放課後、達也たち六人は事務室でCADの返却をしてもらい、調整室に向かった。最初に調整するのはレオだ。
「調整ということだが、何をするかはCADの中身を見てからでもいいか?」
「おう、俺はその辺素人だからな、基本的に任せるぜ」
「それじゃあ、CADのデータ抜き出しをするから少し待っていてくれ……待たせたな、測定するからヘッドセットをしてくれ……もう外して構わないぞ」
「ふぅ。達也、どうなっ……」
レオがヘッドセットを外して達也に声をかけようとしたが、達也の姿を見て口を噤んだ。達也の後ろにいるエリカたちも声が出ないようだ。
ディスプレイには無数の文字列が高速で流れていた。五人には流れ去る文字列を目で追うこともできないが、達也はディスプレイをじっと見詰めたままだ。
文字の行進はすぐに止まり、達也はもう一つのデータを開いたが、これも無数の文字列が高速で流れるだけだった。達也はその文字列が流れ終わると、画面から目を離してレオに体を向けた。
「レオ」
「……」
「おい、レオ?」
「お、おう、なんだ達也」
レオだけでなくエリカたち四人も呆然としていたが、達也は気にせずに言葉を重ねた。
「レオに合わせた微調整だけにするか、少し時間はかかるが起動式にも手を加えるかだが、どうする?」
「手を加えていいぜ」
「そうか。初めてだからある程度までしかやらないが、三十分ほど時間がかかると思う。みんなも少し休んでてくれ」
達也はそう言って画面に向き直り、猛然とキーボードを叩き始めた。いくつものウインドウが開かれては閉じる。
レオと美月は何が起こっているのか全く理解できていない。調整の手間を知っているエリカでさえも、この作業にはついていけていない。ほのかと雫は、家で雇っている技術者と同じ作業を、圧倒的なスピードで行っている達也に驚愕している。
「えっと、あっち行こっか」
ようやくといったエリカの言葉に頷いて、五人は部屋の隅のテーブルに座った。だが、全員の視線が達也の背中に向いており、誰も口を開こうとはしなかった。
達也の宣言通り、三十分ほどで作業は終了した。
「じゃあ試してみてくれ」
「お、おう」
達也からCADを受け取ったレオは、言われた通りに魔法式を展開させた。
「おいおい……」
起動した瞬間、レオは目を大きく見開いた。調整の感想を言うのも忘れているようだ。
「問題無いか?」
「ああ……なぁ達也、ある程度じゃねえぞこれ」
レオの言葉に一同は首を傾げているが、レオはそんなことを気にする余裕がないようだ。
「ほとんど違和感がねえじゃねえか、こんな使いやすくなんのかよ」
「ああ、無駄な部分を取り除いて、レオに合わせてアジャストしたからな」
達也はなんでもないように言うが、レオの表情からそんな表現では済まないのだろう、四人はそう思った。だが、達也は気にした様子も無く、美月の調整をするために二人で機械の方へ向かってしまった。
測定を終えた美月も戻ってきた。先ほどと違うのは、五人の間には会話があることか。
「レオ、実際使ってみてどんな感じなの」
「いや、これはやべぇ。俺が上手くなったように感じるぜ」
レオは興奮が収まらないようで、そう答えるかたわら次々と魔法を試している。
「レオくん、上手くなったって魔法がですよね、どういうことなんですか?」
「上手く説明できないんだけどよ……スムーズすぎて逆に違和感があるって感じ、って言えばいいか?」
レオの感想にエリカたちは困惑してしまった。発言に嘘偽りないことは、レオの表情からすぐに分かる。だが、もしそんなことが可能であるなら、達也の技術がどれほどに高いのかと思ってしまったのだ。
そんなことを話しているうちに、美月の調整も終わったようだ。同じように試すように言われて魔法を発動したのだが、美月の反応はレオと同じものだった。
「え……?」
「問題ないか?」
達也の言葉に反応できない分、美月の衝撃の方が大きかったのかもしれない。今も目を見開いて硬直している。
「美月?」
「は、はい! あっ、えっと……すごく使いやすいです」
ようやく意識が戻ったようだが、受けた衝撃はまだ抜けきっていないようだ。レオはそれが良く分かるのか、頻りに頷いている。
「そうか、それならよかった。それじゃあ、ほのかも始めようか」
ほのかが測定へ向かっている間、美月はしみじみと調整の感想を教えてくれた。
「レオくんの言っていた意味が良く分かりました……確かに魔法が上手くなったように感じます」
「だろ?」
美月の感想が先ほどの自分と同じだからだろう、レオはドヤ顔で言う。
「美月は達也さんのCAD、どんな風に感じたの?」
「そうですね……今までは魔法を発動しているって感じでしたけど、達也さんのCADは魔法が勝手に流れ出てくる感じ、ですかね?」
「あ~、確かにそんな感じだな。美月もよくそんな上手いこと表現できんな」
レオは美月の例えに共感できるようだ。エリカたちにはよく分からない感覚だが、達也のCADがすごいことは伝わってくる。
「へぇ、あたしもごり押しで頼めば良かったかな?」
「ごり押しって、エリカちゃん……」
「え~、だって二人がそこまで言うんだったらあたしのもやってほしいじゃない」
「達也なら普通に頼んでもやってくれるんじゃねえか」
「ん~、それもそうね。雫が終わったら聞いてみるわ」
エリカの話が一段落したところで、ほのかが戻ってきた。
「二人がそこまで言うなら、私やほのかのCADも変わるのかな?」
「どうだろうね、達也さんがやっているあれは見たことあるけど」
「あの、それって、どういうことですか?」
「雫と私のCADは雫の家が雇っている魔工技師の人が調整してるの」
「それってプロじゃねえか!」
「うん、達也さんも一応バックアップを取ってから作業するみたい」
プロの作業に手を加える余地があるのかという疑問はある。だがそれと同時に、達也ならまた驚かせてくれるのではないかという期待もあるのだった。
ほのかのCADの調整は10分もかからずに終わった。
「なぁ達也、俺らのより随分早くねえか」
「ほのかのCADは手を加える場所があまりなかったからな」
このセリフからは達也が謙遜しているのか、言葉通り手を加えていないのか分からない。そのため、ほのかには四人分の視線が注がれる。
「ほのか、念のためバックアップも取っているから、合わないようだったらすぐに教えてほしい」
「はい、分かりました」
ほのかはそう言って、何度か深呼吸をしてから魔法を発動した。
「すごい……速くなってる」
「マジかよ!?」
「ウソでしょ!?」
声を上げたのはレオとエリカだったが、最も驚いているのは雫だった。
「ほのか、それ本当?」
「うん、それにいつもより使いやすい」
ほのかと雫の魔工技師は日本指折りの技術者だ。そんな事があり得るのかと疑っても仕方ないだろう。これを調整したのは目の前の友人、高校生なのだから。
「達也さん、私のもやって」
雫が珍しく急いている。自分も早く確かめたいのだろう。
「焦らなくても今からやるよ、それじゃああっちへ行こうか」
「うん」
雫はワクワクを抑えきれない様子で調整機械へ向かった。早く試したいからか、測定が終わってからもこちらに戻ってくる気配はない。
「ほのかさん、本当に速くなったんですよね?」
「疑うわけじゃねぇが、確かに信じらんねぇよな」
「私もびっくりしたけど、確かに使いやすくなってるよ」
美月とレオの言葉に、ほのかは左手首のCADを撫でながら答えた。
「んん~、やっぱりあたしのも頼もう! ここまで言われちゃ我慢できない!」
「でも、達也さんは難しい形状って言ってたけど、エリカちゃんのCADってどんな形なの?」
「これよ、これ」
エリカはそう言って、小さな警棒のようなものを取り出した。
「それってCADなんだ、確かに難しそう……」
「ほのか、達也くんは非常識の塊なのよ。これくらいできるはずだわ」
副音声に「一体今更、何を言ってるんだ」と付いていそうな口調だ。セリフの内容は実に酷いものだが、先ほどの三人、特にほのかのCADの調整でその腕が証明されたので、誰も反論できないのだった。
雫はメンバーの中で、鋭いツッコミをすることで知られている。その分嘘を吐くことはないので、達也の調整に対してどんな評価をするのか期待が高まっていたのだが、
「うん、いつもより快適」
雫は小さく頷いてから達也に向き直った。
「達也さん、うちで雇われない?」
あまりの爆弾発言に達也を含む五人が完全に固まってしまった。
「……すまん、もう一回言ってくれ」
いち早く再起動した達也が聞き返すが、
「達也さん、うちで雇われない?」
雫は一言一句同じ言葉を繰り返した。
「聞き間違いじゃないんだな……」
「うん。達也さん、私の専属エンジニアになって」
雫は達也の返事を待たないまま続けた。
「お金も払うし、契約書もこっちで用意するから」
「ちょ、ちょっと待て、雫」
「なに?」
「俺はまだ学生なんだが……」
「学生とか関係ない」
咄嗟に口から出た断り文句も、雫には効果が無いようだ。
「私が達也さんの調整を受けたい。だからお願いするの」
「それは嬉しいんだが……」
「調整機械が無いならウチで用意するし、達也さんの要望もなるべく通すから。お母さんが魔法大学にツテがあるし、図書館の入館許可とか交渉できるかも。それから──」
雫が具体的な条件を列挙し始めた。このままでは本当にエンジニアにされかねないので、達也もきっぱりと断りを告げた。
「雫、俺は雫のエンジニアにはならない」
「専属だから?」
「そうじゃない。俺はまだライセンスを持ってないから、報酬をもらって調整するのは遠慮したいんだ」
「大丈夫、達也さんの腕は私が保証する」
「いや、そういう問題じゃなくてだな……」
雫も引く気は無いようで、再度達也が押され始めた。雫の意外な押しの強さと、珍しく押され気味の達也に、エリカたちはこの話の異常さを忘れてきている。
雫は端末を出して達也に耳打ちした後、達也にだけ見えるように画面をかざした。達也の目が大きく見開かれたが、驚きから脱出した達也が口を開いた。
「雫、一旦落ち着いてくれ。俺は雫とメンテナンス契約を結ぶつもりはない」
「これじゃ足りない?」
雫はこてんと首を傾げている。これにはさすがの達也も困ったのだが、譲れないものは譲れない。
「いや、金額の問題じゃない。まだ俺はライセンスを持っていないただの学生だ。金銭をもらっての調整はできない」
「……わかった」
達也の意思が固いことを見て、雫は一応納得はした。
「それじゃあ、ライセンスを取ったら?」
「……俺がライセンスを取れるのは早くて三年後だぞ?」
「それまで待つ」
この言葉を聞いたエリカたちの驚きは凄まじかった。既に一流魔工技師を雇っている雫が、ただの高校生をプロと同じように扱い、三年後にまた契約を持ちかけるというのだ。達也も雫はこれ以上折れないと判断し、曖昧な表現で誤魔化すしかできなかった。
「……分かった。俺がライセンスを取ったら、また話し合おうか」
「わかった」
雫も渋々ではあったが、ここで引き下がったのだった。
◇◇◇
その後はエリカのCADも調整して、達也たちは「アイネブリーゼ」でケーキを食べていた。ちなみに、調整のお礼ということで、達也の分は五人で割り勘になったそうだ。
「それにしても、達也くんの調整は凄かったわね~。最初はレオや美月が何言ってるのか分かんなかったけど、自分が使ってみると納得だわ」
「だろ、あれ以外に表現できねぇからな」
エリカとレオ以外の三人も深く頷いており、達也としては何ともこそばゆい。そんな中、レオが何か思い出したようだ。
「なぁ達也。部活に達也を紹介してほしいってやつがいるんだが」
「俺を?」
「ああ、うちの部活にしちゃ珍しい一科、それも女子だぜ」
レオのセリフに女性陣が反応した。二人はレオに鋭い視線を、二人は興味深げな視線を向けたという違いはあったが。
達也は山岳部の一科女子──というか山岳部に女子は一人しかいない──に一人しか心当たりがなかった。あのときの約束のことかと納得していたのだが、表情には出さなかった。
「な、なんだよ……」
「レオ、続けて」
「西城君、お願いします」
「お、おう……1−Aの桜井水波って言うんだが、光井や北山は知ってるだろ?」
予想通り水波だった。ほのかと雫も、水波のことは当然知っている。
「桜井さん? 司波さんの従妹だよね? いつも司波さんといるから話したことはあんまりないけど……」
「でも、あの子はどっちかというと私たちに近いと思う」
「えっと、雫さん、どういうことですか?」
雫の説明が抽象的過ぎて、美月以外も同じような顔をしている。
「多分、あの子は二科生に好意的な気がする。司波さんが何も言わないから、それに合わせてるだけだと思う」
達也は雫の観察眼に内心感嘆していた。
水波はガーディアンということもあり、感情が表情に出にくい。表情を隠すのは上手くはないが、それもよく見ればの話だ。大実業家の娘は伊達じゃないということか。
「確かに、桜井はそんな感じだな」
「そうなんですね、私も会ってみたいです」
だが、観察眼に優れているのは雫だけではなかったようだ。
「達也くん、どうしたの?」
エリカが不思議そうに訊ねてくる。先ほどまでの鋭さがないのは、達也の態度が不自然だったからか。
「いや、そう言えば食堂で森崎たちに絡まれたときに、顔を顰めている子がいたなと思ってな。桜井さんというのは短い三つ編みの女子か?」
「そうですよ、達也さんよくわかりましたね」
「あの時は二科生を目の敵にしない方が珍しかったからな」
それらしい理由で誤魔化したところ、どうやら上手くいったようだ。
「それで、桜井さんが達也さんに会いたいんだっけ」
逸れていた意識が戻ったのか、再度レオに視線が注がれる。
「ああ、美月も会いたいみたいだし、今度全員で集まるか?」
「いいんじゃないか、ほのかと雫はクラスメイトなんだし」
「それなら放課後が良いと思う。昼休みは司波さんと一緒にいるみたいだから」
「それならここでいいんじゃねぇか、学校からも近いだろ」
レオの提案に一同が賛成したため、水波とはここで会うことが決まった。
◆
アイネブリーゼから帰宅して少し、エリカから電話があった。
『あっ、達也くん。今大丈夫?』
「ああ、問題ないぞ」
『今日の話なんだけどさ、あたしも一人達也くんに会わせたいやつがいるんだけど」
「エリカが?」
『うん。同じE組の、吉田幹比古ってやつ』
達也も幹比古のことは知っている。まさか「吉田家の神童」が二科生にいるとは思わず、入学当初は驚いたものだ。
「吉田? あまり友好的なイメージが無いんだが、エリカと知り合いなのか?」
『う~ん、どうなんだろ。家同士が知り合いだから、一応幼馴染になるのかな?』
「どっちでもいいんじゃないか。それで、その吉田とは教室で会えばいいのか?」
『ううん、今日みたいに調整室でお願いしたいの』
調整室ということは魔法関連の相談だ。達也はエリカが幼馴染の手助けをしたいのではないかと考えたが、深くは追及しなかった。
「分かった。俺はいつでもいいから、吉田との連絡は任せていいか」
『もちろん。それじゃあ、あたしはもう切るね』
「ああ、また明日学校でな」
『うん、またね~』
エリカが陽気な言葉で締めくくったが、
『──とね』
通話が切れる前に電話口から微かに聞こえたセリフに、達也は頬を緩めるのだった。