妹に撃たれない方法   作:Brooks

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こんなん、他のガンダム二次の人は絶対に書かないと思います。
意外と苦戦中。


第91話 週末の席

 

 本来と違う場所に配属されて、週末になった。

 

 そう思ってから、セイラは机の上に重ねられた荷票の束をもう一度見た。薄い紙は湿気のない空気に少し反り、端が白く乾いている。仮設詰所の壁は新しく、まだ塗料の匂いが残っていた。けれど机の表面には、工具の角でついた浅い傷と、何度も荷票を滑らせた跡がもう残っている。

 

 窓の外では、午前便を終えた搬送機がゆっくり戻ってきていた。工区をつなぐ導線の上を、同じ速度で、同じ角度で、何事もなかったように通っていく。けれど実際には、その何事もない一往復のために、毎日いくつもの小さな揉め事が起きていた。

 

 本来なら、兄は建設部の資材調整補佐、自分は文書と連絡の補助に入るはずだった。

 

 ヤシマ会長はそう言ってくれたし、受付に出ていた最初の紙にも、確かにそう書かれていた。

 

 それが今では、兄は工区横断の搬送連絡補助、セイラはその控えと時刻の書き直しを預かる席にいる。

 

 タツミ主任は、いかにも当然という顔でそれをやった。

 

 正式着任の前に、現場の流れを見ておいた方がいい。

 

 若いのだから、その方が結局は早い。

 

 そういう言い方だった。

 

 間違っているとは言いにくい。だから余計に腹が立った。けれど一週間ここへ座っていると、腹が立つだけでは済まないことも見えてくる。

 

 大きい荷には、最初から大きい班がつく。

 

 止まるのは、たいてい小さい方だった。

 

 継手、封止材、制御箱、補修用の細かな固定具。量だけ見ればどうということのない荷が、順番を一つ間違えただけで後ろを止める。皆それを分かっているのに、誰の仕事でもない顔をして机の端へ押しやる。そして結局、押しやられた先で誰かが慌てる。

 

 兄は、その慌て方を一週間見てきた。

 

 文句を言わないわけではない。ただ、食事の前でも、寝る前でも、戻ってくると荷票をもう一度見直していた。どの工区で止まり、どこへ流し直せば持つか。頭の中でそういうことばかり考えている顔をしていた。

 

 セイラも、その一週間で覚えた顔がある。

 

 ミナは、操縦席にいる時と降りた後で、声の太さが変わる女だった。小柄で、肩も薄い。だが荷を抱えた時だけ妙に身体の芯が強く見える。口はきついし、急がせると機嫌が悪くなる。けれど危ない角度だけは絶対に通さない。最初はただ気の強い人だと思っていた。今は、怖いのだと分かる。一度でも荷を壊したら、女だからだと言われる。その先を、もう見てしまっている人の怖さだった。

 

 オーウェンは、最初の印象のままなら信用しない方がよさそうな男だ。よく笑うし、よく喋る。通路の角で壁にもたれている姿だけ見れば、仕事をしているようには見えない。だが、誰より先に抜け道を見る。危ない橋も平気で渡る。だから上に嫌われる。本人もそれを知っているから、余計に軽く見せているのだろうと思う。

 

 リョウは、目立たないことに慣れている。荷票を抱える手がきれいで、時刻のずれや数字の狂いを一番先に見つけるのに、自分から前へは出ない。出ないというより、出ても拾ってもらえないことに慣れすぎているように見えた。セイラが控えを書く横で、最初は必要なことしか言わなかったのに、今では「こっちの欄を先に空けた方が早いです」と自然に口にするようになった。それだけのことなのに、一週間前よりずいぶん違う。

 

 マテオは、班に属しているようで属していない。どこの誰に一言通せば仮置きが空くか、どの時間帯なら境の顔が柔らかいか、そういうことばかり知っている男だった。人の顔色を読むのがうまいのに、自分の立ち位置だけは最後まで曖昧にしている。最初は胡散臭かった。今でも少し胡散臭い。ただ、いなければ通らない荷があることも認めるしかない。

 

 レイフは、必要な時だけ現れる。背が高く、無口で、表情もほとんど動かない。けれど固定具に触る手だけが不思議なくらい静かだ。落ちる荷を落ちない位置へ戻す時、彼はいつも無駄な音を立てない。重いものを怖がる人間の手ではないと思った。

 

 カイロは、遠くから見ればいつも揉めているように見える。声も大きいし、身体も大きい。けれど一週間見ていると、怒っている理由はだいたい一つだった。アマニの枠か札か、あるいは順番を雑に扱われた時だけ、本気で前へ出る。自分のためならもっと適当に笑って引いてしまうのかもしれない、と最近は思う。

 

 アマニは静かだ。声も小さい。だが、数字を見る時だけ目が変わる。荷数、受領札、控えの食い違い。誰より早く気づいているのに、自分から誇ることがない。その静けさを、セイラは好きだった。好きというより、目を離しにくい。たぶん自分と少し似たところがあるのだと思う。

 

 そして毎朝、ミライが来る。

 

 最初の三日は弁当だけだった。四日目には水筒が増えた。五日目には兄の分だけ中身が少し変わった。冷めても食べやすいもの、手が汚れにくいもの、噛み切りやすいもの。六日目には、午前便が押しそうだとか、会長が午後は本部を外すとか、会長室側で先に入った話までさりげなく教えてくれるようになった。

 

 兄も、最初の「ありがとうございます」だけでは終わらなくなった。

 

 昨日は、「温かいの、午後まで持ちました」と言っていた。

 

 それだけのことだ。けれどセイラには、それが少しうれしかった。

 

 タツミ主任は、逆にこの一週間でよく喋るようになった。

 

 兄妹をここへ回したのは、自分の判断が正しかったからだと言わんばかりの顔で、毎日のように「助かりますよ」「やはり現場を知ってもらって正解でした」と言う。褒めているのに、褒められている気がしない。兄を上へ戻す代わりに、便利な場所へ縫い止めようとしているのが見えるからだ。

 

 セイラは、それが一番嫌だった。

 

 工区横断の搬送連絡補助。

 

 そう書けば聞こえは悪くない。

 

 だが実際には、本流の班が拾わなかったものが最後に集まる場所だった。兄はそこを見ている。セイラも、今では分かる。ここに溜まる荷は、小さいくせに止まる荷だ。そして、ここにいる人たちも、必要なのに最後へ回される人たちだった。

 

「セイラ」

 

 兄に呼ばれて、セイラは意識を現在へ戻した。

 

 机の向こうでエドワウが荷票を一枚差し出している。

 

「午後便の受け側、時刻が変わってる」

 

「どれ」

 

 受け取る。赤鉛筆の書き込みが一本増えていた。十一時四十分だった受け入れが、十一時二十分へ繰り上がっている。

 

「また急ね」

 

「試験班が先に入りたいらしい」

 

 兄はそう言ってから、窓の外をちらりと見た。

 

 詰所の扉が開き、ミナが入ってくる。機体の油で少し黒くなった手袋を片方だけ外していた。

 

「午後の制御箱、固定見てからじゃないと動かさないわよ」

 

 言い方はきついが、もうセイラは驚かない。

 

「分かってる」

 

 兄が返す。

 

「レイフに先に見てもらう」

 

 その名が出た途端、通路側から低い声がした。

 

「聞こえてる」

 

 いつの間にかレイフが扉のところに立っていた。箱の脇に置いた固定具を一つ持ち上げ、少しだけ重さを確かめる。

 

「一本、替える」

 

「足りる?」

 

 セイラが訊くと、レイフは箱を見たまま答えた。

 

「足りる」

 

 そこへ、オーウェンが遅れて入ってきた。通路図の紙切れを振りながら、にやりと笑う。

 

「三番は工事班が塞いでる。今日は五番の方が抜ける」

 

「朝のうちに見てきたの?」

 

 セイラが言うと、オーウェンは肩をすくめた。

 

「見ないと昼に死ぬだろ」

 

 その直後、リョウが控えの束を抱えて入ってくる。

 

「受け側の欄、先に空けておいた方がいいです」

 

 彼は紙を机に置きながら続けた。

 

「あと、午後便の荷票、番号が一つ飛んでます」

 

「どこ?」

 

 セイラが身を乗り出すと、リョウは指先で小さく示した。静かな指だった。

 

「ここです。昨日の残りが混ざってます」

 

 同じ頃、扉の外ではマテオの笑い声がした。

 

「だから言ったろ、昼前は五番の顔がまだ柔らかいって」

 

 誰に言っているのか分からないようでいて、結局は全員に聞こえる声だった。

 

 詰所の向こうを、大柄な影が通る。カイロだ。その後ろをアマニが控えの束を抱えて追っている。二人とも、もうここへ来ること自体にはためらいがなくなっていた。

 

 最初の頃は、互いの顔を見ている時間の方が長かったのに、とセイラは思う。

 

 今はもう、先に手が動く。

 

 それが仲良くなったという意味ではないのも、よく分かっていた。ただ、毎日二便を追いかけていると、挨拶より先に確認することが増えるのだ。

 

 そこへタツミ主任が、いかにも気分の良さそうな顔で入ってきた。

 

「順調そうですね」

 

 その声音だけで、セイラは眉をひそめた。

 

 案の定、次に続いたのは褒め言葉の形をした囲い込みだった。

 

「いやあ、やはり現場へ回して正解でした。お二人とも、もうすっかり流れを掴んでおられる」

 

 兄は何も答えなかった。

 

 ミナもオーウェンも黙っている。タツミが言うたび、空気が少しだけ乾くのを、皆もう知っているのかもしれない。

 

「今日も頼みますよ」

 

 タツミは続ける。

 

「正式席の話は、現場がもう少し落ち着いてからにしましょう。その方が結果的に早い」

 

 またその言い方だ、とセイラは思った。

 

 早い。ためになる。勉強になる。どれも正しい言葉に見えるのに、その実、ここへ縫い止めるためにしか使われていない。

 

 兄は荷票へ目を落としたまま言う。

 

「午後便、受け側が二十分繰り上がりました」

 

「はい?」

 

 タツミが少し間の抜けた声を出す。

 

「固定を先に見ないと間に合いません。通路も三番が塞がっています」

 

 兄は顔を上げずに続けた。

 

「五番へ回します。境の顔も先に通しておきたい」

 

 その言い方は報告に近かった。許可を仰いでいるようでいて、もう必要な順番が頭の中で出来ている声だった。

 

 タツミは一瞬だけ黙り、それからすぐに頷いた。

 

「ええ、ええ、そうしてください」

 

 まるで最初から自分もそう考えていたかのような顔をしている。

 

 セイラはその顔を見て、胸の奥が冷えるのを感じた。

 

 この人は、兄が出した結果を自分の差配の中へ取り込みたいのだ。ここで役に立つほど、兄を戻しにくくなる。兄だけではない。ミナたちも、リョウも、便利な位置にいる限り、きっとこのまま使われ続ける。

 

「セイラ」

 

 アマニが、机の端から静かに声をかけてきた。

 

 いつの間にかすぐ横まで来ていたらしい。手には受領控えがある。

 

「午前の残り、ここに一つ混ざってます」

 

 指された欄を見ると、本当に一つだけ前便の番号が残っていた。

 

「ありがとう」

 

 そう言うと、アマニは小さく頷く。

 

 礼に対して大げさに笑わないところが、この子らしいともう思うようになっていた。

 

 外でミナが機体の昇降装置を鳴らす音がした。レイフは制御箱の脇へしゃがみ込み、固定具を交換している。オーウェンは五番通路の方へ早足で消え、マテオは境の係へ話を通しに行った。カイロは荷受け側の作業員をどかすために、もう先へ向かっている。リョウは荷票を順に並べ替え、セイラは赤鉛筆で時刻を書き直す。兄は、その全部の中心にいるようでいて、中心に立っている顔はしていない。むしろ一番静かに周りを見ていた。

 

 この一週間で、たぶんそこが一番変わった。

 

 皆の名前を覚えたことより、兄が彼らにどう声を掛けるか、彼らが兄の一言をどう受けるか、その間の小さな間合いが読めるようになったことの方が大きい。

 

「兄さん」

 

 セイラは赤鉛筆を置きながら、小さく呼んだ。

 

「何だ」

 

「今夜、会長に言うの」

 

 兄は一瞬だけ手を止めた。

 

「何をだ」

 

「本当は別の席だったこと」

 

 少し間があった。

 

 外では搬送機の始動音が重なる。詰所の壁がその振動を細く返していた。

 

「言う」

 

 兄は短く答えた。

 

「でも、それだけじゃ足りない」

 

「足りない?」

 

 兄は荷票を一枚裏返した。

 

「戻してもらって終わりなら、たぶんまた同じになる」

 

 セイラはすぐには返せなかった。

 

 また同じ。

 

 その言葉の意味は、もう分かる。大きい組織の中で、本流が拾わない荷は毎日こぼれる。人もそうだ。必要なのに、最後へ回される。兄は今、その両方を見てしまっている。

 

 詰所の外で、ミナが声を上げた。

 

「固定、済んだ?」

 

「済んだ」

 

 レイフの低い返事。

 

「五番、開いたぞ!」

 

 オーウェンの声。

 

「受け側、今なら入れます」

 

 リョウが窓の外を見て言う。

 

 アマニは控えを抱え直し、カイロは通路の方で誰かをどかしている。マテオはまだ戻らない。戻らないが、それはたぶん話が通ったということだ。

 

 午後便の一つは、こうしてまた動き始める。

 

 大きな出来事とは呼べないかもしれない。けれど、止まれば後ろが崩れる。その小さな崩れを毎日手で押さえていくうちに、皆がここへ寄せられている。

 

 だから兄は、戻るだけでは足りないと言ったのだろう。

 

 午後便は、ぎりぎりで通った。

 

 制御箱は落ちず、数量も合い、受け側の時計が閉じる少し前に搬入が終わった。歓声が上がるような場面ではない。皆、当たり前の顔で次の紙を見た。だが、その当たり前の顔の奥に、少しだけ肩の力が抜ける気配があった。

 

 詰所へ戻ると、机の端にはもう次の票が積まれていた。

 

 今日の分だけではない。来週頭へ回されるらしい票まで混ざっている。

 

 タツミ主任はそれを見て、満足そうに頷いた。

 

「やはり、しばらくこの体制で回した方が良さそうですね」

 

 その言葉に、ミナは黙ったまま機体の手袋を外し、オーウェンは鼻で笑い、リョウは視線を落とし、マテオは何も言わずに壁へもたれた。レイフは工具箱を閉じ、カイロはアマニの持つ控えを一度のぞき込んでから離れた。

 

 誰も反論しない。

 

 でも、誰も納得した顔はしていなかった。

 

 その時、管理棟の方からヤシマ家の使用人が現れた。

 

 きちんとした服を着た、まだ若い男だった。詰所の汚れた空気の中へ入るのを少しためらってから、兄妹へ一礼する。

 

「会長がお待ちです」

 

 それだけで、この場の空気がわずかに変わる。

 

「今夜、ヤシマ家でお食事を、と」

 

 オーウェンが口笛を吹きかけてやめた。

 

 ミナは少しだけ目を見開き、リョウは紙を持つ手を止める。マテオだけが、いかにも面白そうに口元を歪めた。カイロは何も言わないが、アマニの視線はセイラの顔へ来ていた。レイフは最初から最後まで無反応だ。

 

 兄は静かに頷いた。

 

「分かりました」

 

 それだけだった。

 

 セイラは机の上の票を一度見た。

 

 この一週間で、皆の名前を覚えた。どういう声で怒るか、どういう時に黙るかも少し分かった。ミライが毎朝来る理由も、もう分からないふりは出来ない。兄が何を見ているのかも、前よりはずっと分かる。

 

 けれどどれも、まだ形にはなっていない。

 

 このままなら来週も同じだ。兄も、この人たちも、ここで便利なところだけ使われる。

 

 そのことを、会長は知っているのか。

 

 知ったら、何を言うのか。

 

 セイラは弁当包みと控えの束を抱え直し、兄の後ろへ立った。

 

 詰所の窓の外では、もう夕方の便の灯が点き始めている。

 

 今夜、そこで何が決まるのか。

 

 たぶん、それで次の週の顔が変わる。

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