妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第9話 きちんとした女と、風向きを読む男

前夜、私は机のメモにこう書いた。

 

善意には護衛をつけろ。

 

朝になって見返しても、その文は少しも古くなっていなかった。むしろ夜より正確に見えた。人は睡眠でいろいろ忘れるが、厄介な真実だけはだいたい朝の方がよく読める。

 

外縁ドックの件で、私の机はひどいことになっていた。港湾局の報告書。軍務局の報告書。保全部の報告書。月面便管理室の報告書。医療搬送認可の照会記録。同じ出来事について、ここまで多くの書類が書けるなら、人類は戦争をしないで報告書だけで滅びた方が理にかなっているようにも思えた。

 

だが、そうはいかない。人は報告書で責任を薄め、責任が薄まったところで戦争を始める。

 

私は一枚目をめくり、二枚目を半分読んだところで、秘書官が入ってきた。

 

「ギレン様、新任の秘書候補と、資料整理補助の者をお連れしました」

 

私は顔を上げた。この手の朝に必要なのは、だいたい二種類の人間だ。きちんとしている人間と、汚れても平気な人間。しかも理想を言えば、両者は別人格であってほしい。

 

「通せ」と私は言った。

 

最初に入ってきたのは女だった。

 

背筋がまっすぐで、制服は地味だが乱れがなく、歩く速度がちょうどいい。遅すぎず、急ぎすぎず、部屋の空気を観察しながら、しかしそれに飲まれない。セシリア・アイリーン。

 

私はその名前を、もちろん知っていた。前世を含めれば二度目の出会いだ。二度目の出会いというのは不公平だ。相手は初対面だが、こちらはすでに「その人間がどんなふうに有能か」を知っている。だからつい、相手の能力を先回りして扱ってしまう。そういうのはだいたい、少し気味が悪い。

 

セシリアは一礼した。

 

「セシリア・アイリーンです。本日付で秘書配置の候補として参りました」

 

声もよかった。よく通るが、余計な角がない。人を安心させるために整えた声ではなく、最初からきちんとしている声だ。

 

「そうか」と私は言った。「初めて会うな」

 

彼女の目が、ほんのわずかにだけ動いた。今の言い方に、たぶん何かひっかかったのだろう。人は初対面の相手に対して、必要以上に確認するような言い方をすると妙な違和感を残す。

 

「はい」と彼女は答えた。「初めてです」

 

余計な追及はしない。助かる。そして、怖い。

 

その後ろから、もう一人が入ってきた。

 

口髭。よく磨かれた靴。古風なくらいきっちりした敬礼。年齢は若手というには落ち着きすぎていて、かといって老獪というほどの厚みもない。薄く油の引かれた実務屋の顔だった。アサクラ。

 

私はその瞬間、内心でひどく静かなため息をついた。ああ、またこいつか、と思った。前世でも、この男は最初からこんな感じだった。自分では前に出ていないつもりなのに、強い光の近くへだけは驚くほど正確に歩いていく。権力に対して方位磁針みたいな鼻を持っている男だ。

 

「アサクラであります」

 

彼はもう一度敬礼した。

 

「資料整理補助、記録管理、照会手続の代行、そのほか上席のご判断に応じた実務全般を担当します」

 

私は彼を見た。大きな野心を語る顔ではない。だが、こういう男は野心を語らない。語る必要がないからだ。強い側にぴたりとくっついていれば、語らずとも少しずつ階段を上れることを知っている。

 

「器用なのか」と私は訊いた。

 

「器用というほどではありません」とアサクラは言った。「ただ、上のご意向を下へ通し、下の失敗を上に見苦しくなく報告する程度の工夫は心得ております」

 

私はしばらく黙った。

 

秘書官は少し困った顔をした。セシリアは表情を変えなかった。アサクラ本人だけが、自分の発言に何の問題もないという顔をしていた。

 

「正直だな」と私は言った。

 

「隠しても仕方のない部分でありますので」

 

「仕方がある部分は隠すのか」

 

「必要に応じて」

 

「気に入らない返事だ」

 

「光栄です」

 

私は少し笑いそうになった。笑わせようとしているわけではない。こいつの可笑しみはそこではない。本人は大真面目なのだ。大真面目に、自分がどういう種類の人間かを隠していないだけで、その結果として少しだけ滑稽に見える。

 

「座れ」と私は言った。

 

二人は座った。セシリアは静かに座り、アサクラは静かに座ったつもりだった。だが、この男は椅子に腰を下ろしても、頭の中では常に上席の顔色を見て立っている。

 

私は外縁ドックの報告書を二つ、机の上に出した。

 

「これを見ろ。今朝からこの部屋に必要なのは、忠誠ではない。整理だ」

 

セシリアはすぐに書類へ目を落とした。アサクラは最初に私の顔を見て、それから書類を見た。順番がもう性格を語っていた。

 

数分後、先に口を開いたのはセシリアだった。

 

「港湾局の報告は自己保全です。軍務局は責任の所在を分散させようとしています。保全部は短すぎます。把握していないことを、把握しているふりでまとめています」

 

正確だった。前世でも、この女はこういうときに余計な比喩を使わなかった。事実を事実のまま並べ、それだけで人を冷やす。

 

アサクラが続けた。

 

「父上向けの要約と、キシリア様向けの要約と、閣下ご自身で保持される要約は、分けた方がよろしいかと」

 

私は顔を上げた。

 

「理由は」

 

「父上には外部勢力の接近を強く。キシリア様には内部手続きの腐食を濃く。閣下ご自身の控えには、両方を並べて残すべきであります」

 

「なぜ三種類だ」

 

「見たいものが三者で違うからです」

 

私は数秒、彼を見た。やはり嫌な男だと思った。しかし、嫌な男ほどこういうときに便利でもある。

 

「お前は最初からそこまで考えていたのか」

 

「この部屋に入る前から、少し」

 

「なぜだ」

 

「強い方ほど、自分に都合の悪い部分だけは他人の口から聞きたがりません。ですので、誰に何を見せるかは、最初に分けておいた方が事故が少ないかと」

 

私はとうとう少し笑った。こいつは太鼓持ちだ。しかもかなり上等で、かなり小さい。小さいというのは器が、であって身長ではない。だが小さい器は時々、非常によく水を計れる。

 

「よし」と私は言った。「お前はここに置く」

 

「承知であります」

 

「褒めたわけではない」

 

「それも承知であります」

 

そのやり取りの途中で、キシリアが入ってきた。いつものように、ノックはしたが返事は待たなかった。

 

「兄上、今日は部屋の空気が少し賢いわね」

 

「お前がまだ余計なことを言っていないからだ」

 

「光栄」

 

彼女はセシリアを見て、ほんのわずかに目を細めた。

 

「あなたが新しい秘書?」

 

「セシリア・アイリーンです」

 

「キシリア・ザビよ。あなた、ちゃんとしてるわね」

 

「よく言われます」

 

「褒めていないわ」

 

「そういう形でも、よく言われます」

 

キシリアは少しだけ笑った。その笑い方は嫌いではない。獲物をすぐ噛まない猫みたいな笑いだ。

 

次に、彼女はアサクラを見た。

 

「それで、そっちは何」

 

アサクラは立ち上がり、敬礼の角度を少しだけ深くした。私はその一ミリの差を見逃さなかった。こいつは相手が誰かで、ちゃんと腰の折り具合を変える。

 

「アサクラであります。微力ながら実務の末席を汚しております」

 

キシリアは眉を上げた。

 

「末席を汚す、ね。便利な言い方だこと」

 

「恐れ入ります」

 

「恐れてはいないでしょう」

 

「いえ、十分に」

 

「どっちに?」

 

アサクラはそこで、ほんの一拍だけ間を置いた。その間が実に見事に小賢しかった。

 

「現時点では、お二方に対して等しく」

 

私は思わず目を閉じた。キシリアは声を出して笑った。

 

「兄上」と彼女が言った。「ずいぶん出来のいい風見鶏を拾ったのね」

 

「拾ったんじゃない」と私は言った。「向こうから飛んできた」

 

アサクラは真顔で言った。

 

「風向きを読むのは、組織人の最低限の礼儀かと」

 

「礼儀というより保身ね」とキシリア。

 

「結果として似た姿勢になることはあります」

 

この男は、ほんとうに嫌な意味で正直だった。そして、その正直さが少しだけ面白い。そこがまた腹立たしい。

 

セシリアが静かに言った。

 

「アサクラさん」

 

「はい」

 

「今は閣下の前です。『等しく』は、報告書に残すには曖昧すぎます」

 

アサクラは彼女を見た。その目に、ごくわずかな警戒が浮かんだ。ようやく気づいたのだろう。この女は、きちんとしているだけではなく、言葉の置き場所まで正確だと。

 

「承知しました」と彼は言った。「では、閣下を最優先に修正いたします」

 

「修正という言い方が気に入らない」と私は言った。

 

「修正前の本音が見えるものね」とキシリア。

 

「本音ではなく、暫定値であります」

 

「ますます嫌だわ」

 

私はそこで、ようやく今後の配置が見えた気がした。セシリアは整理する。アサクラは寄る。寄りながら、使える。そして使えるからこそ、見えるところに置いておかないといけない。

 

私は机の上の一束をセシリアに渡した。

 

「これは外縁ドック関連の全件。夕方までに、事実関係だけを抜いた一覧にしろ」

 

「承知しました」

 

次に、私は別の束をアサクラへ渡した。

 

「こっちは港湾局、保全部、軍務局の要約。誰がどこを隠したがっているかを書き出せ」

 

「様式指定は」

 

「読みやすければ何でもいい」

 

アサクラは一瞬だけ、不満そうな顔をした。こういう男は様式が好きだ。様式は責任を均等に薄めるからだ。

 

「では、暫定的に三段階評価で」

 

「好きにしろ」

 

「上に弱い、下に強い、両方に弱い、の三区分で」

 

キシリアがまた笑った。

 

「兄上、この男、ほんとうに嫌」

 

「同感だ」と私は言った。「だが役に立つ」

 

「それがいちばん困るのよね」

 

アサクラはそれを褒め言葉として受け取ったらしく、ひどくまじめに一礼した。

 

午後はひどく効率がよかった。

 

セシリアは報告書を事実と解釈に分け、解釈から利害を剥がし、剥がしきれない部分だけを付箋で残した。アサクラは、各部署の責任逃れの癖を信じられない速度で見抜き、「ここは父上向けに強め」「ここはキシリア様に見せると喜ばない」「ここは閣下の私的控えにのみ残すべき」と、まるで古い給仕がワインの銘柄を言うみたいに並べた。

 

私は二人を見ながら思った。二度目の出会いというのは、やはり公平ではない。セシリアの有能さも、アサクラの小ささも、私はもう知っている。知っているから使える。知っているから、同時に少しだけ疲れる。

 

夕方近く、アサクラが一枚の紙を持ってきた。

 

「閣下」

 

「何だ」

 

「連邦側の次の接触について、私案を」

 

「もう来ると思うのか」

 

「はい」

 

「根拠は」

 

「前回が下見だったからであります」

 

私は紙を受け取った。内容は嫌なくらい筋が通っていた。

 

次は、もっと礼儀正しく、肩書きの立った人間が来る。名もない使いではなく、名のある窓口。保護、安全保障、共同調整、そのいずれかの美しい言葉を携えて。

 

「なぜそう思う」と私は訊いた。

 

アサクラは口髭を少しだけ動かした。

 

「名もない者で反応を見る。こちらが怒るか、黙るか、利用するか。前回、こちらは全部やりました。ですので次は、向こうも少し格を上げてきます」

 

キシリアがその紙を横から見て言った。

 

「ずいぶん嫌な洞察ね」

 

「恐れ入ります」

 

「褒めてないわ」

 

「承知しております」

 

セシリアが静かに補った。

 

「その場合、面会の窓口を整理しておくべきです。誰が会い、誰が断り、どこまで記録を残し、どこから残さないか」

 

「いい」と私は言った。「その準備をしろ」

 

「承知しました」とセシリア。

 

「承知であります」とアサクラ。

 

私は二人を見た。片方はきちんとしていて、片方はきちんと寄っている。どちらも必要だった。必要だが、心が休まる種類ではない。

 

二人が下がったあと、私は窓の外を見た。サイド3の人工夜景は、相変わらずきれいだった。きれいなものはだいたい嘘だが、嘘にもいくつか種類がある。美しい嘘。必要な嘘。そして礼儀正しい嘘。これから来るのは、たぶんその三番目だ。

 

私は机のメモに一行だけ足した。

 

感じのいい人間ほど、荷物と肩書きを先に調べろ。

 

その下に、もう一行。

 

アサクラは机の近くに置け。壁の中に入れるな。

 

書いてから、私は少しだけ笑った。前世を含めて二度目でも、人はやはり同じ種類の疲れを持ち込むらしい。ただ、今回の私は知っている。きちんとした女は遅れて裏切らない。小さい男は早めに寄る。そして、まだここへは来ていないもう一人――デラーズだけは、そのどちらでもない。

 

あの男は、書類でも風向きでも動かない。だからこそ、次の二度目は、少しだけ重い。

 

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