黒江真由に一目惚れした三年生男子吹奏楽部員の話 作:日向陰陽
―――合宿後も練習は毎日続いた。吹部の合奏の練度は上がっている、表面上は。真由さんと一緒に朝練に通い何事もなかったかのように滝先生から音楽室の鍵を預かり練習に励む。放課後の練習時間、一番最後になるよう時間を見計らって音楽室に向かう。騒がしい、だが俺が音楽室に入った瞬間に葬式のように静かになる。大方、俺の陰口で盛り上がっていたのだろう。真由さんを見る。氷のような冷たい表情と目で部員たちに視線を向ける。俺の席に向かう、椅子が無い、譜面台も。
デカい溜息をつき音楽室から出る。滝先生とすれ違う。
滝「どうしましたか?」
真優「椅子と譜面台を隠されたので取りに行ってきます。これが貴方のクソくだらない吹奏楽部の正体ですよ。誰が隠したのか聞いてみたらどうですか?」
入口を閉めて空き教室へ向かう。「誰ですか⁉黒栄くんの椅子を隠したのは⁉」という怒鳴り声が聞こえた。空き教室から椅子を持ってきて座る。
真優「誰か分かりましたか?」
滝「……いいえ……。」
真優「でしょうね。」
満面の笑みで返答する。椅子を叩きつけるように置き、周囲の部員がビクッと反応する。そのまま合奏練習が始まった。何事もなかったかのように練習は続いて行く。
8月31日、夏休み最終日にして関西大会当日、本番前に部長が何やら演説を始めて周囲は盛り上がっていたが俺の耳を見事に素通りしていった。部長の「北宇治ファイト~!」「おー!」という掛け声も無視した。俺の心はこの部には無かった。小笠原先輩たちの想いに報いたい気持ちで満たされていた。陰で先輩たちが喜んでいただくために全国大会金賞が欲しかった。その後も同じような事が続いた。一々リアクションするのも面倒なので黙って椅子を持ってくる日々が続いた。
いつものように真由さんと一緒に帰る。
真由「ごめんね…私、何も出来なくて…。」
真優「真由さんが謝ることじゃないよ。多勢に無勢ってやつだ。真由さんひとりでどうにかできる問題じゃないよ。」
真由「私のこと、嫌いにならない?」
真優「ならないよ。むしろ大好きだよ。こうして一緒に帰ってくれるんだもん。」
真由「ごめんね…!本当にごめんね…!」
俺のために涙を流してくれる彼女がいてくれるという現実に幸福感を覚えた。彼女を慰めるために彼女を抱きしめ唇を合わせた。同時に舌を絡める。飽きるまで続けた。彼女が満足そうに離れる。
翌日、昼休み、廊下中央の踊り場で部長に呼ばれた。副部長とドラムメジャーもいた。
真優「無能が3人揃って何用ですか?もう大人になろうって年齢…いや、もうなってる奴もいるか、あんな反抗期のクソガキみてえなことやらせといて恥ずかしくねえの?俺だったら恥ずかしくて今頃自殺してるぞ。お前らがやらせてんの?」
久美子、秀一、麗奈「「「違う‼」」」
真優「じゃあ誰だよ。あんな陰湿でジメジメした空間にいさせられる立場にもなって見ろよ。黄前久美子カルト教団教祖サマと狂信者共と一緒に集団焼身自殺でもやってくれりゃあ空気がよくなるかもな、そう思わん?」
久美子、秀一、麗奈「「「……。」」」
真優「その…都合が悪くなるとダンマリ決め込む癖、どうにかならねえの?法律が許すならてめえらとっくに皆殺しにされて墓の中にいるって自覚あんの?」
久美子、秀一、麗奈「「「……。」」」
真優「何しに来たのか知らねえけど今の吹部に何も期待してねえよ。ただ小笠原先輩たちが陰で喜んでくれたらいいなって思いだけで続けてる。じゃあな無能幹部。」
教室へ戻る、葉月もみどりもつばめも俺から目を逸らす。俺を見てくれるのは真由さんだけだ。それでも十分だった。全国大会向けのオーディションも近づいている。いつものように椅子が隠されてることを見越して代わりの椅子を持って音楽室に入った。いつもと違って椅子が置いてあった。無駄な事させやがってと思いながら置いてあった椅子を掴んで窓から放り捨てようとしたところに
真由「やめて‼」
と真由さんの叫び声が届いた。
真優「もしかして真由さんが用意してくれたの?」
真由「うん…!」
真優「ごめん、真由さんの好意を台無しにするところだった。本当にごめん。」
チッと舌打ちの音が聞こえた。
真優「おっと誰かな、今舌打ちしたのは?誰だ?うん?誰だって聞いてんだけど。別にタイマン張ろうってわけじゃねえんだ。名乗り出た後に全員で飛び掛かってくりゃあいいじゃねーか、こっちはひとりなんだぜ。誰だよ、クソザコヘタレナメクジ陰湿根暗度胸ゼロの根性無しさんは?ほら、かかって来いよ。」
腕を突き出し中指でクイクイッと指招きして挑発する。扉が開く、滝先生が入ってくる。
滝「どうしたんですかこれは?」
真優「大切な彼女の好意を舌打ちして侮辱したやつがいるんで名乗り出ろって言っても出てこないんですよ。こんなクソザコヘタレナメクジ…ええとなんだっけ…ああそうだ、陰湿根暗度胸ゼロの根性無しさんを探してるんですけどビビって隠れて出てこないんですよ。そんなのがコンクールメンバーなんてあり得ないでしょう?どうにかなりませんかね?」
滝「貴方の気持ちは分かりますが落ち着いて席に戻ってください。」
真優「大切な彼女を侮辱されて引っ込んでろはないでしょう?あんた金玉ついてんですか?そんな玉無しヤローだから奥さん早死にしたんじゃないですか?後追い自殺でもしたらどうですか?」
滝「……今のは聞かなかったことにします…!席に戻ってください…!」
真優「いやいや聞いてくれていいですよ。顧問が玉無しヤローだから部員もクソザコヘタレナメクジ陰湿根暗度胸ゼロの根性無しの臆病者に育ったんじゃないですか?」
滝「…!いい加減しなさい‼」
殴りかかってきた、が、基本もクソもないド素人パンチだ。難なく掴めた。
真優「なんですか、これ?こんなヘナチョコクソザコヘタレナメクジパンチ撃って恥ずかしくないんですか?」
拳ごと手首をねじり上げる。呻き声を上げて先生が膝をつく。
麗奈「黒江さん!貴女から真優に止めるように言って⁉」
真由「どうして真優くんが止めなきゃいけないのよ⁉みんなが真優くんをイジメてこんなことになってるのに…どうして真優くんだけが我慢しなきゃいけないの⁉都合のいいことばかり言うのは止めて⁉」
こんな状況でも俺の味方をしてくれる真由さんに心から感謝したかった。だからこそ彼女を侮辱する奴は許さない。
真優「最初の話に戻るが、舌打ちした奴誰だよ? 名乗り出ねえと先生の手首が神経ごと切れて二度と指揮できなくなるぞ。」
「わ、私⁉ 私がやったの⁉」
3年生の…名前が思い浮かばない、俺にとってはそんなどうでもいい存在の証と見た。
「ふーーん、何で今頃名乗り出たんだ?そのせいで先生がこんな恥さらしてんだけど、なんで?」
「あ、あんたが怖かったからよ⁉」
「悪いと思ってんの?」
「思ってる⁉」
「じゃあ窓から跳べ。」
「跳べって…ここ3階よ⁉ 跳べるわけないじゃない⁉」
「んなことはわかってる、死ねって言ってんだよ。」
「で、出来ないわよそんなこと⁉」
「じゃあ先生の手首は障害持ちになるな。」
今頃になって叫び声を上げながら最前列の奴らが突進してくる。呆れつつも右ストレート、左ストレートを交互に放ち続けブッ飛ばしていく、金玉を蹴られ激痛で蹲ったところを後頭部を踏まれ脳天をつま先で蹴られ続けている内にあっという間に意識が遠のいていった。
目が覚める、ここは…薬品臭い匂い、周囲の医療装置から見て病院のようだ。起き上がろうとするが激しい頭痛に襲われる。吐き気も酷い、体に力が入らない。視線を周囲に巡らせると真由さんがベッドに蹲るように眠っている。触れたいのに手が動かない、名前を呼びたいのに声が出ない。そのまま俺の意識は再び遠のいていった。
真優くんが救急搬送されてから32時間後、急性くも膜下出血を発症して緊急手術が行われたものの手術の甲斐なく2時間後に死亡が確認された。
黒栄真優――享年18歳
吹奏楽部は正式に警察の捜査が行われ、イジメ集団、殺人集団とマスコミや世間からの壮絶なバッシングを受け、再活動期間は不明のままの休部、事実上の廃部に追い込まれた。滝先生も「イジメを助長した無能」「殺人に加担した加害者」のレッテルを貼られ教諭の座を追われた。そのまま彼は消息不明となった。今も彼が生きているのかどうか誰も知らない。真優くんの葬儀は身内だけの慎ましやかなものとなった。私の両親と私とで真優くんの両親の住まいを訪れた。「貴女は…?」
「真優くんの…彼女です!」と自己紹介した。御両親は涙を流されながら「貴女のような素敵な彼女を持てて息子もさぞ幸せっだったでしょうね…。」と仰られた。私も涙が止まらなかった。葬儀への参加も快諾してくださった。火葬場で灰になった遺骨の一部をお守りとして持ち帰らせていただきたいと御両親に尋ねた。喜んで許可してくださった。
一年後、真優くんの一周忌のお墓参りに来た。今も真優くんの遺骨を小さな布袋に入れて肌身離さず持ち歩いている。私は合格した志望校に通いながら彼以上の男性が現れないだろうことを想いながら空虚な人生を送っている。
BAD END
無意識に書いていたらBAD ENDになってしまいました。
次回からは気を取り直して真ENDに向かって書いていこうと思います。