U.C.0072、技術局から上がってくる報告書は、どれも景気がよかった。
ミノフスキー・イヨネスコ型核融合炉の縮小試験は前進。
圧力容器の保持時間は改善。
補助冷却系の安定も向上。
試験床における出力変動は許容範囲内。
数字だけを追えば、小型炉は確かに形になりつつある。だが、その報告書を読み終えても、私の気分は少しも軽くならなかった。
炉だけでは足りん。
前の生でも、皆、まず炉に酔った。どこまで縮む、どこまで出る、どこまで粒子を押さえ込める。だが戦場で差を作ったのは、炉単体ではない。高出力炉を抱えたまま、軽く、硬く、実体弾をものともせず、それでいて白兵戦まで成立させる器だった。
薄い装甲でも動けば兵器になった時代は、長く続かなかった。やがて現れた白い悪魔は、一機の怪物ではなく、炉と素材が噛み合った結果そのものだった。
私は報告書を閉じた。
「アサクラを呼べ」
昼前には、アサクラが机の前に立っていた。セシリアが一礼して下がると、部屋は急に静かになる。
「お呼びと聞きました」
「これを読め」
私は技術局の報告書と、別に綴じた試算書を滑らせた。アサクラは立ったまま最初の数頁を読み、途中から眉間へわずかに皺を寄せた。
「小型炉の前進報告ですな。数字は悪くない」
「その次を見ろ」
頁をめくる音が一つ増えた。試算書には、炉試験の成功を前提にした必要材の一覧がある。圧力容器、磁場制御枠、Iフィールド発生器固定部、補助冷却線の保持材、試験骨格用の高強度部材、外装試験片、予備交換分。
「……随分と、材料の方へ寄せた試算ですな」
「寄せたのではない。そこが本体だ」
「炉よりも、ですか」
「炉だけ出来ても意味がない」
アサクラはそこで椅子へ腰を下ろした。
「技術局は、小型炉の縮小自体を山だと思っているのでしょう」
「技術者は手元の山を見る」
「総帥はその向こうを見ておられる」
「見ているのは単純だ」
私は試算表の数字を指先で押さえた。
「ルナチタニウムが足りない」
部屋の空気が、そこで少しだけ変わった。アサクラは、ようやく本当にこの呼び出しの重さを理解した顔になった。
「試験片程度なら、マ・クベがいくらか押さえていたはずです」
「試験片では足りん。炉材補強だけならなおさら足りん」
「そこまで使う、と」
「使う」
前の生で見たあの白い機体は、装甲が違った。骨格が違った。高出力炉を抱えたまま、物理火器を受け止め、なおかつ近接戦を成立させた。あれは装甲だけの話ではない。小型炉の圧力容器、磁場制御構造、Iフィールドの固定、機体骨格、外装、その全部が同じ方向を向いていた。
だから今はまだ誰も知らぬうちに、素材だけは先に押さえる。
「技術局と軍務府、それにマ・クベを呼べ。数字を合わせる」
「ドズル様は」
「来させろ。炉の話が素材の話に変わるのを、自分の耳で聞かせておけ」
午後には小会議室へ顔ぶれが揃った。技術局の主任技師が二人、軍務府からドズル、資材側からマ・クベ、アサクラとセシリア。漏らすにはまだ早い話だ。
最初に喋ったのは技術局だった。
「縮小試験の進捗は良好です。圧力保持時間は前回比で一四パーセント増、粒子密度も――」
「何に載せる」
私は途中で切った。
主任技師が止まる。
「は」
「その炉を、何に載せる」
「次段階では試験骨格へ」
「その骨格は、何に耐える」
技師は一度だけ視線を泳がせた。自分の担当ではない、と言いたい顔だった。だがもうその言い逃れを許す段階ではない。
「高温、耐圧、耐磁場、振動、出力変動に」
「重量は」
「現行の高強度材のままでは、かなり増します」
「増せば」
ドズルが腕を組んだまま言う。
「動きが死ぬ」
「……はい」
技師はようやく認めた。
「現行材の延長では、炉は抱えられても、機体全体としては重くなりすぎます」
「なら、材料の話だ」
私はそこでマ・クベを見た。
「現状でどれだけ捻れる」
マ・クベは用意してきた帳面を静かに開いた。
「試験片ならございます。炉材補強用の小口供給も、いくらかは」
「いくらか、とは」
「研究報告書を美しくする程度ですな」
ドズルが眉をひそめる。
「分かりにくい」
「国家を支えるには細い、ということです」
マ・クベは、まるで悪びれない。
「試作炉の補強を何とかすることは出来ましょう。ですが、それを開発機へ載せ、予備を持ち、交換し、骨格と外装の試験まで進めるとなると、一気に話にならなくなります」
技術局のもう一人が口を挟んだ。
「そこまで要りますか。まずは炉を成立させれば」
「試作で終わる気はない」
私が言うと、その男は黙った。
前の生では、試作一機分で安堵した瞬間から負け始めた。一機出来る、動く、それで満足した者は、その後に来る量産の壁を越えられない。白い悪魔は、一機の偶然ではなかった。量産を見据えた素材体系が、先に整っていたからこその姿だった。
アサクラが試算書を机へ広げた。
「現状の必要量はこのくらいと」
技術局の男が数字を見て、息を止めた。
「……多すぎます」
「足りぬよりましだ」
「炉だけの話ではありませんな」
マ・クベが頁を追う。
「骨格、外装、Iフィールド固定材、予備、交換用、兵装試験まで含めている」
「含める」
「まだそこまで先は」
「先ではない」
私は言った。
「炉が小さくなるなら、次に来るのは装甲だ」
部屋が静まる。
「現在の開発機は、そこまでの装甲を前提としておりません」
技術局の主任が言う。
「要するに、今の開発機は当たれば抜ける」
ドズルの言い方は容赦がなかった。
「……はい」
「それで足りる時代は長くない」
私が言うと、アサクラがこちらを見る。
「そこまで言い切りますか」
「高出力炉を抱えた機体が、軽く、硬く、折れずに立てば、戦い方そのものが変わる」
それが外向きの言い方だ。
本当はもっとはっきり見えている。物理火器を受け止め、距離を詰め、殴り、撃ち、それでも崩れぬ機体が戦場へ出た時、薄い装甲の理屈は死ぬ。だがそこまで話せば早すぎる。だから言葉を削る。
マ・クベが帳面を閉じた。
「なら、掘るしかありませんな」
「どこを」
ドズルが問う。
私は壁面の宙域図へ視線を向けた。まだ名前はない。数字と符号だけだ。外縁宙域の採掘候補岩塊群。搬送線から外れた休止鉱区。後に誰かが名を与える前の、ただの番号だ。
「L5外縁、第六二鉱区候補」 「同じく第八一候補岩塊群」 「第九三採掘休止天体」 「第四搬送線外、二七番岩塊」
アサクラが眉をひそめる。
「順番が早いですな」
「遅いよりはましだ」
第六二と第八一。
後にア・バオア・クーと呼ばれる二つの岩塊。
第九三。
後にソロモンの名を与えられる要地。
二七。
後にパラオとして軍と補給の節になる岩塊。
今はまだ、ただの番号でしかない。だが、番号であるうちに押さえねば遅い。
「その番号に、そこまでの価値があると?」
「ある」
理由は言わない。言えば怪異になる。だが、外した時の損より、遅れた時の損の方が大きいことだけは分かっている。
その場で採鉱局と輸送局も呼び足した拡大会議になった。
採鉱側の反発は予想どおりだった。
「遠すぎます」 「まずは近場の既知鉱区を厚くすべきです」 「護衛が持ちません」 「結果が出るかも分からぬ岩塊に便を割けません」
もっともな意見だ。だからこそ切る価値がある。
「近い鉱区が早いのではない」
私が言うと、部屋は黙る。
「要る鉱区が早い」
「ですが採れる保証が」
「採れるかどうかを議論するな」
私は宙域図へ視線を固定したまま言った。
「採れねば困る場所を先に押さえろ」
ドズルが机を軽く叩いた。
「護衛が要るなら付ける」
採鉱局の男が振り向く。
「ですが、空振りなら」
「空振りの石を何度も運ぶ気はねえ」
ドズルは不機嫌そうなままだった。
「掘る価値のある番号を先に絞れ。それなら動かす」
彼の現実感覚は、この手の話では役に立つ。根性論へ走らず、守る価値のあるものなら守る。ないなら切る。
マ・クベが淡々と言う。
「掘るだけでは金属にはなりません」
「何ですと」
輸送局の人間が眉をしかめる。
「選別、精製、規格化、配分までつながって初めて素材です」
マ・クベは帳面の余白へ指を置いた。
「石のまま持ち帰れば、帳簿だけが増えます。皆様は数字が増えて満足なさるでしょうが、こちらは困る」
「嫌味ですな」
「事実です」
「採鉱隊を出すなら、同時に精製線も増やす。試験片の規格も統一する。混ぜ物のまま各社へ流せば、また規格違いが増えるだけです」
「軍用優先はどうする」
アサクラが問う。
「別台帳です」
マ・クベは即答した。
「民需用途の顔は残します。耐熱高強度材の工業拡大で通せばよい。だが、流す順番は別だ」
「甘い」
私はそこで言った。
全員の視線が集まる。
「掘るだけでは足りん。選り、焼き、固め、積み出すところまで、現地でやれ」
輸送局の男が、意味を量りかねた顔で瞬く。
「……現地で、と申されますか」
「そうだ。鉱石を運ぶな」
部屋の空気が、また一段変わる。
「不純物まで船腹へ詰めて何になる。価値の低いまま動かすな。現地で価値を上げろ」
採鉱局がすぐに食い下がった。
「そんな設備をどこに置くのです。電力も、居住区も、冷却も要る」
「置け」
「要塞でも作るおつもりですか」
「必要な順に積めば、そう見えるだけだ」
私は言葉を切らず、そのまま続けた。
「まず小型炉を置く。次に工業用の穿孔炉を置く。Iフィールド収束路で高密度の粒子を保持し、超高温プラズマで表層からではなく内部へ入れ。切り出すのではない。穿つ。穿ちながら内壁を焼き締めろ。空洞を作るついでに坑道を作れ。その奥へ一次選別線と精製炉を据える。価値のある分だけをインゴットにして出せ」
誰もすぐには口を開かなかった。
技術局の男が、ようやく言う。
「それは採鉱ではなく、施設建設です」
「採鉱の延長だ」
「工業用のIフィールド収束路など、まだ研究段階です」
「なら、今から研究を終わらせろ」
外向きには、これで十分だ。
前の生で知っている。あれは掘削炉の顔をした刃になる。高密度ミノフスキー粒子をIフィールドで細長く閉じ込め、プラズマとして食わせる。兵器へ向ければ刃だ。工業へ向ければ穿孔炉になる。ビームサーベルの応用だがな。だが今、それをその名で口にするわけにはいかない。
ドズルが口の端を歪めた。
「要するに、掘る場所をそのまま根城にする気か」
「掘るだけの場所は、いずれ奪われる」
私は答えた。
「守れる場所にしろ」
アサクラが細い息を吐く。
「総帥、それは採鉱計画の顔をした前進拠点建設です」
「違う」
一拍置いてから、私は言った。
「採鉱計画の延長だ」
マ・クベが、その言葉の意味を一番先に飲み込んだらしい。
「石を掘るのではなく、流れを作るわけですな」
「石だけあっても意味がない」
「掘削、精製、保管、積み出しまで一体化する」
マ・クベは静かに頷いた。
「なるほど。帳簿の上でも美しい」
キシリアがそこで初めて口を開いた。
「名称から軍を消しなさい」
全員の目がそちらへ向く。
「報告書から機体を消す。輸送台帳から艦を消す。耐熱材、炉材、工業用精製設備、深宇宙貨客船用高剛性材、その程度で十分よ。連邦が嗅ぐのは、実体より先に言葉だから」
「実体があればいい」
私が言うと、キシリアは小さく頷く。
「ええ。だからこちらは実体だけ作る」
前の生でもそうだった。連邦は兵器という名に反応する。だが民需と工業の顔をしたものへは手を出しづらい。議会が止め、商人が嫌がり、正義の顔が曇る。だからこそ平時の言葉で隠し、戦時の骨だけを先に通す。
会議は長くなったが、結論は一つだった。
第六二鉱区候補、第八一候補岩塊群、第九三採掘休止天体、二七番岩塊。
優先調査。
優先護衛。
現地一次選別。
現地精製。
工業用穿孔炉の試験導入。
精製線増設。
試験片規格統一。
民需偽装のまま軍用優先配分別台帳。
外へ出せる書類の顔は穏やかだ。だが中身は容赦がない。
会議が終わったあと、部屋に残ったのはアサクラだけだった。
「本当に、そこまで急ぐのですか」
「急ぐ」
「まだ開発機も揃っていません」
「だからだ」
私は宙域図へ目をやった。
誰にとっても、まだただの番号だ。だが私には、その先の景色が見える。名を持つ岩塊。拠点になる空域。後の戦場。後の生産基盤。
前の生では、知った時にはもう遅かった。どこを押さえれば、どこで差がつくかを。
「足りなくなってから掘るな」
私は言った。
「足りぬと分かった時には、もう遅い」
アサクラはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「では、遅れぬよう動かします」
「穏やかにな」
「善処します」
彼が去ったあと、私は机へ戻り、閉じた試算書へもう一度目を落とした。
小型炉だけでは足りない。
縮んだ炉を抱えたまま動ける骨が要る。
その骨を包んでも重くなりすぎぬ皮が要る。
そして、その両方を同時に成立させる金属が要る。
技術は前へ進んでいる。
だが、その技術を兵器へ変える素材は、まだ手の中にない。
ルナチタニウムが足りない。