妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第54話 頭を持ち帰れ

 ズムシティの軍務府、最上階の小会議室は、いつもより人数が多かった。

 だが将官会議のような張り詰めた空気ではない。技術局、整備、教育、兵站、OS担当と、どちらかと言えば実務側の人間が集められている。机の上にはモビルスーツの設計図、兵装一覧、高速機動運用兵器の簡易図、そしてまだ形も決まっていないコックピット構造図が並んでいた。

 

 私は席に着き、図面の一枚を指で押さえた。

 

「まず確認する」

 

 全員の視線が集まる。

 

「モビルスーツは完成しつつある」

 

「小型核融合炉、軽量フレーム、兵装交換、運用思想、小隊運用、対艦、要塞、コロニー内戦。ここまでは決まった」

 

 誰も口を挟まない。

 皆、自分たちがどこまで来ているかは理解している。

 

「だが、まだ軍になっていない」

 

 その一言で、何人かの表情が変わった。

 

「機体があっても足りない。武器があっても足りない。戦い方が決まっても足りない」

 

「機体が壊れた時、何を残すか。誰を生かすか。どうやって次の兵へ経験を渡すか」

 

 私は机の上のコックピット構造図を裏返した。

 

「操縦席の話をする」

 

 技術局長が軽く頷く。

 

「現在の案では、胴体固定式コックピットを――」

 

「却下だ」

 

 私は遮った。

 

 会議室が一瞬止まる。

 

「頭を機体に固定するな」

 

 誰もすぐには意味を理解できなかったらしい。

 技術局の設計担当がゆっくりと訊く。

 

「……頭、とは」

 

「操縦席だ」

 

「操縦席は脱出ポッドにしろ」

 

 完全に空気が止まった。

 

「操縦席、OS、通信、戦闘記録、最低限の生命維持、姿勢制御、小型推進。全部そこへ入れろ」

 

「機体本体から切り離せる構造にしろ」

 

 技術側がすぐに反応する。

 

「重量が増します」

「容積が厳しい」

「接続部が弱点になります」

「機体設計の自由度が下がります」

 

 予想通りの反応だった。

 

 私は机に指を置いたまま言った。

 

「機体は消耗品だ」

 

 反論が止まる。

 

「だが、乗り手と経験は消耗品ではない」

 

 さらに続ける。

 

「機体が死んでも、人間を持ち帰れ」

「人間が死んでも、せめて記録を持ち帰れ」

「何も持ち帰れぬ兵器は、負けるたびに一からやり直しだ」

 

 しばらく沈黙が続いた。

 

 最初に口を開いたのはドズルだった。

 

「つまり、機体が吹っ飛んでも、兵隊と中身を逃がせってことか」

 

「そうだ」

 

 ドズルは腕を組んで頷いた。

 

「そりゃいい。腕や脚はまた作れる」

 

「だが、乗り手はすぐには生えてこねえ」

 

 現場の言葉は、技術屋の議論より速く結論に届く。

 

 技術局長がゆっくりと言った。

 

「……脱出ポッド方式、ですか」

 

「それだけではない」

 

 私は続けた。

 

「OSもポッド側へ入れろ」

 

 今度ははっきりとざわめきが起きた。

 

「OSを機体ではなくポッドに?」

「それでは機体ごとの最適化が」

「機体差の調整が」

 

 私は首を振った。

 

「機体ごとに操縦系を変えるな」

 

「どの機体に乗っても、同じ頭で動かせるようにしろ」

 

「機体を換えても、兵は戸惑うな」

 

 整備主任が小さく呟いた。

 

「……操縦系整備と機体整備を分けられる」

 

 兵站担当が続く。

 

「精密部品と重工部材の補給系統を分離できます」

 

 教育主任も頷く。

 

「新人がどの機体へ乗り換えても、基本操作を共通化できます」

 

 OS担当が言った。

 

「機体差はポッドOS側で補正できます」

 

 全員の頭の中で、少しずつ形が繋がっていく。

 

 私は最後に釘を刺した。

 

「規格は厳しく切れ」

 

「新型機も、このポッドが入ることを前提に設計しろ」

 

 つまりこの場で、

 

 機体は体

 ポッドは頭

 

 という構造が決まった。

 

 議論が落ち着いたところで、私はさらに言った。

 

「そのポッド同士を繋げ」

 

 今度は教育主任が反応した。

 

「……訓練、ですか」

 

「そうだ」

 

「ポッド同士を接続し、仮想戦場を表示する」

 

「一対一、小隊対小隊、対艦接近、要塞突入、コロニー内戦闘。全部訓練で再現しろ」

 

 技術側が驚く。

 

「機体なしで、ですか」

 

「そうだ」

 

「MS本体を訓練で消耗させるな」

 

 私ははっきり言った。

 

「訓練では、機体ではなく兵を育てろ」

 

「実戦記録を、そのまま訓練へ変えろ」

 

 会議室が静かになる。

 

「ポッドは命を逃がすだけの器ではない」

 

 全員がこちらを見る。

 

「経験も逃がせ」

 

「実戦で得たものを、次の兵へ渡せ」

 

「戦歴を、訓練へ変えろ」

 

 キシリアが壁際から静かに言った。

 

「一人のベテランを失って終わる軍は脆いわ」

 

「経験を複製できる軍の方が強い」

 

 その冷たい言葉に、誰も反論しなかった。

 

 OS担当が資料をめくりながら言う。

 

「ポッドOS側で武装を認識し、表示系を切り替えることも可能です」

 

「標準射撃兵器なら照準表示、重火力なら弾道補助、長射程なら射界表示、近接兵器なら姿勢制御補助」

 

 私は頷いた。

 

「そのためにOSをポッドへ入れる」

 

「機体ではなく、武器で役割を変える」

 

 兵装交換思想が、ここで操縦系と繋がる。

 

 さらに私は言った。

 

「ポッド規格はMSだけで完結させるな」

 

 技術局長が顔を上げる。

 

「高速機動運用兵器との連携表示も、このポッドで処理させる」

 

「牽引速度、索の張力、切り離しタイミング、僚機位置、戦場到達予測。全部ここで見る」

 

 ここで初めて、全員が理解した顔になった。

 

 ポッドはコックピットではない。

 脱出装置でもない。

 OSユニットでもない。

 

 それら全部をまとめた、MS軍の頭脳だ。

 

 技術局の設計主任が最後の反論を口にした。

 

「そこまで詰め込めば、ポッド自体が非常に高価になります」

 

「精密装置の塊です」

 

「場合によっては、本体より貴重になります」

 

 私は即答した。

 

「構わん」

 

 全員がこちらを見る。

 

「本体より頭が高いのは当たり前だ」

 

「機体は何度でも作れる」

 

「だが、乗り手と経験と記録は、そうはいかん」

 

 それで会議は決まった。

 

 アサクラが議事をまとめる。

 

 脱出ポッド兼OSユニットを統一規格化。

 MS本体と分離可能な構造。

 戦闘記録保存機能。

 ポッド同士の接続訓練機能。

 兵装認識による表示切替。

 高速機動運用兵器との連携表示対応。

 

 モビルスーツの頭脳が、この日定義された。

 

 会議が終わり、人が去ったあと、私は一人残った会議室で図面を見ていた。

 

 機体だけでは軍にならない。

 武器だけでも足りない。

 運用だけでも足りない。

 頭を残し、経験を残し、訓練へ回し、次の兵へ渡す。

 そこまで整えて、初めて軍は増える。

 

 今作っているのは機械ではない。

 戦争の継ぎ方そのものだ。

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