黒江真由に一目惚れした三年生男子吹奏楽部員の話 作:日向陰陽
―――翌日、午前5時30分すぎ、通学路途中の分かれ道でひとり俺は待っている。昨日の真由さんとの下校途中に連絡先を交換し合ったので一緒に登校しようと話を持ち掛けた。快く了承してくれた。視界に美しい容姿をした女性が目に入る。走ってこちらに向かってくる。揺れる胸が眩しかった。
真由「ごめん!待った?」
真優「いや、今来たところ。ごめんね、朝練に付き合わせちゃって。」
真由「いいの、 清良女子でも毎日朝練やっていたから気にしないで。」
真優「それで…朝も早くて誰も見てないので、手を繋いでもいいかな?」
真由「もう、聞かなくてもいいのに。」
彼女から手を繋いでくれた。嬉しかった。
真優「そういえば進路って具体的に決まってるの?」
真由「うーん…とりあえず東京の大学に通ってみたいとは思ってる。」
真優「大学が決まったら教えてね、俺も一緒の大学受ける。」
真由「えっでも真優くんの成績ならもっといい学校に行けるんじゃないかな?」
真優「彼女と一緒に大学生活送りたいっていうのが人生のひとつの目標だし、真由さん美人でスタイルもいいから、よからぬことを企んでる男たちから守りたいっていうのも理由のひとつ。」
真由「……そう、そういうことなら頼りにしてるね。私の彼氏さん。」
真優「うん、いつでも頼ってね。」
昇降口に辿り着き手を離す。上履きを履いて再び手を繋ぐ。音楽室へ行こうとする真由さんを止めて職員室へ向かう。俺達が一番乗りかもしれないので確認のため音楽室の鍵を受け取る旨を説明した。扉をノックし「失礼します。」と挨拶する。滝先生は…既にいる。「おはようございます。」と挨拶したが反応がない。よく見るとイヤホンを耳に着けて何か音楽を聴いているようだ。肩を指でトントンと叩くと滝先生が振り向きイヤホンを外すと同時に改めて「おはようございます。」と頭を下げながら挨拶をした。
滝先生「これは失礼、おや珍しい。今日はふたりの黒江(栄)さんですか。どうぞ音楽室の鍵です。」
真優「ありがとうございます、お疲れ様です、失礼します。」
音楽室と楽器室の鍵を開けバリサクを取り出し椅子に座る。軽く息を吹き込む、肩慣らしに一曲吹いてみることにした。約5分かけて吹き終わった。譜面を見たわけではないが曲としては大体合ってると思う。
久美子「いい演奏してるから誰かと思ったらやっぱり真優か、ってあれ?真由ちゃんもいる…。え⁉ もしかして一緒に来たの⁉ ついでに聞くけど付き合ってる⁉」
真由&真優「「うん。」」
久美子「え⁉ え⁉ 昨日は付き合ってなかったよね⁉ いつの間にそういう関係になったの⁉」
真優「練習が終わった後に先に帰った真由さんを走って追いかけて、一緒に帰ってその時に俺から告白した。真由さんからは『よろしくお願いします』って風な返事をいただいて付き合うことになった。聞かれれば正直に答えるけど大っぴらに言わないでね。」
麗奈「言わないわよ、部活に支障をきたさないようにね。」
真由&真優「「うん。」」
ついでにもう一曲吹いてみた。これも約5分ほどかけて吹き終えた。
麗奈「さっきのもいい曲だったけど今のもいい曲ね。何ていう曲なの?」
真優「さっきのは原曲のタイトルがイタリア語だから忘れたけど英語に訳すと『Golden Wind
日本語訳:黄金の風』だったと思う。今のは確か『STARDUST CRUSADERS』って名前だったと思う。」
麗奈「何か思い入れでもあるの?」
真優「いや、ただカッコいいなって思って吹いただけ。それよりサンライズフェスティバルの曲は決まったの?早く吹きたいんだけど。」
麗奈「決まったけど譜面配るのはまだ時間がかかる。それまで待ってて。」
真優「うん。」
「「おはようございます。」」
女子がふたり入ってきた。確か…クラリネットの義井沙里さんとつばめの妹の釜屋すずめさんだ。
真優「おはようございます、義井さん、釜屋さん。」
すずめ「やだな~もう、真優先輩てば!お姉ちゃんみたいに名前で呼んでください!」
真優「それでは…すずめさん…でよろしいでしょうか。」
すずめ「三年生のお姉ちゃんは名前呼びでタメ口なのに妹で一年生の私にはさん付けで敬語なんですか⁉ なんか距離を感じます‼」
真優「そこは…『親しき仲にも礼儀あり』ということで許してください。」
沙里「真優先輩も悪気があってやってるわけじゃないって分かってあげて。」
すずめ「分かりました!先輩にお任せします‼」
真優「ありがとうございます。」
その後、思いつく限りのアニソンやゲーム音楽をサックス風にアレンジして吹き続けた。義井さんとすずめさんに褒められた。嬉しかった。朝練も終わり真由さんと一緒に教室へ入った。葉月、つばめ、みどり、とついでに久美子から「おめでとう!」「お幸せに!」と祝福された。
真優「……?……久美子から聞いたの……?」
真由「ごめん!私から言っちゃった!みんなに隠しているのも何か後ろめたいなって思って…。怒ってる…?」
真優「怒ってないよ、その辺りは真由さんの好きにしていいと思うよ。だから気にしないで。」
みどり「ほら!言ったでしょう真由ちゃん!真優くんなら怒らないって。」
真由「本当に怒らなかったね、そもそも真優くんって女子に怒ったことあるの?」
真優「うーん…みんなはどう?記憶にある?」
葉月、みどり、つばめ、久美子「「「「ないよ。」」」」
真由「でも本当に怒ったらその時はきちんと伝えてね。彼女だからって遠慮なんかしないでね。」
真優「うん。」
それから程なくしてサンライズフェスティバルの行進練習が始まった。俺は流石に1年、2年と経験してきたので体が覚えており注意はされない。真由さんもマーチングでも好成績を収めている清良女子出身故か規則正しく行進している。
体育館ですずめさんに呼び止められた、何やら相談があるそうだ。二階の非常通路まで連れていって話を聞いた。何でも、姉のつばめが3年生なのに楽器を演奏せず旗振り役をしているのはおかしい、きっと押しに負けて無理やりやらされている…というのがすずめさんの主張だ。
真優「……分かりました。ですがつばめは旗振り役をやりたがっていたと聞きましたが彼女からそういう話は聞いていませんか?」
すずめ「……。」
真優「よく思いだしてください。」
すずめ「……! あっ! 思い出しました! 確かにお姉ちゃんがそう言っていたと思います!」
真優「では納得していただけましたか?」
すずめ「はい!ありがとうございました!真優先輩!」
真優「それは良かったです。」
ドラムメジャーで指導役の麗奈の感覚は鋭く厳しい。僅かな歩幅や姿勢のズレを見逃さず笛を吹きミスをした1年生をメガホン越しに怒鳴る。かつての自分と重なる、自分もよくミスをして足を引っ張ったものだと感傷に浸る。だが俺と違ったのは今の1年生の女子が泣き出して列から出るように指示されたことだった。ホルンの武川さんと聞いた。すかさず彼女に向かって駆け寄った。
麗奈「真優‼ あんたまで外れろとは言ってない‼」
真優「放っておけないだろう…! 苦情は後で聞く。」
武川さんを支えて離れた場所へ連れていき何とか泣き止ませる。
真優「麗奈も武川さんが憎くて怒鳴っているわけではないってことを分かってやってください。」
武川「はい…すみません…先輩の手を煩わせてしまって…。」
真優「貴女が謝ることではありません。後輩を気遣うのは先輩の当然の務めです。」
ポケットからメジャーを取り出し62.5㎝ごとに印をつけて10歩分ぐらいまで測った。
麗奈「真優‼ 早く列に戻って‼」
真優「分かってる‼ ちょっと待っとれ‼」
武川さんに話しかける。
真優「丁度62.5㎝ごとに印をつけました。あの印に合わせて歩いてください。もし印が消えたらこのメジャーで測り直して62.5㎝ごとに印をつけて歩き続けてください。このメジャーは差し上げます。それでは…頑張ってください、応援しています。」
武川さんに別れを告げ全力で走り列に加わる。健闘を祈った。その後、衣装合わせのためサンライズフェスティバル本番向けの衣装を試着した…したが…
真優「やっぱりキツい! これ以上デカいのねぇーの?」
秀一「ない、諦めろ。」
真優「これじゃあ柔軟体操もできねぇーよ。」
秀一「あれほど筋トレ控えろって言っただろうが。」
真優「控えたよ! 控えてこのザマなんだから仕方ねぇーだろ。」
秀一「……とにかく今ので我慢しろ、そのうち生地が馴染むだろ。」
こんなこともあって女子用の更衣室を通りかかったときに呼び止められた。一年生の誰だったか思い出せない、心の中で詫びた。
「真優先輩、ちょっといいですか。」
真優「わかりました、ついてきてください。」
廊下の奥の少し階段を下りたひと目につかない所まで行って話を聞いた。
「下手なのに先に帰るっておかしくないですか⁉沙里とか毎日残って練習しているのに。」
真優「まあ…確かに。でも練習をサボっているわけではないのでしょう?」
「それはそうですけど…でも!上手くないなら自主練しますよね⁉」
真優「自主練はあくまで自主練ですからね…でも分かりました!当人に話をしてみようと思います。お気遣いいただきありがとうございます。それでは…。」
廊下に出ると、練習熱心で評判の義井さんが武川さんと一緒に帰っていく姿を見た。物凄く嫌な予感がした。
翌日、同じように真由さんと一緒に朝練へ行き音楽室へ入った。軽く吹き始めた頃、微かに入口で人の声がした。楽器を置いて音楽室を出た。
真優「おはようございます、義井さん、すずめさん。何か相談事や悩み事があるなら思いっきり打ち明けてください。いつでも話を聞きますよ。」
沙里「はい…。お願いします。」
すずめ「私もお願いします。」
空き教室へ案内しふたりと向かい合って座る。
真優「初心者の1年生たちの件ですか?」
沙里「!…はい…! 私が吹部に誘って…でも初心者の子は厳しい練習で辛い思いをして泣いちゃう子もいて…それを見てると…私、悪いことしちゃったのかなって思って…!」
真優「俺も初心者の1年生で、当時は注意されまくって足を引っ張りまくりました。恥ずかしくて…情けなくて…悔しかったです。ですが3年生や2年生の先輩たちと一緒に練習することで着実に成長しました。お願いします、もう少し時間をいただけないでしょうか。一緒に練習をやり遂げれば必ず実力はつきます。これは絶対に保証します。お願いです、もう少し我慢していただければと思います。」
沙里「……分かりました。先輩にそう言っていただけたなら私はついていきます。初心者の1年生も説得します。」
真優「ありがとうございます、すずめさんからは何か相談事はありませんか?」
すずめ「いや!私は先輩の話を聞いてもう何も言うことはありません‼ こちらこそありがとうございました‼」
真優「恐縮です。他に悩み事ができたようでしたら遠慮せずに何でも話してください。いつでもどこでも聞きます。それでは…音楽室へ戻りましょう。」
音楽室へ戻った。麗奈と久美子が既にいた。
真優「おはよう、麗奈、久美子。」
久美子「どこ行ってたの?」
真優「ちょっとね。」
麗奈の視線を無視して席に座った。昨日と同じように吹いた。またしても1年生ふたりに褒められた、嬉しかった。
練習が終わり真由さんと一緒に手を繋いで帰る。
真由「昨日の行進練習の時、高坂さんが真優くんに列に戻るように怒鳴ったのを『分かってる‼ ちょっと待っとれ‼』って怒鳴り返したの見てビックリしちゃった。それに泣いている子のフォローもして、朝練でも1年生ふたりの相談事もして優しいんだね、真優くんは。」
真優「先輩が後輩に気を遣うの当然だと思って…もしかして嫉妬した?」
真由「ちょっとね。いい先輩だと思うし、いい彼氏を持ったなって思ったの。」
真優「誉め言葉として受け取っておきます。」
真由「うん、受け取って。」
俺もいい彼女を持ったなぁと思った、口には出さなかったが。