妹に撃たれない方法   作:Brooks

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前世の深い反省の一つに手をつけます。

※前世ソロモンの反省を追記しました。


第51話 MS-01設計会議

 小型炉と軽量フレーム材に目処が立った、という報告は、技術局の書式ではあくまで淡々としていた。

 

 圧力容器の耐久は規定値を上回り、補助冷却系の安定も見られる。

 高出力下におけるフレームの歪みは想定内に収まり、重量比も実用域へ到達。

 人型二足歩行兵器としての基礎設計に移行可能。

 

 そこまで書かれていても、報告書の文面は静かだった。だが、書いた人間たちの胸の内まで静かなはずがない。モビルワーカーの延長としてではなく、兵器としての「人型」が、とうとう図面の上だけの夢ではなくなったのだ。

 

 技術屋というものは、こういう時に浮き足立つ。

 

 前の生でもそうだった。

 

 立つ。歩く。手を持つ。武器を持てる。人に似た形で戦える。

 

 そこに、あまりに多くの意味を見てしまう。だが戦争は、最初に感動した者から順に現実へ叩き戻す。必要なのは立つことではない。回ることだ。作れることだ。直せることだ。死ににくいことだ。最後まで前線へ残ることだ。

 

 私は報告書を閉じた。

 

「設計会議を開け」

 

 その一言で、技術局も軍務府も動いた。

 

 会議室は広いが、今日は空気が少し窮屈だった。期待の熱気が、先に部屋を埋めていたからだろう。

 

 設計主任たちが持ち込んだ図面は多かった。正面図、側面図、骨格図、駆動系統、関節機構、動力伝達、センサー配置。さらには派生案まである。まだ最初の機体ですら紙の上に立ち切っていないのに、既に重装甲型だの、高機動型だの、白兵戦特化型だのといった札が端に置かれていた。

 

 技術者というものは、最初の一歩で既に枝を夢想する。

 

 その気持ちは分からぬでもない。だが、分かることと許すことは別だ。

 

 会議の席には、アサクラ、キシリア、ドズル、マ・クベ、技術局長、設計主任、生産管理主任、整備教育担当まで並んでいた。セシリアは記録板を持って壁際に控えている。

 

 最初に話し始めたのは技術局長だった。

 

「諸条件が揃いました。小型炉搭載可能。軽量フレーム材の目処も立った。これにより、人型兵器第一次設計へ正式に入れます」

 

 その声には抑えた高揚があった。

 

 設計主任がすぐに継ぐ。

 

「基本案は三系統です。第一は標準機。第二は高機動を優先した宇宙戦寄りの機体。第三は重装甲・重火力寄りの突破型――」

 

 別の設計主任が割り込む。

 

「人型機動兵器という新分野です。最初の一機から、できるだけ多くの可能性を拾うべきでしょう。試験の段階で形を縛りすぎれば、後で必ず悔やみます」

 

 さらに別の者が言った。

 

「各社ごとの特色も活かしたい。競争がなければ、兵器は鈍ります」

 

「局地戦特化案も先に検討すべきです。宇宙、地上、閉所、白兵、砲戦では要求が違いすぎる」

 

「将来的な高出力兵装搭載案も、最初から見ておかねば、後で骨格からやり直しになります」

 

 まだMS-01すら始まっていないのに、彼らの頭の中では既に十機は出来ている。

 

 私はしばらく黙ってそれを聞いていた。

 

 そして、全員が一度息を継いだところで口を開く。

 

「それで、何機作れる」

 

 部屋が止まった。

 

 設計主任は少し間を置き、聞き返すように言う。

 

「何機、とは」

 

「その機体だ。一年で何機作れる」

 

「まだ第一次設計の段階ですので、まずは一号試作を――」

 

「一年で何機だ」

 

 重ねて問うと、設計主任の口が閉じた。

 

 彼らは「作れるか」を話したい。私は「回るか」を聞いている。視点の高さが違うのだ。

 

 技術局長が言葉を探した。

 

「まず一機成立させてから、生産性の検討へ移るべきかと」

 

「生産性は後で生えるのか」

 

 返すと、今度は整備教育担当が視線を伏せた。

 

 この場にいる者の何人かは、もう分かっている。私は技術の誕生を祝うためにここへ来たのではない。

 

 ドズルが腕を組み、図面の束を眺めたまま言う。

 

「まあ、言いたいことは分かる。だが最初の一機くれえ、好きに作らせてもいいんじゃねえか」

 

 それはドズルらしい、まっとうな感想だった。面白いものは面白い。強そうなものは見てみたい。二回目ではない彼なら、そう思って当然だ。

 

 私は技術局長を見た。

 

「一機が強いだけで戦争に勝てるなら、それでいい」

 

 誰も返さない。

 

 設計主任の一人が、ようやく少し身を乗り出した。

 

「総帥。最初の機体とは、どうしても尖ったものになります。未知の技術です。ある程度の自由設計を許さなければ、可能性を狭めます」

 

「可能性とは何だ」

 

「性能です」

 

「性能とは何だ」

 

「速度、運動性、火力、防御――」

 

「違う」

 

 私が切ると、その男はそこで止まった。

 

「それは一機の強さだ」

 

 静かな声で言ったが、よく通った。

 

「諸君らは一機の性能を語る。私は百機が前線に並ぶかを考える」

 

 その一言で、部屋の空気が少しずつ冷えた。ようやく会議の軸が見え始めたのだ。

 

「諸君らは最高速度を語る。私は補給船が何往復要るかを考える。諸君らは新機軸を語る。私は整備兵が何日眠れぬかを考える。諸君らは名機を作りたいのだろう。私は戦争を回す機械を作らせる」

 

 誰も口を挟まなかった。

 

 私は続けた。

 

「よく聞け。モビルスーツという言葉に酔うな。立つだけの人型なら見世物だ。歩くだけでも足りん。武器を持つだけでも足りん。工場が違っても同じものが組めること。前線で外して前線で戻せること。普通の兵が最低限扱えること。整備で機体が寝込まぬこと。乗り手が死ににくいこと。そこまで届いて、ようやく兵器だ」

 

 技術局長が少しだけ苦い顔になる。

 

「それでは、設計の自由度が」

 

「要る自由と、要らぬ自由がある」

 

「新兵器の初期型です。ある程度の試行錯誤は」

 

「試行錯誤は許す」

 

 私は言葉を切り、部屋を見渡した。

 

「だが、工場ごとに違う機体を作る自由は与えん。別工場の部品が入らぬ腕を作る自由も与えん。特別な整備兵がいなければ回らぬ関節を作る自由も、普通の兵が乗れば死ぬ操縦系を作る自由も、与えん」

 

 生産管理主任がそこで小さく息を吐いた。胸のつかえが一つ落ちた顔だった。彼のような人間にとって、この演説は救いでもある。技術屋が夢を追えば、そのしわ寄せは必ず工場と補給へ来るからだ。

 

 設計主任の別の一人が、やや強い調子で言った。

 

「しかし、規格を厳しくしすぎれば性能は確実に落ちます。自由設計の余地が狭まれば、競争も死ぬ」

 

「競争で勝て」

 

 私は即答した。

 

「ただし、規格の内側でな」

 

「それでは各社の個性が」

 

「個性で戦争は回らん」

 

 言い切ると、さすがに何人かがあからさまに不満そうな顔をした。

 

 その顔を見ながら、私はさらに言葉を重ねる。

 

「一社でしか作れぬ高性能は、戦時には贅沢品だ。十社で支えられる凡庸の方が強い。工場が一つ止まっても他で継げる。整備班が減っても最低限は回る。そういう兵器を作れ」

 

 マ・クベがそこで口を開いた。

 

「資材の側から見れば、その通りですな。規格が揃わぬ機械は、在庫の時点で戦場を食います」

 

「補給が死ぬ」

 

 ドズルがぼそりと言う。

 

「そうだ」

 

 私は頷いた。

 

「諸君らは新しい兵器を作る。ならばなおさら、補給と整備の理屈を先に入れろ。新兵器だから好き勝手にやってよい、ではない。新兵器だからこそ、最初に縛る」

 

 そこで若い設計士が、勢いのままに口を開いた。

 

「総帥、それでは夢がありません」

 

 部屋の空気が、別の意味で止まった。

 

 彼自身も言ったあとで後悔した顔だったが、もう遅い。

 

 私はその若い設計士を見た。

 

「夢で戦争に勝てるなら、いくらでも見ればいい」

 

 それだけで、彼は黙った。

 

 前の生では、夢のある敗戦ほど空しいものはなかった。強い一機。尖った一機。局地戦の一機。どれも確かに強かった。だが強さの数だけ補給が裂け、整備が裂け、兵が裂けた。夢は最後まで戦線を埋めてはくれない。

 

 私は一つずつ要求仕様を切った。

 

「第一。部品規格は統一する。腕、脚、関節部、制御盤、駆動補助、基準寸法を先に切れ。

 

 第二。腕脚は前線交換可能な構造にする。工場送りを前提にするな。

 

 第三。操縦者生存性を最優先に置く。機体より先に乗り手を生かせ。

 

 第四。整備時間を短くしろ。整備兵が一晩で泣く機械を量産するな。

 

 第五。操縦は標準化する。上手い者しか扱えぬ機体を基幹機にするな。

 

 第六。派生は後だ。まず標準機を作る。

 

 第七。工場が違っても同じ機体を組めること。

 

 第八。特別な職人だけが組める構造を禁ずる」

 

 言い終えるまで、誰もメモを取る音すら立てなかった。

 

 そこへドズルが、珍しく真面目な顔で口を開いた。

 

「脱出はどうする」

 

 設計側が少しざわつく。

 

 私はすぐに答えた。

 

「やる」

 

「機体がそこまで保つなら」

 

「機体が保たぬ時のためにやる」

 

 ドズルは頷いた。

 

「だな。腕の一本二本はまた付けりゃいい。だが、乗り手はそうはいかねえ」

 

 その現場感覚の一言は大きかった。技術屋がまだ「性能」の話をしている時に、ドズルは「兵の命」の話へ移っていた。そこだけは彼の方が先に腹へ落としていた。

 

 私はさらに押す。

 

「コクピットは胴体中央寄りに置け。正面からの一撃で即死する位置に置くな。操縦席の周囲には独立隔壁を入れろ。火災時には座席周辺だけでも閉じられるようにしろ。脱出は機体姿勢に依存させるな。転倒していても、最低限、乗り手が外へ出る道を残せ」

 

 設計主任が渋い顔をする。

 

「それでは重量が」

 

「重量は削る」

 

「どこを」

 

「贅肉だ」

 

 ぴしゃりと返すと、少しだけ空気が動いた。笑いではない。だが、言われた側はぐうの音も出ない。

 

「肩の張り出し、外装の遊び、無駄な可動、見栄えのための曲面、そういうものから削れ。生存性を削るな。整備性を削るな。規格を削るな」

 

「見栄えのためではありません」

 

 若い設計士が、思わずというように言った。

 

「機構上の必然です」

 

「その必然が前線で死ぬなら、設計の負けだ」

 

 その一言で、若い設計士は完全に黙った。

 

 私は彼一人を責めたいわけではない。だが最初の会議で、この空気だけは折っておかなければならない。でなければ、後で誰も止められなくなる。

 

 キシリアがそこで、淡々と言った。

 

「夢は後でも見られるわ。負けた後でなければ」

 

 その一言だけで十分だった。

 

 彼女だけが、私の演説の本当の重さを知っている。二回目なのは私とキシリアだけだ。だから彼女の補足は、ただの賢い口出しでは終わらない。何人かの技術者がその冷たさに顔をしかめたが、反論しようとはしなかった。

 

 技術局長が最後の確認のように訊く。

 

「つまり総帥は、この機体を最初から標準量産機として扱う、と」

 

「そうだ」

 

「尖った試験機ではなく」

 

「尖らせるなとは言っていない。だが基幹機の席で尖らせるな」

 

「では、別枠研究は」

 

「許す」

 

 そこで初めて、設計側の顔に少しだけ息が戻った。

 

「ただし食わせる順番は決める。まず基幹機だ。基幹機を痩せさせてまで夢を見るな」

 

 マ・クベがそこで小さく笑った。

 

「順番の話ですな」

 

「そうだ」

 

「夢は結構。だが飯を食ってから見ろ、と」

 

「その通りだ」

 

 アサクラが静かに机上の議事板へ視線を落とした。

 

「では、第一次要求仕様はこれで固定します」

 

「固定しろ」

 

「番号は」

 

 その問いに、私は一瞬だけ間を置いた。

 

 名前はいらない。神話もいらない。まだ英雄機ではない。まだ伝説を背負わせる段階ではない。

 

「MS-01」

 

 それだけを言った。

 

 乾いた番号だ。

 

 だが、その乾き方がよかった。最初の一機に必要なのは、詩ではない。規格だからだ。

 

 名を与えるのは、軍がそれを神話にしたがる時だ。

 

 いま必要なのは神話ではない。帳簿に並ぶ番号だった。

 

 設計主任たちはその番号を聞いて、ようやくほんの少しだけ現実へ戻った顔になった。夢ではない。始まるのだと、そこで理解したのだろう。

 

 会議が終わって人が引いていく中、ドズルが私の横へ来た。

 

「ずいぶん締めたな」

 

「締めねば広がる」

 

「面白え機体を潰したとも言えるが」

 

「面白い機体は後でも作れる」

 

「最初はそういうもんか」

 

「最初ほどそうだ」

 

 ドズルは少し考え、それから素直に頷いた。

 

「まあ、兄貴がそう言うなら、兵隊が死ににくい方がいいに決まってる」

 

「ようやく分かったか」

 

「最初から分かってたとは言わねえよ」

 

 そう言ってドズルは立ち上がった。

 

「まあいい。面白え機体もそのうち作れるんだろ」

 

「順番だ」

 

「順番、か」

 

 ドズルは頭をかき、肩を鳴らしてから扉へ向かった。

 

「まあ、兄貴がそう言うなら、それでいい。兵隊が死ににくい方がいいに決まってる」

 

 振り返りもせず、そう言って出ていく。

 

 その背は、来た時よりわずかに軽く見えた。彼なりに腹へ落ちたのだろう。

 

 去っていくその背を見ていると、前の生の最後が嫌でも重なる。

 

 ソロモン陥落の前、私はビグ・ザムを送った。

 あれは確かに強かった。戦場を一時止めるだけの力はあった。

 

 だが、最後の通信でドズルは言った。

 

 ――戦いは数だよ。兄貴。

 

 あの時、あいつは戦場の只中で、もう私より先に戦争の形を見ていたのかもしれん。

 

 強い一機では戦線は埋まらない。

 英雄一人では戦争は回らない。

 

 だから今度は最初に縛る。

 自由を奪うためではない。

 最後まで戦えるようにするためだ。

 

 最後に残ったのは、キシリアだけだった。

 

「上手く折ったわね」

 

「折ったのではない。向きを変えた」

 

「同じことよ」

 

 キシリアは壁から離れ、机上の図面を一枚拾った。高機動特化案と書かれた紙だ。

 

「これはこれで、後で使い道はあるでしょうけど」

 

「ある」

 

「でも今ではない」

 

「今ではない」

 

 彼女は図面を戻しながら、ほんの少しだけ笑った。

 

「前より少しは学んだ顔をしているじゃない」

 

 それには答えなかった。

 

 答えなくても、キシリアには分かる。ここで黙っていること自体が返事だと。

 

 彼女が出ていったあと、会議室は急に広くなった。

 

 机の上には、片づけ切れていない図面が何枚も残っている。細い脚。尖った肩。過剰な推進器。華々しい火力案。どれも魅力はある。どれも、未来のどこかでは必要になるかもしれない。

 

 だが、最初ではない。

 

 前の生では、そこを間違えた。強い一機に目を奪われた。尖った一機に拍手した。だが最後まで戦場に残ったのは、常に「普通の兵が使える機体」の方だった。エースは戦局を動かす。だが戦線を埋めるのは、いつでも普通の兵だ。兵が死にすぎれば終わる。部品が足りなければ終わる。工場が偏れば終わる。整備で眠れば終わる。

 

 私は机上に残った議事板を閉じた。

 

 MS-01。

 

 その番号は、まだ何の神話も持っていない。だが、それでいい。最初の一歩は、伝説でなくていい。百へ繋がる一であればいい。

 

 そういう機械を、今度は最初から作らせるつもりだった。




これでジオンのビックリドッキリメカが多数派生することはなくなるでしょうか?
量産型ビグ・ザム死亡。
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