ノックの音で、だいたいその人間の性格はわかる。
ドズルのノックは壁に喧嘩を売る音だし、キシリアのノックは「入るわよ」という通告であって許可を待つ形式ではない。父のノックは妙に短く、秘書官のものは丁寧すぎる。丁寧すぎるノックは、たいていろくでもない報告を運んでくる。
その夜、私の執務室の扉を叩いた音は、ひどくまっすぐだった。
一定の間隔で二回、少し置いて一回。よく磨かれた靴みたいなノックだった。
私はそれだけで、ガルマだとわかった。
「入れ」
扉が開き、末弟は予想どおりの顔で入ってきた。若く、きれいで、善意をまだ信じている人間の顔だった。手には箱を持っている。菓子箱だった。嫌な予感がした。政治の場に菓子箱を持ってくる人間は、大抵その場を余計に難しくする。
「兄上、少しいいですか」
「もう入っている」
「そうでした」
彼は素直に笑った。
こういう笑い方のできる人間は希少だ。そしてたいてい、組織の中では危険物扱いされる。
私は椅子にもたれた。
「何だ」
ガルマは箱を机に置いた。
「焼き菓子です。評判のいい店の」
「賄賂か」
「違います」
「では、前置きか」
彼は一瞬だけ困った顔をし、それから率直に言った。
「キャスバル君たちのところへ行きたいんです」
私はガルマを見た。
その次に、机の上の菓子箱を見た。
それからもう一度ガルマを見た。
「誰の発案だ」
「僕です」
「誰の許可を取った」
「まだ誰のも」
「では、今まさに止められようとしているわけだな」
「兄上」とガルマは言った。「子どもたちでしょう」
「そうだ」
「だったら、少しでも普通にしてあげた方がいいと思うんです。大人がみんな難しい顔をしていたら、余計につらいじゃないですか」
私は彼の顔を見た。
まっすぐすぎる意見というのは、時として銃より扱いが難しい。銃なら取り上げればいいが、善意はそうはいかない。善意は本人の中で自然発火する。
「普通、か」と私は言った。
「はい」
「お前は“普通”という言葉を便利に使うな」
「兄上たちは逆です。難しくしすぎる」
私は返事をしなかった。
それはまあ、そのとおりでもあった。
そのとき、扉の向こうでもう一度ノックがした。
今度は一回だけ。短く、しかも返事を待たない。
キシリアだった。
「兄上、どうせまだ起きて――」と彼女は言いかけ、ガルマを見ると、目を細めた。「まあ、珍しい組み合わせ」
「兄上にお願いをしてたんだ」とガルマが言った。
「聞かなくてもわかるわ」とキシリアは言った。「その箱、菓子でしょう。善意の匂いがする」
「別に悪いことじゃないだろう」
「悪いわけではないわ。でも、この家ではだいたい扱いを間違える」
キシリアは私の机の端に腰をかけた。
人の家具を自分の領土みたいに使う癖は、いつまで経っても治らない。
「それで?」と彼女が言った。「何をしたいの、ガルマ」
「キャスバル君とアルテイシアさんのところへ行きたいんだ」
「どうして」
「どうしてって……」
「そこを訊いてるの。かわいそうだから? 親を失ったから? それとも、ザビ家がちゃんとしていると見せたいから?」
ガルマは少し黙った。
まだ若いが、馬鹿ではない。問いが意地悪であることくらい、わかる。
「かわいそうだから、だけじゃありません」と彼は言った。「たぶん、僕が嫌なんです。みんながあの子たちを“問題”みたいに扱うのが」
キシリアは一瞬だけ、何も言わなかった。
それから、珍しく少し柔らかい声で言った。
「あなた、損をするわよ。その考え方」
「かもしれない。でも、しないよりはいいと思う」
私はそこで、疲れたような、少し可笑しいような気分になった。
工廠で罠を張り、書記官を捕まえ、証拠を裏返し、家族間の停戦協定を細く延命しているその横で、末弟は菓子箱を抱えて「普通」を持ち込もうとしている。宇宙世紀のほとんどの悲劇は、その対比だけでできている気がした。
「わかった」と私は言った。
ガルマが顔を上げた。
「本当?」
「私も行く」
彼は露骨に安心した顔をした。
まるで私がいれば何とかなると思っているみたいだった。若さとは、絶望の材料がまだ十分に揃っていない状態のことだ。
「私も行くわ」とキシリアが言った。
「来なくていい」と私は言った。
「兄上一人で善意の火事を処理できるとは思えないもの」
「火事にする前提か」
「だいたい、ガルマが焼き菓子を持って訪問する時点で、もう煙は出てる」
ガルマは少し不満そうだったが、反論はしなかった。自分の善意がこの家では可燃物扱いされることに、うっすら気づき始めているのかもしれない。
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ダイクン家の仮住まいは、夜になると妙に静かだった。
もともと大きな屋敷ではないが、今はそこに住む人間の数が少なすぎる。人の足りない家というのは、物音の反響がどこか不自然だ。広さではなく、欠落が音を大きくする。
応接室に通されると、キャスバルはすでに座っていた。
私たち三人を見て、ほんのわずかに眉を動かした。驚きというより、計算の修正に近い表情だった。アルテイシアはソファの端で足をぶらぶらさせていたが、ガルマの持つ箱を見たとたん目を輝かせた。
「なにそれ」と彼女が言った。
「焼き菓子です」とガルマが答えた。「甘いよ」
「じゃあ好き」
話が早かった。
政治もそのくらい簡単ならよかった。
「こんばんは」とガルマは言った。
「こんばんは」とアルテイシア。
キャスバルは少し間を置いて、「こんばんは」と言った。
私はそのやり取りを見ながら、この場で一番外交的なのはアルテイシアかもしれないと思った。少なくとも菓子に対しては門戸が開かれている。
ガルマは箱をテーブルに置いた。中には、見た目だけやたら上品な焼き菓子が並んでいた。きれいに整いすぎた菓子は、時々信用できない。しかし子どもにはだいたい効く。
「僕、ガルマ・ザビです」と彼は改めて言った。
「知ってる」とキャスバルが言った。
その返しの温度はかなり低かったが、ガルマは気にした様子もなく微笑んだ。
「そうだよね」
強い。
私は内心でそう思った。無邪気な人間は時々、装甲車より打たれ強い。
キシリアはソファの背にもたれ、何も言わなかった。
彼女はこういうとき、相手の目線や呼吸や指先の動きを記録している。人間らしい会話に見えて、頭の中では報告書ができているはずだ。
使用人が茶を運んできた。
カップが五つ。焼き菓子。薄い照明。外ではサイド3の人工夜が静かに光っている。見た目だけなら、どこにでもある穏やかな茶会だ。見た目だけなら、たいていの内戦は始まらない。
最初に場を動かしたのは、やはりアルテイシアだった。
「この前、工場ですごくおおきいの見た」
「ああ、聞いたよ」とガルマが言った。「怖くなかった?」
「ちょっと。でも白いこがはさまってたから」
「白いこ?」
「機械」
ガルマはそこで笑った。
「君、面白いね」
キャスバルが静かに言った。
「妹は、機械にも名前をつけるんです」
「いいことだと思う」とガルマは言った。「名前があれば、雑に扱いにくい」
私は茶を飲みながら、ガルマが時々ひどく本質的なことを言うのが困ると思った。雑に扱いにくい。確かにそうだ。人も家も国も、名前があると少し壊しにくくなる。だから政治はしばしば、先に相手を概念に変える。
「ガルマ」とキシリアが言った。「あなた今日は、少し黙っていた方がいいわ」
「どうして」
「正しすぎるから」
「姉上、それ褒めてる?」
「まったく」
アルテイシアがくすっと笑った。
それを聞いて、ガルマも笑った。
そして、信じられないことに、キャスバルの口元までほんの少しだけ動いた。
私はその変化を見逃さなかった。
少年が笑うのを見るのはいいことだ。だが、誰に対して笑ったのかによっては、あとでかなり面倒になる。
「学校みたいだね」とガルマが言った。
「学校」とキャスバルが繰り返した。
「うん。僕、子どもの頃、知らない子と話すの苦手だったんだ」
「今は得意そうですね」とキャスバルは言った。
「今も少し苦手だよ」
「そうは見えません」
「たぶん、苦手でも話すしかない場面が増えたから」
その言い方に、私は少しだけ感心した。
ガルマはまだ子どもっぽいが、ただの子どもではない。ザビ家で末弟として育った人間に、何も身についていないわけがない。
キシリアが焼き菓子を一つつまみ、皿の上で割った。
「それで」と彼女は言った。「今日は本当に、お菓子を食べに来ただけ?」
「半分は」とガルマは答えた。
「残り半分は?」
彼は正直に言った。
「元気づけたかったんです」
応接室の空気が、ほんの少しだけ動いた。
キャスバルはガルマを見た。アルテイシアは焼き菓子を見た。私は天井灯を見たくなった。
「元気づける」とキャスバルが言った。「誰を?」
「二人を」
「どうして僕たちが落ち込んでると思うんです」
「普通は落ち込むだろう」
「普通、ですか」
あまりよくない流れだった。
私は口を挟もうとしたが、その前にアルテイシアが言った。
「わたしはちょっとさみしいけど、おかしは食べる」
それで場が少し救われた。
子どもは時々、議論を短く切る。大人にはなかなかできない芸当だ。
ガルマはうなずいた。
「そうだよね。食べよう」
キャスバルは何も言わなかった。
だがもう、完全には拒絶していなかった。彼は賢い。真正面から善意を拒むと、相手の愚かさより先に、自分の疲労が増えることを知っているのだろう。
しばらくして、ガルマはポケットから小さな包みを取り出した。
「あと、これ」
私は嫌な予感がした。
今日は予感の種類が多すぎる。
包みの中から出てきたのは、小さな木製のパズルだった。古い地球の地図を模したものらしい。大陸がばらばらのピースになっている。趣味は悪くない。悪くないが、象徴としてはやや不用意だ。
「地球」とキャスバルが言った。
「うん」とガルマは言った。「退屈しないかなと思って」
「ばらばらですね」とキャスバル。
「組み立てるんだよ」
「元から一つだったものを?」
私はその会話に割って入るタイミングを失った。
キシリアは面白そうに黙っていた。あの女は本当に性格が悪い。
アルテイシアが地図のピースを一つ持ち上げた。
「これ、どこ?」
「たぶん南米だ」と私は言った。
「たぶん?」
「地球には長く住んでいないからな」
「へんなの」と彼女は言った。
「同感だ」と私は答えた。
そのとき、ガルマが何の気なしに言った。
「今度、うちの夕食会にも来ない?」
私は茶を少しこぼしかけた。
キシリアは咳払いをして笑いを隠した。
キャスバルは動かなかった。アルテイシアだけが素直に顔を上げた。
「ゆうしょくかい?」
「うん」とガルマは言った。「最近、週に一回やってるんだ。みんなで食べるだけの」
食べるだけ、ではない。
あれは実際には、武器検査と毒見と牽制と沈黙の技術を学ぶ場だ。だが末弟の目にはそう映っていないらしい。ある意味、たいへん健康的だった。
「ガルマ」と私は言った。「それは」
しかしもう遅かった。
アルテイシアが先に言った。
「おいしいの?」
「たぶん」とガルマ。
「じゃあ行く」
「君一人ではないだろう」とキャスバルが言った。
「お兄さまも来る?」
アルテイシアはまっすぐ兄を見た。
キャスバルは少し黙り、それから私に視線を向けた。
「行ってもいいんですか」と彼は言った。
その訊き方がうまかった。
私に答えさせる形にしている。許せば責任は私に、拒めば理由も私に乗る。
「兄上」とキシリアが、楽しそうに言った。「どうするの」
私はガルマを見た。
ガルマは自分が何をしたのか、まだ半分しか理解していない顔だった。
それからキャスバルを見た。
彼は落ち着いていた。むしろ、面白がり始めているようにすら見えた。
アルテイシアは焼き菓子の粉を指につけていた。
そしてキシリアは、今夜一番機嫌が良さそうだった。
私はゆっくりカップを置いた。
「来てもいい」と私は言った。
ガルマがぱっと明るい顔になった。
キシリアはその逆に、ひどく静かな笑みを浮かべた。
キャスバルはうなずいた。
「わかりました」
「兄上」とキシリアが言った。「あなた正気?」
「この家で正気を保つ方が不自然だ」
「名言ね」
「気に入らない」
アルテイシアが訊いた。
「そのゆうしょくかい、ドズルって人もいる?」
「いる」と私は言った。
「おおきい?」
「かなり」
「見たい」
「たいていの人間は、最初そう思う」
ガルマは笑い、アルテイシアも笑った。
キャスバルは笑わなかったが、もうこの話を拒否する気はないようだった。むしろ、危険を見学するつもりの目だった。父を失った少年にしては、ずいぶん向いていない趣味だ。しかし、未来を思えば納得もいく。
茶会の帰り、廊下でキシリアが私に並んだ。
「兄上、あなたわざと?」
「何がだ」
「呼んだこと」
「半分は事故だ」
「残り半分は?」
「見ておくべきだと思った。あの子を家の中へ入れたとき、何が起きるか」
キシリアは少し考えた。
「ひどい教育方針」
「お前に言われたくない」
「でも嫌いじゃないわ」
外へ出ると、人工夜景が冷たく澄んでいた。
車へ向かう途中、ガルマが隣に来た。
「兄上、ありがとうございます」
「礼はまだ早い」
「でも、よかったです。少し笑ってくれた」
「誰が」
「みんなが、少しだけ」
私は返事をしなかった。
笑いというのは、場を和ませることもあるが、油断を生むこともある。少なくともザビ家の食卓では、その両方がよく起きる。
「兄上」とガルマが続けた。「たまには普通のことも、した方がいいですよ」
「お前はさっきから“普通”を過大評価している」
「兄上たちは過小評価してる」
私は彼を見た。
若い。きれいで、傷がまだ浅い。だがたぶん、そういう人間がいちばん長く人の中に残る。思想ではなく記憶として。
「今度の夕食会」とガルマは言った。「ちゃんと楽しい会にしましょうね」
私はしばらく黙っていた。
それから言った。
「お前は本当に、難しいことを簡単に言うな」
「兄上たちは、簡単なことを難しく言いすぎます」
彼はそう言って、少し照れたように笑った。
私はその顔を見て、たぶんこの弟は私たちよりずっと危険なのだと思った。人を疑わないで近づける人間は、たいてい最終的に一番深い場所へ入ってくる。
車に乗る前、私はダイクン家の屋敷を振り返った。
明かりはまだついていた。たぶん、キャスバルは今ごろ考えているだろう。ザビ家の夕食会に行くべきかどうかではなく、そこへ行って何を見るべきかを。
私はポケットの中で指を組んだ。
次の夕食会のメモを、今のうちに書き直さなくてはならない。
武器検査。
飲料共有禁止。
席順の再考。
ガルマの善意への対策。
そして――ダイクン家の遺児を前にして、誰も余計な真実を口にしないこと。
最後の項目が一番難しいだろうと思った。
この家の人間は、黙るべきときほど、妙なことを言いたがる。特に酒が入ると。
サイド3の夜は静かだった。
静かすぎる夜は、たいてい次の騒ぎの前触れだ。
来週の夕食会では、たぶん誰かがスープをこぼす。
できれば、それが血でないことを私は心から願っていた。