MS-01の基本要求仕様が固まり、各部の規格がようやく線としてつながり始めた頃、軍務府から技術局へ、そして技術局から軍務府へと、同じ問いが何度も往復するようになった。
作ることは決まった。
だが、それをどう使う。
兵器は、使い方まで決めて初めて兵器になる。
前の生では、その順が逆だった。まず機体があり、その後で戦い方を覚えた。覚えるまでに払った代価は、大きかった。だから今度は先に決める。立つこと、歩くこと、武器を持てること、それだけで酔うのは技術屋に任せればいい。国家が決めるべきは、その兵器がどの戦場で、何を壊し、何を守り、どの理屈で勝敗を動かすのかだ。
私は軍務府へ会議を命じた。
集まった顔ぶれは、前回よりも少しだけ軍人が増えていた。アサクラ、キシリア、ドズル、マ・クベ、技術局長、設計主任。そこへ艦隊士官が二人、要塞守備の参謀が一人、補給担当が一人。セシリアは壁際に控え、議事板を持っている。
議題は単純だった。
MS-01の運用想定。
だが、単純な議題ほど、人間はそれぞれ別の絵を頭に浮かべる。
最初に口を開いたのは艦隊士官だった。
「艦隊直掩用として有望かと考えます」
「直掩」
私が返すと、士官は頷いた。
「戦艦は近接防御に弱い。小型艇や白兵機材への対処は、どうしても砲の死角が出ます。モビルスーツを艦の周囲へ展開させれば、敵の接近を近距離で食い止められます」
続いて要塞守備の参謀が言う。
「要塞戦でも有効です。砲座と砲座の間、通路、接続部、閉所。従来の砲戦だけでは手の届きにくい場所へ、火力と装甲を持った兵を送り込める」
別の軍人が言葉を継いだ。
「コロニー内治安でも使えますな。歩兵より強く、戦車より小回りが利く。制圧兵器として非常に使いやすい」
技術側はそこへ自分たちの発想を差し込んだ。
「でしたら白兵戦型を――」
「いや、宇宙戦なら高機動型が先でしょう」
「重火力を持たせた支援型を別に立てて――」
私はしばらく黙って聞いていた。
やはりそうなる。
既存兵器の穴を埋める補助戦力と見る者。用途ごとに専用型を起こそうとする者。どちらも間違いではない。間違いではないが、その発想のまま進めれば、また細く裂ける。
ドズルが興味深そうに机へ肘をついた。
「どれも使い道はありそうだな」
「ありそうに見えるだけだ」
私が言うと、会議室が静まった。
「補助兵器として考えるな」
艦隊士官が眉をひそめる。
「補助ではない、と」
「戦艦の周りを飛び回る小型砲台ではない」
私は机上の簡易模型を指で弾いた。
「戦車の代わりでもない。歩兵の延長でもない」
「では何だ」
ドズルが訊く。
私は一拍置いた。
「新しい兵科だ」
その言葉の重さが部屋へ沈んだ。
技術局長が慎重に問う。
「兵器ではなく、兵科」
「そうだ。単独の新兵器として考えるから、話が小さくなる」
私は周囲を見渡した。
「艦隊直掩に使える。要塞戦にも使える。コロニー内戦にも使える。それはよい。だが、それだけで終わるなら、この兵器は新しい顔をした旧式にすぎん」
技術側が少しだけ顔をこわばらせる。
私は模型の両腕を指で動かした。
「モビルスーツには腕がある」
誰も口を挟まない。
「戦車にはない。戦闘機にもない」
模型の手の部分を軽く持ち上げる。
「手で武器を持てる。持ち替えられる。捨てられる。拾える」
そして、机へ戻した。
「ならば任務は機体ではなく、武器で変えろ」
設計主任の一人が、すぐに反応した。
「しかし、任務に応じて最適化した機体を――」
「増やすな」
ぴしゃりと言う。
「機体を増やすな。増やすのは兵装だ」
前回の設計会議で言ったことと同じだ。だが今回は、設計ではなく運用の理屈として繰り返す必要がある。
「宇宙戦用、要塞戦用、白兵戦用、制圧用と機体を増やせばどうなる」
私は自分で数え上げる。
「教育が裂ける。補給が裂ける。整備が裂ける。部隊再編が鈍る。工場が裂ける」
「同じ機体なら、部品は共通に出来る。整備教育もまとめられる。補給品目も減る。兵は武器の扱いだけ覚えればよい」
「役割は腕に持たせろ」
マ・クベが口元にうっすら笑みを浮かべた。
「資材の立場から言えば、大いに結構ですな」
「兵站の立場からも」
アサクラが淡々と継ぐ。
「編制変更が早くなります。損耗の激しい宙域へも、標準機であれば穴埋めがしやすい」
ドズルが頷く。
「小隊ごとに持ち物を変えりゃいいのか」
「そうだ」
私はそこから兵装の話へ進めた。
「標準射撃兵器は要る。最も数を揃える武器だ」
技術局が図面を開く。中口径の自動火器案。ドラム弾倉式。給弾方式の違う案もある。取り回しを優先したもの、継続射撃を優先したもの。どれも“歩兵にとっての小銃”に当たる武器だ。
「これを基本にする」
「一般兵が最初に覚える武器だ」
続けて重火力兵器の案を見た。大口径の実体弾兵器。無反動砲に近い。艦隊戦、要塞戦、重装甲目標への一撃。装弾数は少ないが、当たれば景色を変える。
「全機に持たせる必要はない」
私は言った。
「だが小隊に数本あれば戦場は変わる」
さらに長射程兵器。全長の長い、巨大な射撃兵器案。艦隊戦、要塞線外からの干渉、対艦射撃、要塞砲座への狙撃。重い。取り回しは悪い。だが役割は明確だ。
「これは特殊兵装だ」
「標準ではない。だが別枠で育てろ」
艦隊士官が少し驚いた顔をする。
「艦艇へ食わせるおつもりですか」
「そのために作る」
私はそう言ってから、あえて言葉を足した。
「艦は遠くから撃つ。だが、小さいものが艦へ辿り着いて、推進と砲を潰し、艦橋に干渉できるなら、艦隊戦の理屈そのものが変わる」
誰もすぐには喋らなかった。
前の生では、それが現実になった。大きいものが、常に強いとは限らなくなった。艦隊戦は砲の届く距離だけの勝負ではなくなった。だが、それを事実として話すわけにはいかない。今ここで必要なのは、「あり得る理屈」として納得させることだ。
「戦艦は強い」
私は艦隊士官を見た。
「だが戦艦は高い。数が揃わん」
「小型炉を持ち、姿勢制御し、武器を持った人型機が、数を揃えて艦へ食いつけばどうなる」
艦隊士官は返答に詰まった。
私はそのまま言う。
「辿り着いた兵器が、艦の急所へ直接触れられるなら」 「それはもはや従来の艦隊戦ではない」
そこまで話してから、最後に近接兵器へ移る。
技術主任が図面を出した。
「近接戦闘用としては、加熱式の斧状兵器が現実的です。刃を高温化し、装甲を溶断します。構造が単純で、量産も整備も楽です」
図面には厚い刃を持った斧状の兵器が描かれていた。
私はそれを見て、しばらく考えた。
「斧である必要はあるのか」
技術主任が瞬いた。
「は」
「切断が目的なら、形は刃でいい」
「直刀でもよい。細長い加熱刃の方が閉所では取り回しがいい」
技術者たちの間にざわめきが走る。
私は小惑星採掘の図面を思い出していた。高温の流れを絞り、岩と金属を切っていく装置。電磁場で束ね、細くして食わせる。工業用の刃だ。あれを兵器へ落とすなら、斧に限定する理由はない。
「採掘で使っている切断器があるだろう」
採掘主任が頷く。
「はい。高温の流れを細く収束させ、岩盤を切っています」
「なら、その延長に置け」
技術主任が顔を上げる。
「……あの原理を、手持ち兵器へ」
「そうだ」
「形は後で詰めろ。だが“熱で切る近接兵器”は斧に限るな」
ここで名前を与える必要はない。今はまだ、概念だけでいい。
前の生では、もっと先があった。光の刃。触れれば融ける兵器。あれは確かに強かった。だが、あれは技術の果てだ。いきなりそこへは行けない。技術は必ず段階を踏む。まず熱だ。次に粒子だ。その順でいい。
会議が少し落ち着いたところで、私は次の段階へ話を進めた。
「機体、兵装、役割。そこまではよい」
「次だ」
アサクラが議事板から目を上げる。
「次、とは」
「どう編制する」
私は言った。
「単機で語るな。小隊で語れ」
設計主任たちより先に、軍参謀が頷いた。
「当然ですな」
「当然にしては、先程までの図面は単機の夢ばかりだった」
少しだけ空気が冷える。
私は続ける。
「一機欠ければ終わる兵器にするな」 「小隊で役を分けろ」
ここでようやく、軍人たちの頭の中に運用の絵が立ち始めたらしい。標準射撃二、重火力一。あるいは標準二、近接一。長射程支援は後方配置。小隊単位で兵装を散らし、同じ機体で違う役を持たせる。
ドズルが言う。
「なるほどな。同じ面でも、持ちもんが違えば役割は変わる」
「そうだ」
「なら、機体の種類を増やさずに済む」
「そのために腕がある」
要塞守備の参謀がここで口を開いた。
「要塞内部では特に有効ですな。長砲身は邪魔だが、腕のある兵器なら曲がり角も通れる。歩兵では足りぬ火力を、そのまま中へ持ち込める」
「コロニー内でも同じだ」
私は言う。
「戦車は大きすぎる。砲は過剰すぎる。歩兵は薄すぎる」
「モビルスーツは、人が入れる場所へ、人より強いまま入れる」
その定義に、誰もすぐ反論はしなかった。
MSはようやく兵器としての顔を持ち始めている。直掩用小型砲台でもなく、巨大な歩兵でもなく、既存兵器の隙間を埋めるだけの玩具でもない。戦場の“届く場所”を広げる兵器だ。
会議がまとまりかけたところで、私は口を開いた。
「待て」
全員の視線が止まる。
「戦い方は決まった。だが、それだけでは足りん」
アサクラが訊く。
「何が不足しております」
「敵のいる場所へ、どうやって間に合わせる」
場の空気が変わった。
艦隊士官が言う。
「母艦から発進させれば」
ドズルが続ける。
「なら高機動型を作るか」
私は首を振った。
「高機動は必要だ」
ここで皆が頷く。
「だが、その代価をMS本体へ払わせるな」
技術局長が眉を寄せる。
「では、どうするのです」
「それは次に詰める」
私は言った。
「だが覚えておけ。戦う機械に、移動のための機能を背負わせすぎれば、数が死ぬ」
誰もすぐには口を開かなかった。
地上でも海上でも、いずれ同じ問題は出る。遠い戦場へ速く着きたい。だが今は宇宙を先にやる。宇宙で敵のいる位置へ短時間で届かねば、対艦も要塞戦も机上の理屈で終わる。
前の生では、答えはあった。
だが今ここで、その完成形の名を出すには早すぎる。必要なのはまず、全員に同じ問いを抱かせることだ。モビルスーツそのものを速くするのか。それとも、速い何かに運ばせるのか。
私は立ち上がった。
「モビルスーツは新しい兵科だ」 「機体は共通」 「兵装は交換」 「任務は兵装と編制で変える」 「戦場は宇宙、要塞、コロニー、そしていずれ地上へ広がる」
「高速進出の理は、次の議題とする」
議事板へ視線を落としながら、アサクラが頷いた。
「承知しました」
会議はそこで終わった。
前の生では、兵器が出来てから戦い方を覚えた。だから遅れた。今度は違う。使い方まで先に決める。兵器が生まれる前に、戦場の形だけは先に作っておく。
速さは必要だ。
だが、その速さをどこへ載せるかで、戦争の形は変わる。