ガーディアン解任   作:slo-pe

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師族会議編3

 

 

 短いながらも多事な冬休みが終わり、今日から三学期。

 達也たち三人は、いつもより三十分早く登校した。理由は、学校からの呼び出しだ。

 

 校長室。達也と深雪の前には教頭の八百坂、その奥には重厚なデスク越しに校長の百山東が座っている。メールを受け取ったのは達也と深雪だけだったため、水波は部屋の外で待機していた。

 

「それでは、意図的に虚偽の届け出をしたということですか?」

「結果的にはそうなります。自分も深雪も、身分を明かさないよう、ご当主様より言い含められていました」

 

 百山が微かに眉を顰めた。達也の軍隊調の言葉遣いが気に障ったのか、それとも自分を前にしてまるで緊張した様子の無い態度を不遜と感じたのか。

 校長の不機嫌を敏感に察知した八百坂が、僅かに狼狽えた態度で達也に質問を続ける。

 

「戸籍が偽造されていたということですか? 保護者が意図的に届け出書類を偽造していた場合、学籍抹消もあり得ますが」

「その件については既に、お詫びと共に書面でご説明していると聞いております」

「確かに、頂いています。あの事件があったことで、最低限の自衛ができるまでは子どもたちを四葉家の人間だと秘匿していた……そして、兄妹であることについては、子どもたちには高校生活を円滑に過ごしてほしいからと」

 

 達也も深雪も、笑いを堪えるのに苦労した。

 真夜がどんな文面を送ったのかは知らない。ただ八百坂のセリフから察するに、達也たちが兄妹であると秘匿していたのは、第一高校の差別主義の所為、一高側に責任があると告げていたようだ。

 

「校長先生。司波君の弁明に、不自然な点は無いと思われますが」

 

 百山はすぐに答えを返さなかった。

 

「戸籍をはじめとする公的データは既に更正されています。特殊な家庭事情を考慮しても、処分の必要は無いと思われますが如何でしょうか」

「事情は分かった」

 

 百山校長が重々しく頷く。八百坂は対照的に、ホッと表情を緩めた。

 

「確かに、今回の件は致し方ない面も多い。ただ、今回のことが学籍取消処分にもつながる重大な過ちであったことは忘れないように。実家にも厳重に抗議させていただく」

「分かりました」

 

 達也が一礼するのに合わせて、深雪も丁寧に腰を折った。

 

 

 

 

 達也が二年E組の教室に向かう途中、校内が妙にざわついているのを感じた。

 おそらく四葉の発表によるものではない。それにしては、落ち着きがなく、好奇心が前に出ているように見える。

 

 だが、達也が教室に入ると、それが途端に静まった。クラスメイトの目は一斉に集まり、すぐに逸らされた。

 自分がどう見られているかを概ね把握しながら、達也は取り敢えずいつも通りに席に着く。

 

「おはよう」

「おはようございます、達也さん」

 

 美月がまだ少しだけぎこちない笑顔で応じる。クラス中から戸惑いの気配が漏れた。

 

「美月。皆、落ち着かないようだが何かあったのか?」

 

 落ち着かない理由の一つである当人が、しれっとそう訊ねる。だが、美月はそんな事で茶々を入れる性格ではなかった。

 

「私もはっきりしたことは知らないんですけど……何でも三高の一条さんが当校に来ているそうですよ」

「将輝が? ……ああ、そう言えばそうか」

「達也さん、何か知っているんですか?」

「まあね」

 

 周りの机から意識が向けられる。

 あからさまに目を向けてくるわけではない。達也に対する恐れを抱きながら、それでも好奇心が抑えられずに、こっそりと。

 

「達也くん、おはよ」

「おう達也」

「エリカ、レオ、おはよう」

 

 達也が説明しようとしたところ、エリカとレオがやってきた。

 

「達也くん、一条くんのこと知ってるの?」

「ああ、将輝は国内留学生として一高に来るらしい。期間は三か月、三学期丸々だな」

「へえ……それってやっぱり、そういうこと?」

 

 エリカがニヤリと笑みを浮かべて訊ねる。

 

「どこまで話が広まっているんだ?」

 

 達也はそれに質問で返した。エリカの真意の把握と、現状の確認を兼ねたものだ。

 

「んとね、深雪が次期当主に指名されたこと、達也くんと深雪が兄妹だってこと、あたしと達也くんが婚約したこと。それで、一条家が深雪へ婚約を申し出たこと」

 

 前半はともかく、後半二つに関しては広くは伝わっていなかったらしい。七割程度の生徒は初耳という顔をしていた。

 

「そうだな。コンペ直前に偶々知られてしまったんだが……将輝も中々思い切ったことをする」

「なるほど。ただヘタレたプリンスじゃなかったってわけね」

 

 エリカの身も蓋もない評価に、達也は苦笑を漏らしてしまった。

 

 

 

 この朝、幹比古は二年E組の教室に顔を見せなかった。

 

 

 

 

 深雪と水波がA組の教室に入ると、達也と同様に話し声がぴたりと止んだ。

 遠巻きに視線を向けられる中で、三人の女子生徒が歩み寄る。

 

「深雪、水波、おはよう」

「二人ともおはよう」

 

「雫、ほのか、おはよう」

「雫さん、ほのかさん、おはようございます」

 

 二人に声を掛けられたことで、深雪たちの居心地の悪さも多少緩和した。

 畏怖や好奇の視線は依然として向けられているが、深雪たちはそれを無視して、もう一人の女子生徒へ身体を向けた。

 

 お行儀よく先輩たちの挨拶が終わるのを待っていた船尾が、ぺこりと頭を下げる。

 

「水波先輩、深雪先輩、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

 

 船尾春花、水波に憧れる一年生。

 極度の水波信者である彼女にとって、水波が四葉であることなどどうでもよかった。

 

 同じく深雪に心酔している泉美の姿はない。

 単にフットワークの軽さの差と言うべきか。朝一で会いに行くべきと判断した船尾に対して、泉美は放課後の生徒会で挨拶しようと考えていた。

 

「春花ちゃん、明けましておめでとう。今年もよろしくね」

「よろしくお願いします」

 

 深雪が微笑みで、水波が一礼して応える。

 

「あの、深雪先輩、一つお聞きしてもいいですか?」

「なにかしら?」

「水波先輩って、深雪先輩のことを『深雪姉さま』って呼んでましたよね? もしかして、水波先輩も四葉家の人なんですか?」

 

 クラスメイトの視線が今まで以上に集まる。深雪が何と答えるか、息を潜めて注視している。

 

 深雪は発言の意図に思考を巡らせた。頭のいい船尾のことだ、おそらく水波が従者であると察しているはず。これは、クラスメイトへの説明を意図した問いだ。

 先輩想いの後輩ね、と深雪は微かに頬を緩める──その刹那が、水波に先んじられる原因となった。

 

「以前そのように呼んでいたのは達也様のご指示があったからです。私は四葉家に援助をしてもらっている身でして。その縁もあり、現在は深雪様のメイドとして仕えています」

 

 魔法師の仕事は危険なものが多い。殉職した魔法師の子女を、雇い主や同僚が引き取って育てる例は特に珍しくはなかった。この第一高校にも、いや、このA組にもそういった生徒はいる。クラス内からも、怯んだり気まずくなったりする様子は無かった。

 

 深雪は「しまった」と思った。回答を奪われたことにではなく、大勢のクラスメイトの前で様付けの呼称を許してしまったことにだ。

 大義名分だけでなく、既成事実すら作られてしまった今、水波を止める手段が完全に無くなった。

 

「そうなの。小さい頃からいつも一緒にいるのよ」

 

 深雪は諦めた。水波の珍しい我儘を聞いてやることにした。

 

 周囲は納得の様子を見せる中で、目の前の船尾はそれと全く違う反応を見せた。

 

「メイド……?」

 

 何に意識を奪われたかと言えば、単純なものであった。

 

「あの、水波先輩」

「なんでしょうか」

「メイドとして仕えていると仰いましたが、もしかして、ご自宅ではメイド服を……?」

「着ていますが」

 

 水波は「それがどうした」と言わんばかりに言う。

 周囲の、特に男子の視線が水波へ降り注ぐ。深雪に隠れてはいるが、水波もかなりの美少女だ。そんな女の子が日常的にメイド服を着ている。年頃の男子が想像を逞しくするのも無理はない場面だった。

 

「船尾さん?」

 

 それを感知した船尾が、水波へ抱きつく。

 

「煩悩の気配がします。水波先輩、私が守りますからね」

「…ありがとうございます」

 

 水波は複雑な表情をしながら、言葉短く答えた。最も煩悩を抱えているであろう人物が何を言っているのかと、そう思ったのだ。

 船尾は振りほどかれないのをいいことに、そのままぎゅーっと抱き締める。九校戦での優勝以来、五か月ぶりの抱擁を満喫していた。

 

 しばらくして満足したのか、抱き着いたまま少し距離を空けて、こう訊ねた。

 

「ちなみに水波先輩、自宅でのお写真などございませんか?」

「ございません」

「一枚だけ」

「ございません」

「ちらっと見せていただくだけでも」

「ございません」

 

 後輩の可愛らしいおねだりを、水波はにべもなく断り続ける。

 そんな二人の様子に、教室内の張り詰めた空気が緩んでいく。

 

 船尾は目論見通りの結果を出せたことに安堵する。それじゃあご褒美だと、再度水波をぎゅっと抱き締めた。

 深雪と水波、隣にいた雫やほのかも、船尾の意図を察した。そして、それにかこつけて水波を堪能している後輩の様子にも気づく。

 四人は、船尾春花という人物の、賢さと一途さ、そして図太さを改めて思い知らされたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「皆さんご存じのとおり一条君は第三高校の生徒ですが、三学期の間、国内留学生として一高で過ごすことになりました」

 

 ホームルームの時間。教室の前に立つのは、A組の指導教員ではなく教頭の八百坂、そしてその隣には一条将輝。

 ただでさえ前例にない国内留学生。しかも派遣されたのが、一高最大のライバルである三高のエース。十師族一条家の長男だ。

 

 落ち着かない雰囲気が教室内を満たす。

 加えて、男子生徒と女子生徒の間には、将輝へ向ける眼差しに明らかな温度差があった。

 

「教頭先生。つまりは三高の一条さんが、このクラスに転入されるということですか?」

 

 女子生徒の一人が手を上げて、願望混じりの質問をする。

 

「転校ではなく、国内留学生です。制服を見て分かる通り、一条君は第三高校に在籍したままです。実習や実験についても、一高と三高でカリキュラムは違いますが、一高で取得した単位も三高での単位に換算されます」

 

 それは既に説明されたことだったが、八百坂は根気よく繰り返した。

 

「一条君にとっても皆さんにとっても、きっといい刺激になることでしょう。仲良く、切磋琢磨してくれることを望みます。では一条君」

 

 八百坂に促されて将輝が半歩進み出る。

 

「第三高校の一条将輝です。この度は第一高校の皆様のご厚情により、一緒に学ばせていただくことになりました。三か月の短い期間ですが、よろしくお願いします」

 

 将輝が頭を下げたのと同時に拍手が起こる。歓迎の音ではあるが、その奥には値踏みするような空気が混じっていた。

 

 A組には、二年男子のリーダー格である森崎と、生徒会長の深雪がいる。国内留学生を受け入れるには最適なクラスだった。

 百山校長もそれを考慮し、将輝をA組に配したのだろう。

 

 ──しかし大多数はそう考えなかった。

 

 達也たちE組と違い、A組の生徒は有力魔法師家の生まれの生徒も多い。そのため、四葉家の発表だけでなく、一条家からの婚約申し込みについても知っている生徒が多数いた。

 この転校…いや、国内留学は、将輝の深雪に対するアプローチの一環であり、学校側がそれに配慮した結果だ。生徒たちがそう結論づけても不思議ではない。

 

 拍手を受ける将輝から、微かに魔法の気配がした。おそらく顔の紅潮を抑えるために血流を操作したのだろう。

 それに気付いた数名は、将輝の技量に感嘆するとともに、プリンスの恋が本気であることを理解した。

 

 

 

 

 魔法科高校では、三学期の初日からいきなりフルタイムのカリキュラムが始まる。

 その一時限目の終わりには、早くも将輝のことが噂になっていた。

 

「一条くん、A組に入ることになったんだって」

 

 興奮気味に、あるいは興奮したふりでエリカが話し掛けてくる。昼休みではなく、授業合間の休み時間にわざわざ来てのことだ。

 クラスメイトから遠巻きにされていた達也は、婚約者の気遣いに頬が緩むのを感じた。

 

「A組は成績優秀者が多いし、何より一科の中で唯一クラス人数が奇数だ。その所為だろう」

「達也くん、それ本気で思ってないでしょ?」

「まあな」

 

 エリカの問いに達也も頷く。A組の生徒と同じように、達也も学校側が一条家に配慮した結果だと思っていた。

 

「なあ。一つ、疑問があんだけど」

 

 そこに、レオが遠慮がちに切り出した。

 

「何だ、レオ」

「そもそも論だけどよ……一条は一条家の次期当主で、深雪さんも四葉家の次期当主になったろ? どうやっても成立しなくねえか?」

 

 態度や言動に誤魔化されてしまいそうになるが、レオは決して馬鹿ではない。知識はともかく、知力はむしろ高いと言える。

 達也はそれを知っていたはずだが、それでもこの鋭い指摘に驚かされてしまった。

 何と答えるか悩んだ達也は、推測という形で問いに答えることにした。

 

「婚約の申し込みが一条家からなのだから、向こうが配慮するんじゃないか?」

「まじかよ」

 

 驚愕を浮かべるレオだけでなく、耳を澄ませていたクラスメイトが大きくざわめいた。

「クリムゾン・プリンス」の二つ名を持つ一条将輝。弱冠十三歳にして実戦で力を示し、二〇九五年の横浜事変でもその名に相応しい活躍を見せた。一流の戦闘魔法師として名を馳せる十師族のサラブレッドだ。

 その跡取りを、一条家は手放すと言う。もし二人の婚約が成立すれば、利益の天秤は四葉家に大きく傾く。

 その恋が本気であることを、誰もが理解した。

 

 そんなしみじみとした空気を変えたのは、やはりというかエリカだった。

 

「もうヘタレプリンスなんて呼べないわね……」

「だな……」

「エリカちゃん……レオくんも」

 

 あくまで「ヘタレ」という発想から離れられないエリカと、すんなり同意したレオに、美月の冷たい視線が突き刺さった。

 

 

 

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