ズムシティの会議棟は、朝のうちから妙に静かだった。
普段なら、予算だの配車だの工区の割り当てだの、各部局の人間が廊下で立ち話をしている時間だ。だが、その日の三階だけは違った。軍の警備兵が廊下の両端に立ち、通行証を持たない者は階段の下で止められている。
呼ばれている顔ぶれが顔ぶれだった。
ジオニック。
ツィマッド。
MIP。
グラナダ工廠。
軍需局。
資材局。
艦政本部。
それに、重工と鉱山を束ねる民間側の実務責任者が何人か。
説明会、と名を打つのは簡単だ。
もっとも、説明で済む話など、こういう警備をつけて行うものではない。
マ・クベは会議室の前で一度立ち止まり、白い手袋の指先を軽く合わせた。皺はない。靴も磨かれている。鏡など見なくても分かる。自分は今、誰に見せてもいい顔をしている。
隣に立つウラガン中尉が、小声で言った。
「各社、だいぶお揃いです」
「そうか」
いい響きだ、とマ・クベは思った。お揃い。家畜ではないのだから、言葉は選ぶべきだが、本質としてはそう違わない。餌の時間に集められた獣も、会議室へ通された重役も、最初は自分が檻の外にいるつもりでいる。
「顔色は」
「ジオニックは不機嫌を隠していません。ツィマッドは様子見です。MIPは、あまり場に慣れていないようです」
「結構」
場に慣れていない者の方が、時に扱いやすい。場数を踏んだ者ほど、自分の椅子の高さを信じている。
マ・クベは扉へ手をかけた。
「では始めよう」
始めるのは説明会ではない。順番の付け替えだ。誰が上に立ち、誰が下に入るかを、書類の形で確定させるだけのことだ。
会議室へ入った瞬間、座っていた男たちが一斉にこちらを見た。
全員が立つ。だが、立ち方に礼の色は薄い。遅れて腰を上げる者。椅子を鳴らす者。片手で机を押しながら面倒そうに立つ者。軍に対する敬意というより、ザビ家の名に対する最小限の礼だ。
それでいい。
心から頭を下げる相手など、信用に値しないことが多い。
「お待たせしました」
マ・クベは柔らかい声で言い、正面の席へ着いた。
この柔らかさを好意と受け取る者がいるなら、それは幸運だ。こちらにとっての。
ウラガンは一歩後ろに控えた。若いが、立ち位置はよく分かっている。目立たず、だが見落とさない位置だ。副官としては上出来だと、マ・クベは常々思っている。
机の上の紙束を一度整え直す。すでに整っている紙を、さらに揃える。
ほんの些細な動きだが、こういう場ではよく効く。時間の主導権がどちらにあるかを、口で言わずに示せる。
「本日は説明会です」
そこで、ツィマッドの男がすぐに口を挟んだ。
「説明だけで済めば結構ですがね」
口元だけで笑っている。
いい顔だ、とマ・クベは思った。反抗心と計算高さが同居している。こういう顔は、叩き潰すより使い道を決めた方が得だ。
「済む方もいらっしゃるでしょう」
わずかに含みを持たせて返す。
すると今度はジオニックの男が腕を組んだまま言った。
「済まないのはどこだ」
分かりやすい。自分が対象ではない可能性を先に探る者は、大抵、対象だ。
「それはこれからのお話です」
マ・クベは最初の紙を開いた。
そこに並んでいるのは機体名ではなく、規格番号だった。
ボルト径。軸受け寸法。炉心接続部。電力伝送口。操縦席規格。主推進器固定幅。兵装接続子。
会議室の空気が、そこで一段だけ冷えた。
機体の話ではない。開発競争でもない。もっと手前の、もっと逃げ場のない話だと、ようやく全員が悟ったのだ。
「本日より、公国軍工業規格を統一します」
静かに言う。
「名称は、統合整備計画」
ツィマッドの男が鼻で笑った。
「整備計画、ですか」
「ええ」
「整備にしては、ずいぶん手前から口を出される」
挑発のつもりなのだろう。
もっとも、これは挑発ですらない。彼らはまだ、今日の会議を交渉の場だと思っている。
「整備とは、直すことだと思われがちです」
「違うのですか」
「直せるように作るところからが整備です」
黙った。結構。
正論は、反論の形を削る。優れた道具だ。
ジオニックの男が、ようやく机に両手を置いた。
「我々に何をしろと」
「今後、公国軍に納入される兵器、車両、機動機械、艦艇補機、整備機材は、順次この規格へ寄せていただきます」
「順次」
彼はその二文字を嫌そうに繰り返した。
「いつまでに」
「まず試作段階から」
「試作はもう動いている」
「だからです」
マ・クベは間を置かずに返した。
「今でなければ、後では直りません」
実際その通りだ。図面はまだ嘘をつく。量産に入れば、嘘をつくのは工場と兵站になる。直るうちに直すしかない。
MIPの主任が低い声で言った。
「大型機も対象か」
「対象です」
「モビルアーマーも」
「例外はありません」
彼は黙った。口を開けば損だと悟った沈黙だ。悪くない。
マ・クベは立ち上がり、黒板の前へ移った。白墨を手に取る。縦に三本線を引く。
左に、量産主力。
中央に、高機動。
右に、大型特殊。
会議室の視線が、自然とそこへ集まる。
「分けます」
白墨を置く音が、妙に響いた。
「ジオニックは量産主力を」
ジオニックの男が顔を上げた。そこで初めて、わずかな満足が目に出る。自分の会社が国家の中核だと思い込む顔は、昔から見飽きている。便利な思い込みだ。後で締め上げる時にも。
「ツィマッドは推進系と高機動型を」
ツィマッドの男は、今度は笑わなかった。こちらは数字を勘定している顔だ。自社に回る仕事と、奪われる仕事を天秤にかけている。
「MIPは大型特殊機。とくに有線兵装を含む大型機動兵器を」
MIPの主任の肩が、わずかに動いた。有線兵装。そこに触れれば、木星帰りの男の話まで繋がると読んだのだろう。勘は悪くない。
「グラナダ工廠はエネルギー兵装と防御場の規格化を」
工廠側の技術将校が、そこで初めて口を開く。
「役割を固定するつもりですか」
「ええ」
短く答える。
ここを濁す理由はない。濁した言葉は、あとで希望になる。希望は余計な交渉を産む。
「これまで各社は、各社の事情で兵器を作ってきた」
黒板の三本線を振り返る。
「競争があったから進んだ技術もあるでしょう」
そこへツィマッドの男が言う。
「それを今さら、枠にはめる」
「戦争になるからです」
会議室が静まる。
やはり、この一言が一番効く。兵器の話をしている者ほど、戦争という単語には妙な沈黙を返す。来てほしいと思っているのに、口にされると現実になるからだ。
「いずれ、ではありません」
「もう始まっていると考えてください」
ジオニックの男が低く言った。
「監査の件か」
「それだけではありません」
「物流」
「保険」
「輸送路」
「資源」
「人材引き抜き」
並べるたびに、何人かの顔色が変わる。どの企業も、どこかで身に覚えがあるからだ。
「表の戦争はまだです」
「ですが、裏ではもう始まっています」
MIPの主任が腕を組んだ。
「大型機は、量産機と同じには出来ん」
「同じにしろとは言っていません」
「規格を合わせろと」
「合わせるところと、残すところを分けます」
「その線を誰が引く」
「公国が引きます」
言ってから、マ・クベは心の中で少しだけ笑った。そこだ。皆そこが嫌なのだ。技術論ではない。線を引く手が自分たちの手ではなくなることが。
ツィマッドの男が椅子へ背を預けた。
「軍の都合で工場を回す気か」
「国家の都合です」
「同じことだ」
「ええ、同じことです」
そこで一瞬だけ沈黙を置く。
「ですから、今日お集まりいただきました」
ジオニックの男が、低く笑った。
「軍が親会社になるわけだ」
上手いことを言ったつもりだろう。
「公国が、です」
訂正してやる。
軍ではない。もっと重い。
彼らはまだ、軍に従うつもりでいる。国家に組み込まれるのだと、自分の口で認めたくないだけだ。
MIPの主任が、机の上の写真を顎で示した。
「木星帰りのあの男の話も、そこへ入っているのか」
名は出さない。
だが全員が分かっている。シャリア・ブルだ。木星船団第一便を率いて帰ってきた静かな男。ああいう者は、噂だけが先に歩く。
「入っています」
「扱うのは、有線兵装を使う大型特殊機です」
「専用にするつもりか」
「最初から、そう考えた方がよいでしょう」
MIPの主任は頷きも首振りもしなかった。いい顔だ。仕事の匂いにはすぐ反応する。政治向きではないが、こういう者がいる会社は潰しにくい。
ツィマッドの男が口を挟む。
「なら推進はうちだな」
「そうなります」
「アプサラスの系統も」
「含まれます」
今度はツィマッドが黙った。自分の取り分が見えた時の沈黙は、先ほどまでの反発よりずっと素直だ。
マ・クベはそこで、わざと紙を一枚めくる音を立てた。
「競争は続けていただいて構いません」
「むしろ続けるべきです」
「ですが、整備兵が泣く競争をされては困る」
「部隊が三種類の予備部品を抱えるような競争も困る」
「現場が、機体ごとに工具を持ち替えるのも困る」
これには誰も正面から反論できない。現場を知る者ほど、反論できない。プライドはあっても、兵站の数字までは嘘をつけないからだ。
グラナダ工廠の技術将校が、静かに言う。
「工廠は兵器を切り分けられる」
「だが企業は切り分けられん」
「仕事も、人も、資金もある」
「もちろん」
「ですから切りません」
「寄せます」
自分でも、ずいぶん嫌な言い方だと思う。だが、気に入っていた。首を落とすより、形が変わるまで押す方が、長く効く。
ジオニックの男が低い声で言った。
「従わなければ」
「公国の発注から外れます」
即答する。
脅しではない。読み上げだ。そう聞こえるように言葉を整えた。
ツィマッドの男が、そこで初めて水を飲んだ。喉を湿らせるためではない。考える時間を作るためだ。
「要するに」
グラスを置く。
「役割分担を決める」
「規格を揃える」
「軍の都合で生産を回す」
「そういうことか」
「ええ」
「企業の都合は」
「生き残ることが都合でしょう」
言ってから、マ・クベは心の中で少しだけ舌を巻いた。自分で言っていても、実によく磨かれた言い回しだ。まるで温情のように聞こえる。実際には選択肢を奪っているだけなのだが。
「国家が残れば、企業も残る」
「国家が負ければ、会社の看板だけ残っても意味はありません」
会議室の誰も笑わない。
ようやくここまで来た。彼らは今、ようやく説明会が説明会ではなかったと理解している。
マ・クベは最後の紙を閉じた。
「本日配る一次案は、ここまでです」
「詳細は各社ごとに詰めます」
「ただし、これは相談ではありません」
その一言で十分だった。
通達だ。誰もがそう理解した。
「国家方針です」
ジオニックの男が、長く息を吐いた。
「量産を取った代わりに、逃げ道はないわけだ」
「ありません」
「失敗すれば、うちがこける」
「ええ」
「他も同じです」
公平というのは、時に最も残酷だ。誰か一社だけを贔屓してやる方が、まだ救いがある。全員に仕事を与え、全員から逃げ道を奪う。国家というものは、そういう時だけ妙に美しい。
「質問は」
沈黙があった。
ないのではない。ありすぎるのだ。だが、そのどれもが今ここで答えをもらえる類のものではない。
結局、誰も口を開かなかった。
「結構」
「では、各自お戻りください」
「次からは、自社の都合ではなく、公国の時計で動いていただきます」
それで終わりだった。
椅子が引かれ、紙が集められ、男たちが順に立ち上がる。誰も会釈を忘れない。だが、部屋を出る背中は、来た時よりも少し重かった。
最後に残ったのは、黒板と、紙の匂いと、換気の音だけだった。
ウラガンが静かに扉を閉めた。
「閣下」
「終わったよ」
「反発は」
「あるさ」
手袋を整えながら答える。
「だが、反発できるうちが華だ」
ウラガンは黙っていた。余計な相槌を打たないのは、この男の美点だった。
マ・クベは机の上に残った一枚の紙を抜き取る。会議ではほとんど触れなかった項目がまとめられていた。
有線兵装大型特殊機。
高機動推進実験機。
防御場偏向試験。
横に、細い字で一つだけ記されている。
木星帰還者運用前提。
マ・クベはそれを半分に折り、胸の内ポケットへ差し込んだ。
「戦争は、兵器の形を変える」
独り言のように言う。
「だが、その前に変わるのは工場の方だ」
なかなか気に入った。詩のつもりはないが、こういう言葉は少し磨くと長く使える。
黒板の前へ歩き、白い線を見上げる。
量産主力。
高機動。
大型特殊。
たった三本の線で、何人首が飛ぶことか。物理的には飛ばないにせよ、社内の椅子はいくつも空くだろう。人事異動と更迭は、戦争の前菜としては上等だ。
「白墨の線一本で工場を動かせるのだから、会議というのは便利だな」
小さく笑う。
ウラガンは反応しなかった。聞かなかったことにしたのだろう。賢い。
マ・クベは黒板の線を消さず、そのまま部屋を出た。
あの線はいずれ、機体の形になる。工場になり、兵站になり、部隊になり、戦場になる。そして最後には、国家の形になる。
会議室の扉が閉まる。
廊下では、各社の男たちがすでに早足で帰っていく。戻れば、自社で誰を切り、誰を上げ、どの図面を捨て、どの規格へ寄せるかを決めねばならない。
説明会は終わった。
だが、あれは始まりの合図でもあった。
マ・クベは廊下を歩きながら、胸の内ポケットの紙に一度だけ触れた。
木星帰還者運用前提。
あの静かな男が乗る機体まで、今日の線の先に含まれている。国家とは便利なものだ。嫌な計画を、美しい名称で包んで一斉に動かせる。
統合整備計画。
実によく出来た名前だ、とマ・クベは思った。
まるで誰も傷つかない計画のように聞こえる。