ガーディアン解任   作:slo-pe

118 / 126
師族会議編12

 

 

 二月四日。今日から二日間の予定で師族会議が開催される。

 場所は箱根にある、それなりに高級なホテルの貸し会議室。開始時刻間際になり、次々に円卓の席が埋まっていく。

 

 一条家当主、一条剛毅。

 二木家当主、二木舞衣。

 三矢家当主、三矢元。

 四葉家当主、四葉真夜。

 五輪家当主、五輪勇海。

 六塚家当主、六塚温子。

 七草家当主、七草弘一。

 八代家当主、八代雷蔵。

 九島家当主、九島真言。

 十文字家当主、十文字和樹。

 

 これが現在の十師族、各家当主だ。なお十文字和樹のみ、息子の克人を伴っている

 

 当主全員が円卓に付き、ドアが閉まる。

 

「十文字殿、お加減はもうよろしいのか?」

 

 最初に口を開いたのは、最年長の九島真言だった。十師族は各家対等。そこに上下関係は無い。その理念はホテルに用意させた円卓からも明らかだ。

 しかし会議をする上で、議長役がいなくては何かと不都合が生じる。そこで当主の内、最年長者が進行役を務める不文律が出来上がっていた。

 

「それについて、皆様にご報告したいことがあります」

 

 真言の言葉を受けて、和樹が立ち上がった。座ったままの発言がスタンダードである師族会議で彼のこの態度は、何か重大な発表を予感させるものだった。

 

「突然ですが、私、十文字和樹はこの場を以て十文字家当主の座を息子の克人に譲ります。ついては皆様に、その立会人になっていただきたい」

 

 隣の者と顔を見合わせたり和樹の顔をじっと見詰めたり、各当主の反応は様々だったが、誰一人勝手なお喋りをしていないのは共通していた。

 

「それはまた、随分と急なお申し出だ」

 

 真言が一座の空気を代表した言を発する。

 

「以前から考えていたことです。克人が成人を迎えてから、とも考えましたが、魔法師として使い物にならない私がいつ迄も当主の座に居座っているのは、十文字家のみならず十師族にとっても好ましいことではないと思い決断しました」

「魔法を使えない、と言われると?」

 

 こう訊ねたのは一条剛毅。師族会議では口にしにくい話題を切り出す役回りが多い。

 

「私は三年前より、魔法力低下の病に罹っていました。既に二年前の段階で実戦に堪えられなくなり、当主の仕事を事実上克人に任せておりました。そして三ヶ月前、遂に魔法技能を失ってしまったのです」

 

 和樹の爆弾発言に、一座がどよめく。

 

「魔法力低下の病、ですか? そんなものがあるとは初めて聞きました。失礼かとは存じますが、魔法師にとって大きな問題です。詳細は判明していますか? 治療法は無いのですか?」

 

 そう訊ねたのは七草弘一。彼は師族会議での発言が一、二を争うほど多い。

 

「七草殿、その心配はご無用です。この病は我が十文字家に固有のものですから」

「貴家に固有のもの? それは確かでしょうか?」

「七草殿」

 

 尚も問い詰めようとする弘一を、やんわりとたしなめたのは真夜だった。

 

「それ以上はお控えになった方がよろしいかと」

「そうですね。他家の事情には深入りしない。それは十師族のみならず、魔法師に広く適用されるルールです。四葉殿の仰るとおり、もうお止めになっては? 十文字殿は、他家の魔法師が罹ることは無いと仰せなのですからそれで良いではありませんか」

 

 二木舞衣が、真夜の意見に追随する。彼女は九島真言に次ぐ年長者として、師族会議ではストッパー役を務めることが多い。

 

「分かりました。十文字殿、申し訳ございませんでした」

 

 弘一が大人しく引き下がる。真夜だけならともかく、舞衣にまで意地を張る理由は、彼には無い。

 

「いえ、気にしていません」

 

 弘一にそう答え、和樹は真夜と舞衣に向かって目で一礼する。

 

「それで、皆様。十文字継承の件、如何でしょうか?」

「私どもの立ち会いなどなくとも、十文字家のことは十文字家でお決めになればよろしいことかと存じますが……私は構いませんわ。喜んで、克人殿への継承の証人になりましょう」

「私も構わない。むしろ、光栄なことだと思う。喜んで証人とならせていただく」

 

 改めて問う和樹に真夜が声を上げ、六塚温子がそれに続いた。温子は真夜に憧れを懐いているところがあり、議論が割れた時、真夜の側に付くことが多い。

 

「私も他家の家督継承にとやかく物言いをつけるつもりはありません。克人殿の当主就任を祝福させていただきます。和樹殿も残念ではありますが、これまでの魔法界へのご尽力、お疲れさまでした」

 

 先ほどの一幕があったから余計にその必要を感じたのか、弘一が積極的に支持を表明した。

 真夜と弘一の二人が一致して和樹の申し出を受けたことで、残る当主も次々と克人に祝辞を述べ、和樹に労いの言葉を掛ける。

 

「では克人殿。新たな十文字家当主として、その席へ座られよ」

 

 最後に真言がそう促して、十文字家の当主交代は認知された。

 

 

 

 

 和樹が克人に送られてこの部屋を去り、十文字家当主の椅子に克人が着く。そうして改めて、師族会議が始まった。

 

「では一条殿」

「北陸・山陰方面に問題となる動きは無い。新ソ連、大亜連合が侵入を図っている兆候も認められない」

 

 真言に促されて、剛毅が反政府活動及び侵略行為の監視状況を説明する。

 

「六塚殿」

「東北方面も異常は見られません」

 

「二木殿」

「阪神方面は相変わらず。いい加減目障りで、一気に掃除してしまいたくなります」

「……二木殿、ご自重を。五輪殿」

「四国方面に目立った動きはありません」

「八代殿」

「阪神方面ほどではないと思いますが、北九州地域も相変わらずですな」

「そうですか。ご注意召されよ」

 

 この報告は各家が担当している地域の動向に関する報告だ。

 北海道と小笠原方面、沖縄方面は国防軍所属の魔法師の縄張り意識が強く、十師族も簡単には手を出せない。それ以外の地域を、十師族各家にて分担して警戒している。

 なお三矢家は、今も活発に活動し国防軍の魔法師にノウハウを提供している第三研の運用を、他の「三」の各家と協力して行っている。

 

「七草殿」

「関東方面は反魔法師運動が活発化していますね。まだ介入するほどの激しさではありませんが、早晩手を打たねばならないと思います。それと、横須賀方面に不審な動きがありました。破壊工作員が侵入を図っているのかもしれません」

「十文字殿も同じお考えか?」

「反魔法師運動については、我が十文字家も七草殿と同じ評価です。破壊工作員については、残念ながら当家では摑んでいません」

 

 克人は年長者に囲まれているこの状況で、気後れした様子も無く報告した。

 彼は嘘が得意な性格ではないが、横須賀での捕縛任務は十文字家として関与していない。そう認識しているため、言葉に揺らぎはなかった。

 それに、十文字家は有事の実戦闘要員としての性質が強い。同じ関東・伊豆担当でも、調査は七草家が担うべき領域であるため、克人の報告に疑問を持った当主はいなかった。

 

「ふむ。所謂人間主義者については、後ほど詳しく話し合うことにしましょう。では四葉殿」

「関東方面ほどではありませんが、東海方面も人間主義者の侵食が進んでいますわ」

 

 真夜も、ヘイグの船やカノープスのクルーザーの件は掴んでいたが、それを話題に出すことは、まだ(・・)しなかった。

 

 

 

 

 定例の報告が一段落したところで、会議室の空気が変わった。

 

「九島殿。一つ、この場でお話させていただきたいことがあるのですが」

 

 波乱を臭わせる発言は、やはりと言おうか、弘一のものだった。

 

「七草殿、どうぞ」

 

 ため息を堪えているような表情で、真言が先を促す。

 

「では、お時間を頂戴します」

 

 そう前置きして、弘一は真夜に目を向けた。またか、という空気が六塚温子と八代雷蔵からも漂う。弘一が真夜に(紳士的な態度ながら)突っ掛かるのは、師族会議お馴染みの光景と言って良かった。

 

「四葉殿、ご子息の婚約、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 

 弘一も真夜も、顔に愛想笑いを貼り付けている。弘一はその中に挑発的な眼光を宿し、真夜はそれを冷ややかな目で見返している。どういうわけか二人とも、既に臨戦態勢だった。

 

「しかし、次期殿の件は、承服致しかねます」

「何故でしょう? 先ほどの十文字殿の件然り、家督継承という私事に師族会議の承諾を得る必要は無いと思っておりましたが。違いまして?」

 

 賛同の声が差し挟まれる前に、弘一が真夜に反論する。

 

「確かに唯の家督継承でしたら、私もこのようなことは申しません。しかし新ソ連や大亜連合の警戒が必要な昨今に、その最前線である北陸から貴重な魔法師が失われるとするなら別です」

 

 弘一と真夜を除くメンバーの目が、一条剛毅へと注がれた。

 剛毅は口をへの字に曲げて腕組みをしている。「余計なことを……」という心の声が聞こえてきそうな顔だった。

 

「世界の軍事バランスは、一国の問題ではありません。新ソ連や大亜連合も、ここに来て魔法工学技術の軍事利用へと急速に傾斜してきている。今は大きな軍事的動向はありませんが、いつまた横浜事変や佐渡侵攻事件のような出来事が起こるとも限りません」

「可能性があるというだけで、有力な魔法師をその地域に釘付けにすると? そんな事を言い始めたら、どの家も婚姻などできなくなりますが」

 

 うんざりした声で弘一に反論したのは、真夜ではなかった。

 

「ええ。八代殿の仰るとおり、そうなっては当家の娘たちも婚約など不可能となるでしょう。ですが今回のケースは、お互いが次期当主となり得る極めて優れた魔法師なため。他全ての婚姻と同列に論じることはできません」

「十師族、並びに師補十八家の子女たちは軒並み優秀な魔法師ですよ。彼らを送り出すのであれば、リスクは同じになるのではありませんか?」

 

 今度は六塚温子が弘一の主張に異を唱えた。

 

「リスクがゼロになることはあり得ません。全ては程度の問題なのですよ、六塚殿」

 

 しかし温子の弁舌は、弘一を怯ませることはできなかった。

 

「私が四葉家の家督継承に懸念を懐くのは、『クリムゾン・プリンス』とまで呼ばれる将輝殿が北陸地域から離れてしまうリスクがあまりに大きいからです。あの若さであれほどの実力と実戦経験を兼ね備えた魔法師は、十師族直系と言えど数えるほどしかいない。そうではありませんか?」

 

 温子が黙り込んでしまう。

 

「クリムゾン・プリンス」の二つ名を持つ一条将輝は、十三歳にして実戦で力を示し、二〇九五年の横浜事変にもその名に相応しい活躍を見せ、現在弱冠十七歳でありながら一流の戦闘魔法師として名を馳せる十師族のサラブレッドだ。

 弘一の論理には、彼が抱えているに違いない感情的な背景を無視すれば説得力があった。

 

「家督継承は十師族の承認を得る必要はありません。しかしそれが潜在的に日本の治安を悪化させるものとなれば、国に対する一種の裏切り行為と言うこともできます」

「七草殿、それはお口が過ぎると思いますよ」

 

 裏切りという過激なフレーズに、二木舞衣からやんわりと制止が掛かった。しかし舞衣は、弘一の主張自体には反対する気配を見せなかった。

 

「失礼。確かに言い過ぎでした。四葉殿、お許しを」

 

 真夜は弘一の謝罪を無視した。

 

「それで七草殿は結局、何を仰りたいのかしら?」

 

 無視して、単刀直入に弘一の要求を訊ねる。弘一も滑らかに回転していた舌を止めて、間に五輪勇海、六塚温子を挟んだその向こう側の、真夜の横顔を見据えた。

 

「私が申し上げたいことは単純です。司波深雪殿の次期当主指名を取り消すべきと考えます」

 

 真夜が弘一へ振り返った。 真夜と弘一の視線が交わり合う。

 薄い色の付いたレンズに隠れた弘一の、一つ残った左目を過る感情は、歓喜か、憎悪か。

 

「申し訳ない。口を挿ませていただいても、よろしいか?」

 

 二人の間に高まった緊張感に水を差したのは、一条剛毅だった。

 

「四葉殿、当家からの申し出について、深雪嬢の回答は将輝から頂戴しています。国内留学が終わる年度末までに、お互いが好き同士になれた場合、婚約すると」

「ええ、私もそう聞いています」

「当家としても、将輝の恋路を応援すると同時に、深雪嬢の意志を尊重したく。当人たちの気持ちが揃った場合、両家としても婚約を認めるという形でよろしいか?」

「ええ。構いません」

 

 剛毅の率直な言いように、真夜も微笑みを向けて頷いた。

 十師族直系、しかも次期当主同士の婚約とは思えない、高校生らしい恋愛話に、各家当主が眩しいような、それでいてむず痒いような表情を浮かべた。

 

「七草殿」

「なんでしょうか、一条殿」

「息子は真剣に深雪殿と結ばれることを願っており、当家もそれを叶えてやりたく思っている。婚約を申し込んだ当初から、成立した場合には将輝を四葉家に差し上げるつもりだった」

 

 円卓が大きくざわめいた。一条将輝ほどの跡取りを、元より手放すつもりだったと言う。どう見ても利益の天秤は四葉家に大きく傾く。

 息子の恋路のためにそこまでの覚悟を決めた剛毅に、場の趨勢が傾いていく。

 

「七草殿……当事者である一条家と四葉家は合意しておられる。それでも家督継承は認められないと仰るのか?」

 

 それまで聞き手に徹していた三矢元が、疲れの滲んだ声で弘一をたしなめる。だが、弘一は引かなかった。

 

「己の感情を押し殺すことも、ある程度ならば必要でしょう。特に十師族の当主となる者ならば。皆様ご自身もそうだったのではありませんか?」

 

 反論の声は上がらなかった。弘一自身がそうしてきたことを、ここにいる皆が知っていた。

 

「それに、四葉家には達也殿もいらっしゃる。彼ならば、深雪殿に劣らぬほど次期当主として役割を果たすこともできるでしょう」

「そうですね……。次期当主の資質は、魔法力のみで決まるものではありません」

 

 初めて弘一を支持する声が上がる。発言したのは、五輪勇海だ。

 

「四葉家の深雪殿が優秀な魔法師であることに疑いはありませんが、達也殿も一条家の将輝殿に勝利した実績があり、極めて優れた魔法師でしょう。魔工師としてもすでに一流であり、婚約者の千葉エリカ殿との関係も良好と聞いています」

 

 勇海のこの言葉に、弘一は内心ほくそ笑む。

 

「日本海側の警戒が必須という七草殿のご主張にも道理があります。深雪殿が一条家に入るとなれば、日本魔法界にますますの発展と安寧をもたらすでしょう。婚約が成立するかは二人の気持ち次第ではありますが、もし成立した場合は達也殿を次期当主としてもよろしいのではないでしょうか」

 

 勇海の娘、五輪澪は戦略級魔法師だ。

 身体が弱く、本来であれば長距離の移動も避けるべきなのに、彼女は「戦略級魔法師である」というだけの理由で二年前の十一月、東シナ海に出撃する軍艦に同乗することを強制された。

 案の定、澪は帰国後、一ヶ月程病院のベッドで過ごす羽目になった。幸い命に別状はなかったが、やはり親としては思うところがあるのだろう。

 

 澪の入院はここにいる全員が知っている。勇海が口にした『日本海側の防衛』は、各家当主たちも軽んじることができなかった。

 

 勇海の支持により、風向きが変わり始めた。この瞬間、確かに弘一にとって追い風が吹いていた。

 しかし、その風は一瞬で断ち切られることになる。

 

「五輪殿。当家は深雪を他家に差し上げるつもりはございません」

 

 ここで初めて、真夜の瞳に強い意志が宿った。それまでのどうでもいいような口調から打って変わって、キッパリと否を表明した。

 

「深雪も、そして達也も、私のかわいい姪と甥。そして姉さんの娘と息子です。そのどちらも、他家に向かわせることはありません」

 

 勇海が気まずげに目を俯かせる。勇海が娘を想っているように、真夜と深夜も深雪たちを想っている。

 真夜の身に起きた事件を知っているだけに、勇海もそれ以上は何も言えなかった。

 

 真夜のこれは、のらりくらりと躱すより本音で拒否する方が各家当主たちには受けが良いだろうという計算や、剛毅の漢気に便乗した面もあったが、大部分は苛立ちから出た言葉だった。

 その感情を表に出しはしないが、代わりに語調を緩めてこう続けた。

 

「そもそも、とあえて言わせていただきますが、家督継承は各家に委ねられたもの。異議を受け容れなければならないようなものではございませんでしょう?」

 

 真夜の言葉に、舞衣が頷いた。

 

「確かに四葉殿の仰るとおりです。北陸地域の警戒が必要なのは事実。とはいえ、七草殿のご主張は師族会議でなし得る決定の範囲を超えています」

 

 舞衣が円卓の向かい側の弘一から、自分の隣の剛毅に視線を移す。

 

「一条殿、これは二木家としてではなく私個人の意見となりますが……将輝殿と深雪殿のご婚約が成されるよう、心より願っております」

「ありがたく存じます」

 

 舞衣からの言葉に剛毅が謝意を述べたことで、主張者の弘一をよそに話題は収束した。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。