妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第48話 ルナチタニウムが足りない

U.C.0072、技術局から上がってくる報告書は、どれも景気がよかった。

 

 ミノフスキー・イヨネスコ型核融合炉の縮小試験は前進。

 圧力容器の保持時間は改善。

 補助冷却系の安定も向上。

 試験床における出力変動は許容範囲内。

 

 数字だけを追えば、小型炉は確かに形になりつつある。だが、その報告書を読み終えても、私の気分は少しも軽くならなかった。

 

 炉だけでは足りん。

 

 前の生でも、皆、まず炉に酔った。どこまで縮む、どこまで出る、どこまで粒子を押さえ込める。だが戦場で差を作ったのは、炉単体ではない。高出力炉を抱えたまま、軽く、硬く、実体弾をものともせず、それでいて白兵戦まで成立させる器だった。

 

 薄い装甲でも動けば兵器になった時代は、長く続かなかった。やがて現れた白い悪魔は、一機の怪物ではなく、炉と素材が噛み合った結果そのものだった。

 

 私は報告書を閉じた。

 

「アサクラを呼べ」

 

 昼前には、アサクラが机の前に立っていた。セシリアが一礼して下がると、部屋は急に静かになる。

 

「お呼びと聞きました」

 

「これを読め」

 

 私は技術局の報告書と、別に綴じた試算書を滑らせた。アサクラは立ったまま最初の数頁を読み、途中から眉間へわずかに皺を寄せた。

 

「小型炉の前進報告ですな。数字は悪くない」

 

「その次を見ろ」

 

 頁をめくる音が一つ増えた。試算書には、炉試験の成功を前提にした必要材の一覧がある。圧力容器、磁場制御枠、Iフィールド発生器固定部、補助冷却線の保持材、試験骨格用の高強度部材、外装試験片、予備交換分。

 

「……随分と、材料の方へ寄せた試算ですな」

 

「寄せたのではない。そこが本体だ」

 

「炉よりも、ですか」

 

「炉だけ出来ても意味がない」

 

 アサクラはそこで椅子へ腰を下ろした。

 

「技術局は、小型炉の縮小自体を山だと思っているのでしょう」

 

「技術者は手元の山を見る」

 

「総帥はその向こうを見ておられる」

 

「見ているのは単純だ」

 

 私は試算表の数字を指先で押さえた。

 

「ルナチタニウムが足りない」

 

 部屋の空気が、そこで少しだけ変わった。アサクラは、ようやく本当にこの呼び出しの重さを理解した顔になった。

 

「試験片程度なら、マ・クベがいくらか押さえていたはずです」

 

「試験片では足りん。炉材補強だけならなおさら足りん」

 

「そこまで使う、と」

 

「使う」

 

 前の生で見たあの白い機体は、装甲が違った。骨格が違った。高出力炉を抱えたまま、物理火器を受け止め、なおかつ近接戦を成立させた。あれは装甲だけの話ではない。小型炉の圧力容器、磁場制御構造、Iフィールドの固定、機体骨格、外装、その全部が同じ方向を向いていた。

 

 だから今はまだ誰も知らぬうちに、素材だけは先に押さえる。

 

「技術局と軍務府、それにマ・クベを呼べ。数字を合わせる」

 

「ドズル様は」

 

「来させろ。炉の話が素材の話に変わるのを、自分の耳で聞かせておけ」

 

 午後には小会議室へ顔ぶれが揃った。技術局の主任技師が二人、軍務府からドズル、資材側からマ・クベ、アサクラとセシリア。漏らすにはまだ早い話だ。

 

 最初に喋ったのは技術局だった。

 

「縮小試験の進捗は良好です。圧力保持時間は前回比で一四パーセント増、粒子密度も――」

 

「何に載せる」

 

 私は途中で切った。

 

 主任技師が止まる。

 

「は」

 

「その炉を、何に載せる」

 

「次段階では試験骨格へ」

 

「その骨格は、何に耐える」

 

 技師は一度だけ視線を泳がせた。自分の担当ではない、と言いたい顔だった。だがもうその言い逃れを許す段階ではない。

 

「高温、耐圧、耐磁場、振動、出力変動に」

 

「重量は」

 

「現行の高強度材のままでは、かなり増します」

 

「増せば」

 

 ドズルが腕を組んだまま言う。

 

「動きが死ぬ」

 

「……はい」

 

 技師はようやく認めた。

 

「現行材の延長では、炉は抱えられても、機体全体としては重くなりすぎます」

 

「なら、材料の話だ」

 

 私はそこでマ・クベを見た。

 

「現状でどれだけ捻れる」

 

 マ・クベは用意してきた帳面を静かに開いた。

 

「試験片ならございます。炉材補強用の小口供給も、いくらかは」

 

「いくらか、とは」

 

「研究報告書を美しくする程度ですな」

 

 ドズルが眉をひそめる。

 

「分かりにくい」

 

「国家を支えるには細い、ということです」

 

 マ・クベは、まるで悪びれない。

 

「試作炉の補強を何とかすることは出来ましょう。ですが、それを開発機へ載せ、予備を持ち、交換し、骨格と外装の試験まで進めるとなると、一気に話にならなくなります」

 

 技術局のもう一人が口を挟んだ。

 

「そこまで要りますか。まずは炉を成立させれば」

 

「試作で終わる気はない」

 

 私が言うと、その男は黙った。

 

 前の生では、試作一機分で安堵した瞬間から負け始めた。一機出来る、動く、それで満足した者は、その後に来る量産の壁を越えられない。白い悪魔は、一機の偶然ではなかった。量産を見据えた素材体系が、先に整っていたからこその姿だった。

 

 アサクラが試算書を机へ広げた。

 

「現状の必要量はこのくらいと」

 

 技術局の男が数字を見て、息を止めた。

 

「……多すぎます」

 

「足りぬよりましだ」

 

「炉だけの話ではありませんな」

 

 マ・クベが頁を追う。

 

「骨格、外装、Iフィールド固定材、予備、交換用、兵装試験まで含めている」

 

「含める」

 

「まだそこまで先は」

 

「先ではない」

 

 私は言った。

 

「炉が小さくなるなら、次に来るのは装甲だ」

 

 部屋が静まる。

 

「現在の開発機は、そこまでの装甲を前提としておりません」

 

 技術局の主任が言う。

 

「要するに、今の開発機は当たれば抜ける」

 

 ドズルの言い方は容赦がなかった。

 

「……はい」

 

「それで足りる時代は長くない」

 

 私が言うと、アサクラがこちらを見る。

 

「そこまで言い切りますか」

 

「高出力炉を抱えた機体が、軽く、硬く、折れずに立てば、戦い方そのものが変わる」

 

 それが外向きの言い方だ。

 

 本当はもっとはっきり見えている。物理火器を受け止め、距離を詰め、殴り、撃ち、それでも崩れぬ機体が戦場へ出た時、薄い装甲の理屈は死ぬ。だがそこまで話せば早すぎる。だから言葉を削る。

 

 マ・クベが帳面を閉じた。

 

「なら、掘るしかありませんな」

 

「どこを」

 

 ドズルが問う。

 

 私は壁面の宙域図へ視線を向けた。まだ名前はない。数字と符号だけだ。外縁宙域の採掘候補岩塊群。搬送線から外れた休止鉱区。後に誰かが名を与える前の、ただの番号だ。

 

「L5外縁、第六二鉱区候補」 「同じく第八一候補岩塊群」 「第九三採掘休止天体」 「第四搬送線外、二七番岩塊」

 

 アサクラが眉をひそめる。

 

「順番が早いですな」

 

「遅いよりはましだ」

 

 第六二と第八一。

 

 後にア・バオア・クーと呼ばれる二つの岩塊。

 

 第九三。

 

 後にソロモンの名を与えられる要地。

 

 二七。

 

 後にパラオとして軍と補給の節になる岩塊。

 

 今はまだ、ただの番号でしかない。だが、番号であるうちに押さえねば遅い。

 

「その番号に、そこまでの価値があると?」

 

「ある」

 

 理由は言わない。言えば怪異になる。だが、外した時の損より、遅れた時の損の方が大きいことだけは分かっている。

 

 その場で採鉱局と輸送局も呼び足した拡大会議になった。

 

 採鉱側の反発は予想どおりだった。

 

「遠すぎます」 「まずは近場の既知鉱区を厚くすべきです」 「護衛が持ちません」 「結果が出るかも分からぬ岩塊に便を割けません」

 

 もっともな意見だ。だからこそ切る価値がある。

 

「近い鉱区が早いのではない」

 

 私が言うと、部屋は黙る。

 

「要る鉱区が早い」

 

「ですが採れる保証が」

 

「採れるかどうかを議論するな」

 

 私は宙域図へ視線を固定したまま言った。

 

「採れねば困る場所を先に押さえろ」

 

 ドズルが机を軽く叩いた。

 

「護衛が要るなら付ける」

 

 採鉱局の男が振り向く。

 

「ですが、空振りなら」

 

「空振りの石を何度も運ぶ気はねえ」

 

 ドズルは不機嫌そうなままだった。

 

「掘る価値のある番号を先に絞れ。それなら動かす」

 

 彼の現実感覚は、この手の話では役に立つ。根性論へ走らず、守る価値のあるものなら守る。ないなら切る。

 

 マ・クベが淡々と言う。

 

「掘るだけでは金属にはなりません」

 

「何ですと」

 

 輸送局の人間が眉をしかめる。

 

「選別、精製、規格化、配分までつながって初めて素材です」

 

 マ・クベは帳面の余白へ指を置いた。

 

「石のまま持ち帰れば、帳簿だけが増えます。皆様は数字が増えて満足なさるでしょうが、こちらは困る」

 

「嫌味ですな」

 

「事実です」

 

「採鉱隊を出すなら、同時に精製線も増やす。試験片の規格も統一する。混ぜ物のまま各社へ流せば、また規格違いが増えるだけです」

 

「軍用優先はどうする」

 

 アサクラが問う。

 

「別台帳です」

 

 マ・クベは即答した。

 

「民需用途の顔は残します。耐熱高強度材の工業拡大で通せばよい。だが、流す順番は別だ」

 

「甘い」

 

 私はそこで言った。

 

 全員の視線が集まる。

 

「掘るだけでは足りん。選り、焼き、固め、積み出すところまで、現地でやれ」

 

 輸送局の男が、意味を量りかねた顔で瞬く。

 

「……現地で、と申されますか」

 

「そうだ。鉱石を運ぶな」

 

 部屋の空気が、また一段変わる。

 

「不純物まで船腹へ詰めて何になる。価値の低いまま動かすな。現地で価値を上げろ」

 

 採鉱局がすぐに食い下がった。

 

「そんな設備をどこに置くのです。電力も、居住区も、冷却も要る」

 

「置け」

 

「要塞でも作るおつもりですか」

 

「必要な順に積めば、そう見えるだけだ」

 

 私は言葉を切らず、そのまま続けた。

 

「まず小型炉を置く。次に工業用の穿孔炉を置く。Iフィールド収束路で高密度の粒子を保持し、超高温プラズマで表層からではなく内部へ入れ。切り出すのではない。穿つ。穿ちながら内壁を焼き締めろ。空洞を作るついでに坑道を作れ。その奥へ一次選別線と精製炉を据える。価値のある分だけをインゴットにして出せ」

 

 誰もすぐには口を開かなかった。

 

 技術局の男が、ようやく言う。

 

「それは採鉱ではなく、施設建設です」

 

「採鉱の延長だ」

 

「工業用のIフィールド収束路など、まだ研究段階です」

 

「なら、今から研究を終わらせろ」

 

 外向きには、これで十分だ。

 

 前の生で知っている。あれは掘削炉の顔をした刃になる。高密度ミノフスキー粒子をIフィールドで細長く閉じ込め、プラズマとして食わせる。兵器へ向ければ刃だ。工業へ向ければ穿孔炉になる。ビームサーベルの応用だがな。だが今、それをその名で口にするわけにはいかない。

 

 ドズルが口の端を歪めた。

 

「要するに、掘る場所をそのまま根城にする気か」

 

「掘るだけの場所は、いずれ奪われる」

 

 私は答えた。

 

「守れる場所にしろ」

 

 アサクラが細い息を吐く。

 

「総帥、それは採鉱計画の顔をした前進拠点建設です」

 

「違う」

 

 一拍置いてから、私は言った。

 

「採鉱計画の延長だ」

 

 マ・クベが、その言葉の意味を一番先に飲み込んだらしい。

 

「石を掘るのではなく、流れを作るわけですな」

 

「石だけあっても意味がない」

 

「掘削、精製、保管、積み出しまで一体化する」

 

 マ・クベは静かに頷いた。

 

「なるほど。帳簿の上でも美しい」

 

 キシリアがそこで初めて口を開いた。

 

「名称から軍を消しなさい」

 

 全員の目がそちらへ向く。

 

「報告書から機体を消す。輸送台帳から艦を消す。耐熱材、炉材、工業用精製設備、深宇宙貨客船用高剛性材、その程度で十分よ。連邦が嗅ぐのは、実体より先に言葉だから」

 

「実体があればいい」

 

 私が言うと、キシリアは小さく頷く。

 

「ええ。だからこちらは実体だけ作る」

 

 前の生でもそうだった。連邦は兵器という名に反応する。だが民需と工業の顔をしたものへは手を出しづらい。議会が止め、商人が嫌がり、正義の顔が曇る。だからこそ平時の言葉で隠し、戦時の骨だけを先に通す。

 

 会議は長くなったが、結論は一つだった。

 

 第六二鉱区候補、第八一候補岩塊群、第九三採掘休止天体、二七番岩塊。

 優先調査。

 優先護衛。

 現地一次選別。

 現地精製。

 工業用穿孔炉の試験導入。

 精製線増設。

 試験片規格統一。

 民需偽装のまま軍用優先配分別台帳。

 

 外へ出せる書類の顔は穏やかだ。だが中身は容赦がない。

 

 会議が終わったあと、部屋に残ったのはアサクラだけだった。

 

「本当に、そこまで急ぐのですか」

 

「急ぐ」

 

「まだ開発機も揃っていません」

 

「だからだ」

 

 私は宙域図へ目をやった。

 

 誰にとっても、まだただの番号だ。だが私には、その先の景色が見える。名を持つ岩塊。拠点になる空域。後の戦場。後の生産基盤。

 

 前の生では、知った時にはもう遅かった。どこを押さえれば、どこで差がつくかを。

 

「足りなくなってから掘るな」

 

 私は言った。

 

「足りぬと分かった時には、もう遅い」

 

 アサクラはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。

 

「では、遅れぬよう動かします」

 

「穏やかにな」

 

「善処します」

 

 彼が去ったあと、私は机へ戻り、閉じた試算書へもう一度目を落とした。

 

 小型炉だけでは足りない。

 縮んだ炉を抱えたまま動ける骨が要る。

 その骨を包んでも重くなりすぎぬ皮が要る。

 そして、その両方を同時に成立させる金属が要る。

 

 技術は前へ進んでいる。

 だが、その技術を兵器へ変える素材は、まだ手の中にない。

 

 ルナチタニウムが足りない。

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