四葉真夜と四葉深夜の姉妹は、実戦に出ることは無く交渉事に出ることも稀なため、普段屋敷に引きこもっている状態だ。ただ、暇を持て余しているわけではない。
真夜は四葉の一員として、魔法師の性能向上を最重要課題とする魔法研究に、主な時間を費やしていた。
一方の深夜は、過去の無謀な精神干渉魔法の使用が祟り、安静のため『死』が身近な四葉の研究からは距離を置いている。その代わり、彼女は彼女にしかできない方法で、四葉の諜報の重要な一翼を担っていた。
『フリズスキャルヴ』
USNA軍の全地球通信傍受システム「エシェロンⅢ」に潜むハッキングシステムであり、その情報収集能力は全世界に及ぶ。
横浜事変の後、深夜はそのアクセス権を持つ七名のオペレーターの一人となっていた。
このシステムには一つ特徴がある。
調査した履歴が記録され、他のオペレーターからも閲覧可能であることだ。もっとも、誰が検索したのかは分からない。
深夜はそれを大した制約とは考えなかった。システムの管理者が利用者を把握しているであろうことも、想定の範囲内だったからだ。
ただし、全面的に信用しているわけではない。使用にあたり制限も掛けた。
彼女は、他者の検索履歴を再度洗い、その中から危険な情報だけを選び抜くという使い方をしていた。
オペレーターの中には、目的もなく情報の海を彷徨っているような者もいれば。検索ワードを偽装して目的を隠す者もいる。
彼らが調べた履歴を、理屈ではなく直感により選別する。それはかつて『
今日もまた、深夜は情報の海に潜っていた。
──そして、今まで数えるほどしか感じたことのない、強烈な危機感に突き当たった。
時は遡り、将輝と光宣が、船尾へ模擬戦の交渉を行っていた頃。
四葉本家では、深夜が真剣な表情で、双子の妹である真夜と向き合っていた。
「崑崙方院の生き残りが、USNA軍の廃棄予定の小型ミサイルを盗んで、師族会議を狙ってテロを起こそうとしている、ね……」
そう呟く真夜の声には、過去に崑崙方院に人生を壊されたにも拘わらず、何の怒りも憎しみも含まれていなかった。
ただ、全くの無表情というわけではない。真夜の声には侮蔑がこもっていた。
「真夜、崑崙方院に生き残りがいたということは、お父様や叔父様たちの手から逃げ延びたということよ」
深夜がそれをたしなめる。慢心であると。
「深夜様の仰る通りかと。敵はどのような異能を有しているか分かりません。ご油断召されぬ方がよろしいかと存じます」
「…分かっているわ」
葉山にも窘められ、真夜は少しいじけた様子を見せた。それは極々親しい仲にしか見せない、真夜の素顔の一部だった。
「でも、小型ミサイルで何ができるというの? 日本は紛争地帯じゃないのよ。そんな目立つ物を持ち歩いていては、捕まえてくださいと言っているようなものではなくて?」
「横浜事変の際は、事前に潜伏していたゲリラが携行ミサイルを実際に使用しております」
「それは偽装艦のバックアップがあったからでしょう?」
反射的に反論して、真夜はすぐにその言葉を翻した。
「……いえ、確かにテロを完全に防止できるという保証は無いわね」
「魔法師といえど、無防備な状態でミサイルを撃ち込まれれば死にも致します。それにテロが目的であれば小型ミサイルをそのまま使用するとは限りません。弾頭のみ取り外して、爆弾として使う可能性もございます。現に群発戦争当時は、そのような自爆攻撃が世界各地で見られました」
複数の実例を出されては、真夜も対処の必要性を否定できない。何より、冷静になってみて、深夜の勘の信頼性を思い出したのだ。
「分かったわ。ジード・ヘイグこと顧傑を探させましょう。師族会議が控えているからあまり人手は出せないと思うけど」
来月、二〇九七年二月の上旬には、師族会議が控えている。特に今回は二日目に、四年に一度の十師族選定会議が予定されていた。
次の四年間の十師族を決める会議。選定は二十八家の互選だから大々的な選挙活動のようなものは無いが、他家の粗探しや根回しは横行している。
四葉家は十師族の仕組みには興味がないが、その特権は無視できるものではない。過去四年間、それ以前から集めた交渉材料の吟味に、多くのマンパワーを投入している状態だった。
「このお話、他家には?」
他の十師族、師補十八家に協力を求めないのかという葉山の問い掛けに、真夜は少し考えて首を横に振った。
「情報の出所を詮索されたくないわ。そうね……黒羽姉弟を達也さんのもとへ遣わせましょう」
「文面での依頼をすると」
「ええ。敵は姉さんと同じ情報網を持っているようですし、四葉の暗号キーもすぐに解除されてしまうもの」
「畏まりました」
真夜の決めた方針に、葉山は一礼した。
◆
真夜の指示を受けて、葉山は迅速に動いた。
翌日の一月二十五日の早朝、まだ夜が明けきらない五時過ぎという時間帯。
黒羽姉弟が達也の自宅を訪れていた。
「達也兄さん、こんな時間に申し訳ありません」
「気にするな。平日に二人を遣わすまで急を要する事態なんだろう?」
眠気も疲れも見せずに、折り目正しく謝罪した文弥に、自然と達也の背筋も伸びる。
通信ではなく直接指示を受ける、それも文弥たちを遣わしてまでの急務。
エリカに知られる時間帯に訪問してきた事も含めて、極めて緊急性が高い案件だと達也は推測していた。
「はい。葉山さんから直接、非常に重要な任務だと承りました」
そして、その予想が外れているはずもなかった。
文弥がジャケットの内ポケットから、普通サイズの封書を取り出し、達也へ手渡した。
表書きは空白。裏書きには四葉真夜の名が記されていた。
ペーパーナイフで封を開くと、封筒の中には便箋が三枚。
達也はそれらを最後までじっくり目を通してから、再度封筒へしまった。隣から向けられる視線へは、後で説明すると釈明した。
「文弥はここに書かれている内容について、知っているのか?」
「知っています」
文弥はわずかな躊躇も見せずに頷いた。
「そうか」
達也は短く頷き返すと、暫し思考に沈んだ。
「……母上の勘、というのは確かか?」
「そう伺っております」
「俺に全裁量を任せる、というのも?」
「その通りです」
「そうか」
達也は具体的な事は何も訊かなかった。
手紙に書いてある詳細以上は、文弥たちも知らされていないだろうという予想と、エリカのいる前で何処まで明かしたものか悩んだからだ。
「文弥、亜夜子、これから数日間、必要ならうちに泊まるといい。二人分の部屋は余っているし、本家との往復にも大荷物は邪魔だろう」
「ありがとうございます」
「達也さん、お世話になります」
二人ともその可能性を考慮していたのか、遠慮の工程を挟むことなく頷いた。
二人は学校に行くため。また、本家へ報告をするため、足早に達也家をあとにした。
「──それで、説明はしてくれるの?」
二人が去ってから、エリカがこう訊ねてきた。
説明しないという選択肢を残した問いに、達也は意外感を覚えつつも、説明自体はするつもりでいた。
「ああ。崑崙方院の生き残りと見られる魔法師が、USNA軍の廃棄予定の小型ミサイルを盗んで、師族会議を狙ってテロを起こそうとしているらしい」
エリカの顔が青褪めた。そして、少しして理解が追いついてきた彼女は、納得の表情を浮かべた。
エリカも、四葉家と崑崙方院の因縁については知っている。その生き残りが四葉家を、引いては日本魔法師界を恨んでいても不思議ではなかった。
「さらにこの魔法師は、周公瑾に裏で指示を出していた黒幕だそうだ。四葉の調べでは、周公瑾は七草家と過去に繋がっていたらしく、この事件を七草に知られるのは避けるようにとのことだ」
だが、さらなる情報がもたらされ、エリカは完全に言葉を失った。
「……それで、師族会議当日に会場を警備するだけじゃ足りないってわけ?」
ようやく復活したエリカが口にしたのは、現実的な問いだった。
「叔母上、そして母上はそう考えているらしい」
「なるほど……」
深夜の勘が危険だと言っている。
それは、分かる者からすれば、相当な危険度だと理解できた。
深夜の得意魔法は知覚系や予知ではなく、精神干渉の魔法だが、「精神」に関わる魔法の使い手は「アカシック・レコード」と密接にリンクしているという仮説もあるほど、高い直感的洞察力を有している傾向がある。
その深夜が、小型ミサイル如きを有したテロリストを、極めて危険だと判断したのだ。
「そのテロリストの素性は?」
「首謀者の名前はジード・ヘイグ。中国名は顧傑。既にアメリカを発っていて、今は海の上にいるだろうというのが本家の予想だ」
「そっか……今回、あたしは邪魔?」
「……師族会議前で、東京近辺は七草の目があるからな。寿和さんならまだしも、エリカ個人を頼ることは、おそらく無い」
「そっか」
エリカは同じ相槌を繰り返した。俯き、暫しの沈黙を経て、エリカは顔を上げた。
「じゃあさ、一高でイベントでも起こしてあげる」
「イベント?」
「そ、イベント。一条・九島が来てて、船尾との模擬戦のお陰で一高も盛り上がってるし、深雪たちも何か企画してるみたいなのよね。それを思いっきり盛大にしてあげる」
「そちらに目を向けさせるということか」
「そゆこと。チームでの対抗戦やりたいって話だったけど、いっそ派手に国防軍も巻き込んで、モノリス・コード風にしちゃいましょ」
「……そんな事できるのか?」
「さあ? 交渉するのは深雪たちだから。あたしはこれから深雪たちにお願いしに行って、情報が出たらそれを盛り上げるだけ」
エリカの身も蓋もない答えに、張り詰めていた達也の気持ちが、少しだけ緩んだ。
◇◇◇
真夜から指示を受けてから、達也は迅速に動いた。
本家から諜報以外の戦力として貸し出されたのが、黒羽姉弟とその一部部下たち、津久葉夕歌とその部下たち、それだけだった。
未知の敵に対してあまりに心許ない戦力に、達也は外部から戦力を調達することを選んだ。
まず、藤林を通じて魔装大隊へ協力を要請したのだが、返ってきたのは否だった。
まさかの返事だったが、苛立ちと申し訳なさを滲ませた藤林を見て、逆に冷静になれた。達也は何とか藤林を宥め、気持ちを切り替えた。
次に話をしたのは警察、もとい千葉寿和だ。
正規の手続きで警察を動かすだけの物証は無く、そもそも目立ち過ぎる。だからこそ警察、特に実働部隊に多くの門弟を持つ千葉家を頼ることにしたのだ。
こちらは軽く情報を明かしてから、(寿和からの個人的な)条件付きで承諾を得られた。
最後に──個人としての力を借りるため、コンタクトを取った人物が一人。
彼には殆どの情報を明かすことはしなかったが、数回の問答の末、協力を取り付けることができた。
それと並行して、深雪たち生徒会も慌ただしく動いていた。
ほぼ完成していた初期の対抗戦案を、モノリス・コード用に大幅転換。多くの参加者が見込まれるため、モノリスの個数を各チーム二つに変更。
草案を一高と国防軍に共有し、それぞれ許可とモノリスの貸与を受けることとなった。
そして、時は進み、一月二十七日。
第一高校の校門にて光宣と会った達也は、ひとまず自宅へ戻ることにした。
「さて、光宣……俺の仕事とはどういう事だ?」
達也も今更惚けるつもりはなかった。これは、どこから情報が漏れたのか調べるための質問だ。
「詳しい事は何も知りません。九島家から何か聞いたわけでもありません。ただ、少し違和感を覚えて、カマをかけてみただけです」
「驚いたな。素晴らしい洞察力だ」
エリカとの一件や一高に来てからの出来事、それらの印象が強かった所為で忘れていた。
九島光宣という人物は、極めて聡明な魔法師だったと、達也は再認識した。その称賛は本心からのものだったが、光宣はお世辞と取ったのか謙遜を口にした。
「いえ、直近で違和感を感じ取れずに敗北していたのと、ベッドの上で頭しか動かせなかったお陰です」
まさしくこういう抜け目のないところを褒めているのだが、繰り返し口にすることでもない。達也はそのまま本題に入ることにした。
「光宣の察している通り、これは四葉本家から出された任務だ。だが、お前がこの件に協力したとして、本家からの印象が良くなるとは限らない。むしろ警戒すべき魔法師として、治療を拒まれる可能性も十分ある」
「分かっています」
「その上で、協力してくれると?」
「はい」
「何故?」
「以前京都で迷惑を掛けてしまった償いと、看病してもらった恩を返すためです」
「あれは、それまでの案内で十分過ぎるほど貰っているが」
「いえ、僕の気持ちの問題です」
「……そうか」
強い意志の籠もった口調で告げられて、達也はその覚悟が偽りでないと判断した。光宣の力を借りると決めた。
それに心情面を抜きにしても、光宣の能力は役に立つ。一高内の模擬戦にて、船尾に二度も負けているのは、『
その制限が無ければ、光宣の戦闘力は達也の知る魔法師の中でもトップクラスに高い。
「今回の任務だが……京都での捕縛任務の続きだ。その黒幕が、日本でテロを企んでいるらしい」
達也は簡潔に、事の次第を語った。
長かったですが、ようやく本筋へ向かいます。
とはいえ、原作とは違い、平和にいきます。
表のわちゃわちゃを損なわず、達也(と光宣)が人知れず退治します。
また、表のモノリス対抗戦ですが、細かい描写はしません。チーム分けと結果くらいは書きます。
期待していた方がいたら、申し訳ありません。