日本を脅かす上位存在の声が、引き籠りの幼馴染と同じなんだが   作:匿名

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第2話 不機嫌な魔人

 翌日。

 

 消滅した葛西臨海公園の跡地には、一夜にして異様な建造物がそびえ立っていた。

 

 瓦礫を再利用して組み上げられた巨大なステージ。そして、そこから少し離れた場所に鎮座する、同じく瓦礫の『玉座』。

 

 剥き出しの鉄骨とコンクリートの破片が複雑に絡み合う、悪趣味なまでに豪奢なサイバーパンク風の舞台装置は、新進気鋭の造形作家が政府の特命を受け、徹夜で陣頭指揮を執り作り上げたものだった。

 

 午前十時。

 

 東京湾の空が、再びおぞましい深紅に染まり上げた。

 

 血のような空に巨大な渦が巻き起こり、次元の裂け目から『女型の魔人』が顕現する。

 

 魔人は眼下に用意された瓦礫の玉座を見つけると、その顔に一切の感情を浮かべることなく、すっと中空を滑るように移動し、静かに腰を下ろした。

 

『ブゥゥン……!』

 

 何機もの高性能ドローンカメラが羽音を立てて接近し、魔人の一挙手一投足を捉える。

 

 さらに、立ち入り禁止区域のギリギリ外側には、命知らずのテレビクルーたちを乗せた中継車がひしめき合っていた。彼らを突き動かしているのがジャーナリズムという名の使命感なのか、あるいは政府から提示された天文学的な危険手当なのかは定かではない。

 

 かくして、全世界が固唾を呑んで見守る中、日本政府による国家の存亡を懸けた『おもてなし』が幕を開けた。

 

 第一の矢は、食である。

 

 日本が誇る三ツ星和食料理人が、最高級の和牛や伊勢海老を使った芸術的な御膳をドローンで玉座へと運ぶ。しかし、魔人は一瞥しただけで箸をつけることはなかった。

 

 続いて伝統芸能。人間国宝による能の舞がステージで披露されるが、魔人の灰色の瞳には退屈そうな色が浮かぶだけだ。

 

「総理!駄目です、まったく喜んでいません!むしろ不機嫌になっています!」

「ええい、次はなんだ!もっとアップテンポな、若者向けのエンタメを出せ!」

 

 地下の危機管理センターで総理が絶叫する。

 

 次々と繰り出される日本の粋。しかし、魔人の機嫌は一向に好転しない。それどころか、事態は最悪の方向へと転がり始めた。

 

 ステージ上に、『おかっぱ頭にセーラー服姿』の女性ダンス集団が登場した時のことだ。

 

 一糸乱れぬ、コミカルかつキレのあるダンス。

 

 青春のエネルギーをこれでもかと爆発させる彼女たちのパフォーマンスを見た瞬間——魔人の周囲の空間が、ピキリ、とひび割れた。

 

『……充実した、高校生活……』

 

 地を這うような、怨嗟の入り混じった魔人の声が、ドローンのマイクを通して日本全土のテレビに響き渡った。

 

「え……?」

 

 人類を滅ぼし得る存在から発せられた、あまりにも予想外な単語。その真意を測りかねて、対策本部の総理や、テレビの前の国民は完全に呆然としていた。

 

 そんな人類の困惑などお構いなしに、魔人は天高く舞い上がると、その右手に昨日と同じ、いや、それ以上に巨大な『黒い瘴気』を収束させた。

 

「ひっ……!」

「総理! 魔人のエネルギー反応、昨日の比ではありません!!」

 

 魔人は無造作に右手を振り下ろした。

 

 放たれた破壊の閃光は、東京湾に浮かぶ広大な人工島——『中央防波堤埋立地』へと直撃する。

 

 音すらない絶対的な暴力。

 

 昨日まで物流の拠点として無数のコンテナが並んでいたその広大な島は、一瞬にして消滅し、東京湾に巨大な水柱と暴風を巻き起こした。

 

 圧倒的な絶望。

 

 完全なる接待の失敗。パニックに陥る日本全土を冷たく見下ろしながら、魔人は最後にこう言い残した。

 

『……明日はちゃんと、私を喜ばせて……』

 

 それだけを告げると、魔人は再び空の渦の中へと姿を消したのだった。

 

 

#

 

 

「明日から、しばらくオンライン授業だってさ」

 

 夕食の席。親父の帰りは遅いらしく、食卓には俺と母さんの二人だけだ。

 

 箸先でアジの塩焼きをつつく。小骨が多くて、身を綺麗に剥がすのにひどく手間取っていた。

 

「まぁ、学校で何かあると、学校の責任になるだろうからねぇ」

 

 母親は心ここにあらずといった様子で、テレビのニュース画面に釘付けになっている。

 

『——魔人は女性グループのダンスを見た直後、突如として不機嫌になり、「……充実した、高校生活……」と呟きました。その後、上空へ舞い上がり「中央防波堤埋立地」を一撃で破壊——』

 

「いったい、何をしたら喜ぶんだろうねぇ。あの魔人は」

「さあな」

 

 アジの小骨を小皿によけながら、俺は適当に相槌を打つ。

 

 俺だって見当もつかない。今頃、政府のお偉いさんたちは頭を抱えて右往左往していることだろう。

 

 食事を終え、自分の部屋に戻る。

 

 いつものようにPCを立ち上げ、Discordを開くと、早苗のアイコンがオンラインになっていた。

 

 迷わず通話ボタンを押す。

 

『……なに』

 

 繋がった直後から、早苗の声は底抜けに不機嫌だった。

 

 昨日のゲームで俺にボロ負けして煽られたのをまだ根に持っているのか、それとも別の理由か。

 

「いや、別に。ただの暇つぶし。そういえば、さっきニュースで見たんだけどさ」

『……ニュース?』

「あの魔人だよ。ダンス見て急にキレて、『充実した高校生活』とか言い出したらしいぞ。ウケるよな」

『…………っ! べ、別にウケないし!』

「そうか? なんか引きこもりの僻みみたいで面白かったけどな。……まぁ、充実した高校生活といえばさ」

 

 俺はゲーミングチェアに深くもたれかかりながら、ふと思いついたことを口にした。

 

「早苗も、高校デビューしたらよかったのにな」

『……は? なに、急に』

「いや、お前コミュ障だけど、顔は可愛いからさ。うまくキャラ付けでもして高校デビューしてたら、結構モテたと思うぞ」

『……なっ!?』

 

 ヘッドフォン越しに、早苗が息を呑む気配が伝わってくる。

 

『……か、可愛い……? 私が……?』

「おん。たまにVC繋いでる時に間違えてカメラオンになって顔映ってるけど、すっぴんであれならかなり可愛い部類だろ。ここ一年ぐらいで、ぐっと可愛くなったし」

『~~~~~~っ!!』

「ん? どうした?」

『ば、ばか! タクミの馬鹿! もう知らないっ!!』

 

 ——プツンッ。

 

 昨日と全く同じように、通話は一方的に切断された。

 

「なんだよ、褒めたのにキレるのかよ……」

 

 乙女心は複雑である。オフラインになった灰色のアイコンを眺めながら、俺はふと首を傾げた。

 

「そういえば……早苗の怒った時の声、さっきテレビで聞いた誰かに似てたなぁ。……誰だっけなぁ」

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