妹に撃たれない方法   作:Brooks

97 / 226
第97話 初号機の足音

 

 ズムシティの軍工廠は、朝の空気まで規格で出来ているような場所だった。

 

 廊下は磨かれ、壁際には同じ寸法の搬送箱が並び、箱の側面には黒い塗料で規格番号が打たれている。留め具の位置まで揃っていた。人間の歩幅より、箱の幅の方が先に決まっている。そういう景色だ。

 

 マ・クベは、その廊下をウラガン中尉と並んで歩いていた。

 

 靴音はよく響く。響くが、不快ではない。よく整えられた場所の音は、それだけで気分を害しにくい。

 

「各社、到着しております」

 

 ウラガンが一歩後ろから言った。

 

「ザビ家の方々も、ほどなく」

 

「そうか」

 

 マ・クベは短く返した。

 

 廊下の角を曲がると、規格化された交換部材の棚が見える。腕部関節ユニット、脚部駆動系、視界センサー、操縦席ブロック。札の付け方まで揃っていた。

 

 よろしい、とマ・クベは思った。

 

 機体は一機でも作れる。器用な工場なら、気合と徹夜で立たせることも出来る。

 

 だが、同じ工具で二機目、三機目を立たせられるかは別の話だ。

 

 兵器は一機で脅威になるのではない。

 

 列になった時に脅威になる。

 

「今日は“機体”を見に来たつもりの方が多いだろう」

 

 歩きながら言う。

 

 ウラガンは少し考えてから答えた。

 

「そのように見えます」

 

「結構」

 

 結構なことだ。

 

 見たいものだけを見に来る者は、見せたいもの以外を見落とす。案内役としては、この上なく扱いやすい。

 

 格納庫前には、もう各社の人間が揃っていた。

 

 ジオニックの重役が最初に目につく。軍に見せる機体が自社のものだと分かっている顔だ。胸を張り、口元にだけ慎みを貼りつけている。ああいう顔は分かりやすい。

 

 勝ったと思っている。

 

 結構。

 

 勝ったと思っている者は、自分の椅子を失うのを一番恐れる。次の要求を呑ませるのに都合がいい。

 

 ツィマッドの男は、逆に格納庫の中を見ていた。布のかかった機体ではなく、床に置かれた予備推進器や交換ラックの方を見ている。あちらは数字を勘定している顔だ。

 

 不満はある。

 

 だが、不満がある者は性能で見返そうとする。

 

 それもまた、統制の下では上等の燃料になる。

 

 MIPの主任は、露骨に退屈そうだった。人型機には最初から興味が薄い。大型特殊機の順番はまだ先だ、と顔に書いてある。

 

 それでいい。

 

 焦れた者は動く。動く者は、使いやすい。

 

「お待たせしました」

 

 マ・クベが声をかけると、各社の人間が一斉にこちらを向いた。

 

 礼はする。だが浅い。企業の人間らしい、値踏みの入った礼だ。

 

 十分だった。へつらう者より、まだましだ。

 

「本日はご足労いただき感謝します」

 

 柔らかく言う。

 

「統合整備計画の成果を、こうして形でお見せできるのは、諸君の尽力あってのことです」

 

 ジオニックの重役が、少しだけ満足そうに顎を引いた。

 

 褒め言葉は配るべき時に配る。安いもので機嫌が良くなる相手は、こちらの財布に優しい。

 

 その時、格納庫の奥から怒鳴り声がした。

 

「違う! そっちじゃねえ!」

 

 誰もがそちらを見た。

 

 整備兵が二人、工具箱の前で固まっている。その前に立っているのが、ガデムだった。

 

 背はそれほど高くない。だが、前へ出ると周囲が一歩引く体つきをしている。顔も声も、最初から謝るつもりのない男のそれだ。

 

「規格が同じだからって、何でも同じ手で締めるな!」

 

「そこは締める順番が先だ!」

 

 整備兵が小さく返事をする。

 

 ガデムはそれを聞き流し、今度は工具箱を指で叩いた。

 

「箱を混ぜるな! 次に手ぇ出す奴が迷うだろうが!」

 

 いい怒鳴り方だ、とマ・クベは思った。

 

 人前で格好をつける怒鳴り方ではない。本当に急いでいる者の声だ。

 

 ウラガンが小さく言った。

 

「……始まる前から騒がしいですね」

 

「よろしい」

 

 マ・クベは歩き出した。

 

「静かな格納庫など、墓と変わらん」

 

 ガデムのところまで行くと、彼はようやくこちらに気づいて敬礼した。

 

 礼はする。だが、遅い。そこも悪くない。

 

「ガデム軍曹」

 

「はっ」

 

「機嫌がよろしいようだ」

 

 ガデムは眉を寄せた。

 

「機嫌がいいんじゃありません」

 

「ほう」

 

「遅ぇんです」

 

 その返しに、後ろの企業重役たちの顔が少しだけ動く。

 

 マ・クベは笑わない。

 

「何が」

 

「歩くのは当たり前です」

 

「そうだろうな」

 

「立つのも当たり前です」

 

「もっともだ」

 

「転んでから起きるか」

 

「止まってから、どれだけ早く戻せるか」

 

「そこからです」

 

 いい。

 

 実にいい。

 

 こういう男が一人いるだけで、兵器は展示物でなくなる。軍の現場は礼儀で回るのではない。工具で回る。

 

「あとで、その“そこから”も見せてもらおう」

 

「願ったりです」

 

 ガデムは本気でそう思っている顔だった。

 

 ジオニックの重役は、少し嫌そうにした。

 

 結構。

 

 開発屋は披露会を好む。現場は故障を好む。兵器は後者で育つ。

 

 ほどなくして、ザビ家の人間が到着した。

 

 先頭はギレンだった。歩調が乱れない。視線も忙しくない。だが、最初に見たのは布のかかった機体ではなく、その奥の棚だった。並ぶ部材、交換ラック、搬送具。機体より先に、続くものを見る目だ。

 

 やはりそう来るか、とマ・クベは思う。

 

 総帥は兵器を見ているのではない。兵器を生む速度を見ている。

 

 その後ろにキシリア。機体の輪郭より、立っている技術者の顔を見ている。誰が怯えていて、誰が隠していて、誰が自分の手柄だと思っているか。そういう目だ。

 

 そしてドズルは、布の向こうの大きさを素直に見ていた。期待がある。兵器を兵器らしく喜べる者は、率直で助かる。

 

 マ・クベとウラガンは揃って一礼した。

 

「お運びいただき感謝します」

 

 マ・クベが言う。

 

「統合整備計画に基づく初の主力量産機試作兵器、そのお披露目です」

 

 ドズルが鼻を鳴らした。

 

「ずいぶん勿体ぶるじゃねえか」

 

「見せる前に名を言っても、喜びは増えませんので」

 

 少しだけ笑って返す。

 

 ドズル公は率直で助かる。だが率直な者には、少しだけ待たせた方が場が締まる。

 

 ギレンは機体を見ず、先に聞いた。

 

「整備交換時間は」

 

 やはり、そこか。

 

 見栄えでも、火力でもない。回転数だ。兵器を作る者ではなく、兵器を増やす者の問いだ。

 

「右腕交換、規定手順で十一分」

 

「脚部ユニット交換、同規格工具で十七分」

 

「操縦席ブロック単位の引き抜きも可能です」

 

 ギレンは短く頷いた。

 

 ドズルは不満そうに言う。

 

「先に見せろよ」

 

「もちろん」

 

 マ・クベは布の前へ立った。

 

「では」

 

 合図とともに、整備兵がシートを引いた。

 

 姿が現れた瞬間、格納庫の空気が少しだけ変わった。

 

 ザクI。

 

 まだ無骨だった。洗練とは程遠い。胸は厚く、肩は大きく、脚は重そうに見える。だが、その不格好さが逆に兵器らしい。人に似せたのではない。戦場に必要な形を人型に押し込んだ顔だ。

 

 単眼が、薄い光を返している。

 

 ドズルが最初に口を開いた。

 

「ほう……」

 

 その一音に、素直な満足が乗っていた。

 

「ようやく兵器らしい顔になったな」

 

 キシリアは周囲を見ながら言う。

 

「視界は」

 

「頭部単眼に加え、胸部の補助映像を」

 

「可動域は」

 

「この後の演示で」

 

 ギレンは何も言わず、機体の奥を見ていた。背後に並ぶ、同規格の交換パーツと未完成のフレームを。

 

 よろしい。

 

 お見せしたいのは、まさにそちらなのだ。完成した一機より、続いていく列の方がよほど恐ろしい。

 

「では、基本動作を」

 

 マ・クベが言うと、操縦席に入っていたパイロットが応答した。

 

 ザクIが、一歩踏み出す。

 

 足音は重い。だが鈍くはない。床の振動が規則正しく返ってくる。二歩、三歩。停止。旋回。しゃがみ。起立。武器保持。

 

 どれも派手ではない。

 

 だが、だからこそよい。

 

 兵器は、格好よく動く必要はない。迷わず同じ動きを繰り返せることの方がはるかに価値がある。

 

 ドズルが頷いた。

 

「いいじゃねえか」

 

 ジオニックの重役は、そこでようやく本気で胸を張った。

 

 まだ早い、とマ・クベは思う。

 

 披露会で褒められるのは始まりでしかない。ここから先に、現場と量産と整備が待っている。

 

 その時、ガデムが不意に言った。

 

「転ばせろ」

 

 場が一瞬、止まった。

 

 ジオニックの重役がすぐに振り向く。

 

「何だと」

 

「歩くのは見た」

 

 ガデムは平然としている。

 

「転んで起きるか見ねえと意味がねえ」

 

 ジオニックの男が苛立った声を出す。

 

「お披露目の場だぞ」

 

「だからだ」

 

 ガデムは一歩も引かなかった。

 

「戦場じゃ、もっと悪い転び方する」

 

 沈黙。

 

 いい空気だ、とマ・クベは思う。

 

 化粧を剥がすには、こういう一言が要る。

 

「やってみなさい」

 

 マ・クベが言った。

 

 企業側がざわつく。

 

 展示会ではない。軍の兵器は、恥をかいてからが本番だ。綺麗に歩くだけの機械なら、工場の門に立たせておけばいい。

 

 パイロットへ指示が飛ぶ。

 

 ザクIが姿勢を崩し、片膝をついた。そのまま鈍く横へ倒れる。金属が床を打つ音が、格納庫の高い天井へ響いた。

 

 空気が張る。

 

 ジオニックの重役は、口を結んだまま動かない。逃げたい顔をしている。だが逃げられない。結構。

 

 床に倒れたザクIが、一拍置いて腕を動かした。支えを取り、脚を引き、重い身体を起こしていく。滑らかではない。だが確実だ。

 

 立った。

 

 ガデムが鼻を鳴らす。

 

「遅ぇが、起きるな」

 

 その評価が、今日いちばん価値のある褒め言葉だと分かる者は少ない。分からない者は、いずれ現場に嫌われる。

 

 さらに、起立後の右脚動作にわずかな引っかかりが出た。

 

 整備兵が走る。

 

 工具箱が開く。

 

 交換部材が出る。

 

 同じ規格のレンチ、同じ位置にある固定部、同じ手順での仮交換。

 

 時間を計る。

 

 ウラガンがすぐ横で数字を拾っている。

 

 よい。

 

 壊れぬ兵器などない。壊れた時、黙って列へ戻せる兵器だけが戦争を変える。

 

 復旧後、短い射撃試験に移る。

 

 実弾が標的の装甲板へ叩き込まれ、鋼板が大きく歪む。音が格納庫に響いた。

 

 ドズルが笑う。

 

「いい音だ!」

 

 実にドズル公らしい。音と衝撃に喜べる者は、兵を率いる時に強い。だが国家を回すには、それだけでは足りない。

 

 キシリアは照準の戻りと反応時間を見ている。

 

 ギレンは射撃後の弾薬交換動作を見ていた。

 

「交換時間は」

 

「規定手順で三分四十」

 

「補給箱は共通か」

 

「共通です」

 

 やはりそう来る。

 

 総帥は兵器に感動しない。感動した兵器を、何機並べられるかを見る。国家を動かす者の目だ。

 

 射撃が終わり、ザクIが停止すると、格納庫にようやく息が戻った。

 

 誰もが一度は機体を見た。

 

 だが、ギレンだけは奥を見ていた。

 

 その視線をマ・クベも追う。

 

 格納庫の奥。

 

 そこには同じ規格のフレーム、まだ頭のない胴体、脚部ユニット、梱包された装甲板が並んでいた。未完成の機体群。つまり「次」がもう待っている。

 

 そう。

 

 お披露目したいのは一号機ではない。

 

 その後ろに並ぶ二号機三号機四号機だ。

 

 兵器の恐ろしさは、一機の出来ではない。同じ顔が、同じ工具で、同じ手順で、何度でも立ち上がることにある。

 

 見学の終わり際、誰かが言った。

 

「これが新型機ですか」

 

 問いは誰へ向けたものでもなかった。だが、答えたのはギレンだった。

 

 総帥は機体ではなく、その奥のラインを見たまま言う。

 

「違う」

 

 短い沈黙。

 

「これは始まりだ」

 

 それだけだった。

 

 だが十分だった。

 

 始まり。

 

 まったくその通りだ、とマ・クベは思う。

 

 今日お披露目されたのは兵器ではない。量産の始まりであり、国家が工場を手に入れた証だ。国家が工場を手に入れた時、戦争は半分終わっている。

 

 ザクIは立った。

 

 歩いた。

 

 転び、起きた。

 

 撃った。

 

 それで終わりではない。

 

 これから同じ顔が列になる。

 

 その列こそが、今日の主役だった。




前話から1年経っております。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。