二月一日、金曜日。
第一高校は来週に控えた『校内モノリス・コード対抗戦』へ向けて、盛り上がりを見せていた。
既に生徒会によるチーム分けも発表されており、各チーム演習室や演習林の割り振りに従って練習を重ねている。
「一条さん、そろそろ割り振り時間終わるので引き上げましょう」
「ああ、そうだな」
水分補給をしていた将輝に声を掛けたのは七草香澄。二人はこの対抗戦において、同じチームに割り振られていた。
将輝はこの割り振りについて、深雪たち生徒会の意図をなんとなく察していた。
言うなれば『余り物チーム』
将輝・香澄という十師族直系が二人もおり、他のメンバーも魔法力に優れたメンバーが多い。だが、チームメンバーの学年や所属がばらばらで、関わりが薄い。
ポテンシャルの高さは参加全六チームの中で随一だが、同時に伸び代も随一のチームだった。
そんなチームで練習を終えた将輝は、帰宅前に生徒会へ向かう。端末へ目を落としながら、他に参加する五チームの力量を予想する。
一番厄介なのが、服部をリーダーとする通称『チーム山岳部』
「服部さんは当然として、吉田に千葉さん、九校戦モノリス・コード出場者が三人か……」
服部、幹比古、エリカという、九校戦モノリス・コードの選手が三人。残る五人も、演習林を『庭』と称する山岳部の面々だ。
八人中五人が二科生と、平均的な魔法力では他のチームに大きく劣るものの、将輝が最も警戒しているチームだ。
他にも無視できないのが、『チーム体育会』。
体育会系部活のメンバーが集まったチーム。参加人数が多く、三チーム構成だ。
そのうち二チームは三年生が主体となり、それぞれ、沢木、三七上がリーダーを務める。残りの一二年生のみで構成されたチームは、雫・ほのか・七宝がリーダーシップを発揮している。
さらには三年生を中心に、優勝賞品のケーキバイキング目当てに参加した『チームカップルズ』。
こちらも人数が多かったため、八人ずつの二チームに分かれており、それぞれ、五十里・花音、桐原・沙耶香がリーダーを務めている。
「あと一週間と少し……優勝するにはどうするべき、か……」
将輝は、自分が三高を代表してここにいると自覚している。優勝を目指すのは当然、万一にも全敗という結果は避けなければならない。
だが今回の対抗戦では、モノリスが二基配置されるルール上、将輝一人では勝ちきれないし、守りきれない。
「チームとしての連携……もしくは、個人の力でゴリ押せる状況を作るか……」
そう思案しているうちに、目的の生徒会室に辿り着いた。ドアホンを鳴らし、名前を告げると、「どうぞ」という声と共に扉のロックが解除された。
「一条さん、練習お疲れ様でした」
正面、奥の机から掛けられた声に、将輝は練習疲れが癒えていくのを感じた。
「ありがとうございます、司波さん。今日もデスクをお借りしますね」
「ええ、お願いします」
将輝は軽く会釈すると、船尾の隣の空きデスクへ腰を下ろした。対抗戦の開催に伴い、演習室や演習林の予約は各チームに目いっぱい割り振られている。
将輝は国内留学生としての義務感と、深雪のいる生徒会に顔を出す口実として、その申請処理を買って出たのだ。
しばらく作業を進めていると、他のチームとの交流を終えた光宣がやって来た。
光宣は対抗戦には出場しないものの、各チームの練習に混じって交流を続け、それが終わると生徒会業務の手伝いをしている。
「そろそろ終わりにしましょうか」
下校時間まではまだ余裕があったが、深雪は自身の端末を落とし、帰り支度を始めた。他のメンバーもキリが良いところで業務を終了させる。
「一条さん」
「司波さん、何かありましたか」
全員が帰り支度を済ませたところで、深雪が将輝へ声を掛ける。
「今週の日曜日、どこかに出掛けませんか?」
「えっ……」
まさかのお誘いに、将輝の思考が止まった。
「ご都合が悪かったでしょうか?」
「い、いえ! 大丈夫です、空いています」
「それはよかったです」
激しく焦る将輝を前にして、深雪は無邪気な笑みを漏らした。
「あの、なぜ急にデ…二人で出掛けようと?」
「何故もなにも……お互いのことを知りたいと申し上げたでしょう?」
深雪が「お忘れですか?」と眩しい笑顔を向ける。将輝はますます落ち着きを無くした。
「なのに一条さん、春花ちゃんと九島くんの模擬戦から、ずっとそちらに気が向いているんですもの。こちらからアプローチの一つでもしないと、三学期が終わってしまいます」
深雪は笑いながら、責めるような眼差しを送る。無論冗談だが、将輝は辛うじて平静を保っていた部分まで突き崩されて、何も考えられなくなってしまう。
水波が口を開き掛ける。護衛の有無と訊ねて深雪の眼差しを逸らそうとしたのか、もっとストレートに深雪を窘めようとしたのか。いずれにしても将輝に助け船を出そうとしたのは間違いなかった。
「桜井さん」
「はい、なんでしょうか」
しかしそのセリフは、被せるように話し掛けてきた光宣によって遮られた。
「桜井さんも、僕と日曜日に出掛けてもらえませんか?」
「は……?」「なっ……!」
予想外の申し出に、全員の意識が光宣へ向いた。当の水波は豆鉄砲を喰らったような顔をしており、その傍では船尾が目を見開いていた。
「あの、何故、私と……?」
「以前京都で看病をさせてしまったお詫びと……桜井さんと仲良くなりたいと思ったから、でしょうか?」
そう小首を傾げる光宣の表情は、その美貌も相まって、年頃の女性であれば正気を失うような破壊力を有していた。
「私は反対です」
そこに割り込んだのは、やはりというか船尾だった。
「お詫びと言うなら放課後でも十分。なのに日曜日、休日を独り占めなんて羨ま……いえ、ズルいです」
「船尾さん、変わってませんよ」
泉美の指摘は無視された。
「深雪さんたちも休日ですよ」
「深雪先輩と一条さんは婚約者候補なのでいいんです。水波先輩と九島くんは、現時点でただの知人。絶対だめです」
「では」
船尾の反論に、光宣は邪気の欠片も感じられない笑みを浮かべながら、こう提案した。
「船尾さん、僕と決闘で決めませんか?」
「こいつ……」
船尾に鋭く睨まれても、光宣の笑みは揺るがない。
水波にお詫びをしたいのも本当、仲を深めたいのも本当。だがそれと同じくらい、船尾へリベンジの機会を探っていた。
対抗戦に向けて慌ただしくする中、普通に頼んでも受け入れて貰えない。そう判断した光宣は、彼女が尊敬する水波をデートに誘い、船尾を決闘の場に引きずり出した。一石三鳥を目論んだのだ。
「…………無理」
だからこそ、船尾のこの返答は予想外だった。
「…どうしてですか?」
「普通に勝てないからやりたくないってのが一番だけど……演習室の空きが無い。対抗戦に向けて予約が詰まってるの」
「そうでしたね……」
光宣が肩を落とす。深雪が将輝をデートに誘ったことで思い付いた案だったが、肝心な部分を見落としていた。
「春花ちゃん、九島くん」
そこに、深雪が声を掛けた。
「そういうわけで模擬戦は許可できないけど、交流を深めるのは良いことだし……明日の放課後、生徒会業務は休んでいいから、役員四人で遊びに行ってらっしゃい」
四人──光宣、水波、船尾、そして泉美だ。
深雪と二人きりになるため、咄嗟に残ろうとした泉美だったが、
「泉美ちゃんも、明日は休んでいいわよ。業務は兄さんに手伝ってもらうから」
「……分かりました」
そう先回りされてしまい、肩を落として頷いた。
◇◇◇
翌日の土曜日、将輝は朝から浮かれていた。
日曜日は、深雪とのデートだ。
昨日は駅までの帰路にて、深雪と行き先を決めた。昼過ぎに集合して、映画・ショッピング・カフェと巡る。
待ち合わせ場所も、映画館も、モールの導線も、昨日のうちに頭に叩き込んだ。土地勘が無くエスコートできない、なんてことにはならない。脳内デート演習もばっちりだ。
将輝は完全に浮かれていた。
とはいえ、魔法はほんの僅かな油断が重大な事故に繋がる。午前中の実習や午後の対抗戦に向けたチーム練習では、将輝は気持ちを切り替えて集中している──つもりだった。
「一条さん」
「香澄さん、何かあったか?」
放課後の演習林、休憩中に香澄から声を掛けられた。
「浮かれるのは分かりますけど、練習には集中してください」
「…しているつもりだったが」
「全くできてないです。もうふわっふわ」
香澄の指摘を受けても将輝に自覚は無かったが、
「そんなんじゃ深雪先輩に呆れられますよ」
最後のセリフには己を顧みずにはいられなかった。
「……俺は、浮ついていたか」
「はい。それはもう盛大に」
香澄の言葉に遠慮は無かった。彼女の生来の性格に加えて、将輝に対する思い入れが少ないからだろう。
将輝は自省した。
彼とて健全な男子高校生。恋人は欲しいし、船尾たちの模擬戦で意識が逸れていたとはいえ、一高に来た本来の目的は深雪との仲を深めることだ。
しかし、色恋に浮かれて無様を曝すなど許されない。
(──俺は、十師族『一条』の長男、三高のエースだ)
将輝の背負う看板は、非常に重要な意味を持っている。
日本魔法師界のトップに君臨する十師族。
一高最大のライバルである三高。
将輝は、ただ恋に溺れる男子高校生ではいられない。
第三高校の、『一条』将輝。それが彼が背負う役目だ。
将輝が実際に思考に沈んだ時間は、ほんの数秒だった。
「すまない香澄さん、もう大丈夫だ」
「了解です。それじゃ再開しましょうか」
演習林を使える残り時間はおよそ三十分。将輝はそれまでの甘さを叩き潰すように、気合を入れた。
チーム練習を終えて生徒会室へ向かった将輝を迎えたのは、異常なまでのスピードで鳴り響く打鍵音と電子音だった。
音の主はもちろん達也。生徒会のヘルプとして呼ばれた彼は、本来水波たちが処理する業務について説明を受けてから、猛然とキーボードを叩き続けていた。
初めて見るその光景に、将輝は開いた口がふさがらなかった。
「一条さん、お疲れ様です」
「あ、はい……お疲れ様です……」
深雪からの労いですら、彼の耳を素通りしていた。
達也はキリの良いところまで業務を終えると、将輝へ向き直った。
「将輝、お疲れ様」
「ああ、お疲れ……て、そうじゃない!」
将輝はようやく我に返った。
「そのタイピングは何なんだ! キーボードしか使っていなかったようだが、タイプする指に目がついて行かなかったぞ。まさか『タイピングスピードを上げる自己加速魔法』なんてものがあるんじゃないだろうな!」
「そんなものはない。いや、作れなくはないのか……?」
「本当に作れるのか……」
「タイプする時間を固定して、移動距離を変数化……といってもキーボードの配置は決まっているのだから固定座標化はできるし、処理にかかる負担もそう多くはならない。それをループ・キャストで常時発動すれば、似たようなことはできるんじゃないか?」
「兄さん……それは全く手を止めない、つまり思考に時間を取られない前提でしょう? しかも魔法行使にリソースを取られながら。そんな魔法誰も使えません」
「深雪なら使えるんじゃないか?」
「私でも無理です。議事録程度ならまだしも、通常業務では不可能です」
「…そうか」
そう呟く達也は相変わらずのポーカーフェイスだが、どこか落ち込んだ雰囲気が滲み出ていた。
深雪と将輝は顔を見合わせ、小さく笑った。
◇◇◇
二月三日、日曜日。
達也はFLTの研究施設に出社した。CAD開発センター、開発第三課は休日だというのに相も変わらず人影が絶えない。
この施設はその名のとおりCADの開発をメインに行う場所だが、達也が現在取り組んでいるのは新型CADの開発でもCAD用ソフトウェアの改良でもない。
恒星炉を使った資源・エネルギー生産設備、魔法の非軍事利用のモデルプラントの設計。
会社は達也がそんな物を作ろうとしているとは知らない。達也はFLTの従業員ではなく会社と契約している研究員で、守秘義務以外は大きなフリーハンドを与えられている。
また、開発第三課に個室を持っているため、その気になれば研究内容を徹底的に隠すことができる。実際このプロジェクトについては、トーラス・シルバーのパートナーである牛山にさえ、達也はまだ何も話していない。
魔法の非軍事利用プロジェクト「恒星炉による太平洋沿海地域の海中資源抽出及び海中有害物質除去(Extract both useful and harmful Substances from the Coastal Area of the Pacific using Electricity generated by Stellar-generator)」プラント建設計画、「ESCAPES」。
兵器として作り出された魔法師の宿命からの「脱出手段」。
魔法の非軍事利用という大目標。
魔法によって動く核融合炉のエネルギーで、安定的に電力と燃料、副産物として鉱物資源を供給することにより産業社会に一定の地位を占める。
それによって、非軍事分野に魔法師の生活手段を確保する。それがこのプロジェクトの基本的な考え方だ。
現代産業は、毎年の気象条件に大きく左右されている。
化石燃料や核分裂エネルギーに依存しない社会を目指し、太陽光、風力、バイオマスなどの自然エネルギー、再生可能エネルギーの比重を高めた結果だ。
持続的な発展や環境防衛など、メリットも大きいが、その一方で燃料・電力供給が不安定化したのは紛れもない事実である。
達也が現在考えているスキームは、
恒星炉が生み出す電気そのものを供給する。
恒星炉が生み出す電力と高熱を利用し高温水蒸気電解法で水素ガスを製造する。
恒星炉の電力を使って逆浸透法により真水を取り出す。
真水を取り出した後の濃縮された海水から有用資源と有害物質を取り出す。
の四つである。
もっとも達也は、魔法技術にこそ精通しているものの、工業技術に関する知識は高校生レベルに留まっている。恒星炉以外の技術は、専門家の協力を仰がなければならない。
水素ガスの製造も真水の抽出も海水中資源の回収も全て魔法でできないことはないが、それでは魔法師の負担が大きすぎる。魔法師が工場のパーツになってしまうようでは本末転倒だし、魔法師だけで完結する産業システムも達也の望むものではなかった。
全体のコンセプトは既に出来上がっている。恒星炉周りのシステムも概念設計は済んでいるし、基本設計も年度内には終えられる見込みだ。そこから先は、自分一人では無理だと達也も認識している。
具体的な段取りに当たり大きな問題が一つ。
達也はまだ高校生、若過ぎてまともに相手をしてもらえないかも知れない。それが今の達也にとって最大の懸念事項だった。
(当てが無いこともない、が……)
達也の脳内には、二人の人物が浮かんでいた。
一人が北山航。
雫の弟であり、去年の四月のパーティーにて、姉の役に立ちたいと「魔法を使えなくても魔工師になるのか」と訊ねてきた少年だ。
さらに雫と航の父である北山潮は、非魔法師でありながらAランク魔法師・鳴瀬紅音を娶った。
妻と娘、母と姉。大切な家族を兵器の宿命から解放するためならば、潮も航も協力を惜しまない可能性が高い。
その財力も含めて、非魔法師分野にアプローチする上で力を借りるべき相手だ。
そしてもう一人が一条剛毅。十師族『一条』の当主だ。
一条家は海底資源採掘会社を経営しており、剛毅はその社長だ。ESCAPES計画の肝となるスキームにおいて、知識も知恵も人材も持ち合わせている。
(あまり妹の恋愛に関して、こんな風には考えたくないんだがな……)
一条家に対して「深雪と婚約したければ計画に協力しろ」などと要求するつもりは毛頭ない。深雪と将輝の婚約は、あくまで二人の意思で決まるべきものだ。
だが協力を要請するに当たって、婚約が成立していれば話を進めやすいのも事実だった。
一条家から将輝を迎える立場として、『返礼』という意味を持たせることもできる。
実利はある。
加重系三大難問の解決策の工業化プラント。金銭面でも名誉面でも、無視できない利益を一条家にもたらす事ができる。
だが、妹や友人の感情を、計画の材料として計算に入れている自分に、達也は拭いきれない嫌悪を覚えていた。
達也は椅子の背もたれに寄りかかり、外に『視線』を向けた。
天気は快晴。絶好のデート日和だ。
将輝にとって、恋い焦がれる相手との初デート。
深雪にとって、好意を持った、或いは持とうとしている相手との初デート。
今日という日が二人の思い出になるよう、達也はそっと祈った。