妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第6話 子どもを夕食会に呼ぶな

 

人はたいてい、危険な場所を間違える。

 

たとえば工廠。

たしかに危険だ。鉄は落ちるし、圧は漏れるし、気を抜けば人間は配管の部品みたいに扱われる。だが危険という意味では、工廠はまだ正直である。危ないものは目に見えるし、音もする。警報も鳴る。

 

それに比べて夕食会はどうか。

銀のカトラリー。磨かれた皿。行き届いた給仕。温度も照明も完璧。見た目だけなら人類の成熟を感じさせる。だが実際には、その卓上には暗殺、牽制、誤解、善意、そして家族という最悪の可燃物が並ぶ。

 

つまり、工廠より危険だった。

 

ダイクン家の子どもたちを招く最初の夕食会の朝、私はそのことをよく理解していた。理解していたが、止めなかった。止められなかったと言うべきかもしれない。ガルマの善意は、時々、艦砲射撃より押し返しにくい。

 

私は朝から席順表を三回作り直した。

一回目は、ドズルがアルテイシアの正面になり、彼の大声で子どもが泣く可能性を考えて却下した。

二回目は、キシリアとキャスバルが隣になり、会話の温度が零下へ落ちる予感がしたので却下した。

三回目は、私がキャスバルの隣、ガルマがアルテイシアの隣、父が卓の短辺、キシリアをその対角に置いた。完全ではないが、この家で完璧を目指すのは、宇宙で雨を降らせるのと同じくらい非効率だ。

 

秘書官が控えめに言った。

 

「閣下、本日の夕食会の注意事項ですが」

 

「読み上げろ」

 

「武器検査を給仕係まで含めて実施。飲料は個別管理。料理の取り分けは固定担当。政治的議題は禁止。ダイクン議長に関する直接言及は禁止。過去の死因に関する冗談は禁止」

 

「良い」

 

「追加で、ガルマ様の思いつきによる余興は禁止」

 

私は顔を上げた。

「余興?」

 

「はい。先ほど『子どもたちのために何か場が和むものを』と」

 

「即刻禁止だ」

 

「承知しました」

 

「あと」

 

「はい」

 

「ドズルには事前に、声量を三割落とすよう伝えろ」

 

秘書官はメモを取りながら、少し困った顔をした。

「三割で足りますか」

 

「無理なら五割だ」

 

「可能でしょうか」

 

「可能性は低いが、国家運営もそんなものだ」

 

秘書官が去ったあと、私は窓の外を見た。

サイド3の人工午後は、いつもよくできた偽物だ。本物の空を知らない人間なら、あれで十分満足するかもしれない。だが、偽物は完璧であるほど不安になる。夕食会も同じだった。

 

昼過ぎにキシリアが来た。

許可も待たずに入ってくるところまで含めて、いつも通りだった。

 

「兄上、顔色が悪いわね」

 

「お前のせいでないなら、夕食会のせいだ」

 

「光栄だわ」

 

彼女は私の机の上の席順表を見て、鼻で笑った。

 

「ずいぶん真面目に考えてる」

 

「必要だからな」

 

「楽しみね。父上、ドズル、私、ガルマ、そこへキャスバルとアルテイシア。

兄上、今夜は下手な会議よりずっと多くの地雷があるわ」

 

「知っている」

 

「しかも給仕まで緊張してる」

 

「それも知っている」

 

「だったら、どうしてやるの」

 

私は少し考えた。

理由は一つではなかった。ガルマの善意。キャスバルの観察眼。アルテイシアの無邪気さ。そして何より、相手を家の外に置いて神話に育てるより、家の中で人間として見せた方がまだましだという打算。

 

「物語を減らすためだ」と私は言った。

 

キシリアは椅子に腰掛け、足を組んだ。

 

「逆に増えそう」

 

「その可能性は高い」

 

「兄上らしいわね。破滅の可能性を理解して、なお実行する」

 

「お前に言われたくない」

 

「私はもっと趣味が悪いもの」

 

その自己認識の正確さが嫌だった。

 

---

 

夕刻、屋敷の食堂は必要以上に整っていた。

 

長いテーブルの上に銀器が並び、グラスはきれいに光を割っていた。花まで置かれている。誰の判断だか知らないが、政治の匂いが濃い夕食会に花を置くのは、火薬庫に香水を振るようなものだ。

 

ドズルが最初に現れ、席を見て言った。

 

「なんだこの並びは。俺がまるで危険人物みたいじゃないか」

 

「まるで、ではない」と私は言った。

 

「ひどいな、兄貴」

 

「声を落とせ」

 

「これでも落としてる」

 

「その情報は誰のためにもならない」

 

ドズルは不満そうだったが、座った。彼の良いところは、言われたことに一応は従うところだ。悪いところは、従ったうえで存在自体が騒がしいところだが。

 

次にガルマが来た。

今日は妙にきちんとした服を着ていて、本人だけが本当に「良い夕食会」にするつもりらしかった。

 

「兄上、花はどうかな」

 

「お前か」

 

「だめだった?」

 

「だめではない。ただ、少しだけ墓前っぽい」

 

ガルマは露骨にしょんぼりした。

こういうとき、善意を必要以上に傷つけると後味が悪い。私は少しだけ言い直した。

 

「だが、アルテイシアは喜ぶかもしれない」

 

「本当?」

 

「たぶんな」

 

彼はすぐ機嫌を直した。若いというのは回復が早い。

 

父は定刻より少し遅れて現れ、席につく前に食堂全体を見回した。

あの男は、どんな場所でもまず「配置」を見る。人ではなく配置を。だから長く生きたし、たぶんそれゆえに多くを間違えた。

 

「ずいぶん厳重だな」と父は言った。

 

「客人を迎えるので」

 

「家族の食卓にしては」

 

「家族だからです」

 

父はそれで少し笑った。

「違いない」

 

最後にキシリアが現れた。

彼女は席順を見て私にだけ聞こえる声で言った。

 

「兄上、キャスバルを隣に置くなんて、なかなか教育熱心」

 

「お前を遠ざけたかっただけだ」

 

「それも教育ね」

 

そこへ、ダイクン家の子どもたちが案内されて入ってきた。

 

食堂の空気が、ほんの少しだけ変わった。

大人だけの空間に子どもが入ると、場の嘘が少し見えやすくなる。人は子どもの前では、必要以上に立派に見せるか、逆に妙にぎこちなくなる。ザビ家の面々は後者寄りだった。

 

アルテイシアは花を見て目を丸くした。

「きれい」

 

「よかった」とガルマがすぐ言った。

彼はその一言で半分くらい救われた顔をした。

 

キャスバルは花より席順を見ていた。

やはり観察する子どもは厄介だ。

 

「こんばんは」と彼は言った。

 

「こんばんは」と父が答えた。

その声は意外なくらい穏やかだった。デギン・ザビという男は、必要とあれば祖父のふりくらい平気でできる。

 

全員が席につき、最初の皿が出た。

前菜は冷たい魚のマリネだった。私は心の中で給仕長に感謝した。汁物が先でないだけ、事故の被害範囲が狭い。

 

しばらくは、平和だった。

アルテイシアが花の名前を尋ね、ガルマが知らないまま勢いで答え、ドズルが「花は食えない」と言ってキシリアに睨まれ、父が「お前は黙って食べていろ」と言った。

この程度なら、まだ普通の家族だった。かなり騒がしいが。

 

問題は二皿目から起きた。

 

ドズルがアルテイシアに向かって、できるだけ声を落とそうとしたのだろう、少しだけ低めの大声で言った。

 

「この前、工廠に行ったんだってな!」

 

アルテイシアはうなずいた。

「おおきかった」

 

「そうだろう!」

 

「ドズル」と私は言った。

 

「なんだ、ちゃんと静かだろ」

 

「お前の中ではそうなのか」

 

アルテイシアは気にした様子もなく、続けた。

 

「白いこが、はさまってたの」

 

ドズルは真剣に聞いている。

あの男は、子どもと動物に対してだけは驚くほど素直だ。

 

「助かったのか?」

 

「うん。ギレンがきった」

 

食堂の空気が少し止まった。

キャスバルは黙っていたが、私の方を見た。キシリアは面白がっている。父は表情を変えない。ガルマだけが「兄上すごいね」と言いそうな顔をしていたので、私は視線だけで止めた。

 

「設備を犠牲にして人を助けたんです」とキャスバルが静かに言った。

 

父がそこで初めて私を見た。

「ほう」

 

私はフォークを置いた。

「状況上、そちらが合理的でした」

 

キシリアが口元を拭きながら言った。

「珍しいわよね。兄上が目の前の人間を優先するなんて」

 

「状況上だ」

 

「ええ、状況上」

 

ガルマが、その含みを理解しないまま言った。

「でも、いいことだと思います」

 

「ガルマ」と私は言った。

 

「何?」

 

「今夜は感想を減らせ」

 

彼は素直に「わかった」と言ったが、たぶん本当にはわかっていなかった。

 

メイン料理が運ばれてきたころ、父がキャスバルに訊いた。

 

「工廠を見て、どう思った」

 

悪い質問だった。

悪いが、父らしい質問でもあった。子どもの感想を聞いているふりをして、相手の思考回路を計る。

 

キャスバルは少し考えた。

それから言った。

 

「大人は、戦争より前に、戦争の形を作るんだと思いました」

 

誰もすぐには何も言わなかった。

厨房の向こうで皿が触れる小さな音だけがした。

 

「形か」と父が言った。

 

「はい。兵士がいなくても、まだ戦争じゃなくても、もう準備は始まってる」

 

「よく見ている」

 

「見せてもらいましたから」

 

その言い方は丁寧だったが、刃先があった。

父もそれに気づいたはずだ。しかし顔には出さなかった。年を取ると、そのあたりだけはうまくなる。

 

ドズルが耐えられなくなったように言った。

 

「戦争になるって決まったわけじゃないだろ」

 

キャスバルは兄の方を見た。

いや、兄ではない。ザビ家の男を見る目だった。

 

「決まってないなら、どうしてあんなに急ぐんですか」

 

ドズルは言葉に詰まった。

彼は正直だから、こういう問いに弱い。嘘をつけない人間は損をするが、食卓ではたまに救いにもなる。

 

代わりに私が言った。

 

「急いでいるから戦争になるわけではない。備えないから避けられるわけでもない」

 

「でも、備えることが相手を刺激する」とキャスバル。

 

「その通りだ」

 

「それでもやるんですね」

 

「そうだ」

 

彼はまっすぐ私を見た。

私はその視線を受けた。逃げても意味がない。

 

「怖いですか」と彼が訊いた。

 

私は少し考えた。

食卓で問われるには、妙に正確な質問だった。

 

「怖いな」と私は言った。

 

ガルマが顔を上げた。

キシリアはナイフを置いた。

父はわずかに眉を動かした。

ドズルだけが、むしろ少し安堵したように見えた。

 

「兄上が?」とガルマが言った。

 

「意外か」

 

「少し」

 

「意外なままでいてくれ」

 

キャスバルはそれを聞いて、ほんの少しだけ表情を緩めた。

完全な納得ではない。ただ、記録の仕方を少し変えた顔だった。

 

そこまでは、まだよかった。

 

本当に危なかったのはデザートのときだ。

 

甘いものが出ると、人は油断する。血糖値のせいか、文明の名残かは知らないが、とにかく少しだけ口が軽くなる。それがザビ家では致命傷につながる。

 

アルテイシアがプリンの上の飾りを見ながら、ふいに言った。

 

「これ、おとうさまも好きだった」

 

父がスプーンを止めた。

食堂の温度が一度、下がった気がした。

 

ガルマは何か慰めの言葉を探そうとした。

ドズルは珍しく沈黙した。

キシリアは表情を消した。

そして、最も危険なのはたいてい善意だという原則どおり、ガルマが口を開きかけた。

 

私は先に言った。

 

「そうか」

 

アルテイシアはうなずいた。

「でも、あんまりきれいに食べられなかった」

 

私はプリンを見た。

「それは大人として親しみが持てる」

 

アルテイシアは笑った。

小さく、でもたしかに。

 

「ギレンも?」

 

「私も時々失敗する」

 

「うそ」

 

「本当だ」

 

「きれいに見える」

 

「見えるだけだ」

 

キシリアがそこで、意外にも助け舟を出した。

 

「兄上は外ではきれいに食べるの。家ではたまに考え事をしていて、何を食べているかわからなくなる」

 

ガルマがすぐに乗った。

「ありますね。兄上、パンにバターを塗らないまま食べてたことある」

 

「それは覚えてない」

 

「僕は覚えてる」

 

ドズルまで言った。

「兄貴、この前も肉を切ったあと、食わずに資料見てたぞ」

 

「お前たちはなぜそんなことばかり覚えている」

 

「家族だからだろう」とドズル。

 

その一言で、妙に場がやわらいだ。

 

家族だから。

あまり信用ならない言葉だ。美しい時もあるが、多くの場合、免罪符か呪いとして使われる。だが、その夜、その瞬間だけは、少なくとも食卓の上に載っていたものを少し軽くした。

 

キャスバルは黙ってそれを見ていた。

アルテイシアはもう完全にプリンの方へ意識を移していた。

父は何も言わなかった。けれどその沈黙は、先ほどまでの政治的な沈黙ではなかった。もっと古い種類の、たぶん家庭というものに属する沈黙だった。

 

私は少しだけ息を吐いた。

うまくいった、とまでは言わない。だが、少なくとも破綻はしていない。

 

そのとき、給仕がワインを注ごうとして手を滑らせた。

 

ほんの少し。

赤い液体がテーブルクロスに落ち、白の上へ滲んだ。

 

誰も声を上げなかった。

だが、全員が一瞬だけその赤を見た。見てしまった。

 

給仕は真っ青になっていた。

私はその顔を見て、かわいそうになった。たぶん彼は今後一生、夕食会のたびにワインの色を恨むだろう。

 

「気にするな」と私は言った。

 

「も、申し訳ありません」

 

「クロスを替えろ。それで済む」

 

父も何も言わなかった。

キシリアだけが、私にだけ聞こえる声で言った。

 

「今夜いちばん正しい一言だったかも」

 

「お前は黙って食べていろ」

 

「兄上もね」

 

結局、その夜の夕食会は無事に終わった。

無事、という言葉を使っていいなら、だが。

 

子どもたちを見送るとき、ガルマは露骨に達成感のある顔をしていた。

「よかったね」と彼は言った。

 

「何がだ」

 

「ちゃんと、普通の夕食会みたいだった」

 

私はしばらく彼を見た。

「お前の普通は、だいぶ特殊だ」

 

「兄上たちのせいだよ」

 

それは否定しづらかった。

 

玄関で、キャスバルが私に言った。

 

「面白かったです」

 

「それは褒めているのか」

 

「まだ判断中です」

 

「賢明だな」

 

「でも」と彼は少し間を置いて言った。「あなたたちは思っていたより、ちゃんと家族でした」

 

その言葉は不思議な重さがあった。

軽い慰めではなく、警戒の修正としての評価。私はそれを覚えておくことにした。

 

アルテイシアはガルマに向かって手を振り、花を一輪だけもらって帰っていった。

ドズルはその様子を見て、なぜか少し照れたような顔をしていた。キシリアは終始、何かを考えていた。父は帰り際に私へ目配せだけした。あとで話がある、という合図だった。

 

私はその合図がひどく嫌だった。

夕食会のあとに父が話したがることに、ろくなものはない。

 

案の定、子どもたちが帰り、ガルマとドズルが下がったあと、父は私を執務室へ呼んだ。

 

部屋に入ると、父は窓の前に立っていた。

人工夜景が背中を縁取っている。あの男は、自分が少し大きく見える立ち位置を本能で知っている。

 

「どうだった」と父が言った。

 

「見ていたでしょう」

 

「お前の感想を訊いている」

 

私は少し考えた。

「思ったより壊れなかった」

 

父は笑った。

「お前らしいな」

 

「父上は?」

 

「面白かった」

 

その答えは本音だったかもしれない。

デギン・ザビという男は、たまに本当に人間の機微を面白がる。問題は、それを政治の材料とほぼ同じ温度で扱うところだが。

 

「キャスバルは賢い」と父が言った。

 

「ええ」

 

「ガルマと相性が悪くない」

 

「それを良い兆候と見るかどうかは迷います」

 

「お前は何でも迷うようになったな、ギレン」

 

「前よりは」

 

父は振り返った。

その顔には年齢相応の疲れがあった。しかし目だけは、まだ何かを選別している。

 

「迷うのは悪くない」と父は言った。「だが、迷っているあいだにも情勢は動く」

 

「承知しています」

 

「ラル家の動きも、連邦の反応も、工廠の件もな」

 

私はその言い方に少し引っかかった。

工廠の件。父はどこまで知っているのか。いや、知らないふりをどこまでしているのか。

 

「何か情報でも」と私は訊いた。

 

父はすぐには答えなかった。

それから、机の上の封筒を指で示した。

 

「月面ルートからの報告だ。連邦側の一部が、こちらの工廠拡張を必要以上に警戒し始めている」

 

「早いですね」

 

「早いから厄介だ」

 

私は封筒を開けた。

内容は簡潔だった。連邦高官の非公式な発言、サイド3経済圏への監視強化、輸送品目の抜き取り調査。まだ露骨ではない。だが、火のつく前の紙の乾き方みたいなものは伝わる。

 

「戦争準備と見られている」

 

「実際、そうだからな」と父は言った。

 

「防衛準備です」

 

「言い換えは自由だ」

 

私は黙った。

父はそういうとき、たいてい少しだけ正しい。

 

「お前」と父が言った。「ダイクンの子どもたちを、これからどうするつもりだ」

 

「生かします」

 

「それだけか」

 

「今のところは」

 

「キシリアはどう考えている」

 

「本人にお聞きください」

 

父はまた笑った。

「お前らしい返しだ」

 

そのとき、私はようやくわかった。

父は探っているのだ。私とキシリアが今どの程度まで歩調を合わせているかを。家の中の停戦は、家長にとって最も扱いづらい現象である。争っていれば分断できる。だが静かに協力されると、どこを叩けばいいのかわからなくなる。

 

「今夜は、あれでよかった」と父は言った。

「だが、子どもは油断ならん。

大人の言葉そのものより、言わなかったことを覚える」

 

「ええ」

 

「お前もそうだった」

 

私は返事をしなかった。

たぶん、そのとおりだったからだ。

 

---

 

自室へ戻る途中、廊下の角でキシリアが待っていた。

 

「父上、何て?」

 

「色々だ」

 

「便利な要約ね」

 

「お前もだいたい聞いていたんじゃないのか」

 

「半分くらいは」

 

「趣味が悪い」

 

「兄上に言われたくないわ」

 

私たちはしばらく並んで歩いた。

夜の屋敷は静かで、絨毯が足音を吸っていた。こういうときだけ、この家がちゃんと金をかけていることを思い出す。

 

「今夜」とキシリアが言った。「意外と悪くなかった」

 

「お前にしては前向きだな」

 

「ええ。キャスバルが思ったより感情的じゃない」

 

「それは良いことか」

 

「少なくとも、すぐ撃ってくるタイプではない」

 

「基準がひどい」

 

「ザビ家の評価軸としては健全よ」

 

私はため息をついた。

「連邦の動きが早い。月面ルートから報告が来ている」

 

キシリアの表情が少し変わった。

「なるほど。じゃあ、今夜の夕食会の余韻に浸っている暇はないわね」

 

「お前は浸る気だったのか」

 

「少しだけ」

 

それは意外だった。

だが彼女はその先を説明しなかった。私も訊かなかった。家族には、踏み込まない方がましな柔らかさがある。

 

「兄上」と彼女が言った。「次は外に出るわよ」

 

「どこへ」

 

「ラル家。あるいは月面。

とにかく、“家の中で普通っぽく食事をした”という出来事は、外から見れば何の意味もない。

でも内側では少し意味が出た」

 

「珍しく詩的だな」

 

「今夜は花があったから」

 

私は笑いそうになった。

笑わなかったが、少なくとも口元は少し緩んだ。

 

「次の話は面倒になる」と私は言った。

 

「ええ」とキシリア。

「しかもたぶん、静かに」

 

私は自室の扉の前で立ち止まった。

静かに来る面倒ほど嫌なものはない。大声の問題はまだ対処しやすい。静かな問題は、たいてい書類か、善意か、密航経路に姿を変えている。

 

その夜、私は机に新しいメモを置いた。

 

**次回以降の注意事項**

一、夕食会での善意は予想以上に強い。

二、キャスバルは見ている。

三、アルテイシアは花と甘味で空気を変える。

四、父は探っている。

五、連邦は近い。

六、家の中が少しだけ家らしくなったときほど、外は戦争に寄る。

 

私はそれを読み返し、最後の一行に線を引いた。

 

窓の外では、サイド3の人工夜がもう少しで朝へ切り替わるところだった。

偽物の夜明けは、たいてい少し早すぎる。

だが、それでも人は目を覚ます。

たとえ次に待っているのが、家族会議ではなく、密談と動員計画と、まだ名前のついていない戦争だったとしても。

 

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