黒江真由に一目惚れした三年生男子吹奏楽部員の話 作:日向陰陽
―――コンクールの楽曲が決まった。課題曲『スケルツァンド』、自由曲『一年の詩 〜吹奏楽のための』、朝練はコンクール曲を吹きまくり、放課後の練習時間はサンライズフェスティバルの楽器を吹いての練習に当てられた。そんな中、ひとりの怒声が響く。
「だからって、いちいち声に出して言わなくてもいいだろ!」
猛ダッシュして駆けつける。
真優「如何しましたか。」
係の子も動揺している。理由が分かった、月永求。苗字で呼ばれることを異常に嫌う2年生の男子低音パートコントラバス担当部員。
真優「苗字で呼ばれたから怒ったのですか求くん。」
求「すみません先輩。」
真優「そろそろ事情くらい話す気になりませんか?いつでもどこでも聞きますよ。」
求「……失礼します。」
どうやら彼の信頼を得るにはまだまだ人徳が足りないようだ。
サンライズフェスティバル当日、求くんと強豪校の龍聖学園の生徒が口論になっている。すかさず間に入った。龍聖学園の生徒が何かを言い残し走り去っていく。
真優「如何しましたか。」
求「すみません、本番前なのに。」
一礼して彼も去って行った。サンライズフェスティバル本番は非常に上手くいったと思う。武川さんを始めとする初心者の1年生の頑張りがとても良く見えた。麗奈に労いの言葉を掛けられて涙を流す武川さんの姿にホッとした。その後、コントラバスの穏やかな二重奏が鳴り響いた。何があったのかはわからないが上手くいったようで安心した。
翌日、練習前のミーティングで大会ごとのオーディション制が取り入れられ府大会前、関西大会前、全国大会前と計3回、ソロもその都度変更になるかもしれないと説明された。そんな中、真由さんが不安そうに質問を投げかけた。
真由「いえ、あの、そのオーディションって私もやるんですか?」
久美子「部員なので、当然そうなります。」
真由「……そうですか。」
物凄く嫌な予感がした。練習時間も終わり手を繋ぎ帰りながら真由さんに聞いた。
真優「ミーティングの時、どうしてあんなこと言ったの?」
真由「あんなことって?」
真優「『そのオーディションって私もやるんですか?』って。周囲の顔色窺って怯えている子供のように見えたよ。清良女子で何かあった?」
繋ぐ手に力が入る。僕を睨むように目を見つめる。真由さんの感情の動きが露わになった気がした。もっと感情的になってほしい、そう思った。
真由「凄いね、そんなことまで分かっちゃうんだ。……清良女子にいた時、同じユーフォ奏者で仲良くしていた友達がいて…いつもコンクールメンバーに選ばれたのは私で、友達は選ばれなかった。その時は『気にしないでいいよ』って言ってくれたけど、2年生の時にも私が選ばれて友達は選ばれなくて…その友達は私にも黙って吹部を辞めちゃった。楽器も演奏しなくなったって聞いた。」
真由さんの手が汗ばんでいく。呼吸が荒くなっていく、それでも強く握り返した。
真優「真由さんを少し見ていれば誰でも分かるよ。それに友達が黙って辞めた件もその友達が悪いよ。真由さんが悪いなんてことは絶対にない。嫉妬に狂うのは勝手だけどひと言くらい言ってくれても良かったと思うよ。」
真由「……それに、私、小学生の頃…ある男子に告白されたの。でもその男子は私の友達の女子が片思いしていた男子で…男子に告白されたって知れ渡った瞬間に女子の友達全員に無視されちゃった。それで男子に告白の返事を断って、男子たちと仲良くするのを止めたら女子の友達も無視するのをやめて今までみたいに仲良くしてくれたの。だから思ったんだ。『誰かが嫌な思いをするくらいなら、私が我慢すれば…そうすればきっと、みんなが幸せになれる』って。」
真優「……ひとつ聞くけど、真由さんは俺のこと好き?」
真由「好き。」
真優「本当に?」
真由「本当。」
真優「俺も真由さんのこと大――――――――――――――――――――――っっっっ好きだよ。刃物持った通り魔が真由さんを襲っても命懸けて体を張って守る覚悟はいつでもしてるよ。でも俺が真由さんと付き合ってるの知って悔しい思いをしてる男子は大勢いると思うよ。その男子に遠慮してやっぱり別れるって言ったらどうする?」
真由「絶対に嫌。」
真優「本当に?」
真由「絶対に嫌。」
真っすぐに、涙を溜めながら俺の目を見つめている。
真優「意地悪なこと聞いてごめん。でも真由さんがやろうとしているのは俺がさっき言ったことと同じだよ。真由さんがいくら我慢しても誰も幸せになれないよ。俺も幸せになれない。」
真由「……。」
真優「今まで辛い思いをしてきたのは分かるけど、北宇治のことを想うなら我慢なんかしないでほしい。麗奈も言ってたでしょ、北宇治は完全実力主義だって。だから全力でオーディションに挑んで胸を張って演奏してほしい。それでA編成やソロに選ばれても『辞退する』とか言わないでほしい。約束できる?」
真由「さっき『真由さんのこと大――――――――――――――――――――――っっっっ好きだよ。』って言ってたけど信じていいの?」
真優「うん。」
真由「本当に?」
真優「うん。」
真由「じゃあ約束する代わりに…もっと恋人同士らしいことしていい?」
真優「うん。」
顔を両手で挟まれ引き寄せられた。そのまま唇を重ねて舌を入れられた。俺も合わせるように舌を絡めた。無意識に両手が彼女のお尻に触れる。そのまま揉みしだいた。何分そうしていたかはわからない。やがて満足したように唇を離す。顔は真っ赤だ。物凄く愛おしくて美しかった。
真優「意外と積極的で…嬉しい。せっかくだから写真撮っていい?」
真由「うーん…誰にも見せない?」
真優「見せないよ。俺だけの宝物にする。今の真由さん物凄く綺麗だから写真撮りたいんだ。」
真由「好きなだけ撮って。」
真優「ではお言葉に甘えて…。」
スマホで前後左右に亘って撮りまくった、黒ストで色気が増した両脚やお尻を重点的に撮りまくった。念のために彼女に確認してもらった。
真由「もう…えっち。」
真優「真由さんが魅力的すぎるから仕方ないよ、男としての本能だね。もっと恋人らしいことしたいけど今はまだ高校生だし部活もあるから我慢できる?」
真由「うん、我慢する。」
それから手を繋いで帰った。分かれ道に差し掛かって彼女の姿が見えなくなるまで見送った。
翌日、朝練、音楽室。真由さんの演奏をじっと目を閉じ聴き入る。
真由「……どうかな?」
真優「いい演奏だと思うよ、透き通るような世界で…綺麗で…でも真由さんらしい控えめなところがあって…とにかく落ち着く。」
真由「ふふっ、ありがとう。こんなに真っ正直に褒められたの初めて。」
真優「え、そうなの? 以前は強豪校だから滅多に褒めないのかなぁ…?」
真由「課題曲も自由曲もバリサクのソロはないんだよね?聞きたかったなぁ…真優くんのソロ。」
真優「俺もそれが悔しい。俺の分まで頑張ってソロ取るつもりで頑張ってね、応援してる。」
真由「うん、真優くんの想いに応えられるように頑張る。期待しててね。」
真優「俺もとりあえずA編成に入れるように頑張らないと…じゃあ吹いてくる!」
と、こんな感じで真由さんの朝練にも今までにない気合いが入るようになった。
放課後、二者面談、教室にて。松本先生と話す。
松本「とりあえず東京への大学を進学希望か。」
真優「はい。」
松本「具体的な学校は決まっていないのか?」
真優「はい、ただ…大――――――――――――――――――――――っっっっ好きな彼女と一緒の大学に進学して人生を送りたいと思います。」
松本「そ、そうか…彼女と仲良く幸せにな。」
真優「はい!」
力説したつもりだったが松本先生は引き気味だった。