妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第52話 宇宙戦の形

 MS-01の基本要求仕様が固まり、各部の規格がようやく線としてつながり始めた頃、軍務府から技術局へ、そして技術局から軍務府へと、同じ問いが何度も往復するようになった。

 

 作ることは決まった。

 

 だが、それをどう使う。

 

 兵器は、使い方まで決めて初めて兵器になる。

 

 前の生では、その順が逆だった。まず機体があり、その後で戦い方を覚えた。覚えるまでに払った代価は、大きかった。だから今度は先に決める。立つこと、歩くこと、武器を持てること、それだけで酔うのは技術屋に任せればいい。国家が決めるべきは、その兵器がどの戦場で、何を壊し、何を守り、どの理屈で勝敗を動かすのかだ。

 

 私は軍務府へ会議を命じた。

 

 集まった顔ぶれは、前回よりも少しだけ軍人が増えていた。アサクラ、キシリア、ドズル、マ・クベ、技術局長、設計主任。そこへ艦隊士官が二人、要塞守備の参謀が一人、補給担当が一人。セシリアは壁際に控え、議事板を持っている。

 

 議題は単純だった。

 

 MS-01の運用想定。

 

 だが、単純な議題ほど、人間はそれぞれ別の絵を頭に浮かべる。

 

 最初に口を開いたのは艦隊士官だった。

 

「艦隊直掩用として有望かと考えます」

 

「直掩」

 

 私が返すと、士官は頷いた。

 

「戦艦は近接防御に弱い。小型艇や白兵機材への対処は、どうしても砲の死角が出ます。モビルスーツを艦の周囲へ展開させれば、敵の接近を近距離で食い止められます」

 

 続いて要塞守備の参謀が言う。

 

「要塞戦でも有効です。砲座と砲座の間、通路、接続部、閉所。従来の砲戦だけでは手の届きにくい場所へ、火力と装甲を持った兵を送り込める」

 

 別の軍人が言葉を継いだ。

 

「コロニー内治安でも使えますな。歩兵より強く、戦車より小回りが利く。制圧兵器として非常に使いやすい」

 

 技術側はそこへ自分たちの発想を差し込んだ。

 

「でしたら白兵戦型を――」

 

「いや、宇宙戦なら高機動型が先でしょう」

 

「重火力を持たせた支援型を別に立てて――」

 

 私はしばらく黙って聞いていた。

 

 やはりそうなる。

 

 既存兵器の穴を埋める補助戦力と見る者。用途ごとに専用型を起こそうとする者。どちらも間違いではない。間違いではないが、その発想のまま進めれば、また細く裂ける。

 

 ドズルが興味深そうに机へ肘をついた。

 

「どれも使い道はありそうだな」

 

「ありそうに見えるだけだ」

 

 私が言うと、会議室が静まった。

 

「補助兵器として考えるな」

 

 艦隊士官が眉をひそめる。

 

「補助ではない、と」

 

「戦艦の周りを飛び回る小型砲台ではない」

 

 私は机上の簡易模型を指で弾いた。

 

「戦車の代わりでもない。歩兵の延長でもない」

 

「では何だ」

 

 ドズルが訊く。

 

 私は一拍置いた。

 

「新しい兵科だ」

 

 その言葉の重さが部屋へ沈んだ。

 

 技術局長が慎重に問う。

 

「兵器ではなく、兵科」

 

「そうだ。単独の新兵器として考えるから、話が小さくなる」

 

 私は周囲を見渡した。

 

「艦隊直掩に使える。要塞戦にも使える。コロニー内戦にも使える。それはよい。だが、それだけで終わるなら、この兵器は新しい顔をした旧式にすぎん」

 

 技術側が少しだけ顔をこわばらせる。

 

 私は模型の両腕を指で動かした。

 

「モビルスーツには腕がある」

 

 誰も口を挟まない。

 

「戦車にはない。戦闘機にもない」

 

 模型の手の部分を軽く持ち上げる。

 

「手で武器を持てる。持ち替えられる。捨てられる。拾える」

 

 そして、机へ戻した。

 

「ならば任務は機体ではなく、武器で変えろ」

 

 設計主任の一人が、すぐに反応した。

 

「しかし、任務に応じて最適化した機体を――」

 

「増やすな」

 

 ぴしゃりと言う。

 

「機体を増やすな。増やすのは兵装だ」

 

 前回の設計会議で言ったことと同じだ。だが今回は、設計ではなく運用の理屈として繰り返す必要がある。

 

「宇宙戦用、要塞戦用、白兵戦用、制圧用と機体を増やせばどうなる」

 

 私は自分で数え上げる。

 

「教育が裂ける。補給が裂ける。整備が裂ける。部隊再編が鈍る。工場が裂ける」

 

「同じ機体なら、部品は共通に出来る。整備教育もまとめられる。補給品目も減る。兵は武器の扱いだけ覚えればよい」

 

「役割は腕に持たせろ」

 

 マ・クベが口元にうっすら笑みを浮かべた。

 

「資材の立場から言えば、大いに結構ですな」

 

「兵站の立場からも」

 

 アサクラが淡々と継ぐ。

 

「編制変更が早くなります。損耗の激しい宙域へも、標準機であれば穴埋めがしやすい」

 

 ドズルが頷く。

 

「小隊ごとに持ち物を変えりゃいいのか」

 

「そうだ」

 

 私はそこから兵装の話へ進めた。

 

「標準射撃兵器は要る。最も数を揃える武器だ」

 

 技術局が図面を開く。中口径の自動火器案。ドラム弾倉式。給弾方式の違う案もある。取り回しを優先したもの、継続射撃を優先したもの。どれも“歩兵にとっての小銃”に当たる武器だ。

 

「これを基本にする」

 

「一般兵が最初に覚える武器だ」

 

 続けて重火力兵器の案を見た。大口径の実体弾兵器。無反動砲に近い。艦隊戦、要塞戦、重装甲目標への一撃。装弾数は少ないが、当たれば景色を変える。

 

「全機に持たせる必要はない」

 

 私は言った。

 

「だが小隊に数本あれば戦場は変わる」

 

 さらに長射程兵器。全長の長い、巨大な射撃兵器案。艦隊戦、要塞線外からの干渉、対艦射撃、要塞砲座への狙撃。重い。取り回しは悪い。だが役割は明確だ。

 

「これは特殊兵装だ」

 

「標準ではない。だが別枠で育てろ」

 

 艦隊士官が少し驚いた顔をする。

 

「艦艇へ食わせるおつもりですか」

 

「そのために作る」

 

 私はそう言ってから、あえて言葉を足した。

 

「艦は遠くから撃つ。だが、小さいものが艦へ辿り着いて、推進と砲を潰し、艦橋に干渉できるなら、艦隊戦の理屈そのものが変わる」

 

 誰もすぐには喋らなかった。

 

 前の生では、それが現実になった。大きいものが、常に強いとは限らなくなった。艦隊戦は砲の届く距離だけの勝負ではなくなった。だが、それを事実として話すわけにはいかない。今ここで必要なのは、「あり得る理屈」として納得させることだ。

 

「戦艦は強い」

 

 私は艦隊士官を見た。

 

「だが戦艦は高い。数が揃わん」

 

「小型炉を持ち、姿勢制御し、武器を持った人型機が、数を揃えて艦へ食いつけばどうなる」

 

 艦隊士官は返答に詰まった。

 

 私はそのまま言う。

 

「辿り着いた兵器が、艦の急所へ直接触れられるなら」 「それはもはや従来の艦隊戦ではない」

 

 そこまで話してから、最後に近接兵器へ移る。

 

 技術主任が図面を出した。

 

「近接戦闘用としては、加熱式の斧状兵器が現実的です。刃を高温化し、装甲を溶断します。構造が単純で、量産も整備も楽です」

 

 図面には厚い刃を持った斧状の兵器が描かれていた。

 

 私はそれを見て、しばらく考えた。

 

「斧である必要はあるのか」

 

 技術主任が瞬いた。

 

「は」

 

「切断が目的なら、形は刃でいい」

 

「直刀でもよい。細長い加熱刃の方が閉所では取り回しがいい」

 

 技術者たちの間にざわめきが走る。

 

 私は小惑星採掘の図面を思い出していた。高温の流れを絞り、岩と金属を切っていく装置。電磁場で束ね、細くして食わせる。工業用の刃だ。あれを兵器へ落とすなら、斧に限定する理由はない。

 

「採掘で使っている切断器があるだろう」

 

 採掘主任が頷く。

 

「はい。高温の流れを細く収束させ、岩盤を切っています」

 

「なら、その延長に置け」

 

 技術主任が顔を上げる。

 

「……あの原理を、手持ち兵器へ」

 

「そうだ」

 

「形は後で詰めろ。だが“熱で切る近接兵器”は斧に限るな」

 

 ここで名前を与える必要はない。今はまだ、概念だけでいい。

 

 前の生では、もっと先があった。光の刃。触れれば融ける兵器。あれは確かに強かった。だが、あれは技術の果てだ。いきなりそこへは行けない。技術は必ず段階を踏む。まず熱だ。次に粒子だ。その順でいい。

 

 会議が少し落ち着いたところで、私は次の段階へ話を進めた。

 

「機体、兵装、役割。そこまではよい」

 

「次だ」

 

 アサクラが議事板から目を上げる。

 

「次、とは」

 

「どう編制する」

 

 私は言った。

 

「単機で語るな。小隊で語れ」

 

 設計主任たちより先に、軍参謀が頷いた。

 

「当然ですな」

 

「当然にしては、先程までの図面は単機の夢ばかりだった」

 

 少しだけ空気が冷える。

 

 私は続ける。

 

「一機欠ければ終わる兵器にするな」 「小隊で役を分けろ」

 

 ここでようやく、軍人たちの頭の中に運用の絵が立ち始めたらしい。標準射撃二、重火力一。あるいは標準二、近接一。長射程支援は後方配置。小隊単位で兵装を散らし、同じ機体で違う役を持たせる。

 

 ドズルが言う。

 

「なるほどな。同じ面でも、持ちもんが違えば役割は変わる」

 

「そうだ」

 

「なら、機体の種類を増やさずに済む」

 

「そのために腕がある」

 

 要塞守備の参謀がここで口を開いた。

 

「要塞内部では特に有効ですな。長砲身は邪魔だが、腕のある兵器なら曲がり角も通れる。歩兵では足りぬ火力を、そのまま中へ持ち込める」

 

「コロニー内でも同じだ」

 

 私は言う。

 

「戦車は大きすぎる。砲は過剰すぎる。歩兵は薄すぎる」

 

「モビルスーツは、人が入れる場所へ、人より強いまま入れる」

 

 その定義に、誰もすぐ反論はしなかった。

 

 MSはようやく兵器としての顔を持ち始めている。直掩用小型砲台でもなく、巨大な歩兵でもなく、既存兵器の隙間を埋めるだけの玩具でもない。戦場の“届く場所”を広げる兵器だ。

 

 会議がまとまりかけたところで、私は口を開いた。

 

「待て」

 

 全員の視線が止まる。

 

「戦い方は決まった。だが、それだけでは足りん」

 

 アサクラが訊く。

 

「何が不足しております」

 

「敵のいる場所へ、どうやって間に合わせる」

 

 場の空気が変わった。

 

 艦隊士官が言う。

 

「母艦から発進させれば」

 

 ドズルが続ける。

 

「なら高機動型を作るか」

 

 私は首を振った。

 

「高機動は必要だ」

 

 ここで皆が頷く。

 

「だが、その代価をMS本体へ払わせるな」

 

 技術局長が眉を寄せる。

 

「では、どうするのです」

 

「それは次に詰める」

 

 私は言った。

 

「だが覚えておけ。戦う機械に、移動のための機能を背負わせすぎれば、数が死ぬ」

 

 誰もすぐには口を開かなかった。

 

 地上でも海上でも、いずれ同じ問題は出る。遠い戦場へ速く着きたい。だが今は宇宙を先にやる。宇宙で敵のいる位置へ短時間で届かねば、対艦も要塞戦も机上の理屈で終わる。

 

 前の生では、答えはあった。

 

 だが今ここで、その完成形の名を出すには早すぎる。必要なのはまず、全員に同じ問いを抱かせることだ。モビルスーツそのものを速くするのか。それとも、速い何かに運ばせるのか。

 

 私は立ち上がった。

 

「モビルスーツは新しい兵科だ」 「機体は共通」 「兵装は交換」 「任務は兵装と編制で変える」 「戦場は宇宙、要塞、コロニー、そしていずれ地上へ広がる」

 

「高速進出の理は、次の議題とする」

 

 議事板へ視線を落としながら、アサクラが頷いた。

 

「承知しました」

 

 会議はそこで終わった。

 

 前の生では、兵器が出来てから戦い方を覚えた。だから遅れた。今度は違う。使い方まで先に決める。兵器が生まれる前に、戦場の形だけは先に作っておく。

 

 速さは必要だ。

 

 だが、その速さをどこへ載せるかで、戦争の形は変わる。

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