妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第84話 アクシズより

ズムシティの執務棟は、夜が更けるほど静かになる。

 

静かになるのは廊下と待合だけで、机の上の仕事が減るわけではない。各部から上がる決裁書はむしろ夜の方が厚みを増し、最後に残るのは、昼の喧噪が消えた後でも手を止めない者だけだ。

 

ギレンは最後の決裁印を押し、乾ききらぬ紙を脇へ寄せた。

 

向かいではギリアムが翌朝分の広報整理に目を通している。表へ出す文言と出さぬ文言、その境界線は、このところますます軍の補給線に近い重さを持ち始めていた。

 

扉が叩かれた。

 

短く二度。急ぎを隠しはしないが、乱れた打ち方ではない。

 

「入れ」

 

扉が開き、セシリアが入ってきた。

 

服装も髪も崩れてはいない。だが、手に抱えた通信束の最上段に緊急線の符牒が見えた時点で、ただ事ではないと分かる。

 

「失礼いたします。アクシズより入電です」

 

ギレンの手が止まった。

 

ギリアムも顔を上げる。

 

「木星線か」

 

「はい」

 

セシリアは一歩進み、紙を差し出した。

 

「木星船団本隊の一部、アクシズへ寄港。補給および整備を完了し、帰還針路へ移るとのことです」

 

ギレンは文面へ目を走らせた。

 

余計な誇張のない、骨だけの報告だった。木星へ出た時より、さらに無駄を削ぎ落とした文面に見える。作成者がシャリア・ブルであることを、署名を見る前に理解した。

 

「続きます」

 

セシリアは次の紙を開いた。

 

「護送・同伴艦として、アクシズで建造・艤装された大型戦艦群を伴います」 「主力はグワジン型。同型艦複数、他補助艦若干」 「さらに、アクシズ改修のザンジバル級実験艦一隻が合流」 「シャリア・ブル大尉、帰還後直ちに本国報告を希望」

 

ギリアムが小さく息を呑んだ。

 

「グワジン型を外で……」

 

セシリアは、さらに残る一枚へ視線を落とした。

 

「別線です。技術者ギニアス・サハリン少将より」

 

ギレンの目が細くなる。

 

「読め」

 

「ミノフスキードライブを用いた大型機動兵器の試作に成功」 「現物同行を希望」 「評価ならびに再試験のため、本国帰還を申請」 「試作一号機、識別名称アプサラスⅠ」

 

部屋の空気がそこで変わった。

 

ギリアムが思わず口を開く。

 

「アクシズは、補給地どころではありませんな」

 

「会議を」

 

ギレンは紙から目を離さずに言った。

 

「ドズルとキシリアを」

 

「は」

 

セシリアは一礼し、すぐに踵を返した。ギリアムもすでに次の動きへ入っている。

 

ギレンは残された紙をもう一度読んだ。

 

木星船団は帰ってくる。

 

ただの資源線ではない。艦を連れ、技術を連れ、人材を連れ、しかも外縁で独自に育った成果ごと帰ってくる。

 

思っていた以上に、早かった。

 

小会議室へ入ってきたドズルは、椅子へ着く前に報告紙をひったくるように取った。

 

読むというより、目で殴るように追う。数行ごとに喉が鳴り、最後まで行く前に顔が上がった。

 

「兄貴、本当か」

 

「アクシズからの直通だ。嘘を混ぜる意味がない」

 

ギレンが答えると、ドズルは鼻の奥で低く笑った。

 

「木星船団だけじゃねえ。グワジン型まで連れて帰ってくるってのか」

 

後から入ってきたキシリアは、自分の分の紙を受け取るなり言った。

 

「補給地ではなく、建造拠点になり始めているわね」

 

ギレンは頷いた。

 

「そういうことだ」

 

ドズルは椅子へ深く座る。

 

「だったらそのままズムシティへ入れりゃいい。士気が上がるぞ。木星帰りの船団に、外で仕立てた戦艦群まで見せりゃ、連中の目の色も変わる」

 

ギリアムが半歩だけそれに乗る。

 

「報として切れば、民意にも効きますな」

 

「駄目よ」

 

キシリアが即座に切った。

 

「ズムシティへ入れれば、見物人まで湧く。艦の傷み方、外装の補修痕、積荷、人員の顔ぶれ、全部が噂になる」

 

ドズルが不満げに眉を動かす。

 

「だからって、隠してどうする」

 

ギレンが口を開いた。

 

「本隊はズムシティへ入れない」

 

会議室の空気がぴたりと止まる。

 

「ア・バオア・クーへ回す」

 

ドズルが椅子から身を乗り出した。

 

「兄貴」

 

「士気より先に価値を守る」

 

ギレンの声は静かだった。

 

「帰ってくるのは木星船団だけではない。外縁圏で育った工業力と、艦隊運用と、兵器思想だ。ア・バオア・クーなら艦も、人も、荷も、そのまま軍事評価へ回せる」

 

キシリアは弟を見る。

 

「ズムシティへ入れれば、人が集まる。見られる必要のないものまで見られる。ア・バオア・クーなら切り分けられる」

 

ドズルは少し黙った。

 

反発は顔に出ている。だが理屈も分かっている顔だった。

 

「……要するに、見せる前に噛み砕くってことか」

 

「そうだ」

 

ギリアムが訊く。

 

「報道はどうします」

 

「まだ切るな」

 

ギレンは即答した。

 

「公表するのは、こちらが見たいものを見終えてからでいい」

 

それで方向は決まった。

 

セシリアが別紙をめくる。

 

「補足です。同伴艦のうち一隻は、アクシズ改修のザンジバル級。木星帰還型、ミノフスキー駆動補助実験艦とあります」

 

ドズルが眉を上げた。

 

「ザンジバルにそんな真似をしたのか」

 

「一隻だけ、というのがむしろ本気ね」

 

キシリアが言う。

 

「通常艦まで全部弄っていない。実験艦として切り出した」

 

ギレンは紙を受け取ってその一節を読み直した。

 

ザンジバル級そのものを別物へ作り替えたわけではない。一隻だけ、木星帰還の負荷とアクシズでの改修条件を織り込んだ実験艦。

 

派手さより先に、理性が見える。

 

「賢明だ」

 

ギレンは短く言った。

 

「通常のザンジバルまで壊していないなら、まだ理性がある」

 

ドズルが鼻を鳴らす。

 

「理性のある連中だけで、ここまで持って帰れるかね」

 

「狂気だけなら外で終わるわ」

 

キシリアの声は冷えていた。

 

「理性まで抱えて帰ってくるから、厄介なの」

 

そこでセシリアが最後の紙を読み上げた。

 

「ギニアス・サハリン少将は、試作機の同行許可と本国評価を正式に求めています」

 

ドズルが紙を叩いた。

 

「少将殿はずいぶん勝手に育てたもんだな」

 

ギレンはしばらく黙った。

 

速さをMS本体へ背負わせるな。 戦う機械と運ぶ機械を分けろ。 盾と推進を、別の形で与えろ。

 

あの場で投げた要求は、まだ設計の方向を示しただけのものだった。だがギニアス・サハリンは、それを外縁で別の何かへ育ててしまったらしい。

 

「……サハリンめ」

 

ドズルが横を見る。

 

「知ってたのか、兄貴」

 

「発想だけはな」

 

キシリアが淡々と口を挟む。

 

「完成品ではないのでしょう」

 

セシリアが答える。

 

「試作一号機です」

 

「ならなおさら、ア・バオア・クーへ入れた方がいいわね」

 

キシリアは言った。

 

「ズムシティで見世物にする類の話じゃない」

 

ギレンは顔を上げた。

 

「同行させろ」

 

セシリアの筆記が速くなる。

 

「木星船団本隊の一部はア・バオア・クーへ進路変更」 「アクシズ製艦艇群、同行」 「アクシズ改修ザンジバル級、同行」 「ギニアス・サハリン少将ならびに試作機、同行」 「帰還後、直ちに評価へ付す」

 

「それでいい」

 

ドズルは腕を組み直した。

 

「兄貴、ア・バオア・クーが急に忙しくなるぞ」

 

「忙しくしてやる場所だ」

 

ギレンの声にはわずかも迷いがなかった。

 

「外で育ったものを、そのまま外で腐らせる気はない」

 

キシリアは兄の横顔を見た。

 

欲しがっている顔ではない。欲しいものが手元へ届く前に、その使い道まで決めている顔だった。

 

「ア・バオア・クー側へ先に受け入れ準備を回しておくわ」

 

「頼む」

 

「艦だけじゃない。人も荷も、全部隔離よ」

 

「当然だ」

 

ドズルはようやく少し笑った。

 

「面白くなってきやがった」

 

アクシズの寄港ブロックは、岩と鋼で出来た臓腑のような場所だった。

 

外から見れば小惑星基地にすぎない。だが内側へ入れば、人が長く住み、補給し、修繕し、造り始めていることが分かる。仮設で始まったはずの通路はもう仮設の顔をしていない。補給レールは増え、タンク群は岩盤の奥へ伸び、係留腕の数も出航時より明らかに増えていた。

 

木星船団の艦列は、その奥で静かに休んでいた。

 

長距離航行を終えた船体には、距離そのものが刻まれている。装甲の焼け、接合部の補修、色の違う外板。綺麗な艦は一隻もない。だが綺麗でないまま帰ってきたからこそ、そこに重みがあった。

 

列の先頭寄りにはグワジン型の艦影が並ぶ。

 

本国で見る艦と同じ系統でありながら、外板の一部に外縁圏らしい荒い補修と、後付けの艤装が見える。生まれた系譜は同じでも、育った場所が違う艦だ。

 

さらにその脇には、ザンジバル級を基にしながら、腹部と後部推進周辺へ異質な補助構造を抱えた艦が係留されている。木星帰還型の改修艦。別物へ化けきってはいない。だからこそ、実験艦としての本気が見える。

 

その艦列を見下ろす仮設管制室で、シャリア・ブルは報告紙を閉じた。

 

木星へ向かった時の彼は、外へ出る者の顔をしていた。今の彼は、外を見て戻る者の顔をしている。静かさは変わらない。だがその静けさの内側に積まれた重さが違う。

 

副官が入ってくる。

 

「本国より命令です」

 

シャリアは紙を受け取った。

 

読み終えるまでの時間は短かった。

 

「木星船団本隊の一部はア・バオア・クーへ進路変更」 「アクシズ製艦艇群、同行」 「ギニアス・サハリン少将ならびに試作兵器、同行」 「帰還後、直ちに本国報告」

 

副官が様子を窺う。

 

「ズムシティではなく、ですか」

 

「当然だ」

 

シャリアは紙を折った。

 

「こちらが何を持って帰ったか、本国は理解している」

 

それだけ言って、窓の向こうへ視線をやる。

 

帰る先は本国だ。だが、出ていった時と同じ場所へ戻るわけではない。外で見た距離と資源と工業は、そのまま人を変える。帰る艦も、帰る人間も、もう出立時のままではない。

 

「サハリン少将は」

 

「貨物区画で最終確認中です」

 

「通せ」

 

ほどなくして、ギニアス・サハリンが入ってきた。

 

痩せていた。元から細い男ではあったが、今は削れ方が違う。目だけが妙に冴えている。

 

シャリアは立ち上がらなかったが、礼だけは崩さなかった。

 

「サハリン少将。本国命令です。試作機ごとア・バオア・クーへ進路変更」

 

ギニアスは紙を受け取り、読み、薄く笑った。

 

「予想より早かったな」

 

「本国は、あなたの成果に興味があるようです」

 

「成果、か」

 

ギニアスはその言葉を舌の上で転がすように言った。

 

「まだ完成ではない」

 

「それでも、持ち帰る価値があると判断されたのでしょう」

 

シャリアの声音は一定だった。

 

「艦隊運動と搬送順は、本艦の指示に従っていただきます。評価先は本国が決める。私は無事に届けるだけです」

 

それは命令ではなく、線引きだった。

 

ギニアスはその線の引き方を理解した顔で頷く。

 

「了解した。こちらも、今ここで揉めるつもりはない」

 

「助かります」

 

「現物は分解固定済みだ。貨物区画七番。記録も同行させる」

 

「確認しています」

 

シャリアは少しだけ間を置いた。

 

「名称は」

 

ギニアスの目がわずかに細くなる。

 

「アプサラスⅠ」

 

「そうですか」

 

それ以上、評しなかった。

 

名をどう付けようと、本国へ入ればあれは個人の夢想ではなく、国家の資産になる。そのことはギニアスも理解している顔だった。

 

「出立を前倒しします」

 

シャリアは副官へ向き直る。

 

「補給完了艦より順次、離脱準備。グワジン型は前衛。ザンジバル改は後列中央。試作機搭載艦は内側へ入れろ」

 

「はっ」

 

命令が走る。

 

アクシズの寄港ブロックが、再び出立の音で満ち始めた。係留腕が離れ、補給ホースが外され、整備足場が引かれる。長い停泊ではない。ここは本隊の故郷ではなく、外縁の補給地にすぎない。

 

だが、その補給地で艦を造り、技術を煮詰め、人まで変えてしまったのだから、もはやただの補給地とも言えなかった。

 

艦列がゆっくりと動き出す。

 

先頭寄りに木星帰りの本隊。 その脇へ寄るようにアクシズ製のグワジン型大型戦艦。 一隻だけ異質な補助構造を抱えたザンジバル改。 さらに後方、外見だけでは分からぬよう封鎖された貨物区画を持つ艦。

 

それらを見ながら、シャリアは思った。

 

外へ出る時、人は国家の命令で動く。 外から帰る時、人は国家そのものを連れて帰る。

 

今、アクシズを離れる艦列は、補給を終えた船団ではなかった。

 

資源と、艦と、人と、そしてまだ名の定まらぬ兵器思想そのものを連れて、ジオン本国へ帰ろうとしていた。

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