ガーディアン解任   作:slo-pe

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師族会議編14

 

 

 二月四日、師族会議当日の正午を少し過ぎた時刻。箱根のとあるホテルの会議室には、十三人の魔法師が集まっていた。

 十師族の当主たちに、九島烈を加えた十一人。そして、本来出席予定のなかった七草智一、七草真由美の二人だ。彼らは急遽呼び出され、父である弘一の背信行為を聞かされていた。

 

「父上……」

「お父様…何ということを……!」

 

 智一の瞳は驚愕に染まっており、真由美は射殺さんばかりの視線を父に向けている。

 真由美はすぐにでも父親を詰問したい気持ちでいっぱいだったが、今この席にいるのが自分たち親子だけでないため何とか堪えていた。

 

「智一殿、真由美嬢」

 

 烈の呼び掛けに、二人の意識が弘一から逸れる。

 

「今伝えた事情もあり、弘一には七草家当主を降りてもらうこととなった。だが七草家は十師族の中でも力のある家、今すぐ当主を辞めるわけにもいかぬ。一年後、来年の師族会議に次期当主の指名と継承をしてもらうこととなった」

「……状況は把握致しました。父が犯した背信行為、誠に申し訳ありません」

 

 兄妹のうち、先に口を開いたのは真由美だった。

 

「ですが老師、一つ伺ってもよろしいでしょうか?」

「なんだね?」

「我が七草家は兄が次期当主ですので、一年後の指名は不要ではないのですか?」

「確かに七草家は智一殿を次期当主としていた。だが私は真由美嬢にもその資質はあると思っている。何より今回の家督継承は周公瑾の一件が発端だ。その捕縛において君は自ら達也殿に助力を請うた、弘一のした事を払拭するには君のような誠実さも必要だろう」

「…承知致しました」

 

 年の離れた兄がいたため当主になるなど考えたことすらなかった真由美は、戸惑いを隠せない様子で頷いた。

 

「二人のどちらが次期当主になるのかは、今後七草家で進めてくれ。今日のところは二人にも師族会議に参加し、家督継承に役立ててもらうとしよう」

 

 二人への説明を終えた烈は、最後にそう結んでから部屋をあとにした。

 

 

 

 烈が退出し、会議室には多少リラックスしたムードが流れた。

 

「さて、それでは師族会議を再開しましょう」

「人間主義者対策ですな」

 

 九島真言の言葉を、三矢元がそう受ける。そこに、再度真夜が声を上げた。

 

「皆様、その前に一つ申し上げたいことがあるのですが」

 

 十師族当主の表情が強張る。ただでさえ珍しい真夜からの問題提起、しかもそれにより弘一を当主の座から引きずり降ろしたばかりだ。

 

「…一体どのようなお話だろうか」

 

 恐る恐るといった様子の真言に促され、真夜がおもむろにその艶やかな朱唇を開く。

 

「先ほど七草殿が定例報告で仰っていた、横須賀方面での不審な動きについて」

 

 ただ今回は、先ほどのようなスキャンダルではなかった。

 

「一月二十八日、北米航路で横須賀港に到着した小型貨物船から、一人のテロリストが密入国しました。名はジード・ヘイグ、中国名は顧傑。崑崙方院の生き残りと見られ、周公瑾に裏で指示を出していた黒幕の魔法師です」

 

 もう何度目かも分からないざわめきが、円卓を満たす。

 

「四葉殿、その魔法師の行方は掴んでいるのでしょうか」

 

 いち早く平静を取り戻し、続きを促したのは一条剛毅だった。

 

「既に無害化済みです。当家だけでなく、達也を通じて千葉家に協力を要請し、捜査を進めました。顧傑は密入国したその日のうちに、九島光宣殿、十文字殿に仕留めていただきました」

 

 真言が、再度意外感を表した。先の周公瑾の件然り、真言は光宣から聞いていなかった。もっとも、彼の表情の変化は他の当主に気づかれなかった。全員の目は真夜から克人へ移っていた。

 

「四葉殿の仰っていたことは事実です。私は二十六日に達也殿から協力を要請され、さらに四葉家の深夜殿が警戒を促しているとの情報により、要請を受諾しました」

「深夜殿が……」

「そのテロリストが企てていたテロの詳細は?」

 

 五輪勇海が短く呟いた。続いて疑問を呈したのは六塚温子。

 

「爆弾を使った自爆テロだそうです。顧傑は死体を操る魔法の使い手であり、その様子は私も目にしました。千葉寿和殿によると、貨物船に積んでいた爆薬を横須賀から箱根まで運んだのも、顧傑により操られた死体であると」

「港の探知機に引っ掛からない爆薬を手配する手腕に、街頭の想子(サイオン)センサーに検知されない魔法の使い手……なるほど、確かに厄介極まりない」

 

 元は、顧傑の脅威度が極めて高かったことを認める。

 十師族は緊急事態を除き、師族会議を通さず共謀してはならないという規則がある。元の発言は、今回の一件は緊急事態に値すると、言外に認めるものだった。

 

「十文字殿だけでなく、光宣殿にも協力を要請したのでしょうか?」

 

 八代雷蔵が訊ねる。それに答えたのは真夜だった。

 

「光宣殿には協力要請をしていなかったのですが、荒事が起きると気付かれてしまったようで。一高で予定されている対抗戦が目眩ましではないかと、達也に直談判したそうですよ」

「それは何とも……優秀なご子息ですね、九島殿」

「ありがとうございます、二木殿」

 

 二木舞衣からの称賛に、真言は何食わぬ顔で謝意を述べた。

 

 その真言の視線が、隣の雷蔵を挟んだ先へ向かう。

 席に座る弘一の背後に控える智一と真由美。二人は一瞬だけ視線を交わす──口を開いたのは智一だった。

 

「本来であれば当家が対処すべき、しかも日本魔法師界を揺るがしかねない重大事件。四葉殿、並びに九島殿に十文字殿、感謝致します」

 

 折り目正しく頭を下げた智一に、真由美も続く。真言も一つ頷いてから視線を戻した。

 

「四葉殿、そのテロリストについて他に懸念事項はございますか?」

「いえ、ございません」

「ではこの件は以上として、人間主義者対策へ話を戻しましょうか──」

 

 真言は波乱が起きなかったことに安堵し、進行役として次の議題へ会議を進めた。

 

 

 

 

 師族会議、その一日目が終了した。そのホテルの一室にて、真夜と克人は向かい合っていた。

 真夜は特に警戒している様子を見せずに、背後に老執事を控えさせてソファに腰掛けている。緊張を隠せないのは克人の方だった。

 

 克人は『首都の最終防壁』たる十文字家の、最強の魔法師だ。

 克人が常に泰然としているのは、生来の性格や教育もあるが、それと同等に「自分が負けることはない」という自負もあった。

 事実、正面戦闘に限って言えば、克人に勝てる可能性がある魔法師は日本中を探しても数えるほどしかいない。

 

 しかし、目の前の女性もまた、その気になれば克人の命を蹂躙できる怪物。

 真夜の特異魔法である『流星群(ミーティア・ライン)』は、克人の『ファランクス』ですら防ぐことはできない。真夜が魔法師同士の戦闘において無敵、「世界最強の魔法師」の一人と見做されている所以だ。

 

「十文字殿、お忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます」

「こちらこそ。先日はテロリストの無力化に尽力いただき、感謝致します」

 

 とはいえ、それを表に出すほど克人の表情筋は軟ではない。真夜の微笑みに、克人は気後れした様子も無く応じた。

 

「四葉殿。達也殿から、私に伝えるべきことがあるとうかがいましたが」

「そうですね……明日もありますし、本題に入りましょうか」

 

 真夜はゆったりとしていた雰囲気を、少しだけ引き締めた。

 

「十文字克人殿」

「何でしょうか」

 

 改まった口調で名前を呼ばれて、克人の背筋が僅かに強張る。

 

「私は、惜しいと思っています」

 

 惜しいというのは、自分のことだ。真夜の声音から、克人はそう理解した。

 

「何がでしょうか」

 

 しかし口に出した応えは、その意味を問うものだった。

 

「十文字家は首都の最終防壁。持てる力の全てを発揮し日本のために尽力した結果が、その魔法力を失うことだなんて……惜しいとは思いませんこと?」

 

 真夜は質問の形で回答を返す。克人の眉がピクリと動いた。

 

「……仰っている意味がよく分かりませんが」

 

 克人が硬い口調で問い返した。克人をしても、そう返さざるを得なかった。

 そんな克人に対して、真夜は余裕を感じさせる笑みを見せる。それは、克人ですら思わず引き込まれそうになる程、蠱惑的なものだった。

 

「『オーバークロック』。魔法師として、人としての寿命を縮める可能性の高いこの技術……私たち四葉家も、その危険性は重々承知しています」

 

 今度こそ克人は言葉を返せなかった。

 

 十文字家の切り札『魔法演算領域の過剰活性化〈オーバークロック〉』

 自らの限界を超えて魔法演算領域の活動を引き上げて、一時的に魔法力を増大させる技術。これは魔法師としての寿命を代償にして勝利を得る為の技術だ。

 旧第十研の中でも、決して敗退が許されない「首都の最終防壁」たる十文字家だけに埋め込まれた機能──呪詛だ。

 

 先代の十文字家当主、十文字和樹は度重なる『オーバークロック』の使用により魔法を失った。克人はそれを、目の当たりにしている。

 さらにこの技術は、制御できなければ暴走し、魔法力を失うどころか人間としての命を縮める怖れさえあるのだ。

 

 家の秘匿技術を知られている驚きに呑まれている克人へ、真夜は優しげな口調で告げた。

 

「もし今後、十文字殿がこの技術を使用する、または使用していないにも拘わらず魔法力の低下が見られた場合、当家を頼ってくださいな」

「……それは、当家の魔法師を四葉家が治療してくださると?」

「ええ」

 

 ようやく口を開くことができた克人の問いに、真夜は首肯した。

 

「完全に反動を消せるかは分かりませんが、症状を和らげること、引き延ばすことは可能であると。そう姉さんは言っていました」

「深夜殿が……」

 

 魔法演算領域は、物理的にそういった器官が存在するわけではない。謂わば精神の領域だ。

 精神干渉魔法を研究していた(今も研究を続けている)四葉家、その中でも『忘却の川の支配者(レテ・ミストレス)』と呼ばれる四葉深夜の見解は、克人も無視できなかった。

 

「……何故、そのような申し出を?」

 

 克人はそう訊ねた。

 理性は受け入れるべきと告げていたが、十文字家当主として諸手を挙げて受け入れるわけにはいかなかった。

 

「今回の件のお礼です。達也さんの協力要請を、情報も不十分な中で受諾されたこと。結果として何事もなく終わりましたが、一つでも掛け違えていれば、大惨事が起きていたでしょう」

「それだけのために、当家の魔法師の治療を申し出たと?」

「ええ。達也さんとエリカちゃんの婚約然り、深雪さんと一条将輝殿の仲を深めるに然り。テロが起きてしまってはそれどころでは無くなってしまうでしょう?」

「確かに。昨今の情勢で師族会議を狙った自爆テロなどが起きては、祝い事どころではないでしょう」

 

 克人は深く頷いた。目の前の真夜は、先ほど弘一を当主の座から引きずり降ろした時と同じ目をしていた。

 家族愛。七草家に対して牙を剥いたそれは、今は十文字家へ友好を示していた。

 

 ──おそらくだが、この申し出に裏はない

 

「その時が来たならば、十文字家としても、私個人としても。貴家の助力を請わせていただきたい」

 

 克人はそう言って、真夜の対価を受け取った。

 

 

 

 

 七草家の親子、弘一、智一、真由美の三人は、ホテルを後にしてから七草邸へ帰宅するまで、無言を貫いていた。

 

「お父様! 何ということを!」

 

 そして、応接室の扉が閉まった瞬間、真由美が弘一へ詰め寄った。

 

「落ち着きなさい、真由美」

「これが落ち着いていられますか! お父様のなさったことは十師族に対する、いえ、日本魔法界に対する裏切りですよ!」

「落ち着きなさい、真由美」

「何を──」

「真由美、一旦落ち着け」

 

 激昂する娘に、弘一は再度冷静になるよう窘めた。真由美はなおも父親を詰問しようとしたが、兄からの制止もあり渋々口を閉ざした。

 親子が対面ソファにて座り、向かい合う。

 

「師族会議で告げられた通りだ。私は一年後、七草家当主を降りる。二人には七草家の担う戦力・諜報について教えていく。どちらが次期当主になるかは、師族会議直前にでも二人で決めるといい」

 

 そう告げる弘一は、もう全てどうでもいいと言いたげな態度だった。長男である智一も、先ほどまで父へ怒りを向けていた真由美も、初めて見るその姿に戸惑ってしまう。

 

「あの、父上、それだけですか……?」

「それだけだ。現当主として引き継ぐべきことは引き継ぐ、後は好きにするといい」

「…分かりました」

 

 智一は、今の父に何を言っても答えてはくれないと覚り、この場は引くことにした。

 

「お父様…何故このような事を?」

 

 対して真由美は、今でなければこれを問うことはできないと判断した。

 

「……何故だろうな」

 

 弘一がぽつりと呟いた。その瞳は子供たちではなく、何処か遠くを見ているようだった。

 

「四葉家に…真夜に、私を見てもらいたかったのだろうか……」

「それは……かつての婚約者としての、未練ですか?」

 

 智一が真由美へ咎めるような視線を送るが、真由美の目はまっすぐ弘一へと向けられたままだ。

 

「そうかもしれないな」

 

 弘一はそれを否定しなかった。

 

「子が儲けられなくとも、私は真夜と離れるつもりはなかった。だが四葉家は私たちの婚約を解消し、真夜も私を他人のように接してきた……未練なのか、翻って憎悪なのか。今ではもう分からない」

 

 大漢崩壊となった、四葉真夜の誘拐事件。

 真夜はこの時の傷が原因で生殖能力を失った。移植用の四肢を作り出す迄に発達した再生医療も彼女の女性機能を回復させるには至らなかった。子供を作れなくなったことを理由に、四葉家は七草家に対し真夜と弘一の婚約解消を申し出た。

 

 対する弘一は、クローニング技術により移植可能な右の眼球を作り出せる可能性もあったが、それを拒否した。彼が常に付けているサングラスの下、その片方は今も義眼のままだ。

 

 ──もし弘一が真夜に掛けられた魔法、深夜による「記憶」から「記録」への変換を知っていれば、弘一はもう一度関係を構築しようと試みたかもしれない。ここまで拗らせることはなかったかもしれない。

 ──だが事実として、弘一は真夜の記憶変換を知らされず、事件後に真夜が回復して初めて会った際には、興味の欠片のない視線を向けられるだけだった。

 

 智一も真由美も、弘一が真夜のことを強く想っていたとは想像していたが、当人からそれを認める言葉が出てくるとは思ってもみなかった。

 

「……二人には明日の師族会議にも出てもらう。朝も早いことだし、もう休みなさい」

 

「…分かりました」

「それではお父様…失礼します」

 

 智一にも真由美にも、弘一の命令が「一人にしてくれ」という懇願に聞こえてしまった。

 二人は言葉短く了承し、応接室をあとにした。

 

 

 

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