一月六日、日曜日。午後四時四十五分。
約束の時刻まであと十五分となり、達也家のチャイムが鳴った。
水波がインターホン越しに応対し、その後玄関へ向かう。達也、深雪、エリカの三人は、リビングにてそれを見送った。
少しして、水波が戻ってきた。その後ろにいるのはレオだ。
「よう、達也。久しぶり」
「久しぶりだな、レオ。元気そうで何よりだ」
「おう。エリカも深雪さんも、おめっとさん」
「あけおめー」
「おめでとうございます、西城くん」
レオが達也たちと挨拶を交わす傍ら、水波はビニール袋を片手にキッチンへ向かった。
今日の名目は焼き肉パーティー。正月料理に飽きたエリカの発案だ。
具材は持ち寄りで、それぞれ役割も決まっている。エリカとレオ、美月は肉。雫とほのかが野菜類。達也は場所と機材の提供で、深雪と水波は調理担当である。
その後、友人たちで行った初詣の話をエリカとレオから聞いていると、再度チャイムが鳴った。
水波が応対し、出迎え、雫とほのかを連れて戻ってきた。
「ほのか、雫、明けましておめでとう」
「二人とも、明けましておめでとう」
「達也さん、深雪、明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとう。二人とも、お疲れ様」
達也と深雪の新年の挨拶に、ほのかは新年の挨拶を、雫はそれに加えて労いを返す。
それだけで、達也も深雪も理解した。
意図せず、二人の視線がほのかへ集中する。
ほのかは、いつも通りの柔らかな笑みを浮かべた。
「来年もよろしくお願いします……って、去年言いましたから」
「…そうか。二人とも、今年もよろしくな」
達也は一拍遅れた返事をしてから、改めて新年の挨拶とした。
「二人とも、ありがとうね」
深雪は、こらえきれないように瞳を潤ませていた。
その後、皆で話し込んでいるうちに、約束の時刻を過ぎた。
「美月は、遅れているのでしょうか……?」
友人の珍しい遅刻をほのかが指摘する。だが、ほのか自身それを信じてはいなかったし、この場にいる全員がその思いを共有していた。
「美月は、来ないかもしれねえな」
レオがそれをはっきりと口にした。
「多分、一昨日の時点じゃ知らなかったんだろ。俺も今朝知ったばっかだ」
先ほどのほのかたちとのやり取りや、美月が来ていないことに疑問を持っていないことから察していたが、レオも既に達也たちの事情を知っているようだ。
おそらくだが、美月もそうなのだろう。
美月なら、一度了承した以上、断るに断れなかったはずだ。だが約束の時間を過ぎたことで、グループの
「いや、来てはいるみたいだ」
それを破ったのは達也だった。友人たちの疑問の視線を受けつつ立ち上がり、玄関へ向かう。少し遅れて水波がついてきた。
玄関の扉を開けると、唐草模様の透かし彫が施された門の外側で、美月が所在なさげに立っていた。
「あっ」
その目が、達也を捉える。
門を挟んで無言のまま見つめ合うこと数秒。
達也が門のロックを外して玄関を出る。そして、門を引き開けた。
「おはよう美月」
「あ、その、おはようございます……」
美月は挨拶を返した後、すぐに目を逸らした。だが、今度は無言が続くことはなかった。
──美月が一歩踏み出したのだから、今度はこちらから。一昨年の夏休み、あのとき引き止めてくれた美月なら。
「美月」
「は、はいっ」
達也は、覚悟を決めた。
「……俺としては、今年も仲良くしてほしいんだが、どうだろうか?」
言葉になるまで、少し間があった。声にも迷いが滲んでいる。
それでも、場を動かすのには十分だった。達也から歩み寄った事実、達也が見せた弱さ。それが美月の背中を押した。
「はい、私の方こそ、今年もよろしくお願いします」
美月は、まだ少しぎこちない笑顔で、それでも確かに微笑んだ。
◆
約束していたメンバーが揃い、焼き肉パーティーが始まった。
雫とほのかは、テーブルでお喋りをしながら時折肉をつまんでいる。年末年始の挨拶で疲れているのだろう。
エリカは、未だぎこちない美月に絡みながら、深雪や達也との会話を広げていた。
達也は家主としての意識からか、会話の合間にコンロから肉や野菜を取り分けている。
レオはコンロの傍を陣取り、専ら食べる方に専念している。水波が焼いている食材の殆どはレオの腹の中に収まっていた。
もちろん、はっきりと分かれているわけではない。時に深雪が水波と交代して強制的に休ませ、時に女性陣がレオを押し退けてマシュマロを焼いて、時に達也がレオとフードファイトを繰り広げたりした。
「さて、それじゃあデザートにしましょ」
エリカが水波へ目配せする。水波は一度キッチンへ向かい、フルーツが盛られたバスケットを手に戻ってきた。
「エリカちゃん、デザートって、これ?」
美月がまさかと思いつつ訊ねる。食材割り振りで、デザートを担当したのはエリカ。これは本人が強く希望したからである。
何か食べたいものがあるのかと思ったが、出てきたのは種類こそ豊富だが、ただの果物だった。
「そうよ?」
エリカは自信満々に答える。そして、深雪へと視線を移した。
「深雪が調理係やってくれるって言うから。一度やってみたかったのよね〜」
エリカのセリフに対する反応は対照的だった。達也、深雪、水波の三人は呆れた表情で、残りの四人は首を傾げている。
だが、それもすぐに呆れに変わることとなった。
「エリカは何にするの?」
「んー、じゃあオレンジ」
「はいはい」
深雪はバスケットからオレンジを手に取った。
シャリシャリシャリシャリ……という、真冬の深更にでも聞こえてきそうな音が響いた。発生源は深雪の手元。
「はい、どうぞ」
「ありがとー」
エリカは、深雪から
「おまえなぁ……」
「なによ。あたしは具材の調達、深雪が調理、間違ってないでしょ」
「調理つってもよぉ……」
感想を口にしたのはレオ。エリカが手にするオレンジの生シャーベット、確かに深雪が調理したものだ。
「深雪、俺はマンゴーがいいな」
「兄さんはマンゴーですね」
達也が苦笑ぎみにそう伝えると、深雪が新たなフルーツを手にする。再び、シャリシャリシャリシャリ……という音が聞こえ、たちまちの内にマンゴーの生シャーベットができ上がった。
「どうしたレオ、ちゃんと美味いぞ」
「……そうかよ。深雪さん、ブドウくれるか?」
「ええ」
レオも諦めたように笑い、深雪へリクエストを伝えた。
「それにしても、やっぱり水波は従妹じゃなかったんだ」
深雪作の生シャーベットを食べ終えたところで、雫が呟いた。
水波の現在の服装はメイド服。本人の趣味と言い張らない限り、四葉家次期当主の従妹とは思えない格好だった。
「やっぱりって、気づいていたの?」
「うん、仕草とか従者っぽかったし。それに深雪姉さまって呼んでるけど水波の方が誕生日早いから」
「言われてみれば。水波さんの方が年上なんですよね」
雫の種明かしに美月が感心した様子で頷く。
深雪の誕生日は三月、水波は六月。これだけなら水波の方が早くに生まれたことになる。だが、深雪姉さまという呼称は間違っていない。ガーディアンとして仕えるため、水波は年齢を一つサバ読んでいた。
達也はポーカーフェイスで、深雪は鉄壁の微笑みで、水波は鍛え上げられた従者スキルで。三人はそれを悟らせなかった。
「はい、私は深雪様のメイドですので」
水波はいい機会だと、友人たちの前で深雪の様付けを解禁した。
「水波ちゃん、様はやめてって言ってるでしょう」
「いえ、深雪様が次期当主であると発表された今、誤解を防ぐためにも深雪姉さまという呼称は避けるべきです」
「そうはそうだけどね。多分誰も誤解しないわよ?」
「万が一という可能性がありますので」
深雪の反論を、水波は建前論で押し返す。
水波はずっと不満だった。主である深雪を、姉さまと呼ばなければならない。『姉』というたった一文字だが、その一文字の違いが、どうしても馴染まなかった。
「深雪、こうなった水波はもう折れない。じきに慣れるさ」
「……兄さんは水波ちゃんに甘すぎます」
達也からまさかの裏切り(?)に遭い、深雪も負けを認めることにした。拗ねたような深雪の視線に、達也は苦笑いを返した。