ガーディアン解任   作:slo-pe

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師族会議編
師族会議編1


 

 

 一月四日、金曜日。

 達也たちは四葉本家を後にした。本家から最寄りの駅まで送ってもらい、そこから個型電車(キャビネット)に乗り込む。

 キャビネットが動き出し、達也はエリカとの約束の通り今から本家を出る旨を連絡する。一分もしないうちに達也の端末から通知音が鳴り、そのすぐ後に達也、深雪、水波の三人の端末が通知を知らせた。

 

「エリカったら……」

「エリカさんらしいですけど……」

 

 深雪と水波の主従が似たような笑みを浮かべた。二人が見ているのは、グループのみがアクセスできる伝言板(メッセージ・ボード)。参加者は年末にパーティーを開いた九人。

 そこに書かれていたのは、達也や深雪、水波の用事が済んだから皆で集まろう、予定を共有してほしい。という内容だった。

 

 四葉家の通達がされた先は、二十八家と百家の一部という魔法師界トップ層のみ。だが、この情報が魔法関係者の間に拡散するのに、大した日数は掛からないだろう。

 とはいえ、一、二ヶ月の猶予はあるはず。新学期が始まれば、四葉の一件を知る者も知らぬ者も入り混じる中、登校しなければならない。

 元々知っていたエリカはもちろん、雫やほのか、幹比古あたりには新学期までに伝わるだろう。だが、レオや美月はそうはいかない。顔を合わせていきなり知らされるよりは、前以て知らせておいた方がいい。

 だからこその、この提案。実にエリカらしい。

 

『六日の午後と七日は空いている。それ以外は厳しいな』

『明日以降なら問題ないわ』

『深雪姉さまと同じく、問題ありません』

 

 三人がそれぞれ返事をすると、連続して通知が鳴る。

 

『あたしも明日以降なら平気』

『俺はいつでも大丈夫だぜ』

『私も予定は無いのでいつでも大丈夫です』

 

 エリカとレオ、美月から即座に返信が来た。残る雫、ほのか、幹比古の三人から返信はない。

 即座に返信した三人は、たまたま手が空いていたのだろう。

 

 その後は移動の間に新しい通知はなく、東京へ到着した。

 昼食を済ませた達也はスーツに、深雪は振袖姿に着替えを済ませ、二人で九重寺へ新年の挨拶へ向かった。

 

 八雲との挨拶を終えて深雪を自宅へ送り届けると、出迎えた水波は曇った表情をしていた。

 

「何かあったの?」

「いえ、その、雫さんたちから返信がありまして……」

 

 達也たちは九重寺に向かう際、携帯端末の電源を切っている。八雲は気にしないかもしれないが、そこは最低限のマナーである。

 達也たちが端末を取り出すのを制して、水波は自身の携帯端末を差し出す。そこには新たに三件のメッセージが表示されていた。

 

『私は大丈夫。いつでも平気』

『私も大丈夫です!』

 

 これは雫とほのかの返信。送信時間は同時刻、おそらく二人で一緒にいるのだろう。

 そしてもう一つが、雫たちの返信から少し後に送られた、幹比古からの返信。

 

『ごめん、ちょっと新学期までバタバタしてて集まれそうにない』

 

 幹比古らしくないメッセージ。断る理由も曖昧だし、新学期初日に会いに行くといった代替案も出さない。端的に言えば、素っ気なかった。

 

「これは……」

「伝わっているな」

 

 二人とも、文面から察した。察してしまった。

 覚悟はしていた。それでも、こうして線を引かれると、想像以上に重い。

 

「これはおそらくだが、ほのかや雫は大丈夫なんじゃないか?」

 

 それを振り払うように、達也が言う。

 

「二人は既に知っていて、この反応だと?」

「おそらくな。吉田家に伝わっているのなら、北山家に伝わっていてもおかしくない。それに二人が同時に返信してきたのなら、雫がほのかへ伝えたんだろう」

 

 達也にしては珍しく、願望が多分に混じった、根拠の薄い言葉だった。

 

「…そうですね」

 

 深雪はそれを指摘しなかった。ただ、その推論が正しいことを願った。

 

 

 

 

 深雪を送り届けてから達也が向かったのは、自宅ではなく千葉家だった。

 伝統を感じさせる門の前でコミューターを降りると、ラフな格好のエリカが待っていた。

 

「達也くん、あけおめ」

「おめでとう、エリカ」

「……じゃ、行きましょ」

 

 軽く挨拶を交わし、そのまま無言で門をくぐる。

 案内されたのは応接室、そこには既に修次と寿和が顔を揃えていた。

 

「すみません、お待たせしてしまいましたか」

「遅れたわけじゃないから大丈夫だよ。こっちこそ急に来てもらって悪かったね」

 

 達也の謝罪に、修次も謝罪を返す。修次に促され、二人と対面するようにエリカと並んで座る。

 

「寿和さん、修次さん、ご挨拶が遅れました。新年、おめでとうございます」

「明けましておめでとう。達也くんも忙しかっただろうし、さっきも言ったけど気にしないでいいよ」

 

 腰を折った達也へ、修次は新年の挨拶を返す。そして、穏やかな表情でこう続けた。

 

「それに、これから僕たちは義理とはいえ兄弟になるんだ。そうかしこまられても困る」

 

 達也は思わず目を見張った。

 

「では、これからもよろしくお願いします」

「うん、よろしくね」

 

 達也の声の硬さが抜け、表情も緩んだ。修次も頬を緩めて応じた。

 二人のやり取りを隣で見ていたエリカも、達也の変化に気づいていた。当人にバレないよう小さく息を吐く。

 

「それにしても……俺たちを差し置いてエリカが一番に婚約するとはね」

 

 そこに、寿和がニヤリとした笑みを浮かべ、口を開いた。

 

「逆に兄貴は遅すぎる気はするけどね、もう二十七だしそろそろ身を固めないと。親父からも後を継げって言われてるんだろう?」

「ほんとよ。あんたに相手の一人もいないから、年末あたしもパーティーなんかに出るハメになったし」

「それはもう謝っただろ。悪いとは思ってるって」

「ならいつまでも遊び回ってないで、さっさと相手見つけなさいよ」

「失礼な。ここ一年は遊んでないぞ」

 

 身内ノリが始まり、口を閉ざしていた達也だったが、ずっと責められっぱなしの寿和を気遣ってか、助け舟を出した。

 

「ここ一年は、と言いますと……誰か良い相手がいらっしゃったのですか?」

「ん? ああ、まあ、そんな感じだな」

 

 寿和は照れ臭そうに誤魔化す。学生時代には遊び回っていた兄が見せた純情な姿に、修次とエリカは意外そうな顔をした。

 

「その相手とは上手くいっているの?」

「それが全然。去年…いやもう一昨年か。一昨年の横浜事変の前に知り合ったんだが、その後は密入国者捜査なんかの後始末に追われて。年が明けてようやく落ち着いたと思ったら、今度はしばらく関東を離れなきゃならなくなって。最後に会ったのは去年の二月か」

 

 饒舌に語る兄に、弟妹(きょうだい)は寿和が限りなく本気に近いのだと察した。

 

「相手の女の人は誰なのよ? あたしたちの知ってる人?」

「修次は知らないが、エリカは一度会ったことがあるぞ。電子の魔女、エレクトロン・ソーサリス──藤林少尉だよ」

 

 気取った言い回しをした寿和に、三人は目を見張った。

 修次は、寿和の想い人が、古式の名門、藤林家の令嬢であることに。

 エリカは、婚約者の同僚と兄が、思わぬ繋がりを持っていたことに。

 そして達也は、世間が思った以上に狭いことと、寿和の人物評価を修正する必要があることを理解した。

 

「あんた藤林さん狙ってるの? 本気?」

「本気も本気さ。ただ向こうはそんな感じじゃなさそうなんだよなぁ」

「ふぅん……ま、あの人はあんたに手に負える女性(ひと)じゃないってことね。諦めなさい」

「実の兄に励ましの一言も無いのか……というか、エリカ、藤林さんと知り合いなのか?」

「まあね。あたしがって言うより達也くんが、だけど」

「司波くんが?」

 

 寿和の目が達也へ向いた。

 

「ええ。一年の時の九校戦の後、声を掛けていただいて。それから何度かお話を」

 

 藤林の表向きの役職は技術士官だ。九校戦で高度な技術を披露した達也のもとを訪れても不自然ではない。

 寿和の目が、明らかに色を変えた。

 

「お断りします」

 

 寿和が口を開くのに先んじて、達也は否を表明した。

 

「まだ何も言ってないだろう」

「藤林さんとの仲を取り持て、と言うならできません。そういう事は他人がどうこうすると拗れますし、ご自分でどうぞ」

「融通が利かんなぁ」

 

 はぁぁと、大げさにため息を吐く寿和だったが、その内心は本気で残念がっていた。

 遊び人と言われても仕方ない学生時代を過ごしてきた寿和だが、警部となってからは仕事に忙殺されていた。

 何より、一番致命的なことが、そもそも彼は本命にアプローチした事がなかった。程々に異性から好意を寄せられ、本人も深く考えずに付き合ってきた過去が、ここに来て悪い方へ作用していた。

 

「念のため確認ですが」

 

 そこに、達也が訊ねる。

 

「寿和さんは藤林さんへ本気で好意を持っているので?」

「さっきそう言ったはずだが」

 

 寿和は気分を害したのを隠さずに答える。だが達也は怯まなかった。

 

「寿和さんは先ほど、藤林少尉(・・)と言っていましたが、彼女はもう少尉ではありませんよ」

「は? それはどういう…、」

 

 寿和はセリフの途中で気づいたのか、携帯端末を取り出して慌ただしく何かを打ち込む。

 

「まじか……」

 

 しばらく愕然と画面を見つめていた寿和は、がっくりと項垂れた。

 

「達也くん、どういうこと?」

「寿和さんは、藤林中尉(・・)の昇任を知らなかったようだ」

「あー、そゆこと」

 

 エリカが納得の表情を浮かべた。

 

 一月一日付の辞令にて、藤林は少尉から中尉へ昇任していた。

 藤林は国防軍、寿和は警察と、所属組織が違うとはいえ、昇任は官報に掲載されている。検索エージェントに登録するだけで手に入る情報だ。もし寿和が藤林に好意を寄せていたなら、気づいていてもおかしくはない。

 むしろ、気づかないほうがおかしい。

 

「ほんっと、だらしない野郎ね」

 

 達也の感情のない視線と、エリカの蔑んだ眼差しが寿和へ突き刺さる。修次もこれは擁護できないのか、呆れた様子で兄を見つめている。

 

「いや、ほんと……ははは」

 

 誰もフォローしない空気の中で、寿和は笑うしかなかった。

 

 

 

 

 一月五日、土曜日。

 達也は旧茨城県土浦の、国防陸軍第一〇一旅団基地を訪れていた。行き先は独立魔装大隊本部。訓練ではない、風間たちへの挨拶だ。

 

 達也は風間に新年の挨拶と中佐昇任のお祝いを告げてから、真田、柳、山中にも顔を出すつもりだった。ところが山中は基地に不在、真田と柳は手が離せない状況だった。

 待つか帰るかで迷っていた達也を、藤林が士官用のカフェに誘った。

 

 現在の時刻は十時五十分。昼食にはまだ少し早い時間だが、一服するにはちょうど良い頃合いだ。士官用カフェは結構賑わっていた。

 正月期間とはいえ勤務中だから、士官は皆制服を着ている。スリーピースの平服姿の達也は妙に目立っていた。その顔に気づいた者も多く、さらに視線が集まる。

 

 何となく居心地悪そうにしている達也を、藤林は面白そうな目で見ていた。

 

「達也くんもそんな風に恥ずかしがったりするのね」

「目立つのは、好きではありません」

 

 ムスッとした顔で藤林の目を見返した達也に、藤林が噴き出す寸前の表情を浮かべた。

 

「これからは慣れていかないとね。達也くんは元々国防軍の中で有名人だったけど、そこに四葉家当主の甥・エリカちゃんの婚約者って肩書が付くんだもの」

「四葉はともかく、婚約者というだけでそこまで変わるものですか」

「もちろんよ。千葉の令嬢の婚約者、しかもエリカちゃんは軍の上層部からの評価も高いから」

「『千葉のお転婆』ですか」

「あら、達也くんはその呼び方が好み?」

「一番エリカらしいので」

 

 エリカは横浜事変や九校戦での活躍により、国防軍や警察幹部の間で高い評価を受けており、『千葉家の秘密兵器』『千葉の幻剣姫(まぼろしけんき)』『千葉のお転婆』などと呼ばれている。

 

「そうねえ。私は『千葉家の秘密兵器』っていうのも好きだけど」

 

 目を細めて笑う藤林。その裏には「達也くんも魔装大隊の秘密兵器だしね」という言葉が隠れていた。

 

 その後、しばらく世間話を続けていると、藤林がこんなことを漏らした。

 

「婚約者、かぁ……」

 

 達也が藤林に訝しげな目を向ける。しかし、言葉にして問い掛けはしなかった。

 

「……最近、うるさいのよ。いい加減、結婚しなさいって」

 

 だが達也が気を遣って避けた話題を、藤林の方から口にした。

 

「私も自分がいい歳だってことは分かってるんだけどね……」

 

 魔法師は早婚を求められる。男の寿和でさえ結婚を急かされるのだ。藤林も、親族の間では肩身が狭いのだろう。

 だが、達也は彼女が結婚しない理由を知っている。余計に不用意な言葉を掛けることはできなかった。

 

「分かっているのよ。そろそろ気持ちの整理をつけなきゃならないって。私がいつまでもあの人のことを引きずっていたって、あの人は喜ばないって」

 

 ところが、今日の藤林は達也が避けた地雷を、ことごとく踏みにいっている。今や他の士官が時々向ける好奇の視線より、藤林の言葉の方が居心地の悪さをもたらしていた。

 

 藤林は、五年前の沖縄防衛戦で結婚間近だった婚約者を失っている。これをきっかけに、研究者の道を歩み始めていた藤林は、制服軍人へと進路を転じた。

 藤林の話を聞くに、彼女は今も、その死を引きずっている。

 

「あっ、ごめんなさい! 私ったら……こんな愚痴を聞かせられても、達也くんには迷惑なだけよね」

 

 達也が困惑しているのに気づいて、藤林は慌てて、かつ気まずげに謝った。

 

「いえ……」

 

 達也はなんと返すべきか悩んで。

 

「そう言えば、藤林さんは千葉家の御曹司と親しい仲だと聞きましたが」

 

 咄嗟にこう口にしてしまった。

 

「千葉の御曹司って……千葉寿和警部のこと? 達也くんそれ、どこから聞いたの?」

 

 鋭い視線で問うてくる藤林。達也は瞬時に思考を巡らせる。

 

「エリカに愚痴を言われまして」

「エリカちゃんに?」

「ええ。年末に寿和さんとパーティーに駆り出されたらしく、寿和さんにパートナーがいれば出なくても済んだのにと」

「それで……彼が、私を?」

「ええ。まあエリカは『ヘタレてないでさっさと玉砕しろ』と言っていましたが」

 

 達也のこれは、事実を基にした捏造であり、嘘としては出来が良すぎた。

 

「へぇ……」

 

 藤林が短く呟く。その様子は、どこかそわついているように見えた。

 おや、これは……と、達也は野次馬根性丸出しの視線を向ける。

 

「……なによ」

「いえ、なんでも」

 

 わずかに不満げに抗議してくる藤林に、達也は笑みを深めた。

 

 

 

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