ガーディアン解任   作:slo-pe

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師族会議編10

 

 

 ジード・ヘイグこと顧傑は、箱根から東へ約九キロ離れた小田原のとある一軒家にて、腰を落ち着けていた。

 彼は現在九十七歳。だがその外見は五十歳程度にしか見えない。髪の色こそ真っ白だが、東洋人にしては黒い肌に、老人特有の衰えはほとんど見られない。

 

 彼はつい先日までUSNAの旧合衆国西海岸に住んでいたが、USNAの国籍は持っていない。顧傑の祖国は大漢。既に滅びた国だ。

 だが、顧傑は大漢が滅びたから、あるいは崑崙方院が潰されたから北米に亡命したのではない。彼は大漢から逃げ出したのだった。

 崑崙方院は、大陸国家の魔法師開発機関であり、研究されていたのは現代魔法だけではない。古式魔法と現代魔法の両方が研究されていた。ただ、その両者の間には対立があった。

 方針、予算、人事の各面でイニシアティブ争いが熾烈だった。現代魔法師と古式魔法師、両者の間に主導権争いが発生していた。

 

 結果、現代魔法師側が闘争に勝利し、古式魔法師を崑崙方院から追放。それが二〇五四年のことだった。

 顧傑はこの時、周公瑾を含む弟子と共に北米へ逃れた古式魔法師だ。だから本来であれば、顧傑には四葉に対する、日本の魔法師に対する復讐の念は存在しないはずだった。彼にとって四葉は、自分の代わりに崑崙方院残った現代魔法師一派を一掃してくれた「敵の敵」とも言える存在だった、はずだ。

 だが大漢崩壊後、顧傑は四葉を、日本魔法界を復讐のターゲットに定めた。その時彼の心の中でどのような心理機構が作用したのか、他人には知る由も無い。本人も既に、覚えていないかもしれない。

 

 愛国心の故か。

 復讐の相手を奪われたことに逆恨みしたのか。

 配下の求心力を維持する為に敵が必要だったのか。

 

 分かっているのは、顧傑が大漢亡命者の犯罪ネットワークを作り上げ、その闇社会に君臨し、周到に復讐の為の力を蓄えていった事実だけだ。

 顧傑の精神は「怨霊」に相応しい妄執に凝り固まっていた。理屈ではないが故に、損得勘定で止めることもできない。

 

 とはいえ、顧傑個人の直接的な戦闘力は低い。彼も大陸の古式魔法の使い手だが、彼が修得している魔法は敵と直接干戈を交える為のものではない。敵を前にした時の実力は、周公瑾の方が上だった。

 顧傑が得意としているのは「ソーサリーブースター」のような人間を部品として魔法的な道具を作り出す技術、「ジェネレーター」のような人間を道具に変える技術、そして死体を操る技術。

 魔法のおぞましい側面を凝縮したような術者だが、前に出て戦うタイプの魔法師ではない。事実、彼はこれまで黒幕に徹してきた。

 その顧傑が自ら日本に乗り込むことを決意したのは、それだけ彼が追い込まれているからだった。

 

 彼が支援してきた反魔法国際政治団体「ブランシュ」は各国政府の締め付けにより弱体化が著しい。

 彼が首領の後ろ盾として君臨していた国際犯罪シンジケート「無頭竜」は日本及びUSNAの情報工作機関による共同作戦で壊滅した(大亜連合はこれを黙認した)。

 そして、最後の弟子であり配下である周公瑾を失ったことにより、顧傑は自分で動くより他に手が無くなったのだ。

 

 周公瑾が殺されたのが去年の十月末。顧傑がロサンゼルス港を発ったのが一月半ば過ぎのことだ。

 二ヶ月以上の間隔があるのは、顧傑が手をこまねいていたわけでも弟子の死を悼んでいたわけでもない。最も効果的な舞台を狙った結果だ。

 

 顧傑には攻撃手段として使える魔法の手札が無い。皆無というわけではないが、高ランクの魔法師を相手にするには威力が不足している。だから彼はまず、武器の調達や太平洋を渡る為の船の手配から始めなければならなかった。

 ブランシュや無頭竜が健在ならば一声掛けるだけで済んだものが、一ヶ月以上掛かってしまった。

 だが、今のところ掛けた労力に見合う成果は出せている。

 

 持ち込んだ爆発物は、入管検査の探知機にも、街の所々に設置されている探知機にも引っ掛からなかった。今は目的の師族会議の会場である箱根に隠してある。

 旧式とはいえUSNA軍で正式に採用された武器。遠距離ならば現役の爆発物探知機に対してもシールドは有効だった。

 

 彼の死体操作魔法「僵尸術」で操られる肉人形も、同様にセンサーに捉えられることはなかった。

 警備が甘い、と笑うつもりは無い。市街地のセキュリティレベルは先月まで暮らしていたUSNAに決して引けを取っていないと顧傑は評価している。自分の技量が一枚上手だった。彼はそう考えて満足感を覚えていた。

 

 あと一週間で、師族会議が開かれる。

 顧傑はここで、死体に歩兵携行用ミサイルの弾頭から取り外した爆弾を使い、爆弾テロを引き起こす予定だ。

 

 顧傑は十師族の力を過小評価していない。おそらくその程度のテロ行為では、師族会議に名を連ねる高位魔法師には傷一つ付けられないだろう。

 だが、それでいい。十師族は自分の身を守る。自分たちだけを守って、他人を見殺しにする。

 そうすれば、これだけの人数が十師族の巻き添えになったのだと、顧傑が声明を出してやる。

 

 十師族は、自分たちが生き延びる為ならお前たち日本人を見捨てるのだと。

 お前たち日本人は、十師族の所為で殺されるのだと。

 

 十師族は、四葉は、日本人に憎まれ日本に居場所を失うのだ。

 自分が、祖国・大漢に居場所を失ったように……。

 

 薄暗い灯りの下で、顧傑は暗い愉悦に満ちた嗤いを浮かべる。

 

 彼の足下には、この家の持ち主とその家族の死体が転がっていた。

 

 

 

 

 顧傑は、突き刺すような視線に突如曝されて眠りの園から引きずり出された。

 

 何処から見られているのか分からない。この部屋の中からでも、この部屋の外からでもない。この世の何処でもない、まるで、あの世から見られているような視線。

 顧傑はその正体を確かめるより早く、呪法を遮る陣を展開した。崑崙方院で改良された対抗魔法だが、現代魔法への防御は限定的だ。視線の次にやって来るであろう攻撃をどこまで跳ね返せるか分からない。

 

 彼が身構えた次の瞬間、一点に集中した銃弾のような想子の圧力が、防御の陣を破壊した。

 顧傑は慌てて、新たな防御の術を構築し、しばらくそのまま息を潜める。

 次の攻撃は、無かった。

 

 視線の、気配が消える。顧傑はホッと息を吐き出し、自分が負ったダメージを確かめた。痛みは身体の何処にも無いが、何の感覚も与えずに命を削っていく魔法は幾らでもある。

 しかし不思議なことに、その手の呪殺技法に詳しい顧傑が幾ら調べてみても、先程の攻撃による負傷は何処にも無かった。遅効性、条件発動型の魔法が仕掛けられている兆候も無い。

 

 何をされたのか分からないのは不気味だったが、それは後回しだ。この場所を何らかの形で知られたのは間違いない。彼はすぐ移動することに決めた。

 

 顧傑が動き出したその瞬間、家の扉が強引に破られる音がした。

 気配は二つ、それらは真っすぐここにやって来る。

 

 顧傑は咄嗟に窓から逃げようとして、すぐにその選択肢を捨てた。

 彼が感じ取ったのは魔法的な危機感ではなく、ただの直感だった。だが、ほぼ半世紀にわたって逃走と暗闘の日々を送ってきた顧傑の危険察知能力は、自分に対する敵意を直感的に嗅ぎ取った。

 

 顧傑は足元に転がる人形を盾にして、その魔法師たちを迎え撃つことにした。

 上手くすれば、さらなる駒に使えると。

 

 部屋のドアが吹き飛ばされる。

 入ってきたのは、この世のものとは思えないほどの美貌を持った少年。その少年の顔が、意思のない人形を見て歪んだ。彼は初手に、人形ごと攻撃するのではなく、人形を横にずらすことを選択した。

 

 チャンスだと思い、顧傑は少年に向けて呪法を放った。

 事前に術式を仕込むこともせず、略式の儀式すら省いている。準備不足も甚だしい呪法だが、他に使える手札がなかった。だが。

 

「なっ……!?」

 

 少年に向けられた不十分な呪法は、全く効果を表すことなく霧散した。

 

仮装行列(パレード)

 

 魔法的な干渉の照準を仮装の情報体にすり替える九島家の秘術により、顧傑の呪法は作用対象不在を起こし、破綻した。

 

 そして、次の瞬間。

 

 その少年を貫いて、砲弾が飛んできた。

 否、砲弾と見まがうほどに威圧感を携えた魔法師が突撃してきた。

 

 球形の障壁を纏い、飛翔する。机や椅子などの障碍物などお構い無しに、顧傑目掛けて一直線に飛んで来る。

 驚いた顧傑は、通じないと半ば確信しながらも全力の呪法を放った。しかしそれは、砲弾が纏っていた圧倒的な干渉力の前に効力を失った。

 

 思わず硬直したところに、超硬の障壁が襲い掛かった。顧傑が跳ね飛ばされる。

 攻撃は止まらない。部屋の壁に叩きつけられた顧傑に対し、更に体当たりを掛ける。無論、障壁を纏ったままだ。

 

 顧傑は、自身の死を悟った。

 彼が最後に見たのは、突撃してくる魔法師の素顔。

 

 十文字克人。十師族・十文字家次期当主。

 自身が狙っていたはずの師族会議、そこに名を連ねる魔法師の一人。

 

 顧傑は嗤った。乾いた笑みは、障壁に押し潰され。最期に、血が溢れた。

 

 

◇◇◇

 

 

 顧傑が完全に沈黙したのを確認した克人は、光宣へ視線を向けた。

 

「どうだ?」

「駄目です。完全に死んでいます」

 

 克人の問いに、光宣は静かに首を振った。

 顧傑が盾に使っていたのは、この家に住んでいた家族と見られる遺体だった。

 

「そうか」

 

 克人はそれ以上の言葉を返さなかった。その代わり、自身の魔法で潰した死体へ目をやる。

 

「この魔法師──顧傑は、直接戦闘には秀でていないようだったが、街頭センサーに検知されないレベルで死体を操ることができた。この場で無力化できたのが幸いだ」

「そうですね。この魔法師の力量から見て、事前情報が無ければ、おそらくテロは成功していたでしょう……四葉家の情報網は、恐ろしいですね」

「そうだな」

 

 USNAにいたテロリストの情報を、どうやって入手したのか。克人も光宣も知らされていないし、今後も知らされることは無いだろう。

 一体裏で何をやっているのか、どれだけの手札を隠しているのか、克人も光宣も不気味に思う部分はある。しかしそれでも、日本に多大な混乱をもたらす芽を事前に摘むため動いた。その事実は揺るがない。

 

「戻るぞ」

「はい」

 

 外にいる達也と寿和に作戦完了を報告するため、二人はそれ以上何も言わず部屋をあとにした。

 

 

 

 

 顧傑が無力化される、少し前のこと。

 箱根の山の中、とある小屋を包囲する魔法師の集団があった。

 

「なんだか、嫌な気配がしますね」

「そうね、酷く不快な波動」

 

 黒羽文弥の呟きに応じたのは津久葉夕歌。

 この二人は現存する四葉一族の中でも、特に精神干渉系魔法の適性が高い。素質だけなら深夜を除いた一族中で最上位を争うほどだ。

 彼らは、顧傑の死体操作魔法「僵尸術」の余波を敏感に感じ取っていた。

 

 この場にいるのは、文弥、亜夜子、夕歌の三人と、彼ら直属の部下たち。そしてもう一人。

 

「千穂さん、穂波さん。そろそろ時間になりますので、準備の方お願いします」

「はい」「わかりました」

 

 夕歌の声掛けに頷いたのは、調整体「桜」シリーズ、桜崎(おうざき)千穂と桜井穂波の二人。

 夕歌の新たなガーディアンである千穂はともかく、深雪のガーディアンの一人である穂波もこの場にいる。

 理由は単純で、万一の場合を考えた深雪が、達也の任務に、つまりは夕歌たちの仕事へ貸し出したのだ。

 

「時間よ」

 

 亜夜子が呟いた。それから数分が過ぎても、小屋に変化はなかった。

 静寂だけが流れる。

 

「……何も起こらないですね」

「……術者の無力化と同時に、死者操作の魔法も効力を失ったのかしら」

 

 文弥と亜夜子が現状をそう分析した。

 

「いえ、それにしては、この嫌な気配は変わらないままだし……もしかしたら、術者の生死に拘わらず師族会議当日に動くよう、プログラミングされてるのかもしれないわね」

「では如何いたしますか?」

 

 夕歌の推論に、千穂が訊ねる。

 

「そうね……」

 

 夕歌が思考に沈んだのは僅かな時間だった。

 

「突入は私、文弥くん、千穂さんの三人。爆発が起きた際の対処は、穂波さんが障壁を、亜夜子ちゃんは『極散』で。爆発が周囲に漏れないようお願い」

 

 亜夜子の得意とする魔法「極致拡散」、通称『極散』。

 指定領域内のエネルギーや物質の分布を均一化し、痕跡そのものを消し去る魔法だ。

 

 亜夜子は、魔法の発動速度も事象干渉力も深雪に劣っているが、事象を改変することができる領域の広さにおいて深雪を凌駕し、四葉随一の才能を誇っている。

 光量の乏しい夜の屋外は、亜夜子が最も本領を発揮できるテリトリーだ。「ヨル」というコードネームは、亜夜子の本名の一文字を使ったものだが、同時に彼女の極散魔法の特徴を表すものでもあった。

 

 今回の任務は、爆弾が使用されたことすら隠すことが望ましい。その面から考えると、亜夜子の『極散』はうってつけの魔法だった。

 

「「わかりました」」

 

 夕歌の指示に、穂波と亜夜子が了承する。

 

「それじゃ、行くわよ」

 

 それを合図に、夕歌、文弥、千穂の三人は動き出した。

 

 

 

 結果として、爆発は起こらなかった。

 小屋の中には爆弾を抱えた死体が並んでいたが、夕歌たちの侵入に反応すらしなかった。

 

 だが、死体から濃密に漂う呪法の気配に、当日の行動をプログラミングされているという、夕歌の仮説は信憑性を帯びた。

 

(……面倒ね)

 

 当日作動型──つまり急ぐ必要はないし、自分で処理する必要もない。夕歌は短く思考し、結論を出した。

 

「文弥くん……いえ、ヤミちゃん」

「な、なんですか」

 

 本名ではなく、わざわざコードネームで呼んだ夕歌に。何よりその作り込まれた笑みに、文弥は警戒心を露わにする。

 

 そして、その予想が外れているはずもなかった。

 

「外にいる千葉道場の方々を呼ぶから、彼らの前でこの呪法解除してちょうだい」

 

 夕歌が出した結論は、文弥と警察に丸投げすることだった。

 

「なんで僕が! 夕歌さんも一緒にやってくださいよ!」

「私じゃ顔がバレちゃうじゃない。ヤミちゃんなら顔を見られても、文弥くんとは分からないんだし」

「それは、そうですけど……」

 

 文弥は今、女装していた。

 黒いミニ丈のジャンパースカートに同色のレギンス。胸も小さく膨らんでおり、髪型もストレートショートボブ。

 外見だけ見れば、完全に少女だった。

 

 とびきりの美少女であるヤミを見て、第四高校の黒羽文弥を連想するのは不可能に近い。

 

「てことで、お願いね。爆弾は使い道があるからこっちで持って帰るわね」

「くっ……わかり、ました……」

 

 反論したい。けれど夕歌の論理を崩すだけの手札が無い。文弥は不承不承で頷いた。

 

 

 

 その後、ヤミ──女装した文弥は、千葉道場の高弟らが解呪の証人として見守る中、死人に掛けられた呪法を、やけくそ気味に片っ端から解呪していくのだった。

 

 

 





テロ行為は起こらないまま、あっさり事件解決です。
顧傑が直接戦闘弱すぎて、達也のかけた保険(克人さん)が殆ど意味を成さず、さくっと戦闘終了しました。

とはいえ、USNAの追手や師族会議本番など、まだ触れていない原作の内容もあり。深雪と将輝の婚約事情や、光宣の再リベンジ・治療についても進展させなきゃなので。
まだまだ続きます。多分今回で折り返しくらいです。
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