するとドズルが可哀想な事になると思いましたので。
士官学校の朝は、号令の声で始まる。
まだ人工朝陽の色が廊下の端まで届ききらぬ時刻から、候補生たちは訓練棟前の舗道へ並ばされる。靴音は揃い、制服の襟はきっちり閉じられ、眠気も愚痴も、列へ入った瞬間には飲み込まなければならない。
ゼナは三列目の端に立ちながら、手袋の中で指を握り直した。
今日の午後はポッド訓練だと、昨夜から分かっていた。机上戦術よりはましだと考える者もいる。逆に、あの狭い箱の中で見えない敵に追い立てられる感覚が嫌いな者もいる。ゼナは後者だった。
嫌いというほどでもない。だが、好きと言えるほど平気でもない。
「姿勢を崩すな」
教官の声が飛ぶ。
その一声だけで列の空気が締まる。ゼナは背を伸ばした。
その視界の先、先頭寄りの列にはガルマがいた。姿勢が良い。あれはもう癖ではなく、本気でそう立っているのだと分かる立ち方だ。さらに別の列にはシャア・アズナブルの横顔がある。いつも通り、妙に涼しい顔をしていた。何をやっても余裕そうに見えるのが少し腹立たしい。
その隣にいたマレーネが、ほんの少し顔だけこちらへ向けた。
「今日、二本続けてやるって」
小声だった。
ゼナは眉をひそめる。
「本当?」
「さっき聞いた」
「……また酔いそう」
「それ、訓練前に言うことじゃないでしょ」
マレーネが小さく笑う。その笑いに少しだけ救われる。こういう時、平気そうな顔をする人間より、同じように少し嫌そうな顔をしている相手の方がありがたかった。
教官が訓練予定を読み上げる。
午前は戦術講義、機体認識、簡易操縦理論。午後、ポッド式シミュレーション二本。最後に戦術反省会。
「泣き言は成績表に書いてやる」
教官が言うと、列のどこかで小さく息が漏れた。
ガルマが真面目な顔で訊く。
「二本とも、同じ想定ですか」
「聞いてどうする」
「準備を」
「準備してどうにかなるなら、教官はいらん」
笑いは起きない。起きないが、少しだけ空気が軽くなる。
シャアが横から言った。
「いつも通りでしょう。見えない敵が増えて、味方が減るだけです」
マレーネがすぐに返す。
「あなたはそうでしょうけど」
ゼナはそのやり取りを聞きながら、ふと別の方向へ目をやった。
訓練棟の向こう、渡り廊下の奥に、ドズルの姿があった。
朝から士官学校へ顔を出すこと自体は珍しくない。だが、視界へ入っただけで身体のどこかが少し硬くなる。大きい。声も大きい。歩く時に床まで揺れるような気がする。何かされたわけではない。それでも怖いものは怖かった。
ドズルは遠目にも目立つ体格のまま、教官へ二、三言だけ告げて踵を返した。こちらを見たわけでもないのに、ゼナは無意識に呼吸を浅くしていた。
「どうしたの」
マレーネが小さく聞く。
「……別に」
うまく答えられなかった。
ただ、やっぱり怖い人だ、と思った。
訓練棟の裏手、候補生たちの目に触れない観測室は、表側より二度ほど空気が低かった。
壁一面に計測盤が並び、細い線が何本もポッド群の接続端子へ繋がっている。表向きは生理反応測定装置。宇宙適応訓練に伴う心拍、視覚追従、疲労蓄積、酸素消費量の把握。書類に書くなら、それで十分だった。
だが、今日そこに入っている装置は、そんな可愛らしいものではない。
フラナガンは白衣の袖を整えもせず、測定卓の前へ立っていた。細い指が、ガラス板の上を滑るように動く。画面には通常の生理波形とは別に、色の違う線が幾重にも走っていた。
「全ポッド、接続完了しました」
測定士が言う。
「生体反応、脳波、視覚追従、空間認識偏差、危機刺激時の反応増幅、受容同期の基礎値、すべて同時取得可能です」
フラナガンは口元だけで笑った。
「ようやく、母集団が取れる」
その言い方に、若い機関員が少しだけ目を上げた。
「士官候補生全員を、ですか」
「全員だ」
フラナガンは即答した。
「疑って測るのではない。まず測ってから疑え」
機関員は頷いたが、まだ少し迷いが残っていた。
「校方には、通常の生理測定として通しています」
「結構」
フラナガンはモニターへ顔を寄せる。
「正直に言えば、誰も箱に入ってくれなくなる」
測定士が苦笑いのようなものを浮かべたが、すぐに消した。
今日の装置は、ついに臨床用の試作段階を抜けた。事故後観察や個別面談で拾うには限界がある。母集団から、同一条件下で、一斉に、しかも本人に構えさせずに測る。そのための系だ。
感応波の揺らぎ。 危機刺激での異常上昇。 空間把握と他者挙動への同調。 受容偏差。 高応答。
フラナガンにとって重要なのは、名前ではない。まず反応だ。反応があって初めて、そこに名を貼る価値が生まれる。
「始めよう」
彼が言うと、観測室の空気まで少しだけ前のめりになった。
午後、ポッド室の前に候補生たちが整列した時、箱はいつもより冷たく見えた。
金属製の殻。脚立を上って入り、寝るような姿勢で固定される狭い空間。閉じれば外の声はほとんど聞こえない。自分の呼吸と、回線越しの教官の声と、模擬宙域の映像だけが世界になる。
ゼナは順番を待ちながら、喉の奥が少し乾くのを感じていた。
ガルマは淡々と装具を受け取り、シャアはまるで昼寝にでも入るような顔で手袋をはめている。マレーネは黙っているが、顎の線だけが少し硬い。誰もが緊張しているのに、緊張の出方が違う。
「本日は二本続けて行う」
教官の声が室内へ響く。
「一本目は小隊運動。二本目は連携崩壊後の継戦判断。いつも通り、泣き言は機体の残骸と一緒に宇宙へ捨てろ」
マレーネがゼナへ小さく言う。
「ほら、嫌な感じでしょ」
「最初から言ってる」
「なら頑張りなさいよ」
「それとこれとは別」
そんなやり取りをしている間にも順番は来る。
ポッドへ入る。背が固定され、頭部へ計測帯が軽く押し当てられる。いつもより接点が多い気がした。気のせいかと思って目を閉じたが、何かが少しだけ違うという感触は消えなかった。
「生理測定を追加する。動くな」
整備員が事務的に言う。
それ自体は珍しくもない。宇宙適応訓練ではよくあることだ。だが、その手つきが妙に慣れていた。
ハッチが閉まる。
暗転。
次の瞬間、模擬宙域が開いた。
一本目は小隊運動。敵影は前方のみ、味方機健在、通信良好。最初の数分は、いつもの訓練だった。
ガルマは早かった。無茶はしない。味方の位置を崩さず、正面からの突破を選ばず、結果を急がない。悪く言えば平凡、良く言えば教範通りの良い指揮官型だった。
観測室でフラナガンはその数値を見て、悪くない、とだけ思った。だが機関の欲しい種類ではない。
次にシャアの線が跳ねた。
敵影が出る前、まだ索敵線の外にある時点で、視線がわずかに左へ流れる。そこには何も映っていない。にもかかわらず、シャアは機体を半身だけ先にずらした。次の瞬間、見えない位置から飛んできた模擬弾道が、さっきまでいた座標を貫く。
測定士が息を呑む。
「候補B、視覚確認前に回避」
別の機関員が数値を追う。
「危機刺激前反応、基準超過」
フラナガンの指が机を叩く。
「止めるな。続けろ」
一本目の後半、今度はマレーネの波形が上がる。
包囲を崩され、味方機が一機落ちた瞬間だった。恐慌や視野狭窄が起きてもおかしくない局面で、彼女は逆に一番危ない方向だけを早く切った。理由を考える前に身体が選んだような軌道だった。
「候補C、危機刺激時上昇率、第二基準突破」
「恐慌反応は薄い」
「違う。先に危険を避けている」
フラナガンの口元がさらに上がる。
「危機察知型か」
一方、ゼナの線は最初しばらく沈んでいた。
反応が悪いという意味ではない。遅れる。構える。状況を飲み込むまでに一拍かかる。だが一度、味方機との呼吸が噛み合ったところから急に波形が滑らかになった。
敵味方が入り乱れる場面で、味方の機動へ妙に自然に重なる。視界にない味方機の戻り位置まで、ほとんど迷わず前提に入れて動いていた。
「候補F、受容偏差上昇」
「同期波形が出ています」
「一人で戦わせるより、複数連携で上がる型です」
フラナガンはそこで初めて、手元の識別票へ名を書いた。
候補F――ゼナ。
二本目はさらに悪質だった。
通信途絶。 味方機喪失。 補給切れ。 索敵外からの強襲。
ポッドの中にいる候補生たちは、ただ「今日は厳しい」としか思わないだろう。だが観測室にいる側から見れば、これは引き出しの試験だった。人がどこで崩れ、どこで跳ねるかを調べるための訓練でしかない。
シャアの線は二本目でさらに露骨になる。
敵機の接近を、映像より少し早く読む。 包囲の薄い側を、理屈で説明する前に選んでいる。 本人はそれを隠すように、あえて一度だけ無駄な回避を混ぜた。だが測定値の方は誤魔化せない。
「候補B、再現性あり」
「高応答」
「違う……危機前把握が早い」
フラナガンは笑った。
「面白い」
マレーネも二本目で崩れなかった。むしろ最初の数秒だけ固まり、その後は敵の集中点を避け続けた。ゼナは最初こそ遅れたが、味方残存機と再合流した瞬間に数値が一段上がる。
「候補C、確定」 「候補F、確定」 「候補B、要継続観察」 「他二名、境界線上」
機関員が恐る恐る訊く。
「抽出しますか」
フラナガンは即答した。
「全員だ」
その声は、子供のように弾んでさえいた。
「ようやく母集団が取れた」
訓練が終わってポッドから出た時、ゼナは足元が少しだけ不安定だった。
酔ったのとは違う。身体の奥で何かがまだ揺れている感じだった。ハッチの外の空気が妙に静かで、逆に落ち着かなかった。
マレーネが額の汗を拭いながら言う。
「今日、変じゃなかった?」
ガルマが素直に頷く。
「難度は上がっていました」
シャアは装具を外しながら言った。
「難しいというより、引っかけが多かった」
ゼナは思わず口を開いた。
「……何か、こっちが試されてたみたい」
言ってから、自分でも妙だと思った。
訓練なのだから試されるのは当たり前だ。だがそうではない。操縦や判断ではなく、そのもっと内側を触られたような気がしたのだ。
シャアが一度だけ黒い観測窓の方を見た。
「そうかもしれないな」
その言い方に、ゼナはぞくりとした。冗談でも慰めでもない。あれは本気でそう感じている声だった。
教官は何も言わない。整備員たちも平然としている。だから余計に不気味だった。
ポッド室から出て、廊下を曲がったところで、ゼナは思わず立ち止まった。
向こうの扉の内側から、怒鳴り声が聞こえたからだ。
大きい。太い。聞き間違えようのない声。
ドズルだった。
身体が先に強ばる。
また怒鳴っている、と思った。やっぱり怖い人だ、と。だがそのまま立ち去る前に、別の言葉が耳へ入った。
「ふざけるな。士官候補生を何だと思ってやがる」
ゼナの足が止まる。
扉は完全には閉まっていなかった。廊下の影に立てば、中は見えないが声だけはよく通る。
フラナガンの細い声が返る。
「家柄は関係ありません。貴重なのは反応です」
「家柄がどうこうじゃねえ」
ドズルの怒気がさらに強くなる。
「お前の棚にしまうために、士官学校があるんじゃねえ」
ゼナは息を詰めた。
持っていく。 棚。 反応。
言葉の意味が、断片のままでも気持ち悪いほど繋がる。
フラナガンが平然と続ける。
「今ここで囲わなければ、散逸します」 「候補者群を機関へ移送し、精密観察に入るべきです」
「誰をだ」
ドズルの声が低くなる。
フラナガンは迷わなかった。
「シャア・アズナブル」 「マレーネ・カーン」 「ゼナ」 「他数名」
自分の名が出た瞬間、ゼナは喉の奥が冷たくなった。
何が起きているのか、正確には分からない。 だが、自分たちが何かの選別に掛けられていたことだけは分かる。
「待て」
ドズルが机でも叩いたのか、重い音が響いた。
「家の子まで混ぜる気か」 「士官候補生を勝手にどこかへ持っていくつもりなら、俺が許さん」
怖い声だった。
それでも、さっきまで感じていた怖さとは少し違った。
押し潰すための大きさではなく、止めるための大きさだった。
室内にはギレンとキシリアも来ていた。
ゼナからは見えない。だが声で分かる。
キシリアの声は冷えていて、ギレンの声はいつも通り静かだった。
「装置は完成しました」
フラナガンが言う。
「もはや偶然の所見ではありません。危機刺激、受容偏差、高応答、同期傾向。候補者群は明確です。集中的に観察すれば、機関として確立できます」
「完成したのは結構」
キシリアの声が返る。
「でも、権限の完成まで認めた覚えはないわ」
ドズルがすぐに乗る。
「その通りだ。測るのはまだしも、連れていく話にはならねえ」
フラナガンは少しもひるまなかった。
「時間を失えば、資質を逃します」
「持ち帰りは認めない」
ギレンの一言で、室内の音が一度きれいに止まった。
短い沈黙の後、フラナガンが低く訊く。
「では、どうなさるおつもりで」
「候補者は士官学校在籍のまま」
ギレンは言った。
「機関での定期精査は認める。だが移送は認めない」 「記録は封鎖、分類は機関と軍務局の二重管理」 「家格を持つ者への接触は必ず上へ上げろ」
「好きに棚へ放り込むのは許さないわ、フラナガン」
キシリアの声が重なる。
「今はまだ、あなたの標本室ではないの」
フラナガンは何か言い返しかけたが、飲み込んだらしかった。
ドズルが最後に釘を刺す。
「候補生は品物じゃねえ」
その一言が、扉越しのゼナの胸へ落ちた。
怖い人だと思っていた。
声が大きく、体も大きく、怒鳴られたらそれだけで身体がすくみそうな軍人だと。
でも今、その大きな人は、誰かを追い立てるためではなく、誰かを勝手に持っていかせないために怒っていた。
ゼナは、自分の手がまだ冷えていることに気づいた。 けれどその冷たさは、さっきまでのものと少し違っていた。
しばらくして、候補生たちは訓練棟の前へ集め直された。
ガルマ、シャア、マレーネ、ゼナ、そして他の数人。 教官たちも呼ばれているが、説明をするのは教官ではなかった。
ドズルだった。
姿が見えた瞬間、ゼナの肩は反射的にこわばった。だが扉の向こうで聞いた声が頭から離れないせいか、前みたいに目を逸らすことはしなかった。
ドズルは候補生たちを見回した。
「今日の訓練には、余計な測定が混ぜられていた」
場が静まる。
ガルマが一歩だけ前へ出る。
「兄上……」
「安心しろ、ガルマ。少なくとも俺がいる間は、好きにはさせん」
ドズルは弟へそう言ってから、全員へ向き直った。
「お前たちは士官候補生だ。勝手にどこかへ連れていかれる品物じゃねえ」 「今日、向こうはお前らを測った」 「だが、それでお前らの値打ちを、向こうに勝手に決めさせる気はない」
誰もすぐには声を出さなかった。
マレーネが最初に動く。
「測ったって……何をですか」
「お前らがどういう時にどう反応するか、だ」
ドズルは短く答えた。
「全部は言えん。だが一つだけ言っておく。今日の結果だけで、お前らの行き先が決まることはない」
ゼナは思わず口を開いた。
「……私たちは、訓練されていたんじゃなくて、見られていたんですか」
ドズルの目がこちらへ向く。
近くで見るとやはり大きい。声も、そのまま胸へ響くように低い。
それでも、ゼナは逸らさなかった。
「そうだ」
ドズルは答えた。
「だが、それでお前らの値打ちを向こうに勝手に決めさせる気はねえ」
その言い方は、不器用なくらいまっすぐだった。
ゼナは胸の奥で、何かがほんの少しだけほどけるのを感じた。
マレーネがまだ険しい顔で言う。
「じゃあ、これからも続くんですか」
キシリアが横から現れる。
「続くわ」
全員の視線がそちらへ向く。
「ただし好き勝手にはさせない。継続観察はする。でも、それは機関の所有権を意味しない」
ガルマが複雑な顔で兄と姉を見る。シャアは何も言わない。ただ、その目だけがさっきより少し鋭くなっていた。
ギレンは最後に一歩だけ前へ出た。
「今日のことは他言するな」
それだけ言った。
脅しではない。命令だ。
全員が答える。
「はい」
解散が告げられ、人が散り始めた時、ゼナは一度だけ振り返った。
ドズルはまだその場に立ち、機関員たちが訓練棟へ近づかないよう睨みを利かせている。その姿は相変わらず怖い。だがもう、それだけではなかった。
怖い人だ、と思っていた。 その印象自体は間違っていないのだろう。 けれど今は、その怖さが自分たちへ向くものではないと分かった。
押し潰すために前へ出るのではなく、押し潰されそうなものの前に立つ人なのかもしれない。
ゼナは、そんなことを考えている自分に少し驚いた。
その夜、フラナガン機関の記録室には、昼とは違う静けさがあった。
白い灯りの下、机の上へ検査票が並ぶ。記名欄、測定値、分類欄。紙の束はまだ薄い。だが薄いからこそ、これが最初の名簿になるのだと分かる。
機関員が、昼間の判定をまとめながら言った。
「持ち帰りは認められませんでした」
フラナガンは答えない。
検査票の一枚を手に取る。
シャア・アズナブル。 危機前反応――高。 視覚確認前回避――再現性あり。 分類欄、未確定。
次を取る。
マレーネ・カーン。 危機刺激時上昇率――高。 恐慌反応――低。 分類欄、危機察知型候補。
次。
ゼナ。 単独運動反応――中。 同期反応――高。 受容偏差――顕著。 分類欄、受容・同期型候補。
機関員が少しだけ躊躇ってから訊く。
「よろしかったのですか」
「何がだね」
「候補者群をすぐに機関へ移せなかったことです」
フラナガンはようやく顔を上げた。
怒ってはいない。 悔しがってもいない。 むしろ目だけが妙に明るかった。
「構わんよ」
「ですが」
「名簿があれば十分だ」
機関員は黙る。
フラナガンは手元の紙へ指を置いた。
「来る者は、いずれ来る」 「来なくとも、こちらから呼べる」
その言い方は、未来を既に知っている者の口調だった。
「士官学校も、軍病院も、適性検査も、訓練棟も、全部こちらへ繋がる」 「今日でようやく、それが一本の線になった」
機関員はその意味を完全には理解していない顔だった。 だが、目の前の老人が喜んでいることだけは分かる。
フラナガンは検査票を重ねた。
危機察知型。 受容型。 高応答型。 同期型。
まだ分類は粗い。 名前も少ない。 だが、何もなかった棚に、最初の名札が差し込まれた。
それだけで十分だった。
「ようやく、揃い始めた」
その呟きは、誰へ聞かせるでもなく、白い記録室の中へ沈んだ。