ギレンは机の上に置かれた図面を指で軽く押さえた。
そこに描かれているのは、まだ名前も与えられていない大型機動兵器の外形図だった。
丸みを帯びた巨大な本体、その周囲に配置された有線端末、そして中央にはサイコミュ・ブロック。
前世で見た姿と、よく似ていた。
だが、同じものを作るつもりはなかった。
同じものを作れば、同じ場所で死ぬ。
それだけは、許すつもりはなかった。
キシリアは図面を眺めたまま、静かに言った。
「ブラウ・ブロは、悪い兵器ではなかったわ」
ギレンはうなずいた。
「ああ。間違ってはいなかった」
有線式サイコミュによるオールレンジ攻撃。
艦隊相手には圧倒的だった。
通常のパイロットでは、あの攻撃には対応できない。
シャリア・ブルは、あの機体で十分に戦っていた。
問題は、そこではない。
キシリアがゆっくりと顔を上げた。
「悪かったのは、近づかれたことよ」
「その通りだ」
ギレンは図面の中央、本体部分を指で叩いた。
「本体が遅い。大きい。押し込まれたら逃げられない。
そして、一度白兵の距離に入られたら終わりだ」
白い悪魔は、そこまで踏み込んできた。
遠距離では捕まえきれず、
有線砲台をかいくぐり、
最後は距離を詰め、ビームサーベルで切り裂いた。
あの光景は、今でもはっきり思い出せた。
ギレンは静かに言った。
「同じ死に方を、もう一度させる気はない」
キシリアは何も言わず、しばらく図面を見ていたが、やがて小さく笑った。
「……つまり今回は、近づかれなければいいのね」
「いや」
ギレンは首を横に振った。
「近づかれる前提で作る」
キシリアの目がわずかに細くなった。
「逃げる兵器ではなく、近づいてきた方が死ぬ兵器にする」
ギレンは別の図面を取り出した。
そこには、アプサラスの試験機の推進ユニットの断面図が描かれていた。
巨大な推進器ではない。
空間そのものを押し出すような、あの装置。
キシリアはそれを見て、すぐに理解した。
「……アプサラスのあれを使うのね」
「小型化する」
「本体に積む」
「そうだ」
ギレンは指で図面の中央をなぞった。
「これを積めば、本体は速くなる。
推進剤に縛られず、質量の割に動ける。
まずこれで、追いつかれにくくなる」
キシリアは腕を組んだ。
「それだけでは、白いのは追ってくるわよ」
「だから前にも使う」
「前?」
「推進場は後ろに吹くだけではない。
前に偏向すれば、押し返す壁になる」
キシリアは少し考え、やがて小さくうなずいた。
「……Iフィールドの壁のようなものね」
「似たようなものだ」
「白兵突入の直前、一瞬だけ押し返せればいい」
「それで距離が開く」
「そしてまた遠距離戦に戻る」
ギレンはさらに図面の縁を指でなぞった。
「それでも入ってくる相手はいる」
「白いのね」
「白いのだ」
ギレンは静かに言った。
「だから、最後の牙をつける」
「牙?」
「推進場の縁に粒子を流す。
機体の周囲に、触れた方が焼ける帯を作る」
キシリアは一瞬だけ黙り、それから小さく笑った。
「……ずいぶん嫌な兵器になるわね、兄上」
「近づかなければいい兵器だ」
「近づいたら?」
「焼ける」
キシリアは肩をすくめた。
「敵にしたくないわね」
ギレンは図面を見下ろしたまま、しばらく何も言わなかった。
前世。
ブラウ・ブロ。
有線砲台が空間を走り、ビームが飛び交い、
それでも最後は、白い機体が一直線に踏み込んできた。
避けきれなかった。
押し返せなかった。
最後の一歩を止める手段がなかった。
だから、今回は違う。
遠くから撃つ。
近づかれない。
近づけば押し返す。
それでも来るなら、触れた方が焼ける。
そこまでやって、ようやく同じ舞台に立てる。
ギレンは小さく息を吐いた。
「ブラウ・ブロは、悪い兵器ではなかった」
キシリアもうなずいた。
「ええ。悪かったのは、機体ではなく設計思想ね」
「遠くで勝つ兵器だった」
「だから、近くで死んだ」
ギレンはゆっくりと言った。
「今回は違う。
遠くでも勝つ。
近くでも負けない」
キシリアは図面を見ながら、静かに言った。
「名前はどうするの?」
ギレンは少しだけ考え、それから答えた。
「ブラウ・ブロでいい」
「同じ名前にするの?」
「ああ」
ギレンは図面の中央を指で軽く叩いた。
「ただし、今度は負けないブラウ・ブロだ」
キシリアは小さく笑った。
「いいわ。
シャリア・ブルには、今度は長生きしてもらいましょう」
ギレンは何も答えなかった。
だが心の中では、はっきりと思っていた。
今度は、あの男をあんな場所で死なせない。
白い悪魔に追い詰められ、
光の刃で切り裂かれ、
何もできずに消えるような最後は、二度と繰り返させない。
ブラウ・ブロは、負けない。
今度は、負けない。