簡単物語紹介。
ドアを開けてはならない。窓を開けてはならない。入れていいのは人間だけ。人外である来訪者は全員殺せ。
来訪者が家に複数いると殺人が起こる。殺人の有無や検査で来訪者を見つけ殺せ。という感じの作品です。
こんなことになる前の夜は良かった。
外にはほとんど人も動物もおらず、静かで、歩くにはちょうどいい時間だった。
なんなら歌でも口ずさみながら、自分の世界に入り込んで歩くこともできた。
今は違う。
ドンドンドンッ。
「──はい」
「あー、この家の主人かい? よかったら入れてくれねぇか?」
「ええ、まあそうですが···あなたは今まではどこに?」
「酒場にいたんだがな。······段々、居心地が悪くなってよ」
「騒ぎでも起こしてたんですか?」
「まー、そんなところだ。それで追い出されちまった。長身のヤツを笑っていたのに今度は俺がそうなっちまってた」
──そんな人間を入れようなんて思うわけないだろ。
「すみません。部屋に余裕がないので、あなたを入れることはできません」
「あぁ、そうかい」
男は鼻で笑った。
「······ったく、この世の中は腐り果てちまったらしいな」
そう言い、踵を返して闇の中へ消えていった。
今日だけで、
······こんな人間ばかりだ。
「世の中が腐ってるってところには同意するよ」
テレビでは今日も同じことを言っていた。
太陽から強烈なエネルギーが放射されている。
日中の外出は控えるように。
控えろと言われなくても、普通の人間なら外に出ようなんて思わないほど暑い。
世界が終わりに向かっている。
そんな話を聞かされても、もう驚きはしない。
この世界で、家を持たない人間なんて。
危険なやつか、
哀れなやつか、
そのどちらかだ。
······けれど。一人は、怖い。
まともな人間がいるのかは分からない。
それでも、少しくらいはマシな人がいてもいいんじゃないか。
そう思って部屋に戻ろうとした時だった。
コン、コン。
軽いノック。
さっきのような乱暴さはない。どこか静かな音だった。
「どちら様で?」
「こんばんは。貴方はこの家の主人ですか?」
透き通る声だった。春の空気みたいに柔らかい。
思わず覗き穴を覗く。
暗くて細部は分からない。
けれど全体の輪郭だけで分かった。
金髪の女性。年齢は僕より若いか同じくらいだろう。
目を閉じている。
なにより、聖女のような服装。手には、ロザリオらしきものを握っている。
「──ええ。あー······何のご用ですか?」
「先ほどまで近くの教会にいたのですが」
女性は静かに言った。
「天啓がありまして」
「······天啓?」
「神からのお告げです」
少し考えるような間。
「簡単に言えば······『一人で寂しさを抱え、不安がっている者の拠り所になりなさい』と」
やっぱりだ。
どう見ても、聞いてもシスターだ。
しかもかなり信仰心が強そうなタイプ。
正直、対応に困る。
「ふっ······いや、失礼。宗教関係の方が来るなんて初めてで」
「ふふ、大丈夫ですよ」
穏やかな笑い声。
「けれど、貴方ならすぐに分かるはずです」
「······何がですか?」
その時だった。
──シスターの目が開いた。
白く透き通った瞳。
外は暗いのに、その目だけが、光を持っているように見えた。
静かな湖みたいな瞳。
揺れない。
濁らない。
その瞳が、まっすぐこちらを見ていた。
······いや。見ているというより、覗き込まれている。
頭の奥まで。記憶の奥まで。
自分という存在を、静かに読まれているような。
···そんな感覚。
そして、思った。
ああ。確かに僕は、
──君を。
「──中に入れてもらえますか?」
「······はい」
鍵を開け、扉を開けた。
「こんな家でよければ」
たぶん僕は、君を求めていたんだろう。
──────
シスターを中へ入れる。
「名前は?」
「貴方が自然体で話してくれたら言いますよ」
「······それも神のお告げ?」
「いえ」
少し笑う。
「これは女の勘です」
「勘、それに女の」
「ええ。私これでも
「ほんと意味分かんないな······」
ため息をつく。
「······僕はノーア。この前まで先生をしてた」
「アイです」
彼女は微笑んだ。
「これからよろしくお願いしますね、ノーア先生」
「いや、もう先生じゃないから」
「そんなに自信がないのですね」
「いや、そういうことじゃ──まあその自信もないけど、この太陽の暑さで学校に行けなくなってね、一旦休職してるんだ」
この暑さで学校なんてものが、教育というものご難しくなった。
「私は貴方が、人を導くに値する人だと思いますよ」
「買いかぶりすぎだよ」
肩をすくめる。
「この太陽のせいで学校が閉鎖されてね。今は休職中」
「なら、ノーア。貴方が私の先生になってくれますか?」
「······は?」
「またいつかこの言葉の意味を教えますね」
「···なんか君が先生みたいだ」
「望むならいくらでも」
そして彼女は言った。
「今教えられるもので言えば、──貴方はコンブチャを知っていますか?」
「コンブチャ?」
「これです」
いつの間にか、琥珀色の瓶を持っていた。
······さっきまで持っていたか?
記憶が曖昧だ。
「部屋にお邪魔しても?」
「いいけど······何するの」
「ありがとうございます。机お借りしますね」
彼女は僕の勉強机に座り、瓶のふたをゆっくり回した。
ぷしゅ。
小さく息を吐く音。瓶の中の液体が揺れる。
「グラスをお借りしても?」
「2つ?」
「いえ」
彼女は言った。
「貴方の分だけで」
······飲まないのか?そう思いながらグラスを渡す。
琥珀色の液体。細かな泡。紅茶みたいな色。
けれど匂いは想像とは違う。
「お茶に砂糖を入れて、菌で発酵させた飲み物です」
「菌?」
「酵母や乳酸菌ですね」
また微笑む。
「簡単に言えば──お茶が生き物に育てられている飲み物です」
渡され、口に運ぶ。泡が舌で弾ける。
···甘い。そのあと酸味。紅茶と、りんご酢の間みたいな味はいい。
······けど、なんでだ。懐かしい。
「体にいいですが、それ以上に、貴方にとっての故郷ではありませんけど、古い記憶に触れるような気分になると思いますよ」
「は、君はシスターなんかじゃなくて占い師かなにかなのか?」
「当たっているようでよかったです」
微笑んでいるだけで、僕の質問に答える素振りはない。
今日はこれ以上何もないことを本能で悟った。そして、
···彼女は、何かを知っている。そんな気がした。
「······君といると」
ふっと言葉が出た。
「自分がちっぽけに思える」
「そうですか?」
「うん、君と話してかなり疲れたし、今日はもう寝たい」
「ええ」
彼女は椅子から動かない。
「私はここで」
「······は?」
「ここで寝ます」
「いやいやいや、この部屋以外にも部屋あるからそっちに行かない?」
「神のお告げなので、私は貴方の近くにいますよ」
「そんな雑な理由ある?」
彼女は微笑む。その笑顔だけは、服装も相まって本当に聖女みたいだった。
その時、気付いた。
···この服かなり古くないか···?いや、宗教というものはそういうものか。歴史を重んじ、受け継いでいくものだ。──だけど、本当にそうなのか···?
まるで、ずっと昔から、ずっと着続けているみたいな。
いや。もしかして。
──本当に、──
考えがまとまる前に意識が途切れる。