ガーディアン解任   作:slo-pe

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師族会議編13

 

 

 一同が疲れを見せたため、師族会議は一旦休憩となった。

 そして十分後に再開したその冒頭、今度は真夜が爆弾を炸裂させた。弘一が投げ込んだ原則論のような、あやふやなものではない、特大のスキャンダルを。

 

「皆様、私から一つ、申し上げたいことがあるのですが」

「ほう。四葉殿から問題を提起されるとは珍しい。一体どのようなお話だろうか」

 

 真言に促されて、真夜が弘一に微笑みかけた。

 真夜と弘一以外の十師族当主の背筋に、戦慄が走る。それはこの二人の確執をそれほど目にしていない克人も同様だった。

 

「皆様は周公瑾という名の青年をご存じでしょうか?」

「しゅうこうきん、ですか……?」

「四葉殿、それは三国志で有名な呉の周瑜のことではありませんよね?」

 

 六塚温子と八代雷蔵の質問に、真夜は笑顔のままで首を横に振った。

 

「横浜中華街を根城にしていた、大陸出身の古式魔法師です。道士、と言うのでしたわよね、九島殿?」

「ああ。大陸の古式魔法師はそのように呼ばれることが多い」

 

 真言の肯定を受けて、温子が再度真夜へ問いかける。

 

「それで、その周公瑾なる者が何か?」

「反魔法国際政治団体『ブランシュ』。香港系国際犯罪シンジケート『無頭竜』。横浜事変を起こした大亜連合軍破壊工作部隊。これらを手引きし、援助して我が国に混乱をもたらした黒幕、と申しますか、黒幕の日本における代理人を務めていた人物です」

 

 ざわついた空気が会議室を満たした。ざわめく声が湧き上がったわけではない。この部屋にいるのはわずかに十人。隣の者と勝手にお喋りをするような、軽い話題でもない。

 それでも、十師族の当主から落ち着きを奪うだけの衝撃が、真夜の発したセリフにはあった。

 

「四葉殿」

 

 真夜の向かい側で、雷蔵が軽く手を上げた。大学での習慣が、思わず出たようだ。

 

「今『務めていた』と過去形で話されたのは、周公瑾を既に処分済みだからですか? それとも国外へ逃亡済みだからですか?」

「周公瑾は昨年十月、達也を主導に、一条将輝殿、七草真由美嬢、九島光宣殿の協力を得て、最終的に深雪が仕留めました」

 

 真言が、意外感を表した。剛毅はこの件を将輝から報されていたし、弘一も真由美の動向は把握していたが、真言は光宣から聞いていなかった。

 もっとも、彼の表情の変化は他の当主に気づかれなかった。全員の目は真夜に集まっており、弘一、剛毅、真言を除き、当主たちは感心した顔で頷いていたからだ。

 

「光宣殿、というと、九島殿の末のご子息ですな?」

「そうです。その際に達也殿と交流を持ちまして、今は一高へ国内留学をしております」

 

 隣の雷蔵に話し掛けられて、真言は咄嗟にそんなシナリオを騙った。

 

「一条家の将輝殿、四葉家の達也殿に深雪嬢、七草家の真由美嬢、九島家の光宣殿……何とも頼もしいことです」

 

 三矢元が手放しで称賛する。

 

「そうですわね。優秀な次世代が育ってくれていることは、本当に喜ばしい限りです。日本魔法界の将来は安泰だと思えます」

 

 二木舞衣もそれに同調した。

 

「私や十文字殿からすると、次世代というより後輩になりますが。頼もしいのは確かだ」

「真由美嬢に限って言えば、私と同級生ですから」

 

 六塚温子と十文字克人の言い分が、年長組の笑いを誘った。克人が柄にもなく冗談めかした物言いをしたのは、これから真夜が告げる言葉が予想できたからだ。

 

 その予想は、裏切られることはなかった。

 

「七草殿。貴方は、周公瑾と共謀関係にありましたね?」

 

 円卓が静まり返った。

 

「……四葉殿、それは確かな根拠があっての御言葉ですか?」

 

 五輪勇海が掠れた声を絞り出す。弘一はまだ、何も言わない。

 

「七草殿。貴方が配下の名倉三郎氏を使い、周公瑾とコンタクトを取り、昨年四月に民権党の神田議員を間接的に使嗾して反魔法師運動を煽っていたことは調べがついています。何か反論がお有りですか?」

 

 七草家は日頃から四葉家に対する敵対姿勢を取っており、先ほども家督継承に口を出していた。当主たちは一瞬「讒言(ざんげん)か?」という疑念を懐いた。

 だがすぐに「だからこそか」と思い直す。明確な敵意を向けてくると予想していたこそ、攻撃材料となるスキャンダルを調べ上げたのだろう。

 

 弘一が、ゆっくりと口を開いた。

 

「四葉殿、私も、根拠を伺いたいですね」

 

 弘一と真夜が冷ややかに睨み合う。

 

「発言してもよろしいでしょうか」

 

 その張り詰めた空気の中、克人が声を上げる。そして、落ち着いた口調で証言を始めた。

 

「七草殿が反魔法師運動を煽っていたのは事実です。私はそれを七草殿ご本人から伺いました」

 

 克人に向いていた視線が、弘一に向かう。

 

「七草殿、何か弁明はありますか?」

 

 温子が弘一を鋭く詰問する。弘一はフッと余裕の感じられる笑みを浮かべた。

 

「十文字殿の言われたことは事実ですよ。四葉殿の言われたことも概ねその通りです。ただし、順序に誤解があるようですね」

「順序? それが何だと言うのだ」

 

 剛毅が吐き捨てるように言葉を叩きつける。だが、弘一の笑みは崩れなかった。

 

「私が部下を使って周公瑾とコンタクトを取ったのは、反魔法師運動が第一高校の恒星炉実験によって小康状態となった後です。ああ、そう言えばあれも四葉家の達也殿のお手柄でしたね。あの実験をローゼンの支社長が高く評価したことで、世間の風潮ががらりと変わりました。実に優秀なご子息だ」

「だからそれがどうした」

 

 苛立たしげに剛毅が弘一を詰る。弘一はそれ以上話を長引かせて、剛毅を煽るような真似はしなかった。

 

「私が周公瑾とコンタクトを取ったのは、魔法師全般を対象とするマスコミ工作を止めさせる為でした。無論、取引材料は必要でしたが、日本魔法界の不利益になるような代償は差し出しておりません」

「ああ、そうでしたね。反魔法師運動を煽った後に、周公瑾と手を組まれたのでした」

 

 真夜があっさりと、弘一の主張を認める。

 

「ですが周公瑾がそれ以前からこの国に害をなしていたのは紛れもない事実でしてよ? そのような者と手を組んだという事実そのものが、十師族として相応しからぬ行いだと私は思うのですけど。皆様、そうではありませんこと?」

 

 真夜の余裕が崩れなかったのは、まさにそこが問題だったからだ。

 

「然り」

 

 一条剛毅が短く賛同を示す。

 

「四葉殿の仰るとおりです」

 

 続けて六塚温子が、

 

「残念ながら、そのとおりですな」

 

 八代雷蔵が、

 

「七草殿、私はあの時も、止めるべきだと申し上げました」

 

 十文字克人が、

 

「七草殿にもお考えがあったのでしょうが……」

 

 五輪勇海が、

 

「私には七草殿を弁護できない」

 

 三矢元が、

 

「七草殿。どのような意図があろうと、超えてはならない一線、手を組んではならない相手というものがございます」

 

 二木舞衣が、

 

「七草殿は先ほど四葉殿に『国に対する一種の裏切り行為』と仰っていましたが、貴殿のした行為こそ、裏切り行為に他なりません」

 

 そして、最年長者であり進行役を務める九島真言が、真夜を支持する。

 

 弘一は今、笑顔のまま、追い詰められていた。その沈黙は、ドアをノックする音によって中断された。

 

「入れてもらっても構わないだろうか」

 

 防音されているはずの扉の向こう側から聞こえてきた声は、全員が良く知る老人のものだった。

 扉に最も近い位置に座っている克人が立ち上がり、一座を見回す。頷く者はいても、首を振る者はいなかった。

 克人は出入り口に歩み寄り、ノックされたドアを開けた。扉の向こうに立っていたのは、引退したはずの九島烈だった。

 

「老師、ご無沙汰致しております。それにしても、本日は如何なされまして?」

 

 舞衣が丁寧に烈を迎える。克人が自分の席を勧めようとするが、烈は笑って手を振った。

 

「すまないが、今の話は聞かせてもらった」

 

 烈はいきなり本題に入った。どうやって、と問う者はいない。師族会議の発言は対外秘がルールだが、会議の模様を様々な手段で外部に漏らしているのは九島家だけがやっていることではなかった。

 

「皆が弘一を責めるのは当然だ。だが、責任を問うのは待ってもらいたい」

 

 烈は弘一のことを「七草殿」ではなく名前で呼んだ。そうすることで、自分の発言が師族会議の元メンバーとしてのものではなく、日本魔法界の長老だった者の発言と──今は何の権限も無い老人の発言と知らせていた。

 

「反魔法師運動を煽動したことについては、私も弘一から相談を受けていた。そして私は弘一を止めなかった」

 

 円卓を囲んで視線が飛び交う。

 剛毅、舞衣、元、勇海、温子、雷蔵、克人は、烈の真意を測りかねていた。真言にも父の真意は分からなかった。烈の心情を察しているのは、真夜と弘一だけだった。

 

 烈から向けられた視線に、真夜は微かな笑みで応えた。

 

「ですが先生、実際に国家への背信行為を為されたのは七草殿自身でしてよ。何の責任も負わないというのは筋が通らないのでは?」

 

 真夜は弘一を非難する体で、続きを促した。

 彼女は弘一を徹底的に叩くつもりでいたが、そのことに強く執着していたわけではない。烈が弘一を……七草家をかばうというのであれば、その師弟愛を台無しにするつもりはなかった。

 

「真夜の言う通りだ。弘一がした事は、決して許されることではない。だがそれを七草家全体に波及する必要もないだろう。先ほどの周公瑾の捕縛然り、既に次世代の芽は育っている。弘一が七草家当主の座を降りることで、この場は収めるのはどうだろうか」

 

 円卓を囲んで視線が飛び交う。

 烈が言っているのは、家督引き渡しの強制。完全な内政干渉だ。だが先に内政に口を出したのは弘一であり、そもそもこの提案は重大な背信行為を犯した七草家に対する救済措置だ。内政干渉だろうが何だろうが、弘一はケチをつけられる立場になかった。

 

「そ、それでは」

 

 烈の提案を繋いだのは、五輪勇海の、やや焦った声だった。

 

「弘一殿に代わり、次期当主である智一殿が当主の座に就くということで?」

「智一殿に拘る必要もない。どうせすぐのすぐに代替わりという訳にもいかんのだ。次男の孝次郎殿は七草家の魔法研究所に掛かりきりなため除くとして、真由美嬢にもその器はあるだろう。彼女は去年の十月、ボディガードの名倉三郎が不審死を遂げたことに疑問を持ち、達也殿に助力を請うたのだから」

 

 烈のもたらした更なる情報に、弘一への視線がより一層厳しいものになる。

 周公瑾とコンタクトを取っていた名倉三郎が、突如不審死を遂げた。再度接触を試みて失敗したのか、秘密裏に処分しようとして返り討ちにあったのか。それは不明だが、一度ならず二度までも、国家に仇なす者と接触していたことは確かだった。

 

「先生、もうよろしいではありませんか」

 

 弘一へ非難の声が上がるほんの一瞬前、口を開いたのは真夜だった。

 

「七草殿が全ての責任を負われるというのであれば、四葉家はそれで納得しましょう。七草家には深雪たちの後輩もいますし、親の背信行為に子どもまで巻き込むことは酷ですもの」

 

 烈は師弟の情だけで弘一をかばっているのではない。

 現在、日本で最も力を持つ魔法師集団は国防軍の魔法師部隊ではなく、四葉家。及び、七草家。四葉家と七草家は日本魔法界の双璧だ。その七草家を十師族から除外するのは好ましくない。十師族を頂点とした日本魔法界の秩序を維持する為にも、七草家を十師族に留め置くことが必要だ。

 九島烈は、自分が作った十師族体制維持の為に弘一をかばっている。その思惑を見通すのは、真夜にとって難しくなかった。

 

「四葉殿がそう仰るのであれば……」

「確かに高校生という多感な時期の娘がいる中で、父親が国家への背信行為を犯したなど、あまり大っぴらにすることではないですね」

 

 温子と雷蔵が、相次いで真夜に賛同した。──弘一を見る目は依然として冷ややかなものだったが。

 他にも、反対の声は上がらなかった。

 

 弘一は、笑みの消えた能面の表情でこの顚末を見ていた。真夜がそんな弘一へ目を向けて、フッと笑った。

 

「真夜……」

 

 弘一が、力なく呟いた。師族会議として四葉殿と呼ぶのではなく、その本名を口にした。

 

「なんでしょうか、七草殿」

 

 真夜は返事こそ返したが、ただ興味のない視線を向けるだけ。

 

「君は、なぜ……ここまで……」

 

 何故も何もお前のやった事だろう、と真夜は思った。だが、少し考えて思い至った。

 四葉は、社会の裏側に住む者たちだ。裏側で火遊びを好みながら、結局は表側の住人である弘一とは思考の在り方が違う。火遊びの加減を誤った際の被害が想像できなかったのだろう。

 

 それを説明してもよかったが、住む世界が違うが故に、口で説明しても納得させることはできないだろうとも考えた。

 だからこそ、もっと根本の、真夜が今回(・・)弘一を叩くと決めた理由を告げることにした。

 

「可愛い甥姪の婚約に水を差されて、黙っている親がおりますこと?」

 

 真夜のシンプルかつ純粋な本音に、円卓を囲む当主たちは思い出した。

 

 ──大漢崩壊

 

 たった一人の少女の復讐のために、一つの一族が国家を敵に回し、四千人の閣僚と高級官僚と士官と魔法師と研究者を殺し尽くし、その歴史の全てを破壊し尽くした。

 

 それと比較すれば、子どもたちの婚約にケチを付けた弘一を当主の座から引きずり降ろす程度、可愛くすら思えてくる。

 

 四葉家が「触れてはならない者たち(アンタッチャブル)」と恐怖される理由。

 その根幹にある愛情と、その狂気を、彼らは三十五年越しに再認識した。

 

 

 

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