黒江真由に一目惚れした三年生男子吹奏楽部員の話 作:日向陰陽
俺のクラスに転校生がやってきた。ひとめ見た瞬間、心を奪われた。美しい、頭に、胸に衝撃が走った。鼓動が早くなる。彼女が話す。声も綺麗だ。名前は『黒江真由』。ハッキリ言って一目惚れだ。隣の空いた席に座る。いい匂いがする。制服の胸部から主張する膨らみが眩しい。真横に座る彼女に「よろしく。」と声を掛けられた。
「よ、よろしくお願いします。自己紹介します、黒栄真優(くろえ まゆう)と申します。」
真由「え?貴方も『くろえ』って苗字なの?紛らわしいから真優くんって呼んでもいいかな?」
真優「はい、それでお願いします。俺も真由さんとお呼びしてもよろしいですか?」
真由「うん、いいよ。ふふっ、そんなに畏まらなくていいのに。真優くんは真面目だね。」
紛らわしいのは正論だとは思うがいきなり名前呼びの関係になってしまった。どうしよう、物凄くドキドキする。ウチの吹部は美人揃いだと思うが男としてのセンサーがピクリとも反応しなかったので男子と同様に普通に接しているが、今はどうしていいのかわからない。でもこんなに美人な女子を放っておいたらすぐに彼氏が出来てしまうと思ったので早めに好意を伝えられるように行動しようと思った。ホームルームが終わり束の間の休み時間、真由さんに色々聞いてみた。
真優「以前はどこに住んでたの?」
真由「福岡県で、清良女子高校ってところに通ってた。知ってる?」
真優「知ってる知ってる⁉ 吹奏楽部の超強豪校だよね⁉ 全国大会常連で金賞取るのも珍しく ないってくらい凄い学校だというのは知ってる⁉」
真由「そこまで詳しいってことは…真優くんも吹部?」
真優「『も』ってことは真由さんも吹部?」
真由「うん、パートは低音で楽器はユーフォ。真優くんは?」
真優「俺はサックスパート、バリトンサックス。」
真由「よく見るといい体格してるね。いい音吹くために鍛えてるの?」
真優「それもあるけど、適度な運動しないと落ち着かなくてね。」
真由「私も吹部に入ろうかなって思ってたの。迷惑…じゃないかな?」
真陽流「全然⁉ あの清良女子の部員なら即戦力だと思う⁉ もし迷惑って言う輩がいたら俺が全力で守るよ⁉」
真由「ありがとう、頼りにしてるね。」
真優「いつでもどこでも頼っていいよ。」
教室の扉が開く。一時限目の教師が入ってきた。会話はそこで途切れた。一時限目の授業が終わり休み時間に入る。同じクラスで吹部の部員である女子たちが集まる。加藤葉月、川島みどり、釜屋つばめ、そして何故か距離を取る我が吹部の部長…黄前久美子。
葉月「さっきの会話聞いちゃった!『もし迷惑って言う輩がいたら俺が全力で守るよ』」
みどり「『いつでもどこでも頼っていいよ』」
つばめ「真優のいつもの女子への対応とは全然違うよね。これはもしや…。」
真優「本人の前で言わないでくれるとありがたいんだけど。」
真由「真優くんはいつも女子にはどういう態度なの?」
久美子「男子とほとんど変わらないよ。恋愛関係の話題もないし。だから真由ちゃんへの態度見てビックリしたよ。」
真優「あれは…転校したばかりで不安なこともあるだろうから頼ってほしいって意味で…。」
葉月、みどり、つばめ、久美子「「「「ふーーーん。」」」」
真優「そのニヤケ面もやめてくれると助かるんだけど。」
葉月「真由と真優って名前も似てるね、どっちかっていうと真由ちゃんが姉で真優が弟かな。」
真優「どうして?」
葉月、みどり、つばめ、久美子「「「「雰囲気。」」」」
真優「それは否定できないかな。」
そんな会話が続いた。お昼休みに入った、自作のサランラップに包んだ特大のおにぎりを三つ取り出しかぶりつく。
真由「そんなに大きいのを三つも…もしかして自分で作ってるの?」
真優「うん、母親が作るサイズじゃ物足りなくてね。ご飯炊き直して自分で作ってる。」
真由「背も高いし、今は身長何センチ?」
真優「去年計った時は180㎝、でも最近は制服がキツく感じるからもっと伸びたかも。」
葉月「それは筋トレのしすぎでしょ!」
つばめ「去年よりもガタイが良くなってる気がする。」
みどり「いいなあ真優くんはどんどん成長して…。」
久美子「男子が羨ましいよ、私なんか…。」
自らの胸を見て落胆する様子な久美子。女子には女子なりの悩みがあるのだろうと慰めの言葉を掛けるのは止めにしておいた。
真優「それじゃあ行ってくる。」
真由「どこに行くの?」
真優「食後の運動をしに体育館へ行ってくる。」
真由「私も行っていい?真優くんが運動するところ見たい!」
真優「いいよ、学校の案内も兼ねて一緒に行こうか。」
葉月「二人っきりだからって変なことしないでね。」
真優「俺ってそんなに信用ない?」
葉月、みどり、つばめ、久美子「「「うん。」」」」
真優「心配しないで。俺だって三年生にもなってスキャンダラスなことするつもりはないよ。」
久美子「それならいいけど。」
吹部の女子たちに見送られ真由さんと一緒に体育館倉庫へ向かう。
つばめ「どう思う?」
葉月「一目惚れと見た。」
みどり「私もそう思います!」
久美子「そうかもね。真優のあんな態度、初めて見た。」
つばめ「決して冷淡とか冷徹…ってわけじゃないけど、あんなに積極的に女子に関わろうとする真優は確かに初めてかも。」
一方…、体育館倉庫。
真由「わあ!ここなんだ!色んな器具がいっぱいあるね!」
真優「俺の部屋にも欲しいけど、置くスペースがないから遠慮なく使わせてもらってる。」
準備体操を終えてまずはベンチプレスから始める。20回ほどやってひと息つく。次に何も持たずにスクワットをひたすらやる。100回ほどやってひと息つく。床に転がっているダンベルを右手に持ち、腕を折り曲げては伸ばすのを20回ほどやる。左手に持ち替えて同様の動作を同じ回数繰り返しひと息つく。その間じっと真由さんに見られている、緊張する。学ランを脱ぎ床に寝転がる。
真優「真由さん、もし良かったら足を押さえてもらえないかな?」
真由「うん、いいよ。」
足を押さえる手の柔らかくて温かい感触が伝わってくる。落ち着け落ち着けと何度も脳内で詠唱しながら腹筋運動を続ける。50回ほどやって彼女にお礼を言い立ち上がって学ランを着る。
真由「凄いね、あれだけ運動したのに疲れた様子もなくて息も乱れてないし…。」
真優「慣れてるからね。」
それから一緒に体育館内をグルっと一周して二階に上がり隅々まで案内した。そして教室へ戻った。吹部の女子たちの視線が俺に突き刺さる。俺ってそんなに信用ないかなとショックを受ける。
葉月「どうだった?」
真由「ビックリした。あんなに運動して息も乱れないで、疲れた様子も見せないで…あんなことを毎日やってるの?」
真優「うん。」
つばめ「吹部イチの体力馬鹿だからね。」
真優「馬鹿とは失礼な、こんなのでもテストでは学年トップクラスの成績を一年生から維持し続けてますよ。」
葉月、みどり、つばめ、久美子「「「「ムカつく。」」」」
真由「え⁉ そうなの⁉ 勉強も運動も出来て…何が苦手なの?」
真優「ずっと思ってるのは恋愛かな。今まで女子と付き合ったこともないので。こう…燃え続けるような毎日が充実するような情熱的な恋愛がしたい!」
つばめ「チャンスならいくらでもあったでしょ。同級生にも後輩にも、何人からも告白されたって聞いたよ。」
葉月「そうだそうだ! 何が不満だったのよ!」
真優「うーん…何というか、男としての直感というか…センサーがピクリとも反応しなかったというか…。」
みどり「では真由ちゃんはどうですか?」
真優「物凄く魅力的だと思う。ひと目見た瞬間からそう思った、声も綺麗で聞いてて癒される。」
周囲が静まり返った、マズい、本音をそのまま言ってしまった。
真由「そうなんだ…真優くんにそう言ってもらえると、例えお世辞でも嬉しい。」
「お世辞じゃない‼君のことが本気で好きになったんだ‼」 と叫びたかったが転校早々にこんなことを言われても迷惑だろうと思ってやめた。
みどり「今でも付き合っている男性はいないんですか?遠距離恋愛とか。」
ナイスな質問だと思った。俺の知りたかったことを聞いてくれたみどりに感謝したかった。
真由「……ううん、いないよ。今も昔も。私も恋愛したことがないの。」
僅かな沈黙が気になったが、心の中でガッツポーズした。恋愛だって弱肉強食で速い者勝ちだ。俺の想いを一刻も早く真由さんに打ち明けたい衝動に駆られた。
放課後、正式に吹部への入部が認められ今は低音パートの部員と共に別室へ移動していく彼女を目で追いかける。
「おーいどうした?さっきから黒江さんにばっかり目が向いてるぞ。」
真優「いや、何でもない。上手く部活をやっていけたらいいなって思っただけ。同じクラスだし。」
俺の眼前でジャンプしながら手を振っているのはパーカッションの井上順菜。彼女も美人だとは思うが俺のセンサーは反応しなかった。練習時間が終わる。急いで着替えた。低音パートの練習場に向かう。彼女の姿は…もういない。落ち着いて聞いた。二年生の久石奏に聞いた。
真優「真由さんは?」
奏「もう帰りましたよ。」
校舎内だが全力で階段を飛び降り走り抜けた。昇降口を抜けた先、ひとりで歩く彼女を見つけた。急いで靴に履き替え走りながら彼女の名を呼んだ。
真優「真由さん‼」
真由「え⁉ 真優くん⁉ どうしたの⁉」
真優「一緒に帰りたくて…話がしたくて…追いかけた。」
真由「そうなんだ…。話ってなに?」
歩きながら会話を続けて正門を抜けしばらく経った。
真優「今も付き合っている人がいないっていうのは本当?」
真由「うん、本当。」
真優「それだったら…俺と付き合ってほしい。真由さんとずっと一緒にいたい。」
真由「教室で私のことを『物凄く魅力的だと思う。ひと目見た瞬間からそう思った、声も綺麗で聞いてて癒される。』って言ってくれたのは本気に思っていいの?」
真優「うん、本気!初めて女性を好きになったと思う!こんな体験は初めてなんだ‼どうか…お願いします…!」
頭を下げた。俺の想いが通じてほしい!心底そう願った。
真由「こちらこそ…こんな私でよければお願いします。」
真由さんも頭を下げた。
真優「それって…!恋人同士という意味と受け取っていいんだよね…?」
真由「うん…真優くんみたいに真っ正直に好意を伝えられたのは初めてで、嬉しい。」
真優「俺も…真由さんみたいな素敵な女性を彼女に持てて…嬉しい…!」
再び並んで歩み続けた。自然と手が触れてどちらかが始めかはともかく手を繋いだ。柔らくて温かった。幸せだった。やがて分かれ道に差し掛かる。私はこっちだから、俺はこっちだからと離れ離れになる。彼女の姿が見えなくなるまで、時に振り返って手を振りながら離れていく彼女を、手を振りながら見送った。俺の足取りはいつまで経っても軽いままだった。