国内留学生である将輝と光宣。二人の放課後は、部活動、風紀委員、生徒会の三つを日替わりで巡ることとなっている。
そして今日は、生徒会の臨時役員の日。
「船尾さん、また模擬戦をしてくれませんか?」
仕事が一段落したところで、光宣が船尾へ言う。
「無理、忙しい」
「そこをなんとか」
「無理なものは無理」
頼み込んでくる光宣を、船尾は素っ気なく断る。普段の社交的な様子が嘘のようだった。
「船尾さん、光宣も本気で希望しているようだし、もう一度くらい良いんじゃないか?」
そこに、将輝が光宣を擁護する声を上げた。だが、船尾はそれを冷ややかな目で見返す。
将輝も前回の模擬戦を観戦していた。光宣に便乗して、あわよくば自分も……そんな魂胆が透けて見えた。
「あのですね、私は前回の最後──不意打ち・発動は私が先・しかも術式も私の方が単純──この三つ全部揃って、それでも発動速度で遅れを取ったんですよ? 次勝とうとしたら、あれ以上の隙を作るか、ゼロ距離で魔法を叩き込むしかないんです。普通に無理です。勝ち逃げさせてください」
船尾の論理も、光宣たちを納得させるには至らない。
光宣にとって、
将輝も第三高校の血の気の多さ故か、闘争心を抑えられていない。
深雪、水波の先輩たちも、同級生である泉美も、微笑ましそうにしているだけで助け舟を出してはくれない。
船尾は、少し意趣返しをしてやろうと思った。
「……では、条件があります」
「なんでしょうか」
身を乗り出してくる光宣と、若干前のめりで聞く体勢となる将輝。二人に向けて、船尾はこう告げた。
「一年の七宝琢磨、七草香澄、七草泉美。この三人に勝ったら、模擬戦を受けてもいいですよ」
「船尾さん!?」
泉美の抗議の声は無視された。
「分かりました。七宝くん、香澄さん、泉美さんの三人ですね」
「それと、当人の説得と、審判・立会人の確保はご自分でお願いします。生徒会は申請許可以外は関与しませんので」
「分かった。ちなみに、何故その三人なんだ?」
しれっと自分も参加を表明した将輝が、船尾へ訊ねる。
「まあ、経験ですね。あの三人が自分より格上の魔法師と戦う機会なんて、滅多にありませんから」
「なるほど」
船尾の説明に、将輝は頷いた。
「それと、全勝出来なかったら模擬戦は無しだからね」
将輝から光宣へ視線を移して、船尾はそう念押しする。
それを受けた光宣の眉が軽く動いた。だが、浮かんだ不快感を理性で抑え込んだ。
「確かに先日は負けましたが、一応二高では負け無しだったんですよ」
「それでもだよ。九島くん、模擬戦じゃ使えない秘術か何かあるでしょ? 多分だけど、ファランクスみたいな防御系か、旧第九研だし幻術系か、そのへん?」
「そうですね」
船尾の率直な問い掛けにも、光宣がそれを肯定したことにも。周囲から驚きが漏れる。
「その魔法が優秀過ぎた弊害だと思うけど……九島くん防御が雑なんだよね。前の模擬戦でも『とりあえず情報強化』『とりあえず障壁張っとこう』みたいな感じあったし……基本魔法戦って、一発でも当たったら負け濃厚だし、確実に勝てるとは言い切れないと思うよ」
船尾は事実を述べつつ、敢えて光宣を煽っていく。
「なるほど、それもそうですね」
光宣はそれを、一応は受け入れた。
話が纏まったと見たところで、深雪が口を開いた。
「一条さん、九島くん、今日の分の仕事は終わりましたし、帰っても大丈夫ですよ。泉美ちゃん以外の二人も、まだ校内にいると思いますから」
「分かりました。司波さん、ありがとうございます」
「ありがとうございます深雪さん、それではお先に失礼します……一条さん、これから模擬戦の話をしにいきますよね? 一緒に行きませんか?」
「そうだな。二人で行った方が早いか」
話し合いの結果、まずは琢磨から模擬戦を頼みに行くと決まり、将輝と光宣は生徒会室をあとにした。
「船尾さん、何故私まで……」
「だって泉美助けてくれなかったじゃん。お返しだよ」
「……もしかして、最初から私を標的に?」
「ソンナコトナイヨ」
「……船尾さん、最低です」
「むくれてる泉美も可愛いよ」
「子供扱いしないでください」
「はいはい」
普段はしっかり者の泉美だが、周りも優秀な生徒が集まっているからか、深雪がいることで理性が緩んでいるのか、生徒会室では子供っぽい一面を見せることも多い。
船尾は意趣返しが成功したと同時に、可愛らしい同級生の姿を見れて役得だと頬を緩ませた。
「あ、深雪先輩。以前話していたイベントの草案できました。見てもらえますか?」
「ええ、見せてちょうだい」
そうして、国内留学生二人を別の餌で釣っている間に、生徒会ではとあるイベントが進行していた。
◆
将輝と光宣は、提示された三連戦をいずれも勝利で飾った。
将輝は純粋な地力で、正面からねじ伏せ。光宣は、船尾から指摘された防御の穴を突かれながらも、その場で修整し、さらには上達してみせる抜群のセンスにより。
そして、景品である船尾との模擬戦は、将輝が勝利を収め、対して光宣は敗北した。
先日を含めた二連敗という結果に、光宣はひどく落ち込んだ。
「光宣、そう落ち込むな」
「一条さん……僕は、自分が情けないです」
将輝に慰めの言葉を掛けられて、光宣はかえって辛そうに顔を顰めた。
「そう自分を責めるな。前回やられた戦法なら警戒して当然、それを逆手に取った船尾さんが一枚上手だったという話だ」
光宣と船尾との模擬戦において、戦況を変えたのは彼女のとある動作だった。
──光宣の視線の先で、船尾が指を鳴らした。
その直後、光宣の周囲三箇所で事象改変の気配がした。感知した魔法は振動系。
光宣は真空断層を発動し、前回の二の舞にならないよう、そのすぐ外側に気密シールドを張った。
だが、発動した魔法は、振動系は振動系でも、別の魔法だった。
無系統の振動系魔法『共鳴』
発生した三つの想子波が光宣へ重なり、彼の生体波動と共振を起こす。
それは光宣から平常心を奪うと同時に、魔法的感覚と平衡感覚を狂わせた。真空断層と気密シールドが解除される。
そこに、通常の投射ではあり得ない速度で接近してくる物体。
魔法的感受性が極めて優れた光宣は、狂った魔法感覚の中でも、それが移動魔法による飛び道具だと正確に見抜いていた。
(落ち着け……大丈夫、ちゃんと見えてる……翻弄されるな)
光宣は対物障壁で飛来物を止め、船尾の位置を探す。
船尾は光宣の前方から側方に移動しており、なおもその距離を詰めようとしていた。
その船尾が、指を鳴らした。
光宣は瞬時に魔法をスタンバイさせた。
音響爆弾に備えて真空断層。
『共鳴』に備えて『想子ウォール』。
それ以外の、予想外の魔法に対しては『領域干渉』。
だが、それらは何の意味も持たなかった。
船尾はただ、指を鳴らしただけ。
光宣が無駄な一手を費やした時間に、船尾は彼との距離を一メートル未満へと縮めていた。
そして、船尾が手を伸ばし、光宣の腕を掴む。その身体に直接振動波を流し込んだ。
──こうして、ゼロ距離からの魔法を喰らったことで、光宣は膝を折った。
「ですが、一条さんは勝っていたでしょう?」
「俺は去年達也に負けてから、小細工を使う相手の対策は徹底していたからな。その成果だ」
「やはり、経験の差ですか……」
将輝も、船尾の多種多様かつ、意識の隙を突いてくる攻撃に翻弄されながらも。安全マージンをしっかりと取り、最後の一歩だけは踏ませなかった。
光宣の言う通り、経験の差だった。
「俺にこんなことを言われるのは気に入らないかもしれないが、取り敢えず聞いて欲しい」
将輝が真剣な顔でそう言うと、光宣も落ち込んでいた気持ちを振り払って将輝を見返した。
「俺も光宣も、良くも悪くも王道スタイルなんだ」
「…耳が痛いです」
その指摘に光宣は苦笑いを浮かべた。将輝は緊張を緩めて言葉を継ぐ。
「王道は悪いことじゃない。俺の参謀曰く、『王道は一番整備されていて、一番早く目的地に到達できる道』だそうだ。それに奇手奇策を多用しろなんて言われても、俺も光宣も、性格的に無理だ」
「確かにそうですね」
再び、光宣の顔に苦笑いが浮かぶ。今度は将輝も一緒になって声を出さずに笑った。
少しして笑いを収めた将輝は、真面目な顔で話を戻した。
「だから俺たちに彼女のような戦法を使うのは無理だし、その必要も無い。覚えなきゃならないのは、奇策を使うことではなく、奇策を使われた場合の対応だ」
「具体的には?」
将輝のキツイ指摘に落ち込むでも反発するでもなく、光宣は前向きに訊ねた。
「最後のあの場面、彼女の魔法を警戒して光宣は防御を選択した。だが本来あそこまで近付かれたら、一旦下がるなり跳び上がるなりして、距離を取るべきだった」
「本当に耳が痛いです……つまり一条さんが仰っているのは、奇策を使われた場合、防御か、撤退か、強行か。その判断を鍛えるべき、ということですか?」
「そうだ。他にもチーム戦なら、時間を稼いで参謀役に相談してみるという選択肢もある。あとは、何かある、と気づく感性も必要だな」
将輝は光宣の理解力に舌を巻きながらも、それに補足を入れる。
「……聞くが光宣、最後に船尾さんが指を鳴らしたのは、認識できていたか?」
加えて、もう一つの要素を光宣へ伝えた。彼はプライドも高いが、耳に痛い諫言を聞き入れる器量も備わっていると、将輝は感じていた。
「はい、できていましたが……何故そんな事を?」
「船尾さんは、魔法を使わずに、自己加速術式と同等の速度で移動した……何故光宣は、それを
「あ……」
「そういう事だ。外から観ていた船尾さんは、あの瞬間不自然なほどに速度を落としていた。光宣に指を鳴らす瞬間を意識付けるため、まだ状況に余裕があると勘違いさせるため、意図的にだ」
「あの時点で違和感を覚えないといけなかったんですね……」
光宣の顔に、今度こそ深い皺が刻まれた。
「そういう訳で、とにもかくにも必要なのは質のいい経験だ。幸い、国内留学生ということで俺たちは目立っているし、相手を集めるのに苦労はしない。実力者と手当たり次第、戦って、試行と反省を繰り返すのみだ」
「はいっ」
将輝の脳筋な結論に、光宣も勢いよく頷いた。
「お二人とも、それは少し待っていただいてもよろしいでしょうか?」
そこに、深雪が待ったをかけた。
「司波さん? 何故でしょうか?」
「実は、生徒会でとある企画が進行していまして、再来週を目処に開催したいと思っています。お二人にも協力をお願いしたいのですが」
深雪がセリフを言い終えると、水波が将輝と光宣へタブレット端末を差し出す。
それに目を通した二人は、目を見開き、そして輝かせた。
「せっかくの国内留学生。一対一の模擬戦だけで終わるなんて、勿体ないですから」
そんな男の子らしい反応に、深雪は微笑ましそうに笑った。
◇◇◇
船尾たちの模擬戦の翌日。
生徒会名義で発信されたその通知は、瞬く間に校内を駆け巡った。
『一高内対抗戦のお知らせ』
内容は以下の通り。
競技はモノリス・コード。
一チーム五人から八人を想定している。
会場は第一高校の演習林。
各チームにはモノリスが二基ずつ設置される。どちらか一基のコードを送信すれば勝利。
チーム分けはチームの力量を揃えるため生徒会で行うが、纏めて申し込めばある程度考慮する。
これを見た生徒たちは、こぞって参加を表明した。
「レオ、見てよこれ、やばくない?」
「やべえよなこれ、生徒会本気出してきやがった。もちろんおめえも出るんだろ?」
「当然。達也くんは出られないらしいから、あとはミキとか誘おうと思って」
「いいなそれ。俺も山岳部の奴らに当たってみるか」
二年F組の男女コンビが。
「なあ服部、これ見たか?」
「見たぞ。司波さんたちもよく考える……沢木は出るのか?」
「ああ、受験が終わって暇を持て余したところだ。千葉さんに吉田くんの二年生組、一条家や九島家も出てくるだろう……久しぶりにいい実戦になりそうだ」
「ノリノリだな……」
最上級生ツートップと言われているコンビが。
「なあ七宝、これお前も出るか?」
「出るに決まっている。一条さんにも光宣にも負けて、そのままでいられるか」
「だな」
「モノリスが二基なら同時侵攻が可能になるし……チームの戦略次第じゃ、俺たち一年にも勝機はあるか?」
「誰かと組まされるかにもよるんじゃねえか?」
「誰と組んでも同じだ。今度こそ勝つ」
今年度の新入生総代を中心とする男子グループが。
「ジョージ、これは俺が出ても大丈夫だろうか?」
『むしろ将輝は出なきゃダメでしょ。これはどう考えても将輝と九島光宣がいたから開かれた大会だ』
「そうだな……よし、出るか」
『出るなら優勝して帰ってきてよ』
「もちろんそのつもりだ」
通話越しに参謀へ相談をしたプリンスが。
「ねえ泉美。これ泉美は出るの?」
「私たち生徒会は運営に掛かりきりなので出場しません。香澄ちゃんはどうするつもりですか?」
「んーどうしよっかなー、正直出ても勝てない気がするんだよね」
「香澄ちゃんは、有力な先輩方のチームに入ることはまず無いでしょうから」
「だよねー……でも、観戦だけっていうのも悔しいような……」
「では参加すると?」
「うーん……うん、そうだね。豪華賞品も魅力だし、やるだけやってみるよ」
「頑張ってください」
七草姉妹の姉が。
「ねえ啓見てこれ! 優勝チームの賞品、ケーキバイキングだって! しかも中々予約取れないとこよ!」
「そうだね。司波さんたちもかなり気合を入れたみたいだ」
「私たちも出るわよ! そして絶対優勝!」
「うん。僕たちの卒業の前祝いだ、絶対勝とう」
三年生の許嫁カップルが。
数多くの参加申込が舞い込む生徒会室にて、深雪と水波はその処理を落ち着かせて一休みしていた。
「雫、今回はありがとう。助かったわ」
「どういたしまして。大した事じゃないから、気にしないで」
階下にある風紀委員本部から、直通階段から上がってきた雫とほのかも、二人の休憩に同席していた。
「それにしても深雪、よくこんな企画を通したよね。学校にも国防軍にも、色々大変だったんじゃない?」
「そうでもないのよ。国内留学生っていう大義名分もあったから、さほど苦労は無かったわ」
「あ、そういうこと」
ほのかの疑問に、深雪は笑いながら首を横に振った。
この対抗戦の目的はいくつかある。
一つが、国内留学生との交流を目に見える形で示すこと。
一つが、光宣と船尾をキッカケに、ここ最近急増していた模擬戦ブームを収束させること。
一つが、学校行事も、部活動の大きな大会もなく、暇を持て余した生徒たちが問題を起こすのを事前に阻止すること。
──あと一つ。
深雪、水波、そして達也とエリカの四人だけが共有している目的があった。だが、それをここで口にすることはない。
「それにしても、九島くんが出られないのは残念だったね」
「仕方ないわよ。春花ちゃんとの模擬戦の後、体調を崩しちゃったんだもの。練習時間もそうだし、本番で万一のことを考えたら、辞退するしかないわ」
「そうね、新学期初日も休んでたものね……」
「でも正直、見てみたかった」
「ええ。本当に」
ほのかと雫の意見に、深雪は深く頷いた。
◆
一高生徒たちが盛り上がりを見せる中、達也は授業が終わると教室をあとにした。達也が放課後に図書館へ籠っているのは有名であり、誰かに怪しまれることはない。
ところが、教室を出て向かったのは、いつもの図書館ではなく校門。今日の達也は、珍しく放課後すぐに帰路に就いていた。
いや、正確には今日に限った話ではない。数日前から、達也は学校が終わるとすぐに帰宅していた。
校門を出たところで、とある人物が待っていた。
「光宣?」
「あ、達也さん、もう授業は終わったんですね」
「ああ、体調は大丈夫なのか?」
「はい、今日の昼頃にはすっかり」
「そうか。それはよかった」
達也は「何故ここに?」と訊ねようとした。だが、光宣が口を開く方が早かった。
「達也さん」
「なんだ?」
「達也さんのお仕事──僕にも、手伝わせてもらえませんか?」
光宣は邪気の欠片も感じられない笑みを浮かべながら、待ち伏せしていた理由を静かに告げた。