妹に撃たれない方法   作:Brooks

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ランバがジンバに敬語使ってるのが違うよね。


第8話 外縁ドックの静かな騒ぎ

 

外縁ドックという場所は、宇宙の港にしては妙に礼儀正しい。

 

工廠みたいに怒鳴り声が飛ぶわけでもないし、議会みたいに咳払いが多いわけでもない。照明は低く、足音は金属に吸われ、誰もが「急いでいません」という顔をして歩く。だが、そういう顔をしている人間ほど、たいてい何かを急いでいる。私は長く生きて、その程度のことは学んだ。

 

エレベーターを降りると、冷えた空気が制服の襟に入ってきた。もちろん本物の外気ではない。外へ出れば真空だ。だが港湾区画の空気には、いつも少しだけ機械の冷たさが混ざっている。人間の都合で循環させられた空気というのは、どこか愛想がない。

 

キシリアが隣で言った。

 

「兄上」

 

「何だ」

 

「今夜の顔、ひどいわよ」

 

「だいたいいつもだ」

 

「今夜は特に。

“誰かを助けるつもりで、全員を不愉快にする男”の顔をしてる」

 

「便利な顔だな」

 

「ええ。家族写真には向かないけど」

 

私はそれに返事をしなかった。

家族写真という言葉をこの女の口から聞くと、たいてい良くないことを思い出す。

 

ドック第六区画の手前で、ランバ・ラルが待っていた。

姿勢がいい。顔色は悪くない。だが目だけが少し硬い。現場に入る前の軍人の顔だ。

 

「閣下」

 

「状況は」

 

「ジンバ様は三分前に到着。民間服の男二名と接触済みです。まだ船には乗っていません」

 

「子どもたちは」

 

「こちらで確認した限り、まだ到着していません」

 

私は少しだけ肩の力を抜いた。

完全にではない。この時間帯の安心は、だいたい数分しかもたない。

 

「男たちの身元は」

 

「書類上は月面医療商会の立会人です」

 

「書類上は、か」

 

「はい。歩き方は商人ではありません」

 

キシリアが小さく笑った。

 

「この港、最近は歩き方の悪い人が多いわね」

 

「この時代の流行だろう」と私は言った。

 

私たちは区画の陰に入って様子を見た。

外縁ドックは広いが、夜間の使用区画は限られている。灯りの落ちた通路の先に、銀色の小型商船が静かに停泊していた。船腹には医療搬送会社の控えめなロゴ。控えめすぎて逆に怪しい。善良さを制服みたいに着込んでいる組織は信用できない。

 

ジンバ・ラルは、船に背を向けて立っていた。

その向かいに民間服の男が二人。痩せた方は年齢不詳で、笑う口元だけが柔らかい。太い方は愛想がなく、手の位置が良くない。商人はあまりそんなところに手を置かない。いつでも何かを抜ける位置だ。

 

「連邦ね」とキシリアが言った。

 

「まだ断定するな」

 

「断定してないわ。匂いって言ってるだけ」

 

「その言い方が嫌いだ」

 

「知ってる」

 

私はランバ・ラルに目で合図した。

彼は左右に配置した部下へわずかに頷いた。目立たないように、しかし逃げ道だけは静かに塞ぐ。軍人が美しく見える瞬間というのは、たいてい誰にも見えていない。

 

私が前へ出ようとした、そのときだった。

 

別の通路の奥から、ヘッドライトの低い光が近づいてきた。

小型の医療搬送車。妙にきれいだ。きれいすぎる車はだいたい誰かの善意で動いている。

 

私は心の底から嫌な予感がした。

 

「兄上」とキシリアが言った。

その声には、珍しく本物の同情が少しだけ混ざっていた。

「たぶん、あなたの嫌いな種類の面倒よ」

 

車が止まり、扉が開いた。

 

最初に降りてきたのは、ガルマだった。

 

私は数秒、何も言えなかった。

世界には言葉を失う場面がいくつかある。銃を向けられたとき。死体を見たとき。自分の末弟が、外縁ドックの密談現場に、医療搬送車でダイクン家の子どもたちを連れてきたとき。これはその三番目だった。

 

「兄上?」とガルマが言った。

こちらを見つけて、少し安心した顔をした。

その顔がいっそう腹立たしかった。善意はいつも、発見されたときに安心した顔をする。

 

車の後部からキャスバルが降りた。

そのあとにアルテイシア。彼女は眠そうで、片手に小さな花瓶まで持っていた。なぜ花瓶なのかは訊きたくなかった。訊けば説明される。それも、たいてい嫌にまっすぐな説明が。

 

キシリアが私の横で、ほとんど感心したように言った。

 

「すごいわね、ガルマ。

ここまでくると才能よ」

 

私はようやく声を出した。

 

「ガルマ」

 

「はい」

 

「お前は何をしている」

 

「医療搬送の立会いを。

子どもたちを夜に動かすのは不安があるだろうと思って、僕も一緒に――」

 

「誰の許可だ」

 

「ええと」

 

そこで彼は少し迷った。

迷ってくれて少し救われた。迷わず答えられたら、たぶん私は本当に血圧で死んでいた。

 

「保全部から連絡が来て」とガルマが言った。

 

「書面は」

 

「口頭です」

 

「お前は口頭で子どもを外縁ドックまで運んだのか」

 

「善意で」

 

「それは見ればわかる」

 

キャスバルはそのやり取りを黙って見ていた。

アルテイシアは私とガルマを見比べて、状況の重さを半分だけ理解している顔だった。半分で十分だと思った。全部理解するにはまだ早い。

 

ジンバ・ラルがこちらに気づき、顔色を変えた。

民間服の男たちも同時に私たちを見た。片方は笑みを消し、もう片方は最初から笑っていなかった。

 

「ギレン・ザビ」とジンバが言った。

 

「ラル殿」と私は答えた。

「ずいぶん静かな夜歩きだな」

 

「あなたこそ」

 

「私は港の見回りだ」

 

キシリアが横で言った。

「兄上、そういう嘘はもっと上手に」

 

「うるさい」

 

ガルマが、ようやく空気の悪さを理解し始めたらしく、少しずつ青くなっていた。

その反応は遅いが健全だった。

 

民間服の痩せた男が、一歩だけ前へ出た。

 

「夜分に失礼」と彼は言った。

声が整いすぎている。外交官か詐欺師か、その中間だ。

 

「我々は月面グラナダ医療商会の――」

 

「名乗らなくていい」と私は言った。

 

「ですが」

 

「私は今、あなたの肩書きより、ここへ何を見に来たかに興味がある」

 

男は少しも顔色を変えなかった。

さすがに訓練されている。ますます商人ではない。

 

「療養移送の立会いです」

 

「夜の外縁ドックで、子ども二人の?」

 

「事情が繊細でして」

 

「便利な言葉だな。

繊細、保全、療養、立会い。

今夜だけで嘘を四つも聞いた」

 

キシリアがくすっと笑った。

「兄上、数え方が優しいわよ」

 

ジンバ・ラルは怒りと焦りの両方を顔に出していた。

理想家はこういう場で損だ。感情が先に立つから、後ろにいる事務屋や仲介人の方が得をする。

 

「キャスバル様たちは、ここにいるべきではない」とジンバが言った。

 

「そこは同感だ」と私は答えた。

「だが、あなたの持っていき方が最悪だ」

 

「最悪なのはザビ家の近くに置くことだ!」

 

「月面へ渡して、誰かの保護対象という美名の下で、正統性の見本にするよりはましだ」

 

その瞬間、痩せた男の笑みがほんの少しだけ薄れた。

当たったらしい。

 

キャスバルがそこで、初めて口を開いた。

 

「見本?」

 

誰もすぐには答えなかった。

私はあえて先に答えなかった。ジンバ・ラルが答えるべきだと思ったし、そういう沈黙は時々、人を正直にする。

 

だが答えたのは、痩せた男だった。

 

「誤解です」と彼は言った。

「我々はただ、月面側の安全保障上、受け入れ対象の確認を――」

 

「確認」とキャスバルが繰り返した。

その声は低かった。年齢に似合わない低さだった。

 

「つまり」と彼は言った。

「僕たちの顔を見たいんですね」

 

男は返答に困った顔をした。

困った顔が上手い。そういう人間は余計に信用できない。

 

アルテイシアが花瓶を抱えたまま、ぽつりと言った。

 

「やっぱりへんな人」

 

私はそこで少しだけ救われた。

たいていの本質は、そのくらい短い言葉で済む。

 

ガルマがようやく私の隣まで来て、小声で言った。

 

「兄上……これ、だめなやつですか」

 

「かなりな」

 

「僕、何かまずいことを」

 

「後でたっぷり理解させる」

 

「はい」

 

その素直さだけは評価してもよかった。

 

ランバ・ラルがジンバ・ラルの少し後ろへ回った。

主君を守る位置でありながら、船へは行かせにくい位置でもある。うまい。こういう男がいると、現場は少しだけ人間らしくなる。

 

「ジンバ様」と彼は静かに言った。

「今夜はおやめください」

 

「ランバ、お前まで」

 

「子どもたちを移すだけの話なら、こんな連中は要りません」

 

その一言は効いた。

理想家にとって最もきついのは、身内から「それはもう理想ではない」と言われることだ。

 

ジンバ・ラルは唇を噛んだ。

そして私を睨んだ。

 

「あなたは結局、何も手放さない」

 

「そうだ」と私は言った。

「だから今もここにいる」

 

「卑劣だ」

 

「実務的と言っていただきたい」

 

「兄上」とキシリアが言った。

「たまには自分の性格の悪さを自覚した方がいいわ」

 

「お前にだけは言われたくない」

 

痩せた男が、空気を変えるつもりなのか一歩進み出た。

 

「本件は人道的な――」

 

「黙れ」と私は言った。

 

その声が少し低すぎたのか、場が一瞬だけ静まった。

私は自分でも驚いた。年を取ると、怒鳴る代わりに声が冷えることがある。

 

「人道を名乗るなら、子どもを確認対象などと言うな。

保護を名乗るなら、まず名前ではなく体調を気にしろ。

あなた方は最初から、血統と顔を見に来ている」

 

男は何も言い返さなかった。

返せなかったのだろう。そういう沈黙は、時々かなりうるさい。

 

キャスバルが一歩だけ前へ出た。

私は止めなかった。

止めるより、見ている方がましだと思った。

 

「僕は展示品じゃない」と彼は言った。

 

誰も笑わなかった。

笑える種類の台詞ではなかった。

 

痩せた男が口を開いた。

 

「もちろん違います」

 

「だったら見る必要はないでしょう」

 

「月面側にも事情が」

 

「僕には関係ない」

 

その言い方があまりに鮮やかで、私は少し困った。

困るというのは、大人としてであって、観客としてではない。観客としてなら、拍手の一つもしたかった。

 

アルテイシアが兄の袖を引いた。

「お兄さま、かえる?」

 

キャスバルは妹を見て、それからジンバ・ラルを見た。

その視線の移動だけで、いくつかのものが終わった気がした。

 

「帰ります」と彼は言った。

 

ジンバ・ラルが何か言おうとした。

だがランバ・ラルが、ごく小さく首を振った。

それで止まった。理想家も、最終的にはたまに現実に負ける。

 

私は港湾警備に合図した。

 

「船は出さない。

この二名は身元確認のため別室へ。

丁寧にな。彼らはたぶん“丁寧に扱われなかった”という話まで持ち帰る」

 

キシリアが楽しそうに言った。

「兄上、そういうところ、本当に上達したわね」

 

「うるさい」

 

民間服の男たちは抵抗しなかった。

抵抗しない人間ほど、あとで面倒だ。

だが今夜はそれで十分だった。

 

ガルマはまだ青い顔のまま、アルテイシアに向かって言った。

 

「ごめんね。僕、普通の検査だと思って」

 

アルテイシアは花瓶を抱えたまま首を傾げた。

「ガルマ、ちょっとへん」

 

「うん」と彼は言った。

「今日は本当にその通りだ」

 

私は少しだけ同情した。

善意はしばしば、自分が破壊兵器だと知らない。

 

ドックを出る前、ジンバ・ラルが私を呼び止めた。

 

「ギレン・ザビ」

 

私は振り返った。

 

「今夜あなたが止めたのは、私ではない」と彼は言った。

「あなたは、子どもたちが“外”を持つことそのものを恐れている」

 

私は少し考えた。

それは半分正しく、半分間違っていた。半分ずつ正しい言葉は、だいたい一番厄介だ。

 

「違う」と私は言った。

「私は、最初に触れる外が、ろくでもない大人の手であってほしくないだけだ」

 

ジンバ・ラルは苦い顔をした。

「その台詞を、あなたが言うのか」

 

「だからこそだ」

 

それで会話は終わった。

 

帰りの通路で、ガルマはずっと黙っていた。

珍しいことだった。キシリアまで少し静かで、ランバ・ラルだけが必要な配置を整え、キャスバルは何も言わず、アルテイシアは途中で花瓶の水が少しこぼれたことを気にしていた。

 

エレベーターに乗り込んだあと、ようやくガルマが言った。

 

「兄上」

 

「何だ」

 

「口頭の指示は、やっぱりちゃんと確認した方がいいですね」

 

「今ごろ理解したか」

 

「はい」

 

「遅い」

 

「でも理解しました」

 

「それはましだ」

 

キシリアがそこで笑った。

「ガルマ、今夜のあなたはかなり高性能だったわよ」

 

「褒めてる?」

 

「半分だけ」

 

「姉上の半分って、だいたい怖いね」

 

「よく育ったわ」

 

キャスバルが、ふいに私へ言った。

 

「あなた」

 

「何だ」

 

「さっきの人たちよりは、まだましです」

 

私は彼を見た。

その評価は、褒め言葉としてはかなり低い。

だがこの夜にそれをもらえるなら、十分すぎた。

 

「光栄だ」と私は言った。

 

「でも嫌いです」

 

「それも光栄だ」

 

アルテイシアが眠そうに言った。

「みんなへん」

 

誰も反論しなかった。

その一言が、今夜いちばん公平だったからだ。

 

執務室へ戻ると、私は上着も脱がずに椅子へ座った。

机の上には、夕方に開いたままの書類がまだ並んでいた。月面ルート、港湾名簿、医療搬送許可、そして空席二。

静かな問題は、処理してもすぐには音を立てて死なない。書類のまましばらく息をしている。

 

キシリアが窓の前で言った。

 

「兄上」

 

「何だ」

 

「今夜、止められたのは一回だけよ」

 

「わかっている」

 

「連邦はもう、顔を見に来た」

 

「わかっている」

 

「次はもっと上手に来る」

 

「それもわかっている」

 

彼女は振り返り、少しだけ笑った。

 

「よかった。

兄上がちゃんと疲れてる顔のときは、まだ大丈夫」

 

「どういう理屈だ」

 

「疲れてるうちは、油断してないもの」

 

私はそれに返事をしなかった。

返す気力もなかった。

 

窓の外では、サイド3の人工夜がまだ保たれていた。

だが、私にはもう、次の朝が来る音が聞こえる気がした。

戦争はまだ始まっていない。

それでも今夜、連邦の手はここまで伸び、ダイクンの血は見世物になりかけ、ガルマの善意はまたひとつ世界を複雑にした。

 

私は机のメモに一行だけ足した。

 

善意には護衛をつけろ。

 

それを書いてから、自分でも少し笑った。

宇宙世紀の政治メモとしては、かなり正確だった。

 

次はたぶん、もっと丁寧な使者が来る。

もっと立派な肩書きと、もっと上質な言葉を持って。

そして私はまた、できるだけ不愉快な顔で迎えるのだろう。

 

それが今のところ、

妹に撃たれず、子どもを旗にさせず、家族を家族のふりのまま一晩延命させる、

いちばん現実的な方法だった。

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