妹に撃たれない方法   作:Brooks

96 / 226
第96話 磨かれた声

 ズムシティの会議棟は、朝のうちから妙に静かだった。

 

 普段なら、予算だの配車だの工区の割り当てだの、各部局の人間が廊下で立ち話をしている時間だ。だが、その日の三階だけは違った。軍の警備兵が廊下の両端に立ち、通行証を持たない者は階段の下で止められている。

 

 呼ばれている顔ぶれが顔ぶれだった。

 

 ジオニック。

 

 ツィマッド。

 

 MIP。

 

 グラナダ工廠。

 

 軍需局。

 

 資材局。

 

 艦政本部。

 

 それに、重工と鉱山を束ねる民間側の実務責任者が何人か。

 

 説明会、と名を打つのは簡単だ。

 

 もっとも、説明で済む話など、こういう警備をつけて行うものではない。

 

 マ・クベは会議室の前で一度立ち止まり、白い手袋の指先を軽く合わせた。皺はない。靴も磨かれている。鏡など見なくても分かる。自分は今、誰に見せてもいい顔をしている。

 

 隣に立つウラガン中尉が、小声で言った。

 

「各社、だいぶお揃いです」

 

「そうか」

 

 いい響きだ、とマ・クベは思った。お揃い。家畜ではないのだから、言葉は選ぶべきだが、本質としてはそう違わない。餌の時間に集められた獣も、会議室へ通された重役も、最初は自分が檻の外にいるつもりでいる。

 

「顔色は」

 

「ジオニックは不機嫌を隠していません。ツィマッドは様子見です。MIPは、あまり場に慣れていないようです」

 

「結構」

 

 場に慣れていない者の方が、時に扱いやすい。場数を踏んだ者ほど、自分の椅子の高さを信じている。

 

 マ・クベは扉へ手をかけた。

 

「では始めよう」

 

 始めるのは説明会ではない。順番の付け替えだ。誰が上に立ち、誰が下に入るかを、書類の形で確定させるだけのことだ。

 

 会議室へ入った瞬間、座っていた男たちが一斉にこちらを見た。

 

 全員が立つ。だが、立ち方に礼の色は薄い。遅れて腰を上げる者。椅子を鳴らす者。片手で机を押しながら面倒そうに立つ者。軍に対する敬意というより、ザビ家の名に対する最小限の礼だ。

 

 それでいい。

 

 心から頭を下げる相手など、信用に値しないことが多い。

 

「お待たせしました」

 

 マ・クベは柔らかい声で言い、正面の席へ着いた。

 

 この柔らかさを好意と受け取る者がいるなら、それは幸運だ。こちらにとっての。

 

 ウラガンは一歩後ろに控えた。若いが、立ち位置はよく分かっている。目立たず、だが見落とさない位置だ。副官としては上出来だと、マ・クベは常々思っている。

 

 机の上の紙束を一度整え直す。すでに整っている紙を、さらに揃える。

 

 ほんの些細な動きだが、こういう場ではよく効く。時間の主導権がどちらにあるかを、口で言わずに示せる。

 

「本日は説明会です」

 

 そこで、ツィマッドの男がすぐに口を挟んだ。

 

「説明だけで済めば結構ですがね」

 

 口元だけで笑っている。

 

 いい顔だ、とマ・クベは思った。反抗心と計算高さが同居している。こういう顔は、叩き潰すより使い道を決めた方が得だ。

 

「済む方もいらっしゃるでしょう」

 

 わずかに含みを持たせて返す。

 

 すると今度はジオニックの男が腕を組んだまま言った。

 

「済まないのはどこだ」

 

 分かりやすい。自分が対象ではない可能性を先に探る者は、大抵、対象だ。

 

「それはこれからのお話です」

 

 マ・クベは最初の紙を開いた。

 

 そこに並んでいるのは機体名ではなく、規格番号だった。

 

 ボルト径。軸受け寸法。炉心接続部。電力伝送口。操縦席規格。主推進器固定幅。兵装接続子。

 

 会議室の空気が、そこで一段だけ冷えた。

 

 機体の話ではない。開発競争でもない。もっと手前の、もっと逃げ場のない話だと、ようやく全員が悟ったのだ。

 

「本日より、公国軍工業規格を統一します」

 

 静かに言う。

 

「名称は、統合整備計画」

 

 ツィマッドの男が鼻で笑った。

 

「整備計画、ですか」

 

「ええ」

 

「整備にしては、ずいぶん手前から口を出される」

 

 挑発のつもりなのだろう。

 

 もっとも、これは挑発ですらない。彼らはまだ、今日の会議を交渉の場だと思っている。

 

「整備とは、直すことだと思われがちです」

 

「違うのですか」

 

「直せるように作るところからが整備です」

 

 黙った。結構。

 

 正論は、反論の形を削る。優れた道具だ。

 

 ジオニックの男が、ようやく机に両手を置いた。

 

「我々に何をしろと」

 

「今後、公国軍に納入される兵器、車両、機動機械、艦艇補機、整備機材は、順次この規格へ寄せていただきます」

 

「順次」

 

 彼はその二文字を嫌そうに繰り返した。

 

「いつまでに」

 

「まず試作段階から」

 

「試作はもう動いている」

 

「だからです」

 

 マ・クベは間を置かずに返した。

 

「今でなければ、後では直りません」

 

 実際その通りだ。図面はまだ嘘をつく。量産に入れば、嘘をつくのは工場と兵站になる。直るうちに直すしかない。

 

 MIPの主任が低い声で言った。

 

「大型機も対象か」

 

「対象です」

 

「モビルアーマーも」

 

「例外はありません」

 

 彼は黙った。口を開けば損だと悟った沈黙だ。悪くない。

 

 マ・クベは立ち上がり、黒板の前へ移った。白墨を手に取る。縦に三本線を引く。

 

 左に、量産主力。

 

 中央に、高機動。

 

 右に、大型特殊。

 

 会議室の視線が、自然とそこへ集まる。

 

「分けます」

 

 白墨を置く音が、妙に響いた。

 

「ジオニックは量産主力を」

 

 ジオニックの男が顔を上げた。そこで初めて、わずかな満足が目に出る。自分の会社が国家の中核だと思い込む顔は、昔から見飽きている。便利な思い込みだ。後で締め上げる時にも。

 

「ツィマッドは推進系と高機動型を」

 

 ツィマッドの男は、今度は笑わなかった。こちらは数字を勘定している顔だ。自社に回る仕事と、奪われる仕事を天秤にかけている。

 

「MIPは大型特殊機。とくに有線兵装を含む大型機動兵器を」

 

 MIPの主任の肩が、わずかに動いた。有線兵装。そこに触れれば、木星帰りの男の話まで繋がると読んだのだろう。勘は悪くない。

 

「グラナダ工廠はエネルギー兵装と防御場の規格化を」

 

 工廠側の技術将校が、そこで初めて口を開く。

 

「役割を固定するつもりですか」

 

「ええ」

 

 短く答える。

 

 ここを濁す理由はない。濁した言葉は、あとで希望になる。希望は余計な交渉を産む。

 

「これまで各社は、各社の事情で兵器を作ってきた」

 

 黒板の三本線を振り返る。

 

「競争があったから進んだ技術もあるでしょう」

 

 そこへツィマッドの男が言う。

 

「それを今さら、枠にはめる」

 

「戦争になるからです」

 

 会議室が静まる。

 

 やはり、この一言が一番効く。兵器の話をしている者ほど、戦争という単語には妙な沈黙を返す。来てほしいと思っているのに、口にされると現実になるからだ。

 

「いずれ、ではありません」

 

「もう始まっていると考えてください」

 

 ジオニックの男が低く言った。

 

「監査の件か」

 

「それだけではありません」

 

「物流」

 

「保険」

 

「輸送路」

 

「資源」

 

「人材引き抜き」

 

 並べるたびに、何人かの顔色が変わる。どの企業も、どこかで身に覚えがあるからだ。

 

「表の戦争はまだです」

 

「ですが、裏ではもう始まっています」

 

 MIPの主任が腕を組んだ。

 

「大型機は、量産機と同じには出来ん」

 

「同じにしろとは言っていません」

 

「規格を合わせろと」

 

「合わせるところと、残すところを分けます」

 

「その線を誰が引く」

 

「公国が引きます」

 

 言ってから、マ・クベは心の中で少しだけ笑った。そこだ。皆そこが嫌なのだ。技術論ではない。線を引く手が自分たちの手ではなくなることが。

 

 ツィマッドの男が椅子へ背を預けた。

 

「軍の都合で工場を回す気か」

 

「国家の都合です」

 

「同じことだ」

 

「ええ、同じことです」

 

 そこで一瞬だけ沈黙を置く。

 

「ですから、今日お集まりいただきました」

 

 ジオニックの男が、低く笑った。

 

「軍が親会社になるわけだ」

 

 上手いことを言ったつもりだろう。

 

「公国が、です」

 

 訂正してやる。

 

 軍ではない。もっと重い。

 

 彼らはまだ、軍に従うつもりでいる。国家に組み込まれるのだと、自分の口で認めたくないだけだ。

 

 MIPの主任が、机の上の写真を顎で示した。

 

「木星帰りのあの男の話も、そこへ入っているのか」

 

 名は出さない。

 

 だが全員が分かっている。シャリア・ブルだ。木星船団第一便を率いて帰ってきた静かな男。ああいう者は、噂だけが先に歩く。

 

「入っています」

 

「扱うのは、有線兵装を使う大型特殊機です」

 

「専用にするつもりか」

 

「最初から、そう考えた方がよいでしょう」

 

 MIPの主任は頷きも首振りもしなかった。いい顔だ。仕事の匂いにはすぐ反応する。政治向きではないが、こういう者がいる会社は潰しにくい。

 

 ツィマッドの男が口を挟む。

 

「なら推進はうちだな」

 

「そうなります」

 

「アプサラスの系統も」

 

「含まれます」

 

 今度はツィマッドが黙った。自分の取り分が見えた時の沈黙は、先ほどまでの反発よりずっと素直だ。

 

 マ・クベはそこで、わざと紙を一枚めくる音を立てた。

 

「競争は続けていただいて構いません」

 

「むしろ続けるべきです」

 

「ですが、整備兵が泣く競争をされては困る」

 

「部隊が三種類の予備部品を抱えるような競争も困る」

 

「現場が、機体ごとに工具を持ち替えるのも困る」

 

 これには誰も正面から反論できない。現場を知る者ほど、反論できない。プライドはあっても、兵站の数字までは嘘をつけないからだ。

 

 グラナダ工廠の技術将校が、静かに言う。

 

「工廠は兵器を切り分けられる」

 

「だが企業は切り分けられん」

 

「仕事も、人も、資金もある」

 

「もちろん」

 

「ですから切りません」

 

「寄せます」

 

 自分でも、ずいぶん嫌な言い方だと思う。だが、気に入っていた。首を落とすより、形が変わるまで押す方が、長く効く。

 

 ジオニックの男が低い声で言った。

 

「従わなければ」

 

「公国の発注から外れます」

 

 即答する。

 

 脅しではない。読み上げだ。そう聞こえるように言葉を整えた。

 

 ツィマッドの男が、そこで初めて水を飲んだ。喉を湿らせるためではない。考える時間を作るためだ。

 

「要するに」

 

 グラスを置く。

 

「役割分担を決める」

 

「規格を揃える」

 

「軍の都合で生産を回す」

 

「そういうことか」

 

「ええ」

 

「企業の都合は」

 

「生き残ることが都合でしょう」

 

 言ってから、マ・クベは心の中で少しだけ舌を巻いた。自分で言っていても、実によく磨かれた言い回しだ。まるで温情のように聞こえる。実際には選択肢を奪っているだけなのだが。

 

「国家が残れば、企業も残る」

 

「国家が負ければ、会社の看板だけ残っても意味はありません」

 

 会議室の誰も笑わない。

 

 ようやくここまで来た。彼らは今、ようやく説明会が説明会ではなかったと理解している。

 

 マ・クベは最後の紙を閉じた。

 

「本日配る一次案は、ここまでです」

 

「詳細は各社ごとに詰めます」

 

「ただし、これは相談ではありません」

 

 その一言で十分だった。

 

 通達だ。誰もがそう理解した。

 

「国家方針です」

 

 ジオニックの男が、長く息を吐いた。

 

「量産を取った代わりに、逃げ道はないわけだ」

 

「ありません」

 

「失敗すれば、うちがこける」

 

「ええ」

 

「他も同じです」

 

 公平というのは、時に最も残酷だ。誰か一社だけを贔屓してやる方が、まだ救いがある。全員に仕事を与え、全員から逃げ道を奪う。国家というものは、そういう時だけ妙に美しい。

 

「質問は」

 

 沈黙があった。

 

 ないのではない。ありすぎるのだ。だが、そのどれもが今ここで答えをもらえる類のものではない。

 

 結局、誰も口を開かなかった。

 

「結構」

 

「では、各自お戻りください」

 

「次からは、自社の都合ではなく、公国の時計で動いていただきます」

 

 それで終わりだった。

 

 椅子が引かれ、紙が集められ、男たちが順に立ち上がる。誰も会釈を忘れない。だが、部屋を出る背中は、来た時よりも少し重かった。

 

 最後に残ったのは、黒板と、紙の匂いと、換気の音だけだった。

 

 ウラガンが静かに扉を閉めた。

 

「閣下」

 

「終わったよ」

 

「反発は」

 

「あるさ」

 

 手袋を整えながら答える。

 

「だが、反発できるうちが華だ」

 

 ウラガンは黙っていた。余計な相槌を打たないのは、この男の美点だった。

 

 マ・クベは机の上に残った一枚の紙を抜き取る。会議ではほとんど触れなかった項目がまとめられていた。

 

 有線兵装大型特殊機。

 

 高機動推進実験機。

 

 防御場偏向試験。

 

 横に、細い字で一つだけ記されている。

 

 木星帰還者運用前提。

 

 マ・クベはそれを半分に折り、胸の内ポケットへ差し込んだ。

 

「戦争は、兵器の形を変える」

 

 独り言のように言う。

 

「だが、その前に変わるのは工場の方だ」

 

 なかなか気に入った。詩のつもりはないが、こういう言葉は少し磨くと長く使える。

 

 黒板の前へ歩き、白い線を見上げる。

 

 量産主力。

 

 高機動。

 

 大型特殊。

 

 たった三本の線で、何人首が飛ぶことか。物理的には飛ばないにせよ、社内の椅子はいくつも空くだろう。人事異動と更迭は、戦争の前菜としては上等だ。

 

「白墨の線一本で工場を動かせるのだから、会議というのは便利だな」

 

 小さく笑う。

 

 ウラガンは反応しなかった。聞かなかったことにしたのだろう。賢い。

 

 マ・クベは黒板の線を消さず、そのまま部屋を出た。

 

 あの線はいずれ、機体の形になる。工場になり、兵站になり、部隊になり、戦場になる。そして最後には、国家の形になる。

 

 会議室の扉が閉まる。

 

 廊下では、各社の男たちがすでに早足で帰っていく。戻れば、自社で誰を切り、誰を上げ、どの図面を捨て、どの規格へ寄せるかを決めねばならない。

 

 説明会は終わった。

 

 だが、あれは始まりの合図でもあった。

 

 マ・クベは廊下を歩きながら、胸の内ポケットの紙に一度だけ触れた。

 

 木星帰還者運用前提。

 

 あの静かな男が乗る機体まで、今日の線の先に含まれている。国家とは便利なものだ。嫌な計画を、美しい名称で包んで一斉に動かせる。

 

 統合整備計画。

 

 実によく出来た名前だ、とマ・クベは思った。

 

 まるで誰も傷つかない計画のように聞こえる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。