないことも確かだ」

 

アルテイシアはもう一度文面を見る。

 

「ご家族へお知らせした方がよいと思い……」

 

声に出して読むと、いっそう子供の字の温度が出た。

 

「本当に、そう思って書いたのね」

 

キャスバルはすぐには否定できなかった。

 

ザビはザビだ。 そう思う。 だが、末弟の善意だけは、あまりにもまっすぐで、きれいに憎みきれない。そこがひどく腹立たしい。

 

「……何故、母上は書かなかった」

 

それは怒りというより、痛みに近い声だった。

 

アルテイシアが兄を見る。

 

「お兄様」

 

「僕たちに心配をかけたくなかったのだろう」

 

テアボロが言う。

 

「母親とは、だいたいそういうものだ」

 

キャスバルは紙から目を上げた。

 

「だからと言って」

 

その先をうまく言えない。

 

だからと言って、知らされずにいてよいのか。 だからと言って、ザビに知らせられるのか。 だからと言って、今さら何が出来るのか。

 

全部が喉のところで絡まって、言葉にならない。

 

「……分からない」

 

やっとそれだけが出た。

 

アルテイシアは手紙を見つめたまま、小さく言う。

 

「でも、知らせてくださってよかった」

 

キャスバルは反射的に否定しかけた。 だが、出来なかった。

 

テアボロが静かに手を差し出す。

 

「返事は私から考える」

 

キャスバルはすぐには紙を離さない。 しかし、やがて少しずつ指の力を抜いた。

 

アルテイシアは署名をまだ見ていた。

 

ガルマ・ザビ。

 

その名だけが妙に子供っぽくて、そこがまた切りにくい。

 

窓の外では、地球の空がもう暗くなり始めていた。 テアボロが封筒を畳み、机の上へ置く。 小さな音だった。

 

だがその音が、遠く離れたサイド3とこの部屋を、ひどく細い糸で繋いでしまったように聞こえた。

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