妹に撃たれない方法   作:Brooks

5 / 226
第5話 善意のノック

 

ノックの音で、だいたいその人間の性格はわかる。

 

ドズルのノックは壁に喧嘩を売る音だし、キシリアのノックは「入るわよ」という通告であって許可を待つ形式ではない。父のノックは妙に短く、秘書官のものは丁寧すぎる。丁寧すぎるノックは、たいていろくでもない報告を運んでくる。

 

その夜、私の執務室の扉を叩いた音は、ひどくまっすぐだった。

一定の間隔で二回、少し置いて一回。よく磨かれた靴みたいなノックだった。

 

私はそれだけで、ガルマだとわかった。

 

「入れ」

 

扉が開き、末弟は予想どおりの顔で入ってきた。若く、きれいで、善意をまだ信じている人間の顔だった。手には箱を持っている。菓子箱だった。嫌な予感がした。政治の場に菓子箱を持ってくる人間は、大抵その場を余計に難しくする。

 

「兄上、少しいいですか」

 

「もう入っている」

 

「そうでした」

 

彼は素直に笑った。

こういう笑い方のできる人間は希少だ。そしてたいてい、組織の中では危険物扱いされる。

 

私は椅子にもたれた。

 

「何だ」

 

ガルマは箱を机に置いた。

「焼き菓子です。評判のいい店の」

 

「賄賂か」

 

「違います」

 

「では、前置きか」

 

彼は一瞬だけ困った顔をし、それから率直に言った。

 

「キャスバル君たちのところへ行きたいんです」

 

私はガルマを見た。

その次に、机の上の菓子箱を見た。

それからもう一度ガルマを見た。

 

「誰の発案だ」

 

「僕です」

 

「誰の許可を取った」

 

「まだ誰のも」

 

「では、今まさに止められようとしているわけだな」

 

「兄上」とガルマは言った。「子どもたちでしょう」

 

「そうだ」

 

「だったら、少しでも普通にしてあげた方がいいと思うんです。大人がみんな難しい顔をしていたら、余計につらいじゃないですか」

 

私は彼の顔を見た。

まっすぐすぎる意見というのは、時として銃より扱いが難しい。銃なら取り上げればいいが、善意はそうはいかない。善意は本人の中で自然発火する。

 

「普通、か」と私は言った。

 

「はい」

 

「お前は“普通”という言葉を便利に使うな」

 

「兄上たちは逆です。難しくしすぎる」

 

私は返事をしなかった。

それはまあ、そのとおりでもあった。

 

そのとき、扉の向こうでもう一度ノックがした。

今度は一回だけ。短く、しかも返事を待たない。

 

キシリアだった。

 

「兄上、どうせまだ起きて――」と彼女は言いかけ、ガルマを見ると、目を細めた。「まあ、珍しい組み合わせ」

 

「兄上にお願いをしてたんだ」とガルマが言った。

 

「聞かなくてもわかるわ」とキシリアは言った。「その箱、菓子でしょう。善意の匂いがする」

 

「別に悪いことじゃないだろう」

 

「悪いわけではないわ。でも、この家ではだいたい扱いを間違える」

 

キシリアは私の机の端に腰をかけた。

人の家具を自分の領土みたいに使う癖は、いつまで経っても治らない。

 

「それで?」と彼女が言った。「何をしたいの、ガルマ」

 

「キャスバル君とアルテイシアさんのところへ行きたいんだ」

 

「どうして」

 

「どうしてって……」

 

「そこを訊いてるの。かわいそうだから? 親を失ったから? それとも、ザビ家がちゃんとしていると見せたいから?」

 

ガルマは少し黙った。

まだ若いが、馬鹿ではない。問いが意地悪であることくらい、わかる。

 

「かわいそうだから、だけじゃありません」と彼は言った。「たぶん、僕が嫌なんです。みんながあの子たちを“問題”みたいに扱うのが」

 

キシリアは一瞬だけ、何も言わなかった。

それから、珍しく少し柔らかい声で言った。

 

「あなた、損をするわよ。その考え方」

 

「かもしれない。でも、しないよりはいいと思う」

 

私はそこで、疲れたような、少し可笑しいような気分になった。

工廠で罠を張り、書記官を捕まえ、証拠を裏返し、家族間の停戦協定を細く延命しているその横で、末弟は菓子箱を抱えて「普通」を持ち込もうとしている。宇宙世紀のほとんどの悲劇は、その対比だけでできている気がした。

 

「わかった」と私は言った。

 

ガルマが顔を上げた。

「本当?」

 

「私も行く」

 

彼は露骨に安心した顔をした。

まるで私がいれば何とかなると思っているみたいだった。若さとは、絶望の材料がまだ十分に揃っていない状態のことだ。

 

「私も行くわ」とキシリアが言った。

 

「来なくていい」と私は言った。

 

「兄上一人で善意の火事を処理できるとは思えないもの」

 

「火事にする前提か」

 

「だいたい、ガルマが焼き菓子を持って訪問する時点で、もう煙は出てる」

 

ガルマは少し不満そうだったが、反論はしなかった。自分の善意がこの家では可燃物扱いされることに、うっすら気づき始めているのかもしれない。

 

---

 

ダイクン家の仮住まいは、夜になると妙に静かだった。

もともと大きな屋敷ではないが、今はそこに住む人間の数が少なすぎる。人の足りない家というのは、物音の反響がどこか不自然だ。広さではなく、欠落が音を大きくする。

 

応接室に通されると、キャスバルはすでに座っていた。

私たち三人を見て、ほんのわずかに眉を動かした。驚きというより、計算の修正に近い表情だった。アルテイシアはソファの端で足をぶらぶらさせていたが、ガルマの持つ箱を見たとたん目を輝かせた。

 

「なにそれ」と彼女が言った。

 

「焼き菓子です」とガルマが答えた。「甘いよ」

 

「じゃあ好き」

 

話が早かった。

政治もそのくらい簡単ならよかった。

 

「こんばんは」とガルマは言った。

「こんばんは」とアルテイシア。

キャスバルは少し間を置いて、「こんばんは」と言った。

 

私はそのやり取りを見ながら、この場で一番外交的なのはアルテイシアかもしれないと思った。少なくとも菓子に対しては門戸が開かれている。

 

ガルマは箱をテーブルに置いた。中には、見た目だけやたら上品な焼き菓子が並んでいた。きれいに整いすぎた菓子は、時々信用できない。しかし子どもにはだいたい効く。

 

「僕、ガルマ・ザビです」と彼は改めて言った。

 

「知ってる」とキャスバルが言った。

 

その返しの温度はかなり低かったが、ガルマは気にした様子もなく微笑んだ。

 

「そうだよね」

 

強い。

私は内心でそう思った。無邪気な人間は時々、装甲車より打たれ強い。

 

キシリアはソファの背にもたれ、何も言わなかった。

彼女はこういうとき、相手の目線や呼吸や指先の動きを記録している。人間らしい会話に見えて、頭の中では報告書ができているはずだ。

 

使用人が茶を運んできた。

カップが五つ。焼き菓子。薄い照明。外ではサイド3の人工夜が静かに光っている。見た目だけなら、どこにでもある穏やかな茶会だ。見た目だけなら、たいていの内戦は始まらない。

 

最初に場を動かしたのは、やはりアルテイシアだった。

 

「この前、工場ですごくおおきいの見た」

 

「ああ、聞いたよ」とガルマが言った。「怖くなかった?」

 

「ちょっと。でも白いこがはさまってたから」

 

「白いこ?」

 

「機械」

 

ガルマはそこで笑った。

「君、面白いね」

 

キャスバルが静かに言った。

「妹は、機械にも名前をつけるんです」

 

「いいことだと思う」とガルマは言った。「名前があれば、雑に扱いにくい」

 

私は茶を飲みながら、ガルマが時々ひどく本質的なことを言うのが困ると思った。雑に扱いにくい。確かにそうだ。人も家も国も、名前があると少し壊しにくくなる。だから政治はしばしば、先に相手を概念に変える。

 

「ガルマ」とキシリアが言った。「あなた今日は、少し黙っていた方がいいわ」

 

「どうして」

 

「正しすぎるから」

 

「姉上、それ褒めてる?」

 

「まったく」

 

アルテイシアがくすっと笑った。

それを聞いて、ガルマも笑った。

そして、信じられないことに、キャスバルの口元までほんの少しだけ動いた。

 

私はその変化を見逃さなかった。

少年が笑うのを見るのはいいことだ。だが、誰に対して笑ったのかによっては、あとでかなり面倒になる。

 

「学校みたいだね」とガルマが言った。

 

「学校」とキャスバルが繰り返した。

 

「うん。僕、子どもの頃、知らない子と話すの苦手だったんだ」

 

「今は得意そうですね」とキャスバルは言った。

 

「今も少し苦手だよ」

 

「そうは見えません」

 

「たぶん、苦手でも話すしかない場面が増えたから」

 

その言い方に、私は少しだけ感心した。

ガルマはまだ子どもっぽいが、ただの子どもではない。ザビ家で末弟として育った人間に、何も身についていないわけがない。

 

キシリアが焼き菓子を一つつまみ、皿の上で割った。

「それで」と彼女は言った。「今日は本当に、お菓子を食べに来ただけ?」

 

「半分は」とガルマは答えた。

 

「残り半分は?」

 

彼は正直に言った。

 

「元気づけたかったんです」

 

応接室の空気が、ほんの少しだけ動いた。

キャスバルはガルマを見た。アルテイシアは焼き菓子を見た。私は天井灯を見たくなった。

 

「元気づける」とキャスバルが言った。「誰を?」

 

「二人を」

 

「どうして僕たちが落ち込んでると思うんです」

 

「普通は落ち込むだろう」

 

「普通、ですか」

 

あまりよくない流れだった。

私は口を挟もうとしたが、その前にアルテイシアが言った。

 

「わたしはちょっとさみしいけど、おかしは食べる」

 

それで場が少し救われた。

子どもは時々、議論を短く切る。大人にはなかなかできない芸当だ。

 

ガルマはうなずいた。

「そうだよね。食べよう」

 

キャスバルは何も言わなかった。

だがもう、完全には拒絶していなかった。彼は賢い。真正面から善意を拒むと、相手の愚かさより先に、自分の疲労が増えることを知っているのだろう。

 

しばらくして、ガルマはポケットから小さな包みを取り出した。

 

「あと、これ」

 

私は嫌な予感がした。

今日は予感の種類が多すぎる。

 

包みの中から出てきたのは、小さな木製のパズルだった。古い地球の地図を模したものらしい。大陸がばらばらのピースになっている。趣味は悪くない。悪くないが、象徴としてはやや不用意だ。

 

「地球」とキャスバルが言った。

 

「うん」とガルマは言った。「退屈しないかなと思って」

 

「ばらばらですね」とキャスバル。

 

「組み立てるんだよ」

 

「元から一つだったものを?」

 

私はその会話に割って入るタイミングを失った。

キシリアは面白そうに黙っていた。あの女は本当に性格が悪い。

 

アルテイシアが地図のピースを一つ持ち上げた。

「これ、どこ?」

 

「たぶん南米だ」と私は言った。

 

「たぶん?」

 

「地球には長く住んでいないからな」

 

「へんなの」と彼女は言った。

 

「同感だ」と私は答えた。

 

そのとき、ガルマが何の気なしに言った。

 

「今度、うちの夕食会にも来ない?」

 

私は茶を少しこぼしかけた。

キシリアは咳払いをして笑いを隠した。

キャスバルは動かなかった。アルテイシアだけが素直に顔を上げた。

 

「ゆうしょくかい?」

 

「うん」とガルマは言った。「最近、週に一回やってるんだ。みんなで食べるだけの」

 

食べるだけ、ではない。

あれは実際には、武器検査と毒見と牽制と沈黙の技術を学ぶ場だ。だが末弟の目にはそう映っていないらしい。ある意味、たいへん健康的だった。

 

「ガルマ」と私は言った。「それは」

 

しかしもう遅かった。

アルテイシアが先に言った。

 

「おいしいの?」

 

「たぶん」とガルマ。

 

「じゃあ行く」

 

「君一人ではないだろう」とキャスバルが言った。

 

「お兄さまも来る?」

 

アルテイシアはまっすぐ兄を見た。

キャスバルは少し黙り、それから私に視線を向けた。

 

「行ってもいいんですか」と彼は言った。

 

その訊き方がうまかった。

私に答えさせる形にしている。許せば責任は私に、拒めば理由も私に乗る。

 

「兄上」とキシリアが、楽しそうに言った。「どうするの」

 

私はガルマを見た。

ガルマは自分が何をしたのか、まだ半分しか理解していない顔だった。

それからキャスバルを見た。

彼は落ち着いていた。むしろ、面白がり始めているようにすら見えた。

アルテイシアは焼き菓子の粉を指につけていた。

そしてキシリアは、今夜一番機嫌が良さそうだった。

 

私はゆっくりカップを置いた。

 

「来てもいい」と私は言った。

 

ガルマがぱっと明るい顔になった。

キシリアはその逆に、ひどく静かな笑みを浮かべた。

キャスバルはうなずいた。

 

「わかりました」

 

「兄上」とキシリアが言った。「あなた正気?」

 

「この家で正気を保つ方が不自然だ」

 

「名言ね」

 

「気に入らない」

 

アルテイシアが訊いた。

「そのゆうしょくかい、ドズルって人もいる?」

 

「いる」と私は言った。

 

「おおきい?」

 

「かなり」

 

「見たい」

 

「たいていの人間は、最初そう思う」

 

ガルマは笑い、アルテイシアも笑った。

キャスバルは笑わなかったが、もうこの話を拒否する気はないようだった。むしろ、危険を見学するつもりの目だった。父を失った少年にしては、ずいぶん向いていない趣味だ。しかし、未来を思えば納得もいく。

 

茶会の帰り、廊下でキシリアが私に並んだ。

 

「兄上、あなたわざと?」

 

「何がだ」

 

「呼んだこと」

 

「半分は事故だ」

 

「残り半分は?」

 

「見ておくべきだと思った。あの子を家の中へ入れたとき、何が起きるか」

 

キシリアは少し考えた。

 

「ひどい教育方針」

 

「お前に言われたくない」

 

「でも嫌いじゃないわ」

 

外へ出ると、人工夜景が冷たく澄んでいた。

車へ向かう途中、ガルマが隣に来た。

 

「兄上、ありがとうございます」

 

「礼はまだ早い」

 

「でも、よかったです。少し笑ってくれた」

 

「誰が」

 

「みんなが、少しだけ」

 

私は返事をしなかった。

笑いというのは、場を和ませることもあるが、油断を生むこともある。少なくともザビ家の食卓では、その両方がよく起きる。

 

「兄上」とガルマが続けた。「たまには普通のことも、した方がいいですよ」

 

「お前はさっきから“普通”を過大評価している」

 

「兄上たちは過小評価してる」

 

私は彼を見た。

若い。きれいで、傷がまだ浅い。だがたぶん、そういう人間がいちばん長く人の中に残る。思想ではなく記憶として。

 

「今度の夕食会」とガルマは言った。「ちゃんと楽しい会にしましょうね」

 

私はしばらく黙っていた。

それから言った。

 

「お前は本当に、難しいことを簡単に言うな」

 

「兄上たちは、簡単なことを難しく言いすぎます」

 

彼はそう言って、少し照れたように笑った。

私はその顔を見て、たぶんこの弟は私たちよりずっと危険なのだと思った。人を疑わないで近づける人間は、たいてい最終的に一番深い場所へ入ってくる。

 

車に乗る前、私はダイクン家の屋敷を振り返った。

明かりはまだついていた。たぶん、キャスバルは今ごろ考えているだろう。ザビ家の夕食会に行くべきかどうかではなく、そこへ行って何を見るべきかを。

 

私はポケットの中で指を組んだ。

次の夕食会のメモを、今のうちに書き直さなくてはならない。

 

武器検査。

飲料共有禁止。

席順の再考。

ガルマの善意への対策。

そして――ダイクン家の遺児を前にして、誰も余計な真実を口にしないこと。

 

最後の項目が一番難しいだろうと思った。

この家の人間は、黙るべきときほど、妙なことを言いたがる。特に酒が入ると。

 

サイド3の夜は静かだった。

静かすぎる夜は、たいてい次の騒ぎの前触れだ。

 

来週の夕食会では、たぶん誰かがスープをこぼす。

できれば、それが血でないことを私は心から願っていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。