地下室でのやり取りから二時間後、エリカが目を覚ました。
身体を起こして周囲を見渡す。見慣れない部屋、エリカが本来使うはずだった部屋だ。
この家は達也一人が暮らすには広すぎる。真夜と深夜が、達也と深雪が仲直りできるよう願掛けの意味を込めて、深雪、水波、穂波の三部屋分を余らせていた。
その願掛けは実ったものの、深雪たちが引っ越してくることはなかった。余っていた一室を、今はエリカが使っている。
とはいえ実態は物置き部屋に近く、寝起きは基本的に達也と同室。だからエリカにとって、この部屋は自室であっても見慣れないのだ。
「エリカ、入っていいか」
「…………いいわよ」
乱れた服装と髪を簡単に整えてから、ノックの後に掛けられた声に返事をする。入ってきたのは予想通り達也だった。
「体調は問題ないか」
「大丈夫」
「よかった」
『再成』で戻した以上、問題があるはずはない。それでも、不安なものは不安なのだ。
「改めてだが、すまなかったな」
「ほんとよ。いくら全部見せろって言ったからって、腕ぶち抜かれるなんて。あたしじゃなかったら速攻別れてるからね」
「ああ」
「あたしだって何度心折れそうになったか。後でちゃんと埋め合わせしなさいよ」
「ああ」
「そもそも──」
エリカは堰を切ったように文句をぶつけ、それが終わると部屋を見渡す。正確に言うと、
「水波は深雪の方で用事があったから帰らせたが、貢さんはまだ残っている」
「そうみたいね」
その結果は達也が伝えたものと一致していた。
「黒羽さんはまだあたしに用があるの?」
「俺たち二人に、だな。俺の四葉家での境遇の理由を話してくれるそうだ。エリカも同席したいだろうと待ってくれている」
「そゆこと……じゃ、着替えたら行くわね」
「ああ、リビングで待っている」
エリカは身嗜みを整えるためベッドから降り、達也も部屋をあとにした。
エリカがリビングに戻ると、貢は先ほどまでのソファに座っており、達也はコップを載せたお盆を手にキッチンからやって来たところだった。
達也が三人分のコップを置いて腰を下ろし、エリカのコップが置かれた位置に座った。当然、達也の隣であり、貢と相対する位置である。
「お待たせして申し訳ありません」
「いやいい。むしろ思っていたよりずっと早かった」
貢の予想ではエリカが目覚めるのは日が暮れる直前だと思っていた。今はまだ日が高く、明るい。貢の言葉はお世辞でもなんでもなく、純粋にエリカを称賛していた。
「ありがとうございます」
エリカはなんと返すか悩んで、とりあえず感謝を口にした。ついでにテーブルに置かれたコップに手を伸ばし、喉を湿らす。そこでようやくコップの中身がいつもの紅茶ではない事に気付いた。
コップの中身は麦茶、水波が帰る前に作っていったものである。あのやり取りの後、貢から達也たちへ話があると聞いて、水波はいつもの紅茶ではなく麦茶を用意していた。
これから貢が話すのは、達也のさらなる秘密。軍属、シルバー、四葉家、『分解』、『再成』、それよりも隠さなければならない秘密が明かされる。それを前に緊張していると、エリカは今さらながらに自覚した。
落ち着けと念じていると、正面の貢が口を開いた。
「これから話すのは、達也君の四葉家での境遇の理由だ。達也君は深夜さんたちから聞いているのか?」
「ええ。母上と叔母上から聞いています」
「そうか。ではエリカ嬢に向けて話すとしようか」
貢は身体の向きをエリカの方へずらした。そして貢の、長い回想が始まった。
──あれは今から十八年前のことだ。
──我々四葉一族の者は皆、ある知らせを受けて期待に胸を震わせた。
──それは、深夜さんが妊娠したという知らせだった。
──あの当時は今よりも一族の間に、二〇六二年に起こった悲劇の記憶が生々しかった。そう、真夜さんが大漢に拉致されて、人体実験の材料にされたあの忌まわしい事件の記憶が。報復の代償として、一族の主立った者の内、三十人も失ってしまった悲しみが。
──次世代の命が芽生えた。それだけでも喜ばしいことだった。しかしそれ以上に我々が舞い上がっていたのは、深夜さんのお腹に新たな命が宿ったということだった。
──計算に計算を重ねて選び出された配偶者の遺伝子を受けて、世界最高の精神干渉系魔法師が育む命。生まれてくる子供はそのままでも素晴らしい魔法師になることが予想された。それを疑う者はいなかった。
──だが、我々が期待したのは、希望を懐いたのは、それだけではなかった。
──深夜さんが得意とする、深夜さんだけの魔法「精神構造干渉」。精神の在り方を作り替えてしまう魔法。
──精神構造干渉は被術者が高齢であるほど、副作用が強い。自我の形成が未発達な子供には、副作用があまり見られないし、魔法の定着度合いも強い。深夜さんはその原因を、自我が精神構造に対する干渉を拒むからだ、と言っていた。
──ならば、自我が未発達どころかまるで形成されていない胎児であれば、幾らでも精神の在り方を変え、また精神の力を生まれつき強大なものとできるのではないか。我々は誰からともなく、そんな妄想に取り付かれていた。
──あの悲劇の所為で、我々は一つの妄執に囚われていたのだ。何時か、絶対的な力を持つ守護者を作り出してみせると。悲劇の再発を決して許さない、魔法師を超えた魔法師、超越者を一族の中から生み出してみせると。
──国家が相手であろうと、世界が相手であろうと、我々四葉一族を理不尽な運命から守ってくれる、絶対的な力の持ち主。個人で世界を退ける最強の魔法師。いつかそんな超越者を、四葉の魔法技術を結集して作り上げるのだと。
貢のコップが空になる。そのタイミングでエリカがお代わりを注ぐ。手にしているのは家庭用の麦茶ポットなのだが、何故か様になっている。以前茶道の稽古も受けていたと言っていたから、その成果だろうか。
「どうぞ」
「感謝する」
貢は短く謝意を伝えると、勢いよく半分ほど口に含む。その後、一呼吸置いてから話を再開した。
──我々は何度もお見舞いと称して深夜さんの許を訪れ、深夜さんのお腹の子に対して祈った。
──強くなって欲しいと。非道で理不尽な世界の魔手を、全てはね除けるほどに強くなって欲しいと。そしてその力で、我々の子供たちを守って欲しいと。如何なる悲劇をも近づけない、絶対的な守護者になって欲しいと。
──我々はこの身勝手な願いを、心に思うだけでなく、時には口に出して唱えていた。
──我々の勝手な願いを、深夜さんは笑って聞いてくれた。「私もそんな子を産みたい」と、そう言って笑ってくれた。
──深夜さんの精神構造干渉は、お腹の子供の精神をそう作り上げるはずだった。我々の祈りは、その手助けとなるはずだった。
──真夜さんも、たびたび深夜さんの許へ顔を出した。真夜さんは我々のように跪いて祈るような真似はしなかったが、深夜さんと言葉を交わしながら時々愛おしそうに彼女のお腹を見ていたことを覚えている。
──しかしそれは、深夜さんの本心ではなかった。そのことを、我々は一年にも満たない月日の後に覚った。
──深夜さんの本当の望みは、世界に対する報復だった。深夜さんの真の願いは、世界に復讐する力の持ち主。真夜さんを傷つけ深夜さんを傷つけた世界を断罪する者の誕生だった。
──深夜さんは心の表面で如何なる者からも自分たちを守ってくれる存在を望み、心の奥底で如何なる相手であろうと討ち滅ぼすことのできる復讐者を育んだ。
──我々は誰も、それに気づかなかった。心が二つに裂けてしまった彼女の苦しみを理解してあげられなかった。
──そうして生まれたのが君だ。深夜さんが望んだ『世界を破滅させ得る魔法』を彼女に与えられて、君は生まれた。
──生まれたばかりの赤子のことなのに、何故そんなことが断言できる。君はそう言いたいのかもしれない。だが、分かるのだ。あの時は分かったのだ。
──四葉家先代当主であり私の伯父である故・四葉英作は、他人の魔法演算領域を解析し、潜在的な魔法技能を見通す精神分析系の能力を備えていた。
──その英作伯父上が生まれたばかりの深夜さんの息子を解析した。赤子にどのような魔法資質が宿っているのか、伯父上の口から語られるのを、我々は固唾を吞んで待っていた。
──私は今でもはっきり覚えている。
──伯父上は、こう告げた。
──「この子は、世界を破壊する力を秘めている」と。
──全ての物質と情報体を壊す力と、
──全ての物質と情報体を、二十四時間以内に限り、復元する力。死なない限り蘇る、蘇らせる力。
──それは、我々が望んだものとは違った。だが、我々の望みと無関係ではなかった。
──全てを壊す力。それは人の世の理不尽から個人を守る力ではなく、理不尽を滅ぼしてしまう力だ。
──全てを復元する力。それは守りきれなかった者の傷を無かったことにするものだ。
──そして、決して斃されない力。それは個人が世界を敵に回して戦いを挑む為に不可欠なもの。次々と補充される軍団に対して、戦闘員の補充を必要としない為の力。
──英作伯父上の言葉を聞いて、我々はようやく覚った。我々が何を望んでいたのかを。我々が一つの命をねじ曲げて、何を生み出してしまったのかを。
──世界を破壊する力を秘めた悪魔。それは我々四葉一族の、歪んだ祈りが生み出した存在。達也君、君は自分たちさえ良ければ世界を壊しても構わないと願った、我ら四葉の罪の象徴なのだ。
「……あの、一つ疑問なんですけど」
「なんだ?」
何度目かに空になったコップにエリカは麦茶を注ぎ、そして遠慮がちに問い掛ける。貢は気を悪くすることなく先を促した。
「あたしも一度、深夜さんに会ったことあるんですけど、とても達也くんを復讐の手段に使おうなんて思ってはいなかったような」
「そうだな。今の深夜さんは、そんな事は欠片も考えていないだろう」
貢は独り言のようにそう答えると、達也へ視線を向けた。
「君は生まれたばかりの記憶はあるのか?」
「あることにはあります」
達也の回答にエリカは目を見張った。赤子の頃の記憶を今でも保持しているなど、普通ならありえない。だがその言い回しに違和感を覚えて、普通ではない何かがあるのだろうと達也の言葉の続きを待った。
「ですが記憶が明瞭にあるだけで、俺にはそれが自分のことと実感できない。あの実験の前の記憶は、何となく映画でも観ているような印象があります……おそらく叔母上の十二年間と同じ、ただの記録です」
「…そうか」
項垂れた貢の口から、その一言が漏れた。そこにどんな感情があるのか、達也には分からない。エリカはあの実験のことも、叔母上──真夜と同じという意味も分からないため、尚更理解できなかった。
「話を戻そうか、深夜さんが変わったのは達也君、君のお陰だ……赤子というのは不思議なものでな。ただそこにいるだけで癒しをもたらしてくれる。特に達也君は、深夜さんと真夜さんによく懐いていた。というより二人にしか懐かなかった……頬をつつけば指を咥えるし、眠いときや甘えたいときには顔や頭をすりつける。気配がすればそちらに手を伸ばし、姿が見えれば手足をバタつかせる。どれもこれも二人にだけだった」
エリカがちらりと達也の様子を窺うと、少し居心地の悪そうな雰囲気を醸し出していた。ああこれ本当に憶えているんだと、エリカは察した。
「赤子効果なのか、あの事件以来すれ違っていた真夜さんと深夜さんの仲が戻っていくのを感じた。このまま二人の間で、あの事件により壊れた絆がまた育まれればと、一族の全員が思っていた」
貢はそこで一旦言葉を切った。麦茶の入ったコップを傾け、唇を湿らせる程度に少し口に含む。回想を再開した。
──だが同時に、赤子をこのままにしてはいけないとも思ったのだ。
──赤子と言えども、世界を破壊し得る力の持ち主。魔法は時に、激しい感情によって暴走する。たとえ本人にその気は無くても、この赤子は何時か本当に世界を滅ぼしてしまうかもしれない。
──生まれてきた赤子に罪はない。むしろ赤子は被害者だ。だが我々は、我らの罪が生み出した赤子を生かしておいて良いのか、激しく迷った。
──分家の当主とその後継者が全員で、英作伯父上の許を訪れた。そして「今すぐ殺すべきだ」という結論を具申した。
──だが、英作伯父上は罪の意識に溺れるより現実的な対応を考えるべきだと言った。
──どのような偶然が働いたにせよ、世界を滅ぼし得る力が手に入った。それは四葉家にとって切り札ともなり得る力だ。英作伯父上は我々にそう言い聞かせた。
──せっかく四葉家が手に入れた力を、自己満足の罪悪感に押し潰されて「赤子殺し」の罪を犯してまで捨ててしまうのはもったいない。それが伯父上の判断だった。
──「達也」を最高の戦闘魔法師に育成する。「分解」と「再成」が常駐している所為で、「達也」は他の魔法を使えない。ならば魔法無しでも己の身を守れるように、如何なる危険の中からでも血路を開いて脱出できるように、徹底的に戦闘技術を叩き込め。そしてどんな時でも感情が暴発しないように、喜怒哀楽を徹底的に抑え込んでしまえ。それが英作伯父上の、本家当主としての決定だった。
──深夜さんと真夜さんはこれに反対したが、当主と分家の総意には逆らえなかった。
──歩けるようになってすぐ、戦闘訓練が始まった。どんなに嫌がって泣き叫んでも、その子供の意思は無視された。
──訓練の最中は深夜さんと真夜さんから隔離されて、子供はすぐに反抗を諦めた。いや、反抗の気持ちを心の奥底深くに閉じ込めたのか。その訓練も、常軌を逸したペースで進んだ。
──飛び道具を使わず野生動物を仕留める訓練から始まって、軍用犬、軍用強化動物、そして生きた兵士へと訓練相手が替わっていった。
「英作伯父上が亡くなって、真夜さんが当主の座を継いだ。だが、その後も訓練は続いた」
「え、真夜さんは達也くんの訓練に反対してたんですよね。当主になったのならどうして辞めなかったんですか?」
エリカは、貢の言う訓練が言葉通りの訓練だとは思っていない。達也の身体に残る無数の傷跡、あんなものが刻まれるなどもはや拷問だ。真夜たちがあれを許容したとは到底思えなかった。
「分家の意見を無視できなかったのもあっただろうが、一番は本人の意思だそうだ」
「本人って……」
「達也君は賢かった、賢いで終わってしまうのがおこがましいほどに頭が回った。前当主や分家から受けた言葉や仕打ちで、自分の立場を把握していたのだろう。自分には二人がいるから訓練も辛くないと、そう言ったそうだ」
エリカは怒りを覚えた。自分自身の身の安全を二の次三の次にする。達也の悪癖がそんな幼い頃の、身内から受けた仕打ちにより形成されていたのだ。
貢はエリカの憤慨に気づきつつも、それに触れることはなかった。
「そして、君が六歳になったのを機に、真夜さんと深夜さんは達也君を人造魔法師実験の被験体にした」
それどころか、さらなる爆弾を投下した。
「人造、魔法師実験……?」
なんだそれはと、エリカは思った。音から言葉の意味は想像できる、だが理性がその想像を拒んでいた。
エリカには一つ心当たりがあった。去年の夏休み、達也がエリカたちへ打ち明けた魔法事故のこと……あれが事故ではなく、成功した実験の結果なのだとしたら?
あっていて欲しくない、間違っていて欲しい。そんな願いを込めて、エリカは達也を見る。
「人造魔法師実験。四葉一族の中でも四葉深夜だけが持つ、精神構造干渉魔法。精神の構造を変えることができるこの魔法で、母上は俺の激情を消し、代わりに人工の仮想魔法演算領域を埋め込んだ。これにより『分解』と『再成』に生来の魔法演算領域を占有され、他の魔法が使えなかった俺も、三流の魔法師にはなれた」
達也はエリカを見ない。正面を見つめたまま、決してエリカと目を合わせようとしなかった。
「この実験の目的はもう一つ、俺が癇癪を起こして魔法を暴走させ、世界を破壊するのを防ぐため。そのために母上は俺の激情を消した」
そう言い切ると、達也はようやくエリカを見た。
「幻滅したか?」
「…何に」
「四葉に。そしてそんな家にいる俺に」
「してないわよ」
即答だった。
「だけど、理解はできない。魔法の暴走が危険なのは分かる。でもそこまでする必要なんてない。深夜さんも達也くんのこと大好きなのに、分家の圧力があったからって、そんな……」
「それが必要とされた。俺の魔法は、それほどに危険だった」
「それは……なに?」
達也の秘密。『分解』と『再成』に留まらない、あの四葉家にして世界を壊すと言わしめた秘密。エリカはそれを問うた。
達也もここに至って隠すつもりはなかった。自身の持つ最強にして最凶の魔法を、恋人へ明かす決意はできていた。
「去年の論文コンペは憶えているか?」
「憶えてるけど、どれのこと?」
「横浜事変と言われる戦争がどうやって終結したのかだ」
「アレね……まさかっ?」
「察しが良いな」
サッと顔色を変えたエリカを、達也はリップサービスでなく称賛した。
「大亜連合軍の艦隊と鎮海軍港とその周辺地域を消滅させた戦略級魔法。西暦二〇九五年一〇月三十一日が、灼熱のハロウィンと呼ばれるようになった所以。あれを放ったのが俺だ──質量エネルギー分解魔法『
エリカはあまりの衝撃に言葉を失っていた。
「叔母上も母上もこれには反対しきれなかったが、それでも俺の強い感情だけを奪い取ったのは、母上が精一杯努力した結果だった。本当は全ての感情を消し去った方が簡単で、負担も少なかった。母上はそれが自分の寿命を削ると知っていて、注意深く俺の精神に手を加えた」
「そう、だったのね……」
エリカが先ほどまで抱いていた怒気は、もはや維持できなくなっていた。あんな……核兵器をも凌駕する破壊そのものな魔法が存在すると知ったら、エリカもその実験に賛成したかもしれない。
四葉家が達也にした非道を許せはしないが、それでも怒りを保つことはできなかった。
「人造魔法師実験をされてからしばらくは、訓練も中止された。これは真夜さんが実験をする際に出した絶対の条件だった」
「訓練が休止していた間、母上と叔母上は俺に付きっきりだった。激情が消されたことで今までの『記憶』が『記録』へ変質したと、叔母上は誰よりも理解していた。だから新しい記憶として、家族としての時間を作ろうとしたんだろう」
「あの二人らしいわね」
貢と達也により明かされた過去に、エリカの心も少しだけ緩む。それを見て、貢は話をまとめにかかった。
「司波達也という存在は、深夜さんが過去に抱いていた世界に対する憎悪の体現者。一人の女性の怒りと哀しみを分かりもせず、無邪気に都合の良い超越者を望んだ我々四葉の罪の象徴だ……エリカ嬢」
「はい」
「君の隣にいるのはそういう男だ。君はそれでも、達也君の隣にいることを望むのか?」
「はい。正直、恐ろしいとは思いますけど、それでも達也くんを想う気持ちは本物で、それが揺らいだりはしていないです」
「そうか」
真っ直ぐに言い切るエリカに、貢はふっと笑みを漏らした。
「達也君、椎葉、真柴、静の三家への説得は、年末までに済ませておこう。君は胸を張って慶春会に出席するといい」
「ありがとうございます」
「エリカ嬢は、その後の発表により周囲が混乱するだろうが、二人で上手く乗り越えてくれ」
「はい。お気遣いありがとうございます」
貢は達也とエリカへ一言ずつ残すと立ち上がる。二人に見送られ、貢は達也家をあとにした。
「来年も、大変なことになりそうね」
「そうだな」
達也・深雪が四葉深夜の息子・娘であること、深雪が四葉家次期当主に指名されたこと、さらに達也とエリカが婚約したこと。
二カ月後にはこれらの情報が公表される。エリカですらすぐには受け入れられなかったのだ、他の友人たちもそう簡単には受け入れることはできないだろう。
それでも。
「あたしは、達也くんや深雪たちの味方だからね」
「ああ。頼りにしている」
何とかなる、何とかすると意気込むエリカに、達也は抱いていた不安が軽くなるのを感じた。