原作キャラ出なさそうです。
ゆっくりと目を開けると、視界の端に白があった。自分の椅子に、シスターが座っている。それだけで、昨日の出来事がすべて現実だったと理解させられる。──夢じゃなかったのか。
「おはようございます」
そんな軽い声をどこかで期待していた。けれど彼女は動かない。どこまでも静かに、揺らぐことなく、凪いだ水面のようにただそこに
カーテンの隙間から差し込む光が、部屋をゆっくりと照らす。その光が彼女に触れて、ようやく全体像が見えた。
···やっぱり、昨日の違和感は間違いじゃなかった。彼女のシスター服は、ここ数年で着られてきたものには見えない。古いという言葉では足りない。擦り切れているわけでも汚れているわけでもないのに、時間だけが染み付いている。十年どころではない。下手をすれば、何百年。···そんなはずはない。教会の伝統で受け継がれている衣装だと思えば説明はつく。だが、もし違うなら。彼女は──何なんだ。
思考を振り払うようにテレビをつける。ノイズ混じりの映像の中で、アナウンサーが淡々と話していた。来訪者。人に紛れ込み、家に入り込み、命を奪うもの。そして今日、新たに判明した特徴。「──真っ白な歯、です」
···歯。思わず苦笑した。人外というなら、もっと分かりやすい異形であってほしい。そんなものなら、迷わなくて済むのに。
「ああ、そっか」
口から言葉がこぼれる。
「僕は、君を調べないといけないんだ」
昨日の会話、あの目、あの空気。どう考えても普通の人間じゃない。直感が告げている。あれは人間に近い“何か”だと。
立ち上がる。一歩、もう一歩と彼女に近づく。静かに眠っている。近くで見ると、なおさら綺麗だった。こんな終わりかけの世界に似つかわしくない。光を反射しているんじゃない。彼女自身が光を持っているみたいだった。
そっと頬に触れる。もし異常なほど冷たかったら、あるいは今の太陽みたいに焼けるほど熱かったら、それだけで決断できたのに。
──彼女の体温は普通だった。あまりにも普通。それが逆に怖い。人間だと証明される安心と、拭えない違和感。
頬を軽く引く。歯を見る。白い。確かに白いが、狂気的なほどではない。
「···普通だ」
と呟いた、その時だった。
「何が、ですか?」
声がした。すぐ目の前から。心臓が跳ねる。視線を上げると、彼女はすでに目を開けていた。さっきまで閉じていたはずなのに、まるで最初から起きていたみたいに。
「···いつから起きてた?」
「さあ。貴方が触れる前からかもしれませんし、後からかもしれません」
「···冗談きついって」
「冗談ではありませんよ」
穏やかな声なのに、どこか引っかかる。
「私、ずっと見ていましたから」
「···何を?」
「貴方を」
その一言で、背筋が冷えた。ずっと?いつから?どこまで?
アイはゆっくりと立ち上がる。椅子が音を立てない。不自然なくらいに。
「歯、見たんですよね?」
「あ···ああ」
「どうでした?」
「···普通だったよ」
「そうですか」
彼女はわずかに首を傾げる。
「なら、安心ですね」
その言葉に、なぜか安心できなかった。
ふと気づく。さっきあれだけ近くで見たはずなのに
──歯の並びを、はっきり思い出せない。
結局、その日はそれ以上何もできなかった。アイはいつも通り微笑んで、何事もなかったかのように振る舞っていたし、僕もそれ以上踏み込む勇気がなかった。
だから決めた。──1日1つ、確かめる。
翌朝、目を覚ますとアイは昨日と同じ場所にいた。同じ姿勢で、同じように静かに座っている。寝ていたのかどうかすら分からない。
「おはようございます、ノーア」
今日はまるで僕が起きるのを分かっていたみたいに声がかかる。やっぱり昨日も始めから起きていたと確信した。
「···おはよう」と短く返してから、すぐにテレビをつけた。ノイズ混じりの画面の中で、例の来訪者についての続報が流れている。
まず、来訪者対策組織であるFEMAが設立されたこと。
そしてそのFEMAが突き止めた来訪者の新たな徴候が、爪の間の泥。
地中から這い出てくる来訪者の徴候らしい。──けど、これは多分アイには関係ない。服や身体に泥なんて1つも付いていない。そんな穢れがあるわけがない。
視線が自然とアイの方へ向いた。彼女は静かにこちらを見ている。見ているというより、最初から全部聞いていたみたいに余裕な目をしている。この検査はおそらく意味がない。
「···手、見せてくれる?」
「ええ、どうぞ」
差し出された手はあまりにも自然だった。爪の間に泥なんてあるわけがなく、白く、細く、整っている。血管も関節も、人間のそれだ。
そっと掴む。柔らかい。温かい。昨日と同じ、普通の体温。···普通すぎる。指を一本ずつ曲げる。抵抗も違和感もない。関節の動きも滑らかだ。爪の形も整っている。
「どうですか?」
「···普通、だね」
「そうですか」
アイは少しだけ嬉しそうに笑った。その笑い方に違和感を覚える。褒められているというより、“正解を引いた”みたいな笑い方だった。手を離そうとした瞬間、ぎゅ、と軽く握り返される。
「──っ」
強くはないが、逃がさない程度の力。
「ノーア、人の手って安心しますよね」
指がゆっくり絡む。まるで形を確かめるみたいに。
「···そうだね」
「貴方の手を掴んでいると、それがよく分かります」
その言い方が、
その日はそれで終わった。手に異常はなかった。少なくとも見た限りは。なのに夜になっても、指先に感触が残っている。──握られていた、あの感覚が妙に離れない。
さらに翌朝。目を覚ます前から気配があった。すぐ近くにいる。目を開けると、やっぱりそこにいた。昨日より距離が近い。
「おはようございます」
「···近くない?」
「そうですか?」
首を傾げる。自覚がないらしい。···本当に?僕は何も言わず、先にテレビをつけた。
今日は
──充血した赤い目が来訪者の徴候らしい。
それを聞いて、テレビを消した。もう十分だ。
「目、見せて」
「はい」
アイはまっすぐこちらを見る。あの瞳。白く透き通っているのに、奥が見えない。光を反射しているんじゃない。──光を閉じ込めているみたいな目。
「動かないで」
「ええ」
顔を近づける。距離がほとんどない。息がかかるほど近いのに、彼女は瞬きすらしない。じっと、僕を見ている。
目を観察する。充血はない。濁りもない。むしろ綺麗すぎる。本当にまるで絵のようでずっと見ていられる···ん?なんでずっと見れるんだ···?
「···ねえ、なんで瞬きしないの」
「していますよ」
その瞬間、一度だけ瞬きをした。まるで指摘されて思い出したみたいに。
「···いや、本当に何者?」
言葉が詰まる。もう一度目を見る。さっきと何も変わらない。なのに、ほんの一瞬、さっきの瞬きの時──目の奥が動いた気がした。揺れたんじゃない。位置が、ズレたような違和感。
「ノーア?」
「···なんでもない」
視線を逸らす。これ以上見ていたら、何かを理解してしまいそうで。
「目も···普通だよ」
「そうですか。良かったです」
アイは微笑む。その笑顔を見て、思う。──本当に?
歯も、手も、目も、全部
今の時点では彼女はただの人間だ。
なのにどうして、こんなにも安心できないんだろう。
ノーア+アイ No, I