日本を脅かす上位存在の声が、引き籠りの幼馴染と同じなんだが   作:匿名

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第4話 顔出し

「はぁ……」

 

 夕食のおかずとして大皿に山盛りになった豚カツに向かって、親父が深々とため息を吐きかけた。

 

 コンカフェなんかでメイドさんがやってくれる『おいしくなーれ』の魔法の、完全なる真逆である。

 

 親父の疲労困憊な吐息によって『マズクナール』の呪いを掛けられた豚カツを一枚自分の皿に取り、俺は親父の愚痴を右から左へ聞き流しながら、サクリとかじった。

 

「この歳で海外赴任かぁ……」

「えっ、海外?」

 

 俺が思わず素っ頓狂な声を上げると、親父は恨めしそうな目を向けてきた。

 

 テレビのニュースに気を取られて、どんな話の流れだったか全く聞いていなかったが、どうやら親父の単身赴任が決まったらしい。

 

「どこ?」

「さっきも言っただろ。ベトナムだよ。ベトナムの工場」

 

 うちの親父は、半導体関連のニッチな工作機械を製造する会社に勤めている。東南アジアに複数ある自社工場の一つに赴任するのだろう。

 

「すべて……すべてあの魔人のせいだよ……」

 

 親父が、テレビに映る葛西臨海公園の跡地を睨みつけながらギリッと歯噛みした。

 

 確かに、親父の言う通りだ。今、世界で一番危ない国は間違いなくこの日本である。

 

 いつ首都圏が消し飛ばされるか分からない、いや、すでに東京の一部が消し飛ばされている状況下で、企業がリスクヘッジの観点から国内生産の一部を海外の工場に移すのは当然の判断だ。

 

 親父は、その急な生産ライン移行の現場調整役として急遽派遣されるのだろう。そりゃあ、魔人に恨み言の一つも言いたくなるのも仕方がない。

 

「ベトナムかー。年中暑そうだけど、フォーとか生春巻きとか美味そうじゃん」

「お前は気楽でいいよな……水にだけは気をつけるよ……」

 

 そんな適当な雑談を交わしつつ夕食を終えた俺は、自分の部屋へと戻った。

 

 PCの電源を入れ、Discordを開く。

 

 いつものように早苗の個人サーバーを開き、VC部屋に入室した俺は、画面を見て思わず目を瞬かせた。

 

「お、今日は珍しくカメラオンじゃん」

『……っ、べ、別に。マウスいじってたら、間違えて押しちゃっただけだし……』

 

 通話画面の向こうには、大きなヘッドセットを被った早苗の姿がくっきりと映し出されていた。

 

 「間違えて」と口では言いつつも、すぐにカメラをオフにする気配はない。

 

 画面越しの彼女は、長年の引き籠り生活のせいか、透き通るように白い肌をしている。手入れをサボっているであろう肩までの黒髪は少し無造作に跳ねているが、それが逆にふんわりとした柔らかさを醸し出していた。

 

 少し大きめのダボッとしたグレーのルームウェアから覗く華奢な鎖骨。一切の化粧っ気がないすっぴんにも関わらず、整った二重まぶたや、少しだけ赤みを帯びた小さな唇は、客観的に見てもひどく目を惹くものがあった。

 

 昨日の今日でカメラをオンにしてきたということは、少なからず俺の言葉を意識しているのだろうか。少しだけ視線を泳がせている様子が、なんとも小動物的で可愛らしい。

 

「ふーん。まあ、顔見ながら話すのもたまには悪くないか」

『……そう。なら、このままでいいけど』

 

 早苗が少しだけホッとしたように口元を緩める。

 

「そういえばさ、今日の魔人のニュース見たか?」

『……ニュース?』

「おう。あの魔人、今日は一日中あの玉座に座ったまま、ずっと顔をニヤケさせてたらしいぞ。ドローンが拾った音声だと『可愛いって言われた』みたいなことブツブツ呟いてたらしい」

『っ!?』

 

 早苗の肩が、ビクッと大きく跳ねた。

 

「政府が『可愛いものなら何でもいい!』って血迷って、ステージに子犬を数百匹走らせたらしいんだけどな。魔人は犬なんか完全無視で、ずっと自分の世界に入ってニヤニヤしてたんだと。一体なにがあったんだろうな、あの魔人」

『し、知らないわよそんなの! 魔人のことなんかどうでもいいでしょ!』

 

 早苗が突然、早口でまくし立てる。画面の向こうの彼女は、なぜか耳の先まで真っ赤になっていた。

 

「いや、どうでもよくはないだろ。親父なんか魔人のせいでベトナムに左遷……いや、単身赴任させられることになったし」

『うっ……ごめ、じゃなかった、それはお父さんが可哀想だけど……』

「うん?」

『な、なんでもない! それよりタクミ! ゲームしよ、ゲーム!』

 

 無理やり話題を変えようとする早苗の声を聞きながら、俺はふと、得体の知れない強烈な違和感に襲われた。

 

 ……あれ?

 

 早苗の少し掠れた、特徴的な低めの声。焦った時の、語尾がわずかに裏返るような喋り方のクセ。

 

『……充実した、高校生活……』

『……ふふ……可愛いって……ふふ』

 

 昨日と今日、テレビ越しに聞いたあの『魔人』の怨嗟の呟きと、不気味なほどのニヤケ声が、脳内で早苗の声と完全に重なり合う。

 

 まさか。

 

 いや、まさかな。そんな馬鹿なことがあるわけがない。

 

 俺は画面越しの、顔を真っ赤にしてゲームの準備をしている不登校の幼馴染をじっと見つめた。

 

 そして、頭の中で魔人の声を再生する。──早苗の声にそっくりだった。

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