入学編1
『触れてはならない者たち』
そう恐れられている家がある。日本魔法師界の頂点である十師族、その中でも突出した戦力を誇る家、四葉家。
その四葉本邸の応接室で美女と美少女が対面していた。四葉家当代当主である四葉真夜と四葉家次期当主候補の司波深雪だ。
「深雪さん、第一高校の首席合格おめでとうございます。春からは高校生ですね」
「ありがとうございます、叔母様」
「お祝いと言ってはなんですが、高校生活に何か希望はありますか? せっかくですから聞いてあげたいのですよ」
「本当ですか?」
「ええ、叶えられることであればいいのですけれど」
そうは言いながらも、真夜はこれから言われることの予想がついている。だが、そんなことは全く悟らせない。
「それでは一つだけよろしいでしょうか?」
「何ですか」
「高校入学と同時に、私のガーディアンを変更して頂けないでしょうか」
「ガーディアンをですか?」
「はい、同学年に水波ちゃんも入学するのですし。私たちももう高校生ですから、同性の方がなにかと都合がいいと思うのです」
予想通りの言葉に真夜は内心やっぱりそうなのねと思った。
深雪から達也に対する感情は、関わりたくないの一言に尽きる。幼少期から始まり、三年前達也が深雪のガーディアンになり、そして今に至るまで。真夜だけでなく、深夜からもやめるよう言い続けているが、深雪は頑なにその考えを変えない。
真夜はしばし瞑目してから口を開いた。
「分かりました。それでは穂波さんをガーディアンに、水波ちゃんを見習いとします。これからは三人で暮らすことになりますが、第一高校では達也さんと兄妹ということは秘密にして構いません」
「ありがとうございます」
深雪としてはこれ以上ない好条件だ。深雪は満足げに礼を述べると、真夜の許可を得て部屋を後にした。深雪が退室してしばらく後、真夜は大きく息をつき、呼び鈴を鳴らした。
「お呼びでしょうか、奥様」
「葉山さん、姉さんを呼んで下さる?」
「承知致しました」
葉山が退出した後、すぐに姉である深夜が部屋に入って来た。
「急に呼び出してなんの用かしら?」
「達也さんと深雪さんのことよ」
「ああ、深雪と話がついたのね」
「ええ、ガーディアンの解任も穂波さんと水波ちゃんをつけることも了承済みよ。あとは達也さんに伝えるだけね」
先ほどの深雪との会話はシナリオ通りのものだった。水波を同級生として入学させ、お祝いということで深雪側から達也をガーディアンから外させる。
元々、達也が深雪のガーディアンだった目的のほとんどは、四葉家の中に達也の存在理由を示すためである。高校になってからは達也が本家にほとんど来ないのだから、それがなくなっても大して問題はない。
「でもこれで大丈夫なの? 二人を離したら今のままこじれないかしら?」
「そうかもしれないけど、今の深雪に何を言っても聞かないわ」
「……まあ、そうね」
ガーディアン解任の案は深夜から出たもので、深雪があまりにも達也を邪険にするのでいっそのこと引き離そうと思ったのだ。
真夜が再度呼び鈴を鳴らして、葉山に達也を呼ぶように指示した。達也も程なくしてやってきた。
「お呼びでしょうか、ご当主様、深夜様」
「達也、今は普通に呼んで構わないわ」
「分かりました、母上。それで何の御用でしょうか?」
深夜も真夜も「深夜様、ご当主様」という呼び方は嫌いなのだ。
「高校での生活についてです。まず、貴方を深雪さんのガーディアンから外します。一高では深雪さんとは他人として過ごしてください。それと、家はこちらで用意しますが一人暮らしとなります」
「分かりました」
「貴方に一人暮らしをさせるのは心苦しいのだけれど、穂波さんと水波ちゃんも様子を見に行ってくれるから、安心してちょうだい」
「そこまで心配しなくても……俺ももう子どもじゃないんですから」
「いつまで経っても子どものことは心配なのよ。達也、こっちへいらっしゃい」
達也は嫌そうに顔を顰めたが、この二人には何を言っても無駄なのは分かっているので、大人しく二人の間に座った。
「ふふ、普段はこうできないものね」
「そうね……それにしても、達也も大きくなったわね」
二人から頭を撫でられたり抱えられたりと、達也はされるがままだ。後ろで控えている葉山も助けてはくれなさそうだ。
「春から高校生ですからね」
黙っていては二人が拗ねてしまうのは経験済みなので、とりあえず返事だけは返す。
「あんなに小さかった達也さんが高校生ですか」
「ちょっと前までは抱っこされていたのにねぇ」
「深雪さんにすると本気で嫌がりそうでできないのよね」
「俺も嫌がってはいるんですが」
「何だかんだで身内に甘い達也が悪いのよ。そうだ、葉山さん。後で達也のアルバムを出してちょうだい」
「二人とも、俺の前では見ないでくださいよ……」
「当たり前じゃない。達也がいるんだからアルバムなんて後回しで良いわよ」
真夜も深夜もしばらくは続きそうだと判断し、達也は早々に離脱の言い訳を考えるのを止めた。案の定しばらくの間、達也は二人のおもちゃにされ続けたのだった。
◇◇◇
国立魔法大学付属第一高等学校入学式当日。
毎年、国立魔法大学へ最も多くの卒業生を送り込んでいる高等魔法教育機関として知られている。
徹底した才能主義。
残酷なまでの実力主義。
それが、魔法の世界。
この学校に入学を許されたということ自体がエリートであり、入学の時点から既に優等生と劣等生が存在する。
◆
「IDカードがないと入れないのか」
達也はぼそりと呟いた。
この学校に入学した理由は、第一にガーディアンとして深雪を護衛することだった。しかし、現在は図書館での非公開文献の閲覧が第一目的となっている。入学式前に図書館を見学したいと考えて早めに来たのだが、完全に裏目に出てしまったようだ。校内のオープンカフェも今日は休業だ。
この後入学式までどうやって時間を潰すか。悩んでいた達也に声がかかった。
「達也さん」
声の方へ顔を向けると、声の主は水波だった。
「おはようございます、達也さん」
「おはよう、水波。深雪の付き添いかい?」
「はい、深雪姉さまは打ち合わせがあるそうなので、私は別の場所で時間を潰そうかと思いまして。達也さんはどうしたのですか?」
「俺は図書館目当てで来たんだが、今日はやっていなかったみたいでな。どうやって時間を潰すか悩んでいたんだ」
当然開いていると思っていたので、調べるのを忘れていたのだ。水波はそれを聞いて嬉しそうな表情を浮かべた。
「でしたら、中庭はどうでしょうか? ベンチで読書をするだけなのですが、一緒に行きませんか?」
「いや、初日から俺たちが仲良くしているのは流石に良くないだろう」
「そうですか……」
水波は見るからに肩を落とした。
「入学してから共通の友人がいたら紹介してもらおうか」
達也は水波を慰めるために言っただけなのだが、水波はこれをまともに受け取ったらしい。
「はい。それでは、その機会を楽しみにしています」
水波は嬉しそうに一礼すると、中庭とは別の方向へ歩いていった。達也は水波に勧められた中庭に行き、ベンチに腰を下ろした。携帯端末を開いてお気に入りの書籍サイトにアクセスする。
式の運営に駆り出されているのだろうか、在校生が前を通り過ぎて行く。
「ねぇあの子、ウィードじゃない?」
「こんなに早く……補欠が張り切っちゃって」
「所詮スペアなのにね」
達也の耳にも入ってはいるのだが、その言葉を意識的に無視して書籍データへと意識を向けるのだった。
読書に没頭していた意識がアラームによって現実に引き戻される。入学式開始まであと三十分前。端末を閉じてから立ち上がろうとしたちょうどその時、頭上から声が降ってきた。
「新入生ですね? 開場の時間ですよ」
(CADか……確か学園でCADの常時携行が認められているのは生徒会の役員と限られた生徒のみ、か……)
新入生総代である深雪がいる以上、地位のある先輩に目を付けられるのは好ましくない。達也はそう思いこの場を立ち去ろうとした。
「ありがとうございます。すぐに向かいます」
「感心ですね。スクリーン型ですか」
だが、どうやら上手くいかなかったようだ。
「当校では仮想型ディスプレイ端末の持込を認めていませんが、仮想型を利用する生徒は大勢います。貴方は入学前からスクリーン型を使っているんですね」
「仮想型は読書には不向きですから」
「動画では無く読書ですか、ますます珍しいです。私も映像資料より書籍資料の方が好きだから嬉しくなるわね」
「はぁ……」
どうやらこの上級生は人懐っこいようだ、段々と口調が砕けてきている。
「あっ、申し遅れました。私は一高の生徒会長を務めています、七草真由美です。ななくさ、と書いて、さえぐさ、って読みます。よろしくね」
何だか蠱惑的な雰囲気を醸し出していて、入学したての普通の男子高校生なら勘違いしそうだが、達也はそれとは別の事が気になっていた。
(
「俺は…いえ、自分は司波達也です」
「司波達也くん……そう、あなたがあの司波くんね……先生方の間では貴方の噂で持ちきりよ。入試七教科平均、100点満点中96点。特に圧巻だったのは魔法理論と魔法工学。合格者の平均が70点にも満たないのに、両教科とも小論文を含めて文句なしの満点。前代未聞の高得点だって」
「ペーパーテストの成績です、情報システムの中だけの話ですよ。この学校で、自分は劣等生ですから」
そう言って、達也は自分の左胸を指差した。だが、真由美は嬉しそうな顔を変える事無く首を横に振った。
「そんな事無いわ、少なくとも私には真似できないもの。私ってこう見えて理論系も結構上の方なんだけどね。入試問題と同じ問題を出されたとしても、司波君のような点数はきっと取れないだろうなぁ」
「そうですか……そろそろ時間なので、失礼します」
まだ何か話したそうな真由美に背を向け、達也は講堂へと向かった。
~設定~
※沖縄侵攻の際に、深雪たちは現地にいなかったとします。真夜と風間が個人的な知り合いだったので、偶々訓練のために達也だけを派遣していたという設定です。
※人造魔法師実験は、達也の力の暴走を恐れた分家からの圧力があり実施された。
・司波達也
四葉深夜の息子、深雪の元ガーディアン
基本的には原作通り。
人造魔法師実験で消されたのは激情であり、兄妹愛だけが特別残っているわけではない。その分感情自体は原作より豊かである。
一高には二科生として入学。
・四葉真夜
四葉家現当主。
達也が生まれたことで深夜と仲直りできた。
達也のことが好きなのだが、分家の目があるため公の場では達也に厳しく接している。
偶に我慢できなくなると自室に達也を呼んで気の済むまで愛でている。
深雪のことも姪として好きで可愛がってはいるが、達也を出来損ないとするのでそこは直して欲しい。
・四葉深夜(存命)
達也が生まれたことで真夜と仲直りできた。
真夜同様に達也のことが好きなのだが、分家の目があるため公の場では達也に厳しく接している。
真夜が自室に達也を呼ぶ時、一緒になって達也を愛でている。
深雪と達也の関係がすこぶる悪く、板挟みになっている。
原作ほど病弱ではない。
達郎とは既に離婚済みで、達也と深雪の親権も持っている。
・司波深雪
四葉深夜の娘、調整体ではない。
基本的には原作通り。
達也のことは、能力の高さは認めているものの、四葉の魔法師としては出来損ないと思っている。
高校入学と同時にガーディアンを穂波と水波に変えてもらった。
一高には主席入学。
・桜井穂波(存命)
深雪のガーディアン兼同居人。
小さいころから達也のことも可愛がっているが、深雪の前では決して話題を出さない。
・桜井水波
深雪のガーディアン見習い。
深雪と同級生として一高に一科生で入学。
達也のことは優秀な魔法師として尊敬しているが、深雪がいるので表立っての交流はあまりない。
二人が兄妹であることがばれないように、達也のことは「達也さん」、深雪のことは「深雪姉さま」と呼んでいる。