ガーディアン解任   作:slo-pe

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師族会議編6

 

 

 模擬戦は即日行われる事となった。

 会場は第一演習室。通常の演習室とは違い、大勢の観客を想定した場所だ。船尾が関わる模擬戦はここで行われることが多い。今回も、二階の強固なガラスと壁を挟んだ見学席には、噂を聞きつけた生徒たちが学年問わず大勢いる。

 

 光宣は制服のまま、両腕にCADを装着していた。制服に隠れた首元には、FLT製の完全思考型補助デバイスが掛けられている。

 船尾は左手首に巻いたCADが一つに、動きやすい実習服に着替えていた。

 二人は演習室の中央にて向かい合う。

 

「双方、既に知っていると思いますが、一応ルールについて説明してします」

 

 審判である深雪が、二人の間に立って宣言した。

 

「致死性の攻撃、治癒不能な怪我を負わせる攻撃は禁止です。危険だと判断した場合は強制的に試合を中止しますのでそのつもりで」

 

 今回の模擬戦では、審判を深雪、立会人を達也と水波が務める。

 一高で最も優れた魔法師である深雪。『術式解体(グラム・デモリッション)』という最強の対抗魔法を持つ達也。障壁魔法においては深雪すら上回る水波。万全過ぎる態勢だ。

 光宣はこの人選を、自分の魔法を止めるためだと正確に理解していた。それと同時に、自分がルール違反の魔法を使うかもしれないと、そう想定させる船尾に強く興味を抱いた。

 

「では、双方、構えて」

 

 二人は中央からそれぞれ五メートルほど離れた位置につく。深雪も壁際に移動した。

 深雪が二人の顔を交互に見る。二人とも、同じように頷きを返した。深雪が右手を頭上に挙げて、勢い良く振り下ろす。

 

「はじめ!」

 

 想子(サイオン)光が閃き、魔法が放たれた。

 

 

 

 

 先手を打ったのは光宣の魔法。そのまま圧倒的魔法力を以て、光宣は完全に主導権を握っていた。

 

 自己加速術式で演習室を駆ける船尾に対して、光宣は最初振動系魔法による直接攻撃を仕掛けていた。

 だが、船尾の速度は想像より速かった。エリカには遠く及ばないが、それでも魔法的感覚で追跡し、その上で細かな照準をするとなると、少し手間取ってしまう。船尾はその僅かな遅滞を見逃さずに反撃を仕掛けてくる。

 

 光宣は圧縮空気弾を作って、それを撃ち出す戦法に転換した。『空気弾(エア・ブリット)』というポピュラーな魔法だが、ポピュラーな分、有効性は折り紙付きだ。

 そして、光宣はその魔法力を以て、回避が非常に困難な弾幕を作り上げていた。

 

「どう思う?」

 

 観客席にて、幹比古がエリカに問い掛ける。

 

「やばいわね……」

 

 エリカは的外れな答えを返した。だが、幹比古も、隣にいたレオや美月も、それにツッコんだりはしなかった。彼らも同じ事を思っていたからだ。

 

「あんな弾幕を張れる魔法力、しかも一発でも当たったら即負けにつながる威力だ。船尾さんにかかるプレッシャーは相当だろうね」

「そうだな。船尾もよく躱しちゃいるが、ちょくちょく魔法で防いでるしな」

 

『空気弾』を防ぐ方法は様々ある。

 現在船尾が使っているのは四通り。自己加速術式で躱すこと、減圧空気塊を弾道に置くこと、対物障壁で防ぐこと、「拡散」の術式で周囲の『空気弾』ごと爆散させること。

 

「ただ……九島くんは魔法力に比べて、『空気弾』の使い方がまだ甘いね」

「光宣が普段使ってる魔法じゃないんだろうな」

「そうね。コンペの前に見た時は放出系統の魔法を使ってたし、模擬戦にしか使ってこなかったんでしょ」

 

 幹比古、レオ、エリカがそれぞれの観点で戦況を分析する。

 

「あの、皆さん、やはり船尾さんが勝つのは難しいのでしょうか?」

 

 美月が遠慮がちに訊ねる。

 

「どうだろうね。魔法力だけなら絶対勝てないけど」

「船尾はどんな手札持ってるか分かんねえからな」

「あたしたちからも、色々盗んでいったしね」

 

 それに対する三人の答えは、決して悲観的なものではなかった。

 

 

 

 エリカたちの会話が聞こえたわけではないが、光宣は船尾に対して称賛を向けていた。

 二高でも模擬戦をした経験はある。対戦相手は同級生だけでなく上級生も含まれており、不戦敗を除いて全て勝ってきた。

 その光宣が、模擬戦でここまで時間をかけて決着しなかったのは初めてだった。

 直接照準による振動魔法、『空気弾』の弾幕。光宣は魔法を編み上げる傍ら、次はどの魔法を使えばいいか思考を巡らせた。

 

 だが。

 

(しまった!)

 

 考え事をしながら魔法を操って戦闘行為。そこにはやはり無理があった。

 

 生じた事象改変の気配に遅れて気付く。光宣は反射的に『情報強化』の魔法を行使した。

 船尾の干渉力では、光宣の『情報強化』を突破できない。彼を中心に展開されていた加重増大魔法は無効化された。

 

「ぐっ……!」

 

 だが、光宣は突如増大した圧力に片膝をついた。何故、と考えて気付く。

 

(これは……『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』!)

 

 対象地点に圧力のみを発生させる加重系魔法『不可視の弾丸』。同系統である加重増大魔法の直後に発動されたため、事象改変の気配が混ざり、見抜けなかった。

 さらにこの魔法は『情報強化』では防げない。同じ対抗魔法の『領域干渉』なら防げたが、光宣はどちらかといえば個体に作用させる魔法の方が得意なため、この模擬戦でも『情報強化』のみを使用していた。

 

(癖を見抜かれた、厄介な……!)

 

 ──想定外の攻撃を受けたことで。一つ、光宣の余裕が削られた。

 

 光宣は即座に『領域干渉』を展開し、『不可視の弾丸』を無効化した。

 

 光宣が立ち上がり攻撃に転じようとしたその時、船尾が指を鳴らした。

 次の瞬間、光宣の周囲の、『領域干渉』と被さらないギリギリの三箇所で、事象改変の気配がした。

 

 振動系魔法。

 手元で鳴らした音を、光宣の周囲で増幅させる魔法。

 

 光宣はその音波攻撃に対して、自身の周囲に真空断層を張ることで防御した。

 だが、息つく暇もなく次の魔法が襲い掛かってくる。彼が感知した魔法は気体を対象とした収束と移動──気体流動制御の魔法。それ以上を読み取る余裕は無かった。

 

窒息乱流(ナイトロゲン・ストーム)

 空気中の窒素の密度を引き上げ、その空気塊を移動させる魔法。

 

 気体の成分を保ったまま流れを操るという、高度な制御を要する魔法だ。

 四月の決闘騒ぎでは、香澄と泉美が『乗積魔法(マルチプリケイティブ・キャスト)』により使用した魔法。船尾はそれを、気体の塊を叩きつけるという単純工程にすることで大幅にダウングレードさせ、香澄たちとは違い一人で発動させたのだ。

 

 光宣を囲う真空断層に、著しく窒素に偏った空気の塊が叩きつけられる。

 そして、次の瞬間、断層内で『窒息乱流』が急激に拡散した。

 

(僕の真空断層が利用された!?)

 

 光宣は生じた驚愕を捻じ伏せて、破綻寸前の断層を強引に押し留める。制御を一瞬でも緩めれば、全てが爆ぜる。

 これが解放されれば、周囲は一時的に低酸素状態となり、少なくとも光宣は魔法を発動できるコンディションを保てなくなる。

 

 ──自分の防御を予測していたとしか思えない攻撃速度と種類。また一つ、光宣から余裕が失われた。

 

(ここを凌げばいい……次に万全の攻撃態勢が整えば……勝てる)

 

 攻撃か立て直すか、光宣は後者を選択した。断層を周囲に拡散させながら解除する。

 当然、魔法的感覚で船尾の攻撃を探知するのも怠らない。

 

 この光宣の判断を、油断と呼ぶのは酷だ。

 病気がちな身体の故に、彼は才能こそ超一流だが実戦の機会には恵まれなかったのだから。

 

 光宣の魔法が、窒素に偏った空気を拡散し終えた。その一瞬の時間に、魔法の気配は無かった。

 光宣は視線の先、十メートルにいるはずの船尾の姿を探した。

 

 だが、いない。

 

(えっ……)

 

 船尾は、彼我の距離を二メートルまで詰めていた。

 

 魔法の気配は、無かった。

 魔法を使わない接近──そんな選択肢は、光宣の警戒の外にあった。

 

 船尾は右手でCADを操作すると、そのまま光宣へ触れようと手を伸ばしてくる。

 

 散々余裕を剥ぎ取られ、攻撃に転じようとした瞬間の危機。

 光宣の顔に、紛れも無い動揺が走った。

 恐慌に似たそれは、魔法師としての直感か。あるいは、才能に恵まれたが故の敗北への恐怖か。

 

 光宣の全身から想子光が放たれる。

 魔法の扱いに長けた光宣が余剰想子光を漏らす程の、高出力の魔法が行使される兆候だ。

 

(まずい!)

 

 光宣は「しまった」と臍を嚙んだ。

 自分が衝動的な危機感に駆られて、ルール違反の魔法を放ってしまったと、即座に自覚した。

 

 光宣の魔法は、船尾が触れるより確実に速くに発動する。達也も深雪も水波も、防御が間に合わないかもしれない。

 

 だが、そんな事は起こらなかった。

 

「そこまで!」

 

 レギュレーションを超えた威力の魔法の行使。深雪の宣言と共に、高圧の事象干渉力が放たれる。

 

『領域干渉』

 事象改変の結果を定義せず、ただ干渉力のみを領域に作用させる対抗魔法。

 

 この領域内では、深雪よりも干渉力の低い魔法は無効化される。しかも今の深雪は、光宣対策のため全力で魔法を行使した。

 この領域干渉に対抗するだけの干渉力を持っているのは、今この学校では達也、光宣、将輝の三人だけ。その三人でさえ、細く高密度に絞り込んだ魔法を構成しなければならない。

 咄嗟に発動した光宣の魔法は、発動することなく効力を失った。

 

「あっ……」

 

 呆然と立ち尽くす彼の腕を、船尾が掴んだ。当然、船尾の魔法も発動しない。

 

「九島光宣、威力規定違反により、貴方を失格とします。──よって勝者、船尾春花」

 

 審判として、深雪が裁定を下した。

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

「あ、ありがとうございました」

 

 一礼した船尾に釣られて、光宣も頭を下げる。疲労感と達成感を滲ませて大きく吐く船尾を、光宣は呆然と見つめていた。

 

「九島くん」

 

 そんな光宣に声を掛けたのは、審判かつ生徒会長である深雪だった。

 

「どうだったかしら、うちの春花ちゃんは」

「凄かったです……」

 

 素直に感嘆を示した光宣に、深雪も笑みを深める。

 

 もし仮に、光宣が一高で無敗を続けていたら。実習に深雪や将輝が参加しなければ。光宣はムキになって敗北を受け入れられなかったかもしれない。

 しかし、彼は敗北を経験していた。今回の相手が圧倒的に格下(・・・・・・)だったとはいえ、逆上することはなかった。

 

 ──もっとも、無意識の格下扱いはまだ残っていたが。それでもなお、大きな進歩だった。

 

「船尾さん、反省会をしてもいいですか?」

 

 彼の意識は既に、敗因の分析へ向いていた。

 

「いいけど、とりあえず座ろ?」

 

 船尾はそう言って、達也たちのいる壁際に視線を送る。光宣もそれに頷いた。

 

「──ではやはり、あの『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』は意図的だったんですね」

 

 そして、長椅子に座ると同時に、光宣が船尾へ詰め寄った。船尾はそっと距離を保ちながら、それに答える。

 

「うん。九島くんも知ってると思うけど、同系統の魔法だと、先に発生した事象改変力に妨げられることなく新たな魔法を発動させることができるじゃん?それと同じで、事象改変が同じ方向を向いていると兆候が似通うんだよね」

「なるほど……考えたこともありませんでした」

「九島くんの魔法力なら基本相手の防御より速く発動できるし、発動兆候を誤魔化す必要もなかったんだよ。あとは、敢えて威力を下げて兆候を分かりづらくするってのもあるかな」

「やはりあれは威力を抑えていたんですね」

「うん。どうせすぐ『領域干渉』で無効化されると思ったし、九島くんの感受性ならあれ以上はバレそうな気がして」

「確かに、あれ以上の威力だと、気づけたかもしれません……」

 

 じっくりと脳内検証をする光宣に、船尾は研究者の気質があるなぁと感じた。

 少ししてから、光宣が戻ってきた。

 

「それと、僕の真空断層を利用したあの魔法ですが」

「ああ、あれね。エイドスの復元力を利用したの……物理法則ってすごく強固な法則で、魔法っていう理不尽な力の干渉を受けても、何とか辻褄を合わせようとする復元力が働く。だから、真空っていう不自然極まりない空間に空気塊を叩き込めば勝手に拡散していくし、ある程度格上の魔法でも壊せるってわけ。まあ今回は、魔法力に差がありすぎて、壊すまではいかなかったけど」

「なるほど……何か、上手いこと騙されてるような気がしますね」

「ふふっ」

「船尾さん?」

「ごめんごめん……これは達也先輩の言葉なんだけどね──世界を『上手いこと騙す』のが、魔法の技術らしいよ」

「達也さんの……」

 

 光宣は自身の勘違いを悟った。

 周公瑾の捕縛任務にて達也と行動を共にして。光宣は、頭脳でも魔法でも、そんなに達也に劣っていないという自信があった。それは決して自惚れではない。

 ただ、視野の深さではなく、広さという点において、自分は明確に達也に劣っていると認識した。

 

「それで次なんですけど──」

 

 光宣は生じた劣等感を一瞬で飲み込んで、船尾へと質問を続けた。この差を埋めるには、経験しかないと理解していた。

 

 そして、聞きたいことを全て聞き終えた光宣は、船尾春花という魔法師の本質を垣間見た。

 

 ──エリカ仕込みの自己加速術式

 ──九校戦ロアー・アンド・ガンナーにて、達也が調整した『不可視の弾丸』

 ──吉田家の技術体系に含まれる、同系統の魔法の連続発動による、事象改変の気配察知の複雑化

 ──達也が将輝を下した、指鳴らしによる音響爆弾

 ──七草姉妹の気体制御魔法

 ──三七上(みなかみ)ケリーという三年生が用いる、復元力を利用して相手の魔法を破壊する戦法

 ──幹比古が多用する、複数の魔法を一連の動作として、一々結果を確認せずに一気に処理を進める手法

 ──そして、達也仕込みの魔法を使わない高速走法『縮地』

 

 突出した魔法力はない。個々の技術も一流には及ばない。

 けれど、手にした豊富な手札を、臨機応変、多種多彩に重ね合わせることで、船尾は十師族や師補十八家の直系とすら互角以上に渡り合ってきた。

 そして今回、模擬戦のルール内において、国内最高峰の魔法力を持った光宣にすら土をつけた。

 

「あの、船尾さん」

「どうしたの?」

 

 光宣が今度は子犬のような目を彼女に向けた。その美貌も相まって、年頃の女性であれば正気を失うような表情だった。

 

「また、模擬戦をお願いしてもいいですか?」

 

 それに対する船尾の答えは──

 

「え、無理。次やったら絶対負けるもん」

 

 ──即答で否だった。

 

「ええっ!?」

 

 光宣の驚いた声が、演習室に響いた。

 

 

 

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