日本を脅かす上位存在の声が、引き籠りの幼馴染と同じなんだが   作:匿名

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第5話 観察

 自室のデスクに突っ伏しながら俺は、PCモニターの端に映るオンライン授業の画面と、手元のスマホを交互にチラチラと盗み見ていた。

 

 集中など、できるはずもない。

 

 俺の頭を占めているのは、昨晩ふと抱いてしまった、あまりにも馬鹿げた直感だった。

 

『早苗の声=日本を脅かす魔人の声』

 

 そんな荒唐無稽な仮説の裏付けが、どうしても欲しかったのだ。

 

 スマホの画面には、Discordが開かれている。

 

 画面右端にある早苗のアカウントは、昨夜、俺が余計な一言を言って通話が切れてからというもの、ずっとオフラインのままだ。

 

 昼夜逆転気味の彼女のことだ。まだ布団にくるまって寝ているのか。それとも、こっそり部屋から出ているのか……。

 

 やがて、時計の針が午前十時を指した。魔人が現れる、運命の時間だ。

 

 俺は素早くスマホのアプリを切り替え、Xのタイムラインを開く。

 

 案の定、画面はすでに阿鼻叫喚の嵐だった。

 

『速報:葛西上空に魔人現る』

『おいおい、今日も来やがったぞあのバケモノ……』

『終わった、日本終わった』

 

 どうやら今日も予定通り、葛西臨海公園跡地に奴は現れたらしい。

 

 スマホを手にしたまま、ゴクリと生唾を飲み込む。

 

 再びアプリを素早く切り替え、Discordの画面へと戻った。

 

 このタイミングで——もし今この瞬間に、早苗のアカウントがオンラインに切り替わっていれば、俺の馬鹿げた『早苗=魔人説』は完全に崩れ去る。

 

 魔人が東京で猛威を振るっている間に、埼玉の片田舎で早苗がゲームをしているのだから、アリバイは完璧だ。

 

 じっと画面を見つめるが——早苗のアイコンは、沈黙したままだった。

 

 オフライン。

 

 もちろん、ただ布団にくるまって爆睡しているだけの可能性の方が、圧倒的に高い。いや、九十九パーセント、そうだろう。

 

 しかし、俺の耳にはこびりついているのだ。昨日テレビから流れてきた、あの魔人の声が。

 

 低くて、気怠げで、どこか自信がなさそうな、あの『コミュ障丸出しの声』。

 

 ……もし、俺の考えが魔人にバレたら、埼玉は地図上から消されるんだろうか?

 

 想像するだけで背筋が寒くなる。ここが更地にされるのは御免だ。

 

 急に不安になって、俺は再びXを開いた。もしや今頃、魔人が大暴れして東京が火の海に……?

 

 恐る恐るタイムラインを更新すると、そこに並んでいたのは予想外の言葉だった。

 

『今日も魔人、ご機嫌だな』

『速報:魔人、瓦礫の玉座で謎のニヤニヤ継続中』

『っていうか魔人のステージに放たれた子猫の群れ、可愛すぎるんだがww』

『子犬の次は子猫かよ!』

 

「……は?」

 

 俺は思わず間抜けな声を出した。

 

 添付されたニュースの切り抜き動画を見ると、そこには頬を染めて顔を覆い、もじもじと身をよじらせる『人類最大の脅威』の姿が映っていた。

 

「……この魔人、何がしたいんだ……」

 

 今日も魔人はすこぶるご機嫌なようで、 俺のせいで埼玉が地図上から消える心配は、今のところなさそうだった。

 

 少しだけ安堵して、俺はPCモニターのオンライン授業へと意識を戻す。

 

 科目は現代文。ここしばらく、ずっと森鷗外の『舞姫』をやっている。

 

 ドイツに留学したエリート官僚の豊太郎が、現地の貧しい踊り子であるエリスと恋に落ちるが、最終的には親友の説得と自らの出世を取り、身重のエリスを狂気に追いやって日本へ帰国するという、なんとも後味の悪い話だ。

 

 物語の主人公としては、率直に言ってひどいやつだと思う。ネットの掲示板なら確実に炎上するクズっぷりだ。

 

 しかし、現実に置き換えてみるとどうだろう。

 

 国を背負うエリート街道と、すべてを投げ打って一人の女性を愛すること。それを天秤にかけられた時、迷わず後者を選べる人間が、果たしてどれだけいるだろうか。

 

 ウチの親父だってそうだ。

 

 もし今、母さんが「私を捨ててベトナムに単身赴任するつもり!?」と本気で泣いてすがったとしても、親父はきっと「もう結婚して何年経ってるんだ。仕事の邪魔をするな」と冷たく言い放つに決まっている。

 

 男なんて、結局は自分の居場所や保身が一番大事な生き物なのだ。

 

「って、集中集中……」

 

 豊太郎のクズっぷりと親父のドライさを勝手に重ね合わせているうちに、チャイムが鳴り、現代文の授業は終わった。

 

 やがて夕方になり、一日のオンライン授業がすべて終了する。俺は大きく背伸びをしてから、自分のPCでDiscordの画面を開いた。

 

 画面の右端。

 

 先ほどまで灰色だった早苗のアイコンが、緑色——オンラインに変わっている。しかも、すでにいつもの二人だけのVC部屋に入って待機しているようだ。

 

 俺はヘッドセットを被り、通話ボタンを押した。早苗は昨日に引き続き、カメラをオンにして顔を映している。

 

「よお。今日は昼間ずっとオフラインだったな」

『…………』

「起きてるか?」

『……起きてるわよ』

 

 画面に映る早苗はいつもにまして挙動不審だ。

 

「お前、今日は一日何してたの?」

『……べ、別に。何にもしてないし』

 

 明らかな動揺。

 

 もしかして、早苗は本当に魔人なのか……?

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