Yes, I’m a human.   作:パッチワーカー

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 原作キャラ出なさそうです。


The Day 1–Day 3 Examinations(検査)

 

 

 

 ゆっくりと目を開けると、視界の端に白があった。自分の椅子に、シスターが座っている。それだけで、昨日の出来事がすべて現実だったと理解させられる。──夢じゃなかったのか。

 

「おはようございます」

 そんな軽い声をどこかで期待していた。けれど彼女は動かない。どこまでも静かに、揺らぐことなく、凪いだ水面のようにただそこに()()だけだった。

 

 カーテンの隙間から差し込む光が、部屋をゆっくりと照らす。その光が彼女に触れて、ようやく全体像が見えた。

 ···やっぱり、昨日の違和感は間違いじゃなかった。彼女のシスター服は、ここ数年で着られてきたものには見えない。古いという言葉では足りない。擦り切れているわけでも汚れているわけでもないのに、時間だけが染み付いている。十年どころではない。下手をすれば、何百年。···そんなはずはない。教会の伝統で受け継がれている衣装だと思えば説明はつく。だが、もし違うなら。彼女は──何なんだ。

 

 

 思考を振り払うようにテレビをつける。ノイズ混じりの映像の中で、アナウンサーが淡々と話していた。来訪者。人に紛れ込み、家に入り込み、命を奪うもの。そして今日、新たに判明した特徴。「──真っ白な歯、です」

 ···歯。思わず苦笑した。人外というなら、もっと分かりやすい異形であってほしい。そんなものなら、迷わなくて済むのに。

 

 

「ああ、そっか」

 口から言葉がこぼれる。

「僕は、君を調べないといけないんだ」

 

 昨日の会話、あの目、あの空気。どう考えても普通の人間じゃない。直感が告げている。あれは人間に近い“何か”だと。

 立ち上がる。一歩、もう一歩と彼女に近づく。静かに眠っている。近くで見ると、なおさら綺麗だった。こんな終わりかけの世界に似つかわしくない。光を反射しているんじゃない。彼女自身が光を持っているみたいだった。

 

 そっと頬に触れる。もし異常なほど冷たかったら、あるいは今の太陽みたいに焼けるほど熱かったら、それだけで決断できたのに。

 ──彼女の体温は普通だった。あまりにも普通。それが逆に怖い。人間だと証明される安心と、拭えない違和感。

 

 頬を軽く引く。歯を見る。白い。確かに白いが、狂気的なほどではない。

 

「···普通だ」

 と呟いた、その時だった。

「何が、ですか?」

 声がした。すぐ目の前から。心臓が跳ねる。視線を上げると、彼女はすでに目を開けていた。さっきまで閉じていたはずなのに、まるで最初から起きていたみたいに。 

 

「···いつから起きてた?」

「さあ。貴方が触れる前からかもしれませんし、後からかもしれません」

「···冗談きついって」

「冗談ではありませんよ」

 

 穏やかな声なのに、どこか引っかかる。

「私、ずっと見ていましたから」

「···何を?」

「貴方を」

 その一言で、背筋が冷えた。ずっと?いつから?どこまで?

 アイはゆっくりと立ち上がる。椅子が音を立てない。不自然なくらいに。

 

「歯、見たんですよね?」

「あ···ああ」

「どうでした?」

「···普通だったよ」

「そうですか」

 

 彼女はわずかに首を傾げる。

 

「なら、安心ですね」

 その言葉に、なぜか安心できなかった。

 ふと気づく。さっきあれだけ近くで見たはずなのに

 

 ──歯の並びを、はっきり思い出せない。

 

 結局、その日はそれ以上何もできなかった。アイはいつも通り微笑んで、何事もなかったかのように振る舞っていたし、僕もそれ以上踏み込む勇気がなかった。

 

 だから決めた。──1日1つ、確かめる。

 

 翌朝、目を覚ますとアイは昨日と同じ場所にいた。同じ姿勢で、同じように静かに座っている。寝ていたのかどうかすら分からない。

 

「おはようございます、ノーア」

 

 今日はまるで僕が起きるのを分かっていたみたいに声がかかる。やっぱり昨日も始めから起きていたと確信した。

「···おはよう」と短く返してから、すぐにテレビをつけた。ノイズ混じりの画面の中で、例の来訪者についての続報が流れている。

 

 まず、来訪者対策組織であるFEMAが設立されたこと。

 そしてそのFEMAが突き止めた来訪者の新たな徴候が、爪の間の泥

 地中から這い出てくる来訪者の徴候らしい。──けど、これは多分アイには関係ない。服や身体に泥なんて1つも付いていない。そんな穢れがあるわけがない。

 

 視線が自然とアイの方へ向いた。彼女は静かにこちらを見ている。見ているというより、最初から全部聞いていたみたいに余裕な目をしている。この検査はおそらく意味がない。

 

「···手、見せてくれる?」

「ええ、どうぞ」

 

 差し出された手はあまりにも自然だった。爪の間に泥なんてあるわけがなく、白く、細く、整っている。血管も関節も、人間のそれだ。

 そっと掴む。柔らかい。温かい。昨日と同じ、普通の体温。···普通すぎる。指を一本ずつ曲げる。抵抗も違和感もない。関節の動きも滑らかだ。爪の形も整っている。

 

「どうですか?」

「···普通、だね」

「そうですか」

 

 アイは少しだけ嬉しそうに笑った。その笑い方に違和感を覚える。褒められているというより、“正解を引いた”みたいな笑い方だった。手を離そうとした瞬間、ぎゅ、と軽く握り返される。

 

「──っ」

 

 強くはないが、逃がさない程度の力。

 

「ノーア、人の手って安心しますよね」

 

 指がゆっくり絡む。まるで形を確かめるみたいに。

 

「···そうだね」

「貴方の手を掴んでいると、それがよく分かります」

 

 その言い方が、()()()()()ではなく()()()()みたいで、背筋が少し冷えた。

 その日はそれで終わった。手に異常はなかった。少なくとも見た限りは。なのに夜になっても、指先に感触が残っている。──握られていた、あの感覚が妙に離れない。

 

 

 さらに翌朝。目を覚ます前から気配があった。すぐ近くにいる。目を開けると、やっぱりそこにいた。昨日より距離が近い。

 

「おはようございます」

「···近くない?」

「そうですか?」

 

 首を傾げる。自覚がないらしい。···本当に?僕は何も言わず、先にテレビをつけた。

 

 今日は()についての情報を話していた。

 ──充血した赤い目が来訪者の徴候らしい。

 

 それを聞いて、テレビを消した。もう十分だ。

 

「目、見せて」

「はい」

 

 アイはまっすぐこちらを見る。あの瞳。白く透き通っているのに、奥が見えない。光を反射しているんじゃない。──光を閉じ込めているみたいな目。

 

「動かないで」

「ええ」

 

 顔を近づける。距離がほとんどない。息がかかるほど近いのに、彼女は瞬きすらしない。じっと、僕を見ている。

 

 目を観察する。充血はない。濁りもない。むしろ綺麗すぎる。本当にまるで絵のようでずっと見ていられる···ん?なんでずっと見れるんだ···?

 

「···ねえ、なんで瞬きしないの」

「していますよ」

 

 その瞬間、一度だけ瞬きをした。まるで指摘されて思い出したみたいに。

 

「···いや、本当に何者?」

 

 言葉が詰まる。もう一度目を見る。さっきと何も変わらない。なのに、ほんの一瞬、さっきの瞬きの時──目の奥が動いた気がした。揺れたんじゃない。位置が、ズレたような違和感。

 

「ノーア?」

「···なんでもない」

 

 視線を逸らす。これ以上見ていたら、何かを理解してしまいそうで。

 

「目も···普通だよ」

「そうですか。良かったです」

 

 アイは微笑む。その笑顔を見て、思う。──本当に?

 歯も、手も、目も、全部()()だ。おかしなところはあるが、どれも来訪者の徴候には当てはまらない。

 今の時点では彼女はただの人間だ。

 

 なのにどうして、こんなにも安心できないんだろう。

 

 

 

 

 

 





 ノーア+アイ No, I
 
 
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